キヴォトス D.U.近郊 シラトリ区立図書館へようこそ! 作:ぱる@鏡崎琴春夜
十一冊目 ペンに愛着とお手入れを
お久しぶりです。少しの間休暇をいただいていた司書の花鏡ヒジリです。今日から営業再開ですよ。では、さっそくお仕事をしていきましょう。
「───ペンの使い方ですか?」
「うん、これもう使われてなかったみたいなんだけど、使いたいなって」
白いフードを被ったお嬢さんは、ポケットから一本のペンを取り出しました。全体的に黒く、クリップやちょっとした部分の装飾に鈍い金色が使われたペンです。クルクルとキャップを回さなければ開かない仕組みを持つペン。まぁ、何てお呼びすればいいかは分かりますね。そう、万年筆です。
傷もあって、ちょっと歴史を感じるものですが、材質自体はプラスチックのようで、そんなに高いものでもないようですが、まぁ、お願いは鑑定では無いですからね。
さて、万年筆は今でも使う人が居る道具ですし、使ってみたいと思う人も多いですよね。ですから、珍しいものではありますがMOOK───マガジンとブックの間の様な書籍のことです───で万年筆とインク付きで売っていることもありますよ。図書館では付録メインの物は購入することが少ないですが、本屋さんではそういうのが売っていることもあります。
また、インクに美術的価値を見出した方やイラストで使う方もいらっしゃるので、実は結構使い方についての本はあるんです。
まぁ、そんな解説が必要な程お手入れだったりインクだったりが色々あるということでもあるのですが……え? なんでこんなに色々知ってるのかですって? 私も憧れて数本手に入れたことがあるので、語りたいことが多いのです。
さて、お話を戻しましょう。
本の分類は、589.73です。この分類は文房具を表します。ピッタリですね。他だと傘とか服とかが589の分類に居ますよ。
というわけで、そちらの書架に行きましょうか。
「ふふっ」
「どうされましたか?」
移動中に小さく笑い声が聞こえ、私は振り返りました。フードの奥に見えるお嬢さんは、臙脂色の瞳を小さくして、しまったというような表情をしました。
「なんでもないよ。ただ、さっちゃんの言う通り、なんでもパッと見つけてくれるんだなって……」
「あ~……本当は調べないといけないんですけど、思いあたるものがある時はそれを選んで、違うって言われたら調べればいいかなって……いえ、けして利用者の方のお願いを軽く考えてるっていうわけでも……」
「……さっちゃんが言うより、ちょっと大人っぽくて子供っぽいかも」
「……それ、どういう評価なんですか?」
「ひみつ♪」
えぇ、人間ですもの、自分の働きがどんな評価を受けているかは気になりますよ? 分かりやすいとか、いい本に導けたとかモチベーションになりますし……しかし、さっちゃんとは誰なんでしょうか……? 私がお手伝いしたことある子なのでしょうか? ひとりひとり名前を尋ねているわけでもありませんし、わからないですね。
さて、そうこう言っているうちにつきましたね。NDCで5の分類の本が置かれている書架です。
書架に並ぶ背表紙から、白いフードのお嬢さんは、『はじめての万年筆とインクの本』を取り出しました。わら半紙のようなクリーム色っぽい表紙にはインクや万年筆の写真が並んでいるポップなデザインですね。
内容は万年筆の基本的な所から、お洒落なインクの話にQ&Aにお手入れの仕方や簡単なイラストの描き方なんかまで網羅した一冊です。入門書にはうってつけですね。
ありがとう。と言われた私は、そのままカウンターに戻りました。
しかし、しばらくして……
「……これ、写真でメモしちゃだめ?」
「あー、そういったことはちょっと……えっと、貸出カードをお作りしましょうか?」
「私も本をちゃんと返せる自信が無いから……」
カウンターに本を持ってきた白フードのお嬢さんのご相談に私は首を横に振ります。なんと説明したらいいでしょうか───無料で情報を獲得できる環境というのは、大変すばらしいものなのですが、情報を有料で提供することで日々の糧を得ている人もいるわけです。その為、出版不況の原因の一つに図書館があるという主張もあるのですが……まぁ、この話は続けるべきではないですね。
ともかく、色々な事情があって写真で撮影などはお断りしています。しかし、手が無いわけでもないのです。
「では、こちらの書類にご記入いただけますか? そうしましたら、こちらのコピー機で複製できますよ。丸ごと全部とはいきませんが」
「コピーはいいの?」
「きちんと監督下ですので、いいんですよ」
法律にもそう書いてあります。著作権の制限の内容の中に書いてありますからね。
確認のためにコピーするページ数と資料名、利用者のお名前をお願いしています。わざと別のページを印刷して誤魔化したりする方もいるのでね。書く内容は図書館によって変わると思いますが、職員に声をかけてから使ってくださいね。
「書けたよ。これで大丈夫?」
「……はい、大丈夫です。ありがとうございます。秤アツコさん、いいお名前ですね」
「ふふっ、ありがとう」
白フードのお嬢さん、アツコさんはニコッと笑いました。コピーしたのは手入れの仕方とお花のイラストの描き方が載った部分でした。お花が好きなんでしょうか?
アツコさんは、さっちゃんによろしくねと言ってお帰りになられました。よろしくということは、さっちゃんさんは、私のよく知っている人なんでしょうかね?
司書さんはあんまり人の名前を聞かないで二人称で乗り切るタイプの人です。でも、知った後はちゃんと名前の方で呼びますよ。