「ここが噂のラーメン屋ね……」
一人の優雅な女性が、“ラーメン・ジョー”と書かれた看板を見上げている。
ロスカリファ外務計策局局長、ヴェリナ・エガードは、ロスカリファにおいて明らかに出店許可を取っていない謎のラーメン屋に来ていた。
名門エガード家の出身にして局長という立場の彼女が、なぜこのような似つかわしくないラーメン屋にやってきたのか。それにはとある理由があった。
噂となるラーメン屋を見つけようと、多くの局員達が探したものの、まるで霞のように見つからなかったのだ。
そして局長たるヴェリナが町を歩いていると、偶然にも目の前にラーメン屋が現れたのであった。
(まるで幽霊の如し……正直言って、こんな怪しい場所に乗り込むのは得策ではないわね)
扇子で口元を隠しながら思案する。
ヴェリナのような立場の人間になにかあっては非常に不味い。
だが、今まで手がかりが噂以外に見つからなかったのも事実。
(しかし、虎穴に入らずんば虎子を得ずとも言うわ)
ヴェリナは部下に連絡した後、ラーメン屋に入ることを決意した。
エガード家の人間がラーメン屋如きに尻込みをしている事実にプライドを逆なでされたというのもある。
彼女は、意を決してラーメン屋へと足を踏み入れた。
「……!」
内部は思いのほか繁盛している。
中には、明らかにロスカリファの住民ではない者も散見される始末である。
しかし内装は丁寧に掃除が行き届いており、不潔な印象を一切抱かせない、貴族であるヴェリナも唸らせるほどのものだった。
「来月も生活費切り詰めるしかないわ」
「流石に課金しすぎだろ……」
「出さなきゃゴミだよ」
客席の一画で話している三人。
一人は真っ白で人外じみているがロスカリファにもギリいそうな美少女。残る二人は山頂=天空に近いところを目指す登山家であるため、何もおかしいところはなかった。
「いらっしゃい」
どこからどう見てもラーメン屋でしかない、天空都市ロスカリファにおいても『この男はラーメン屋である』と無条件に認識させられる格好の店員。
他に店員はおらず、この男が店員兼店長であることが嫌でも理解できる。
「ご注文は? ……なんて聞ける雰囲気じゃないな。営業許可証を確認しにきたんだろう?」
「話が早いわね。その通りよ」
店長はヴェリナの正体を一目で見抜いたのか、目的すら当ててしまった。
しかしヴェリナにはさしたる動揺もなく、店長の出方を伺っている。
だが、店長の答えは衝撃のものだった。
「残念だが営業許可証は……ない」
「あらあら」
ヴェリナが微笑んだ、いよいよ魔女が本気になる。
「ないが、もちろん理由はある」
「お聞かせ願えるかしら?」
「ああ……単刀直入に言おう。この店とロスカリファがシンギュラ・リークを通して繋がっている」
「えっ」
そう、このラーメン屋“ラーメン・ジョー”はロスカリファに出店する気など全くなかった。
しかし、店がシンギュラ・リークに巻き込まれた影響でロスカリファにも接続してしまい、やむを得ず営業している状態だったのだ。
「完全な事故というわけね」
「信じてもらえないだろうが、調べればすぐに分かることだ」
権謀術数を生き抜いてきたヴェリナは、店長が嘘をついておらず、悪意もないことを見抜いていた。
事実、後にノルムーによる調査の上で、シンギュラ・リークと店の関係が判明している。
「詳しい調査は後程……それで、お店で注文をしないというのも失礼なものね?」
「!」
確認は終わったので、ヴェリナは注文をすることにした。
それに対し店長は、わずかな驚きの表情を浮かべた後、意図を察したようにニヤリと笑みを浮かべる。
「ご注文ありがとうございます……俺の見立てではあんた、風使いだな?」
「あら、分かるのかしら?」
「風を使う流派を知っているんでね」
その流派というのは、灘系列の中でも抜きんでてオカルト技が多い覇生流である。
「ならオススメはこの新開発“風属性ラーメン”だ」
「“風属性”の“ラーメン”!?」
「ああ。流石に名前はまだ仮のものだが、味はキレてるぜ。他のラーメンのように熱くはないが、暑い今の季節にはもってこいだ」
「!!」
ヴェリナは猫舌である。
それを笑ったボンプは極楽地獄部屋に連行されたが、熱くないラーメンなら彼女も食べられる。
「ではそれを――」
「はいよ」
「!?」
「うちは速い、安い、美味いでやらせてもらってるんでね」
ゴトッと置かれたのは、ラーメン。
しかし、湯気が立ち上ることは無く、扇風機のごとく謎の風がヴェリナを吹きつけている。
匂いは、この店内においても分かるほどであるというのに、非常に繊細で穏やかなものだ。
「まぁ、美味しそうね」
「だが気をつけろ、こいつは風のように気まぐれで、早く食べないとどこかに飛んで行ってしまう」
「えっ」
そうしている間にも、ラーメンはふわりと浮かぶ。
ヴェリナは器を掴むと、ラーメンを口に運んだ。
「これは……!?」
体中を吹き抜ける、心地よい風だ。
一口食べた瞬間から、気持ちの良い風が身体の内外を満たしてくれる。麺、スープ、具材も非常にあっさりしており、盛り付けもこれ以上なく優雅。
ロスカリファにおいても大ウケ間違いなしのラーメンに、ヴェリナは舌を巻いた。
「まるで、大空を泳いでいるみたいね……」
「ロスカリファのように優雅で美麗……決めた。このラーメンは風属性ラーメン改め“ロスカリファ・ラーメン”だ」
こうして、ロスカリファ・ラーメンが誕生したのである。
ヴェリナは、必ずノルムーを連れて来ようと思った。
「紹介しよう、“ボンプ・ラーメン”だ」
『ンナンナ』
「う あ あ あ あ」
そしてノルムーはボンプ型のラーメンを目撃して気絶した。