ソードアート・オンライン〜Sonic Blader〜 作:タケノコさん
ボス部屋にたどり着き、扉の中を見る。一目見て分かるほど戦闘は難航していた。多くのプレイヤーが麻痺して動けないでいるし、HPがイエローやレッドになっているプレイヤーまでいる。
第二層最初のボス≪バラン・ザ・ジェネラルトーラス≫、通称≪バラン将軍≫は既に打ち倒され、それに続いて≪アステリオス・ザ・トーラスキング≫、通称≪トーラス王≫が出てきた。その真ボスはHPゲージが六本あるのだが、それが一本も削られていないので、登場してからそんなに時間が経っていないことが分かる。
それなのに攻略組が壊滅状態になっているのは何故か。それはこのボスの凶悪なソードスキルのせいである。そのソードスキルとは、≪ナミング・デトネーション≫というデバフつきソードスキルだ。
≪ナミング・デトネーション≫によるハンマーの一撃は、衝突点を中心として細いスパークが放射状に拡散する。このスパークを一度喰らうと、≪行動不能(スタン)≫状態となり3秒間動けなくなる。さらにもう一回喰らってしまうと≪麻痺(パラライズ)≫状態となり、600秒(10分)間行動不能となってしまう。しかもその効果範囲は広く、バラン将軍の使った似たような技の2倍の距離(面積にしたら4倍)まで届く。バラン将軍の感覚で戦っていたら間違いなく攻撃を食らうだろう。
回線切断事件の際にも述べた通り、SAOの戦闘はリアルタイムで進行する。10分間も動けないということは、その間敵からフルボッコにされて、あっという間にHPが0となりかねない。麻痺を解除するには、治癒ポーションを飲むしかない。それなのにトーラス王からの追撃や、その取り巻きの≪ナト・ザ・カーネルトーラス≫、通称ナト大佐の攻撃は止むことはなく、ポーションを飲む暇さえ与えてくれない。
インチキ効果もいい加減にしろ!とツッコミたくなるソードスキルを持つトーラス王だが、実は弱点が存在する。それは王冠だ。アルゴの情報によると、王冠への攻撃により、トーラス王は100%スタンするらしい。
しかし、王冠は巨体の頭上にあるので、剣は届かない。そこで登場するのがチャクラムだ。チャクラムは遠距離攻撃が可能なので、頭上の王冠に攻撃することができる。つまり、このボス攻略の鍵は、ネズハのチャクラムでトーラス王の動きを封じることだ。
「ネズハ、行くぞ。」
「うん。」
俺達はボス部屋へと足を踏み入れる。そして俺は敵前へと飛び出し、ソードスキル≪アーマー・ピアス≫をお見舞いする。パラライズで動けないプレイヤー達から、俺へとヘイトが移る。
「ここは俺たちで引き受ける。全員回復に専念しろ。」
「みんな下がれ!」
俺の合図とともに、後退の合図が出る。パラライズ状態のプレイヤーは治癒ポーションを飲む。アンチビーターのプレイヤーでも素直に従う。奴らも命は惜しいのだ。アルゴも後方で奴らのフォローをしてくれているようだ。
さて、ここからが本番だ。俺はトーラス王と対峙する。
ボスと真正面からぶつかるのはこれで二回目だ。第一層フロアボスのコボルトロードとの一戦では、五連撃を生き抜いた。今考えると、とんでもなく無謀だったと思う。だけどあの時は妙な感覚が俺を救ってくれた。それはあの時以降、一度も起こっていない。
「気をつけろ!奴はデバフ効果付きの範囲攻撃をしてくるぞ。」
聞き覚えのある声。キリトの声だ。
目の前のトーラス王がハンマーを振り上げる。そしてそこから黄金色の光が溢れ出す。噂の≪ナミング・デトネーション≫の合図だ。
範囲攻撃に回避は意味がない。回避した先にも攻撃判定があるからだ。だけど今回は回避するつもりなど毛頭ない。なぜなら…。
「ネズハ、頼む。」
「えぃっ!」
ネズハはチャクラムを投げる。そしてそれはトーラス王の王冠へと吸い込まれるようにヒットする。俺の狙い通り、トーラス王の攻撃は、スタンを受けたことにより中断される。
「ナイスだ。」
そして俺はスタン状態で無防備になっているトーラス王に、ソードスキル≪クロス・エッジ≫を喰らわせる。先程の≪アーマー・ピアス≫の防御低下効果とスタンによる無防備状態のお陰か、結構なダメージ量が入った。
そしてソードスキル使用後の硬直に襲われる。その俺を目掛けてハンマーを構えるトーラス王、の王冠を目掛けてチャクラムが投げられる。ヒット。再びトーラス王の出鼻をくじく。そして俺の硬直解除直後に放たれる≪ラウンド・アクセル≫がトーラス王のHPを再び削り取る。
「回復したやつ、次スイッチ頼む。」
「俺が行く〜!」
「俺も続く!」
「私も続くわ!」
シヴァとキリト、アスナまでもがこちらへ走ってくる。そして王冠にチャクラムが命中し、俺の≪サイド・バイト≫が命中する。
「スイッチ!」
「スイッチ〜!」
合図とともに、俺の右からシヴァが飛び出す。そして横薙ぎの強烈な一撃≪アバランシュ≫が繰り出される。
「スイッチ!」
今度は俺の左からキリトが飛び出す。そしてキリトは音の速さで敵前へと迫り、その勢いで敵を斬り上げる。≪ソニック・リープ≫だ。
「スイッチ!」
俺たち三人の網をくぐるようにしてアスナが飛び出る。そして光の速さの一閃、≪リニアー≫がトーラス王を貫く。
攻撃を喰らい続けるトーラス王、それでもスタンが終わればハンマーを振り下ろそうとする。そのたびネズハはチャクラムを投げる。ボスに攻撃の隙を全く与えていない。
「スイッチ〜!」
そして間を入れずにシヴァの≪ブラスト≫。
「スイッチ!」
キリトの≪ホリゾンタル≫…。ソードスキルスイッチはまだまだ続く。
「パターン入ったぞ!みんな総攻撃だ!!」
「行くで!!」
そしてトーラス王の周りには、色とりどりの光の線が描かれた。
俺は先程のソードスキル乱発でSP(スキルポイント)を使い果たしてしまったので、後方に下がって回復を待つ。
「ジン坊。今回はありがとうナ。」
アルゴが俺に話しかけてくる。
「まぁ、いいってことよ。で、報酬ってのは?」
ずっと気になっていた質問をする。するとアルゴは俺の耳元で囁いた。
「第二層で発見されたエクストラスキルの取得方法の情報だヨ。」
「何?!エクストラスキルだと?!」
「声が大きいゾ。」
「すまん…。」
思わす声をあげてしまった。
普通のスキルはレベルアップによって手に入れることができる。今の俺が持っている、≪短剣スキル≫、≪索敵スキル≫、≪武器防御スキル≫は全てレベルアップをしないと手に入らないものだ。逆に言えば、レベルアップすれば誰にでも手に入るスキルということだ。
それに対してエクストラスキルとは、レベルアップだけでなく条件を満たさないと手に入らないレアスキルだ。その条件は、特定スキルの所持やクエストのクリアなど、様々だ。存在は公式から公開されているものの、攻略本に載っていなかったので、もっと上の層にしか無いと思っていた。それが手に入るという情報には興味がある。
駄菓子菓子、今はボス戦だ。
「ボス戦が終わってから聞かせてくれ。」
「分かったヨ。」
そして俺はパーティー会場へと突撃する。トーラス王との仲良死斬首会の会場だ。攻略組の士気は鼓舞するまでもなくMAXだ。ポーションをキメてるから、多少のダメージなら怖くない。
フロアボスにはLA(ラストアタック)ボーナスなるものが存在する。トドメを刺したプレイヤーにレアアイテムが贈呈されるというものだ。第一層のコボルトロードのLAはキリトだった。今回トーラス王の首を斬るのは誰だ。
トーラス王のHPも残りわずかになってきた。俺もどさくさに紛れてLAを狙いに行く。
結論を言おう。俺は惜しくもLAを取れなかった。トドメのつもりで放った二連撃≪ダブル・エッジ≫はトーラス王のHPを数ドットだけ残して終わってしまった。直後、飛び込んできたキリトの≪バーチカル≫がトドメとなる。
Congratulation
勝利の文字が目前に浮かぶ。またLAはキリトかよ。キリトよ、次こそは…。俺の心は闘志で燃え上がる。攻略組も勝利の歓喜で燃え上がる。
しかしこの空気は、ネズハの一言により一瞬で凍りついた。
「すいませんでした!」
頭を地面に擦り付けるようにして、土下座をするネズハ。
「武器強化が失敗したというのは嘘なんです。実は僕が詐欺を働いて皆さんの武器を盗んでいたんです。ごめんなさい。」
頭を下げたまま罪を打ち明ける。言い訳などせず、嘘偽りなく、自らの過ちを隠すことなく語る。
「お前のせいで俺の友達が死んだんだッ!」
攻略組の誰かがそんな風に非難した。ネズハが悪い…か。確かにそうかもしれない。だけどそいつの仲間が死んだ本当の理由は別にあると、俺は断言できる。それは何故か。武器強化詐欺にあった俺は生き延びているからだ。
では、どうして俺は生き残ったのか。
俺がビーターだからか?否。断じて否だ。俺はビーターはビーターでも、キリトと違って偽物のビーターだ。攻略本に書かれている以上の情報を持っていた訳では無い。ただそれに書いている情報を大切にしたのと、そこに無い情報は自分で手に入れただけだ。一般プレイヤーと条件は何ら変わらない。思い込みの激しい家畜どもはそうは思っていないだろうがな。
じゃあ俺が誰かに守られたからか?否。断じて否だ。俺はソロプレイヤーだ。誰にも頼ることの出来ない、一匹狼だ。現に、武器強化詐欺にあってから共闘など、このフロアボス戦以外では一度もない。助けられたことも一切ない。
ならば俺がSAOで優遇されているからか?否。断じて否だ。俺に特別な力や装備品、権限などは持っていない。スキルも一般的な構成だ。装備品だってお店で買えるものを強化した程度のものだ。アカウントも一般プレイヤーと全く同じもので、特別な操作をする権限などない。
だったら何故俺は生き延びているのか。俺とそいつとの差は何だったのか。それは戦闘経験の違いだと思う。
俺は強化詐欺前に嫌というほど蜂を斬りまくった。誰にも頼れない戦闘の中で濃密な時間を過ごし、戦い方を体で学んできた。敵の攻撃パターン、タイミング、そして毒攻撃の恐ろしさ。それらを全て知っていたから、剣が変わって戦いにくくなってもなんとか戦うことができた。生き延びることができた。
情報を疎かにし、他人との共闘というぬるま湯につかっていては、いざという時に生き延びる術を見失ってしまう。
それが俺とそいつとの差だ。
「この人殺し!」
再び罵り声が聞こえてくる。周りのプレイヤーもそれに同調していく。この雰囲気を俺は知っている。第一層のボス部屋、そして現実世界でも散々目にした光景だ。
今後どうなるか。俺には分かる。この非難の嵐はますますヒートアップするだろう。燃え上がる炎は広がり続け、最終的には…
鮮血の記憶が蘇る。俺に向けられた殺意。闇より深い銃口。響く銃声。飛び散る血しぶき。
思い出すだけでぞっとする。
庇うべきだと思う。だけど庇うのが怖い。ネズハがいくらいいやつでも、所詮は他人だ。他人のために命を張る覚悟など、俺にはない。
俺の中で天使と悪魔が耳元で囁く。
一方は過去の出来事を振り返り、自分の身を犠牲にしてでも、最悪の状況を回避することを考えた。
一方は過去の出来事を恐れ、自分の命を守るため他人に関わることを拒絶した。
結論を言おう。天使は悪魔に負けた。俺は何も出来なかった。いや、何もしなかったんだ。俺は恐怖心に負けたんだ。
「ごめんなさい。ネズオにこんな事をやらせたのは俺たちなんです。すいませんでした。」
「ごめんよ、ネズオぉ〜。」
「俺たちが悪かったんだ。」
「盗んでしまった装備は全部お返しします。だからどうか、ネズオを許してください。お願いします。」
ネズハのギルドメンバーと思われるプレイヤーも土下座して、許しを乞う。こいつらも、ネズハと共に処刑をされるかもしれない。俺はその不安を、半分自分の身のことのように怖がり、半分どうせ他人事だと諦めていた。
あんたの仲間が死んだのはこいつらのせいじゃない。リスク管理が甘いあんたのお仲間のせいだ。
そう言ってやりたかった。ネズハを助けたかった。だけどその意志は、死という恐怖に打ち負けてしまったのだ。もう死ぬ思いをするのはゴメンだ。
自分が死ぬのは怖い。かといってこのままネズハが死刑をうける様を見たくはない。そんなわがままな俺は、この場に背を向け、階段から逃げ出した。
俺に剣先を向ける者は誰もいなかった。