「なんか静かですねぇ」
調査の結果めちゃくちゃ怪しいことが判明したロア先生と、彼の治療儀式に参加するためホロウへと入ったパロを追うため、リン達はラマニアンホロウへと足を踏み入れた。
だが、ホロウの中は不気味なまでに静まり返っていた。エーテリアスの一匹とて見当たらず、ミアズマも雑に切り取られたような様相を呈していた。
「ミアズマまみれの場所で治療!?」
「労働者達によると、ポーセルメックスの目を避けるためだって言ってたけど、それもどこまで本当なのやら」
唯一の手掛かりはパロの通信シグナル。
頼りない強度のそれを頼りに、彼らは労働者達が集まる場所まで来ることができた。
「あ、あそこにたくさん人が集まってますよ……って、倒れてる人もいる!?」
「大丈夫ですか!?」
苦悶の表情を浮かべる労働者や、倒れ伏してまるで動かない労働者。
しかし、死人のように見える彼らは、薄っすらと呼吸はしているようで、死んではいない様子。
「酷い侵蝕症状だが……ちゃんとした治療を受けられたようだ」
「見て、救急車だ! ホロウに迷い込んだのが運良く侵蝕を免れたのかな? 何か都合が良すぎるけど……まあいっか!」
一行の前方には救急車が停車しており、開け放たれたバックドアからは医療器具の数々が見える。
遠目から見ても全て丁寧に手入れされているようだった。救護隊員はホロウに迷い込んで不運だったが、労働者にとってはまさに救世主に見えるだろう。
リンは、救護に当たっているだろう彼らに話を聞いてみることにした。
「すみませーん、少しお話を伺っ……て……も……」
その先が紡がれることはなかった。
いや、誰もが絶句し、臨戦態勢を取っている。
何故なら、リンが話しかけた救護班というのは――
『SHINZOU YOKOSE』
「し、死神医療チーム……!?」
ホロウでの活動を生業にする者に、名を知らぬ者はいないとまで言わしめた死神。
レイダーも、調査員も、エーテリアスでさえも一切の区別なく心臓を抜き取ってきた見境なき医師団。
それこそがホロウで最も恐れられるエーテリアスの一体、“死神医療チーム”である。
「リンから離れろ――」
『MATE』
「えっ」
リンから死神医療チームを引き離すために符を放とうとした儀玄だったが、わずかに死神の判断が早かった。
死神はリンを掴むと、その首筋にメスを押し当てた。このメスは“超侵蝕エーテル無麻酔メス”。地獄の苦痛を与えながら心臓を抜き出すための医療器具である。
ただ薄皮一枚斬られただけでも、非常に鋭い痛みが全身を襲うだろう。
その行動に誰よりも肝を冷やしたのは、兄であるアキラだろう。
雲嶽山のメンバーがいかに強くても、人質を取られてしまっては迂闊な行動はできない。
『リン!?』
「じょ、冗談だろエーテリアスが人質を取るなんて……」
頭部の不気味なエーテルコアが、雲嶽山の面々を観察する。まるで未知の病巣を前にした医者のような振舞いである。
しばらく睨み合いが続くが……その均衡は突如として崩れ去った。
『オーイ落ち着け』『ゆっくり呼吸するんや』
「えっ」
「なにっ」
「な……なんだあっ」
死神を挟み撃ちにするかのように現れたその武術家。
雲嶽山の宗主である儀玄から見ても、これほどの身体は世界に数えるほどだろうと断言できる筋骨隆々の肉体。
マネキンをそのまま流用したかのような頭部。
エーテリアスらしく黒にも灰色にも見える肉体と、緑色に発光する鉱石のような部分を持ったそれは、死神医療チームの背後に立った。
「マネモブ!? どうしてここに!?」
「うああああ……ま、マネキンがホロウを練り歩いてます!」
反応は様々だったが、心強い味方が現れたことは確かだった。
形勢不利であることを悟った死神の行動は――
『NIGERU』
「えっ」
『TESSYUUDA』『TESSYUUSIROッ』
雲嶽山の方へリンを突き飛ばし、一気に動き出した“奪命車”のバックドアを掴んでそのまま逃走する。
奪命車にはもう一人の死神医療チームが待機していたようで、逃走は非常にスムーズだった。瞬く間に遠ざかる死神達が見えなくなると、一行はようやく警戒を解いた。
「よ、よかったですよ~! リンさんが無事で!!」
「とんでもないバケモノと出くわしちまったな……」
「怪我はないか? リン」
「う、うん……えっ、私生きてる?」
『ほいだらおどれはあの世に送ったろかあ――ん?』
「遠慮しとくよ!!」
リンが命拾いをしたことを喜ぶが、まだ疑問が残っている。
それは、何故マネモブがこんな場所にいるのか。何をしていたのかということである。
「それで……マネモブはでうてこんなところに来たの?」
『いやっ聞いてほしいんだ』
マネモブが指をさす方向には、大勢の労働者達。
彼らは一様に倒れ伏しており、呼吸もしておらずまるで死んでいるかのようだった。
中には探していたパロの姿も。
『息の根を止めるべきです』
「まさか……殺したと言うのか?」
再び雲嶽山に緊張が走る。
しかし、待ったをかけたのはリンだった。
「いやっ、聞いてほしいんだ。多分、彼らは仮死状態なんだよ!」
「仮死状態?」
『灘神影流マジックよ』『一時的に仮死状態にする技が
「ふうんそういうことか。よし、今の内に全員ホロウの外に運び出すぞ!」
一行に加え、マネモブやまだ動ける労働者によって運び出される。
一番ありがたかったのは、最悪ロープウェイに乗せるだけで良かったことだろう。
「なるほど。つまり、マネモブは死神医療チームと睨み合いながら労働者達の治療をしてたってわけか」
「確かに名高い灘・真・神影流の宗主として相応しい行いだ。だが、一体なぜ?」
『もっとも尊いとされる自己犠牲であっても“自己満足”や』
即答だった。
「自己満足のためであると?」
『そうやっ』
「……」
沈黙する儀玄。まさか、ホロウで人を襲う害獣同然の存在であるエーテリアスに、ここまでの精神性を持つ存在がいるとは思っていなかった。
噂では人助けをするエーテリアスとは聞いていた。しかし、彼女とマネモブのファーストコンタクトは、タナトス四体を引き連れ、リン達を汚い言葉遣いで包囲している場面だった。
だからこそ、話してみるとまともな人格者であったことに内心驚いていたのだ。
「マネモブよ。以前のことは、雲嶽山宗主として正式に謝罪しよう」
『なんやねんその“幻魔突き”って? ワシは知らんで』
「……そう、だな。あの場では何もなかった」
マネモブは自分の語録と見た目と立場を理解している。
勘違いされた結果、誰かに殺されることもあるだろう。
だが、それを恨みはしない。それを恨むのは筋違いであるからだ。
『しかし俺を恨むの筋違いだぞ』『悪いのはスマイル・ジョーだ』
「ふうん、そういうことか」
二人の話し合いは終わったようで、彼らは仲間のもとへ歩き出した。
「労働者の救助は終わったね! 次はロア博士を見つけなきゃ……」
『あっちの世界に行こう…』
「えっ、案内してくれるの?」
「じゃあ、もしロア先生が黒幕だった時のために作戦を立てておきませんか?」
ロア先生らしき人物を見たというマネモブのおかげで、彼の捜索はスムーズに進んだ。
Now Loading......
「おっと、こんなに早くここまでたどり着くとは…」
「どういうこと? さっきの人達は讃頌会だった」
「許せなかった……!! まさかロア先生が讃頌会の人間だったなんて……!! 治療と称して皆を騙していたなんて……!!」
虎なのに鷹みたいな怒りの表情を浮かべる福福。
しかし、ロアはどこ吹く風のようだ。その目には確かに狂信者めいた光が宿っている。
「騙した……? ハハハ、彼らは選ばれたんだ。始まりの主に捧げられるべき“供物”として。ぜひ胸を張ってもらいたいところだ」
(誰一人死んでいないのに供物!? ちょ、ちょっと哀れすぎるでしょ)
実際、ロアの解悩水によって命を落とした者はいない。
今、ロアの周りで苦しんでいる労働者達がエーテリアス化するには数十秒か、数分の猶予がある。
その猶予があれば、助けることは可能だからだ。
「君たち自ら出向いてくれたんだ……彼らともども“治療”してあげようかッ」
“治療”。
もちろん、エーテリアス化させて殺してやると言う悪意を含んだ脅しであり、彼にとっては本気なのだろうが……あまりにも迫力がなかった。
なぜなら先ほど、彼の所業が可愛く見える死神に“治療”されかかったところなのだから。
それに、勝敗はすでに決している。
『その前にお前を殺してやるよっゴアッ』
「えっ」
『幻魔拳』『あっ』『一発で折れたッ』
「う あ あ あ あ」
背後にいきなり現れたマネモブの、幻魔拳とは名ばかりの拳がロアの顔面を捉える。
大勢の人々の命を奪おうとしたロアに、流石のマネモブも怒りを抑えられなかったのかもしれない。
いや、幻魔を使うほどの相手ではなかっただけだろうか。
『よしっ』『マフマドベコフを殺ってやったぜ』
「これで一件落着ですね!」
侵蝕症状に苦しむ労働者はすぐさま仮死状態にされ、ホロウの外へと運び出された。
つまり、これで讃頌会の目論見は潰えたということである。
そしてポーセルメックスへのストライキは停止した。
【死神医療チーム】
・高度な判断能力を有しており、その場において誰も助けなさそうなターゲットを積極的に狙う。
例えば仲間からも嫌われる凶悪なホロウレイダー、大型エーテリアス、大企業に雇われた使い捨ての労働者……彼らのような、負傷すれば誰も助けることのない者達を、毒牙にかけてきたのだ。
また、圧倒的な強者が現れるとすぐさま逃亡し、人質まで取ることさえある。強さだけが死神の要素ではない。死、苦痛、恐怖、絶望……それらをありとあらゆる手段をもって他者に与える存在こそが死神なのだ。
彼らがラマニアンホロウにいた理由はただ一つ。
労働者が死ぬまで待機していたのである。