マジでめちゃくちゃなんだァ、整合性を求めないでもらおうかァ
バレエ・ツインズ前下層広場。
パエトーン兄妹の兄アキラは、そんな場所に来ていた。理由はなんとなくである。たまには散歩したくなる時があった。
いつものオブジェクト、いつものにゃんきち長官、いつもの光景。特に代わり映えしなかったが、1つだけ違うところがあった。
「どうかしましたか?」
「…」
バレエツインズのデッキから、海を睨みつける老人。
色素の抜けきった白髪、右目には大きな傷、右足にいたっては義足。
壮絶な、あまりにも壮絶な目をしたその老人に、アキラはあえて話しかけた。
老人はアキラを一瞥する。
幽鬼のような、鬼のような気迫に一瞬怯むが、アキラは諦めなかった。
ちなみに、にゃんきち長官は恐怖で目を逸らしていた。
「何か困りごとでも?」
アキラの心配する様子を見た老人は、やがて重々しく口を開いた。
その声は、見た目に違わず低いものだ。
「…ワシは…“奴”を探しておる」
「奴?」
「ああ。白い悪魔、海を泳ぐ巨大な化け物よ」
要領を得ない。
アキラはもう少し踏み込むことにした。
「白い悪魔?」
「そうとも。ワシは長年、奴を追ってきた。奴に…復讐するためにっ」
老人が手すりを握り込む。
幻聴なのか、ミシミシと金属製の棒がゆがむ音がする。
それだけ、老人は覇気に満ちていた。
「復讐か…」
とある事件によって哀しき過去を持っている兄妹は、零号ホロウを追っている。
これもある意味復讐と言えなくはないだろうか。アキラは、少しばかり共感できる部分があった。
「白い悪魔ってどんな奴ですか?」
「奴は…マッコウクジラよ。色は白く、巨大な身体。通常のクジラとは一線を画す知能。故にこう呼ばれておる。
老人の目が開かれた。狂っている。アキラはそう直観した。
老人は呆けてこそいないものの、人間として大切な何かを失っていたのだ。
そして、老人は懐をまさぐった。
「白鯨をいち早く見つけた者には、この金貨を進呈するッ」
そういって彼が取り出したのは、協会記念コインだった。
確かに金色だが、この老人は金貨と協会記念コインの違いすら分からなくなっているのか。あるいは、そのようなことはどうでもいいのか。
「……取りあえず、見かけたら写真でも撮っておくよ」
「ああ、それで構わん…むっ」
ザバーンッ、と波が割れる。
まさか白鯨が現れたのか、と思うアキラだったが、結果は違った。
「何だ、ただのマッコウクジラか」
マッコウクジラが現れ、潮を吹いてまた潜っていった。ただそれだけだった。
それを見た老人は、白鯨以外は価値が無いとばかりに平然とどこかへ去っていった。
「……行ってしまったな」
深夜のバレエツインズ。
アキラは、何となく海を眺める。
本当に白鯨など存在するのか、あの老人は何者なのだろうか。疑問は尽きないが、言ったからには気に留めておこうとアキラは思っていた。
「……?」
その時だった。
沖の方に何かが浮かんできた。先ほどのクジラだろうかと思いよく見ると、それは白かった。
「ま、まさか……」
アキラは急いでスマホのカメラを起動する。
限界までズームすると、その全貌が見えた。
「白鯨……」
白いクジラだった。
今まで見たことのあるどんな船よりも大きく、どんな豪華客船よりも美しかった。
雄大。言い表すなら、その一言が似合う神々しさを放つクジラがいた。アキラはその壮大な自然の神秘に一瞬呆けたが、すんでのところでシャッターチャンスを逃さず激写に成功した。
「えっ?」
だが、アキラは写真を見返す。
白鯨の目がこちらを向いていた。確かに、あの巨大な瞳と目が合っていた。
アキラが白鯨に目を向けると、すでに巨体は海へ沈んでいた。
「……とにかく、あのおじいさんに知らせよう」
まだそう時間は経過していない。
アキラが急いで階段を駆け上がると、老人はバスに乗り込む直前だった。
「おじいさん!」
「どうした? 若造」
「これを!」
「何だ…これはっ」
写真を見た老人の目つきが変わる。
バスは行ってしまったが、そのようなことは些事であるかのように。
いや、実際に些事でしかないのだろう。この老人にとって大事なのは、白鯨への復讐なのだから。
「小僧、名は!?」
「あ、アキラです」
「金貨を進呈するッ」
老人は協会記念コインをアキラに手渡すと、
そして下層広場のデッキには、船が停泊していた。老人は意気揚々とその船に乗り込む。
「フハハハハ我が名はエイハブだぁっ」
船は物凄い勢いで発進した。
これこそホロウレイダーも裸足で逃げ出すエイハブ船長特注の捕鯨船、ピークォド号である。
ピークォド号が遠ざかる。エイハブ船長の狂った笑い声を乗せながら。
「……何だったんだろう」
夜更かしのし過ぎかもしれない。
アキラは帰って寝ることにした。