ソードアート・オンライン〜Sonic Blader〜   作:タケノコさん

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第11話 俺の左腕

 

2022年12月27日火曜日

午後3時34分(な阪関無)

第五層主街区 とある宿屋

 

「これから言うことは他言無用で頼む。」

 

「分かった〜。じゃ〜、話してもらお〜か〜。」

 

 今、俺はシヴァから尋問を受けている。どうしてこうなったのか。まずはその経緯を教えよう。

 

 

 

 時は(さかのぼ)り、今からちょうど一時間前。事の発端は第四層フロアボス討伐後、シヴァの発言にある。

 

「左腕〜、動かないんだろ〜?」

 

 今まで誰にも言わず隠してきたことが、ついにバレてしまった。とにかく口封じをしたかったが、シヴァはこれでも命の恩人だ。そんな人を口封じのために殺すなんてこと、俺にはできない。

 そこで俺は、誰もいない二人きりの状況で説明して隠蔽させようと考えた。だがその時いたのは階段だ。いつゴミ虫が登ってくるか分からない。そんな所では話したくなかったので、第五層の主街区まで行って落ち着いてから話そうということにした。

 階段を駆け上がり、フィールドを走って進んだ。途中で先行してたキリト達にに追いついたので、合流し、道中立ちはだかる敵を四人で瞬殺しつつ、ついに第五層の主街区にたどり着いた。

 まずは街の中心部にある転移門をアクティベートさせる。これで一時間後には下層からここまでワープできるようになり、この街に人が大量に流れ込むだろう。その後俺とシヴァはキリアス組と別れ、転移門近くの宿屋にチェックインした。二人部屋に入り、ミニテーブルをはさみ、向かいあって座った。

 

 そして俺がが口を開いたところで時は今に戻る。

 

 

 

「まず、シヴァの言う通り、俺は左腕を自由に動かせない。」

 

 俺は自分の左腕を、右手で持ち上げて机の上にそっとおく。

 

「こんな風にしなきゃ、左腕が持ち上がらないんだ。」

 

「全く動かないのか〜?」

 

「あぁ。指先まで全く動かない。」

 

 机の上の左手を、開いたり閉じたりしようとするが、ただ念じるだけになってしまっている。

 

「一応、右手を使えば手を閉じたり開いたりならできる。」

 

 右手で、開いた左手の親指、薬指、小指を折り曲げる。特に痛みが発生するわけでもない。というよりもむしろ何も感じない。右手は左手を触ってると感じるのに、左手は触れられている感覚さえもない。

 

「それから、当然のことだけど、剣を握ることはできない。」

 

 右手で腰にさしてあるの短剣を抜刀し、柄を左手にのせる。そして右手で左手首を持ち上げる。左手は手首から力なく折れ曲がり、やがて短剣が手の平からこぼれ落ちる。

 

「力が入らないのか〜?」

「あぁ。握力0だ。」

 

 俺の左腕をじっと見つめながら考え込むシヴァ。数秒の無言の後、俺に問いかけた。

 

「どうして左腕が動かなくなったんだ?」

「実は…、俺は…………、」

 

 この先の言葉が喉に詰まってしまう。この先のことを話していいのだろうか?頭の中で、二人の俺がぶつかり合う。

 

 

 

 

 

 一人はこう言った。

 

「シヴァはいいやつだ。俺の命の恩人だ。俺のライバルだ。俺の境遇を理解してくれるはずだ。」

 

 それに対してもう一人はこう返した。

 

「本当にそうか?俺はいろんな奴らに裏切られたじゃないか。他人を信用したってどうせ裏切られる。そんなことも忘れたのか?」

 

 

友達だった()()が俺を指差し、あざ笑う。

 

「どうだ?友達(ゴミムシ)に嘲笑われる気分は。」

 

「やめろ!こっちを見るな!」

 

 

隣の席に座っていた()()が俺を突き落とす。俺の身体は宙を漂う。

 

隣の席(あくま)に階段から突き落とされたこともあったな。」

 

「ヤメロ!」

 

 

非人間共(しりあい)が俺を憐れむ。

 

『若いのに、お気の毒だわ。』

 

「俺って、可哀想だよな。」

 

「ウルサイ!!」

 

 

クラスメートだった()達が一緒になって言葉のナイフを振りかざす。

 

『バーカ』『キモイんだよ!』『なんでここにいんの?』『死ねばよかったのに!』『こっち来んな!』

 

「俺は人間だろ?こんな(にんげんじゃないやつ)と関わったって、「ダマレ!!!」

 

 

 

 

 

 

 

「お〜い、大丈夫か〜?」

 

 その声を聞いてふと我に返る。

 

「すげ〜汗だけど〜。現実のことを聞くのはタブ〜だったな〜。すまん〜。」

 

 そう言ってタオルを差し出す。俺はそれを受け取る。

 

「ありがとう。実は俺、身体障害者なんだ。」

 

 さっきまでの葛藤が嘘であるかと思うほど、その言葉はあっさり出てきた。シヴァもまさか俺が話すとは思っていなかったようで、驚いたように目を大きく開いていた。

 

(わら)わないのか?」

 

「嗤える訳ね〜だろ〜。」

 

 先ほどまでヘラヘラしていて、驚いたような顔をしていたシヴァは、今度は急に真面目な顔つきになった。その瞳の奥には怒りを湛えているようで、すこし怖かった。こんなシヴァの姿を見るのは初めてだ。

 だが同時に安心したのも事実だ。こいつなら俺のことを嘲笑ったりしない。俺のことを分かってくれる。だから俺は覚悟を決めた。俺の境遇を、俺の人生を、伝えよう。

 

「で〜、その障害ってのは〜具体的にどんな障害なんだ〜?」

 

「SAOでは左肩から先、左腕全てが麻痺しているだけだ。」

 

「じゃ〜現実世界ではど〜なんだ〜?」

 

「肢体損失。」

 

 この言葉に、シヴァはあまり驚いていなかった。まるで俺が言うであろうことを予想していたかのように。

 

「現実世界の俺には左腕がない。」

 

「それは生まれつきか〜?」

 

「違う。」

 

「じゃ〜、いつからだ〜?」

 

「三年前、俺が中二だった時だ。」

 

「何があったんだ〜?」

 

「交通事故にあった。」

 

 俺の言葉に驚くことなく、シヴァは淡々と質問を続ける。そして俺は自分でも意外な程にあっさりと、そつなく答えを返す。

 

「友人を庇って、トラックに引かれたんだ。そこで左腕に大怪我を負った。医者の懸命な治療のおかげで一命は取り留めることはできた。だけど左腕は治すことは出来ず、切断されてしまった。現代の医療技術じゃ回復は不可能だと、医者から言われたよ。」

 

「左腕の自由を本体ごと失った〜。ということか〜。」

 

「あぁ。だけど失ったのは左腕だけじゃない。好きなことも、友達も、周りからの信頼も、自分自身のアイデンティティーさえ奪われた。実はさ、俺、小さい頃からヴァイオリンやピアノを弾いてたんだ。中学では吹奏楽部に入ってクラリネットを吹き始めた。音楽家の家系に生まれたこともあって、俺にとって音楽が人生の全てだった。両親ほどでないとはいえ、俺だって立派な音楽家のつもりだった。世界レベルのコンクールに出場したことだってある。演奏することこそが生き甲斐だった。だけど事故で左手を失って、俺は演奏が出来なくなっちまった。ピアノもヴァイオリンも、クラリネットさえも。自分の全てが奪われた気がしたよ。おかげで演奏依頼は途端に無くなって、周りからは失望と憐れみの目で見られたよ。『残念だわ』とか『可哀想に』とか、耳にタコができるくらい聞いたよ。だけど…。」

 

 俺の感情が爆発した。

 

「俺だってピアノ弾きたかったさ。ヴァイオリンも、クラリネットと、もっと上手く吹けるようになりたかった。だけど俺はできなかった。医者だって匙を投げちまったんだ。どうしようもなかったんだ。そんなことも知らずに大人は無責任に俺を哀れむ。人間って、社会って、大人って、こんなに冷たい物だったなんて、初めて絶望したよ。」

 

「そうだな〜。」

 

 感情的に話す俺の話に、シヴァは否定することなく、ただ頷いた。そんなシヴァを見て、自分が冷静さを失ってることに気づいた。ふーっ、と一息つき、心を落ち着かせてまた話し始めた。

 

「左腕は失ったものの、なんとか学校に復学することができた。だけど学校の環境は昔と変わっちまった。信頼できる親友は遠くに引っ越していなくなってたし、とある()()がきっかけで、俺はいじめられるようになった。ある時は悪口を言われ、またある時は仲間外れにされた。靴を隠されたこともあった。友達だった奴も、俺を蔑むようになった。誰も味方してくれなかった。」

 

 一呼吸おいて、俺は続けた。

 

「変わったのは周りの環境だけじゃなかった。俺自身も変わってしまった。あの事故以来、俺は死ぬのが極端に怖くなった。事故の時に感じたような浮遊感を感じたり、死にそうな目にあったりすると、発作が起きるようになった。シヴァも見ただろ?」

 

「コボルトロ〜ド戦と、ヒッポカンプ戦の時やつか〜?」

 

「その通りだ。あんな風に死を目の前にすると、発作を起こすようになっちまった。それは何もSAOに限ったことじゃない。現実でもそんなことがあった。ある時、俺は階段から突き落とされた。その時はまるで生きた心地がしなかった。今度こそ死ぬと思ったよ。奇跡的に受身をとることができて生還できたけど、俺は泡を吹いて気絶しちまった。」

 

「そっか〜…。」

 

 俺の話はまだ続く。

 

「それから俺は誰とも関わりを持たないようにした。クラスの奴らのことをことごとく無視したし、吹奏楽部も抜けた。他人(くずども)と関わったって、ろくなことにならない。俺は残りの中学生活を一匹狼として過ごした。誰とも喋らず、誰も近寄らせなかった。幸いにも勉強はできたから、無事に高校に進学することはできたよ。バリバリの進学校だ。けど、高校も中学と一緒だった。結局周りには頭の悪い屑ばかり。ろくな奴がいなかった。」

 

 シヴァは何も言わずに聞いている。

 

「生きがいもなく、他人と関わることが嫌になったのもあって、俺はネットで退屈を潰すようになった。そこにいる人達は現実世界の奴らと違って、ユニークで、ユーモラスで、ずっと面白かった。チャットしたり、動画にコメントしたりするのがあんなに楽しいことだなんて、知らなかった。俺はネット世界に没頭した。そんな時だった。俺はソードアート・オンラインと出会った。βテストに応募した。そしたら運良く当選しちまった。だけどβテストには参加できなかった。手術があったからな。」

 

「やっぱりビ〜タ〜ってのは嘘だったか〜。」

 

「その通りだ。仲間になったって、たった一瞬の出来事でみんな敵になる。人間は裏切る存在だ。頼れるのは自分だけだ。だから俺は周りの人間はみんな敵とみなしてる。俺がビーターを名乗ったのはそういう訳だ。」

 

「そうだったのか〜。」

 

「けどさ、シヴァ、お前は敵じゃないかもしれないって思ってる。何度も俺の命を救ってくれるし、親身になって話しを聞いてくれるし、俺の境遇を知っても嗤わない。今までそんな奴いなかった。なんつーか…、その….、感謝してるよ。…ありがとう。だから、これからもどうか仲間でいて欲しい。」

 

 頭を下げながら、おれはふと思った。ありがとう。こんな言葉を言ったのはいつぶりだろうか。()()()()を起こして以来、一度も無いんじゃなかろうか。交通事故に次いで、いや、それ以上に俺の人生を変えたもう一つの事件。これは誰にも言うつもりもない。屑野郎共にはもちろんのこと、シヴァにだって言うつもりはない。誰にも話さず現実世界へ、そして墓場まで持ち帰る。

 

 言ってしまったら今の関係が壊れてしまいそうだから。

 

 

 

「丸くなったな〜。」

 

 突然のシヴァの言葉に、「へぇっ!?」と素っ頓狂な声をあげてしまう。あげた面もさぞマヌケになっていることだろう。

 

「だってさ〜、第1層攻略会議で〜初めて会った時はさ〜、俺を殺しそ〜な目〜してたぜ〜。そんな奴からまさか〜ありがと〜なんて言葉が聞けるなんて〜、思ってもみなかったぜ〜。」

 

 そんな目をしてたっけ?と振り返ってみると、確かに3分の2殺しにするとか、そんな風に考えていたような気がしないでもないような気がする。

 

「この際だから言っておくけどさ〜、実は俺も似たような境〜遇〜にあったことがあるんだ〜。」

 

「似たような境遇って?」

 

 シヴァの気になる発言に、今度はこちらから質問をしてみる。

 

「実はさぁ〜、俺もいじめられてたんだ〜。」

 

 キバオウから俺まで、誰とでも仲良くなってしまうシヴァがいじめられるとは珍しい。一体何があったのかと気になって耳を傾ける。

 

「お前には言ったけどさ〜、俺にはホ〜クアイっていう〜、言ってしまえば超〜能〜力があるんだ〜。それは現実でもそ〜だった。この能〜力があるせ〜で、他人から疎まれて〜、妬まれて〜、嫌われた〜。靴に画鋲〜を入れられたし〜、親からも見放された〜。中学の時に〜部活でバスケやってたんだけど〜、ある時ボ〜ルをぶつけられたんだ〜。腹がたってやり返したら〜、大げんかになって〜。俺は軽症で済んだけど〜、他の部員全員が大〜怪我で病〜院に送られた〜。それを機に〜、俺は友だちだった奴からも見放された〜。そしてジンと同じく〜、周りとの関わりを断とうとしたよ〜。」

 

 今のシヴァを知っていると、とても信じられないが、妙に説得力があるように聞こえた。

 そう思ったのはきっと、俺にもシヴァの超能力を羨む気持ちがあったからだろう。もしくは俺自身、音楽の才能を嫉妬された経験があるからだろうか。

 もしも、シヴァじゃない誰かが自分しか持たないスキルを身につけていたら、俺はそいつのことをうらめく思うだろう。いや、そんな暇もなく、キバオウあたりにフルボッコされるだろう。βテスターですら袋叩きにされそうになるのが現状だ。1人しか習得出来ないようなスキルを手に入れた奴がいたとしたら、もっと酷い惨状になるだろう。

 そしてそれはきっと現実世界でも同じ。俺自身、事故を起こす前から一部の部員から音楽の才能を嫉妬され、突っかかってこられたことがあった。幸いにもそれほど酷いことをされた訳でもなく、頻度もわずかで、おまけに当時は部長候補のゆきという心強い味方がいてくれた。そのおかげでシヴァのような惨状にはならなかったが、もしも高い頻度で酷い悪戯を受けていたとしたら、シヴァのようになっていたかもしれない。

 赤の他人が持つ()()に嫉妬するのは、人間として当然のことだ。俺はこれまでの人生でそれを学んできた。だからだろうか。シヴァの話に共感できたのは。

 

「だけど今のお前はそんな人間じゃないだろう。俺みたいな異端児からキバオウのような攻略組の連中とも仲良くやってる。いったい何があったんだ?」

 

 数秒の間を置いて、いつになく真面目な口調でシヴァはこう答えた。

 

 

「人を嫌えば、人に嫌われる。人を好けば、人に好かれる。」

 

 

 珍しく真面目な口調で放たれたその言葉に、一体どんな意味が込められているのか。数秒間思考をしたが、答えを出せないまま、シヴァの口が開かれる。

 

「なぁ〜、ジンはキバオウのことを好きか〜?」

 

 答えは決まっている。考えるまでもない。一瞬の時間さえ空けずに返答する。

 

「いや、嫌いだ。」

 

「じゃ〜、ど〜して嫌ってるんだ〜?」

 

 嫌いと答えるのを見越していたのか、シヴァも一瞬の時間さえ空けずに切り返してくる。

 

「さっきも言ったが、俺は他人を信用していない。特にキバオウみたいに、他人を貶めることでしか生きていけないような奴は御免だ。」

 

 現実世界で俺の周りにいたのはそんな奴ばかりだった。人を見下すことでしか自分の存立を守れないような、人でなしばかりだった。

 

「つまり〜、人を見下し〜、利用するよ〜な奴は好きにはなれない〜。そ〜いうことか〜?」

 

「あぁ。」

 

「じゃ〜、キバオウはど〜してβテスターのことを嫌ってると思う〜?」

 

「あいつがβテスターが初心者を見捨てたと思ってるからだろう。」

 

「そうだ〜。βテスタ〜が初心者を見下して〜、知識のなさを利用〜したと思ってるから〜嫌ってるんだ〜。けどさ〜…。」

 

「けど?」

 

「もしもディアベルがβテスタ〜だったら〜、キバオウはディアベルを嫌うだろ〜か?」

 

 俺は言葉につまった。

 キバオウのβテスター嫌いは異常な程だ。人間嫌いする俺が人のことを言えるような立場ではないとは思うが、無関係な人に金やアイテムをせびったりはしない。つっかかってきた奴には容赦しないがな。第1層で俺を襲った骨皮チップスとゴーダチーズとかな。ちなみにこいつらはゴミ屑以下、攻略組の連中以上に存在価値がない、むしろ存在することが損害になっているレベルだ。今すぐにゲームオーバーになって欲しいと思っている。

 俺が何を言いたいかと言うと、俺が骨皮ゴーダに対して抱いている嫌悪感を、βテスターに対して抱いている訳だ。俺もβテスターだと勘違いされて嫌われている訳だが、関わってこなくなる訳だから俺にとっては好都合だ。

 キバオウのβテスター嫌いは本物だ。だけどもしディアベルがβテスターだったら、キバオウはディアベルを嫌うだろうか?ディアベルを知らない人間がこの言葉を聞けば、間違いなく「嫌うはずだ」と答えるだろう。だけど俺はそうは思わない。

 ディアベルはSAOの中でも数少ない良心的プレイヤーだった。自らデスゲーム攻略組のリーダーを名乗り出て、傲り高ぶることなく誰とでも公平に接した。俺が初めて尊敬できると思ったプレイヤーだ。

 キバオウはそんなディアベルに心酔していた。第1層の攻略会議後にあった懇親会でもディアベルに絡んでいたし、出しゃばりな性格にもかかわらず、コボルトロード戦ではディアベルの指示に文句を言わず従っていた。そして何よりも、ディアベルが死んだ時、誰よりも怒りを露わにしていた。「なんでや!」というあの怒りの声は、今でも俺の耳に残ってる。

 あれだけ心酔していた人に、βテスターだという理由で嫌いになるだろうか?答えはおそらく「否」だ。ディアベル亡き今、その答えの真偽を確かめることは誰にもできない。

 

「ディアベルはさ〜、キバオウのことが〜好きだったんだよ〜。」

 

 意外な言葉に少し驚く。俺は、ディアベルがキバオウを好いているのではなく、キバオウがディアベルを一方的に好いていると思っていたからだ。

 

「ディアベルは〜みんなを好いていた〜。信頼していた〜。だからみんなから好かれてる〜。」

 

 ここまで言われてシヴァの言わんとしてることが何となく分かった。

 人を嫌えば、人に嫌われる。人を好けば、人に好かれる。キバオウが俺を嫌ってるのは、俺がβテスターを名乗ったからではない。俺がキバオウを嫌ってるからだ。ディアベルはみんなを好いている。だからたとえβテスターであろうと、キバオウにも好かれていただろう。

 

「暴〜力事件の後〜、俺はみんなを嫌いになった〜。だからみんなに嫌われた〜。そんな時に〜俺のじ〜ちゃんが言ってくれたんだ〜。『人を嫌えば、人に嫌われる。人を好けば、人に好かれる。人を嫌う人間が人に好かれると思うか?』ってね〜。」

 

 さっきの言葉はおじいさんの台詞だったのか。シヴァの真面目な口調は、多分真似をしていたのだろう。

 

「それから俺はみんなの良〜ところを見つけてきた〜。そ〜してるうちにいみんなのことが好きになったし〜、みんなとも仲直りすることができた〜。今の俺は〜、多分〜そ〜やってできたんだと思う〜。」

 

「成る程…。じゃあさ、失礼な質問かもしれないけどさ、キバオウのどこが良いと思ってる訳?俺にはキバオウの良さが分からない。誰かを貶めて笑うことでしか自分の存在を保てない。自分のワガママのために平気で他人に迷惑をかける。そして自分の思い通りにならないと他人に罪をなすりつける。俺の嫌いな要素が全部含まれてる。そんなキバオウのどこが良いんだ?」

 

「キバオウは〜すご〜く攻〜略に対する意識が高いんだ〜。」

 

「(゚Д゚)ハァ?」

 

「S〜A〜O〜に囚われてる人たちを〜、自らの力で解放〜しなきゃ〜いけない〜。そんなふ〜に、誰よりも先頭〜に立って〜、みんなを引っ張っていく〜、勇〜気と責任感がある人〜、それがキバオウさ〜。でも〜責任感が強いせ〜で周りが見えなくなっちゃう時があるけどな〜。」

 

 シヴァの言う通り、キバオウは責任感が強いのかもしれない。現に、≪アインクラッド解放隊≫(通称ALS)なるギルドを立ち上げ、ゲームクリアという名のプレイヤー開放を目指して、リーダーとして攻略組の先頭に立とうとしている。ちゃんと立てているかは別として。

 

「確かに意識高い系な人間なのは認めるけどさ…。」

 

 けど、誰かを見下すような人はリーダーに向かない。自分たちのために他人を蹴落としてたら、周りの人間からの評価は得られない。少なくとも俺は1ミリ、いや、1ナノさえ評価していない。周りからの評判が落ちれば、いずれはギルドが崩壊することになるだろう。俺としては崩壊しようがしまいが、

 

>どうでもいい。

 

 だが攻略ギルドがALS(アインクラッド解放隊)DNB(ドラゴンナイツ・ブリゲート)しかなく、メンバーも足りていない事を踏まえて冷静に考えると、現段階でのALS崩壊は攻略組の崩壊にも繋がる。そうなれば戦線の維持ができなくなり、攻略スピードが圧倒的に落ちる。これは俺の望むものではない。

 そして俺は知っている。義務だ何だと都合のいい言い訳をして、他人の弱みに付け込んでその人生を狂わせた奴を。そして愚かにも己の人生までをも犠牲にした、どうしようもない人間を。俺はもうそんな、だれも幸せに出来ないような愚かな奴とは関わりたくない。

 だからシヴァに向かってこう言ってやった。

 

「悪いが、俺はキバオウと仲良くするつもりはない。」

 

 確かにシヴァの話は最もだ。俺を嫌いに思ってる奴、例えばキバオウに対してはいい印象は無い。それに対して俺を好いてくれている奴、例えばシヴァに対しては割と好意的な印象を持っている。そしてシヴァは皆を好きになり、俺のようなはぐれメタル的な奴から、攻略組のくせに生意気な奴らまで、皆に好かれている。俺もシヴァのように振る舞えば、きっとキバオウとも和解できるようになるだろう。

 だけど俺は和解するつもりはない。難しいことから逃げてるとかそういう理由ではない。他人を不幸にする人間から己を守る、いわゆる自己防衛のためだ。信用ならん奴とつるむつもりは一切ない。交通事故然り、()()()()然り…

 

「これ以上俺の人生を滅茶苦茶にされるのは御免だ。」

 

 シヴァに失望されるかもしれないとは思ったが、それよりも愚かな連中のせいで俺が不幸にあうなんてもう御免だ、という気持ちが強かった。呆れた顔で「そりゃ〜残念だ〜」と言われると思った。

 だがシヴァはいつもの明るく呑気な顔でこんな風に答えてのけたのだ。

 

「それで良〜んじゃないかな〜。だって〜、ジンは他人を思いやることができる人間だから〜。」

 

(゚Д゚)ハァ?

 

 と驚く俺。ポカーンと口を開けて間抜けな顔をしてるんだろうけど、普段の顔に戻すまでに数秒を要した。

 

「俺が他人を思いやることができるって?」

 

「そ〜だ。第1層のボス戦でもみんなのこと助けてたじゃないか〜。」

 

「あれは…、身体が勝手に…。」

 

「例え自分で意識してなくても〜、ジンが自分の命を危険にさらしてまで他人の命を救ったんだ〜。君は他人を思いやれる〜優しい人間だよ〜。」

 

「そんなつもりは無いんだけどなぁ…。」

 

 俺は自分を優しい人間だと思ったことは微塵もない。俺のモットーは、『自分に厳しく、他人にも厳しく』だ。左腕を失い、毎日リハビリ生活の時も、厳しく己を律してきた。だから他人を思いやって優しく接するなんてことはした事がない。にも関わらずシヴァには一切反論できなかった。

 そして改めて思う。シヴァは信用できる人間だと。こいつをライバルだと思っていた俺が恥ずかしい。そう思ってしまうほどこいつは素晴らしい人間だ。

 

「さ〜て、お話はここまで〜。もう夕方だけど〜これからど〜する?」

 

 ふぅ〜っ、と一息ついて、何気なく窓越しに外を眺める。そこに映る景色は夕暮れ時の黄昏色に染まっていて、街並みは人がごった返していた。恐らく新フロア開放記念パーティーをやってるのだろう。

 こういう時はプレイヤーが街に集まって、フィールドがガラ空きになる。俺は効率よく経験値を稼ぐため、皆が遊んでる裏でモンスターを狩りに行くので、こういったパーティーには一度も参加したことがない。そもそも参加する気もない。

 

「もう夕方かぁ…。ふぁぁぁ〜〜…。」

 

 気が抜けたせいか、欠伸が出る。急に眠気が襲ってきた。

 そういえば今日はボス戦があったんだ。夜行性の俺にとって、お昼のボス戦は時差ボケの要員にしかならない。しかも今回は溺れかけるなど、生死の狭間を彷徨った戦いだった。それなのに、よくもまぁここまで精神的にもったものだと、自分でも感心していた。

 

「お疲れみたいだな〜。俺はこれから第四層に戻って〜やり残したクエストをクリアしてくるけど〜、ジンはど〜する〜?寝る〜?」

 

「あぁ。…そうするよ。」

 

 ボーッとした声で返事をする。

 

「それじゃ〜俺は行くよ〜。」

 

 シヴァは立ち上がり、俺にとって背を向ける。ドアに手をかけ、開いたところで振り返り、こう話した。

 

「ジンなら〜、みんなに好かれる〜素敵な人になれるんだ〜って信じてるぜ〜。」

 

「お前には敵いそうもないけどな。」

 

「それじゃ〜な〜。」

 

「あぁ。」

 

 そうしてドアは閉じられ、シヴァは部屋から出て行った。

 己の身を守るためにも、今はキバオウと仲良くするつもりはない。信用する気もない。だけどもし俺がシヴァのような生き方が出来るようになったら、俺の人生は変わるかもしれない。

 自分は変わりたいのか?それともこのままでいたいのか?今一度問いかけてみる。が…。

 

「ふぁぁぁぁぁ〜〜〜〜……。」

 

 と、今度は一段とでかい欠伸が出てしまった。寝よう。今日はもう疲れた。

 俺は布団に寝そべり、睡魔に身を委ねた。

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