「~~~♪」
適当に鼻歌を響かせながら、鏡の前で揺れ動く。
私がこうして朝、鏡の前に立つなど転生して初めてのことだと思う。それこそ身だしなみ、エチケットとしてそれなりの朝の身支度は以前まではしていたが、今では顔を洗い、歯を磨くだけの毎日。
メイク、ヘアセットなんて以ての外。
正直、社会人では無く学生という立場は見た目がどうこうという理由で放逐されない。風呂に入っていないから停学、髪を切ってこないから退学……なんてこと、まず起こらない。
ので、必要最低限、自分が人間としてみなされる程度の活動にとどめてきたわけなの……だが。
くい、くいっ、と両腕を後ろに回し、長く伸びた髪を纏める。伸ばしに伸ばしてきた黒髪は、今や腰に届きそうなほど長く、纏めるとかなりの長さの髷となった。
二次元で侍キャラに一人はいる髪型である。
「~~~♪」
後ろが終わったので、今度は前髪。
野暮ったく伸びたソレは目元まで伸びており、正直切ってしまいたいが失敗したら元も子もないので、脇に流してから固めて、額が出てくるくらいに留めた。
こうして顔を表に出すのは久しぶりだ。
そうして髪をいじり、なんとなく形になってきたので次は……
「ねーちゃん、なにしてんの?!」
次は、と手を伸ばそうとした瞬間、後ろから声がかかってきたので振り返る。
そこにいるのは顔を驚愕に染めた一人の少女。
あんぐりと開けた口からは今にも『マジかよ!』とでも叫びそうな驚きぶりだ。朝から元気で何より。
「おはよう、柚」
「おはようじゃないよッ!ねーちゃん、なんで髪纏めてんの?!いつも言っても、『メンドクサイ』の一言だったじゃん?!」
「いや……、そうなんだけどねぇ」
なんとなく、言いよどんだ感じのいい方をすると、今度は一変、目の前の少女は顔を驚愕から好奇心へと変貌させ
「えっ、なにッ?!彼氏?!ーー男できて色気づいたのッ?!あの、ねーちゃんが!?」
と問い詰めてくる。
この、朝から騒がしい少女こそ私、今世唯一の妹、『穂波 柚』だ。高校二年の私に対し、2つ下の中学三年で、最近受験の為に部活を引退していたりしている。
そして、まさに青春真っ只中の彼女は色恋の話題に飢えており、
「先月、やけに帰りの遅い日があったよね?!ねぇ、どうなの?!おしえてよ~っ!」
姉の異常行動に男の匂いをすぐさま嗅ぎつけ、『話せ、話せ~っ』と念を込めてくる。
正直、押しが強くてすこしげんなりするが、これまで一度とオシャレをしてこなかった姉が急に……となったらこうなっても仕方がないか、と受け入れる。一種の身から出た錆というやつだ。
ーーというか、まぁ
(彼氏、男……ね。遠からずというか、なんというか。むしろ一番遠い回答でさえあるし、ニアピンですらある……。凄いな、勘)
胴体に抱き着き、身体を前後に揺らしながら『教えろ~』と唱え続ける自身の妹の勘に感嘆する。
私としてはもう、やることやったので今すぐにでも離れてもらい、朝食を食べに行きたいのだが……。
しょうがないので、ボーっと彼女の気が収まるまで待機しようか。
(『メンドクサイ』、か……)
確かにこれまでは『メンドクサイ』と、身支度の必要性を一蹴してきた。最低限を行えば、最大限を目指す必要なんかない、と。
このスタンスは別に変っていないし、なんなら今さっきだって『メンドクサイ』という気持ちは存在していた。
していた……、けど
(正直、興味の方が勝るかな?)
昨日、久しぶりに話をした後輩にこの姿を見せたらどんな反応をするのか。
驚愕?歓喜?それとも激怒?
どれもありえそうだし、どれもありえなそうで面白い。だから、自身の『メンドクサイ』という心にも打ち勝てたのだ。
あぁ、まったく……。
(昼休みが楽しみだね)
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キーン、コーン、カーン、コーン。と、学校特有の鉄琴音が校内に鳴り響く。
私は急ぎ立ち上がり、教室を出る。
途中、何人かのクラスメイトに『ちょっと』、とか、『あの……』などと声をかけられたが関係ない。無視を決め込み、そのまま1階に向かう。
カツカツ、カツカツ。とうち履きの底を廊下に強く叩きつけ、その反動で一秒でも早く目的地へ……。
廊下を歩いて、階段を下りる。そして再度、廊下を進む。
1階の主たち、1年生ズは未だ授業が終わっていないのか誰も廊下に出てきていない。
誰もおらず、邪魔が無いのでスイスイと廊下を進んでいく。
視界の上方の隅には『1年1組』、『1年2組』とクラスの表札がちらちら見え、ソレを頼りに前へ、前へ……。
すると……、
ガララッ
目の前の教室の扉が開き、中からすこし頭の上が寂しい男性教員が部屋から出てきた。その右手には、数学の教科書を持っている。見た顔のない先生なので、今年入ってきた先生だろう。名前は知らないし、興味もないので、それで終わり。
とりあえず、ぺこり、と会釈をする。経験則だが、しなかったら無駄に呼び止められる気がしたから。
教員も、軽く会釈をし何も言わずに立ち去っていく。なんてったって教員にとっても垂涎の昼休憩だ。些事にこだわりたくはないのだろう。
『……ッ』
そして、教員が出ていった教室の中からは少しずつ喧騒が生み出されてきた。まるで教師という抑圧を取り除かれたバネかのように、徐々に、大きく。
まさに高校生の昼休み、といった五月蠅さだ。
「……」
ちらり、と目線を隅に向かわせるとそこには『1年4組』の文字札。
ここだ。
ガララッ!!
部屋を確認し、そのまま勢いよく扉を開く。自身の期待を力に重ねて。
『…………』
部屋は先ほどまでの五月蠅さを失った。
急にやってきた来訪者、しかも顔も知らぬ、と言った学校生活ではあまり起きない事柄に、皆が皆戸惑っている。
視線は私と友人を行ったり来たり。
『あいつ誰だ?』の次には、『お前知ってる?』の繰り返し。答えが『NO』で、『お前は知ってる?』が中継ぎとなる無限ループ。
私としては、非常にやりやすい。
誰もが動かず、誰もが静かな教室だから、人探しなんてお手の物。
すぐに目当ての人物を探し当て、ソイツの目の前まで歩み寄る。
「行くよ?」
「……へ?????」
瞳に宇宙が描かれた。
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トコロ変わっていつもの場所、我が校誇りの図書室だ。利用者は、2ケタに満たないが。
隣ではソワソワとした後輩の姿。
顔は真っ赤で、耳も茹で上がっているみたいだ。うわ言のように『え……、誰?』と呟いている現在の姿だけで十分面白い。朝の面倒くささにお釣りが付いてくるほどだ。
「ねぇ……」
「っひゃいーー!!」
少し、わざと声を低くして耳元で囁く。
ピクンっ、と跳ね上がりながらなんとか出した返事の言葉は噛みに噛んでおり、かわいらしい。
思わず、こちらの嗜虐心が駆り立てられる。
しかし、いつまでも遊んでいては昼休みが終わってしまうだろう。
この愉しみに心残りを感じながら私は、
「ねぇーー」
今度はいつも通りの声色で囁いた。
ぴくん、と最初こそ先ほどと同じような反応をする彼女だったが、声の変化の違和感が気になったのか、
「え……」
まるで信じられない、といったような表情でこちらを、正確には顔から下を見つめている。
さすがは人を身体だけ見て決めただけはある。覚えがあるのは顔ではなく、そっちの方。
正直、人として顔では無く身体、胸や尻などで人を判断するのはどうかと思うが、彼女にとってそれだけ女体とは憎悪の対象なのだろう、と1人納得する。
「先輩ーー?」
でもやっぱり、個人的にその気づき方は良くないと思う。
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「えっーー、先輩?ホントに先輩ですかッ?!なんですかその恰好ッ!!」
キャンキャン、ワイワイと叫ぶその姿は正に子犬。『教えて、教えて!』と自身の好奇心を隠しきれていない。
「どう?カッコいいでしょ?」
正直、特別なことをしたわけでは無い。今朝、私が行った行動としては本当に単純。野暮ったい髪を纏めて、顔を出した。それだけ。あ、あと眼鏡も外したか。コンタクトなんて持ってないので、視界は現在進行形でぼやけている。
「カッコいい……って、えぇ?」
正直、自画自賛だが今世での私の顔はなかなか、というよりかなり整っている。
可愛いというより綺麗、優しめというよりもクール、女性的というより中性的。
そんな感じの、いわゆる顔がイイというやつ。
まあ、とはいってもずっと長い髪に隠れていたから知っているのなんて家族位で、なんなら自分でも時々鏡に映った自分に『なんだこのイケメン?』というくらいには表に出してこなかった。
正直、今朝も久しぶりに見たのでちょっとビックリしてた。ある種、宝の持ち腐れ。
という訳で今朝は必死に髪を除いて、奥深くに埋まったこのお宝を採掘していたわけだ。正直、かなりめんどくさかった。ホント、見合うリターンがあってよかった。
「どう、どう?イイ感じじゃない?」
正直、自分にしてはテンション高めだ、と自分でも思う。今朝のだるさに見合う報酬を受け取れて上機嫌なのだ。
「あー、まぁ……、はい」
彼女は彼女で、少しずつこの現実を受け入れてきた様子。顔の赤みもだいぶ減っている。
少しすると、だいぶ慣れた勢いでごまかせない部分に突っ込んできた。
「でも先輩?」
「ん?」
「顔は良いですけど、その身体はなんですか?メチャクチャちぐはぐじゃないですか」
ぴっ、と首から下を指さす彼女。
まぁ、この行動自体、昨日今日の思い付きなのだから身体を矯正するものなどありはしないのが当たり前だ。コスプレとかではよく使うと言うが、一般人の私は持ってるはずもなく。
というか、彼女の瞳と指先に怨念が込められている気がする。
いや、込められてるな。
「デカい胸、デカい尻、デカい太もも!!」
「昨日までの先輩は顔は髪でよく見えないけど身体付きがメチャクチャエロい、いわゆる『童貞の妄想する文学少女(巨大)』とかいう、めちゃくちゃ気持ち悪い性欲駄々洩れ妄想の権化みたいな姿だったのに!」
「今は『顔だけ中性的イケメン、身体はドスケベ』とかいうホントによくわからない状態です!!」
「正直、脳がバグって仕方ありません!!」
「イメージとしては、美男子ゲームのイケメンの顔と美少女ゲームのヒロインの身体を雑コラした感じ!!しかも両方結構癖強め!!」
「その顔有るなら、その身体要らないでしょう!!下さいよ!!その身体!!!!」
はーっ、はーっ、と昨日に続き2日連続の大爆発。
正直、後半の部分に関しては自身の混乱というよりも恨みや嫉みだったと思うが、まあ、いいだろう。
それより、けっこうおもしろいコトを言っていたな。
「ねぇねぇ?」
なので深堀してみることにした。
「ちょっといい?」
「はぁっーー、なんですッ?」
「美男子ゲームのマニアックなイケメン知ってるって……やってるの?イケメン出てくるゲーム」
「……」
沈黙が生まれた。沈黙は金だった。
だから、破った。
「……面食い?」
「だッーー違ッ!?」
違う、とはいっても……
「えぇ、でもイケメン好きでしょ?私だって気づいてなかった時、めっちゃ顔赤くしてたし」
「あれはッーー、別に、顔とかじゃなくて……ッ。お、男の人に告白されると思って!!念願がかなうって!!そう思って!!」
「でもさ、ずっと顔見てたから身体への違和感に気が付かなかったんじゃないの?」
「……」
再度の沈黙。二度目の静寂。
コレを破ったのは、今度は彼女の方だった。
「良いでしょ面食いでも!!」
「人間全員、誰だって美男美女が好きなんです!生まれつき!!」
「そこにプラスアルファ、好みとかフェチとかを付け足してくだけで、イケメン好きはデフォ設定!!嫌いな人は元から嫌いなんじゃなくて、経験で嫌いになっただけ!!多分!!!」
「私だってイケメン好きですよ!!かっこいい顔で迫られたらキュンキュンしちゃうし、したいからその手のゲームやっちゃうんです!!いいでしょ別に!趣味ですから!!」
彼女のエネルギーはいったいどこから供給されているのだろう、と思うほどの再沸騰。
かなりデカい主語で話しているし、彼女が面食いかどうかも『人間だから』で片付けられようとしているが、この話題もなんとなくのモノだったので別に良いかと切り捨てる。
切り捨てて、ついでに彼女も切りつける。
「そっかーー」
「じゃあ、私の顔、すき?」
「ーーッ?!」
「隣に立たれるとキュンキュンするの?どう?」
……。
…………。
………………。
長い弄りに、彼女の堪忍袋の緒が破ける。
「もういいでしょう!何でこんなことを!!」
「それは、放課後に教えるよ」
そしてその場はお開きにした。
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午後の授業はあっという間に過ぎ去り、今度は放課後。
いつもの夕暮れだ。
もちろん、場所は図書室。席は2人の指定席。
「……で、どうだった?」
「ーー何がです?」
「何がって、周りの反応」
私がまず聞いたのは、別れてからのことの顛末。正直、コレメインの行動だし。
彼女は疲れた表情をし、「はぁ……」と一つ大きなため息をつくと
「めっちゃくちゃ問いただされました。あのイケメンは誰だ、と」
と答えた。思い出すのだけでもかなり疲れる、と言いたげで、かなり詰められたのだと推測できる。
ーーでも、
「イケメンって、私のこと、みんな男だと思ってたの?こんななのに?」
ぐい、と下から持ち上げるように胸を押し上げる。
昼、彼女と話したように顔から下はこれまで通り、女体そのものなので正直外から見たら女そのものだと思うのだけれど。
「……なんか、みんな急にイケメンが入ってきたことにビックリして、ソレどころじゃなったみたいで……」
「なんというか、友達とか……。関係のある娘にも言外に『あのイケメンと知り合いなら紹介してくれ』って詰められて……」
「すっごく大変で……」
「違うよね?」
「えっ?」
彼女の言葉に嘘はなかった。
確かに疲れはしたのだろう。
確かに面倒ではあったのだろう。
でも、
「気持ちよかった。そうやって、詰められて……」
「『優越感』、感じちゃったんだよね?」
「……」
所謂ノロケ、ある種の苦労風自慢と同じだ。
文面、構成。確かに疲れておかしくない、ハードなモノ。事務的に、機械的に読み上げたら労りの一つでも入れてやろうと思うような、そう言った内容だ。
けど。
その読み声、表情、態度からは苦労では隠し切れない悦び、楽しみが漏れ出てきている。
声が高い、口角が上がっている、瞳が輝いている。
証拠なんて、上げれば上げるだけキリがない。
「他の娘じゃなくて、自分が選ばれている。ほかの女は自分に群がるだけ……。この状況が気持ち良くて、気持ち良くて……」
「愉しかったでしょう?」
スーっ、と一つ。深い、息を吸う音が聞こえてきた。
刹那、
「そうですよ!!気持ちよかったですッ!!メチャクチャ『優越感』感じましたッ!!」
火山が噴火した。
「だって仕方ないでしょう?!自分を優先するイケメンの存在と、それを羨む周りの女の子って構図ッ!!そんなの、気持ち良くないわけないでしょう!?聖人じゃないんですよ!!」
「キープとかクラスメイトとか関係なく『あのカッコいいヒト知り合い?』とか、『今度一緒に遊びたい~』とか……!!」
「悪いですか!?『優越感』なんて感じちゃって、この性悪ッ、とでも言いたいんですかッ?!自分の性格が悪いことくらい、とっくに……」
「悪くないよ。ーーむしろ良い」
十分だ。と感じ取り、私はストップをかける。
彼女の懺悔に興味はない。
あくまで知りたかったのは、彼女が『優越感』を感じたかどうか。その点だけ。ちょっと面白くて余分に叫びを聞いていたが、ここまでで十分、今日の行動の意味は示された。
「昨日言ったよね?君に愛を教えてあげる、と」
「『優越感』。ーー大いに結構。むしろ、感じてくれない方が困る。人が愛を感じる上で重要な要素だからね」
「愛されるとはつまり、他人より優先されること。見知らぬ人間より友を取り、友より恋人を取る。恋人より、家族を取る。ーーこの流れの向きも、当然優先順位で決定される」
「そして愛の大きさで、この優先順位は決定されている。ある人間が家族よりも友を選んだら、少なくともその人間は友を家族より愛していると言えるに足る証拠になる」
「逆説的に、1番に優先されるということは、だ。その人間に『1番に愛される』ということ」
「君が感じ取った『優越感』は、まさに、クラスの誰よりも『自分が愛されている』という感覚だね」
「私は君にコレを感じ取って欲しかった」
「まずは、第一歩だ」
「……なん、で」
ぽつり、と彼女の口から疑問が零れた。簡単な三文字の組み合わせ。しかし、彼女の今の内心すべてを乗せ込んだ、重い三文字だ。
「言ったよね?身内びいきだよ」
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「先輩、今度髪切りに行きません?正直、纏めるだけじゃもったいないですよ」
「えぇ、別に良くない?髪切っても顔は変わらないよ?」
「それに、服も買いましょう。それにその無駄にデカい胸用に潰しも買いに行かないと……」
「うってかわってノリノリだね?正直、君が愛される感覚を知ったんならもう、男装の意味あんまりないんだけどね……」
「それからあーして……、ここもーー」
【悲報:主人公、ヒロイン ともにポっと出の妹に名乗りを越される】