機動戦艦ナデシコ The Blank of 3years Another story 作:ルーチェ
木連の工業プラントの破壊によって無人メカの攻撃もなくなり、地球には平穏な日々が戻った。
私を含めたクルーたちはそのままナデシコB艦に残ることになり、ナデシコB艦は本来の任務に就くこととなる。
次の任務は約1ヶ月先になるということなのだが、報告書を提出した翌日にルリちゃんと私だけがネルガル本部の会議室に呼ばれた。
会議室にはアカツキさんの他にエリナさん、プロスペクターさん、ゴートさんといういつものメンバーもいる。
「つまり、君は何者かがプラントの機械を作動させて、木星蜥蜴の無人メカを地球に送り込んでいたと言うんだな?」
アカツキさんは私の報告書を読んでいるはずだが、本人の口から詳しい事情を聞きたいので私とルリちゃんを呼び出したようだ。
「はい。実際にこの目で確かめましたが、コンピュータの誤作動によるものとは考えられません。人為的に行われたものと思われます」
「でも、いったい誰が…?」
エリナさんの疑問にプロスペクターさんが答える。
「我々が遺跡の演算ユニットを宇宙の彼方に飛ばしてしまって以来、地球と木連は休戦状態が続いていますからなぁ…。それによって不利益が生じる者も出てきます」
「それに近頃では地球・木連両市民の間より和平の声が高まっている。しかし木連側にそれを快く思っていない者が…」
ゴートさんの言う通り地球と木連のどちら側も一般市民は平和を望んでいる。
戦争なんてもう勘弁してほしいというのが正直な気持ちなのだ。
しかし軍上層部の人間や政府の高官の中には相手を叩き潰してしまいたいと、今でも戦争を望んでいる連中がいることも確かであった。
「草壁中将ですか…」
「しかし草壁って木連若手将校による『熱血クーデター』によって失脚したんじゃなかったかな?」
プロスペクターさんが草壁の名を出すが、アカツキさんの言うように失脚したと伝えられている。
ちなみに「熱血クーデター」の「熱血」とはクーデターの中心人物の月臣元一朗による檄文「熱血とは盲信にあらず」に由来する。
「はい。しかしクーデター後の足取りが掴めていません。もしかしたら我々の知らないところでかつての木連を復活させるために暗躍しているのかもしれません」
ゴートさんはネルガルの社員ではあるが、諜報機関のトップクラスのスパイ並みの仕事をしている。
だから私たちの知らない情報をいくつも持っているらしい。
もし私に関しての情報が手に入ったら教えてもらうことになってはいるものの、まだこれといった手掛かりは掴めていないようだ。
木連と草壁の動きも気になるが地球側にもいろいろとあるようで、プロスペクターさんが新しい話を切り出した。
「それは考えられますね。それに地球側にも気になる点があります」
「気になる点、ですか?」
ルリちゃんが興味を示す。
「はい。ボソンジャンプ市場の権利独占を狙う反ネルガル企業『クリムゾングループ』の存在です」
「クリムゾングループ?」
聞いたことのない名前に私はつい口を挟んでしまった。
「す、すみません。私、地球のことは良く知らないものでつい…」
「いえいえ、かまいませんよ。クリムゾンというのは我がネルガルと同じく企業コンツェルンでして、我々以上に汚いやり方でのし上がってきた成り上り者です、はい」
「おいおい…」
自分の上司を前に遠慮のないプロスペクターさんの辛辣な言葉にアカツキさんが頭を抱える。
「おまけに某国との黒いつながりも噂されているような企業ですから、もし草壁とクリムゾンが手を結んだとすると我がネルガルはかなりまずいことになりますねぇ…」
真剣な面持ちで考え込んでしまう一同。
するとアカツキさんがルリちゃんと私に向かって言った。
「とにかく、君たちにはナデシコB艦での任務を続けてもらおう。クリムゾンのことは引き続き調査部に調べさせることにする」
「わかりました。では、わたしたちはこれで失礼いたします」
私とルリちゃんは会議室を出ると、暗い面持ちで廊下を歩く。
「草壁にクリムゾングループ…。まだ戦争は続くのでしょうか?」
私が訊くと、ルリちゃんは首を横に振る。
「わかりません。データの足りない状況でいろいろ詮索しても仕方ありませんから、そちらはネルガルにお任せしましょう」
「そうですね…」
「それよりお腹すきましたね。ラーメン食べに行きませんか?」
「はい」
私はルリちゃんの提案に笑顔で頷いた。
私とルリちゃんがアキトさんの屋台に行くと、そこにはユリカさんもいてアキトさんを手伝っていた。
私たちに気づいたユリカがさん嬉しそうに声をかけてくる。
「あっ、ルリちゃんにイサミさん、いらっしゃい」
「やあ、二人とも。一緒に来てくれたんだ」
アキトさんも笑顔で私たちを迎えてくれた。
「はい」
「また来ちゃいました」
私とルリちゃんは並んで椅子に腰掛け、アキトさんとユリカさんが一緒に調理を始めた。
この4人が再会したのだから話題は自然と近況報告となる。
「ルリちゃんたちは木星まで行って来たんだよね。で、どうだった?」
「どうって…? 別に私たちは遠足に行って来たわけじゃありませんから面白い話はありませんよ」
ユリカさんの質問に相変わらず淡々と答えるルリちゃん。
「そうじゃなくって、イサミさんの記憶、戻りました?」
ユリカさんが私のことを気にしてくれていたのが少し嬉しい。
しかし良い返事ができないのは心苦しかった。
「いいえ、残念ながら…。でもコロニーの中を歩いてみたら何となく以前にも来たことがあるような気がして…。やっぱり私は木連の人間だったんじゃないかという思いが強くなりました」
「だったらさ、みんなでゲキガンシティに行ってみないか?」
アキトさんがノリノリで提案をする。
「ゲキガンシティ?」
私は初耳だが、ルリちゃんも初めて聞く言葉であったようで首を傾げている。
そこでアキトさんが説明をしてくれた。
「ゲキガンシティっていうのは木連の人たちが月に移住して作った街のことなんだ。ゲキ・ガンガーをこよなく愛する人たちの夢の街。その街全体がゲキ・ガンガーのテーマパークみたいなカンジで、地球からの観光客も結構行ってるらしいよ」
「何か面白そうなところですね」
「イサミちゃんが木連の人間なら何か手掛かりがつかめるんじゃないかな。それにもしかしたら顔見知りの人がいて、記憶も戻るかもしれないしね」
黙って聞いていたユリカさんが口を挟む。
「あー、アキト、もしかしたらゲキ・ガンガーのオーデションに出るつもりなんじゃないのぉ?」
「オーデション?」
ルリちゃんが怪訝そうな顔でユリカさんに訊いた。
「そうそう、ゲキガンシティがスポンサーになって実写版でゲキ・ガンガーの映画を作るんだって。主役クラスはもう決まってるんだけど、ゲストキャラクターは一般公募でオーデションをやって決めるらしいの。アキトの部屋にあった何かの雑誌にそう載ってた」
「ば、ばか…そんなんじゃなくって、オレはただ…」
図星を突かれた感のあるアキトさん。
慌てて訂正するが別にオーデションに出るのは悪いこととは思えない。
「アキトさんがゲキ・ガンガーに出演できたら素敵じゃないですか。ぜひオーデションに出て下さい。私、応援しますから」
私がそう言うと、彼は頭をポリポリと掻きはにかみながら言う。
「そうか、な…。だったらオーデションに出てみようかな。たぶん無理だと思うけど…」
「それじゃぁ、わたしも出ようかな…オーデション」
突然ユリカさんまでもがオーデション参加宣言をする。
「ええ-っ !?」
驚くアキさんトにユリカさんは言う。
「アキトが映画に出るんだったら、わたしも出たいもん」
「まだ、映画に出られるって決まったわけじゃ…」
「いいじゃないですか。ユリカさんって結構美人だし、いけるかもしれませんよ」
アキトさんとユリカさんのW出演なら旧ナデシコクルー総勢で応援するだろう。
「でしょう。ねえねえ、応募の締め切りっていつまでだっけ? まだ間に合うかな?」
私の記憶のことは放ったらかしにされて、オーデションの話で盛り上がる。
そんな私たちの様子を見ていたルリちゃんがぼそっと呟いた。
「…バカばっか」
10日後、私はアキトさんたちより一足早く月にあるゲキガンシティへと向かった。
なにしろ私は彼らと訪問の目的が違い、街の中を歩き回って記憶の欠片でも良いので何かを見つけたいのだから時間がかかるというもの。
そこで3日ほど早く地球を発ち、後発のアキトさんたちグループと合流する予定である。
月へと向かうシャトルの機内は客室内の照明が落とされ薄暗く静まり返っている。
低い唸り声のようなシャトルの動力音以外には眠っている乗客のいびきがたまに聞こえるだけだ。
私はこれといってすることもなく、窓際の席で一人瞑想していた。
目を瞑っているとさまざまなことが頭を過ぎっていく。
すると記憶のないことによって自分の足元が揺らぐ感じがして、一人でいると足元が崩れて奈落の底に落ちてしまうような不安に陥る。
ナデシコというしっかりとした「家」で旧ナデシコクルーという「家族」のそばに身を置きたい。
私を信頼してくれる人たちの中にいて「ナデシコB艦の副官」であるという
だから一人でいると心が迷子になりそうになり、ルリちゃんたちと一緒に来なかったことを少し後悔してしまった。
しかし記憶を取り戻すことによって足元が盤石なものとなりしっかりと立てるようになるのだからと自分に喝を入れる。
機内にオルゴールのようなチャイムが響きわたったかと思うとアナウンスが流れ始めた。
「みなさま、本日はゲキガンシャトル航空をご利用いただきまして誠にありがとうございました。当機はまもなくゲキガンシティポートに到着いたします。あと10分ほどで着陸態勢に入りますので、シートベルトの着用をお願いいたします」
そのアナウンスとともに客室内は明るくなり機内の気だるい空気は消え、乗客たちは降機の準備をしたりシートベルトを締め直したりと慌ただしくなった。
ふと窓の外を覗くと、眼前に月の地平線が迫っていた。
シャトルは旋回するように衛星軌道からシャトルポートの牽引軌道に航路を変えながら飛んでいるので月面の様子が次々と見えてくる。
ドーム状の保護シールドに覆われた大小さまざまな市街エリアがあちらこちらに建設されており、それらは連絡用の幹線道路でネットワークされている。
そしてひときわ巨大で赫々たるドームが見えてきた。
「あれが…ゲキガンシティ…」
私は期待と不安を胸に月面へ降り立った。
シャトルポートには地球の国際空港のようにさまざまな人種の人間が行き交っていて、このゲキガンシティが観光地としても成り立っていることを認識させられる。
私はシャトルポートを出て連絡バスに乗ると街の中心部へと向かった。
ゲキガンシティ ── どこもかしこもゲキ・ガンガーといった感じの街並みが広がっている。
2199年のこの街では、1970年代風の人々のファッションがトレンドモードであるようだ。
ゲキ・ガンガーのコスプレをした人も多く、街自体がひとつのテーマパークのようになっている。
たぶん木連の人たちが自分たちの理想郷として完成させたのがこのゲキガンシティなのだろう。
特に目的地というものはないので繁華街を適当に歩いていると、チンピラ2人組が私に絡んできた。
「よう、ネエちゃん。俺たちと遊びに行かねえか?」
どうもナンパされているらしい。
男はどちらもサングラスをかけていて、レトロなセカンドバッグを抱えている。
さらに派手な柄の半袖シャツの袖口から「熱血」とか「ナナコ命」という刺青がチラリと見えた。
こういったチンピラはどこにでもいるのだが、こいつらはわざわざゲキ・ガンガーの世界観に合わせたのかと思うほど典型的なオールドタイプの
関わりたくないので無言で去ろうとするが、私の前後に立ちふさがって行く手を遮った。
「何よ、あんたたち。そこ、どいてちょうだい」
「そんなこと言わねえでさぁ、いいトコ連れてってやるよ。ネエちゃん観光客だろ? 俺たちが案内してやるぜ」
私の腕をつかもうとする男。
とっさに私はその男の手をひねり上げた。
「イテてて…何するんだ!」
「あんたたちと遊んでるヒマなんてないのよ」
「この、アマ! おとなしくしていりゃイイ気になりやがって!」
もう一人の男が私の肩に手をかけた。
「早く手を離しなさい。さもないと…」
「さもないと…どうしようって言うのかな?」
男たちは獲物を前にして舌なめずりをする獣のようにこの状況を楽しんでいる。
(私が本気を出せばこんな連中なんて一瞬で倒すことはできるけど、こんなところで騒ぎは起こしたくないのよね。でも仕方ないか…)
「おい、お前たち! そこで何をしてやがる!」
私が覚悟を決めたその時、正義感たっぷりの響きを持った声が割り込んできた。
その声の主の見た目はゲキ・ガンガーに出てくる天空ケンそのものだ。
絵に描いたような典型的な悪役がいて、そこに天空ケンそっくりのヒーローが登場。
私はこれがテーマパークのアトラクションのひとつで、それに観光客である私が巻き込まれたのかと思ったほどだ。
チンピラの一人がケンに似た青年に向かって叫ぶ。
「なんだよ、てめぇはよ!」
「お前らのような街のダニに名乗る名などない! さっさとそのお嬢さんから手を放してどこへなりとも消え失せろ!」
「てめぇ…やる気か?」
チンピラたちは指をポキポキ鳴らしながらケンに似た青年を睨みつけるが、彼は怯む気配はない。
むしろやる気満々で楽しそうだ。
「やっちまえ!」
チンピラたちは同時にケンに似た青年に殴りかかろうとしたが、彼は流れるような動きであっという間に二人とも倒してしまった。
無様な姿で地べたに這いつくばっているチンピラはよろよろと立ち上がるとベタな捨てゼリフを残して逃げて行く。
「チッ、今日はこれくらいで勘弁してやる! 覚えておけよ!」
まさにゲキ・ガンガーのワンシーンのような光景だった。
私はケンに似た青年に駆け寄ってお礼を言った。
「助けていただいて、どうもありがとうございました。私はイサミっていいます」
「オレの名は、神宮寺レツ。レツって呼んでくれ」
レツさんがチンピラに対して吐いたセリフは芝居でもケンを意識していたものではなく、彼自身の
そして私は彼を食事に誘った。
助けてもらったお礼をしたいし、彼からゲキガンシティの情報も得られると思ったからだ。
そこで彼のお勧めだというレストランに行くことにした。
レトロな喫茶店の雰囲気のあるレストランで私とレツさんは店の人気メニューのナポリタンスパゲッティとデザートにプリンアラモードを注文した。
そしてプリンアラモードを食べていたところでレツさんが言う。
「いやぁ、悪いね。メシをご馳走になっちまって」
「さっき助けてもらったお礼です」
「そんな大したことじゃないぜ。正義の味方としちゃ黙って見てるわけにゃいかねえからな。…ところで、アンタ観光客か?」
「はい、実は…」
自分は木連の人間らしいのだが記憶喪失なので自分がどこの誰なのか手掛かりがほしいのでゲキガンシティへ来たのだと私はレツさんに話した。
さすがに優人部隊の制服を着ていたことやナデシコにボソンジャンプした件は内緒だ。
「まあ、ここなら木連の人間ばっかりだし、アンタのこと知ってる奴の一人ぐらいはいるだろう。何ならオレも協力するぜ」
「ありがとうございます。話は変わりますけど、レツさんってゲキ・ガンガーのケンにそっくりですね」
「だろ? だからオレ、今度の映画の主役に選ばれたんだぜ」
「それって実写版ゲキ・ガンガーの?」
「ああ。よく知ってんな」
「私の知り合いがゲストキャラクターのオーデションを受けることになってるんです。それに私もゲキ・ガンガーって大好きだからすごく興味があって」
「そうなのか。だったらいい所に連れて行ってやるよ」
「いい所?」
「ああ。だから早くこれ食っちまって行こうぜ」
レツさんはそう言ってあっという間にプリンアラモードをきれいに平らげてしまった。
レツさんの運転する車はエアロックを抜けてドームを出て行く。
「いい所、ってドームの外にあるんですか?」
「まーな。映画を撮影しているところだかんな。街ん中にゃ入りきんないさ」
どうやら彼の言う「いい所」とは映画の撮影現場のようだ。
しばらく行くと私たちを乗せた車は、別のドームに入って行った。
窓の外に撮影所が見えてくるが、大きな建物がいくつもある大規模なものだ。
私たちはスタジオ横の駐車場で車を降り、レツさんの顔パスで私は中を見学させてもらうことになった。
スタジオ内にはいくつもの街のミニチュアや研究所のセットなどが所狭しと置かれ、大勢のスタッフが忙しそうに働いている。
この映画は一般に言う「特撮」というものだ。
ミニチュア撮影や操演・着ぐるみによる撮影などという古典的な撮影方法は20世紀末には時代遅れのものとなり、コンピューターグラフィックス等のデジタル技術を活用したものが幅を利かしてきた。
2199年の現在ではそんな古臭い手法は使わず、もっとリアリティのある映像を作ることができるようになっているのだが、やはりゲキ・ガンガーの放映された1970年代を意識してあえてこの方法で撮影しようというのだろう。
どれも初めて見るものばかりなので物珍しく、私はきょろきょろと辺りを見回しながらレツさんの後ろをついて歩く。
すると建物の一番奥と思われる場所に何とも言えないものものしい雰囲気のドアがあるのを見つけた。
そのドアを開けると軍の指令室のような部屋になっていて、中では超旧世代型の大型コンピュータや格子模様の大型モニター、お碗型のレーダーなどが意味もなく点滅している。
さらにガチャガチャと機械が動いている音もして、撮影用のセットとは思えないほどリアルである。
ゲキ・ガンガーの世界に完全に入り込んでしまったかのようだ。
そして部屋の中央に少々でっぷりとした体形で白衣を羽織った男が立っている。
振り向いたその姿はゲキ・ガンガーに出てくる国分寺博士に驚くほどそっくりであった。
「よぉ、博士」
「… !?」
レツさんに呼ばれて振り返ったその人物は私の顔を一目見るなり一瞬顔色が変わった…ような気がした。
しかしごく普通にレツさんに声をかける。
「おお。よく来たな、レツ」
私がレツさんに訊く。
「レツさん、この方は?」
「あぁ、国分寺博士だ。このおっさん、見た目は国分寺博士に似てるけど、中身は本物のマッドサイエンティストだぜ」
「これ、天才科学者をつかまえて人聞きの悪いことを言うな。もっとも専門分野は超古代科学ではないがの。…レツ、そちらのお嬢さんは?」
「オレの知り合いなんだ。見学してもかまわないよな」
「別によいのではないかな」
ビー、ビー、ビー
突然けたたましい警報音が鳴り響いた。
「何ですか、これ?」
「おい、何が起きたんだよ !?」
私とレツさんは驚いて慌てるが、国分寺博士はいたって冷静だ。
「奴らめ、また来おったか!」
「奴らって何だよ?」
「敵じゃ」
「敵?」
「暗黒ヒモ宇宙からやって来たキョアック星人じゃ」
キョアック星人とはゲキ・ガンガーに登場する敵の名で、現実とアニメの世界がごちゃ混ぜになってしまっている。
「何でゲキ・ガンガーの話になってんだ?」
「よし、出撃じゃ!」
これは映画の撮影…ではなさそうだ。
本当に敵が攻めて来たのだとしたら大変なことだが、にわかに信じられない。
そして困惑する私やレツさんを置き去りにして話は進んでいた。
「なあに、こんなこともあろうかと用意しておいたものがある」
国分寺博士は何かのスイッチを押した。
するとモニターウィンドウが開き、画面に人型兵器のシルエットが映し出される。
複数のライトが次々と点灯してシルエットの全貌が明らかになっていくのだが、それは私も知っている機体であった。
「これはジン…それもダイテツジンじゃないですか !? こんなものいったいどこから…?」
木連のジンシリーズはゲキ・ガンガー3やゲキ・ガンガーⅤを模しているため良く似ている。
いくらリアルにしたいからといってもダイテツジンは紛れもなく木連の本物の兵器である。
それを映画の撮影に使用するとなれば軍の人間の協力がなければ不可能だ。
そしてそんな映画の出演者となっている国分寺博士(のそっくりさん)となれば軍と強いつながりがあるように思え、さっきの私を見た時の彼の反応の意味がますます気になってくる。
彼は私のことを知っていて、突然姿を現したことに驚いたのかもしれない。
もしくは私の兄弟のハヤトのことを知っていて彼と瓜二つの女性が現れたので驚いたのかのどちらかだ。
私がそんなことを考えている間にも事態は悪化していった。
「さあ、出撃するんじゃ、レツ…いや、ケン!」
レツさんにダイテツジンへの搭乗を促す国分寺博士。
「え…ちょっと待ってくれよぉ! 何でオレが !?」
「お前さん、元軍のパイロットじゃろうが。覚悟を決めんか!」
「んなの関係ねぇだろ! だいたい出てくとしたって、いったい何と戦うんだ?」
「それを見極めるんじゃ! 前から怪しい奴らがチラホラと現れておったのでな。シティ上層部と話をつけて準備を進めておったのだよ。まぁ、それもまだ途中ではあったのだが…」
「それであんなものが…」
私は理解した。
この映画の撮影というのは表向きのことで、裏では謎の敵の来襲に備えて大掛かりな準備をしていたのだ。
ゲキガンシティの住民に秘密裏に事を進めるには映画撮影はちょうどいい隠れ蓑となる。
だとすると木連のマジンが用意されているのは当然なのだが、パイロットがいなければ役に立たない。
そこでケンにそっくりで元パイロットのレツさんが映画撮影に加わっていれば、このような事態でも緊急出撃できるというもの。
しかしレツさん本人はそういったシティ上層部の思惑について知らされていなかったようだ。
「ここにはお前さん以外あれに乗れる者はおらん。早く行かんか!」
「わーったよ! ヒーローの生き様ってやつを見せてやるぜ!」
レツさんは納得しないまま駆け出していった。
私は国分寺博士と一緒にレツが戦う様子をモニターで見ていたが明らかに分が悪い。
すると国分寺博士が私に妙なことを言い出した。
「ところで、君もパイロットじゃろ」
「…その言い方はまるで私がパイロットであることに確信があるかのようですけど、初対面の私にそう言うということは何か根拠でも?」
「い、いや、何となくそう思ったのでな」
少々焦っているように思える国分寺博士。
「それはともかくパイロットなら君にも出撃してもらいたいのじゃ」
無茶苦茶なことを言う人だ。
それに私がパイロットであることを見抜いたことも不自然で、ますます私の正体を知っている可能性が高まった。
というのも木連の機動兵器であるジンは地球の機動兵器とは大きな相違点がある。
ジンシリーズの最大の特徴は機動兵器でありながら単独のボソンジャンプが可能という点で、これによって既存の戦術・戦略とは一線を画した機動兵器以上の戦略的能力を持ち合わせている。
原則としてジンに乗り込むことができるのはエリート部隊である優人部隊の人間だけだが、それは短距離ながら単独でボソンボソンジャンプも可能だからである。
エステバリスのような小型で機動性の高い機動兵器を操縦する場合とはパイロットの能力のベクトルの向きが大きく違うため、ジンを操縦するには木連の軍人でなければ不可能だとも言える。
単に動かせればいいというのであれば地球人のパイロットでも可能だろうが、敵を撃退するのだとすれば相当な操縦技術は必要だ。
なにしろ機動性の低さや関節部の脆さなどの弱点をカバーすることができなければ巨大な
仮に私が地球軍のパイロットだったとしてもボソンジャンプができなければジンのアドバンテージを活かせないわけで、いくら人手不足でもむざむざジンを失うようなバカげたことはしないはずだ。
つまり国分寺博士は私の正体 ── 木連のパイロットだということ ── を知っている…ということになる。
しかし私が木連にいた時のことを知っているとしてもこの男に関わるのは危険かもしれないと本能的にそう感じた。
「できません。私はただの観光客なんですから…」
「大丈夫、非常事態だからな。シティ上層部の許可は出ておる」
「私にジンの操縦なんてできるはずがありません」
「できる! 君ならできるはずじゃ!」
「そのできるという根拠は !?」
「そんなことはどうでもいい! いいから早く行くんじゃ! 君が出撃しなければ善良な市民に犠牲が出ることになる。君には力があるのだ、それを信じて戦ってくれ」
有無を言わせぬ勢いに私は気押されてしまった。
私が出撃しなければ市民に犠牲が出ると脅迫されたら逃げるわけにはいかない。
自分自身の危険を回避するために善良な一般市民を犠牲にすることは私の正義じゃないからだ。
「はいはい、わかりました。行ってきます」
納得はいかないものの、私は格納庫へと走って行く。
そして整備が完了しているマジンのコックピットに乗り込んだ。
(初めてなのにそんな気がしない…。エステバリスとは違うこの感じ。やっぱり私は以前にもこれに…)
私は不思議な感覚にとらわれた。
初めて乗った機動兵器のはずなのに慣れと懐かしさのようなものを感じたのだ。
そして考えるよりも先に身体が動き、まるで自分の手足を動かすかのように自然にマジンを発進させてレツさんのいる戦場へと飛び出していた。
「いた!」
レツさんの乗ったダイテツジンは敵と交戦中で、敵は複数である。
その敵の乗っている機体は人型機動兵器であるもののジン・タイプではなく、またエステバリスシリーズでもない見たことのないものだ。
するとレツさんからの通信が入る。
「おい、奴らマジで撃ってきやがった! ただの脅しじゃねえぞ。気をつけろ」
「また戦争でも始める気なの?」
「識別信号は出ていねぇな。どこのバカだ?」
いったい何のためにこんなことをするのかと冷静に状況を判断しようとしたが、敵機がそれを許さなかった。
「1機そっちに行ったぞ!」
通信機から聞こえるレツさんが呼びかけで、私がレーダーを見ると右から1機やって来ている。
「きゃあーっ!」
回避行動が間に合わず、私のマジンは関節部に被弾してしまった。
非常に高い防御能力を持つ木連のジンだが関節部は脆く、レツさんとの通信に気をとられて戦闘態勢に入っていなかった私のマジンはそこを狙われてしまったのだ。
やはりエステバリスの操縦とはまったく異なるもので、優人部隊の人間でなければ敵を排除するのは不可能だ。
激しい衝撃の中、通信機からレツさんと国分寺博士の会話が聞こえた。
「くそっ、撃っちまってもいいのか?」
「できれば捕まえてくれるとありがたいんじゃが…」
「そんなことでっきかよ!」
博士とレツさんのやり取りに気をとられ、私は再び被弾してしまった。
肩をやられてバランスを崩した私のマジンは敵機に囲まれてしまう。
(逃げ切れない…くっ、これまでか…)
あっという間に複数の爆発光に包み込まれ、私の視界は真っ白になった。