自殺教唆クラブ   作:佐久間 譲司

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第六章

 休み明けの昼休み。俊孝は、部室を訪れていた。持ち前の鍵を使い、中へ入る。同時に、むっとした熱気が全身を覆い、俊孝は、思わず顔をしかめた。

 

 所狭しと積まれた部材をすり抜け、奥までいく。そして、自分のパソコンの前へ立った。

 

 お馴染みの白い筐体を見下ろし、俊孝は思案する。

 

 先日、公園へ誘導された際に、相手が使用した監視アプリの出所は、このパソコンに違いなかった。

 

 俊孝は、ここで以前、純佳へ監視アプリ入りのゲームを渡した光景を思い出していた。

 

 純佳のスマートフォンへアプリをインストールした後、パソコンに入っていたアプリはきちんと消去していた。しかし、それを復元するのは容易だ。専用のソフトを使えば、小学生でも可能だろう。純佳に不審を抱かれないために、このパソコンを使用したが、それが仇になったのだ。

 

 つまり犯人はこの情報処理部で、このパソコンから俊孝自作の監視アプリを復元し、盗んだ上で、先日のような誘導を行ったということだ。

 

 そして、それは一体誰なのか。

 

 俊孝は、顔を上げ、窓の外を眺める。そこには運動場が広がっていた。連日の雨模様とは打って変わって、今日は燦々とした太陽光が降り注ぎ、砂地の広場は麦畑のように黄金色に輝いていた。

 

 ここは一階なので、その気になれば、窓から侵入することは可能だが……。

 

 俊孝は、窓を仔細に調べてみる。だが、割られた様子も、無理に侵入した痕跡も見当たらなかった。当然といえば当然だ。そうなっていれば、誰かがとっくに気が付いているはずである。外部からの侵入は難しいように思える。

 

 それならば、外部ではなく、内部の人間の仕業である可能性が示唆される。この部屋の鍵を所持しているのは、情報処理部のメンバーのみなのだ。

 

 俊孝は、部員の顔を思い浮かべた。南条と西田。この二人のうちのどちらか、あるいは両方が犯人なのだろうか。

 

 しかし、そうなるなら、わざわざ俊孝のクラスへ盗聴器を仕掛けたのも彼らということになる。しかも純佳の存在を知っていなければならず、どうやってか遺書すら盗むことにも成功している。そんなことが可能なのだろうか。

 

 俊孝は二年四組の人間が犯人だと当たりを付けたが、それが間違いだということなのか。釈然としなかった。

 

 待てよ、と思う。

 

 確かに常時、部室の鍵を持っているのは、情報処理部のメンバーだけだが、それは合鍵であり、別にオリジナルがあるはずだ。正確には、部室というより、倉庫の鍵として職員室へ保管されていると思われた。

 

 以前、南条が言っていた言葉を思い出す。ここは隣のパソコン室とセットのような扱いの部屋なので、パソコン室の鍵と一緒に管理されているらしいとのことだった。そして、それは、英語教諭の及川が管理人であると言っていた気がする。

 

 とりあえず、話を聞いてみた方がいいだろう。

 

 俊孝は、部室を出て、職員室へ向かった。

 

 

 「うーん、倉庫の鍵ねぇ。確かに僕が管理しているけど……」

 

 昼食の最中であった及川教諭は、突然の来訪者に迷惑そうな素振りを見せた。

 

 及川教諭のデスクの上には、食べかけのコンビニ弁当が置かれてある。独身なので、弁当を作ってくれるパートナーがおらず、自身も料理をしないようだ。及川教諭の禿頭の原因が、一つ垣間見れた気がした。

 

 「それがどうしたの?」

 

 及川教諭は、不思議そうな顔で逆に質問を行う。細めの瞳の奥には、邪推の念ではなく、普段物静かで目立たない生徒が、自分を訪ねてきたことに対する、当惑の感情が表れていることに俊孝は気が付いた。

 

 「いえ、数日前に部室に部員以外の誰かが出入りした姿を見たので、先生なのかなって思って」

 

 俊孝は、適当に鎌をかける。さほどこちらを怪しんでいる様子はないし、及川教諭が犯人だとも考えていないので、無理に取り繕う必要はなかった。

 

 及川教諭は、腕を組み、しばらく考え込む。

 

 「うーん、記憶がないな。僕じゃないと思うよ。君達の部室に入ったのって、始業式以降一度もないし」

 

 表情を窺う限り、嘘を言っているようには見えなかった。

 

 「誰かに貸したことは?」

 

 「なかったよ」

 

 「そうですか」

 

 大した収穫のない答えに、俊孝は落胆し、ため息をつきそうになる。やはり、アプリの窃盗犯は、うちの部員の誰かなのだろうか。

 

 礼を言い、俊孝は、その場を立ち去ろうとする。そこで及川教諭は、思い出したように、声を上げた。

 

 「ああ、そう言えば、倉庫の鍵そのものではなく、パソコン室の鍵とセットでなら、貸したことがあったよ。パソコン室を使いたいって言われてね。ほら、パソコン室と倉庫の鍵は一緒のタグに付いてあるから」

 

 俊孝は、弾かれたように、及川教諭の顔を見る。

 

 「本当ですか? それは誰です?」

 

 「スクールカウンセラーの入谷先生だよ」

 

 意外な人物の名前が及川教諭の口から飛び出し、俊孝は驚いた。なぜ、スクールカウンセラーが、パソコン室に用があるのだろうか。

 

 俊孝は訊く。

 

 「なぜ入谷先生がパソコン室の鍵を?」

 

 「さあ。それは僕にもわからないよ。ただ、必要だからって言われて、貸しただけさ」

 

 及川教諭は、若干、バツが悪そうな顔で答えた。

 

 それを見て、俊孝は、及川教諭と入谷カウンセラーの噂を思い出す。

 

 及川教諭は、入谷仁美を狙っているとの内容だ。それどころか、純佳の生前の会話によれば、現在はすでに、噂以上の関係にまで発展しているらしい。ようするに、恋仲関係の相手から催促されて、理由すら訊かずに二つ返事で鍵を貸したのだろう。この禿は。

 

 舌打ちしたい思いを堪え、俊孝は質問を続ける。

 

 「入谷先生以外に貸したことは?」

 

 「もうないよ。最近はパソコン室自体あまり使わないからね」

 

 及川教諭はそう断言した。

 

 「そうですか」

 

 俊孝は小さく頷く。次は入谷仁美か。新たに話を聞く相手が増えてしまったようだ。

 

 もうこの禿からは、有益な情報は得られないだろう。俊孝は、頭を下げて、礼を言う。

 

 「ありがとうございました」

 

 そして、及川教諭の元を離れる。及川教諭はまだ何か言いたそうだったが、無視をした。

 

 職員室を出る際、時計をチラリと確認する。昼休み終了までまだ少し間があった。入谷仁美の元を訪ねるには、充分な余裕がある。

 

 職員室を出て、俊孝は思う。

 こうやって方々を嗅ぎ回っていると、まるで自分が、探偵にでもなったような気分になる。人を自殺に追い詰める犯罪者から、探偵とは、数奇な転職であろう。

 

 

 入谷仁美が常駐しているカウンセラー室は、保健室の隣にあった。偶然空き部屋だったのを、そのままカウンセラー室へ利用したものだ。

 

 俊孝は、カウンセラー室の扉をノックする。入谷は、ほぼこの部屋にこもりっきりなので、この時間帯でも部屋の中にいるはずだった。

 

 少しだけ間があり、やがてどうぞと声がかかる。

 俊孝は「失礼します」と口に出し、扉を開けた。

 

 カウンセラー室の中は、隣の保健室と似たような雰囲気を持っていた。教室よりも一回り小さい部屋の中央に、大きなガラステーブルが置かれており、それを挟むようにしてソファが向かい合わせに備えられている。

 

 窓際には、職員用のデスクがあり、他には、ちょっとした本棚と観葉植物のみ。全体的に簡素なレイアウトであり、どこか落ち着いた雰囲気が醸し出されていた。

 

 入谷は壁際のデスクに座っている。四人も自殺者が出ているにも関わらず、未だ閑古鳥であるため、暇だったのだろう、机上の離れた位置に、今まで弄っていたらしいスマートフォンが置かれてあった。

 

 「いらっしゃい。どうしたの?」

 

 入谷は、落ち着きのある穏やかな声で、そう訊いてくる。

 

 「二年四組の天海俊孝です。ちょっと話したいことがあって……」

 

 俊孝がそう言うと、入谷は立ち上がり、中央のテーブルを指し示す。俊孝は、それに従がい、ソファの下座に座った。

 

 続いて入谷も正面のソファに座る。向かい合っているものの、お互い適度な距離を保つよう計算された位置取りらしく、プライベートゾーンが広い俊孝でさえ、妙な圧迫感や緊張感を覚えるようなことはなかった。そこはさすがカウンセリング室というべきか。

 

 思えば、神谷の服装も、カットソーにカーデガン、質素なレディースパンツという、相手に安心感を与えるような落ち着いた服装である。ズボンなのも、こうして向かい合って座った場合、相手に下着が見えないように配慮する意味合いがあるのかもしれない。

 

 「お話って何かな?」

 

 入谷は静かな声で、質問を行う。俊孝は、入谷の顔を正面から眺めた。

 

 こうして近くで相対すると、改めて入谷が実年齢に比べて、相当若作りであることが見て取れる。カウンセラーという役職柄か、化粧も薄く、それなのにここまで若く感じさせるのは、元々の素体が良いのだろう。つくづく、あの禿にはもったいない人だと思う。

 

 「いえ、大したことはないんですが」

 

 俊孝は、少し口ごもる。ここにくる直前までは、単刀直入に鍵のことを切り出そうと考えていたが、いざ、本人を前にすると、なぜか尻込みしてしまう。及川教諭には簡単に聞き出せたのに、不思議だった。

 

 俊孝は、ひとまず、遠回しに話を繋げた方がいいだろうと考えをシフトする。思うと、カウンセリングに関係のない話を開口一番に行えば、不信感を抱かれる恐れがあった。まさか入谷が犯人だとは思えないが、慎重に事を運んで損はないはずだ。

 

 俊孝は、一瞬考えた後、俊孝は口を開く。

 

 「少し悩みがあるんです」

 

 「そう。どんな悩みか、言えるかな?」

 

 入谷は表情を崩さず、穏やかな笑みのまま、そう言う。体は若干、こちらへ傾けている。傾聴、というやつなのだろうか。

 

 「その、最近、友達が自殺をしてしまって……」

 

 俊孝は、純佳の名前を出さず、話を行う。

 

 「そのことがずっと心に引っ掛かっているんです」

 

 俊孝は、つとつとと己の心情を語り始めた。始めは適当に繕った内容を伝えるつもりだったが、自分でも思っていないほど、言葉が口を介して出てくる。まるで誰かに操られているような不思議な気持ちになった。入谷の適切な相槌のせいか、あるいは、俊孝の中に、自覚していないほどのわだかまりがあるせいなのか、わからなかった。

 

 話を終えると、入谷は優しい口調で言う。

 

 「話してくれてありがとう。よくわかったわ。天海君は、その友達のことをとても大切に思っていたのね」

 

 入谷は、こちらに寄り添うような態度を示す。

 

 俊孝の脳裏に、以前心理学の本で知った共感的理解という言葉が、立体文字のごとく浮かび上がった。

 

 カウンセリングにおいて、共感的理解は、重要なコミュニケーションの一つだ。相手そのものを理解する姿勢を取り、共にいる状態を築くメソッドである。俊孝自身、カウンセリングは初体験だが、確かに、傾聴や共感的理解を示す相手と話をすると、自分自身がそれだけで肯定されたような、満たされた気分になってしまう。

 

 俊孝は、さらに胸の内を曝け出す。

 

 「死んだ友達は多分、僕のことを恨んでいるだろうなと思うんです」

 

 幽霊など下らないオカルトは信じてはいないが、純佳が殺されたのは、ほぼ確実に自分のせいである。もしも純佳の意思が今もあるとしたら、確実に自分を恨むはずだ。

 

 「どうしてそう思うの?」

 

 傾聴の姿勢を崩さず、入谷は訊く。

 

 「その……多分僕のせいで自殺したのかもしれないんです。その人を守れなかったから」

 

 さすがに純佳が殺されたことや、遺書の話などは言えず、曖昧な言い方になってしまう。

 

 それでも入谷カウンセラーは、詳細を訊こうとせず、水の底から石を掬うように、要点を掴み上げる。

 

 「そんな考えは禁物よ。自分を追い詰めるることが一番駄目。守れなかったとしても、あなたが直接やったのではないなら、責任を負う必要はないわ。むしろ、そんな感情を持っているのなら、自殺した友達は、あなたに感謝をしているのかもしれないわ」

 

 そうなのだろうか。俊孝は、俯く。後頭部に、入谷の視線を感じた。

 その状態で、入谷は、少しだけ間を置き、明るく語りかける。

 

 「こういった視点で考えるのはどうかしら?」

 

 俊孝は、顔を上げ、入谷を見た。入谷は、通った鼻梁に穏やかな皺を刻み、指を振る。

 

 「もしも、その亡くなった友達とあなたの立場が逆だったら、あなたはその友達を恨んでいるかしら?」

 

 俊孝はハッとし、思案に沈む。これまでは一方的に純佳の思考を忖度していたが、もしも自分が純佳と立場を逆転させたら、どう思うのだろうか。

 

 おそらく、自分は純佳を恨まないはずだ。そして、生きていて欲しいと願うはずである。しかし、それでも犯人に対する復讐は願うかもしれない。

 

 「それが答えよ」

 

 入谷は、心を見透かすようにして言った。

 

 昼休みの終了を告げるチャイムが鳴り響く。俊孝は、夢から醒めたような気分でソファから立ち上がると、頭を下げ、礼を言った。

 

 そして、最後に、本題である鍵について言及する。

 

 「パソコン室の鍵? ええ、一週間前くらいに借りたわ」

 

 入谷はあっさりと認めた。

 

 「どうしてですか?」

 

 「急遽提出しないといけない書類があったからよ。ほら、ここにはパソコンがないでしょ? いつもは職員室にあるパソコンを使っていたけど、運悪く全部塞がっていたの。だから、及川先生に言って、鍵を借りたわ」

 

 入谷は、デスクの方を指差した。確かに、この部屋には、パソコン機器といった類のものが一切見当たらなかった。

 

 「その鍵は誰かに又貸ししましたか?」

 

 「してないわ。書類を作ったら、すぐに返したから」

 

 「情報処理部の部屋に入ったとか?」

 

 入谷は首を振った。

 

 「情報処理部って、隣の倉庫のことね? 入ってないわ。理由がないもの」

 

 及川教諭同様、入谷も嘘をついている様子はない。つまり、ここまでやってきて、何の手掛かりも得ることができなかったのである。カウンセリングを受け、思う所はあったが、結局は無駄骨だ。

 

 ふりだしに戻った俊孝は、落胆から、無言になる。そんな俊孝に、入谷は笑いかける。

 

 「他に訊きたいことはないかしら? 探偵さん」

 

 茶化すような物言いに反応することなく、俊孝は再度頭を下げ、礼を言った。手掛かりがないのであれば、もうここには用はない。カウセリングが今の目的ではないのだ。早々に退出するべきだった。それに、もう授業も始まる。

 

 その場を立ち去ろうとした俊孝に、入谷は不思議そうな面持ちで呟いた。

 

 「偶然かもしれないけど、あなたと同じことを一週間前に訊かれたわ」

 

 俊孝は、ハッとして、入谷へ質問する。

 

 「誰ですかそれは」

 

 入谷は一瞬迷う仕草をした。守秘義務が強いカウンセラーらしく、答えていいものかどうか悩んだらしかったが、仕事とは関係ないと思い直したのだろう、口を開いた。

 

 「情報処理部の人よ。眼鏡を掛けた。自分で部長だって言ってたわ。情報処理部の人って、やっぱり自分が使っているパソコンが学校にあるから、他人が触れたかどうか気になるみたいね」

 

 

 

 その日の放課後、俊孝は生徒の大半が捌けるまで、図書室で時間を潰した。元々は、部活へ赴くつもりが、入谷の情報提供により、二の足を踏んでいたのだ。

 

 南条が入谷に、パソコン室への立ち入りの有無を訊いていた――。

 

 一聞すると、それだけの話で、大した意味はないように思える。だが、タイミング的に偶然だと一蹴することはできなかった。何かありそうだ。

 

 そのため、南条から情報を得る必要があり、今日こそ部活へ行くべきだったが、どうしても気が進まなかった。南条に苦手意識があるため、対峙するのが不安なのかもしれない。

 

 それに、今日は放課後に重大な任務もあった。それをこなさなければならず、余計な慮りを増やしたくないという感情が、部室から俊孝を遠ざけていた要因の一つなのだろう。

 

 ひとまず、南条の件は後回しにして、目の前の任務を片付ける方が先決である。

 

 俊孝は、時間を潰していた図書室から閉め出されると、次はトイレにこもり、しばらく待機した。

 

 やがて閉門が迫るギリギリの時間が訪れ、俊孝はトイレを出た。そして、自分の教室へ向かう。後少ししたら、教師の見回りが始まるので、それまでに済ませる必要があった。

 

 

 

 俊孝は、昼間の喧騒とは打って変わって静まり返った廊下を歩く。日も落ち、辺りは薄闇に包まれている。さながらお化け屋敷のようで、不覚にも恐怖心が芽生えた。非現実的なものを一切信じない俊孝だったが、これでは幽霊が出てもおかしくないと思う。心霊現象を目にしたら、信じてしまいそうだ。

 

 階段へ差し掛かり、俊孝は、忍び足でゆっくりと登る。どこに教師がいるかわからないので、極力音は殺していた。

 

 三階の自分の教室の前に到着すると、俊孝は、音を立てないよう注意しつつ、慎重に扉を開けた。これは、教師ではなく、中にあるはずの盗聴器を警戒してのことだった。

 

 体がギリギリ通過できるほどまで開けた扉に、体を滑り込ませ、俊孝は教室の中へと入った。

 

 薄暗い教室の中には、当然誰もおらず、地の底にいるかのような、冷たい空気が流れているばかりだった。

 

 俊孝は、全身の産毛がチリチリと逆立つのを自覚する。これは、普段見慣れている光景とは違う陰鬱な雰囲気のせいなのか。いや、そうではないだろう。殺意のある獣が潜む森の中に侵入した時のような、邪悪な息遣いを肌で感じ取っているからだ。

 

 俊孝は、予め準備していたものを、ポケットから取り出した。

 

 それは煙草の箱くらいの小さな端末だった。左上にラジオのような、小さなアンテナが付いている。

 

 これは盗聴発見機だった。先週末、わざわざ秋葉原の電気街にまで赴き、購入したものの一つだった。それなりに高性能で、この教室程度の広さなら、盗聴器など容易く探し出すことができるだろう。

 

 俊孝は、盗聴発見器から伸びているイヤホンを耳にはめると、電源をオンにした。イヤホンから、微かなノイズ音が聞こえ始める。

 

 可能な限り音を立てず、発見器をかざしながら、俊孝は教室を歩き回った。そして、すぐに強い反応が現れた。ラジオの雑音のような、耳障りな音。

 

 発生源は、後方にある掃除道具入れとロッカーの間にある隙間からだった。スマートフォンのライトを点灯させて覗き込んで見ると、メモリースティックに酷似した機器が、ロッカーの壁に貼り付けられていた。

 

 ビンゴだ。やはり盗聴器は存在していた。

 

 俊孝はそれに触れることなく、再び他に盗聴器が仕掛けられていないか、調査を再開する。

 

 探し回った結果、複数の盗聴器を発見することができた。

 

 それは、全部で三ヶ所あった。一つが最初に発見した掃除道具入れとロッカーの間に。もう一つが、教卓内部。そして最後が、中央の蛍光灯。物にはよるが、盗聴器の集音範囲は概ね十畳程度と聞く。この狭い教室にこれほど仕掛けられているのは、少し過剰だった。

 

 俊孝は、次に、ポケットから黒塗りのサイコロのような機器を取り出した。指で持つことができるほど小型で、前面部に七つ、小さな穴が円形に並んでいる。それは昆虫の複眼を思わせた。

 

 これは、小型の監視カメラだった。内臓バッテリーを搭載しており、二日間、連続で稼動が可能だ。ただ、電波で飛ばすことは不可能なので、録画された映像を観るには、いちいち回収する必要があった。

 

 俊孝は、それを予め狙っていた箇所に仕掛ける。教室の後方にあるロッカーの一つだ。空きロッカーで、ずっと使われておらず、これまで誰も開けたことすらないような場所だ。

 

 俊孝は、音が出ないようにそっと、そのロッカーを開け、監視カメラのレンズが、ロッカーの扉に空いている小さな穴から覗くようにセッティングした。そして、念のため、監視カメラと、ロッカーの指紋をハンカチで拭き取る。

 

 扉を閉じて外から確認しても、監視カメラの存在はわからなかった。監視カメラ自体黒いボディなので、外部から小さな穴を見ただけでは、発見は困難であるはずだ。

 

 これで教室の半分程度の風景は、こちらの監視対象になる。少なくとも、盗聴器を回収しにきた人間の姿は、確実に捉えることが可能だろう。

 

 続いて俊孝は、自前で用意した盗聴器を二つ、指紋を付けないように注意しながら、教室の目立たない所へ設置した。この盗聴器は、盗聴器でメインに使われる『盗聴三波(UHF帯)』の周波数を使っておらず、マイナーな帯域を使用するものなので、犯人が仕掛けた盗聴器と混線する危険はなかった。

 

 また、発見機による探知も、他の盗聴器と比べると免れやすいメリットがあった。それの代償として、特定のマイナーな周波数しか受信できない受信機を用意しなければならず、結果、応用の利かない受信機をわざわざ購入するという、もったいない真似をしなければならなかったが。

 

 一通り作業を済ませた俊孝は小さく息を吐き、すっかり闇に覆われた教室を見渡した。

 

 今さっき仕掛けた監視カメラと盗聴器は、一種のカウンターだ。これで犯人が自ら盗聴器を回収にくれば、その時点で相手の正体を掴むことができる。もしもそれが無理でも、音と映像による情報収集で、何かしらの手掛かりを得ることが可能だ。まさか相手も盗聴器のみならず、監視カメラまで設置されたとは思わないだろう。

 

 これは、相手が教えてくれた攻撃方法である。自分が張った蜘蛛の巣に、そのまま引っ掛かりやがれ。

 

 俊孝は、任務が完了したため、教室から退散することにした。きた時と同じように、忍者の如く廊下へ出て、扉を閉める。おそらくこれまで俊孝が立てた音は、犯人が仕掛けた盗聴器にほとんど集音されていないはずである。自分にはもしかしたら、スパイの才能があるかもしれないと冗談めかして思う。

 

 足音を殺しながら、階段を下りている時だった。階下から誰かが上ってくる音が聞こえた。まずいと直感し、近くの教室へ隠れてやり過ごす。

 

 隠れた教室の前を、幽霊のように、誰かが通り過ぎる。背丈格好から、教師だとわかった。

 

 教師らしき人物が見えなくなってから、俊孝は教室を出て、一気に下駄箱まで降りる。

 

 危なかったと思う。もう少し教室で時間を食っていたら、鉢合わせしたかもしれない。こんな時間に学校をうろついている姿を見られたら、弁明の必要が出てくるだろう。それだけだったらいくらでも言い逃れできるが、さすがに身体検査でもされれば、面倒なことになっていたはずだ。

 

 学校を出て、薄暗くなった通学路を、江田駅に向かって歩く。久しぶりに『断頭台の行進』を口ずさんでいた。

 

 

 

 それからしばらくの間は、犯人が映っていないか監視カメラを中心に調査をした。放課後になると監視カメラを回収し、もう一つ同じ監視カメラをローテーションで仕掛ける。そして録画されている映像を隅々までチェックした。

 

 しかし、芳しい成果を得られることはなかった。犯人が仕掛けた盗聴器は、どれも電源を直接取っている形式ではなかったので、有効的に使い続けるには、回収する必要がある。そのため、近い内に必ず犯人が姿を見せると踏んでいたが、一向にその機会は訪れなかった。

 

 とっくに盗聴器のバッテリーは落ちているはずなのに、回収にこないのは、どういう理由だろう。まさかこちらの作為を察知したのか、あるいは、すでに俊孝を公園でハメてから、盗聴器自体を放棄する手段に及んだのか。考えても答えは出なかった。

 

 いずれにしろ、このまま張っていても意味はなさそうなので、次の手を講じる必要があった。

 

 そこで俊孝達は、盗聴器の方へ着手することにした。

 

 これまで得た音声は、全て受信機により、録音、保存されている。俊孝は、それらをパソコンへと転送していたが、チェックはしていなかった。映像に怪しいものが映っていた場合に、調べようと考えていたからだ。

 

 まずそれらを聡史と共に全てチェックする。俊孝は音声のみでは声の主が誰なのか判別できないため、そこは聡史が役に立った。かろうじて監視カメラとリンクさせてチェックは可能だったが、監視カメラの撮影範囲は限られていたので、完全に照会することは不可能に近い。有効的に聡史が働いた瞬間だった。

 

 捜査官のように音声を全てチェックし終えたが、そこでも何ら成果を得られなかったので、今度はこちらから動くことにした。

 

 取った手法は、おとり捜査の一種だった。学校掲示板に純佳の自殺の原因を問い質すスレッドを立て、その話題を伝播させる。そしてそこから盗聴器によって情報を得ようとしたのだ。もしかしたら、犯人からぼろが出るかもしれない。そう考えてのことだった。

 

 そうやって収集したクラスメイト達の会話を全部聡史に検分させ、関わりがありそうな会話を記述して貰った。

 

 そして、今日、それらの結果を携さえた聡史と、ファミレスで待ち合わせを行ったのだった。

 

 

 

 「結構な量になったぜ」

 

 聡史は、ファミレスのテーブルの上に、紙の束を放り投げるようにして置いた。

 

 A4用紙の紙の束には、ぎっしりと文字が羅列されている。

 

 「手間をかけさせたな。ありがとう」

 

 俊孝は、聡史に礼を言い、紙の束から一枚、用紙を手に取った。

 

 用紙には、セリフを示すカギ括弧と、その上に、発言者の名前が印字されてある。ぱっと見は、映画やドラマの台本のようだった。

 

 「とりあえず四日分はある。めっちゃ疲れたよ」

 

 聡史は椅子に深く腰を掛けると、ため息混じりに呟く。表情から、徹夜明けのような疲労が色濃く現れていることが見て取れた。聡史は、俊孝のために甚大な労力を割いてくれたのだ。俊孝の中に、感謝の念が生まれる。

 

 「本当に助かるよ。ありがとう」

 

 俊孝は再度礼を言い、頭を下げた。

 

 その後、俊孝は、聡史が用意した紙の束に目を通す。盗聴器を介して得た会話であるため、どれもが赤裸々に内情を語っていた。

 

 その中から、気になるものをピックアップする。

 

 「これはどういう意味だろう」

 

 俊孝は、その内の一つを指で指した。

 船水春香『そう言えば、桝本さんの自殺の原因を問い質す内容が掲示板に載ってたけど、あれって三年の大塚の仕業らしいよ』

 

 中新岬『あーそれ私も聞いた。大塚、桝本さんに熱心だったもんね』

 会話をしている二人は、クラスメイトの船水春香《ふなみず みか》と中新岬《なかあらい みさき》だ。俊孝自身、顔くらいは知っているが、話したこともろくにない者達である。純佳とはあまり親しくはなさそうだったが、噂として何らかの実情は知っているようだ。

 

 聡史は答えた。

 

 「ああ、聞いた話では、一個上のバレー部の男子が純佳を狙っていたらしい」

 

 「そうなのか」

 

 純佳からは、そんな話は一片たりとも出なかったが、どうやら純佳はそれなりにモテてていたようだ。

 

 とはいっても、純佳を狙っていたという大塚なる男子生徒が、犯人である可能性は微妙だった。もしも恋慕に焦がれての殺害計画なら、その殺意は俊孝に向けられるはずである。あるいは大塚がストーカー気質の人間で、純佳を自分だけのものにしようと殺したとしても、わざわざ盗聴器を仕掛けるような真似はしないだろう。

 

 「この大塚って奴はシロだろうな」

 

 今自分が求めている情報は、これではない。俊孝は、船水と中新の会話が記されたA4用紙を脇に置いた。

 

 そして引き続き、ピックアップしたクラスメイト達の会話集をチェックしていく。

 

 俊孝は、手に取ったA4用紙の一枚を読み、眉根を寄せた。記されていたのは、捨て置けない会話だったからだ。

 比澤正典『なあ天海って本当に桝本と付き合っていたのかな?』

 

 神山大吾『一部ではそんな噂が流れていたけど、どうなんだろうな。天海みたいな奴を桝本が選ぶとは思えないよ』

 

 比澤『けどよ、教室で結構楽しそうに会話してたじゃん。休日に一緒に買い物してた姿を見たって奴もいたし』

 

 神山『マジか? デートじゃんか。……それが本当なら、天海に振られて自殺したって噂もあながち的外れじゃないかもな』

 

 この後は、チャイムが鳴ったらしく、会話は途中で切れていた。

 

 読み終わり、俊孝は口を噤む。純佳が自殺した原因を自分に求められることは、以前危惧した通りだった。急に親しくなった二人のうち一人が自殺をしたのなら、残った一人が疑われても無理はない。

 

 俊孝は、聡史へ質問する。

 

 「このことだけど、お前は知ってるのか? 親しいんだろ?」

 

 比澤と神山は、聡史とよくつるんでいる間柄だ。何か直接聞いているかもしれない。

 

 「ああ、噂はあるみたいだな。自殺した原因はお前だって。まあ、ごく一部だけの話みたいだけど」

 

 「お前もこんな会話をしているのか?」

 

 聡史は首を捻った。

 

 「いや、そう言えば、俺がいる時は、こんな会話になったことはないな。だから、この会話を書き起こしたのは印象に残っているよ」

 

 聡史はそう答えた。

 

 「そうか」

 

 この会話もさほど役に立つ会話ではなさそうに見える。妙な噂が流れていることは頭に残しておいて、これは除外しよう。

 

 その後、チェックを再開したが、結局、犯人に繋がりそうな有益な会話は見当たらなかった。意味がありそうでも、蓋を開けてみると、どれもが、自殺に対する憶測に過ぎない会話や、下らない怪談じみた話ばかりであった。純佳が自殺ではなく、殺されたことを示唆するような会話すらなく、犯人のはの字も出ない。赤裸々な情報とは言え、当てが外れたらしい。それとも、あるいは、犯人がこのクラスメイトの中にいないのか。

 

 俊孝は諦めて、A4用紙の束から手を離した。そして、大きく息を吐く。

 

 「今回は無駄に終わったみたいだな」

 

 聡史は、砂山を崩された子供のような表情をした。

 

 「はあ。ここまで苦労したのに、収穫なしかよ」

 

 お手上げ、というように、聡史は天を仰ぐ。

 

 「仕方がないだろ。役に立つ情報がなかったんだから」

 

 俊孝は諭す。そして、言った。

 

 「また一から会話を集めよう」

 

 「書き起こしもまた俺がやるのか?」

 

 「もちろん」

 

 聡史は、死んだような顔になる。

 

 それから、ちょっとした打ち合わせを行った後、解散をすることにした。

 

 俊孝が席を立とうとした時だ。聡史が、まとめていた紙の束の一枚に目を落とし、それを取り上げる。不思議な表情で読んだ後、こちらに差し出してきた。

 

 「そう言えば、書いている時にも気になったけど、これ、事実かな?」

 

 俊孝は、その紙を受け取り、読んでみる。

 立花優衣『そう言えば、私聞いたんだけど、最初に自殺した岡部真澄って子、パソコン部の部長と付き合っていたみたいだよ』

 

 坂本真一『裁縫部の生徒だよな? 俺も聞いたことあるよ。結構仲良かったらしい』

 

 立花『その裁縫部の子が死んだのって部長のせい?』

 

 坂本『うーん、違うと思うよ。部長も悲しんでいたようだし』

 それは、クラス委員長の坂本真一と立花優衣の会話だった。二人は、二年四組において、俊孝の次に成績の良い生徒だ。俊孝と違う点は、二人共コミュニケーション能力が高く、人望も厚いというものである。特に坂本は、クラス委員長を任せられるほど、責任感もある優等生タイプだ。

 

 二人の会話が印字された紙を読み終えると、俊孝は首を捻る。二人が指している人物は、南条のことで間違いがないだろうが、岡部真澄と付き合っているという話は、初耳だった。

 

 俊孝は、岡部真澄が自殺した時の南条の様子を思い出す。特段、変わった様子はなかった。部活にも普通にきていたし、悲しんでいるようにも見えなかった。葬式には行ったのだろうか? 行っていれば、濃厚だが。

 

 俊孝は、聡史に質問をする。

 

 「お前は南条と岡部が付き合っているという話を知らなかったんだよな?」

 

 聡史は頷く。

 

 「ああ。初耳だ」

 

 顔の広い聡史が知らないのであれば、これもごく一部で流れている噂に過ぎないのかもしれない。しかし、確証は得たかった。

 

 カウンセラーの入谷からリークされた情報が、フラッシュバックのように、脳裏に蘇る。偶然なのか、南条へ繋がる情報がいくつか出てきた。どうやら、腹を括って、話を聞きに行くしかないのだろう。

 

 

 次の日の放課後、俊孝は情報処理部へ赴いた。久しぶりの部活動であり、さぞや南条はお冠のことだろうと思う。『事情聴取』しなければならない点を抜いても、南条からの叱責は免れないはずだ。やたらと気が重い。

 

 俊孝は、情報処理部の扉に手を伸ばし、開ける。とっくに部活動は始まっている時間なので、すでに扉は解錠されていた。

 

 俊孝が中へ入ると、南条と西野の視線が同時に注がれ、俊孝は僅かに怯む。心なしか、二人の向ける視線が、部外者を見るような無機質なものに変わっている気がした。

 

 俊孝は、「お疲れ様です」と小さく呟き、自分の席に着く。電源を入れる頃には、すでに南条の咎める声が部室内に響き渡っていた。

 

 「ねえ、天海君。どうして最近部活に来なかったの?」

 

 南条は生徒を叱る教師のように、キツイ口調でそう言う。西野はただ黙って、作業を続けていた。

 

 「……体調が悪かったんです」

 

 俊孝は嘘をつく。

 

 「そうだったら、連絡くらいしようよ。こっちは君が来るのを待っているんだからさ」

 

 待っているって、何をだろう。共同作業なんて一度もやったことがない上に、普段、ろくに口もきかないじゃないか。

 

 「すみません。次からはそうします」

 

 俊孝は、心情を押し殺し、素直に謝る。こんな陳腐な咎など気に留める必要などない。今日この後、こいつと大一番があるかもしれないのだ。

 

 作業を開始してからも、南条はお局様のように、グチグチと文句を垂れていたが、やがては収まり、自身のパソコンへと向き直る。

 

 俊孝は、作業を続けながら、南条の様子を伺った。南条は、眉間に皺を寄せ、キーボードを叩いている。俊孝のせいで不機嫌そうではあるが、それはいつも通りといえばいつも通りだった。

 

 そのような状態で時間が過ぎ、やがてチャイムが鳴った。

 

 俊孝は、いつもなら部活終了と同時に退出するのだが、今日は居残るつもりだった。二人が訝しげな顔でこちらを見るが、気にしないことにする。

 

 しばらく経つと、西野が席を立ち、挨拶を行ってから部室を出て行った。

 

 一気に静まり返った部室に、キーボードの音のみが響く。俊孝は、いつ南条に切り出そうかタイミングを見計らっていた。

 

 そんな中、俊孝は、ふと疑問に思う。自分は南条よりも先に帰ってばかりなので、知る由もないのだが、こいつは一体いつまで残っているんだろうと。もしかすると閉門ギリギリまでじゃないだろうな。それまでずっと作業を続けているのか。

 

 さらに時間が経ち、閉門の時間が近付く。あまり引き伸ばすのも都合が悪いので、思い切って動くことにした。もう準備もできているはずだ。

 

 俊孝は、手を止め、南条の方を向いた。

 

 「部長。ちょっといいですか? 話があるんです」

 

 南条はキーボードを打つ手を止めず、顔の方向も画面に固定したまま、片方の眉だけを上げる。

 

 「何?」

 

 「岡部真澄のことについて質問があるんですが……」

 

 南条は、キーボードを打つ手を止めた。そして、眼鏡の奥にある蛇のような目で、俊孝をジロリと睨む。

 

 「岡部真澄? 何のこと? どうして君がそんな質問を?」

 

 南条は、矢継ぎ早に、逆に質問を行う。

 

 「えっと、人から聞いたんです。岡部真澄って人と南条先輩が付き合ってたって」

 

 俊孝は、口ごもりながら答える。やはり、こいつは苦手だ。相対すると刑事と話しているような気分になる。こいつが部長になるまでは、そんなことはなかったのに。

 

 しかし、これは大切な局面だ。尻込みしている場合ではない。

 

 南条は、眼鏡を人差し指で上げ、居直った。本格的に話をしようという腹なのか。

 

 「君が誰からその話を聞いたか知らないけど、僕は岡部真澄っていう子のことはほとんど知らないんだ。したがって、付き合っていたなんてありえない。確か自殺した子だよね?」

 

 「そうです」

 

 「どうして、君がそんな子の質問を?」

 

 気が付くと、詰問するつもりが、される形になっていた。これではまずいと思う。情報を引き出すには、話の主導権《イニシアチブ》を握らないと。

 

 「気になることがあったからです。南条先輩、岡部真澄のことを知らないって、嘘ですよね?」

 

 俊孝がズバリ切り込むと、南条の瞼が、微かに痙攣する。ビンゴだったようだ。

 

 「何を根拠に?」

 

 「人形です。南条先輩の鞄に付けられた熊の人形。それって、岡部真澄からプレゼントされたものでしょう?」

 

 おかしいとは思っていた。およそファンシーな物が嫌いな堅物なのに、その人形だけは肌身離さず持っているのだ。当然、だからといってそれが根拠になったわけではない。

 

 昨日、あれから聡史と、聡史の家で再度集音された音声を洗ったのだ。そこで特筆するべき情報が出てきた。

 

 それは、岡部真澄が南条へ熊のぬいぐるみをプレゼントしたという話だった。これは、二年四組のクラスメイトである布施由紀《ふせ ゆき》の会話内容が出所である。彼女は、岡部真澄と同じ裁縫部であった。彼女が話した熊のぬいぐるみの特徴とも一致している。そこから推察し、鎌をかけてみることにしたのだ。

 

 「違うよ。これは僕が店で買ったものだ。人から貰った物じゃない」

 

 「そうですか。なら、ちょっと人形見せて貰ってもいいですか?」

 

 俊孝がそう言うと、南条の顔が紅潮したのがわかった。明らかに、動揺しているようだ。おそらくだが、イニシャルか何か刺繍されているのだろう。

 

 南条は唾を飛ばしながら、激昂を始める。

 

 「さっきから何なんだ君は? どうして僕が君の質問に答えなければならない? 何の目的があって質問を? 気になることって一体何だ?」

 

 南条は一気にまくし立てた。これでは、何か腹に一物抱えていると白状しているようなものだ。まさか本当に、こいつが犯人なのか。

 

 少しだけ沈黙が流れる。夕闇に覆われつつある黄昏時の校庭が、窓の外に広がっている。海の中のような静かな雰囲気。しかし、その光景に反比例して、部室の中は、張り詰めた空気に包まれていた。

 

 俊孝は、南条の質問には答えず、さらに質問を重ねた。

 

 「南条先輩、あなたは僕のパソコンからデータを盗みましたね」

 

 南条の紅潮した顔が、一転して、青ざめる。前から知ってはいたが、顔に出やすい人間だ。

 

 「知らないよ。そんなこと」

 

 「なら先輩のスマホを見せてください。何もなかったら、疑うのを止めます」

 

 「付き合ってられん」

 

 南条は唐突に立ち上がると、鞄を持って、部室を出ようとする。俊孝は押し留めようと考えたが、向こうの方が体格はいいので、押し切られるだろう。

 

 どうしようかと逡巡した矢先、部室の扉が勢いよく開いた。そこから聡史が姿を現す。手には、トランシーバーに似た盗聴器の受信機を持っている。

 

 ナイスタイミングだ。俊孝は、ホッとした。聡史を部室の近くに待機させ、俊孝のポケットに入れた盗聴器の音声を拾わせていたのだ。

 

 「こいつが犯人か」

 

 聡史は、睨みつけるように、南条を見やる。

 

 敵の増援がきたことで、南条は、目を丸くした。血の気が引いているようだ。

 

 「何なんだ君達は」

 

 泡を食ったように、南条はしどろもどろになる。

 

 「落ち着いてください。話を聞きたいだけです」

 

 南条にそう言った後、俊孝の側までやってきた聡史に声をかける。

 

 「いいタイミングだったよ聡史」

 

 「ああ、いつでも出て行けるよう音声を聞いてたからな。ポケットの中に入れていたせいか、雑音で聞き取りづらかったけど」

 

 そして、再度、硬直している南条に視線を向けた。

 

 「で、こいつをどうする? やるか?」

 

 「待って。まだ一番大事な質問をしていない」

 

 俊孝は、南条に向かって、言う。

 

 「南条先輩、単刀直入に聞きます。あなたは、僕のクラスメイトの桝本純佳を自殺に見せかけて、殺しましたね?」

 

 その問いに、てっきり動揺を激しくするかと思ったが、違った。南条は、少しだけハッとした表情を浮べた後、薄く笑ったのだ。

 

 「なるほど。そういうことか」

 

 南条の薄い顔に表れた不敵な笑みに、今度は俊孝が動揺する番だった。やはり、南条に当たりをつけたのは、正解だったか。しかし、様子がおかしい。

 

 南条は、冷たく暗い声で言った。

 

 「この学校の連続自殺、やはり君達が原因だったわけだ」

 

 俊孝の中に衝撃が走る。隣にいる聡史も同様だったようだ。

 

 「マジかよ。こいつ」

 

 今の発言で、南条が確実にクロだと証明された。しかも、こちらに対する核心も突いている。間違いない。こいつが純佳を殺した犯人だ。

 

 「どうして純佳を殺したんだ!?」

 

 俊孝は、思わず、南条に掴みかかっていた。だが、身長と体格の差から、あっさりといなされてしまう。足払いをかけられ、俊孝は、床へと倒れ込んだ。腹を強かに打ち、小さくうめき声を上げる。

 

 「俊孝! てめえこの野郎!」

 

 今度は、聡史が飛びかかろうとした。そこで、南条が嘲笑しながら言う。

 

 「純佳? そんな子は知らないね。僕は殺していない。君達のうちのどちらかが犯人じゃないのか?」

 

 頭上からそう聞こえた。俊孝の中で、メラメラと怒りの炎が燃え上がる。この期に及んで、何をしらばっくれやがる。

 

 俊孝は、再度南条に突っ込もうと立ち上がりかけた。すると、人がもみ合う音がした。聡史と南条が取っ組み合っているのだ。

 

 俊孝を難なくマットに沈めた南条だったが、聡史相手にはそうは行かなかったようだ。何せ、聡史は南条を越える長身に、普段バスケ部で鍛えている肉体がある。いくら年上で、タッパがあるとはいえ、文化部のオタクに勝つ要素は存在しなかった。

 

 南条はすぐに、腕をねじ上げられ、パソコンが載った机に押し付けられる。南条は、食いしばりながら呻き声を漏らす。

 

 「答えろよ。南条。なぜ、純佳を殺したんだ?」

 

 俊孝は立ち上がり、腹をさすりながら南条へ詰問する。だが、南条は全く戦意を喪失していなかった。ねじ伏せられ、すでに雌雄は決したというのに。

 

 「僕じゃないとさっき言ったばかりだろ。そんなことより、君らこそどうしてあんな真似をしたんだ? 常軌を逸しているぞ」

 

 南条の目は、猛獣のような獰猛な目付きに変わっていた。その奥に、なぜだが怒りが渦巻いていることが、はっきりと見て取れた。

 

 「お前に言う必要はない。それよりも、さっさと質問に答えろ」

 

 聡史が、南条を机へ押し付けたまま、厳しく言い放つ。

 

 「そうか。だったら僕の答えも同じだ。『君らに言う必要はない』」

 

 南条は鋭く言葉を発した。刃のような殺意があるような気がした。

 

 俊孝は、未だ負けん気の南条を睨みつける。純佳を殺した分際で、開き直っているのだ。こいつは。許せない。

 

 「もういいだろ。いい加減離してくれないか? そろそろ教師の見回りがやってくるぞ」

 

 そう言って、南条は、体を揺らし、聡史の手から逃れようとする。

 

 それを阻止しようと、聡史は押さえ込む。再び悶着が始まった。今度は激しい。

 

 しばらく聡史と南条は揉み合った。二人共、俊孝の方には目もくれていなかった。

 

 無意識だった。俊孝は、側にあったパソコンの筐体に接続されていたLANケーブルを引き抜くと、それを無防備であった南条の首にかけた。

 

 そして、強く引く。南条は、カエルを踏み潰した時のような呻き声を上げた。それまで南条を押さえつけていた聡史が、驚いたように、後ろへ飛びのいた。

 

 俊孝の頭の中は、空白だった。南条に背中を向ける格好になると、背負い投げの要領で、LANケーブルを引っ張る。背後で、南条が苦しそうにもがくのがわかった。

 

 いくら身長差があろうと、こうなってしまっては、相手はどうすることもできない。南条の首に巻きついたLANケーブルは、緩まることなく、命がなくなるまで、食い込み続けるはずだ。

 

 南条は性懲りもなく、もがき続けた。それは、生きたまま抵抗する吊り下げられた鹿を思わせた。

 

 そして、ついには糸が切れたように動かなくなる。俊孝は、石のように硬直している指を、LANケーブルから、一本一本指を引き剥がした。あまりにも強く握り締めていたので、手の平全体が白くなっている。

 

 支えがなくなった南条の体は、土嚢の如く、床へと落ちた。肉がぶつかる嫌な音がする。

 

 俊孝は、倒れ込んでいる南条を見下ろす。目はカッと見開き、舌が蛇のように突き出ている。ドラマや映画などで、絞殺体の表現があるが、あんな生易しい外観ではなかった。あれは練炭自殺などの綺麗な死に方をした時のものだ。本物の絞殺体は、極めておぞましかった。

 

 しかし、それを行ったのが自分であることに、何の実感も湧かなかった。頭にあるのは、純佳の敵を討った達成感のみ。間接的にとはいえ、人を死に追いやり続けたため、殺人に対する垣根が壊れてしまっているのかもしれない。

 

 「俊孝」

 

 聡史は、唖然とした表情で、南条の死体と、こちらの顔を交互に見ている。俊孝は、一体、自分は今、どんな表情を浮べているんだろうと、的外れな疑問を抱えた。

 

 

 その後、二人は南条の死体を処理することに着手した。南条を絞殺するのに使ったLANケーブルを利用し、天井の梁を利用して、自殺したように見せかけた。遺書は、南条のパソコンのメモ帳に指紋を付けないよう注意しながら打ち込んだ。

 

 それから、争った形跡を消し、部室を後にする。幸いにも、教師の見回りがやってくる前に全てを終わらせることに成功していた。

 

 学校の玄関で聡史と別れ、帰路に着く。ぼんやりと、宙を待っているような気分で電車に揺られる。家に帰ってからも、自分が殺人を犯したという実感に乏しかった。

 

 夕食を済ませ『Sky Face』へログインする。そこで、いつものように、聡史とプレイを行う。殺人と偽装を行ったにも関わらず、お互い呑気なものだと思う。これも、恒常性バイアスというものなのだろうか。

 

 聡史とネットゲームに興じている最中、俊孝は、ずっと純佳と共に購入したお守りを手に握り締めていた。頭の中では『断頭台への行進』が鳴り響いている。青年が、断頭台へと連れられていく、あのシーンだ。青年の死を望む観衆の嘲笑が、いつもまでも聞こえていた。

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