Youkaiの目的はヴェスポ。
そう予測を付けたリン一行は、澄輝坪へと向かっていた。
『Youkaiトヴェスポハデキテタノカアッ』
「デキ……? 出来るって何?」
「コラッ、トダー! アイドルの前でそんな言葉使わないでよ。一市民としては即通報することもできるんだよ」
『謝罪スルヤンケ。マダ灘ノ連中ノモンキー・インプリンティングガ抜ケキッテナイヤンケ』
「大丈夫なのそれ?」
雑談をしながら進んでいると、ちょうどボンプ便の横あたりの広場で、ヴェスポとマネージャーである棠花が見えてきた。二人は何やら話し合いをしているようだが、ヴェスポよりも棠花の方が緊張している。
そんな一大イベントを前に忙しそうな二人へ、臆することなくアリアは声をかけた。
「ヴェスポお姉ちゃん!」
「アリア? どうしてここに。それに治安官さんも」
『トダーハ今日ハ非番ヤンケ。細カイコトハ気ニスルナ』
ヴェスポは、その機械的ながらも感情豊かな瞳を丸くさせていた。実際、アリアがここへ来るのは予想外だったのだろう。
アリアがヴェスポの体調を心配するものの、ヴェスポはYoukaiによって操られているような様子はなく……むしろ至って普通だった。
「ヴェスポさんは大丈夫……?」
『受ケ答エニモオカシイ所ハナイヤンケ』
「んでも、Youkaiにとってヴェスポさんはこれ以上ないくらい格好のターゲットだし、リハの時もジェーンさんが怪しんでたし……」
『疑ワシキハ罰セズ……コノ場合ナラ、トダーガ狂ッタ演技デモシテシバキ上ゲタッテモイイヤンケ? 罪ハYoukaiニ擦リ付ケルヤンケシバクヤンケ』
「それはダメでしょ。Youkaiの思うツボだよ」
その時だった、リンの携帯に電話がかかってきたのは。相手はアキラのようだ。
「もしもしお兄ちゃん。どうしたの?」
『リ……リンくん、き……気をつけろ』
「えっ、誰?」
『Youkaiのハッキング能力には私の形意拳がまるで通用しなかった……』
「誰?」
『監視カメラを確認した結果、Youkaiとヴェスポが共犯だということしか分からなかった……』
「誰なの?」
『しかもヴェスポは裏垢(裏アカウント)でYoukaiっぽい感じで荒らしをしていた……』
「ねぇ、誰なの?」
『アキラくんとFairyにもよろしく伝えておいてくれ……』
電話はそこで切れた。
「誰?」
『分カラナイヤンケ。デモ敵デハナサソウヤンケ』
「でももしその二人が共犯だったら辻褄が合うところはあるやんけ。アリアとヴェスポさんがハグした時、アリアが負荷が消えたって言ってたし……あの負荷ってYoukaiのことだったんじゃない?」
『容量ノ無駄ッテコトヤンケ』
結局電話の主は誰か分からなかったが、Youkaiとヴェスポは共犯であることが判明した。
そして、二人の側にはいつの間にかアリアとヴェスポがいた。電話と、二人の会話を聞いていたのである。
「ヴェスポお姉ちゃん……店長さんと知らない人が言ってたのは本当なの?」
「……人間ごときに私の計画がバレるとは……いえ、さっきのは誰? ともかくこんな形でバレるとは思わなかったわ」
ヴェスポは不敵に笑っている。
しかし、先ほどの電話の主を快く思っていないようだ。
「アリアってさ、ホント変わってるよね」
「私が、変わってる?」
「ええ。せっかく知能構造体なのに、人間の姿を投影しちゃってる……戦闘の才能があるのに、無理やり“ステージ”に立つことにこだわり続けててる……その点、トダーは立派ね」
『ナニッ』
「自分が機械であると割り切って、治安官としての仕事を全うしてる……けど“自由”が無いのが残念ね」
「“自由”……?」
『機械ニソンナモノアルワケナイヤンケシバクヤンケ。ソレトモオ前ハ自由ガ欲シイヤンケ?』
一行は、なんとなくヴェスポの目的が分かってきたような気がした。
なぜ、彼女がYoukaiの手を取って闇堕ちしたのかも。
「そうよ、私はいつだって自由になりたかった……私はただの機械じゃない、禁断の果実テストをパスした、機械人なのよ。でも、TOPS芸能部門はその事実をひた隠しにする……それは、私が“新エリー都におけるエンタメ産業の多様な発展”を象徴する“モノ”でしかないから!」
『人権侵害ヤンケシバクヤンケ。ソレナラトダーモ
ヴォスポは自身の扱いに不満を抱いていた。
自分は機械ではなく機械人だ。しかし、暗黒メガコーポの集合体であるTOPSはその事実を隠している。なぜなら、そっちの方が色々と都合が良いからだ。
「それはあなた自身の“言葉”かしら、それとも単なる録音の“再生”? あるいはただの定型文に過ぎないのかも」
『再生? トダーハ自己判断デ喋ッテルヤンケ』
「そう? なら良かったわね……思考を放棄し、パッケージングされたライブを死人のようにこなし続け、プログラミングされた“歌”を“再生”するだけの私と違って」
「なんてこと言うのヴェスポお姉ちゃん! お姉ちゃんのは再生なんかじゃない! 歌ってるんだから!」
心のないトダーにも分かる。今のヴェスポは卑屈になっている。いや、常日頃の積み重なりが発露しているというべきだろうか。
怒っている、ヴェスポは扱いを不満に思っている。
「歌う、ね……何故、私が点灯式に呼ばれたか知っているかしら?」
『ソノ実力ガアルッテコトヤンケシバクヤンケ』
「ええ、その通りよ……黄金の日の舞台へ上がることを拒んだ、セルシーの“予備”として……声帯パラメータを調整し、彼女の歌声に似せられるこの私が選ばれた!」
「“ヴェスポお姉ちゃん”が“予備”!?」
「そう、私はTOPSのスピーカー……
『オ前ガスピーカーヤンケ……? 世ノ中ニハモット悲惨ナスピーカーガアルヤンケ、オ前ハマダチャンスガアルヤンケシバクヤンケ。少ナクトモ回路ヤ論理コアマデハ侵蝕サレテナイヤンケ』
TOPSに絶望し、Youkaiの手を取ったヴェスポだが、マネモブの魔の手にかかり語録スピーカーと化した某サクリファイスと比べればまだチャンスに満ちた人生を送っている。
「ふん、侵蝕なんかされてたらそれこそ廃棄よ。私の一挙手一投足は常にマネージャーに監視され……TOPSの意に沿わなければ即座に処分される」
「そんなことさせない! ここにいるトダーさんは治安官だし、それでもダメならTOPSの監督部門に訴えようよ! ヴェスポお姉ちゃんは新エリー都の市民なんでしょ? そんな扱い絶対おかしいよ!」
『証拠サエアレバ即座ニ担当ノ職員ヲ検挙スルヤンケ。二度ト日ノ目ハ見ラレナイヤンケ、カンコウ送リヤンケシバクヤンケ』
これからまさに凶行を働こうとするヴェスポだが、二人はそんな彼女を責めることはなかった。
人権を無視してまでビジネスを優先するTOPSに怒っている。
「そう……あなた達はそう思ってくれてるのね。でも、先にYoukaiが新しい選択肢をくれた」
ヴェスポの目が妖怪めいて怪しく光る。
これは、Youkaiが彼女に乗り移っているのに他ならない確たる証拠だ。
そんなヴェスポは、今から始まる戦闘を前に、笑みを浮かべた。
「ほら、肉でできた生命体って“諦めない”歌が好きでしょ? だから“自分の意思”を諦めない機械仕掛けの命が、どこまでやれるのかを教えてあげる!」
アリアとヴェスポが向かい合った。いよいよ戦いが始まる。
『アリア、ヤッテヤルヤンケ』
「トダーさん、ありがとう!」
トダーの激励を受けるアリア。
「……」
アリアは無言で手を差し出し、ヴェスポもそれに応じる。
ガ シ ッ
「!」
アリアはアイドルなので、大学生の如く殴りかかることはしない。
しかし、和田アキ夫、村中の右ヒジに勝るとも劣らない劇的な変化が起きた。
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握手をした瞬間、アリアの周囲の景色が変わる。
瞬く間に周りの人物や建物はポリゴンへと分解され、熱狂的な大歓声が鳴り響く豪華絢爛たる会場へなり果てた。
『ようこそ……』
ヴェスポの、恍惚とした声が響く。
ここはYoukaiの演算能力によって作り出された偽りのライブステージ、悲劇の機械を慰める欺瞞に満ちた揺り籠である。
『私のステージへ』
まるでギターのようにも見える巨大な矛。
デザイナーによって計算され尽くした外見は、かつての美麗さをそのままに戦闘へと特化された。
大衆の考えるヴェスポのイメージとは何もかも違う……プリマ・イコノクラスト・ヴェスポが、歓声を受けながらステージへと上がった。
「ヴェスポお姉ちゃん……!」
戦いへの決意を胸にするアリアの側に、三人の影が現れた。
一人は親友にして妄想エンジェルの作詞家、千夏。
一人は暴走した自分を止めたネズミのシリオン、ジェーン。
一人は無骨に過ぎるデザインのロボット、トダー。
ここに現れた彼らは電子の幻影に過ぎないが、その実力は現実世界と何ら変わりはしない頼もしい仲間だ。
そんな強者たちを前にしたヴェスポは、なおも酔ったように恍惚と笑い、攻撃をしかけた。
『新しい姿……これが“自由”なのね……!』
歌手としてのヴェスポからは考えられないほど熾烈で、凶悪な攻撃の数々。
矛による重々しい斬撃、斬撃を飛ばす遠隔攻撃、アクロバティックにステージを動き回るその姿は、武闘であり舞踏でもある。
斬撃をトダーが体当たりじみた動きで食い止め、ジェーンがトダーを踏み台に急襲する。
わずかに動きが止まると、今度は千夏のハンマーが容赦なくヴェスポを打ち付けた。しかし、ヴェスポは堪えていないようで、美しい動きで暴れ回る。
アリアは、狂気に満ちたヴェスポの攻撃をエネルギー・ブレードによって防ぎ、逸らす。
巨大な武器を片腕で逸らす技術、そして出力。
技量面ではヴェスポが全く敵わない、純戦闘用の機械人との差が見られた。
「ヴェスポお姉ちゃん目を覚まして! こんなの“自由”じゃない!」
アリアの悲痛な叫びは、しかし届かない。
ヴェスポが振り回す武器がアリアへと迫ったが、トダーがその武器へと三倍以上に伸縮する腕を当て、軌道を逸らす。
だが、ヴェスポは武器を逸らされた反動を逆利用し、回転をつけた斬撃を放つ。
それをもろに受けたトダーは、伸びた腕が斬り飛ばされる。
断面からは激しいスパークと、まるで苦痛にのたうつコードが見えた。
「トダーさん!」
『身の程を知りなよ』
Youkaiの冷笑が響き渡る。
ヴェスポをおかしくした元凶だ。愉快犯であり、計画性もあり、IQの高い犯罪者のような電子頭脳。
それが、彼女達の戦いを見ながら嘲りを浮かべている。
『このステージは……私のもの……』
まるで自分に言い聞かせるような、しかし今の状況に酔っているような声。
その間にも、斬撃の嵐が止むことはない。トダーは片腕を失ったが、なおも身一つで攻撃を食い止め、三人のチャンスを作り続けている。
ジェーンの無骨なカランビットナイフが美しい装甲を無慈悲に切り裂き、千夏のハンマーは情け容赦なくヴェスポの顔面を殴った。
『みんな……!』
「!」
観客席の熱狂が、さらに異常な盛り上がりを見せる。
その直後、ヴェスポが力を溜めるような動きを見せる。隙だらけな硬直だったが、それも一瞬で終わり――
「ヴェ、ヴェスポお姉ちゃん!?」
巨大なヴェスポの幻影が現れる。
いや、あれすらも実体を持っているのかもしれない。ここはヴェスポのステージであり、Youkaiの独壇場なのだから。
「くっ……!」
巨大ではない……今までのヴェスポから、重苦しく、やけに弾きにくい攻撃が繰り出される。
それをなんとかパリィしたアリアだったが、今度は巨大な幻影が動き出す。
「トダーさん! ジェーンさん!」
すぐさま迫りくる二撃目をトダーが防ぎ切り、その間を縫うような三撃目をジェーンが弾き返した。
そして幻影による四撃目……彼女らのパリィによるわずかな硬直の隙を狙ったいやらしい攻撃を、千夏がアリアを庇うようにハンマーで打ち返した。
『アリアちゃん! あとちょっと頑張ってや!』
「千夏ちゃん……うん!」
果たしてそれは、ここにいる電子の幻影の声だったのか、現実世界から響く声援だったのかは分からない。
しかし、その激励はアリアに確かな力を与えた。
「はぁっ!」
巨大な幻影と、ヴェスポの同時攻撃。
しかし、アリアはこれを全て見切り、完全に防ぎ切った。
地鳴りのような歓声と、激しいSEがステージを揺らす。
「ヴェスポお姉ちゃん!」
『まだ……! くっ……!』
美しさが見る影もなくボロボロの状態ながら、なおもヴェスポは武器を振るう。
しかし、その武器でさえ、横から伸びた細い触手……切断されたトダーの腕から伸びる無数のコードによって絡め取られ、ヴェスポの手を離れた。
「もう終わりにしよ!」
『いいや、まだだね!』
ヴェスポから、若い男の声が響く。
Youkaiが、彼女を乗っ取ったのだ。
「Youkai……!」
『やってくれたなぁお前ェ!』
不規則的な動きで、Youkaiがアリアへと迫りくる。ヴェスポの身体の主導権は、もはや彼女にはない。
今、ヴェスポを動かしているのはYoukai。そんな彼は、無手にても使えるある技を繰り出した。
『喰らえ、この僕を散々苦しめやがったクソ技を!!』
ヴェスポの細い手が握られ、拳を作る。
Youkaiは、かつてロックスプリングの中にいた頃、意図せずある技を受けてしまった。
野蛮を超えた野蛮なゴリラ・ボンプによって打ち込まれたそれにより、しばらくの間ではあるが、彼は苦痛に苛まれた。
ようやく解析が終了し、苦痛も収まってきた。Youkaiはこの技を学習し、アリアを苦しませようとしたのだ。
『“幻魔拳”!!』
完全なデータもなく、誰に教わったでもなく、受けただけでこの技を使えると言うのは、凄まじい学習能力としか言えない。
防御を無視した、ヴェスポの細腕でさえ相手を地獄に叩き落とす技がアリアへ迫る――
「……」
『なにっ』
しかし、アリアはあえて構えなかった。
エネルギー・ブレードを落とし、目を閉じる。幻魔を受け入れるような体勢だ。
『なめてんのか、あーっ』
その様子に激昂したYoukaiの拳が、アリアの目と鼻の先へ迫った。
当たるまで、後コンマ数秒……その時、ようやくアリアが動いた。
「“
『なにっ――う あ あ あ あ』
幻魔邀撃拳。それは、幻魔を邀撃する拳である。
Youkaiは全く予測していなかったカウンターをもろに受け、再び幻魔の地獄に叩き落とされた。
しかもこれは、ゴリラ・ボンプのような正当な幻魔ではなく、付け焼刃と言っていいほど短期間でトダーに教わった幻魔邀撃拳の幻魔である。
不完全な幻魔は、また解析に時間がかかってしまう。
つまるところ、Youkaiは再び苦しむことになってしまったのだ。
「ありがとう、トダーさん」
トダーは幻魔邀撃拳を灘・真・神影流に教わった後、さらにアリアに幻魔邀撃拳を教える権利をもらっていた。
それ以外の人物に教えてはいけないことになっているものの、アリアやトダーにとっては十分だった。
「うぅ……」
「ヴェスポお姉ちゃん、大丈夫?」
「も、問題ないわ……全部のダメージはYoukaiが受け取ってくれたみたい。ただ、身体が勝手に動かされてびっくりしてるだけよ」
こうして、ヴェスポのステージ、そしてYoukaiによる事件は幕を閉じた。
ヴェスポは黒枝と治安局上層部から恩赦を受け、アリア達はそれぞれのステージでライブを迎える。
パエトーン達は、大切な友人達と黄金の日を過ごす。
皆は黄金の日を楽しみ、メインイベントを迎えたのだった。
新エリー都は今日も平和である。
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かつて、瞬光と始まりの主が激戦を繰り広げたあの広場にて、二人の人物が話していた。
「ヴェリナ、周辺はノルムーが念入りに調べたのだ。この金属らしき残留物は、間違いなく“フリンツ合金”なのだ」
ヴェリナと、ノルムーという二人の女性。
彼女達は、始まりの主の器であるフリンツ合金なるものについて話しているようだ。
「――ただ、始まりの主の器がブッ壊されたにしては、破片の量が少ないのだ。もっと破片があってもおかしくないのだ」
「壊れた時に、溶けたのではなくて?」
「いや、それっぽい跡はあるのだ。でも明らかに量が……ん?」
ノルムーが、何かの気配に気づく。
こんなホロウのさらに奥深くに来る者など限られている。
その正体は……
『へへへ金だあ』
『ネコババはよくないでしょう』
『ボケ――ッ』『ペラ(私語)まわしてんじゃねえ―――ッ』
四人の、全く同一のシルエット。
まるでマネキンのような頭部のエーテリアス……マネモブだ。
マネモブと分身達が、フリンツ合金をせっせと回収している。
「えっ」
『なにっ』
『な…なんだあっ』
ヴェリナは優雅な動作を崩さず固まり、ノルムーは困惑の声を上げた。
「お、お前達なにをやってるのだ……」
『何って』
『見ての通りレイプしてるんやん』
「その行為はエーテリアス基準だとレイプになるのだ?」
『何を言うとるんじゃあっ』
『龍星ッ』『言葉が過ぎるぞッ』
「え、レイプ魔あつかいは嫌なのだ? なら何でレイプしてるとか言ったのだ……」
何かに利用、あるいは愚弄する目的で始まりの主の器を回収することは、始まりの主にとってはある意味レイプに等しいかもしれない。
「……」
『…』
両者はしばらく見合う。
そして……
『ガルシアは回収した』『撤収だ』
『撤収だ』『撤収しろッ』
マネモブ達は逃げ去った。
あとに残されたのは、困惑するヴェリナと、ノルムー。
「何だったのだ……」
「さあ……でも一つ分かることは、厄介ごとが増えたってことね」
◇マネモブの目的は……!?
「○○なのだ」口調のキャラに弱いのは…俺なんだ!