ソードアート・オンライン〜Sonic Blader〜 作:タケノコさん
2022年12月3日
第一層迷宮区最深部ボス部屋前
トールバーナーを出発して、40人の大名行列は迷宮区を登っては敵を集団でフルボッコ、登ってはフルボッコ…というのを何度も繰り返し、ようやくボス部屋前にたどり着いた。
開戦までしばらく休憩兼突入前の最終確認の時間をとる。ポーションの残数、武器防具の耐久値、敵情報、戦術、確認することはたくさんある。
ポーションは今朝買い足し、狩でりで1本使ったので、14本残っている。武器防具は今朝、狩りに行く前に一度NPC武器屋でメンテナンスしてもらったので、耐久値はそれほど減っていない。
今回のターゲットはイルファング・ザ・コボルトロード、そして取り巻きのルイン・コボルト・センネル。コボルトロードはHPが減少すると武器を斧から曲刀に持ち替えるらしい。
俺たち、あぶれ組ことF隊は、取り巻きを主戦力に近づけないように、センネルを誘導、撃破していくのが役目だ。F隊は4人。それをさらに2組、俺・シヴァペアと、キリト・アスナペアに分けて行動する。俺とシヴァは今朝方に連携を確認しているし、アスナは俺と同じくスイッチを知らなかった…、というよりもゲームの知識一切を知らないど素人だった。そのため、パーティーリーダーであるキリトと組むことになった。これはキリトが決めたことだが、賢明な判断だろうと思う。
そして休憩時間は過ぎていき、ついにボス部屋ご開帳の時がやって来た。
「みんな、俺から言うことはただ一つ。勝とうぜ!!」
「「「オォォォーーーー!!」」」
ディアベルの掛け声を合図に、俺を含め全員の士気が高まる。そして開かれた扉からなだれ込むように突入する。
部屋の奥を見ると、そこには巨大なコボルトが偉そうにして玉座に座っていた。こいつが第一層のフロアボス、コボルトロードだろう。そしてその傍には小さいコボルトが4匹侍っている。これが俺たちのターゲット、センチネルだろう。センチネルは小さいと表現したがそれでも人と同じくらいの大きさだ。それでも小さく見えるのは、それだけコボルトロードがデカイということだ。
コボルトロードは立ち上がり、グォーーーと雄叫びをあげる。そしてセンチネルと共に、その巨体でこちらに突っ込んで来る。これがフロアボスの迫力。下手をすれば踏み潰されてしまうだろう。センチネル狩り隊で良かったとさえ思ってしまうほどだ。
「全員、突撃!!」
ディアベルの掛け声で第一層ボスとの戦いの火蓋が、切って落とされた!
俺たちの戦いはこれからだ!
「三連スイッチ〜行くぞ〜!!」
「了解。スイッチ!」
後ろから飛び込んでくる声に返事をし、俺は短剣2連続斬撃ソードスキル≪ラウンド・アクセル≫を発動する。一撃を目の前のセンチネルの棍棒に当てて相手の武器を弾く。そして硬直しているセンチネルのお腹にもう一撃を食らわせる。そしてすかさず左後ろからシヴァが飛び出す。そして両手剣単発斬撃技≪アバランシュ≫をぶちかます。この一撃でセンチネルの体力を一気に削り取る。そしてソードスキル使用後の硬直から立ち直った俺は、硬直するシヴァの右後ろから飛び出し、センチネルにトドメの一撃、短剣単発突撃技≪アーマー・ピアス≫を弱点の首元目掛けて突き出す。急所を付かれたセンチネルはポリゴン片となり、爆散する。これで残りはキリト・アスナ組が相手にしているやつだけだ。
互いの硬直時間を補いあうようにして繋ぐ連続攻撃。我ながら見事なものである。俺とシヴァは戦闘スタイルが全く異なっている。スイッチひとつとってもその差は歴然だ。
俺のスイッチはスピード&タイミング重視だ。現実では長いこと音楽をやっていたので、リズム感には自信がある。演奏中、ジャストタイミングで音を出すかのように、相手の指揮に合わせて素早くスイッチする。これにより隙を作ることなく前後列を入れ替えることができるのだ。始めてのスイッチがうまくいったのも、リズム感のおかげだろう。
一方で、シヴァのスイッチは威力重視だ。スイッチからの攻撃タイミングは少しばらつくが、後ろから飛び込む大剣の威力は底知れない。今朝の狩りでも、HPmaxのコボルトを一撃で仕留めていた。もちろんソードスキルを使ってだが。
隙を最小限に抑えて相手の攻撃を躱しつつ弱攻撃を連続する俺に対して、隙など気にせず強力な一撃で敵を粉砕するシヴァ。相反する戦い方だが、いや、相反する戦い方だからこそ、割と簡単に互いの弱点をフォローすることができ、センチネルを殲滅させていく。シヴァが俺の弱点を完全に補ってくれると信用しているわけではないが、これが俺たちにとって一番合理的な戦い方だろう。
「獲物はもういないけど〜、体力減ってるから〜、回復しとけよ〜。」
視界左上のHPバーを見ると、あと少しでイエローゾーンに入るというところまで減っている。攻撃は極力回避しているが、回避しきれず擦ってしまった攻撃がいくらかある。塵も積もれば山となるという言葉があるように、擦り傷も繰り返せばば大きなダメージとなる。これ、SAOの常識。ここ、テストに出るぞ!
俺はシヴァのアドバイスに素直に従い、敵から少し離れ、腰からポーションを取り出し、飲み干す。レモンのような柑橘系の風味が、俺の沸騰しかけの血を落ち着かせる。
残りはキリト達が相手している奴だけだ。あちらの組も俺たちと似たような戦い方をしていた。ダメージディテイラーのキリトが、先に敵の相手をしてHPを減らす。相手の攻撃をかわしつつも、短剣にはない高い威力の攻撃で、敵の体力を削っていく。
「スイッチ!」
そこにアスナが目にも留まらぬスピードでスイッチ、攻撃をする。アスナは俺と同じく俊敏型のビルドだろうが、俺よりも動きにキレがあるし、速い。特に、アスナから繰り出された細剣単発突撃ソードスキル≪リニアー≫は文字通り、目で追うことができないほどのスピードだ。光の速さの一撃はイエローゾーンにあったセンチネルのHPを削り切る。あんな技を出すローブの中身が素人かどうか、疑わしい。いや、あのスピードは常人のものとは思えない。それほど見事な達人技だった。
「やっぱりリーダーは強いな〜。回避しながらあの威力〜!センチネルなんか相手じゃね〜!」
隣でほざく攻撃力バカは、同じく攻撃力重視のキリトの戦い方に見ほれていた。
「俺はアスナの方が凄いと思うよ。あの剣の速さは常軌を逸している。」
類は友を呼ぶ、というよりも類は友を評価する。
俺とアスナは同じ戦闘タイプだが、奴は俺にない才能を持っている。そこは敬意を払い、見習わなければならないと思う。そしていつか俺もあの様な超高速剣技を身につけたいものだ。
「ボスのHPがレッドゾーンになった!」
「みんな下がれ!」
この声を聞いた俺たちは評議会を終了し、コボルトロードを見る。奴は手に持っていた斧とバックラーを投げ捨てる。飛ばされた武器と防具は、ポリゴン片となって消える。腰にしまってある剣が引き抜かれる。そして、「ぐぅぉぁぁあああ!!」と雄叫びを上げる。いよいよ最終局面だ。俺たちの仕事はもう終わったも同然なので、後はのんびり観戦させてもらおう。残りHPは少ないが、何があるか分からない。残りわずかだからこそ、ここは慎重に戦うべきだろう。さて、ディアベルはどう戦うのか。お手並み拝見するとしよう。
「みんな下がれ!俺が前に出る!」
ディアベルは一人で飛び出し、ソードスキルの構えをとる。いったい何をする気だ?ここは全員で慎重に戦うのが定石。何を考えているんだディアベル!
「後ろに飛べ!!」
突如、キリトの声が聞こえてきた。
直後、コボルトロードはディアベルに向かって突撃してきた。その巨体はまるで…。
コボルトロードの一撃でディアベルの身体が吹き飛ぶ。無抵抗に宙に浮くディアベル。そこに追い打ちをかけるが如く、コボルトロードは跳び上がり、ディアベルを木っ端微塵に斬り刻む。そしてトドメの一撃で、ディアベルは地面に叩きつけられる。
これはまるで3年前の…。
記憶がフラッシュバックする。
俺の目の前に一人の少女がいる。ここにいるはずのない少女。会いたくても会えない少女。
視線の先には暴走するトラック。そして俺に背を向け歩き出す少女。助けなきゃ。
目眩がする?気のせいだ。
足が震える?この根性なしが!
死ぬのが怖い?恐怖心など焼き切ってしまえ!
目の前の惨状を見逃すのか?大切なものを失うぞ!
言い訳をして逃げるのか?後で後悔するぞ!
助けるなら今しかない!
悩んでいる暇はない!
手を伸ばせるのはお前しかない!
さぁ、行け!
ドクン
俺の心臓が一際大きく跳ねる。
「うぉぉおおおおおおーーーー!!!」
という雄叫びと共に、俺の身体はものすごい勢いで前へ突き進んでいった。
ディアベルを轢いたコボルトロードは、次の獲物を狩ろうと剣を構えている。奴の剣が発する光に負けないように、俺も剣に光を込める。そして、ドクンという鼓動と共に、俺は敵の目の前に飛び出し、光を解放した。
ガキン
光と光は激しくぶつかり合い、鈍い音をたてる。俺の短剣2連続水平斬撃ソードスキル≪サイド・バイト≫と、コボルトロードの刀単発全方位斬撃ソードスキル≪旋車≫が火花を散らす。俺の攻撃は一撃目で弾き返され、二発目は発動せず終わった。相手も俺の一撃でソードスキルが迎撃され、硬直を強いられるはずだ。
しかしそれは一瞬で終ってしまう。バーサーク状態のコボルトロードはまるで硬直がないかの如く、次のソードスキルをチャージする。奴の瞳の奥には俺が映っている。
ソードスキルは通常攻撃では迎撃できない。ソードスキルはソードスキルを以って制する必要がある。しかし俺は使えるはずのソードスキルは全てクーリングタイム中で、今すぐには使えない。もうすぐ≪アーマーピアス≫のクーリングタイムが解ける頃だが、ギリギリ間に合わないだろう。迎撃手段の無い俺が取れる行動はただ一つ。回避行動だ。
チラッとHPバーを見てみる。イエローゾーンに入りかけたHPはまだ半分までさえ回復していない。そんな状態でボスのソードスキルをまともに喰らったらどうなるか。確実に死ぬだろう。
刀スキルという、見たことの無いソードスキルを繰り出すコボルトロード。俺はこいつの攻撃を全て初見で見切り、全て回避しなければならない。
俺にできるか?
ドクン。
俺の鼓動が開戦の合図を告げる。
まずは一撃目。左下からの切り上げ攻撃。硬直が解けると同時に俺の身体は右へと飛び退く。
ドクン。
すぐさま、俺の鼓動はまた跳ね上がる。
今度は右下からの切り上げ攻撃。右に移動する身体が強引に左へ引っ張られる。完全回避は出来なかったが、急所を免れることはできた。
ドクン。
息をつく間もなく三撃目。
左から迫りくる剣をバックステップで回避する。剣先が鼻先を掠めていく。
まだまだコボルトロードの攻撃は止まらない。今度もまた左から剣が迫る。しかし、鼓動の音は聞こえない。俺の身体はなぜか動かない。
ドクン。
一拍おいて、再び心臓音が鳴り響く。
左から来た剣は進行方向を変え、コボルトロードを一周して右から迫って来た。運良くフェイントに引っかからなかった俺は、そいつをしゃがんで回避する。俺の首があった空間を斬り裂いていく。
ドクン
太鼓を思いっきり叩いたような、けたたましい鼓動が俺を右へとつき動かす。
しゃがんでいた俺の身体は、スローモーションで右へ倒れていく。そして取り残された左腕と左脚に、コボルトロードの渾身の一撃が決まる。
刀五連続斬撃ソードスキル≪鷲羽≫
俺はこの修羅場を生き残ることが出来たのだろうか?
俺は最後の一撃を受けた左腕を見る。いや、左腕があるはずの場所、というべきなのだろうか…。そこに左腕は存在しなかった。そのまま視線を左脚へと向ける。そこからは紅色の液体が流れていた。
失った左腕…。傷だらけの左脚。
この光景を見るのは二度目だ。あの時と同じように、左半身を焼けるような違和感が俺を焦がす。
一瞬にして俺の吐き気メーターが振り切れた。
胃のものをぶちまけるとか、そういうレベルの気持ち悪さではない。内臓を握り潰され、さらに捻り出されるような苦しみが俺を襲う。身体に力が入らない。身体が倒れていく。息ができない。視界が赤く染まっていく。耳が聞こえなくなっていく。意識が遠のいていく。
霞む視界の先でコボルトロードが俺の首を斬ろうとしているのが分かる。
『死』
たった一つ漢字。俺はこれをずっと恐れてきた。あの事故からずっと…。
ガキン
金属音が聞こえる。霞みゆく視界に大きな背中が見えた。その背中は…
俺の意識は途絶えた。
口に流れ込むレモンの味で意識が戻る。ここは地獄か天国か…恐る恐る目を開く。俺の目に飛び込んできたのは、藍色一色の暗い天井と、
「よかった〜、目が覚めたか〜!」
と呟くシヴァの顔だった。
「俺、生きてるのか?」
「そうだぞ〜!」
先ほどまで赤く染まっていた視界はまだぼやけているが、徐々に元に戻っていった。
HPバーを見てみる。まだぼやけてはっきり見えないが、黄色に染まっていることがわかる。
「ポ〜ションを飲ませたから〜、あとは〜回復していくぞ〜。」
左腕を見てみる、いや左腕があるべき場所を見てみると、やはりそこには何もなかった。まるで…。
「腕が無いのは〜部位欠損だ〜。一種のバッドステ〜タスだから〜、時間が経てば〜治るぞ〜。」
手放しそうになった意識をシヴァがの声が引き戻す。
ここはゲームの中。失った腕はまた生えてくるらしい。不気味なことこの上ないが、俺にとってはこの上ない救済措置だ。
そして左脚を見てみる。そこからは赤い液体、血が流れていた。SAOに流血表現は無いと思っていたが、そうではなかったようだ。
「脚の出血も〜状態異常らしいから〜、しばらくしたら〜治るぞ〜。」
耳元でうるさく喋るシヴァ。普段ならうっとおしいと思うだろうが、今はありがたく思う。こいつの声がなかったら、また意識を持って行かれたかもしれない。
シヴァは腕も出血も自動的に治ると言った。それは後遺症もなく治るということだろうか?
キィィィーーン
ソードスキルを溜める高音が俺の耳に届く。見てみると、音源はコボルトロードとキリトの剣から発生していた。キリトの隣には、栗色のポニーテールの女性が立っている。あれはアスナなのか?
敵前に立ち塞がる二人。何が始まるんです?第三次大戦だ。冗談が言える程度まで意識が戻り、二人の真剣な表情がくっきりと目に映る。
コボルトロードとキリト、動き出しは両者同時だった。
ディアベルに喰らわせた大技、≪浮舟≫が迫る。キリトはそれに≪バーチカル≫で対抗する。両者の剣が激しくぶつかり合い、火花を散らす。そして互いの剣が弾き飛ばされる。そして
「スイッチ!」
キリトの合図に、すかさずアスナが敵前に飛び込む。ガラ空きの腹をアスナの剣が抉る。続いてキリトの剣が、アスナの剣が、連続でコボルトを斬り裂いて行く。そしてキリトが発動した、片手直剣単発斬撃ソードスキル≪スラント≫がコボルトロードの腹を真っ二つにする。
その一撃がトドメとなり、第一層フロアボスはポリゴン片となって虚空へと消えていった。
Congratulation
勝利の文字が各自の目の前に表示される。
勝ったのだ。俺たちはコボルトロードを打ち倒したのだ。やり遂げたのだ。
プラスの感情のおかげか、気分が大分楽になった。
「ありがとう。もう大丈夫だ。」
「やったぜ〜!勝ったぜ〜!」
俺はシヴァの介抱から解放してもらい、自分の足で立つ。左脚に違和感があるが、歩けない程ではない。そしてはしゃぐシヴァとハイタッチを交わす。もちろん右手でだ。左腕はまだ生えてこない。
「なんでや!!」
突然、叫び声が聞こえた。勝利の余韻に浸っていた周りのプレイヤーが一瞬にして固まる。この不快な静寂を呼び込んだその声の主は、攻略組のお騒ぎ者、キバオウだった。
「なんで…なんでディアベルはんを見殺しにしたんや!」
俺はこの言葉を聞いて確信した。
ディアベルはもう死んでしまったのだと。
この目で直接確認した訳ではない。だが、こいつの悲痛の叫びは本物だろう。しかし、俺はキバオウに同情するつもりはない。奴の言うことが本当なら、見殺しにした犯人がいるはずである。そしてキバオウが指し示す犯人とは…
「キリト…」
俺はパーティーリーダーの名前を口にする。キリトは人を見殺しにするような人間ではないと俺は信じている。
キリトは俺たちのために最適な作戦を組み立て、的確な判断を下し、この死闘をくぐり抜けてきた。まだ長い付き合いではないが、これからも共に戦いたいと思える位、信頼している。もしキリトが他人を見殺しにするような卑怯なやつなら、ディアベルより前に、俺たちのパーティーが壊滅していただろう。
「あんたはボスの最後の攻撃を知っとった。あんた、βテスターやろ」
静まっていた空気がざわめきだす。
「あいつ、βテスターだったのか!」
「知ってて教えなかったのか!」
あること無いことを無責任に言い放つ。キリトはβテスターであることも、ボスの最後の攻撃を知っていたことも、教えなかった理由も、まだ何も言っていない。
「おい!」
「そこまで言うこたぁ〜ね〜だろ。」
と、エギルとシヴァが制止するも、アスナ以外誰も聞きやしない。
どうしてキバオウの言葉はこれほど人を動かすのか。どうしてみんなはキバオウの声に反応してしまうのか。不思議で仕方なかった。
騒音を打ち破ったのは容疑者キリトだった。
「フハハハハハハハ!!!」
嫌味とも思えるその不敵な笑いで辺りを黙らせる。
「元βテスターだって?あんなシロウト連中と一緒にしないでくれ。あいつらはレベリングの仕方も知らない。あんたらの方がよっぽどマシだよ。俺はβテストで、誰も到達出来なかった層まで到達したんだ。俺が刀スキルを知っていたのは、上の層で散々刀を使うモンスターと戦ったからだ。他にも色々なことを知っているんだぜ。あんたらとは比べ物にならないくらいにな。」
不気味な笑みで答える。
「そんなん…βテスターどころやないやん…。チートや!チーターや!!」
「この卑怯者め!」
「βテスターでチーター、略してビーターだ!」
周りの空気はどんどん悪くなっていく。どうしてキバオウは俺をこんなにも不愉快にさせるのか。回復したはずの体調が急降下する。胃の中のものがこみ上げそうになる。
「ビーター。良い名だ。そうだ。俺はビーターだ。これからは元テスターごときと一緒にしないでくれ。」
キリトはそう言い放つと、第一層フロアボスのラストアタックボーナスで得たであろう、黒いコートを装備して、扉に向って歩いていく。その背中はかつて俺が追いかけた人のもののようだった。
キリトが次のフロアへ続く扉を開く。そこにアスナが駆けていく。
「ねぇ、あなた。あたしのことアスナって呼んだわよね?」
「あぁ、違ってたらごめん。」
「そうじゃなくて、どうしてあたしの名前を知っているの?」
「視界の左上に名前があるだろ?視線を動かずにこの辺を見てみろよ。」
キリトは左手で自分の視界の左上を指差す。しばらくして、アスナは笑い出す。
「なーんだ。こんなところにあったのね。ふふっ。」
そんなアスナにキリトは真面目な話をする。
「あんたはもっと強くなれる。もしも俺よりふさわしい人があんたに声をかけたら、そいつについていくといい。」
ビーター最後のアドバイスをアスナに言い渡す。そして、背を向けて階段を登り出す。アスナは追いかけることはせず、その場で見送った。
パーティーが解散されました
目の前に表示された文字。悪人キリトはもうここにはいない。奴はビーターの名のもと攻略組を黙らせ、ここから立ち去った。
悪人がいなくなったらこの馬鹿共はどうするか。答えは簡単だ。違う悪人を見つけるのだ。そしてそのターゲットは…
「あんたもビーターなんやろ!!」
ほらね。
予想通りの言葉と共にキバオウは指差す。俺だ。
いじめられっ子がいなくなったら別の人間を指名する。この光景を見るのは何度目か…。怒りを通り越して、さらに呆れを通り越して、別世界に生きる人間、いや人間の形をした下等動物に対して、不快感しか感じられない。気持ち悪い。俺がソロで活動しているのは、こういう奴らに出会いたくないからだ。
「ディアベルはんでも刀スキルは避けれんかった…。なのにあんたはいとも簡単に避けよった!しかも五連撃もや!そんなん、ビーターしかでけへん!!」
「あいつもビーターなのか?」
「どうしてディアベルさんを助けなかったんだ!」
「このクズ野郎が!」
「お前なんか人間じゃねー!」
人間失格の称号を得た俺だが、怒りの感情は全く無かった。むしろ罵られるほど、冷静になれた。悪くなった体調も戻ってしまうほど、頭が冷えた。
なんだ。いつものことか。
俺はいつもいじめられる側の人間だ。別に他人をいじめたいとか、もっといじめられたいとか、そんな風には一切思っていない。俺にあるのは、他人を貶すことでしか生きていけない、こいつら害虫未満の存在とは一緒にいたくない、どこかへ行ってしまえという不快感だけだった。
ヤマアラシのジレンマという言葉がある。ヤマアラシは寒い地域に生息していて、互いに身体を寄せ合って寒さをしのいでいる。しかし、ヤマアラシの身体にはトゲがついていて、近寄りすぎると互いに怪我をしてしまう。互いの距離が遠くては寒いし、近くては痛い。このジレンマの中で、寒さをしのげて痛くない、最適な距離をつかむことで、適切な関係を築くことができる。これをヤマアラシのジレンマと言う。
これは人間関係を表す時に使われることが非常に多い。遠過ぎず、近過ぎない、理想的な距離感をもった人間関係を築くことで、最適な関係を作ることができるのだ。
「なんか言うてみろ!」
しかしキバオウは俺の目の前まで迫って来ている。怒りの視線が俺に突き刺さる。こちらに棘を刺してくる人間にはどう対処すればよいか。近過ぎる人間を突き放すにはどうすればよいか。答えは、こちらも棘を目一杯伸ばして、相手を突き放せばよい。先ほどキリトがやって見せたように。
「あれは偶然だ…と言って、お前らは信じるか?信じるやつ手を挙げてみろ。」
まずは疑問を投げかける。もちろんみんなの答えは既に知っている。
「んなわけないやろ!!」
「そうだそうだ!」
「偶然で出来るはずがない!」
アスナ、エギル、シヴァは手を挙げている。それ以外の人間は皆、俺を疑っている。多数決で俺の回避はβテストの経験によるものにされた。それも当然だ。βテスターでもない俺をビーターだと妄信しているのだから。
余りにも予想通りにこいつらが動くので、思わず笑ってしまう。滑稽なことこの上ない。
「だよな。」
にやける顔を元に戻して俺は続ける。
「お前がそう思うんならそうなんだろう。お前ん中ではな。だから俺のことをビーターだと思えばいい。俺はお前らとは違って、選ばれた1000人の一人だ。」
βテスターでもない俺がビーターなんて悪名を賜るのは濡れ衣以外の何物でもないが、今はそれよりもこいつらとは一緒にいたくないという感情で一杯だった。
キバオウの横をすり抜け、次なる世界へ続く扉へと歩を進める。はやくお別れしたい。
「待ちなはれ!」
しかし まわりこまれてしまった。
「何であんたは攻略本の情報がニセモンやと、教えてくれんかったんや!あんたのせいでディアベルはんが死んでまったんや!」
怒りの目がこちらに向けられる。それに臆せず、俺は答える。
「教えなかった理由?そんなの簡単だ。何か分かるか?」
「何や!!」
キバオウの顔がこちらに迫る。近い。唾が飛ぶ。離れろ。この寄生虫め。
教えなかった理由。そんなもの簡単だ。知らなかったからだ。だが、そんなことを言っても信じる人はごく少数だ。そんなことをしても意味はない。だから、俺は別の事実をこの汗臭い豚に突き刺す。
「あんたがβテストの情報を公開する機会を奪ったからだ。」
「なんやて!!もっぺんいってみろや!!」
胸倉を掴まれる。ようやくキバオウがブチ切れたようだ。冷静さを欠いた下等動物をねじ伏せるのは、赤子の手を捻るも同然だ。
「ディアベルが死んだのはあんたのせいだと言ったんだ。あんた、βテスターに謝罪・賠償を要求しただろ?あんな雰囲気でβテスターが名乗り出ると思ったのか?情報を公開すると思ったのか?攻略本の情報は嘘だと言うと思ったのか?もしそう思っていたらお前は馬鹿そのものだ。あんたは馬鹿じゃないだろ?だったら分かるはずだ。情報公開の機会を奪ったのはあんただ。あんたがもっと協力的な態度だったら喜んで協力したのに、残念だ。最後にもう一度言っておく。ディアベルを殺したのはキバオウ、あんただ。」
「な…。」
ようやくキバオウが黙る。イエスと言ったら犯罪者となり、ノーと言ったら馬鹿を認めることになる。この板挟みでキバオウを押しつぶす。
胸倉を掴む力が弱まったので、俺は奴の汚い手を払いのけ、扉へと歩き出す。
「馬鹿言うな!ディアベルさんを殺したのはあんたらだ!」
「キバオウさんは悪くない!」
「そうだ!この殺人犯め!」
キバオウでも分かった板挟み。それすら分からない馬鹿が大量。やはりこいつらは下等動物だ。誰かに言われないと動けない。誰かに言われないと分からない。そんな家畜共に俺は馬鹿にされているのか。俺は家畜以下らしい。
だが、それが俺にとっての当たり前だ。家畜が鳴いているだけだと思えばいい。だけどこれだけは許せなかった。
「この屑が!死ね!!」
死ね、この言葉に俺は頭にきてしまった。
「死ね?どの口が言った言葉だ?俺がコボルトロードの一撃を防いで助かったあんたらの口か?ディアベルが死にゆくのをただ後ろから見てただけのあんたらの口か?」
俺の言葉に辺りは静まり返る。
「違うのか?」
俺はある言葉が出てくるのを待っていた。
「見てたのはディアベルさんが下がっていろと言ったからだ!」
この言葉を待っていた。そして最後にして最大の皮肉をぶっ刺す。
「そういうのなら、俺もあんたらみたいに後ろからあんたらが死ぬのを見ていればよかったのか?そしたら俺は堂々と言ってやる。後ろで見ていたのはディアベルさんが下がれと言ったからだ。ってね。」
誰も何も言わなかった。沈黙が部屋を支配する。
今回のディアベル殺人事件。一体誰が悪いのか。一見難しい問題だが、答えは意外と簡単だ。それはみんなが悪者だということだ。βテスターの活躍の場を奪ったキバオウも、情報を話さなかったキリトも、みんなを下げたディアベルも、傍観していた俺や他のプレイヤーも、みんなに責任がある。
第一層ボス攻略殺人事件の犯人は、コボルトロードであり、キバオウでもあり、キリトでもあり、ディアベルでもあり、傍観していたプレイヤーでもあり、そして俺でもある。
誰かが言い放った殺人犯という言葉。確かに俺は殺人犯だ。だけど、言った本人は自分も殺人犯であることを理解しているのだろうか。この後に及んで俺は悪くねーと言うのであれば、頭を丸めた方がいい。某親善大使でさえバッサリ切ったのだから、一般人ならそのくらい当然だ。
沈黙の中、俺の足音だけが響く。脚の出血は止まり、違和感は消えていた。扉の前まで来て、俺は振り返る。そしてこう言い放つ。
「よく聞け!今回の件で、情報こそが命を救うことが分かっただろ!ビーターは色々知ってるんだ!情報を聞き出したければ、これ以上俺達を怒らせないこったな。」
その捨て台詞を奴らに突き刺す。その時、俺の左腕が生える。奴らの目にはさぞ不気味に映ったことだろう。
俺は奴らに背中を向け、階段に足をかける。
「ちょ〜っとまて〜!」
シヴァの叫び声が聞こえた。俺はもう一度振り返り、そのうるさい顔を見つめる。
「何か用か?」
「お前〜、ほんと〜にビ〜タ〜なのか?」
核心をつく質問に俺は口をつむぐ。
「だってよ〜、今朝の狩りの時に〜…。」
そこでシヴァは言葉に詰まってしまう。スイッチを知らなかっただろ?とでも言いたいのだろう。
ひょっとしたらこいつは全て分かっているのかもしれない。俺がβテスターではないこと、俺がみんなを騙そうとしていること。全て分かったうえで気を使ってくれているのかもしれない。それともただどう表現していいか分からずに、言葉に詰まっているだけなのだろうか。いずれにせよ、俺には最初の相棒に対して説明する義務がある。
「俺は1000人に選ばれたと言っただけだ。お前が俺のことβテスターだと思っていないのなら、それが真実だ。」
この説明で察してくれたのか、シヴァはそれ以上追求してこなかった。俺は命の恩人に背中を向ける。
「俺は〜お前のこと〜ライバルだと思ってる〜。今回は〜先を越されたけど〜、いつか追い抜くから〜、覚悟しとけ〜!」
俺はシヴァの声に手を挙げて返事をする。またな、と。こいつになら口を開かずとも伝わるだろう。
挙げた手を階段の手すりに降ろして、階段を登り始める。
追いかけられるのはいい気分だ。
元キングが残した名言の一つだ。今の気持ちを表すのにこれほど適当な言葉が見当たらない。あいつほど俺のライバルに見合う人間は、このゴミだらけの攻略組にはいない。
あいつのパワーとそれを最大限に生かす大胆な戦闘スタイルは、スピードと正確性を求める俺のものとは対をなすものだ。あいつにだけは負けたくない。そう思える相手がシヴァだ。対等に戦える日が来るのが待ち遠しい。けど、俺はケーキのイチゴは後で食う派なんだ。それは後のお楽しみとしてとっておこう。
俺はゆっくりと階段を登る。
「やあ。」
階段を登っていると、そこにはキリトが壁に背を預けて待っていた。
「聞いていたのか?」
俺は立ち止まって、数段先にいるキリトに問いかける。
「まぁ…、ね…。」
「で、何の用だ?」
キリトがそわそわと、何か言いたげにしているので、またしても問いかける。
「あんた、本当にβテスターか?」
シヴァと同じ質問をしてくる。
「俺はβテスト時のトッププレイヤーの名前はみんな覚えたが、そこにジンなんて名前は無かった。それにあの五連撃の刀スキルは俺でも見たことが無い。それを躱すなんて、あんた何者だ?」
βテスターの目には、俺は謎のハイテクプレイヤーに見えるらしい。しかしキリトの質問は愚問だ。俺は何者か。ヒントはもう出し切ったのだから。
「俺が言ったのは1000人に選ばれたというところまでだ。確かに俺はβテストには選ばれた。けどな、俺は一切プレイしていないんだよ。それと、あれを回避出来たのはただの偶然だ。」
鳩が豆鉄砲を喰らったように、キリトは目を皿にする。当然だ。βテスターでもない人があの五連撃を避け、その理由が偶然だったのだ。普通なら信じられない。俺でも信じられない。
「どうして…どうしてプレイしなかったんだ?」
「どうして…か…。」
どこまで言うべきか少し考えを巡らせる。
「正確には、プレイしたかったけど出来なかったんだ。どうしてかは、現実に関わる問題だから言いたくない。」
「そうか…すまない。」
現実に関わると聞いて、キリトはそれ以上聞かなかった。
こういうオンラインゲームにおいては、リアルの話を持ち出すのはマナー違反だ。SAOは完全にリアルから切り離されている。だからそれを忘れやすい。だが、別世界だからこそ、現実と区分しなければいけない。と俺は思う。キリトはゲーマーでも、いや、真のゲーマーだからこそゲームにおけるマナーをきちんと守っているのだろう。キバオウのようなゴミ屑以下とは違い、ちゃんと礼儀をわきまえているようだ。
「いや、それは別にいいんだ。そういうわけで、俺はβテスターじゃない。他にご質問は?」
「じゃあ、あの五連撃を避けたのは本当に偶然なのか?」
「そうだ。」
即答する。
「偶然というか、俺にとっても何故避けられたのか分からないんだ。どうやって避けたのかも曖昧にしか覚えていない。だから偶然としか言いようがない。」
キリトは閉口する。βテスターだからこそ、彼には分かるのだろう。初見の技、しかも必殺のグォレンダァ!じゃなくて、五連撃を回避して生き延びるだなんて不可能だと。あり得ないと。フレイジーボアの攻撃さえ避けられなかったことのある俺でもそう思う。
何があったかよく覚えていないのは本当だ。だが、ただ一つだけ、強烈な違和感が心の中に残っている。それは、勝手に身体が動いたような感覚だ。
熱したフライパンに手を触れた時、人は無意識に手を引っ込める。そんな風に、身体が勝手に反射してしまうような感覚だった。考える間もなく身体が動いてしまった。SAOをプレイして一ヶ月になるが、初めて味わう感覚だった。
俺の身体をつき動かしたのが脳でないとしたら、一体何が俺を死闘を生き残ったのだろうか。動かしたのが脳みそで無い限り、そんな問題、いくら脳で考えても分からない。俺は思考を停止し、会話に戻る。
「他に質問は?」
「どうして…、どうしてお前はビーターになんかなったんだ。」
どうしてビーターになったのか。そんなこと決まっている。
「あの連中と関わりたくなかったからだ。その先は現実の話になるので、話したくない。」
攻略組のゴミ屑のような人間は現実世界に嫌という程いる。そんなやつと関わってもロクなことがないことを現実で痛い程味わってきた。だからこれからもそのような人間に関わりたくないし、関わろうとも思わない。
「他に質問は?」
「じゃあ最後に、あの連中というのに俺は入っているのか?」
これ程やりとりしたのにまだ気がつかないのか。俺は思わず笑ってしまった。答えはもちろん、
「入ってるわけ無いだろ?じゃなきゃこんな会話しないぜ?」
この言葉にキリトもほっとしたように肩を降ろす。そして先ほどまで張り詰めていた顔に笑顔が宿る。
「じゃあ、一緒に行こう。」
キリトからのお誘いだ。こちらに向かって手を差し出してくれる。だけど少し問題がある。
「なぁ、キリト。肩貸してくれね?色々とあって脚の震えが止まんねーんだわ。さっきまで我慢してたが、もう限界みたいだ。頼む!」
手すりに身体を預けるようなだらしない格好でお願いをする。
「分かったよ。」
キリトは上から俺のとこ降りてきて、肩を貸してくれた。俺は呆れ顔をするキリトの左肩に身体を預け、二人で階段を登っていった。
本物のビーターと偽物のビーター。俺たちは二人のビーターとして攻略を続けることになる。