高濃度猿侵蝕体“マネキン・モブ”   作:アースゴース

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犬は働けよ

 失踪したレインを探しに来た、ビリー、アンビー、猫又、そしてパエトーン。

 バレエ・ツインズのあまりの不気味さにビビりあがりながらも、探索を続けていた。

 だが、先ほどから感じる視線の原因、エーテリアスを倒して安心しているようだった。

 

 「さっきの視線だが……エーテリアスだったな!」

 

 ビリーが大げさな動きで、消滅するエーテリアスを示す。

 

 「ほんとにそう思ってる?」

 「店長! 次はどっち?」

 「ちょい待ち! どれどれ……」

 

 アンビーは懐疑的だったが、ビリーはあえて考えないようにしているのかもしれない。

 いや、戦闘特化の機械人であるビリーなら、別の原因がある可能性は考えているだろう。うまく猫を被っているのかもしれない。間抜けに見えるように、愚か者に見えるように。

 

 「うぅーん……」

 

 猫又も安心してきたのか、伸びと毛づくろいをしている。

 ホロウでは命取りとなるような油断だが、邪兎屋は凡百の相手にやられるような半端な実力者ではない。だが、現れた相手が同等の実力者であれば?

 猫又の背後に、赤い光が走る。

 

 「猫又!」

 「ん に ゃ あ あ あ あ」

 

 アンビーが、咄嗟に猫又を後ろに引っ張る。

 飛来物は猫又にギリギリ当たらず、地面へと突き刺さった。

 

 「よ、よかった……お鼻はまだついてる……」

 「このハサミは一体……!?」

 

 飛んできたのは、ハサミ。

 しかし、高枝切りバサミなど比べるべくもないほどに凶悪で巨大。間違いなく戦闘を目的として作られたものだろう。

 そして、階段から足音が響く。

 

 「誰!?」

 

 硬質で、ブーツを履いているような。しかし、金属を打ち鳴らすような足音。

 わずかにガチャガチャと機械音も聞こえる。完全装備か、ロボットなのか。アンビーは思考を止めず、警戒を続けた。

 やがて、暗闇の中からその正体が現れる。

 

 「お見事でした。さぞ容易い道中だったでしょうが……ここが終点です」

 

 白い体毛、洗練されたフォルム、優雅な立ち振る舞い、右目を覆う眼帯、メカ・フット。

 シリオンだ。執事のような瀟洒な雰囲気、氷のような冷たさを持ったシリオンが現れた。

 

 「オオカミ?」

 『犬…?』

 「ハァ……犬ではなくオオカミですが……ッ!?」

 

 いきなり、オオカミのシリオンが背後の虚空へ向かって蹴りを放つ。

 確かな冷気をまとったそれは、闇の中の何かへと命中する。

 

 『うがあ足が…足が…』

 

 シリオンは、うめき声を上げる相手に対して、何の手ごたえも感じていなかった。

 受け止められた、完全に防御された。そのことを確信していた。

 

 『……って、痛くもなんともありまっせーん』『これでも軍隊(アーミー)で格闘術の訓練を受けてるのよ。ローキックの防御くらい出来るのよ』

 「くっ!」

 『なにっ』

 

 受け止められたことを確信したシリオンは、足を引っかけるように相手を巻き込み、邪兎屋の方へ蹴り飛ばした。

 その蹴り飛ばされた物体は……

 

 『仔犬を川に投げ捨てたのは…俺なんだ!』

 『しゃあっ、マネモブ!』

 「投げられてるぞマネモブ!」

 「記憶のすり替えだよ、現実逃避するために記憶を作り変える」

 「マネモブに悲しき過去…」

 『ヴヘヘヘへ、どうもお久しぶりです。ゴアです』

 『ゴアではないでしょ』

 

 マネモブだ。

 たまたま用事でバレエ・ツインズへ来ていたマネモブは、邪兎屋を見かけたので驚かせようと隠れていたのだ。

 しかし、彼らが何かヤバそうな連中と対峙してるのを見て、助太刀に入ることにした。

 

 「マネモブ! 助けに来てくれたのか!?」

 『ご名答。よくわかったね』

 

 門弟のボンプ以外ではかなり出会う頻度の高い邪兎屋とパエトーンは、身振り手振りと言葉のニュアンスでマネモブが何をしようとしているのかを大体知ることができる。

 心強すぎる味方が現れたことに、邪兎屋は一気に安心した。

 

 「カリンは!? ……無事か。あなたは何者ですか?」

 『はじめまして拳獣リカルドです。龍星くんをブッ倒しに来ました』

 「ケンジュウ? リカルド? いえ……その奇妙な言葉遣い。あなたが噂の喋るエーテリアス、マネキン・モブですね」

 『ご名答。よくわかったね』

 

 マネモブとシリオンが睨み合う。

 マネキンのような能面と、荒々しくも精悍で美しいフォルムのシリオン。ビジュアル的にはマネモブは格下を超えた格下。日々を研鑽する仕事人と死人のように生きてるクズでは歴然の差がある。

 だが、強さに見た目も人生も関係ない。マネモブが構えると、シリオンも構える。

 

 オードソックスなストライカー・スタイルと、足技を主軸にした珍しい構えだ。

 

 『どういう負け方をしたい? 失神KOか? それともギブアップか?』

 「自分が必ず勝つという傲慢さには好感が持てますね。ですが私も負けるつもりはありません、地に伏すのはあなたです」

 『もう荼毘に付したよ…骨はある場所に置いてある』

 「これがいわゆる言葉狩りですか。その余裕がいつまで続きますかッ」

 『しゃあっ』

 

 蹴りが繰り出されたのは、ほとんど同時。

 高性能のメカ・フットと、エーテリアスとはいえ生身の脚が激突する。

 

 『“蹴るッ”というより“斬るッ”という感覚。人間の骨なんて一太刀で切断する“バルディッシュ”の斬撃』

 「私の機械脚甲を防ぐとは……武術の達人であるというのは本当のようですね」

 『電動アクチュエータと人工筋肉によるパワーアシスト型の“鋼の足”は数倍の威力がある』『見事やな…』

 「お褒めに預かり光栄です。ですがギアを上げていきますよ!」

 

 拮抗した状況から一瞬だけ足を離し、そのわずかな時間で神速の連続蹴りを放つ。

 しかし、マネモブはその全てを打ち払い、完全に防いで見せた。

 

 「食らいなさい!」

 

 だが、マネモブがわずかに後退した瞬間、シリオンのメカ・フットから冷気が放出される。

 それは周囲の大気を瞬く間に凍らせ、極寒の氷河期へ変える恐るべき冷却機構を備えたメカ・フットの力。

 

 「はぁっ!」

 

 冷気でブーストされたシリオンが、驚くべき速度でマネモブに迫る。

 並のエーテリアスどころか、タナトスやアーマーハティ、デュラハンといった強力なエーテリアスでさえひとたまりもない威力を秘めた狩人の一撃。

 当たればの話だが。

 

 『消えろ』

 「なにっ」

 

 マネモブの姿が、まるで立方体のポリゴンのようになって消えた。

 その唐突な消滅に、シリオンは内心かなり焦った。またしても何の手ごたえもなく、避けられたのだ。

 

 「くっ、どこに……ッ!? 下か!」

 『“地雷殺”!!』

 

 逆立ちの要領で、両足を顎に叩きつけられる寸前のことだった。

 シリオンは紙一重のところでそれを躱し、溜めに溜めた蹴りをお見舞いする。

 

 『冷気の靄を利用し映像を送り、左右の目の視差によって発生する立体感覚』

 「!?」

 

 高速の回避でも、瞬間移動でもない。

 ただ、極寒の冷気を利用した錯視による、霞への虚像の投影。

 極低温環境下にのみ使用可能な完全なる初見殺し。

 

 必殺の蹴りさえも空を切り、シリオンは片足立ちという不安定な体勢に入る。

 彼ほどの実力者ならばすぐさま体勢を整えることができるが、マネモブという武術の達人がその隙を見逃すはずがなかった。

 

 『灘神影流“巨蛸固(きょしょうがた)め”』

 「ぐあっ!?」

 

 背後から、腕が脚が蛸のように絡みつき、瞬く間にシリオンの関節を極めた。

 獣に近いタイプのシリオンといえど、彼は限りなく人型に近い。ベンのような体型には効かなかったかもしれないが、このシリオンには劇的な効果を発揮した。

 

 「ぐっ、がっ……は、外れない……! まるでタコのように絡みついて離さないというのかっ」

 『どういう負け方をしたい? 失神KOか? それともギブアップか?』

 「い、言ったはずです……! 負けるつもりなど無いと……!」

 『見事やな…』『君に勲章を与えたいよ』

 「先ほどから何度もお褒めに預かり光栄ですが……油断しましたね!」

 『なにっ』

 

 関節が、完全には極まっていない。

 これはシリオン特有の動物的なしなやかさを持つ肉体と、関節技に対する対応技術が、この技の威力を軽減したのだ。そして、シリオンの怪力がマネモブを引き剥がそうとあらゆる手を尽くす。

 

 「これでもシリオンらしく単純なパワー勝負も得意でしてね。しかも意外と鍛えている…!」

 『なにっ』

 

 何とか片腕を伸ばしたシリオンが、マネモブの顔面を掴み取る。その怪力によって、ミシミシという嫌な音が聞こえる気がする。

 これに徐々に焦りを見せたのがマネモブだ。早く邪兎屋に逃げてもらうか……この間に仕留めてもらうしかない。

 

 『熹一! 獣人を殺せ。相手は人間じゃない…たとえ殺してもさほど罪悪感はわかないはずだ』

 「えぇー!? いきなりシリオン差別!? あたしもシリオンなんだけど!!!」

 「とんでもねえこと言い出したぞあいつ!!! 一体どんなコミックを読んだんだぁっ!?」

 『

  暗

  殺

  失

  敗

    』

 「人の目がある時点で暗殺でもなんでもねえだろがえーっ」

 「寝技で暗殺する奴なんか見たことも聞いたこともないぞ!!! はーシリオン差別主義者よっ、死ねっ!」

 「……恐らくですが、あなたは一定の言葉しか話せないのでしょう? だというのに酷い言われようですね」

 『まぁ事実だからしょうがないけど』

 

 言葉選びを失敗したかと後悔したマネモブ。もちろん、猫又やシリオンは、マネモブの心からの言葉ではない定型文のようなものであると理解している。

 だが、それにしたってもっと良い言葉があっただろうと思っているだけである。

 しかし、言葉のレパートリーはまだ存在する。

 

 『リカルド何しとるんや逃げろっ、走れっ』

 「殺せだの逃げろだの忙しい奴だな!」

 『嘘か真か知らないが、リカルドは首をはねられても30秒ぐらいは闘えるという科学者もいる』

 「リカルド怖くない!? 逃げる必要ないでしょ!」

 「あー、そのリカルドが俺達なのかそいつを示してんのかどっちか分かんねーよ」

 

 かなりの実力者であるシリオンから逃げるように言ったのだが、邪兎屋の理解は得られなかった。

 

 『こ…こんなの納得できない』

 「ほう……! 苦労が見えますね! ではいい加減諦めてはどうですかな……!」

 『なにムキになっとんねん』

 「これでも私は負けず嫌いなんですよ……!」

 

 ガタイの良い男達の地味な戦いが続くかと思われていたその時、男達の前に何かが転がってきた。

 丸く、薄い、刃のついた物体だった。

 

 「これは……」

 『犬…?』

 

 犬ではない。何らかの機械のパーツである。

 その持ち主は……

 

 「あうっ、す、すみません! 殿方同士の真剣勝負をお邪魔してしまって!」

 

 小柄な少女だった。

 その手には、棒のようなものが握られている。恐らく、この丸いパーツと合わせてチェーンソーになるのだろう。

 

 『オマエ誰ヤンケ? ココハ私有地ヤンケ。出テイケヤンケシバクヤンケ』

 「それはこちらのセリフです! 我々は正式に――」

 『はあっ? 何言ってんだそれおかしいだろ――』

 「あ、カリン? カリンちゃんだ!」

 「え? あ、猫又様! それに調査員様も!」

 「えっ」

 『えっ』

 

 マネモブとオオカミのシリオンは、呆けた表情で顔を見合わせた。

 猫又と、カリンと呼ばれたメイドの少女が知り合いだった。その事実は、2人の男の戦闘を止めるには十分な情報だった。

 ゆっくりと技を解いたマネモブと、慎重に抜け出すシリオン。

 

 「カリン、知り合いですか?」

 「は、はい。ホロウで迷子になった時、助けていただいて……」

 

 結構、仲がよさそうに話している。

 歳が近いのもあるのか、それともホロウで共闘したからか。とにかく、もう戦う理由はなくなった。

 

 「どうやら、お互い不幸な行き違いがあったようですね……」

 『申し訳ありませんでした』

 「いえ、こちらこそ申し訳ありませんでした」

 

 頭を下げ合う大人2人の間には、特にわだかまりはなかった。

 むしろ、戦いを通してお互いのことが理解できたような、奇妙な感覚を感じていた。

 

 『キミ、グッドファイターとして認めるネ』『君に勲章を与えたいよ』

 「おっ、こりゃあマネモブの最大限の誉め言葉だな。別に勲章はなんにもくれねえけど」

 『この金貨を進呈するッ』

 「もらえるものはもらっておく」

 

 マネモブが取り出したのは、何の変哲もないギアコインだ。ホロウの中以外では価値はない。

 アンビーはギアコインを受け取っていた。

 

 「とにかく、マネモブは一定のセリフでしか喋れない友好的なエーテリアスなんだ」

 『ミノタウロス…』

 「そ、そうなのですか。私は、皮肉とばかり思っていました」

 『悔しいだろうが仕方ないんだ』

 

 もうすっかり打ち解けている様子だ。

 

 「そうだ……エレン、リナ、もう良いでしょう」

 「ふわぁ……ちょっと焦ったよ。マジでやられちゃうかもって。いや実際追い込まれてたけど」

 

 階段の陰から現れた、サメ尾を持ったシリオン。

 気だるげな雰囲気だが、声色からわずかに緊張が見て取れた。

 

 「あら、もういいんですの」

 「なにっ、いつの間に」

 「凄い方とお友達ですのね」

 『あいつ死人みたいに生きてるクズだな!!!』

 『マネキン! マネキン!』

 

 アンビーの背後にいた、浮遊する女性。

 2体のボンプが甲高い声で何かを言っている。

 

 「申し遅れました――私共は」

 

 4人と3体のボンプが集合する。

 全員が洗練された動きだ。まさに瀟洒とはこのことを言うのだろう。

 

 「『ヴィクトリア家政』です」

 『寒い雪の日の朝…!?』

 

 今は別に寒くもないし朝でもない。

 これが、ヴィクトリア家政とマネモブ達の出会いだった。

 

 

 

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