キヴォトス D.U.近郊 シラトリ区立図書館へようこそ! 作:ぱる@鏡崎琴春夜
この作品の文体だとしにくいので、いつものに戻してやっていきますね。
暖かな日差しと本の香り、話し声などは聞こえず、時たま誰かの足音が微かに聞こえるぐらい。私は今日もこの場所で勉強に励んでいた。所属する学校から脱出した私に、身元を保証してくれるものはない。あるとすれば指名手配の人相書きぐらいだろうというこの身でも、図書館は私を拒まない。今では教えてもらった棚以外からも本を探せるようになった。
「……そろそろか」
腕時計を眺め、時間を確認して席を立つ。最初に教えてもらった人気のない場所だが、この図書館は他にもいくつかそういう場所がある。一か所に留まるよりは、移動した方が安心できるのは染み付いてしまった癖だ。
確かにいちいち全ての荷物を持って移動するのは面倒だ。いっそ本を借りてしまえばいいと思ったこともあるが、貸出カードには身分証明が必要で私にはそれが無い。シャーレの先生なら頼めば幾らでも身元を保証してくれるのだろうが、こんなことで迷惑を掛けたくないし、持ち帰っても私の拠点は廃墟であり、汚してしまいかねない。それは申し訳ないどころの話ではない。
「おはようございます、はかどってますか?」
「あぁ、貴女か、大丈夫だ。なかなか理解できるようになってきた」
移動の最中に声を掛けられ、私は振り向いて答える。声をかけてきたのは、この図書館の司書だ。少しウェーブのかかった青い髪、胸元には瞳の色と同じ緑の十字架のネックレスをつけている。彼女はその十字の前で黒手袋を合わせて、私の答えに喜ぶ。
「それは良かったです。何かあればいつでも頼ってくださいね」
彼女はワゴンを押して、棚と棚の間に消えていく。普段の彼女の行動として自分から話しかけることは少ない……のだが、何故か私を見かけるとよく話しかけてくる。要監視ということなのかとも思ったが、彼女と話している限り、そのように感じられることは少なかった。どちらかというと先生の様なタイプだと思われる。
次の場所に向かって私は、本棚の森の中を進んでいく。あまり人とすれ違いたくない為に、気配を感じれば別の棚の方へ移動するせいで移動には少し時間がかかる。だが、私にとっては、この時間のかかってしまう移動にも楽しみを感じることがある。
咄嗟に入り込んだ棚の分類を見ているはずもなく、本の背表紙からなんとなくのジャンルを読み取る。人が居て通れず待つしかないなら、そのまま本棚を眺めて待ち、近づいてくるのなら本棚から本を引き抜き、腕を盾に顔を隠す。だが、終われば棚に戻す前についついとページを少しパラパラとめくってしまうのだ。
この前、司書の彼女にこの話をすると、こういう目的も無く偶然に任せて本棚を歩くことを『ブラウジング』というのだと教わった。このブラウジング中に出会えた本のことを、奇跡的に出会えた運命の本であると彼女はニコニコしながら言っていた。まぁ、その後に私は良くないことを聞いてしまったのだが……。
「だって、目的を持って、それを突き詰めていけばいつかは出会えますよ? でも、ふと歩いていて見つけた本って、気まぐれが無かったら辿り着いたか分からないんですよ? それって神様が導いてくれた運命じゃないですか」
「……だから、十字架を首に掲げているのか?」
つい気になった疑問を口にしてしまう。気になったことをつい調べたくなってしまったのは、この場所によく来るようになってしまってからのことだ。普段なら私も少し変われたかなと思うところだが、今回は質問が悪かった。彼女はポカンと数瞬フリーズしてから、胸元の十字架を手に取る。
「その、気にしないでくれ、普通聞くべきでは無いよな───こんなこと」
焦って言い訳が口から飛び出していく。だが、司書の彼女はクスクスと笑い始めた。
「そうですね。司書としては、そのような質問にはお答えできません。けれど、私個人としては気分がいいので答えます。私は神様を信じてますよ……特定の宗派じゃないですけどね。ただ居たら楽しいなって思ってます。だからこの十字架もただのファッションですよ。ほら、私の目と似たような色してて良いでしょう?」
貴女が宗教に厳格な人じゃないといいんですけど、と彼女は付け足す。
「それは……心配しなくていい」
アリウスがトリニティを出た原因の一端は、信じるものに厳格だったからだ。だが、その厳格さを恨みの中に薄れさせていってしまった今、私の中に残る教えは虚無だった。そんな私に彼女の信仰について何かを言う権利はない。
「あぁ、良かった……まぁ、神様も本も同じですよ。あった方が心は安らかで、なにかの時には縋れるし、未知の存在が在るなんてワクワクするでしょ?」
彼女は十字架を持っていなかった方の手で側にあった一冊の本を持ち上げ、前後に揺らす。
「そうだな、確かに救ってくれるかもな」
「ところで知っていますか? 図書館司書にも守護聖人がいるんですよ。聖ヒエロニムスっていう人なんですが……あれ? どうしました?」
「あぁ~……えっと、すまない」
守護聖人を倒したことがあるとは流石にいえない、というか信じてもらえるかも怪しいだろう。頭の上にクエスチョンマークを浮かべる彼女にとりあえず謝るしか私はできなかった。