機動戦艦ナデシコ The Blank of 3years Another story   作:ルーチェ

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第7話

 

 

「おい、大丈夫か?」

 

私はレツさんの声で意識を取り戻す。

モニターが回復すると私は戦闘区域から少し離れた場所に飛ばされており、敵の姿は消えていた。

 

「あれっ?」

 

何があったのかまるっきり覚えていない。

また私はほんの少しの間だけだが意識を失っていたようだ。

火星でナデシコにボソンジャンプして以来、私は何度かこういう意識障害を起こしている。

以前にイネスさんに詳しく調べてもらったのだが健康上何ら問題がないので、それは私の記憶喪失と大きく関わっているのだろうと言われた。

 

「おっ、生きてるじゃねえか。てっきりあの爆発でオダブツかと思ったぜ」

 

レツさんからの通信で私は我に返った。

 

「気がついたらこんなところに飛ばされていたみたいで…」

 

「そっか。そりゃよかった」

 

「ところで敵は?」

 

「それがよう、アンタが次元跳躍してからすぐに撤退したんだ。偵察なのか挑発なのかヤツラの目的はわからねーが、帰ってくれたんだから万々歳だ。ま、とりあえず基地に戻ろうぜ」

 

レツさんのダイテツジンに支えられ、私は無事に撮影所へと戻ることができた。

しかし格納庫から出たところでレツさんはカメラを持ったマスコミの報道陣に取り囲まれて身動きができない状態になってしまう。

幸いなことに女性の私がジンに乗っていたとは誰も想像していないようで、私は映画撮影スタッフを装って戻って来たのだが、レツさんは何かコメントをしない限り解放してはもらえなさそうだということで一人で取材に応じることになった。

 

 

 

 

そして私が「指令室」に戻って来ると国分寺博士がニコニコした顔で出迎えてくれた。

 

「よくやってくれたな。ご苦労じゃった」

 

「でも勝手にこんなことしてしまって、いいんですか?」

 

私が恐る恐る訊くと、彼は大きな口を開けて笑いながら言った。

 

「ふぁっはっは…大丈夫。シティの方は礼を言いこそすれ罰したりはすまいよ。何たって彼らは木連の元軍人には甘いからな」

 

「でも、それはレツさんだけで…」

 

「何を言っとる二人ともじゃ。君は跳んだだろうが。それこそ木連優人部隊の証ではないか」

 

跳んだというのは私の乗ったマジンが戦闘区域から離れた場所にいた時のことを言っていると思われる。

跳ぶ…つまり無意識に私はボソンジャンプしていたのだ。

しかしだからといってそれが優人部隊の証であるということにはならないはずで、現に火星生まれのアキトさんとユリカさん、そしてイネスさんもボソンジャンプができるのだから、私が火星生まれだという可能性もある。

それなのに国分寺博士は初対面なのに私をパイロットだと言い切り、()()()()()()()()()()()というのに優人部隊の人間だと断言してしまっている。

この映画 ── 市民には撮影と思わせていて実際には謎の敵に対する迎撃作戦 ── には軍が関わっていて、この国分寺博士は私の正体を知っている側の人間だ。

それにさっきの「敵」は正体不明ということだが、木連の敵となれば地球側の何らかの勢力である可能性は高い…というか他に考えられない。

和平を進めようとしている連合政府が戦闘を仕掛けてくるとは考えられないので、現在の和平路線に不満を持つ過激派分子といったところだろうか。

さらに敵が木連のジンでもネルガル製のエステバリスでもない人型機動兵器を用いているという事実は看過できないものがある。

とにかく彼から話を聞けば私の正体に関わる謎が解明されるかもしれないが、これ以上関わるのは危険だ。

レツさんの親切に甘えてここまで来てしまったが、ここは深入りせずに帰るのが最適解である。

 

「とにかく私はこれで失礼いたします。女性である私に対して木連優人部隊の人間だなどという突拍子もないことを言う人とこれ以上話をする気にはなれませんし、トラブルに巻き込まれるのも勘弁願いたいですから」

 

私はそう言って去ろうとするが、国分寺博士は私を引き留めた。

 

「待ちたまえ。このまま君を帰すわけにはいかぬ。君にはぜひこの映画製作に協力をしてもらいたいのだよ」

 

「映画の製作に協力ですって? さっきのようなことがあるとそのお話はなんとも胡散臭いものに感じられるんですけど。何者かの攻撃に備えての軍備の隠れ蓑として映画製作を利用しているのではありませんか?」

 

私はカマをかけてみると、国分寺博士は苦笑しながら言う。

 

「なかなか面白いことを想像するお嬢さんだな。…たしかに正体不明の敵がしばしば現れるのは事実。しかしこの映画は純粋に木連市民の娯楽のためのもので、正体不明の敵に撮影を邪魔させないためにも本物のジンを軍から借りているのじゃ。軍備の隠れ蓑という言い方は誤っておる」

 

「…いちおうその言葉は信じましょう。それで私に協力してもらいたいというのはどういうことですか? まさか用心棒とか言うのではないでしょうね?」

 

「いや、まさにその通りじゃ。あのような敵が現れる状態だというのにジンのパイロットがレツしかおらん。シティ市民のために協力してはくれんか?」

 

「そのような重要なことを出演者のあなたの一存で決められるのですか? それとも決められるような立場の人間が出演者となっているのか…。それはともかく私を引き留めておきたい理由が他にあるような気がするんですけどね。違いますか?」

 

「……」

 

「そもそも私がゲキガンシティへ来たのは失われた記憶を取り戻す目的があってのことで ──」

 

私がそう言いかけたところで国分寺博士は私の言葉を遮った。

 

「失われた記憶じゃと !? 君は記憶を失くしてしまったのか !?」

 

これまでのやりとりで彼は私が単に自分の素性を隠しているのだと考えていたのだろうが、記憶喪失でまったく覚えていないと知って驚いたに違いない。

 

「ええ。詳しいことは話せませんが、私は自分自身に関わる記憶を失ってしまっていて、いくつかの状況証拠から木連の人間である可能性が高いということでここへ来ました。木連の人たちの多いこの街にいれば何かを思い出せるのではないかと考えたからです。ですからあなた方のトラブルにも映画撮影にも関わる暇なんてないんです」

 

「ならばせめて先の戦闘のお礼という意味で滞在中の宿の手配だけはさせてもらえぬか?」

 

「それって私をあなたたちの監視下に置きたいということですか?」

 

「そう思うのならそれでもかまわぬ。ただ覚えておいてもらいたいのは、こちらは君の敵ではないということ。そして君が真実を知りたいというのであればわしは可能な限り君の希望に応えよう」

 

「つまりあなたは私の過去を知っていて、あなた方に協力するなら教えてくれるということですね?」

 

「そういうことだ」

 

「…わかりました。少し考える時間をいただきたい」

 

「ああ。よく考えて答えを出してくれ」

 

私は国分寺博士の提案を承諾した。

 

 

 

先の過激派かテロリストか未だ正体不明な敵からゲキガンシティを守った礼ということで、私はレツさんたち映画のスタッフと同じホテルに宿泊することとなった。

同じホテルなら監視がしやすいからだろう。

ひとまず腰を落ち着ける場所を確保することができたので、私は与えられた部屋で一人考えた。

私がゲキガンシティへ来たのは彼らにとって偶然の産物で、引き留めようとするのはそれだけ私には()()があるということ。

優人部隊の人間であればジンのパイロットとして戦うことができるからという理由だけではなさそうだ。

何かを隠しているのだろうが、私が協力をすればその隠し事も教えてもらえると思う。

その隠し事というのが私の求めている「過去」に違いない。

私はその「過去」を取り戻すためにゲキガンシティまでやって来た。

それが手に届く場所にぶら下がっているのだから手を出せばいいだけことなのだが、安易に手を伸ばしてはいけないことだということもわかっている。

国分寺博士…というよりも軍の人間にとって私の存在はどのようなものなのだろうか?

単に危険な存在だというのなら拉致監禁してしまえば済むことで、それを自由にさせているのだから機嫌を損ねずに利用しようという方針なのだと思う。

しかし仮にそうだとすると私は慎重に行動しなければ命を失うことにもなりかねない。

なぜなら「NO」と言えば利用価値なしと判断されてしまい、逆に敵側に寝返るようなことになれば都合が悪いからと消されてしまう可能性があるからだ。

現在の木連は和平を望む元優人部隊の若手将校たちを中心とした勢力と、元木連中将の草壁を中心とした極右勢力の二派が対立している。

その草壁はクーデター後に行方不明になっているとのことだが、どこかで力を蓄えてかつての木連を復活させようと虎視眈々と狙っていると考えられる。

そんな木連内部の争いに巻き込まれるなんてまっぴらごめんだ。

だから一刻も早く月を離れて地球に帰るべきなのだが、過去を取り戻したいという気持ちが私をゲキガンシティに引き留めようとする。

優人部隊の戦士かどうかは別にして私が木連の人間であることはほぼ確定していた。

これは私の身体を遺伝子レベルで詳しく調べた結果、地球や火星などで生まれた人間の特徴はほとんどなく、逆に木連の人間と共通する部分が多いと判明したためだ。

今まで「だろう」というレベルであったが生物学的に木連の人間だということが確定したのだからそれだけで十分ではないかと自分に言い聞かせるものの、せっかくあと少しで自分の正体がわかるのだと思うとそのチャンスを自ら捨てるのは愚かしいと考えてしまう。

今のところはすぐに危険が迫っているというものでもないので、こちらが迂闊な行動をしなければ監視をされるという程度で済むはず。

それに下手に月から逃げようとして行動に移せばただちにシャトルポートに手配が回って捕えられてしまうかもしれない。

そして出した結果が「もう少し様子を見る」であった。

ただしいつでも逃げられるように財布やパスポート等貴重品は常に身につけておくことにする。

 

 

★ ★ ★ ★ ★

 

 

私はレツさんと一緒にホテル内のレストランで夕食を取ることになった。

これまでの様子だと彼は国分寺博士の所属する組織とは無関係で、彼自身も私と同じ利用される側の人間らしいので安心して接することができる。

 

「どうだい、ゲキガンシティの英雄になった気分は?」

 

上機嫌のレツさんが私に訊く。

シティ中にその名を広めた英雄なのだから機嫌が良いのは当然のことだ。

一方、私は自分の置かれた状況に不安と疑問を持ったままなので、料理の味もいまいちのものにしか感じられない。

 

「ヒーローはレツさんだけですよ。私は戦闘で役に立ったわけではないし、メディアに顔を出さなかったのだから何もしていないのと同じですもの」

 

「だから一緒に来ればよかったんだよぉ。そうすればどっかでアンタの顔を知っているやつが見てたかもしれなかったのに…」

 

「そう言われればそうなんですけど、女性の私がジンに乗っていたなんて知られたら大騒ぎになっていたはずですよ。木連の軍人ではない私に次元跳躍できたってことになれば別の意味での大ニュースですからね。私の記憶の話どころではなくなってしまいます」

 

「ああ、たしかに。オレだってまだ信じられねぇもんな。…ま、時間はたっぷりあるんだ、急ぐことはねぇさ」

 

「ええ…」

 

レツさんの気遣いと優しさが嬉しかった。

 

 

 

昼間の戦闘のことが気になって私は眠れないでいた。

やはり私は木連の軍人、それも優人部隊に所属していた可能性が非常に高い。

私はナデシコに現れた時、優人部隊の制服を着ていた。

アカツキさんのエステバリスに乗った時の感覚。

そして今日マジンに乗った時の懐かしさ。

木星コロニーへ行った時の既視感。

私が優人部隊の人間であったとすればこれらの疑問はすべて解決するのだが、優人部隊どころか正規の軍人に女性がいるという話は誰も聞いたことがないらしい。

そもそも木連では女性の数が圧倒的に少なく、男性は女性をとても大事にしている。

だから女性が危険な軍人になるはずはないというか、周りの人間がさせるはずがないのだ。

後方支援の兵士や非戦闘員であっても女性はいないはずで、最前線でジンに乗って戦う優人部隊の戦士に女性がいるとは通常では考えられないことである。

しかし何か事情があって性別を偽って軍人になったとも考えられるわけで、ナデシコのメディカルルームでイネスさんの診察を受けた時に私が胸にさらしを巻いていた理由が女性であることを隠すためであったとすればそれで説明できる。

ただしその場合は私個人の意思だけでできるものではなく、軍の上層部に協力者がいなければ不可能。

むしろ軍上層部の人間の指示によって男装をして優人部隊に配属されたと考えるのが妥当だ。

 

 

そんなことを考えていると、私の部屋のドアをドンドンと乱暴に叩く音がした。

 

「…はい、ちょっと待ってください」

 

寝巻きの上にガウンを羽織って私はドアスコープから外の様子を伺った。

するとそこには酔っぱらったレツさんが酒のビンを持って立っていて、私は急いでドアを開けた。

 

「おーっ、まだ起きてたかー。ハハハ…飲もうぜ!」

 

「レツさん、そんなに酔っぱらって、いったいどうしたんですか? ここじゃ他のお部屋の人に迷惑になるから、早く中に入ってください」

 

私は酔っぱらって足のふらつく彼を支えながら自分の部屋に入れた。

 

「しっかりして、レツさん。何があったんですか?」

 

「オレはなぁ…オレは、もーやめるぞぉ」

 

「やめるって何を?」

 

「ぜーんぶやめてやる。…えーがも、ヒーローもぉ」

 

なんだか様子が変である。

一緒に食事をしていた時にはそんな素振りを一片も見せなかったのだから、私と別れた後の数時間の間に何かあったに違いない。

 

「どうしたっていうの? ちゃんと説明してください」

 

「うるせー! 知ってんのかぁ? オレたちの仕事はなぁ、結局…政治家どものオモチャなんだとぉ…」

 

「何ですって?」

 

「ほーら、イサミも飲めぇ」

 

「はいはい」

 

ウイスキーのボトルを私の前に突き出すレツさんの機嫌を損ねないよう、私は少しだけ付き合うことにした。

 

私は部屋の冷蔵庫から水と氷を出してきて、レツさんの持って来たウイスキーで彼に薄い水割りを作ってあげた。

すでに酔っぱらっている彼にこれ以上飲ませ過ぎてはいけないからだ。

そして彼には愚痴を言いたいだけ言わせることにする。

彼の話は支離滅裂なものであったが、総合するといくつかのことがわかった。

私との食事を済ませた後、彼は映画撮影のスタッフやプロデューサーたちに誘われてホテルのバーへ行ったらしい。

そこで今日の正体不明の敵の襲撃の話題となり、その際にこの映画のスタッフの多くが極右の人間で、彼らがかつての木連を復活させるための目的で映画製作を計画したのだという話を聞いてしまった。

レツさんとしては純粋な気持ちで市民に娯楽として楽しんでもらえるものを作ろうと意気込んでいたものだから、その気持ちを裏切られたような気になったのだろう。

それで深酒をしてしまい、溜まりに溜まった不満や苦悩を私に聞いてもらいたいと部屋までやって来たようだ。

 

しばらくレツさんの愚痴を聞いていたが、彼は酔っぱらって寝てしまった。

困った私は彼をベッドに担ぎ上げて寝かせ、自分はソファに横になって彼の様子を見守ることにした。

 

(レツさん…あなたの悩みや苦しみを私はどうしてあげたら取り除くことができるの? 私はただの通りすがりの旅人だけど、なぜだかあなたのことが心配なの…)

 

 

しばらくして私も昼間の疲れとお酒のせいで眠り込んでしまったのだった。

 

 

★ ★ ★ ★ ★

 

 

朝になってみると、レツさんの姿が部屋のどこにも見当たらない。

そして私の身体に毛布がかけられていた。

 

(これはレツさんがかけてくれたのね。でもどこへ行ったのかしら。酔いがさめて自分の部屋に戻ったのならいいけど…)

 

 

私がホテル内のレストランで朝食をとっていると、そこへレツさんがやって来た。

前夜の様子が嘘みたいで、出会った時と同じように明るくて元気な姿に戻っていた。

 

「やあ、夕べは悪かったな。そのお詫びと言っちゃなんだが、どこか行くんだったら付き合うぜ」

 

「でも撮影は?」

 

「あ、それ、ヤメヤメ。今日はやめだ。そんな気分じゃない」

 

「そんな簡単に…。本当にいいの?」

 

「いいのさ。何せオレは主役だからな」

 

いくら主役だといっても勝手にできることではないはずだ。

昨夜は映画をやめると言っていたが、あの時の様子だと本気で降板するつもりかもしれない。

ともかく彼を無理やり撮影現場に連れて行くことは不可能で、彼が満足するまで付き合うしかないだろう。

 

 

私はレツさんと一緒にホテルを出てしばらく街中を歩いていると私は背後に視線を感じた。

ホテルを出た時からずっとつけられているような気がしていて、私は小声でレツさんに訊いた。

 

「レツさん、誰かに見られてるような気がしない?」

 

「えっ、そうかぁ。別にオレは感じないけど。まぁ、オレたちはシティを守ったヒーローだからな。注目の的になってんだよ」

 

「それとはちょっと違うと思うけど…」

 

「気にしない、気にしない」

 

彼はそう言うが、どう考えても私たちをつけているとしか思えない。

 

(視線の先にいるのはレツさん? …それとも私?)

 

 

 

私たちはゲキガンランドへ行くことにした。

ゲキガンシティに来た観光客のほぼ全員が行くという超人気観光施設なのだから、ゲキガンファンなら絶対に行かなくてはならないというのがレツさんの言い分である。

私の記憶の手掛かりはとりあえず後回しにして、気分転換にパァーッと遊ぼうということにしたわけだ。

レツさんもこれで気が晴れるならと私も賛成する。

 

ゲキガンランドにはゲキ・ガンガー絡みのアトラクションやグッズ店がたくさんあり、ファンなら感涙ものの施設となっている。

ライドに乗ってゲキ・ガンガーの世界を体験できる「バーチャル/ゲキ・ガンガー」や、超高速絶叫マシン「激我ジェットコースター」などのアトラクションが人気だという。

私たちはいろいろなアトラクションを楽しみ、少々疲れたので売店で飲み物を買ってベンチで休むことにした。

 

「こうやって回ってみると結構広いよな。さすがのオレも疲れちまったぜ」

 

「そうですね。でもとっても楽しい。ゲキ・ガンガーのファンにはたまらないですよね」

 

「そうだろ。…おっと。」

 

その時、レツさんのポケベルの呼び出し音が鳴る。

 

「わりぃ、ちょっと待っててくれ」

 

そう言って公衆電話に走って行くレツさん。

私はそのまま待っていると再び視線を感じた。

化粧を直すフリをして私はバッグから手鏡を出して背後の様子を窺うと、黒服にサングラスの男がこちらをじっと見ているようである。

走って行くレツさんには目もくれず、私の方をずっと見ていた。

 

(やっぱり、つけられていた。ホテルからずっと続いていた視線はあの男のものに違いないわね。あの様子からすると男のターゲットは…私? 私が逃げないようにと監視しているのかも)

 

そんなことを考えているとレツさんが戻って来た。

 

「急に事務所からの呼び出しだよ。戻んねぇと」

 

「じゃあ、私も…」

 

そう言って立ち上がろうとするとレツさんがそれを制した。

 

「アンタはもう少し遊んでいきな。せっかく来たんだからよ」

 

「でも…」

 

「夜の『エレクトリカル激我パレード』は必見だぜ。見ていけよ」

 

「…残念だけどお仕事じゃ仕方がないものね。私だけ楽しませてもらうのは申し訳ないけど見ていくことにします」

 

私はレツさんと別れて残ることにした。

私を尾行していると思われる男の正体が気になり、そのまま気づかぬふりをして様子を見ることにしたのだ。

ターゲットが私ならレツさんに危険はないし、私自身が怪しい動きをしなければ男も尾行に気づかれているとは思わないだろう。

それに何よりもレツさんの言うようにせっかく遊びに来たのだから楽しまなければもったいない。

 

 

 

夜になって、私はレツさんお勧めの「エレクトリカル激我パレード」を見ていた。

たしかに彼が勧めるだけあって、ゲキガンランドに来てこのパレードを見ないで帰ったとしたら絶対に後悔すると思えるほどの見ごたえのあるショーだ。

しかしパレードを見ている客に混じって黒服の男がちらほらと見え隠れしているものだから少々気になってしまう。

 

(まだ私をつけているみたい…。何のために、そして誰が私のことを…? やっぱり国分寺博士が私の行動を監視させているのかもね。…まあ、ここでいくら考えてもしょうがない、か)

 

私はパレードを最後まで見てからゲキガンランドを後にした。

そして黒服の男は私がホテルの自分の部屋に戻るまでずっと後をつけて来ていたのだった。

 

 

★ ★ ★ ★ ★ ★ ★ ★ ★ ★

 

 

翌朝、私がホテル内のレストランで食事をしていると、レツさんが通りかかった。

 

「おはよう、レツさん」

 

「……」

 

私は声をかけるが返事がない。

 

「ねえ、レツさん。聞こえてますか?」

 

「……」

 

「レツさん、本当に変ですよ。どうかしたんですか?」

 

その時、レツさんの顔がほんの少しだけ私の方を向いた。

どこか焦点の合っていないような虚ろな眼をしている。

まるで魂を抜かれてしまったのかと思えるほどで、それがあまりの異様な雰囲気のため私は次に出てくる言葉が見つからず、結局彼はそのまま去って行ってしまった。

 

 

レツさんのことが心配になった私は食事を途中で切り上げて急いで彼の部屋へ向かった。

そしてドアをノックするが返事はない。

念のためドアノブに手をかけると、鍵がかかっていなかった。

 

「レツさん、入りますよ」

 

私は声をかけてからドアを開けると部屋へ入った。

しかし中には誰もいない。

閉め切ったカーテンの僅かな隙間から外の明かりが差し込んでいる。

その明かりで見える光景に私は違和感を覚えた。

ベッドはきれいに整えられており、使われた形跡がないのだ。

それは昨夜レツさんがこの部屋に戻って来なかったことを物語っている。

 

「あなた、ここで何をしているの !?」

 

背後から突然若い女性の声がした。

私が振り返るとそこにはゲキ・ガンガーに登場する国分寺ナナコそっくりの女性がいた。

 

「えっ? …あなたはナナコ…さん?」

 

「ええ、わたしはナナコよ。それよりあなたは誰なの?」

 

「私はイサミといいます」

 

「…そう、あなたがレツの言っていたイサミさんね。話は聞いているわ。でも何であなたがここにいるの?」

 

「さっきレツさんの様子が変だったから、それで心配になって…」

 

「あなた、余計なことを嗅ぎ回るのは止めた方がいいわよ」

 

ナナコさんは私の行動を否定するような口ぶりで言う。

 

「嗅ぎ回るって、何を?」

 

「レツのことよ」

 

「やっぱり彼に何かあったんですね。教えて下さい、ナナコさん!」

 

「知ってどうするの? あなたには何もできないわ。いえ、これ以上嗅ぎ回ればあなたも彼らに狙われることになる」

 

「わかっています。私は昨日からずっと黒服の男に尾行されていていますし、国分寺博士が中心人物の一人であることも承知の上です」

 

「それなら…」

 

「でもレツさんを放ってはおけません。私自身すでに巻き込まれてしまっているんですから、私にも真実を知る権利はあります」

 

「でもその真実が残酷なものであっても?」

 

「もちろんです」

 

「…覚悟はあるみたいね。いいわ、話してあげる。でも納得したらあきらめて地球に帰りなさい」

 

そう言ってナナコさんは話し始めた。

その様子からするとかなり深刻な内容だということは直感でわかっていた。

しかしこれから起こる出来事が自分の過去はおろか出生の秘密を明らかにすることになるとは、この時点では夢にも思わなかった。

 

「このシティの上の人たちは皆木連の極右勢力の生き残りなの。彼らはかつての木連を再興しようとしているわ。この映画もその計画の一端を担っているのよ。ゲキ・ガンガーは木連の聖典だから。…この映画は人心の掌握のための餌、戦意高揚を促すプロパガンダなのよ。彼らの理想とする完全な反連合勢力としての木連をね」

 

「だけどどうしてレツさんはあんな状態に…?」

 

「これは本人すら知らないことだけど彼はこの計画にとっての重要人物なの。だから事実を知ってしまった以上は逃げられないようにって…」

 

「逃げられないようにって…まさか、洗脳?」

 

「まあ、そのようなものかしらね」

 

「ひどい…ひどすぎる…。でもあなたはなぜそのことを?」

 

「これは秘密のことなんだけど、わたしは地球側から送り込まれたスパイなの。ゲキ・ガンガーの映画が撮影されると聞いて、国分寺ナナコに良く似ていたわたしはここへ潜り込んだのよ。…もういいでしょ。早くあなたはここを出て行って。それがあなたのためなの。今ならあなたはまだ間に合う。レツのようになりたくなければ早く逃げなさい」

 

「……」

 

「お願いだから…」

 

見ず知らずの自分に対して本気で心配してくれている彼女に私は申し訳ないような気がしてきた。

しかし話を聞いて危険だからと逃げ出すのは嫌だ。

 

「ナナコさん、それでも私は…」

 

「わかったわ」

 

ナナコさんはそう言ってポケットから何かを取り出して私に手渡した。

小さなお守り袋で、中には小さくて固い石のようなものが入っている感触がする。

 

「これは何ですか?」

 

「お守りよ。もし何かあったら、そのお守りが助けてくれるわ。だから必ず身につけていてちょうだい」

 

それ以上何を聞いてもナナコさんは何も話してくれなかった。

私は諦めて自分の部屋に戻ることにした。

 

 

★ ★ ★ ★ ★ ★ ★ ★ ★ ★

 

 

自分の部屋に戻るとナナコさんにもらったお守り袋の中身を取り出してみた。

中には青く輝く宝石のようなものが入っている。

 

(サファイア? それとも別の何の石? とても高価そうに見えるけど、もらってよかったのかな…?)

 

その青い石を手のひらの上で転がしながら考えた。

ナナコさんは地球側のスパイということらしいが、それが連合軍の関係者なのか別の組織の人間なのかはわからない。

もしかしたら先の正体不明の敵の仲間かもしれないのだが、少なくとも今は私やレツさんの敵ではないことは確かだ。

休戦協定が結ばれて和平を進めようとしているかと思えば、地球と木連の対立を画策している勢力がある。

私の知らないところで何かが起きているのだが、私にも少なからず関係していることのようだから無視はできない。

何が起きているのか、私にどのような関わりがあるのかを知ろうと思えばすぐにでも知ることはできる。

しかし一度知ってしまったら知らなかった頃には戻れない。

そして知るということは国分寺博士の属する組織に加担させられるか、それに従わず消されるかのどちらかになるだろう。

もちろん前者はありえないし後者に甘んじるつもりはないから徹底的に戦うつもりではいる。

女性である私を優人部隊の人間であると断言する国分寺博士以上に私の正体を知る者がこの街にいるとは考えにくいからこのまま街を散策したところで目的を果たすことはできないだろう。

そうなると覚悟を決めなければならない。

この街に来てしまった以上無事に「家」に帰るのであれば自分の運命と戦って勝つしかないのだ。

 

 

部屋の明かりも点けずいろいろなことを考えて過ごしているうちに夜になってしまった。

手のひらの上の青い石をお守り袋に戻してから上着のポケットに入れる。

すると誰かがドアをノックする音がした。

 

「誰? もしかして…レツさん?」

 

「おーい。オレだ、開けてくれ!」

 

いつものレツさんの声がした。

 

「レツさん!」

 

急いでドアに駆け寄って開けるが、部屋の中が暗く廊下側の照明が明るいものだから逆光になってしまい彼の顔がはっきりとは見えない。

 

「何かあったんですか?」

 

「頼みがあんだけどよぉ…」

 

私は部屋から廊下に出るが、そこでようやく彼の眼がはっきりと見えた。

今朝と同じ濁った眼をしている。

 

「何も言わずについてきてほしい」

 

彼はそう言って右手に握っていた銃の銃口を私に向けた。

本来の彼であれば絶対にそんなことをするはずがなく、何らかの方法によって操られているのは明らかだ。

そして彼の背後には二人の黒服の男がいてこちらを監視していた。

そのうちの一人は私をずっと尾行していた男である。

 

「レツさん、やっぱり、あなた…」

 

彼は無表情のまま男たちの方へ歩いて行く。

 

「待って、レツさん!」

 

「無駄だ。お前にはこのままついてきてもらう。騒がなければ危害は加えない」

 

男の一人が銃を私に向けて言った。

 

「くっ…」

 

多勢に無勢、こちらには武器もないとなるとどうすることもできない。

諦めて男たちの言う通りにしようとしたその時…

 

「あなたたち、何をしているの!」

 

突然現れたナナコさんに男たちは動揺し、その隙をついて私は廊下の一角にあった消火器を見つけてそれを男たちに向けて噴射する。

 

「うわっ!」

 

男たちは消火器の粉末によって一時的に視界を失い、私は消火器本体を振り回して男たちの頭を殴りつけた。

がっしりした体形の男たちにこれくらいでは大きなダメージを与えることはできないが、それでも多少の時間稼ぎにはなるだろう。

 

「早く、こっちへ!」

 

ナナコさんは私の腕を掴むと男たちのいる側とは反対の方向へ全力で走り出した。

私たちは従業員用の通路や非常階段を使ってホテルの裏口から外へ出るが、男たちが追って来た。

路地を走り抜ける私たちに向かって彼らは発砲するが、威嚇のためなので当たることはない。

しかし背後から銃弾が飛んでくるのは恐ろしい。

おまけに地の利は敵にあり、必死の逃亡もむなしく袋小路に追い詰められてしまった。

 

「さぁ、おとなしく一緒に来てもらおうか」

 

私とナナコさんは黒服の男たちに捕縛されてしまったのだった。

 

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