キヴォトス D.U.近郊 シラトリ区立図書館へようこそ!   作:ぱる@鏡崎琴春夜

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なんとなく夏らしいことしてなかったなぁと思ったので、サービスでつけておきます。


二十四冊目  時には危ない恋の道

 はい、みなさんこんにちは、司書のヒジリです。

 

 最近はご紹介の機会も増え、色々広めることにも成功していると思いたい今日この頃、いかがお過ごしでしょうか。

 

 なんだかんだ夏から秋に変わって、忙しさがちらりはらりとなってきて・・・・・・行楽と収穫、読書の秋という時期に新しい出会いをご紹介できていると幸いです。

 

 

 


 

 

 

『宗教を題材にした小説が読みたい』

 

 ご提示された条件がそれでした。

 

 宗教というのは、人類史の根底にいるものです。常に寄り添い、そばにあり続けた物語は、新たに付け足されることも、翻案されることも多くありました。

 

 西洋画には聖書由来の作品が様々ありますよね。同じように物語も、聖書や各地の神話に由来する物が多くあります。

 

 

 


 

 

 

 シスター服の生徒さんにそれだけでは絞りきれないと伝えると、さらに条件が増えました。

 

『キリスト教に関連があること』

 

 これは、まぁそれなりに絞れます。ギリシア神話や北欧神話、日本神話など、物語の下敷きに良くされていますから・・・・・・。

 

 そうですね、関連をあげるなら『神曲』『失楽園』『沈黙』『南京の基督』・・・・・・関連性で考えるなら『アーサー王伝説』もあります。

 

 なので、一覧を見せてみたところ、少し悩んでから生徒さんはさらに一つ付け足しました。

 

『一人称小説であること』

 

 三人称と一人称、ほかにも様々ありますが、ここでは絞って三人称と一人称にしておきましょう。

 さて、一人称のものを絞ると、先ほどあげたものもいくつか消えます。

 『南京の基督』や『失楽園』『アーサー王伝説』とかですね。

 

 

 

 そして残ったリストの中から、彼女は一冊の小説を選びました。

 

 太宰治 著『駈込み訴え』です。

 

 

 


 

 

 

 取りに行く間に、説明してしまいましょう。

 

 この小説はキリスト教を題材にした小説です。

 始まりから最後まで、ただただある男の語る訴えが書かれています。

 

 それを聞くのは、旦那様・・・・・・述べる相手は師であり主。

 

 ひどい扱いをされた。冷たくされた。愛してくれなかった。

 述べる言葉は波のように次から次へとやってきます。

 

 彼の伝導について歩き、金のやりくりに頭を悩ませ、無理難題もなんとかこなしてみせる。それでも感謝されないと泣くのです。

 

 それでも彼は、愛していたために、主に続きました。

 

 彼の主は、なんとひどい人でしょうか。

 そう思うところもあるかもしれません。しかし、彼の言葉は、彼の主観であり、真実とは限りません。

 

 この物語は、拗れた愛と評せるものです。

 

 よりわかりやすく、言葉を選ばないのであれば、反転アンチのメンヘラ・・・・・・うーん、簡潔!

 『おきもち長文マシュマロ』と評した人も見たことがあります。

 

 つまるところ、現代でもたまに見かけるくらいには時代を選ばない存在なのかもしれません。

 

 語る彼も少しヤバい───いえ、全編通してヤバいのですが・・・・・・自分がどのような存在であるか述べる一文にこういうモノがあります。

 

「つつましい民のひとりとして、お母さまのマリヤ様と、私と、それだけで静かな一生を(後略)」

 

 彼は主との関係性を母の次だと位置づけています。入れ込み具合がわかる描写ですね。

 色恋について私はわかりませんが、これが危険だということはわかります。

 

 情緒の不安定さが如実に表れる文章は、この小説の見所でしょう。

 

 一人称であるが故に、語り手の不安や焦燥、失望、一瞬の希望と寂寥・・・・・・様々な感情がめまぐるしく、波のように引いては返す様を見て取れます。

 激しいときと穏やかな時の波もあります。

 

 このように感情がめまぐるしく動く、この小説が、一人称作品では一番好きですね。

 とくに、終盤の報酬を巡る一節が、そういうところを表していて是非薦めたくなる部分です。

 

 

 


 

 

 

 さて、探してきた文庫本を手渡すと、シスター服の生徒さんはぺらりと一ページめくっていいました。

 

「申し上げます。申し上げます。旦那様───」

 

 小さい声ではありました。しかし、まぁ図書館という場所ですから、いきなり朗読が許されるような場所でも無いでしょう。

 ですが、彼女の顔は、スゥときれいな半月の形に笑みを浮かべて私を見ているのです。

 

 恐ろしいと、頭か心かわかりませんが、全身が思いました。

 手足どころか呼吸まで止まってしまったかのように錯覚するほど、動けないという感覚が伝わります。

 

 彼女の目のせいでしょうか。それとも赤く染まった半月の口のせいでしょうか。

 あぁ、蛇に睨まれた蛙という言葉もあります。きっとそのように、彼女の目が恐ろしいです。まさしく蛇のように、瞳孔は縦に細く・・・・・・

 

 私が動けないでいると、彼女は、私の手を取って、人差し指を伸ばさせ、半月の笑みに当てました。

 

 こうしたかったのでしょう。そう無言の伺いが細くしばたたく琥珀の瞳孔、蛇の目を伝ってやってくるのです。

 

「───Arrested.」

 

 半月の形が少しだけ歪んで、小さな声はそうつぶやきました。

 反射的に「at last」という言葉が浮かんで来たとき、少しのめまいを覚え、動かなかった体はぐらついて、バランスを崩します。

 

 何とか転ばず、カウンターに手をついて耐えた私の目の前に彼女はいませんでした。

 

 ただ、元の書架に『駈込み訴え』はあり、パソコンの画面には何もなく……検索履歴に『駈込み訴え』が残っているそれだけでした。




引用 太宰治. “駈込み訴え”. 青空文庫. https://www.aozora.gr.jp/cards/000035/files/277_33098.html, (参照 2025-09-14).
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