ソードアート・オンライン〜Sonic Blader〜   作:タケノコさん

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第09話 俺はfreeさえも泳げない

2022年12月21日水曜日

午後1時32分

 

 第三層のフロアボスである巨大な樹木型モンスター、≪ネリウス・ジ・イビルトレント≫は約二十分前に犠牲者ゼロで撃破された。奴の毒攻撃は鬱陶しかったが、事前に耐毒ポーションと解毒ポーションが要るとの情報を得ていたおかげで、しっかりと対策でき、その結果、無犠牲撃破することができた。

 そして今、俺ことレベル15片手剣使いジンと、レベル16片手剣使いキリト、そしてレベル15細剣使いアスナは、全プレイヤーに先駆けて、新天地である浮遊城アインクラッドの第四層に到達した。

 

「うげっ…。」

 

 そして目の前の光景を見て俺は思わずギョッとした。嫌な予感がしたのだ。

 いま俺の眼前に広がる世界を一文字で表すなら、それは≪島≫だ。

 たった今登ってきた階段がある地下鉄出入り口のような小屋は、丘のように膨らんだ島の頂にある。その隣には背の高い木が一本だけ生えている。島の地面は自然の恵みによって青緑色にくまなく覆われ、その周りを青く澄んだ水が流れ、白波をたてている。水源を辿ってみると、水は南西の谷間から勢いよく流れ込んできていて、島を一周した後に南東から別の谷間へと流れ出ている。

 川に囲まれた島。それが今いる場所だ。

 

 あたりを見まわしても、周り川とその外側を囲む崖しか見えない。ここにいるのは俺たち3人だけで、NPCはいないし、川には船着場はおろか、船さえない。

ここから進むには………。

 

「ねぇあなた達、いつまでそこに突っ立ってるつもり?」

 

 アスナに肘でつつかれ、思考世界からこのバーチャル世界に引き戻される。

 

「あ……悪い。ぼーっとしてた。」

「俺もだ。すまん。」

 

 キリトも俺と同じく何か考え事をしていたのかもしれない。

 

「別に謝らなくてもいいけどさ、早く主街区に行って転移門をアクティベートしないと、下の人たちが待ちくたびれちゃうよ。」

「そ、そうか。ええと……まずはアルゴにボス突破を知らせないと……。」

 

 キリトは若干テンパりながらも、メニューウィンドウを開こうとする。そしてその右手をアスナがぐいっと押し戻し、引き止める。

 

「君たちがぼーっとしてるあいだに、わたしが連絡しちゃったわよ。」

「そ、そうですか。お手数をおかけしました。」

 

 しっかりとアスナの尻に敷かれているキリト。普段のボス攻略ではキリトが率先しているので、それに慣れた俺としては、なんだか珍しいものを見た気がする。だけどこれが俺の知らない『いつもの二人』なのかもしれない。

 

「さぁ、早いとこ主街区に行きましょ。谷底に水が流れていていようといまいと、道順そのものはベータの時と一緒なんでしょ?」

 

 俺たち男二人組を見て問いかけるアスナ。いや、俺にベータのことを聞かれても困るのだが…。返答に困っている横でキリトが答える。

 

「あー、うん、一緒だと思う……んだけどさ……。」

「じゃあ、道案内よろしく!」

 

 ばしんと背中を叩かれる。キリトだけではなく、俺もだ。いや、だから、俺に道案内を頼まれても困るのだが…。

 

 仕方がないのでキリトのすぐ後をついていき、南側の斜面を下っていく。そしてキリトは岸辺で立ち止まり、そのすぐ真横で俺も、後ろでアスナも立ち止まる。そして水の中を覗き込む。

 透明度の高い水のその奥には白砂に覆われた川底があった。うん、やっぱり深い。わずかな希望だった『歩いて渡る』という選択肢はここで潰えてしまった。

 

「え……こんなに深いの?これじゃ、向こう岸まで渡れないじゃない。」

「そうなんだよ……。ていうか、向こう岸なんてないんだと思う。」

「…………どういう意味?」

「そのままさ。ベータの時は街や村やダンジョンをつなぐ唯一の道だった涸れ谷が、いまは深い川になってるんだ。多分フロア全体で。」

「つまり……道がなくなっている、ってこと?」

「そういうこと。」

「「………。」」

 

 俺は押し黙っていることしかできなかった。四層到達直後からずっと嫌な予感がしていた。その嫌な予感がどうにか外れてくれと俺は考えを巡らせ、たっぷり三分近くも己の世界に閉じこもってしまった。

 だがそれも無意味だったようだ。フロアの全ての道が深い川になっていて、ここに船はない。だったら……。

 再び思考の海に溺れ、希望を求めてもがき続ける俺を横目に、キリトとアスナ、二人の会話は続く。

 

「……あの崖の上はどうなってるの?」

「解らない。ベータの時は誰も上まで登れなかった。」

「それはシステム的な障壁があるってこと?」

「いや、そういうのはなかったけど、岩がもろすぎてみんな落っこちたんだ。もちろん俺も。ちなみに半分以上登ってから落ちると、落下ダメージでたいてい死んだよ。」

「……じゃあ、いくら下が水面でも、試すのは危険すぎるわね……。」

 

 二人の会話を聞きながらも俺は希望を求める。藁をも掴みたいこの状況。狭まる選択肢。残された選択肢はもう……。

 

「黙ってないであなたも何か言ったらどうなの?βテスターなんでしょ?」

 

 アスナに小突かれて、再び思考没頭状態から回復する。だから、俺にベータの情報を聞かれても困るのだが…。

 

 やはりというか、分かってはいたが、アスナは勘違いしてやがる。俺はβテスターなんかじゃない。

 確かにキバオウとその仲間たちには『あえて』勘違いするように接してきた。そうした方が、あのDNAから腐ってる劣等種の生き物と関わらなくて済むと判断したからだ。

 じゃあアスナは下等動物かと言われたら、そうではないと思っている。アスナとはボス戦で何度か一緒に戦っているが、誰にだって平等に接するし、誰かに流されることなく自分の強い意志のもと戦っている。一緒になって誰かを貶めることでしか生きていけないあいつらと一緒にするのはアスナに失礼だ。

 

 さて、ここで問題になるのは、アスナに俺はβテスターじゃないと打ち明けるかどうかだ。現段階で俺が偽物のビーターであることを知っている人間は三人いる。

 まず一人目は、ここにいるキリト。本物のビーター様だ。

 そして二人目は、情報屋のアルゴだ。アルゴもβテスターだ。情報屋なだけあって、情報収集能力はピカイチだ。隠していてもいずれはバレるに違いない。そう思った俺は、いっそのこと打ち明けることにしたのだ。もちろん、口止め料はいくらか払っている。

 そして三人目は、筋肉ムキムキマッチョマンの変態こと、シヴァだ。確信を持って「奴は俺のことを知っている」とは言えないが、第一層ボス戦後でのあのやりとり。察しくらいはついているだろう。

 さて、アスナを四人目にするかどうか。言っても減るもんじゃないし…。と思考していたら、キリトが口を開いた。

 

「なぁ、アスナ。ジンはβテスターじゃないぞ。」

「………へ?」

 

 口の軽い奴め!お口にチャックを縫い付けてやろうか!とも思ったが、裁縫セットも裁縫スキルも無いので不可能そうだ。

 まぁ、ここは打ち明けてしまった方が楽だな。俺はアスナを騙していた。刑務所のように、田舎のお袋が泣いているぞと言われたり、カツ丼を出されたりした訳では無いが、俺は真実を吐き出した。

 

「あぁ、キリトの言う通り、俺はβテスターじゃない。」

「でもあなた、第一層のフロアボス戦の後に、俺はβテストに選ばれたって言ってたじゃない。」

「俺はそんな事は言っていない。俺は『選ばれた1000人の一人だ。』と言っただけだ。βテストに選ばれたとも、βテストに参加したとも言っていない。」

 

 鳩が豆鉄砲を喰らったように、アスナは目を皿にする。キリトと似たような反応をするんだな。

 

「キリトには言ったんだがな、実は俺はβテストには選ばれてたんだ。けどな、とある事情があって、俺は一切プレイしていないんだよ。」

「それなら、どうしてビーターだなんて名乗ったのよ?」

 

 キリトと全く同じ反応。コボルトロード戦から一ヶ月も経っていないのに、懐かしさしえ感じてしまう。アスナ、やはり君はキリトに似ている。お似合いの二人だ。とか思いながらも質問に答える。

 

「攻略組のクズ共と関わりたくなかったからだ。キリトもキバオウ達の事を嫌ってるみたいだが、断言してやる。俺はそれ以上にあいつらを嫌ってる。」

 

 どうせいずれ分かることだ。だからここで宣言しておく。

 

「確かにリンドやキバオウ達には感じ悪いところあるけど、どうしてそんなに嫌うんだよ。」

 

 キバオウやリンド達を見ていると、現実世界のを思い出す。

 自分のことばかり考えて平気で周りの人間に迷惑をかけるゴミ共、誰かを攻撃することでしかアイデンティティーを保てないクズ共、何も考えず気軽に『死ね』と言う糞共。

 

「ああいう奴は俺の命を脅かす存在だ。俺はそう考えている。」

 

 俺は現実(リアル)で二度も死にかけたことがある。いや、一度は死にかけ、もう一度は殺されかけたと言うべきだろうか。

 現実世界で、俺の周りは敵ばかりだった。集団で誰かをいじめる、そんなクズばかりだった。尖った言葉のナイフで人を傷つけて、やがては本物の刃を取り出す。そんな人間とは二度と関わりたくない。

 

「話はここまでにして本題に戻ろう。早くしないと攻略組の奴らが来ちまう。」

「あ、あぁ……。」

「そうね。早くしないとみんな来ちゃうわ。」

 

 これ以上は話したく無いので、多少強引だが、話を本題である『第四層攻略の第一歩をどうするか?』にもどす。

 

「で、俺はこの島から抜け出す方法について、思考の末に辿り着いた結論を言えばいいのか?」

「うん。」

 

「この島を抜けるには…、」

「うん。」

 

 そして俺は、希望を求めて溺れ、思考の海底で見つけた絶望を口に出す。

 

「もう泳ぐしかねーんじゃねぇの?」

「………。」

「………。」

 

 キリトは無言でうなずく。

 アスナは無言で立ち尽くす。

 俺は………

 

「………。」

 

無言で立ち尽くす。

 

 無言空間は苦手だ。常になんらかの音楽や会話などを聞いていないと、落ち着かない。川の唸りが聞こえるが、今は耳障りでしかない。

 沈黙の15秒間(クウォータ)が経過した後、キリトが話し出した。

 

「えーと……お二人は、SAO(ここ)で水泳をした経験は……?」

「ない。それに多分……泳げない。」

 

 それに即答する俺。

 そうだ。何が嫌かって、俺は泳げないのだ!

 

………多分。

 

 多分というのは、SAOの世界でどうかははっきりしないという意味だ。現実世界では泳げないのだから、SAOでも泳げないと思う。…多分。

 

「えっと………、カナヅチ…ってこと?」

 

 聞きにくそうに聞いてしまう、やはり口の軽いキリト。

 

「いや、カナヅチという訳ではない。水が怖いとかそういうのじゃないんだ。でも現実では…とある事情で泳げないんだ。その……、物理的に。」

「物理的ってどういう意味よ?」

 

 速攻でツッコミを入れるアスナ。頭の回転はやたらと速いようだが、誤魔化してるんだから、察しろよ!

 と思いつつも答える。

 

「これ以上は現実(リアル)に関わることだから、言いたくない。」

「そう。………。」

「………。」

「………。」

 

 再び無言空間。

 やはり無言空間は苦手だ。しかも原因は俺。もうやめて!キリトぉ!アスナぁ!とっくにジンの精神力(ライフ)はゼロよ!もう勝負はついたのよ!

 我慢ならないので、俺から話を再開する。

 

「で、アスナはSAO水泳の経験はあるのか?」

 

 それに対し、アスナは身体を左腕で隠すようにして、少し恥ずかしそうに言った。

 

「な、ないわよ。だけど現実でなら泳げるわよ。」

「そうか。じゃあ簡単に説明するよ。SAOでの水泳は現実とは体の動かし方が違う。ジンはそれでも泳げそうにないか?」

「バタ足だけで何とかなるなら泳げそうだが、そんな訳にはいかないだろう?」

 

 無言で頷くキリト。やはり俺にSAO式水泳は無理そうだ。

 

「SAOの水泳はまともに泳げるようになるにはかなり練習が必要だし、練習しても溺れる危険がなくなるわけじゃない。」

「溺れる……と、どうなるの?」

 

 表情を引き締めながら聞き出すアスナ。きっと俺の顔も強張っているだろう。なぜなら答えが予想できるからだ。そしてその予想は見事に的中した。

 

「溺れる、つまり頭まで水に沈むと、そのうちHPが減り始める。そのまま水面に出られなければ、もちろん死ぬ。」

 

 死ぬ。

 この言葉ほど俺を震え上がらせるものはない。俺は現実世界で二度もニアデス体験をした。これまでの人生の中でそれより怖いものを俺は知らない。

 こんな流れのある場所で泳げば、俺は間違いなく溺れるだろう。そうなれば高確率で死ぬことになる。そんな発生率も被害も大きなリスクに突っ込んでいくほど、俺は勇気がない。

 

「やはり俺は無理そうだ。という訳で、俺はここでドロンさせてもらうよ。」

 

 二人に背を向け歩き出す。小高い丘の中腹で、振り返って別れの挨拶をする。

 

「アスナ、キリトは口が軽いみたいだから、今日のことを話さないよう、しっかり口を縫いつけておいてくれ。」

「分かったわ。今度はフィールドボス戦で会いましょう。」

「酷い言われようだな。」

 

「あばよ。」

 

 俺はキリトとアスナに、手を上げて別れの挨拶をする。帰る理由はこの上なく情けないと自覚しているが、去り際くらいカッコつけたい。

 

 

ーーーーーーーーーーーーーーーー

 

 螺旋階段を下っていく。あの激戦の地へと降りてゆく。

 

「どうした?戻ってきたのか?」

 

 下っていく途中、例の一団と出くわした。言わずもがな、フロアボス攻略レイドのメンバー達だ。アイテム分配が終わったのだろう。

 

「で、第四層はどんなんやったんや!」

 

 醜い家畜の子、キバオウはいつも通り、自分達のことしか考えていない。ベータテスターの事を嫌い攻撃するくせに、情報を搾取しようとする。そんな我儘な奴なのだ。

 関わりたくは無いが、ここで騒がれる方が面倒なので、適当に答えておく。

 

「第四層は道が川になってた。βテストの時とは大分違ってるみたいだから、情報は自分で手に入れてくれ。」

 

 それだけ言って階段を下っていく。

 βテストという言葉を織り交ぜて、さりげなく俺はビーターだよアピールをする。もちろん情報源はβテストの経験からではなく、本物(ビーター)の発言からだ。

 そしてこうも言ってやった。情報は自分で手に入れろと。俺に聞くなと。俺に関わるなと。これだけ釘を刺しておけば、俺に接触してくる馬鹿はいないだろう。そもそも、接触してこなくても馬鹿は馬鹿だったな。

 いずれにせよ、溺れ死ぬリスクを犯してまでフィールド攻略をするつもりはない。俺はfreeさえ泳げないのだ。例え船があろうが、沈没すればそれでジエンドだ。

 

「第四層で〜待ってるからな〜!」

 

 自ら水から逃げ出した俺は、木霊するその声と共に、第三層迷宮区へと消えて行った。

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