1.ホロウマッサージ伝マネモブ
とあるホロウで白祇重工の面々が建築作業に勤しんでいた。
知能重機の音や、威勢のいい作業員たちの声。工事現場は、まるで一つの小さな町のような活気にあふれていた。
「疲れたか? アンドー」
「いいや。俺の辞書には疲労の二文字は存在しねえ……ま、最近は激務続きだったから肩が凝るのはあるがな」
ベンとアンドーが、作業の手を休めず話している。
基本的にタフな二人だが、何日にも渡る激務は彼等の無尽蔵とも言える体力を確実に奪っていた。
『木場って男はバケモノやねぇ』
「なにっ」
しかし、そこに現れたのはマネモブ。
ご丁寧に『マッサージ1回500ディニーor500ギアコイン』と書かれたプラカードを持っている。
「マネモブ! まさかホロウで整体師やってんのか?」
『そうですけど何か?』
自信満々に頷くマネモブ。
ベンは何となく嫌な予感がしていたものの、アンドーはまるで気にしなかった。
あるいは、マネモブを信頼しきっていると言ってもいいだろう。
「ちょうど休憩時間だ。頼んでいいか?」
『何でもいいですよ』
「いややめといた方が……」
アンドーがマネモブにディニー硬貨を手渡す。
そして、マネモブは彼をマッサージベッドへと寝かせた。
『麻酔はないけど裁縫は得意だから安心して』
「ん? 何か雲行きが怪しくなってきたな……」
ベンを始めとした作業員たちが、マネモブがバキバキと指を鳴らすのを見守る。
マネモブは、慣れた手つきでゆっくりとアンドーの筋肉質な体に手を触れた。まるで凝りという病巣を見つけるかのように、慎重に触診している。
やがてその手は腕と肩あたりで止まり、本格的なマッサージが開始された。
『大事なのはおのれの肉体を過信することなく常にメンテナンスを怠らないことだよ』
「う お お お お」
マネモブがアンドーの腕を掴み、恐ろしい角度まで捻った。
ベキベキと音が鳴り、アンドーの雄叫びが木霊する。
『“生まれてきてすいません”って思いをさせてやるよ』
「お お お お」
アンドーの背中に乗ったマネモブが、親指で人体のツボを押し込む。
再びアンドーの絶叫が響き渡り、作業現場付近のエーテリアスは我先にと逃げ出した。
『灘神影流“
「う が あ あ あ あ」
ついに関節技に移行したマネモブと、ホロウを揺らす咆哮を放つアンドー。
しかし、その効果は絶大だったようで……
「だ、大丈夫か?」
「……」
スッと立ち上がったアンドーに、仲間達は息を呑んだ。
肉体の仕上がりが違う。疲労の溜まっていたはずの肉体は、まるで羽毛のように軽く、鋼よりも硬く。
気迫が違う。不敵な笑みを浮かべる彼の顔からは、今なら白祇重工全ての業務を1日で終わらすことが可能だと確信できる。
兄弟の仕上がりも違う。ただでさえ高速回転していたドリルは、今や常に最大回転数を優に超える性能を発揮していた。
「俺の兄弟は天を突くドリルだ!!」
「おいマネモブどうしてくれるんだ」
ドリルに話しかける狂人がさらに狂ってしまった。
それに対してマネモブの答えは……
『いやっ聞いて欲しいんだ』
言い訳を開始していた。
そしてマネモブは詫びとして全員に飯を奢るった。
ちなみにアンドーのおかげで作業は1日で終わった。
2.治安官
治安局ルミナ分署で、トダーが器用にキーボードを叩いていた。
AIがパソコンを使うというめちゃくちゃ非効率な場面だが、それを気にする者はいなかった。
そこに朱鳶がやってくる。
「トダー、お疲れ様です」
『オ疲レ様ヤンケ朱鳶』
トダーのカメラアイが朱鳶を一瞥すると、すぐに画面へ向き直る。
「何の仕事をしているのですか?」
『メールノ選別ヤンケ。タマニ詐欺メールトカアルヤンケ逆探知シテ監獄ニブチコンデシバクヤンケ』
「なるほど。その手のメールはありましたか?」
『今ノトコロナイヤンケ。デモ異常性愛者カラ青衣ニ『四肢切断メカバレAV』ノ打診ガ届イタヤンケ。OKシトクヤンケ?』
「迷惑メールにぶちこみますっいいですね!?」
とんでもない案件を快諾しようとしたトダーを止める朱鳶。
ロリババアロボットである青衣なら快諾する可能性が0ではないことに戦慄している。
その後は、朱鳶監視のもとでいくつもの迷惑メールを除去した。
「これで終わりですね」
『待ツヤンケ、朱鳶宛テノメールガ届イタヤンケ』
「何です?」
『“デカケツフェチAV”ノ打診ヤンケ』
「敵ですね、殺します」
そして新エリー都ではしばらくの間、迷惑メールが激減した。その数値……-500億。
3.異ドリィ町での闘技大会裏での幕間
「まさか異ドリィ町でこのような催しがあるとは……」
CEO二人が不祥事を起こしたヤバい企業ポーセルメックスの実質的なトップ、ダミアン・ブラックウッドは異ドリィ町を訪れていた。
理由は輝磁の採掘における提携に関しての視察だ。しかし、そこで彼は面白いものを見た。
「闘技大会……!!」
格闘技好きという裏のフィクサーっぽい趣味を持ったダミアンは、この小規模な催しに興奮を隠しきれなかった。
それを隣で見ていた照は呆れたような目つきで彼を見る。
「ダミっちってホントに格闘技好きだよねぇ。というか一定以上の地位にいる人とかお金持ちの人って大体格闘技好きなんだよねぇ、怖くない?」
「賭博が好きなニワカと一緒にしないでいただきたい。私は純粋に身一つで闘うファイターが好きなのです」
照はもちろん、ダミアンが格闘技での賭博をしないしむしろ嫌っていることを知っている。
そういった一面に好感を抱いているからこそ、彼女はダミアンに協力しているのかもしれない。
「まさかこんな豪華な特等席を用意してくれるなんてね」
「町の人々には感謝しかありませんね。しかし……」
「うん……」
異ドリィ町の住民は、ダミアン達のために特等席を用意していた。
だが、そこから見える景色が問題だった。
「あの卑猥な黄金象はどうにかならないものでしょうか」
「知り合いが武器でポールダンスしてる黄金象が存在することに恐怖してるのは照ちゃんなんだよね」
確かに特等席からはリングが見える。
しかし、それ以上にリングを見守るイドリーの黄金象が目に入った。
これは嫌がらせでも何でもなく、異ドリィ町の住民の完全なる善意である。
「心配しなくとも、試合が始まれば意識の外ですよ」
「だと良いのですが……ッ!? あ、あなたは……!?」
「あらら、こんなところに大物が……」
不意に背後からかけられた声に振り向くと、驚愕するダミアン。
照も内心驚いているようで、キューティーな目を丸くしている。
「近藤・バロック・陽介様……」
「そういうあなたはダミアン・ブラックウッドさんと、黒枝の照さんですね」
近藤・バロック・陽介と言えばTOPSの一角に連なる大企業のCEOである。
本来ならばこのような場所にいて良い人物ではないのだが、何故かこの異ドリィ町にいた。
「何故あなたがここに……」
「試合が見たいからですよ。ほら下を見てください。試合が始まりますね」
歓声と共に、リングへ二人の男が上がる。
一人は巨体の殴り屋っぽい男。そしてもう一人が……
「彼は私のお気に入りでしてね……」
ベンジャミン・マーフィー。
一見して普通の人間だが、本当はタコのシリオンでイドリーの兄。
そんな彼は、定期的に開かれる試合に参加していた。
「まあ見ていてください。彼のやり方を」
試合が始まると、殴り屋の猛攻が炸裂する。
ベンジャミンはそれを、防御することなく全て受けている。
「防ぐこともしないとは……」
「タフな人だねぇ」
「しかし、どうして攻撃しないのか読めませんね。何かを狙っている風でもなし……」
何発もの殴りに蹴りを喰らい、フラフラなベンジャミン。
しかし、バロックはそれを笑みを浮かべながら見ていた。
「相手の攻撃は全て受ける。まるでプロレスですね。ですがここからが本番」
ベンジャミンはゆらりと起き上がると……その指を殴り屋の胴体に突き刺した。
指はいともたやすく筋肉を貫通し、瞬く間に殴り屋をハチの巣へと変える。
「うわ、痛そー……どんだけ鍛えたのかな、あの指」
「恐ろしいファイターですね。まだ彼のような人がいたとは……」
彼らの反応を見て、バロックは小さく笑う。
「容赦なく相手を壊す……“ロック”ですよ」
「ロック……」
「絵面はロックを通り越してハードだけどね」
その後も試合が何度か行われ、その全てにベンジャミンは勝利していた。
聞けば、ベンジャミンはこの大会のチャンピオンであり、毎月のように挑戦者が現れるので、試合形式で相手をしているのだという。
バロックは二人にそう教えてくれた。
「いやはや、素晴らしい試合の数々でした」
「照ちゃんはちょっと胃もたれ気味かな」
試合は終わりの時を迎える――が、その時だった。
「うん? 待って、まだ挑戦者がいるみたいだよ」
「なにっ……そうやらそのようですね。ずいぶん大男だ。しかし顔が良く見えない」
コートを着た大男だった。
彼がリングに上がると、ベンジャミンが余裕の表情で挑発する。
しかし、その余裕は一瞬で消え失せた。
「なにっ」
「速ッ!?」
見えないほど、高速での打撃。
恐らくはそれによるパンチが、ベンジャミンの顔面を打ち据えた。
その一撃でベンジャミンは膝をつく。
「あ、ベンジャミンさんが攻撃に移ったね」
「彼も今までの試合でのダメージが蓄積している。速攻で終わらせなければならないのでしょう」
立ち上がったベンジャミンは即座に攻撃に反転。
その指でコートごとその下の肉体を貫く――そのはずだった。
「……? 鉄板でも仕込んでるのかな、貫通できてないみたい」
「いや……あれは硬気功の一種です」
今まで肉を貫いてきた指が、まるで意味を成していない。脇腹を貫通できず、止められていたのだ。
それに焦りを抱いたのか、ベンジャミンはもう一方の手で顔面を狙うが、しかし手四つで止められてしまった。
そして……
ス パ ァ ン
「!!」
「~ッ!」
リングを超えて特等席まで鳴り響く音を木霊させ、大男の蹴りが炸裂。
ベンジャミンは派手に吹っ飛んだ。それを見た大男は、コートを軽く整え、またどこかへ去って行った。
「か、彼は一体……」
「世の中にはいるんですよ」
バロックが口を開いた。
その表情はサングラスに隠れてうかがい知れないが、しかしどこか悟ったような顔だった。
「“怪物を超えた怪物”だなんて呼ばれる存在が」
「“怪物を超えた怪物”……」
「大層な名前だけどさ、照ちゃんは聞いたことないや」
「でしょうね。ですが……」
バロックは二人に背を向けた。
その背中には、躍動する龍の絵が。
「新エリー都……いや、この世界で彼がどんなアートを魅せてくれるのか。私はそれを楽しみにしています」
それだけ言い残し、バロックは去って行った。
後に残ったのは、果てしない騒動の予感……
ダミアンの格闘技好きは捏造です