キヴォトス D.U.近郊 シラトリ区立図書館へようこそ! 作:ぱる@鏡崎琴春夜
少し怖い思いをしたヒジリです。
いやー、一体何だったのでしょうか。
Arrested,意味は捕まえるの過去形なので、捕まえたになります。
何に捕まったんでしょうか。
見つけたとか言われるより、捕まえたって言われる方が怖くありません?
というか、捕まえたって言われた後に音沙汰ない方がより怖いんですけど。
そんな、薄気味悪さを感じている私に追い打ちをかけるようなお話です。
「『Arrested at last』って言う台詞がある小説を探しているんだけどねぇ、知らない?」
太ももの中程まであるような長髪。色はほのかに紫がかっている灰色とでも評しましょうか、全体的にバッサバッサとしていて、両サイドは短く括ってあります。
ボウと引き込まれるような瞳は一つ。もう一方は髪の毛で隠れています。
それより、これは偶然でしょうか、何かの導きでしょうか。どちらにせよ、ちょっと背中にヒヤリと流れる汗の冷たさがあります。
「あぁ、おそらくですが、谷崎潤一郎の『秘密』では無いでしょうか」
図書館では、このように本の内容で探しているモノを尋ねられる方もいます。
有名な台詞だったり、ワンシーンだったりならいいのですが、そうでないと割と困る系ですね。
さらにそこへ、うろ覚えなどのようなものが含まれると探すのは難しくなっていきます。
前にもちょっとこんな話をしましたっけ?
もし、そういう問い合わせってどんなのがあったのか知りたい方は『百万回死んだねこ 覚え間違いタイトル集』という本を探してみてください。
「男の子の名前で「なんとかのカバン」」という問い合わせの答えが『ハリー・ポッターとアズカバンの囚人』だったりと、中々にユーモラスで面白いですよ。
っと、お話がずれましたね。
『Arrested at last』という台詞が出てくる小説として有名なのは、谷崎潤一郎の『秘密』です。
解説は後に回しましょう。
「うーん・・・・・・うん、これだねぇ」
パラパラとページを捲り、内容を確認した生徒さんは、満足そうに言いました。
「懐かしいねぇ、前世であの人と一緒にこれを読んだんだよ」
遠い昔を思い出すようにしみじみと彼女は言います。
前世? というのはよくわかりませんが、小説の内容を考えると、あの人という方には少し同情します。
「ん? 『あなた』もそう思うの?」
生徒さんは私の後ろの方へ視線を移して言いました。もちろん後ろには誰もいません。・・・・・・いませんよね?
「イヒッ、お姉さんも愛されてるんだねぇ」
・・・・・・よし、解説にいきましょう解説に!
谷崎潤一郎の『秘密』は、短編小説です。
一言で言うなら、ちょっと疲れた人が刺激を求めてしてみたことを綴った文というところでしょうか。
物語は、語り手が最近人間関係に疲れたので、引っ越してリフレッシュすることにしたというようなところから始まります。
お寺の庫裡の一間を借りて、そこで生活し始めます。
この作品は『秘密』がテーマとなっており、その秘密に含まれる不思議な気分、好奇心、そういったものの雰囲気がそこかしこにあります。
序盤から中盤になるところで、語り手は女装を始めるところなんてまさに秘密にあふれています。
本当は男であるのに、すっかり女装してしまって、街に繰り出しても誰も気づかない。
それどころか、女たちは同類だと思い、顔の作りや衣装を羨ましそうに眺める・・・・・・。
「こッてり塗り附けたお白粉の下に「男」と云う秘密が悉く隠されて、眼つきも口つきも女のように動き、女のように笑おうとする。」
しかし、そんな秘密を看破する人が出てきます。それが、「Arrested at last」を口にした女です。
語り手は過去に一度、彼女と関係を持っていましたが、捨てて去りました。
そんな彼女に再び相対し、一瞬で看破されてしまったのですから、語り手からすると悔しいやら面白いやら、恐ろしいやら・・・・・・
しかし、いつの間にやら渡されていた手紙を読んで、語り手は面白くなって、再び関係を持ちたい女の提案に乗ることにしました。
とまぁ、お話は続くのですが、ここではここまで。
続きはご自身で読んでみてください。
「イヒヒッ、一度は別れながらも、劇場で再び出会って・・・・・・これは、もう運命だよねぇ」
恍惚とした表情をする生徒さんに私は曖昧に頷きを返します。
そして、貸出手続きを済ませ、生徒さんは退館されました。