ハイドショアの研究所の奥深くで、リン、リンドヴェルヌ、プロメイア、クラレッタの一行を待ち受けていたのは偽セルピコだった。
幾度となくロスカリファに現れ、痕跡を残していった……しかし、それは偽セルピコの罠だったのだ。
巨大な密室で、偽セルピコが嗤う。
一行を嘲笑っているのは明白だ。本物のセルピコならそんな目はしない。リンはほとんど確信を抱いていた。
「この部屋はね“本物”の“結使”を迎え入れるために用意したんだ」
「“本物”の“結使”!?」
「寒い雪の日の朝……!?」
思わず反応するリン。
広い部屋の壁には、大量のエーテリアスの拘束装置。
あまりにも大仰なそれらは、明らかに超強力なエーテリアスを想定していた。
これまでの調査で、ギルタブルルおよびバシュムは、体内に制御装置を内蔵していることが判明している。
だがここにある装置は、結使の幼体共をはるかに凌駕する恐ろしいエーテリアスを拘束するために存在すると言っているに等しかった。
「普通の人間にしたらだだっ広い部屋さ。普通のエーテリアスにしてもデカい檻ってところだね。でも、体内に特別なもの――例えば“業核”、こんな代物を持ってたりしたら話は変わってくる」
一行を格下と見下しきっているのか、ペラペラと喋る偽セルピコ。
「万が一そんなものを持っていた場合、特定の周波数で共振がブン……と発生し、立つこともままならなくなるのさ。ま、そんな奴この場にいないと思うからバランスは取れて――あん? バランス? 僕は何言ってるんだ?」
「苦しそうね、脳ミソ抜いて楽にしてあげようかしら」
「……いやいや結構、お嬢さん。とにかく、お前らにここまでご足労願うのにずいぶん苦労したんだ」
残されたギルタブルルの一部も、のんきにヴィルリウムを散歩したのも、全ては完全な運ゲーに計画を賭けるド級の胆力を持った偽セルピコの涙ぐましい努力に他ならなかった。
「けどその努力は報われたんだ」
偽セルピコは心の底から嬉しそうだった。
「こうして主役を迎えられたんだから」
しかし、一行にとっては何も嬉しくない。
「さあ皆さん! 拍手で迎えよう。ミス・リンドヴェルヌ・サンブリンガー! またの名を――」
芝居がかった仕草で、偽セルピコが高らかに言った。
「ハイヴ・ロードホロウの、結使様」
「えっ」
「なにっ」
「な……なんですってえっ」
「フハハハハハ!!」
一行のお手本のような反応が面白かったのか、偽セルピコが嗤う。
そして、彼女達の後ろを顎でしゃくる。
「後ろを見なよ」
彼女達が後ろを振り向く。
そこには、剣を地面に突き立て、苦しみにあえぐリンドヴェルヌの姿。
「リンドヴェルヌ!? あんた……平気!?」
リンには見えた。
彼女を取り巻くオーラと、目が光るのを。
「こ、これ……え? もしかして見えてない?」
「見える……?」
しかし、クラレッタにもプロメイアにも見えていないようだった。
「やっぱ特別か……けど、それもここまでだ」
「!」
「こいつが、サンブリンガーに取って代わる!」
偽セルピコが指を鳴らす。
すると、天井が展開し、何かが一行へと突っ込んでくる。
「ハァ!!」
クラレッタがそれをはじき返す。
それは、鎖付き鉄球の如き凶悪な武器――
「えっ」
「なにっ」
「な……なんですってえっ」
しかし、一行が驚いたのは武器が巨大だったからではない。
まるで甲冑を着た騎士のようなエーテリアス。その上を、何者かが這いまわっていたからである。
それにはもちろん、偽セルピコも含めて見覚えがあった。
『ブへへへ』『兜浸掌』
『……ッ!?』
常人なら脳ミソが液状と化す凶悪技を、何の躊躇いもなく放つエーテリアス。
筋骨隆々の肉体。そしてマネキンフェイスが、鈍い金属光沢を放っていた。
「ま、マネキン・モブ……ッ!! またしても邪魔を……!! というかどうやってそいつのところに入った!?」
ここへ来て初めて偽セルピコが怒りを見せた。
彼はマネモブが侵入してきたことはもちろん把握していたが、まさかクサリクのところまで侵入しているとは思っていなかった。
なぜなら、監視カメラにはまだ暴れるマネモブが写っているのだから。
しかし、それは四人霞による分身の一体。
残る二体は研究所の外で待機し、逃げ出す研究所の職員に幻魔を植え付けている。
『……!!』
『う あ あ あ あ』
必死に剣を振るうクサリクに飛ばされ、マネモブ(本体)が一行の元までやってきた。
「お前、また会ったわね。ドラキナの時みたいに、私達も助けてくれるのかしら?」
『もちろん補助官のこいつも…』
美しいお嬢さん達に割って入る、死人のように生きているクズという絵面は酷い物だった。
環境利用闘法の使い手なら即座にボコボコにされているが、マネモブはシンプルに武術家である。その心配はない。
マネモブは苦しそうなリンドヴェルヌを庇おうとするが、しかし彼女はその必要はないと前に出る。
「なめんじゃないわよ!」
『見事やな…』『君に勲章を与えたいよ』
事実上の6対1、その内4体はエーテリアス(エーテル特異体含む)という異様な決戦が始まった。
Now Loading......
『喰らえっ』『我が乾坤一擲の一撃をっ!』
『……ッ!!』
弾丸のような飛び蹴りが炸裂する。
クサリクは即座に裂け目から光弾を発射するが、全て見切られる、全て避けられる。
しかもこの飛び蹴りは必殺を狙ったものではなく、あくまで後に繋げるための一撃だった。
飛び蹴りがクサリクの脚に命中し、巨体がわずかによろめく。
その隙を逃す者はおらず、特に速く動いたのは、同じくスピードファイターのプロメイアだった。
「処刑執行だ」
無数に飛来する氷の刃と共に、プロメイアが縦横無尽にクサリクを切り裂く。
頑丈な装甲はほとんどの刃を防ぐことに貢献したが……しかし、肝心のプロメイアを止められていない。
装甲のない、あるいは薄い場所を的確に攻撃し、その身を凍てつかせる。
『……!!』
クサリクとて結使の幼体だ。
この者達の連携がいかに厄介か分かる。
だからこそまずは確実に一人、叩き潰そうとした。
『!!』
「うわ……!!」
またもや裂け目から無数の光弾。
しかしそれは牽制にすぎない。回避に徹する一行に狙いを定め、剣を突き立てる。
さらにそこから横なぎの一撃。
「危ない!」
「ハァッ!!」
しかし、それを真っ向から受け止めたのはクラレッタ。
自慢の斧で、クサリクの大剣との鍔迫り合いが起こる。クラレッタは、その壮絶な押し合いを制した。
なんという怪力か、あるいは技術のなせる技か。
『……』
数で負け、力で負け。
負けっぱなしの状況はクサリクには我慢ならないものだった。
クサリクはいくつかの裂け目を作り出し、その中へと潜り込む。神出鬼没とばかりに奇襲し、じわじわ削る……それが狙いだった。
しかし、ここには裂け目に入れるエーテリアスがいる。
『多勢に無勢だいっけぇ』
『!?』
クサリクが入った後、ヒョイッと便乗したマネモブ。
裂け目の中ではしっかりと殴り合いが発生した。いきなりの事態に対応しきれず、殴り飛ばされたクサリクの上半身が裂け目から露出する。
『!!!!!!!!!』
下半身にはマネモブ、上半身には敵。
焦ったクサリクは剣と鉄球ブンブン丸と化すが、そこに近づいたピュロイスが武器を全て弾いた。
「まだ試したことはないんだけど、このピュロイスの剣は始まりの主だって斬れるんじゃないかと思えるんだよ」
『!?』
凄まじい切れ味でクサリクの装甲を切り裂くピュロイス。
ギルタブルルとやり合った剛剣は、もちろん結使の幼体も切断する。
哀れなほどボコボコにやられるクサリクは、力を振り絞って裂け目から抜け出す。向かう先はリンドヴェルヌだ。
『!!』
「フンッ!」
向かい来る鉄球を、リンドヴェルヌが一撃で切断する。
しかし、クサリクは止まらない。業核だ、業核さえあれば絶対に逆転できる。
自慢の武器さえ捨ててでも、クサリクはリンドヴェルヌを狙った。
「リンドヴェルヌ!」
クサリクとリンドヴェルヌが土煙の中へ消える。
それが晴れると、リンドヴェルヌはクサリクのコアに吸収されようとしていた。
「させるかッ!」
「よくもッ!」
飛来する刃が、クサリクの手からリンドヴェルヌを叩き落とす。
それに合わせて、プロメイアとクラレッタが躍りかかった。しかし、彼女達の攻撃がクサリクへ命中する直前、裂け目が彼女達を阻んだ。
『えっ』
「裂け目!?」
「なにっ」
一瞬、裂け目内のマネモブと目が合い、そしてまた外へ投げ出される。
「う あ あ あ あ」
すれ違うプロメイアとクラレッタが殴り飛ばされた。
人外の膂力だが、しかし二人は生きている。凄まじいタフネスだ。
だがしばらくは動けない。クサリクは確実にリンドヴェルヌを狙う。
「皆……」
殴り飛ばされた二人を心配するが、しかし一番危険なのは彼女自身だ。
そして、クサリクの魔の手がリンドヴェルヌへと伸び……
ガ キ ン ッ
「えっ」
手が受け止められた。
それは黄金の光をまとう大剣……リンドヴェルヌの大剣で、リンが攻撃を受け止めていたのだ。
「業核は……奪わせない!」
光をまとって対抗するリン。
しかし、ウェイトと筋力はどうにもならず、徐々に押されている。
リンドヴェルヌは即座に大剣を握り、彼女と共にクサリクを押し返した。
「この感覚……」
リンとリンドヴェルヌがリンクする。
その瞬間、リンドヴェルヌに力が沸き上がり、クサリクを弾き飛ばした。
「これは……」
大剣の切っ先からは、エネルギーで構成されたまるで丸鋸の如き回転刃が発生している。
それが命中したクサリクは――ろくな抵抗もできずに消滅した。
「……」
リンドヴェルヌが、大剣とリンを交互に見る。
この戦いは、一行の完全勝利に終わった。
「チッ、あんまり持たなかったな……まあいいや、お見事。やっぱまがい物じゃ本物に敵わないか」
「!」
パチパチと、拍手が聞こえる。
偽セルピコは、高みの見物だった。
「その余裕はどこから来るのよ。まさか寝返りたいってワケじゃないでしょ?」
「出し物はおしまい!? なら答えて! あんたホントは誰なの!?」
切り札っぽいクサリクが倒されても、余裕綽々の偽セルピコ。
「おいおいリン、余裕ないなぁ。お前がくだらないこと気にしてる内に、仕込みは済んでるってのに」
「なに?」
「もちろんロスカリファのことさ! お前らがこのチンケな島にこだわってる間に、向こうは大変なことになってるんじゃないかなぁ」
不穏な言葉だった。
またしても悪人に踊らされ、後手に回ってしまうのか。
「さて、そろそろ向こうへの最終便が出るころだ……友情ごっこもおしまいにしようか」
「そ、その目は……Youkai!?」
偽セルピコの目が紫に光る。
それは、悪性人工知能Youkaiである紛れもない証拠だった。
「そうだ! Youkai様だよ! それじゃあ皆――」
『ボリスは君のすぐ後ろにいるよ』
「!?」
余裕なYoukaiが一瞬にして緊張する。
しかし、声の主はそれよりも速かった。
『“幻魔拳”』
マネモブの十八番である幻魔だ。
取りあえずこれでボコって情報は後で吐かせればいいという脳筋的思考に基づいているが実際効果的だ――相手がYoukaiでなければ。
「バァーカ! その手は読めてんだよ! “幻魔邀撃拳”ってね」
『なにっ』
「Youkaiが幻魔を!?」
マネモブの拳が届く前に、Youkaiの拳がマネモブに命中した。
『う が あ あ あ あ』
「ハハハ! 最後にいい見世物があったな! ほらもっと苦しめよ! このYoukai様が受けた苦痛はそんなものじゃないぞ!?」
幻魔に苦しむマネモブに追撃するYoukai。
結果的に言えば、そうだ。追撃するのはいいが、この辺でやめれば良かった。
苦しんでいたマネモブが、急にスンとなる。
『その応用技を見せてやる』
「えっ――」
高性能な人工知能でさえ反応できない速度で、マネモブが蹴りを叩き込んだ。
偽セルピコ……否、Youkaiの股間に。
『“幻魔脚”』
「あ あ あ あ あ あ あ あ あ あ あ あ」
股間に幻魔を植え付けられたYoukaiは、のたうち回った。
本来はここまで苦しむことはないが、人間っぽい身体を持ってしまったことで、幻魔を通して股間の痛みを追体験するはめになってしまったのだ。
『な…なんやこれは…』『バネの壊れた人形みたいに動き回っとる』
マネモブの言い表した通り、到底人間には不可能な動きで悶えた末、偽セルピコの目から光が消えた。
痛みに耐えきれず、Youkaiが逃げたのだ。いや、最初から逃げる予定だった。しかし、マネモブに関わったばかりに幻魔を打ち込まれてしまった。
しかもこの幻魔は、まだ受けたことのない幻魔脚。しかもマネモブ直々に、対面で直接受けたものであるため、解析には時間がかかってしまう。Youkaiは、またもや苦しむことになってしまったのだ。
「……かわいそ」
「男の悲哀を感じるわね」
兄が身近にいるリンと、長年人々を見てきたリンドヴェルヌにはそれが理解できた。
当のマネモブはと言うと……
『あなたを必要以上に傷つけてしまいました』『どうか許してください』『この通りです』
特に頭を下げたりもせず、口だけ謝罪していた。
クラレッタ「なによ、結構タフじゃない」
な…なんだあっ
いきなり戦闘時のセリフで出てきて困惑していルと申します
またタフ営業…ホヨバ最高っスね忌憚のない意見ってやつっス