未知のエーテリアスといえど、凶悪な機構を備えているとは言えど、相手は1体。
戦闘のプロであるヴィクトリア家政と、デッドエンド・ブッチャー級超強力エーテリアスたるマネモブがいれば、難しい相手ではなかった。
『灘神影流“霞突き”速すぎて敵は殴られたこともわからないまま失神する!! 鬼龍が最も得意とする打撃の技だ!!』
まず最初に動いたのはマネモブだ。
マネモブが超高速の打撃である霞突きによって、回転する刃の隙間を的確に狙い、刃にダメージを与えていた。
これはマネモブの技量、鍛えられた動体視力、速度によって成立する神業だ。
「プロキシ様、安全な場所に隠れていてください……血の気が多いゲストは、私共にお任せを」
ライカンが機械脚甲で蹴りを与える。
バレリーナはそれを煩わしく思っているようだが、油断すればマネモブの打撃が飛んでくる。
なので、一気に回転力を高めて一度離脱しようと試みるが……
「リナ」
「これはいかがかしら?」
リナが操る2体のボンプ、ドリシラとアナステラの雷撃が炸裂する。
ボンプと侮るなかれ、彼女達は戦闘用に製造されたフルコンタクト・バトル・ボンプなのだ。
雷撃によってバレリーナの動きが鈍る。その隙を逃さないのは、エレンとカリンの凶器組だ。
「はぁーっ……ダルッ」
「え、えいっ!!!」
エレンの冷気をまとったハサミが、バレリーナの各所を凍り付かせる。
そして、凍った部位がカリンのチェーンソーと怪力によって砕かれ、さらなるダメージを発生させる。
最凶のコンボによって、バレリーナは徐々に追い込まれる。そして、再び動こうとした時、マネモブが咄嗟に動いた。
『灘神影流奥義菩薩拳!!』
エレンとカリンの間から高速でマネモブが接近し、バレリーナの腹部に組んだ拳を叩きつけた。
「あれは……菩薩?」
凹んだバレリーナの腹部。そこには、座禅を組む菩薩の姿が……しかし、一瞬で消えてしまった。それを見ることができたのはエレンだけだったが、目の錯覚だろうと思考を中断した。
バレリーナが後退し、体勢を立て直す。だがその時、パエトーンが声を上げた。
『こっちだよ怪物! そぉい!』
パエトーンが音源をぶん投げる。その先には、ホロウの裂け目があった。
バレリーナはそのレコーダーを追い、裂け目へと消えていった。後には静粛のみが残る。
『ふぅ……危なかった。ホロウの裂け目があってよかった……あの怪物は一体……?』
「どなたかが、けしかけてきた、としか……」
『まさかレインってわけじゃないでしょ?』
『クククク』
『何で急に笑ったの? ねぇ』
そんなやり取りをしていると、一行にさらなる受難が降りかかる。
『えっ』『なにっ』『な…なんだあっ』
『うああああ…ミ、ミサイルが飛んできてる』
大量の小型ミサイルが飛来してきたのだ。
ライカンの読みは当たっていた。やはり、あのバレリーナは何者かが仕組んだものだったのだ。
『灘神影流活殺術はたとえミサイルが相手でも闘ってみせる。見せたろうやないか! 超絶技巧の技を…』
「チィッ」
『なにっ』
威勢良くミサイルを迎撃しようとしたマネモブだが、それよりも早くエレンがミサイルを斬り裂いてみせた。
「はあーっ……」
それから、エレンは獲物を狙うサメのごとく敵へ向かって走る。そう、サメとしての闘争本能が刺激されてしまったのだ。
いくら気怠げでも、ダウナーであろうとも怠惰でも、サメはサメ。凶悪な海のハンターに他ならない。その血から逃れられない。
一行は、疾走するエレンを追いかける。
このままではエレンどころか、敵の命まで危うい。
『お……おい、あれを見ろ。“死神医療チーム”が待機してやがる。決着がついたらすぐに“心臓”を抜き取るために』
「なんですって?」
マネモブが下のフロアを指さす。
そこには、白衣を着た2体のエーテリアスと、救急車型のエーテリアスの計3体が待機していた。
この三位一体のエーテリアスは、その名も悪名高き闇の医師団『死神医療チーム』。戦闘不能になった者を人間も機械もエーテリアスも関係なく襲い、心臓を抜き取る超危険エーテリアスだ。
「死神医療チーム!? まずいことになりましたね……」
『死神医療チームにやられた人の死体は、見た人を心から震え上がらせるって噂だよ! 早く止めなきゃ!』
エレンがやられれば死、曲者共がやられれば死。
どちらにせよダメなことだ。エレンの死は論外、曲者も情報を聞き出したいために生かしたい。
「ダメですエレン! 全て倒しては……」
「はうっ」
「なにっ」
ライカンは、エレンが負けるなどと毛ほども考えていなかった。
しかし、現実は違った。腹部を押さえ込み、痛みを耐えるエレンが転がってくる。周囲に転がる気絶した反乱軍には目もくれず、エレンを介抱する。
「一体何が……」
『待て、面白い奴が現れた』
1平方メートルを切り取ったとしても新エリー都に住む一般人の年収に匹敵するバレエツインズの床を、容赦なく土足で踏み荒らす究極の野蛮人。
まるで毛の生えていない猿のような見た目。手足は細く見えるが、実際には凶悪なまでの筋肉密度を誇っていることがうかがえる。
高い戦闘能力を持つエレンを一撃で叩きのめしたこの化け物の正体は……
『“毛のない猿”
「ホ ギ ャ ア ア ア ア」
死霊の練り歩くバレエツインズに、死体から蘇ったリビング・デッドが現れた。
「ホアッ」
「危ないッ!」
恐るべきスピードでNHMが迫りくる。
ライカンはそれをエレンを抱えつつ避けた。
シリオンと獣は全く違う。シリオンは高い知能を得たが、NHMは知能を捨て残虐性と攻撃性に全てを捧げている。
ゆえに身体能力は、時としてシリオンのそれを凌駕する。
その中でも、怪力と余計なことを思考しない野性に裏打ちされた反射神経は恐ろしい。
「この化け物は一体!?」
『マスター。デコ助野郎のボス猿に関するデータを、瓦礫の山で発見しました』
『あったよデータが!』
「助かりました!」
『あの猿は
「ジャック・ポットを引き当てたようですね。幸運か不運かは分かりませんがっ!」
『おおおおこのバケモノッ絞め殺してやるわっ!』
ライカンとマネモブが、果敢に立ち向かう。
なぜウイルスで変異を起こしたような化け物がここにいるのか。そんなことを考える余裕はない。
「しゃあっ」
『しゃあっ』
2人の蹴りが交差する。必殺の蹴り同士が打ち合った結果、生き残れる確率は皆無になる。
だが、当たればの話。NHMは高速で地面に身を伏せ、その蹴りを回避した。
『なにっ』
「は、速いっ!?」
NHMは、猿の名を冠する通り素早い。
それこそ、俊敏なオオカミのシリオンであるライカンさえ、瞬間的には超えるほどに。
それだけでなく、その反射神経はマネモブの蹴りを見切っていた。
「うらぁぁぁぁ!!!」
「ホギャッ?」
だが、2人の陰から現れたエレンには対応できなかった。
驚異的なタフさと闘争本能で復帰したエレンは、ハサミでNHMを突き刺す……が、ハサミはすんでのところで弾き飛ばされた。
「山猿には分からないだろうが……私は海のハンターであるサメだっ」
「ホ ア ア ア ア ! ?」
しかし、得物を失ったエレンはその牙でNHMの腕に噛みついた。
サメの咬合力と同等の力を有するエレンの顎は、NHMという獲物に食らいついて離さない。
「ホアアアア!!!」
『う あ あ あ あ』
「ぐはっ!? え、エレン!」
食らいつくエレンを振り回し、2人に激突させる。
頑丈で重量のあるエレンはそれだけで武器と化し、2人の男をノックアウトした。
『たった一撃でノックアウトだと…この俺が…?』
「信じがたいことが起こっていますね……!」
優雅たるヴィクトリア家政が、武術の極致たるマネモブが。野蛮人の極みであるNHMに良いようにやられている。その事実に目眩が起こりそうだった。
そして、さらに間の悪いことに、反乱軍の1人が起き上がって銃を構えていた。
「不味いっ」
『あががっ』
「死 ね え え え え」
軍用のサブマシンガンが炸裂する。
狙いは当然、自分達を襲ったエレン――
「ホギャアアァァ……?」
「えっ」
などではなく。
銃弾は全てエレンを避け、NHMの眉間、心臓、腹部、脚部、腕部……全身余すところなく全弾命中し、サブマシンガンは弾切れを起こした。
「ホ……ギャ……」
全身を撃ち抜かれたNHMは生命活動を停止……死んだのだ。
「……ひとまず助かったようです。ですが、何故……?」
『お…おいおいマジか』
復帰した彼らは、弾切れになった銃を手放した反乱軍の男を見た。
殺気立った雰囲気は見られず、どこか放心しているかのようだ。
「……反乱軍の方、ご協力感謝いたします。しかし、何ゆえにエレンではなくNHMを狙ったのです?」
ライカンは反乱軍の男に、丁寧に話しかけた。警戒はすれど、敵とまではいかない。助けられたことは事実なのだ。
それを感じたのか反乱軍の男は、絞り出すかのように、慟哭するかのように叫んだ。
「お、俺は……家族をNHMに皆殺しにされた過去があるんだっ!」
「なんですって?」
『ウ…ウソやろ、こ、こんなことが、こ…こんなことが許されていいのか』
男の慟哭は、哀しき過去……
「俺は家族を殺したNHMを使う正規軍に疑問を持ち、反乱軍に参加したんだ。許せなかった……まさか反乱軍までNHMを使うなんて……! まさか、あの悪魔を少女1人を殺すために投入するなんて!」
「それは……」
ライカンは、男に何も言えなかった。
職業柄、反乱軍に敵対するのは日常茶飯事。冷徹な判断を下し、治安官送りにすることもある。
しかし、この進むべき道を見失った男を見て治安官に突き出すことができるほど、情を捨てたつもりはなかった。
「教えてください。あなた方がこのバレエツインズに来た理由を、NHMを持ち込んだ理由を……」
「その前にここから離れよう。NHMはウイルスの塊……俺はこの装備で防げるが、あんたらはそうはいかんだろう」
「っ!」
NHMは致死性99.9%の凶悪ウイルスによって死亡した人間が、0.001%で変異する化け物。
ゆえに、その身体には多量のウイルスを含んでいる。
『どけハウエル。俺が最初にいただく』
「マネモブ様……迷惑をかけます」
だが、マネモブが一歩踏み出した。
エーテリアスであるマネモブならば、ウイルスの塊だろうと安全に処理することができる――
『ありがたく思えっ、この鬼若丸様が油粕にしてやるわっ』『
「えっ」
「なにっ」
「な……なんだあっ」
マネモブの口が開き、業火が噴射される。
超高温の炎は、瞬く間にNHMを灰燼に帰した。
『そんな特技あったんだ……』
「何はともあれ、これでウイルスの心配は無さそうですね」
「だが一応検査はした方がいい。万が一感染してたら新エリー都が滅ぶ」
『薬の時間だぜ』
ヴィクトリア家政と反乱軍の男は、一度ホロウの外へ帰還した。
マネモブはもちろんエーテリアスなのでお留守番である。
『悔しいだろうが仕方ないんだ』
まレわ?