だって何となく身内かつ目下には嫌味言ったりしなさそうでしょう
それどころか飯奢ってくれたりしそうなんだよね
殺人を忌避する程度の倫理観もあるしな
しかも田代さんと同じく時空を歪ませる能力を持っている…
新エリー都、ルミナスクエア。
賑やかな街の一角に存在する、灘心陽流本部道場。
そこで、とある青年がトレーニング行っていた。
「ハッ、ハッ、ハッ、ハッ」
低酸素マスク、ウェイトバンドをつけた激しい運動。
大量の汗を流しながらも、青年は動くことをやめなかった。
「低酸素マスクをつけてサーキットトレーニング4セット目だぞ」
同じ灘心陽流門下生たちは、その常人ならすぐに音を上げるだろうトレーニングに驚いていた。
パン パン パン
青年がサンドバッグを殴っている時だった。
「えっ」
「なにっ」
ガクンと、いきなり青年が力を失ったように崩れ落ちた。
ついに倒れてしまったと、トレーニングを見守っていた門下生たちはすぐに彼の元に駆け付けた。
「どうしたしっかりしろ」
道場内はちょっとした騒ぎになった。
その騒ぎを聞きつけて、別の部屋から男性が駆け付けてきた。
「清丸!」
「黒田先生、清丸が」
「分かっとる! 低酸素マスクを外せ、ウェイトバンドを外せ! 痙攣しとる! テタニー症状や」
黒田と呼ばれた男性は、落ち着いて青年――清丸に呼びかける。
「浅くゆっくり呼吸するんだ」
清丸の呼吸が浅く、ゆっくりになる。
すると痙攣が落ち着き、やがて話せるまでに回復した。
「お前はアホか。失神するまで低酸素マスク着けてトレーニングする奴はおらんわっ」
呆れた様子の黒田だが、清丸のことを心配している様子が傍からでも見て取れる。
そんな黒田に対し、清丸は申し訳なさそうに、しかし確かな信念を持って答えた。
「す……すいません。自分の限界っていうのがわからないんです」
「……」
そんな清丸の話を険しい表情で聞く黒田。
「た……ただ、それでもやり続けたら強くなれるのはわかってるんです」
あはっ、と清丸は笑う。
彼は確かに武術の才能がある。こんな無茶なトレーニングでも効果を発揮し、強くなれるだろう。
しかし、その行方を黒田は心配していた。清丸より、自分より強い者などいくらでもいるのだから。
それこそ、今もそこらを練り歩いているかもしれない。
黒田は喉まで出かかった言葉を飲み込んだ。今の清丸に、オーバーワークで倒れた弟子にかける言葉ではないと思ったからだ。
Now Loading......
「ちょっとオーバーワーク気味やな」
疲れた様子で夜道を歩く清丸。
彼の恵まれた体力をもってしても、今日のトレーニングはオーバーワークだった。
薄暗い路地裏に入る。彼の家まで、この路地裏が近道だった。
「あうっ」
「しっかり押さえてろ」
「!」
清丸の耳が、声を拾う。
女性の悲鳴じみた声と、男性の声である。
何かあったのか。清丸はその場へ向かうことにした。
「――」
破られた布、脱げたハイヒール、散らかったバッグと中身。
そして――女性を三人がかりで押さえつける屈強な男達の姿が。
「お前ら何しとるんや」
「何って」
「見ての通りレイプしてるんやん」
カメラやスタッフがいれば、AVの撮影でも通っただろう。
しかし、男達の口からはっきりと性犯罪をしているという自白が成された。
「もうやめえや」
「あーあ、見られたらしゃあないな。お前も痛い目にあうで」
真正面の男が構えるよりも早く、清丸は正面にいた男を狙った。
一撃で意識を刈り取ることを目的とした頭部へのハイキック。正義感に駆られたのか、暴力を振るう大義名分を得たと考えたのか……あるいはその両方か。
どちらにせよ、被害者にとってはまさに救いの一手。
その判断は何も間違いではない。
清丸は一人だが、相手は三人。一人でも頭数を減らし、有利な状況へと持ち込もうというのが清丸の考えだった。
だが、その目論見は一瞬にして崩壊した。
パァン
「どうやら少しは格闘技をかじってるみたいやなイケメンヒーロー」
ハイキックは、頭部との間に差し込まれた腕によって完全に防がれた。
暗がりで分からなかったが、よくよく見ればその男の体つきは、清丸と比較するとあまりにも筋肉の厚みが違う。
「けど実践向きやないっ」
男はそのまま脚を掴みながら清丸へとタックルする。
男の体格は清丸よりも大きい。したがって体重も多く、体重差が重要な格闘戦では軽い方が圧倒的に不利。
「いきなりハイキックって、軸足刈られたらすぐ転がされるで。タックルに入るタイミングも取りやすいんや」
バランスの取れなくなった清丸は倒れるしかない。
片足立ちの状態で相手を倒す術を、清丸は持っていない。
「やっぱ喧嘩は
「はうっ」
――こいつら、喧嘩慣れしすぎている。
流れるようなタックルからのチョークスリーパーは、容易く清丸の意識を闇へと誘った。
闇の中、数秒か数分か。男達の声が聞こえる。
「俺たちタチ悪いよなあ」
「根っからの不良のくせに
朦朧とした意識の中、自分がうつ伏せの状態へ転がされたことを悟った清丸。
これ以上何をするつもりなのかとぼやけた思考で考えていた時、耳にした言葉は彼の意識を急激に覚醒させた。
「男もいけるしな」
「!」
ズボンとパンツが脱がされる、男もいけるという発言、レイパー……これらの要素から導き出される答えは、清丸が今からレイプされ、純潔を失うと言うことだった。
「やめろオオ――」
「――何をしている!」
「なにっ」
今にもレイプされそうな状況に、鋭い声がかかった。
若い男性の声。しかし、その声には強い怒りが込められている。
「お前達、何をしているんだ!?」
オオヤマネコのシリオンの青年。
服装からして、治安官。このルミナスクエアにおける絶対的な正義の象徴だ。
「治安官かい」
「どないする?」
「黙らしたったらええやん」
不良達は治安官すら恐れていないようだ。
それどころか、見た目の良い治安官を前にしていきり立っているような気さえもある。
野蛮人を超えた野蛮人。新エリー都の闇とはかくも深いものなのか。
「ちょっと眠っててもらうで――」
防御のしにくい低空タックル。
それが高速で行われると言うならば、受け切るか避けるしかない。
だが、どちらにせよ隙は大きくなる。最悪なのは、不良達が三人であるということだ。
いかに屈強な治安官といえど、数の暴力を相手にすればなすすべもなく敗北するだろう。
男達も、清丸でさえもそう考えた。しかし――この治安官は違った。
「――コブラ・ソード!!(変則テン・カウ)」
「はうっ」
顔面への、カウンターじみた膝蹴り。
たったその一撃で不良の顔面は崩壊し、意識を闇へと沈めた。
「な……なんだあっ」
「しゃあっ」
治安官の攻勢は止まらない。
一瞬、動揺を見せた男に肉薄し、強烈なレバーブローからの顎を狙ったパンチによってノックアウトさせた。
これに焦ったのは、残りの一人だ。その男は、逃げることもできず地面に倒れた女性を盾にした。
極度の興奮状態へと陥ってはいるものの、男は冷静だった。ダウンしているとはいえ男の清丸を狙うより、抵抗力が少ない方を選んだのだ。
「めちゃくちゃ卑怯やが……お前みたいな治安官に構ってられへんわっ」
「その女性を離せ! 今すぐ離さないと……」
「離さないと……どうなるんや?」
『コウナルヤンケ』
「あっ」
ガ ン ッ
硬質の物体が柔らかい物へと一方的にぶつかる音と共に、男が倒れ伏した。
その背後には、この場にいる誰よりも大きな人影が。
「トダー!」
『ツーマンセルハ正解ダッタヤンケ、セスボー。ココ治安悪スギルヤンケ。先週モレイパーイタヤンケ。コレデ四回目ヤンケ』
「流石におかしいな。これは調査がいる」
『ソレハ上司共ニ任セルヤンケ。ソレヨリモレイパー連行スルヤンケ』
「女性はトダーが連れて行ってくれ。男の俺じゃあ怯えさせてしまうかもしれない」
『ワカッタヤンケ。ソコノ男ノ対応ハ任セタヤンケ』
ロボット……トダーが不良達を電撃腕輪で拘束すると、雑に車へと放り込んで連行していった。
ちなみに被害者の女性には丁寧に対応し、安全な治安局まで一緒に連れて行った。
「君、大丈夫だったか?」
「あ、ありがとうございます……」
治安官……セスは清丸へ手を貸した。
手ひどくやられた清丸だったが、意外なことに外傷やダメージは少ない。
タックルで背中を打ち付けたり、チョークスリーパーで締め上げられたりしただけだったからだ。
「一旦、ここを離れようか」
「は、はい……」
セスは清丸を支えながらその場から離れた。
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二人が来たのは、ルミナスクエアの公園っぽい広場だった。
「ありがとうございました」
清丸は、セスにそう言った。
彼は自分の弱さを身をもって実感し、自省している。
助けてもらわなければ今頃は……清丸は、想像しただけで身震いした。
しかし、そんな様子の清丸を笑うことも、危険なことをしたことを咎めることもなくセスが言った。
「いや……君こそ。君があの女性を助けようとしていなければ、我々が間に合うこともなかったはずだ。君は誇りに思うべきだ」
「そう、でしょうか」
自分は強いと思っていた。いや、強くなっていると思っていた。
だが、しょせんは井の中の蛙に過ぎず、己の無力を知っただけ。
清丸には、自分がどうあるべきなのか、道を見失っていた。
「セスさんは……強いんですね」
「ああ、強い。強いが上には上がいる。それでも人々を悪意から守るために鍛えているんだ」
「どうすればあなたみたいに強くなれますか?」
一瞬で男二人を叩き伏せた実力。
セスがどんなトレーニングをしているのか、強さの秘訣は何なのかを知りたかった。
「君は、自分が弱いとでも思っているのか?」
「はい」
「……」
ここで安易に答えてしまうのは危険だ。
セスはそう感じた。目の前の青年の目には、危険な光が宿っていたからだ。
だからこそセスは、自分を曲げずに答えた。
「弱いってことは、悪いことじゃないと思う」
「……」
「これはトダーの……さっきのロボットの受け売りだが、弱いということはもっと強くなれるということだと思う」
「もっと、強く……?」
セスの脳内に『弱イッテコトハモット強クナレルッテコトヤンケ』といつもの調子で話すトダーの姿が。
そのトダーも誰かの受け売りと言っていたが、その前も受け売りだったという。だが、セスはこの言葉を気に入っていた。
「それに、君は武術家なんだろう?」
「は、はい。どうしてわかったんですか?」
「最近、ナダシン・シン・カゲリュウって流派が流行ってるだろう? そのせいってわけじゃないが、ブームに乗っかって武術家を騙った詐欺師や、単純に武術を犯罪に使う奴が増えてるんだ。だから俺は武術の足運びとかを研究して……格闘技をやってるかどうかが分かるようになった」
「す、すごい……」
セスはトダーと共に新エリー都の武術、格闘技を徹底的に研究していた。
おかげで、今では歩き方を見ただけでどこの流派なのかを、宗家、亜流であるかすらも当てられるようになったのだ。
「君は武術家だ」
「はい」
「武術家ってことは、俺よりも教えを乞うのに相応しい人がいるんじゃないか?」
「……あっ!」
ここで、清丸はようやく気付いた。
黒田光秀。灘心陽流の当主に教えを乞えばいい。
これは、清丸がバカだったからというわけではなく、単純な見落としである。
あまりにも距離が近くて過去のトラウマから実力を誇示しようとしない黒田のことを、清丸は兄貴分だと思っていたのだ。
何となく家族に近い存在であると無意識的に思うことで、黒田に指導してもらうことが選択肢から抜けていたのだ。
憧れの人物である黒田を、踏み込むべきでない聖域であると思っていた。
無意識の思いと、憧れ。
それこそが、清丸の目を曇らせていた。
「ありがとうございます。おかげで目が覚めました」
「いいってことさ。俺の言葉が、君の助けになれたことを嬉しく思う――だがこれだけは覚えておいてほしい。人はいくら強くても一人じゃ何もできないんだ。さっき、トダーが助けてくれたように。つまり、困った時は助けてもらってもいいんだ」
「……はい!」
清丸は、治安局での事情聴取の後、家に帰った。
そして、次の日――
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「清丸! 心配したんやぞ」
「ご心配をかけてすみません黒田さん」
黒田は、清丸を心から心配していた。
つい先ほど、治安局から事件のあらましを伝えられたからだ。
まさか弟子がレイプされそうになったなどと……黒田はあの時に適切な言葉をかけなかったことを後悔していた。
それと同時に、強くなることに執着している清丸が、灘心陽流を捨てて別の流派へ行くかもしれないとも思っていた。
清丸のことは自身の後継者に、と考えていたが。黒田は清丸の選択を肯定することにした。
「黒田さん」
「どうした」
その幻想は粉々に打ち砕かれたのだろう。
自信に満ち溢れた清丸は、敗北と屈辱に叩き落とされたのだろう。
「黒田さん、ボクはあなたに憧れ、あなたのように強くなるのが夢だった」
「……」
決意に満ちた清丸の目が、黒田を見る。
口から出るのは決別か、恨み節か。黒田は全てを受け止める覚悟だった。
「心陽流じゃないとダメなんです。心陽流じゃないと強くなれないんです」
「……なんやて?」
黒田は自分の耳を疑った。
それでも続く言葉に込められた意志は固く……
「黒田さん、ボクに灘心陽流のことをもっと教えてください」
清丸は灘心陽流を愛している。
弱いのは技ではなく自身。敗北を糧に、清丸は再起しようとしている。
それを感じ取った黒田は――
「俺がサンドバッグになろう!!」
「はい! ……はい?」
ここに、真の意味での師弟関係が芽生えた。
新エリー都は今日も騒がしい。
【我龍院清丸】
・名前からして絶対どこかの名家の出と思われるが……
掘られて闇落ちしていないので師弟関係は良好。敗北の経験から反省したり、実戦経験を積んでいるので順当に強くなっている。天狗になったり武術家狩りもしていない。
セスと交流を持ち、歳の近い友人のような関係となっているようだ。
(地味に鬼龍のことをさん付けで呼んでいたの好きなんだよね。他は呼び捨てか様付けでしょう)
【セス】
・最近はジェーンとラーメン屋に行ったりトダーと組んで仕事したりしている。
クソ真面目なので、合理的なロボットを自称するトダーの頓珍漢な理論にツッコミを入れたりしている姿が目撃されている。
【トダー】
・合理的な戦闘ロボット、冷酷無情の殺人マシーンという触れ込みで治安局ルミナ分署へと配備された高性能ロボット。禁断の果実テストをあえてパスしていないので、扱い的には機械人ではなくロボットであり、治安局の備品。
マネモブに教えられた変な関西弁で喋るので、見た目も相まって舐められやすい。
【黒田光秀】
・TOPSからメイフラワー家まで様々な要人警護を請け負うプロのボディーガード。しかし、その本業は古流武術である灘心陽流の当主である。
警護とあれば対象を選ばないダーティーな雰囲気とは裏腹にイケメンであり、しかも普段はめちゃくちゃ人当たりが良くて優しいので門弟やエクササイズの主婦たちからは凄い人気を誇っている。しかも意外と関西弁だったりするのでそのギャップがいいという声も。
灘心陽流、ひいては灘・真・神影流が新エリー都で影響力を持つようになったのは、彼の経営手腕によるものが大きいとされる。
【灘心陽流】
・幽玄、覇生、真魔などと共に灘・真・神影流に統合された古流武術の一つ。
一応灘神影流の宗家にあたるのだが、表社会と強く交流する中で危険かつ陰湿な暗殺拳としての顔は鳴りを潜め、競技性、スポーツ的な側面が強くなっていった。それでも暗殺技が失われたわけではなく、当主にのみその技が代々受け継がれている……という説もある。