デウィンター夫人はラーメン屋にいた。
通常、(すでに未亡人とはいえ)高名なアーティストの妻である彼女が、このような店に入ることはまずない。
だが、彼女は黄金の日が迫ってくること、ヨラン・デウィンターを継ぐと言われるあのアストラ・ヤオが、ヨランの曲を歌うこと。
そして何より、夫をくだらないマネーゲームに巻き込んだ帝高がアストラを支える。ある意味最悪だ。
ヤケクソみたいな気分になった夫人は、ラーメンを食べていた。
「ねぇ、アンドーミサイル強くない?」
「だがタイミング良くボタンを押さんと悲惨なことになるから気をつけろ」
「実はアストラいなくても頑張れば成立するぞ」
近くの客の会話が否応なしに耳に入る。
目を向けると、登山家らしき男性2人と、全身真っ白な人外じみた美少女の客。
彼らはアンドーミサイルなるものについて談義している。かなりミスマッチな組み合わせだが、夫人は特に気にしなかった。
「ハァ……」
憂鬱な気分だったが、この店のラーメンはそんな気分をブチ壊してくれる味をしていた。
いつだっただろうか。在りし日のヨランや友人達と共に街へ出向き、ラーメンを食べた思い出が蘇る。
そう、その時もこんなラーメン屋で――
「お客さん、悩んでいるようだな」
「……ええ。ごめんなさいね、辛気臭くて……」
「いや、このラーメン・ジョーという店は迷惑客でもない限り追い出すことはない」
ラーメン屋の店主が、夫人を気遣ったのか話しかける。
顔は少々厳ついものの、頭に巻いたタオルやシャツはまさしくラーメン屋という他ない。
夫人はいまだかつて、これほどまでにラーメン屋と形容するしかない人物を見たことがなかった。
人に聞けば、錦鯉の店長もその類に入ってくるだろう。
しかし、夫人は暴力的なまでの視覚情報によって、この人物がラーメン屋であることを理解させられたのだ。
夫人や店長にとってはラーメンのつゆほどにもないことだったが。
「どれ、少し占ってやろう」
「えっ」
店主が熱々のラーメンを取り出し、ラーメンに手をかざした。
そして、徐々に力をこめていくと……
「しゃあっ」
「えっ」
なんと、ラーメンから何かが飛び出してきた。
夫人が訳も分からずそれをキャッチする。それは、どこかの企業の名刺のようだった。
ご丁寧にメモ書きがなされており、いつでもどのタイミングでも会えるという怪しさ満点のものだった。
「これは一体……!?」
「名付けてラーメン・ジョー秘伝の“フォーチュン・ラーメン”よ。ラーメンによって人を占うことができる幽玄の技だ」
“フォーチュン・ラーメン”
食べ物で占うと言えば、フォーチュン・クッキーなどがあげられるだろう。
ラーメン・ジョーは、幽玄の秘技と秘伝のレシピによって、ラーメン占いを完成させたのだ。
その的中率……500億。
ちなみに物体が飛び出してきたラーメンはファントム・ラーメンなので、後で店長がおいしくいただくことになっている。
「どこかの企業の名刺のようだな。それがお客さんを導いてくれる。思わぬ出会いが待っているかもしれん」
「……そうね。少しでもこの気分を晴らしてくれるといいわね。ここのラーメンほどじゃないにしろ」
「褒めても何も出ないぞ……替え玉以外はな」
デウィンター夫人は、名刺を手に店を後にした。
その名刺は、ラーメンの汁にどっぷりと浸かっていたはずなのに、一切濡れていなかった。
Now Loading......
「……で、命を狙われてるのが俺……!! 悪名高いIT企業のオーナー尾崎健太郎よ」
とあるIT企業の一室で、ワイングラスを持った男がそう言った。
尾崎健太郎。ずいぶんと名の知られた男だった。金のためなら親でも売り飛ばすとも、裏ではホロウレイダーやプロキシ向けの製品を売りさばいているとも噂されている。
様々な人物から、“下種の尾崎”とも呼ばれる男が、夫人の前にいた。
「その名刺は俺が特別に用意したもの。どこでそれを?」
「ラーメンから出てきた……と言っても信じないわよね? ほんの偶然と思ってちょうだい」
「なるほど、話す気はなさそうだ……おっと、だからって何かするわけじゃない。あんたがそれをどこでどうやって手に入れたかは関係ないんだ。大事なのはめぐり合わせだからね!」
グビッとワインを飲み干す健太郎。
酒の匂いはしない。もしかすると、夫人と会話するにあたってアルコールは入っていないのかもしれない。
「さて夫人。あんたはフーガの連中から取引を持ちかけられてるな?」
「! ど、どうしてそれを……」
「ライバル企業の情報収集を欠かさないのが俺!! 悪名高いIT企業のオーナー尾崎健太郎よ」
夫人は、その復讐心をフーガに買われて取引を持ちかけられていた。
帝高を失墜させるため、権力を、金を手に入れるため。大企業同士の汚すぎるマネーゲームに、その燻る復讐心さえもが利用されようとしていた。
「あんたさえよければ、企業同士の目論見をグチャグチャに崩壊させるプランがあるんだが乗らないか?」
「何が目的かしら? こんな無力な女に期待することなんて……」
夫人が言わんとしていることを、健太郎は手で制した。
「ヨランと友達だったのが俺!! 悪名高いIT企業のオーナー尾崎健太郎よ」
「! そういえば……ヨランの大切にしてたアルバムに写真があったわ。若いころのあなたらしいのが」
そう、健太郎はヨランと友人だったのだ。
だからこそ、夫人の思いに協力したいと思っている。
「そう、あなたも怒っているのね」
「ヨランは“悪名高いIT企業のオーナー”じゃなくて俺を見てくれる奴だったからね! ヨランの歌の権利が全く使われてないことにキレてるのさ!」
ピシリ、とワイングラスにひびが入る。
それを気にせず酒を煽る健太郎の額には、青筋が浮かんでいた。
「混乱のゴタゴタに乗じて権利を最安値で奪い取る! そしたら権利は全部あんたのものだ」
「……あなたは、使わないのね」
「あるべきものをあるべき場所に! 悪名高いIT企業のオーナー尾崎健太郎よ」
健太郎は、ヨランの歌で金儲けをするつもりはなかった。
いや、友人であるヨランの歌に価値を見出す人間がいることは嬉しい。しかし、ヨランを再びマネーゲームに巻き込みたくはないのだ。
だからこそ権利を夫人へと丸投げし、その夫人をガチガチに守るのが健太郎のプランだった。
「でも、どうやって場をかき乱すのかしら?」
「――で、凄い殺し屋を雇ったのが俺!! 悪名高いIT企業のオーナー尾崎健太郎よ」
健太郎の背後に現れたのは、一人の偉丈夫――!
Now Loading......
「これで終わりだ」
ステージ上に上がってきた無粋な輩を排除したイヴリン。
彼女はフーガから帝高に送られたスパイだった。しかし、彼女は全ての思惑を捨て去り、アストラを守るために行動した。
「お嬢様! 怪我は!?」
「私は大丈夫よ!」
特殊な訓練を受けたエージェント達も、ワイヤー・アクションの使い手であるイヴリンによって蹴散らされた。
その光景を、観客たちは歓声によって讃える。多勢に無勢を覆す戦いというものは、いつの時代も人々が求めてやまない。
そうしている間にも、追加のエージェントがやってくる。
個の武力で敵わないなら数で押す。プロのプライドにかけて、彼らは一斉に襲いかかる――
「う あ あ あ あ」
「あ あ あ あ」
「えっ」
「なにっ」
しかし、彼らは突如として、背後に引っ張られるようにステージ外へと姿を消した。
「一体何が……あ、あなたは!?」
ステージの外から、何者かが姿を現す。
神秘的なまでに鍛え上げられた肉体、強い意志の込められた瞳、左腕に巻かれたフック付きのワイヤー。
イヴリンはこの男を知っている!
かつて、涅槃創生会にとある暗殺者が存在した。
彼は教団最強の暗殺者だった。しかし、彼は突如として教団に離反、信者狩りを始めたのだ。
その名は――
「“毒狼”キクチ・タケオ!?」
「知ってるのイヴリン?」
「キクチ・タケオ……タケオは、私のようなワイヤー・アクション使いの間では伝説的存在として知られる人物の一人だ」
「えっ!?」
イヴリンのワイヤー・アクションは一級品である。
しかし、ワイヤー・アクション界隈で伝説と呼ばれる人物の一人。それがキクチ・タケオだ。
「こうして現れたということは……敵と見なしていいんだな?」
「……」
無表情のタケオは、何を考えているのか分からない。
しかし、殺気などはなく。ただただ闘志があふれ出ている。
「行くぞ!」
「!」
ワイヤーが放たれたのは同時だった。
二人のワイヤーが絡み合い、二重螺旋を描く。
ナイフとフックがお互いに届かんとする瞬間、ワイヤーによってそれを弾くのも同時だった。
「おおっ」
「すげー」
「タケオとイヴリン強すぎクソワロタ」
ワイヤーが、ステージ中を縦横無尽に舞う。
柱に、足場に、装飾に絡みつく。だというのに、まるでそれ自体が意志をもっているかのようにするりと離れ、主人の下へと帰る。
お互いが高い技量を持つワイヤー使いだからこそ見られる、出し惜しみのない技の応酬。
「はっ!」
イヴリンの放つワイヤーは、幾多にも分かれている。
しかし、タケオのワイヤーはその間を縫いながらイヴリンへと迫る。
本当に、ワイヤーの先端に見えない鳥でもついているかのような闘いだった。その優雅さと迫力に満ちた光景に、観客達は心を奪われている。
「凄いわぁ!」
映画でもそうは見られないアクションは、アストラの心もガッチリと掴んだ。
「テンション上がってきちゃった! ここらで一曲歌っちゃいまーす!」
『お お お お』
アストラが選んだのは、黄金の日に相応しいめちゃくちゃ盛り上がる曲。
超次元のバトルに見合った、未来や人類への希望を謳う暑苦しいものだった。作詞作曲はもちろんアストラ。
それをVIP席で聞いている夫人と健太郎は、満足そうに頷いた。
「彼女はヨランの曲じゃなくて、自分の曲を選んだようね」
「ヨランも喜んでると思うよ。自分をなぞることなく、自らの道を歩んでくれたことにね!」
こうして、ライブは帝高とフーガの思惑を破壊して大盛況を迎えた。
その混乱に乗じ、ヨランの曲の権利を手に入れた健太郎が夫人へ権利を返還したことはあまり知られていない。
「……で、ヨランと友人なのが俺!! 悪名高いIT企業のオーナー尾崎健太郎よ」
健太郎は、ヨランの写真の前に酒を置き、ライブの終わりまで飲み明かした。
アンドーミサイルが難しい、それがボクです
アンドーはめちゃくちゃ育ててディスクも厳選してるのにクイック支援のタイミングがアホ程難しいんだよね、酷くない?
まあワシのプレイング・スキルがクソ雑魚なだけなんやけどなブへへへへ