ビビアンとキャプテン・マッスルの出会いは、彼女が予想もしない唐突なものだった。
彼女が、ノックノック上のパエトーンの何気ない投稿によって救われた日の後……その時はやってきた。
「だからオレたちがいるんだろ!!」
「えっ」
人気のない町中を歩いているビビアンの背後に、多数の人影が。
「だ、誰ですかあなた達は!?」
見るからに野蛮そうな者達。
屈強な男もいれば、危険そうな女もいる。
全身がカスタムされた機械人もいれば、凶暴そうな肉食獣のシリオンもいる。
中にはボンプもいた。
「あんたがビビアンか……?」
「そ、そうですが……」
「祝ってやるぜっ」
「えっ」
パァン!
鳴り響いたのは銃声――などではなく、クラッカーの破裂音。
野蛮人達が一斉に、ビビアンに向けてクラッカーを鳴らしたのだった。
「おめでとう!」
「おめでとう!」
「オメデトウ」
『ンナンナ!(おめでとう!)』
「?????」
ビビアンは困惑した。
見知らぬ人から罵倒され忌み嫌われるならともかく、祝われるなど経験がないからである。
「お祝いしてくれたのは嬉しく思います。でも一体何故……?」
「だが俺達に感謝するのは筋違いだぞ、これを企画したのはキャプテン・マッスルだ」
野蛮人の一人が見せたのは、一通のメールだった。
私はキャプテン・マッスル
このメールを見てる君は選ばれし者
未来を掴むチャンスを与えられた強き者
単刀直入に言おう
命を投げようとしているある少女に元気になってほしい
名はビビアン
エーテル・異常のエージェントで“未来視の能力”を持つ少女だ
もちろんめちゃくちゃ強い
しかもこの闘いには絶対守らなければならない条件がある
ビビアンに自信を持ってもらわなくてはならない
誹謗中傷や愚弄などの規約違反は一切禁止
なぜなら万が一にも“心”を傷つけてはならないからだ
何よりも“心”が大事なんだ
ぶっちゃけ未来なんてどうでもいいんだ
“心”さえ元気でいればなぁ
さぁ腕に自信のある者は今すぐビビアンの所へ行け
クソッタレな結末を失神KOさせろ
急げっ乗り遅れるな
輝かしい未来を掴むんだ
“ビビアン・ラッシュ”だ
メールに添付されていたのは、ゾンビのように不気味なマスクを被った、筋骨隆々の怪人。
そう、野蛮人達は彼のメールによって集結し、ビビアンを祝うことにした愛や平和とは無縁そうな顔をしている割には気の良い者達だった。
これこそ、ビビアンとキャプテン・マッスルの奇妙な出会いにして長い付き合いの始まりであった。
Now Loading......
「私はビビアン・マッスルです!」
「ぐ は っ」
ビビアン・マッスルがポージングを決める。
何の変哲もないモスト・マスキュラーだったが、そこから放たれる筋力の直接的な表出とエーテルの奔流によって、ハイパー・ディナは吹き飛ばされた。
「こ、この力は……人間を超越したこのハイパー・ディナに手傷を負わせるほどの力は一体!?」
「私がビビアン・マッスルです!」
「は う っ」
ゴ ウ ッ
まるで巨大な鉄塊が空を切るような音だった。
ビビアン・マッスルに憑依したキャプテン・マッスルの筋肉は“美の筋肉”である。
実用性の他に、美しさを極限まで鍛え上げている。
その美しさに相手は見惚れてしまい、拳が顔面に飛んでくるのを避けることができない。
今や人を超越する力を得たハイパー・ディナでも、例外ではなかった。
「まさか……このハイパー・ディナが魅了されたというの……? このハイパー・ディナが? 人間如きの筋肉に!? 冗談じゃないわ!」
「くっ!」
神に近づいた自分が、人間の筋肉に魅了された。その事実に、ハイパー・ディナは怒り心頭だった。
目の前のビビアン・マッスルに。何よりも一瞬であろうと魅了されてしまった自分自身に対して。
繰り出したのは全力のパンチ。何の変哲もない、ただ聞きかじりの知識で腰を入れただけの素人のパンチ。
だが、ビビアン・マッスルはそれを避けることはできず、両腕をクロスしてガードするしかなかった。そしてさらに殴り返し、殴り返され……互いの気力と体力が尽きるまでのデスマッチ。
本来、この二人は肉体派ではない。このように拳で語り合っていること自体がおかしいのだ。
だからこそ、殴り合いに慣れていない……相手の攻撃を受け、殴り返す。まさにプロレスの極致と言っても過言ではない状況が出来上がっていた。
「私はハイパー・ディナよ!」
「私はビビアン・マッスルです!」
意識した場所の筋肉を肥大させてガードできるハイパー・ディナが有利かと思われたが、ビビアン・マッスルのマッスル・エーテルはそれをあるていど貫通することができる。
互いに条件はほぼ同じ。全力の拳同士がぶつかり合う――ことはなく。クロスカウンターが顔面に突き刺さった。
「は う っ」
だが、吹き飛ばされたのはビビアン・マッスル。
そう。単純な質量差……キャプテン・マッスルが憑依したところで、ビビアン自体の質量が上がるわけではない。
だが、ハイパー・ディナはネオ・タチカワ・スペシャルによって質量が何十キロも増えているのだ。
その差が、ビビアン・マッスルを地面に沈めた。
「うぅ……」
「待っていなさい! このハイパー・ディナがトドメを刺してくれるわっ!」
地面に倒れ伏したビビアン・マッスルに、再び跳躍したハイパー・ディナが襲いかかる。
最初に受けた際は受け身を取ることができたからこそ、まだマシなダメージで済んだ。しかし、今の意識すら混濁したビビアン・マッスルでは、そのまま潰されて死んでしまうだろう――ハイパー・ディナに殺す気がなかったとしても。
『キクタの体重は80キロ!!
「それさっきも聞いたよ! マネモブ、速くビビアンを助けてあげてよ! このままじゃ死んじゃうよ!?」
リンにせがまれるが、マネモブにはどうすることもできない。
元々はマネモブがカミエルの心臓を止めたことが発端の闘いである。だからこそ、マネモブにディナを止める権利はなかったが、かと言ってビビアンを死なせるわけにもいかない。
マネモブはこの闘いに武力介入しないことを決めているので、それを覆すこともしない……だから代役がいる。
『バルコ…“勝利の呪文”を頼む…』
「勝利の呪文……?」
マネモブが言う勝利の呪文。
思わず聞き返したものの、リンには心当たりがあった。
彼女は、倒れたビビアンに向かって声を張り上げた。
「いけーっ! ビビアン!」
勝利の呪文。それは、応援なのである。
Now Loading......
「ここはどこでしょう……」
混濁する意識の中、ビビアンは暗闇をさまよっていた。
「なんだか気持ちの良い場所ですね」
その場に座り込み、目を閉じたビビアンの意識はどんどんと闇へと沈んでいく。
『――――! ――――!』
「……何だか声が聞こえるような気がしますね……えっ」
ビビアンが目を開ける。
そこには――
私はキャプテン・マッスル
このメッセージを聞いている君は選ばれし者
勝利を掴むチャンスを与えられた強き者
単刀直入に言おう
目の前にいるある少女をぶちのめしてほしい
名はディナ
讃頌会の人物で“哀しき過去”を持つ少女だ
もちろんめちゃくちゃ強い
しかもこの闘いには絶対守らなければならない条件がある
ディナを倒すには徒手空拳でなくてはならない
武器やエーテル兵器の使用は一切禁止
なぜなら万が一にも“命”を傷つけてはならないからだ
何よりも“命”が大事なんだ
ぶっちゃけ勝敗なんてどうでもいいんだ
“命”さえ生きていればなぁ
さぁ這いつくばっていないで今すぐ立ち上がれ
燃え滾る拳でディナを失神KOさせろ
急げっ乗り遅れるな
輝かしい勝利を掴むんだ
“ディナ・ラッシュ”だ
「キャプテン・マッスル様……!?」
『いけーっ! ビビアン!』
「この声はパエトーン様!? そうなのです! こんなところにいないで早く起きないとです!」
ビビアンは急いで立ち上がり、声のする方向へと走り出した。
しかし、少しするとピタリと足を止め、キャプテン・マッスルへと振り返った。
「キャプテン・マッスル様、ありがとうなのです。おかげ様で目が覚めたのです」
「俺の言葉で目が覚めたなんて言ってくれてお前には感動したよ。だがこの闘いの勝敗がお前達の尊い命と釣り合うなんて思うなよ、せめて命くらいは大切にしてくれよ」
「お心遣いありがとうございます。でも、わたしがやらなくてはダメなのです」
ビビアンの信念のこもった瞳がキャプテン・マッスルを見ると、キャプテン・マッスルがほほ笑んだ……ような気がした。
「そんな勇気と信念のある君にいい知らせがある。“いのちだいじに”というルールは撤回された。信念と信念、拳と拳、魂と魂……とくかく全てのぶつかり合いだ。お前達が分かり合えるなら俺はそれでいい」
「キャプテン・マッスル様……!」
「――ただし負傷したなら必ず一報を入れろ。あまりもたもたしてると超危険エーテリアス“死神医療チーム”が現場に急行するからな」
キャプテン・マッスルはそれだけ言うと、ビビアンに背を向けた。
そのポーズはバックダブルパイセップスである。
「ありがとうございます! わたしは絶対勝利するのです!」
「――さあ改めて決心したならディナを失神KOさせろ。急げっ乗り遅れるな、その手に勝利を掴むんだ。“ディナ・ラッシュ”だ」
ビビアンの意識が浮上する――
Now Loading......
「――いけーっ! ビビアン!」
「しゃあっ」
「な に っ」
決着は一撃だった。
突如立ち上がったビビアンによる、アッパーカット。
ただそれだけでディナは脳震盪を起こし、敗北したのだ。
「やったぁ! ビビアンが勝ったぁ!」
『見事やな…』『君に勲章を与えたいよ』
リンとマネモブが、満身創痍の二人に駆け寄る。
「大丈夫!?」
「わたしは大丈夫なのです……でも、ディナは……」
「う、うぅ……」
ディナがすぐさま目を覚ます。
筋肉によって衝撃から守られたようだが、しかし闘うための力は残されていなかった。
「ビビアン……あなたには色々と言いたいことや不満はあったけれど……こうして闘って、全部スッキリしちゃったわ」
「お互い様なのです」
「そうね……」
倒れたディナが満足気な表情を浮かべている。
ただ一つの不満は、カミエルがいないこと……しかし。
「カハッ!? わ、私は一体……ってディナ様!? ビビアン!? これはどういう状況ですか!?」
「あ、カミエルさん起きたんだね、実は――」
リンが事細かに事情を説明した。
それに対し、カミエルは困惑した表情を浮かべる。
「事情は分かりましたが……いややっぱり分かりません。何です? ハイパー・ディナにビビアン・マッスルって」
「さぁ……? マネモブは?」
『知ラナイ』『知ッテテモ言ワナイ』
考えても仕方のないことだった。
そこで、ディナが起き上がって言った。
「カミエル。私、自首するわ」
「えっ。ディナ様……」
「もうビビアンとのわだかまりはない。少なくとも、私にはね」
「わたしもなくなったのです」
「ディナ様……」
ホロウにサイレンの音が響き渡る。
新エリー都に住む者なら誰もが知っている、治安局の車かのサイレンだ。
やがて車が皆の前に止まると、出てきたのはなぜかトダーだった。
『オ前ラオソロイヤンケ。連行スレバイイノハ誰ヤンケ?』
「私よ」
「ディナ様、私もお供します」
『何ノ罪ヲ犯シタカハ知シラナイケド、マア無期トカ死刑ジャナキャイツカハ出ラレルヤンケ。安心スルヤンケ、ウチニハサド看守ハイナイヤンケ』
「まるであなたの所以外にはいるような口ぶりね……」
『細カイコトハ気ニスルナ』
トダーが二人に手錠をかける。
すると、ディナがビビアンと向き合った。
「お別れね……また会えるかは分からないけど、その時はよろしくね」
「ええ、その時はわたしの秘蔵のパエトーン様コレクションとキャプテン・マッスル様の映像集を見せてあげるのです」
「それはちょっと遠慮しておくわ」
これで、モッキンバードやレイヴンロック家、讃頌会の陰謀が入り混じった事件は終わりを迎えた。
事件の顛末はエリー都新聞に載り、世間を沸かした後に忘れ去られることだろう――
「はぐっ」
「はうっ」
「えっ」
「なにっ」
『ナ…ナンダアッ』
『た…大変だあっ』『田代さんが…田代さんが死んだあッ』
そして案の定クスリの副作用でビビアンとディナが死にかけたので、それぞれリンとマネモブが治療した。
「この刑務所は一体……!?」
「人権、どこへ!」
ディナとカミエルが逮捕された後。
彼女達が送られたのは、あの悪名高い関東特別医療更生収容所……通称“カンコウ”だった。
生き延びた彼女達だが、罪は償わなければならないようだ。ディナとカミエルの明日はどっちだ!?
治安局ルミナ分署にて、トダーが紙媒体の資料とにらめっこをしていた。
『コノ資料改ザンサレテルヤンケ』
ゴア博士の作り出した人工知能は、改ざんされた資料を見抜いた。
あえて“禁断の果実テスト”を受けさせないことで得られた冷徹非情なロボットとしての合理的判断がそれを可能とした。
『……治安局ニモ讃頌会トカイウ連中ノ手下ガ紛レ込ンデイルヤンケ』
誰が怪しいのか。
すでに目星はついているものの、トダーはあえて泳がせることにした。
自分一機でできることは限られている。だからこそ、好機を狙い……連中の企みを無に帰す。
それ以前にも、誰が確実な味方で敵かを確定させる必要があった。
「トダー、どうしたんだ? 資料見つめて」
『セスボー。イヤ、紙媒体ニ頼ラザルヲエナイ人間ハ遅レテルト考エテタヤンケ。脳味噌ヲ機械化スレバ全部電子媒体デ解決スルヤンケ。人間ハ愚カヤンケ』
「そんなこと考えていたのか!? いや、確かに紙媒体は面倒ではある。でもな、電子データにはない利点があるんだ」
『ホウ? ダッタラ教エテミルヤンケ』
「いいか? まずは電子データのメリットとデメリットからだ――」
心無いロボットに対し懇切丁寧に、大真面目に電子データと紙の違いを教えてくるこの男は、少なくとも味方だろう。
無機質なカメラアイを向けながら、トダーはセスの話に付き合った。