機動戦艦ナデシコ The Blank of 3years Another story 作:ルーチェ
気がつくと私はシティのはずれの草の生い茂った空き地に一人で倒れていた。
立ち上がって辺りを見回すが見える範囲にはレツさんもナナコさんもいない。
「レツさーん! ナナコさーん! どこにいるのー !? いるなら返事をしてー!」
大声で彼らの名を呼ぶが返事はない。
私は愕然とし、力なくその場に座り込んでしまった。
しかししばらくして私は我に返って立ち上がる。
(レツさんとナナコさんは大丈夫。きっと安全な場所にいるはず。それよりもまずは自分の身を守らないと。いつまでもここにいてはいけない。一刻も早く帰らなきゃ。…でも、私の帰る場所って、どこにあるの? こんな私に帰る場所なんて…)
1時間後、私は地球へ戻るためにシャトルポートへ行くバスに乗っていた。
正体がわからぬようにツバの広い帽子をかぶってサングラスをかけ、一番後ろの席に深く腰掛ける。
謎の敵の攻撃があったために観光客らしき人たちは慌てて月を離れようということらしくバスは満席であった。
おかげでバス乗り場も大勢の人で混乱していて、乗務員も乗客を一人一人確認することはできずにいた。
国分寺博士が私のことを諦めていないのであれば指名手配くらいされていてもおかしくはない。
今度捕まったら最後、二度と地球に戻ることはできないだろう。
今のところは無事に逃走を続けているが、シャトルポートにまで手配が回っていたらそこでおしまいだ。
しかし敵襲の混乱でそれどころではないはずだと自分に言い聞かせて心を落ち着かせた。
窓の外を流れる景色を眺めながら考えるのはレツさんとナナコさんのことである。
(二人はどこに行ってしまったのかしら? あの状態では探すなんてことできなかったから自分だけ逃げて来てしまったけど、木連の連中に捕まったりはしてないわよね。どうか無事でいて…)
今の私には祈ることしかできないのだ。
シャトルポートに着いた私は地球に戻るための手続きをしようとチェックインカウンターに向かっていた。
やはり例の事件のせいでシティ上層部や指示系統が大混乱に陥っているのか、私がいくら最重要人物だといってもすぐには指名手配できなかったようだ。
おかげで誰にも怪しまれずシャトルポートまで来ることができ、あとはこのままシャトルに乗ることさえできれば逃げ切れるだろう。
到着ロビーを通り過ぎようとした時、地球からたった今到着したばかりのシャトルの乗客がぞろぞろと降りて来るのが見えた。
その中にアキトさん、ユリカさん、ルリちゃんの3人がいたのだが、私は彼らとすれ違ったことにも気づかず通り過ぎてしまい、ルリちゃんが私に気がついて声をかけてきた。
「イサミさん」
「…えっ? …あ、艦長。それにアキトさんにユリカさん、今の便で着いたんですね」
「わたしたちを迎えに来てくれたんですかぁ?」
相変わらず暢気で元気なユリカさん。
いつもなら彼女の性格に励まされるのだが、今回ばかりは事情を知らない彼女の能天気さが気に障る。
「いえ、そういうわけじゃないんですけど…」
私が視線を逸らしながら言うと、アキトさんは興奮気味の様子で私に言う。
「それよりさぁ、さっきシャトルの中で聞いたニュースなんだけど、ゲキガンシティに正体不明の敵が攻めてきて戦闘があったらしいな。それでゲキ・ガンガーⅤみたいなロボットが出てきて大活躍だったっていうじゃないか。イサミちゃん、見た?」
「…ええ」
「残念、オレも見たかったなあ…」
アキトさんたちはゲキガンシティでの出来事を知っているようだ。
たぶん大事件だったのでシャトル内のビデオニュースで流れたに違いない。
しかしシティ上層部が真相を隠していて詳しいことは伝わっていないらしい。
だからその事件に私が大きく関わっているなどと誰も想像していないだろう。
「わたしたちこれからオーデションなんですけど、応援に来てくれますよね?」
何も知らないユリカさんは暢気に訊くが、私には良い返事はできない。
「う、うん…でも、たぶんオーデションは中止だと思いますよ」
「ええっ、どうしてだい?」
オーデションが目的でやって来たユリカさんとアキトさんには酷な話だが、この騒ぎでは映画撮影など続けられるはずがない。
撮影に使うはずだったセットや道具類も撮影所の崩壊によって跡形もない上に、出演者やスタッフにも被害が及んでいるとなればゲストキャラクターのオーデションどころではないだろう。
内緒にしておくこともできたが現実は変わらないのでアキトさんたちに掻いつまんで説明することにした。
「あの戦闘のせいで撮影所が滅茶苦茶になってしまったそうで、映画の撮影どころじゃないって話です。スタッフやキャストにも怪我人が出ているらしいという噂も耳にしましたから、映画製作自体が中止か無期延期になるかもしれませんね」
あくまでも他人事といった様子で私は話した。
「なんだよぉ。せっかく月まで来たっていうのにさ」
悔しがるアキトさん。
そんな私たちの会話を黙って聞いていたルリちゃんが私に訊く。
「何でそんなこと知ってるんですか?」
「詳しいことはいずれお話します。でも今ここではちょっと差支えがありますので…」
ここでシティの関係者に見つかりでもすればまた拉致監禁され、最悪の場合レツさんのように洗脳されて木連の戦士として戦わされてしまうことだろう。
そうなれば私と一緒にいたということでアキトさんたちも巻き込んでしまう恐れもある。
彼らも機動兵器のパイロットであり、アキトさんとユリカさんはA級のジャンパー能力を持つのだから木連の連中にとって彼らは私と同じく利用価値が非常に高いのだ。
だから私は一刻も早く月を離れて地球に帰らなければならない。
「みなさんには申し訳ないと思いますが、私は先に地球に帰ることにしました。地球でみなさんのお帰りを待っています」
「もしかして月にいられない理由でもあるんですかぁ?」
ユリカさんの言葉にわたしは言葉を失う。
しかし事情を察したルリちゃんは、私に気を遣ってくれた。
「イサミさん、そろそろ手続きをしないと地球行きのシャトルに間に合わなくなってしまいますよ。わたしたちはいちおうオーデション会場へ行ってみますから。それじゃ、気をつけて」
「ありがとう、艦長。では、みなさんお先に失礼します」
そう言って私はその場を立ち去った。
シャトルが轟音を上げて月を離れた。
ここまで来ればもう木連の追手がかかることはないだろう。
私は静かに目を閉じる。
結局、記憶は戻らなかった。
過去の自分についてはいろいろと知ることはできたものの、知らない方がいいことがたくさんありすぎた。
遺伝子操作によって生まれたこと、木連の英雄になるべくして育てられた双子の兄がいて戦死したこと、自分がその身代わりになっていたこと。
(ゲキガンシティになんて行かなければよかった。そうすればこんな辛いことは知らずに済んだのに…)
目を開けてふと窓の外を見ると月がだんだん小さくなっていく。
その月も涙で滲んですぐに見えなくなってしまった。
深い後悔だけが残った哀しい旅であった。
私が地球に戻って2日後、予定よりも早めに旅行を切り上げたアキトさんたちが帰って来た。
ゲキガンシティから帰って来てから私はずっと気が滅入っていて外出もせず自分の部屋に引きこもっていたが、そんなことを知らずに訪ねて来たユリカさんに無理やり外に連れ出されてしまう。
正直会いたくない気持ちは強かったが、彼らに会わなければならない
屋台にはルリちゃんがいて、私とユリカさんを出迎えてくれた。
「よう、イサミちゃん。いらっしゃい。待ってたよ」
「あまり元気ないようですけど、大丈夫ですか? …そう言えば月面のシャトルポートで会った時もそうでしたね。何か悩みでもあるならわたしたちに話して下さい」
いつもと変わらないアキトさんとルリちゃんの優しい言葉にも私の気分は晴れない。
レツさんとナナコさんが無事かどうかを知りたいと思っても、私自身がシティの連中に追われる身であっては探すこともできず、ただ心配することしかできないのだから。
どうすることもできない無力な私にユリカさんが満面の笑みで話しかけてきた。
「ルリちゃんの言う通り。全部パァ-ッと喋っちゃた方がすっきりしますよ。…あ、ところで、これ食べます? ゲキガンクランチチョコ。それともゲキガンクッキーがいいですか? これ、ゲキ・ガンガー3の形をしているんですよ。他にゲキガンまんじゅうとゲキガン羊羹もありますけど、どうします?」
ユリカさんが箱に入った菓子を大量に取り出しながら言った。
よくもまあ甘い物ばかりこんなに買ってきたものである。
彼女がいつもと変わらない自然体で接してくることに初めは煩わしかったが、それが彼女なりの優しさだということに気づくと気持ちが安らいできた。
「イサミさんが言ってた通り会場に行ったらオーデションは中止だって張り紙が張ってあって、しかたがないのでその足でゲキガンランドに遊びに行ったんです。その時に買ってきたんですよー」
「それでさ、行く途中の道ですっごい人に会ったんだよ」
少し興奮気味のアキトさんが言う。
「すごい人?」
「なんとゲキ・ガンガーの天空ケンと国分寺ナナコにそっくりな人でさ ──」
「えっ、ケンとナナコにそっくりな人?」
その二人はレツさんとナナコさんに間違いない。
「それで、二人の様子はどうだったんですか !?」
今まで口数の少なかった私が急に人が変わったようになったのでアキトさんたちは驚いている。
「ど、どうって…」
するとルリちゃんが淡々と説明してくれた。
「えーっと…ゲキガンランドに行く時、わたしたち道を間違えちゃって変な裏通りみたいなところに入っちゃったんです。そうしたらナナコさん似の女性がケンに似た男性と一緒に倉庫みたいなところから出て来て、そのままタクシーに乗ってどこかへ行っちゃいました」
「二人とも元気そうでした? 怪我とかしてませんでしたか?」
「はい。女性が男性のからだを支えていたので男性が酔っているのかと思いましたが、怪我とか特にそういった様子はありませんでした。周囲を気にしていたので何か訳ありって感じもしましたけど。…もしかしてお知り合いの人ですか?」
「ええ…」
ルリちゃんの言葉に私は胸をなでおろした。
ずっと二人の行方が気がかりになっていた私にとってこれは喜ばしい知らせだ。
ボソンジャンプで離れ離れになってしまったことで二人の消息は途切れてしまっていたが、ルリちゃんたちが無事な姿を確認しているのだからもう安心だ。
もし大怪我をしていて病院に運べばそこでシティの連中に見つかって連れ戻されてしまうだろうが、怪我さえしていなければナナコさんが上手く取り計らってくれたはずだからきっと二人とも無事に逃げ果せたに違いない。
「よかった…二人とも生きていたのね」
自然に涙が溢れてきた。
「イサミさん、そろそろあなたのことも話してもらえませんか? ゲキガンシティで何があったんですか?」
ルリちゃんの目が私に真実を告白する時が来たのだと言っている。
私自身もこのままずっと自分の胸に収めておくことはできないと考えていた。
ただ私の正体を知ってなおルリちゃんたちが私を受け入れてくれるのかが不安で、レツさんたちの消息を心配すると同時に悩んでいたことだった。
「そうそう、僕たちもたいへん興味あることだしね」
「ええっ?」
その声のした方を振り返ると、アカツキさん、エリナさん、プロスペクターさん、ゴートさんの4人が並んで立っている。
どうして彼らがここにいるのかわからないが、少なくとも私たちの会話を立ち聞きしていたと思われる。
「な、何であんたたちがここにいるんだ !?」
私たち4人の疑問を代表してアキトさんが訊くとエリナさんが答えた。
「実はあなたたちにはネルガルの監視がつくことになったのよ」
「監視…?」
「そう、あなたたちはネルガルにとって最重要人物だから。そしてわたしが監視することになったのは…あなた」
エリナさんが私の方を向いて言った。
「私…ですか?」
「そうよ。あなたを監視していたら重要人物が集まっているじゃない。だから何かあると思って会長に報告したのよ」
「しかし今頃になって監視がつくなんて、何があったんですか?」
「それは、わたしからお話しましょう。実は最近になって妙なことが起こり始めましてねぇ…」
プロスペクターさんが一歩前に歩み出て言った。
「妙なこと?」
「はい。火星生まれの人ですとか木連出身の元軍人が次々と行方不明になっているんです。両者の共通点は…」
「ボソンジャンプ…」
ルリちゃんの言葉にプロスペクターさんは頷く。
「はい、その通りです。これは生体ボソンジャンプの可能な人間の誘拐事件だと睨んだネルガルは独自に調査をしました。はっきりとした証拠はありませんが、我々はクリムゾングループが犯人ではないかと考えているのです」
「クリムゾングループですって !?」
私はつい大声を上げてしまった。
以前に木星コロニーでの事件の際に出てきたクリムゾンの名がここでまた出てくるとは思いもよらぬことであったからだ。
「詳しくはわかりませんがクリムゾングループが進めている『ヒサゴプラン』という計画のために彼らを誘拐しているものだと思われます。したがってあなた方も狙われる可能性があるのです」
「だから勝手に月へ行ったりしてもらっては困るんだがね」
機嫌悪そうなゴートさんの言葉にアキトさんとユリカさんが反論する。
「そんなのオレたちの自由じゃないか」
「そーよ、そーよ!」
「とにかくこれからは各自自分の身辺に気をつけてもらおう」
ゴートさんの言い分は理解できる。
ボソンジャンプのできるアキトさんたちの身の安全をネルガルが守ろうとするのは当然のことなのだ。
私自身も木連の人間に拉致されかけたのだから、クリムゾングループにまで狙われるのは勘弁してほしい。
「まあ、その話はここまでにして…そろそろイサミ君の話を聞かせてもらおうか」
アカツキさんがしびれを切らし、私に尋問するような目つきで言った。
一同の視線が私に注目する。
こうなってはアキトさんたち以外にも話すしかないと、私は覚悟を決めすべてを告白することにした。
いつもならおとなしく話を聞いているようなメンバーではない彼らがこの時ばかりはじっと私の話を聞き入っていた。
それだけ彼らにとっても深刻な内容だったのだ。
特にルリちゃんが真剣な瞳を真っ直ぐにこちらに向けていたことが印象的だったが、後で二人きりになった時に彼女が私と似たような境遇であったことを教えてくれて納得ができたのだった。
ひと通り話が終わると私は自分の気持ちを打ち明けた。
「私は…ナデシコを降りようと思います」
「ええ-っ !?」
彼らは私の決心に驚いたようだが、それ以上に私の方が驚いてしまう。
事情は説明したばかりであり、私がナデシコを降りることは当然だと理解できているはずなのだ。
「私は木連の軍人だったというだけでなくジンのパイロットですから最前線でみなさんと直接戦闘をしていたことでしょう。もしかしたらみなさんやみなさんの大事な人の命を奪ったりを心やからだを傷つけてしまっていたかも…。これまではハッキリととした証拠はなく
「いいとか、悪いとか、そんなの関係ないだろ! オレたちはもう仲間なんだぜ!」
アキトさんが私を諫めるように言う。
「アキトさん…」
「そうです。わたしたちは同じナデシコの仲間なんですのも、艦を降りる必要なんてないです」
「それにあなたはナデシコを降りてどこへ行くつもりなんですか?」
ユリカさんに窘められ、ルリちゃんには詰め寄られる。
「それは…」
ナデシコを降りるといっても行くあてなどなく、どこか誰も知る人のいない土地で一人生きていくしかない。
しかし具体的にどうするのかはまだ決めていなかったので答えに窮してしまった。
さらにルリちゃんが私を責めるように言う。
「あなたは『この新しいナデシコに自分の証を残したい』と言ったじゃないですか。それは嘘だったんですか?」
「そんなことはないです! でも…」
「でも、何ですか? 過ぎてしまったことをいくら後悔してもしょうがないと思います。大切なのは未来。これからどう生きていくかです」
「……」
「そう、ルリちゃんの言う通り。ナデシコはわたしたちの居場所なんだから」
「それに君が木連の軍人だったからといって今さら非難する人なんて誰もいないさ。安心して戻ってくればいい」
優しく微笑むユリカさんとアキトさん。
みんなが私のことを「仲間」だと認めてくれているのだ。
「みなさん…ありがとう、ございます」
私の周りを取り囲んで励ます、アキトさん、ユリカさん、ルリちゃんの3人。
私は彼らの優しさに心から感謝した。
するとそこへアカツキさんが口を挟んだ。
「おいおい、君たちだけで盛り上がって僕たちのことを忘れないでくれよ。イサミ君はネルガルの社員なんだし、ナデシコB艦乗務のことはネルガルが決めたことなんだから勝手に降りるとか言われても困るんだよね。まあネルガルグループ会長の僕としては…」
アカツキさんに注目する一同。
「イサミ君がナデシコに乗ってくれていた方が都合いいかな。有能な人材を失うわけにはいかないし監視の手間も省けるからね。それにいずれボソンジャンプの実験にも付き合ってもらう約束だし…」
「そんな約束してません!」
どさくさに紛れてとんでもないことを言うアカツキさん。
「あれ、そうだったけ? とにかくイサミ君には今まで通りナデシコB艦勤務を頼むよ」
場の沈んだ空気を払拭するためにわざとそんなことを言ったであろうアカツキさんの気遣いにも感謝の気持ちでいっぱいだ。
ならばその気持ちに報いるためにも気持ち良く引き受けるのが人というものである。
「はい、わかりました。これまで通りナデシコB艦の副官としての任務を遂行いたします」
私は続けてナデシコB艦に乗務することとなった。
レツさんやナナコさんが無事だとわかり、またナデシコという「家」に「家族」と一緒にいることを許された私の心の中は安らぎに満ちていた。
そしてそれ以降はあえて記憶を取り戻そうとするのはやめた。
「過去」にはもう私の家族はいないのだし、守るべきものもないのだから。