「そ、それでは中堅! 灘、エドガード・C・ガルシア28号さん!」
「……」
くじの結果を聞くと、ガルシアが上着を脱ぎ捨て即座に戦闘態勢に入る。
いついかなる状態でも戦闘に入ることができる。いや、日常生活そのものが戦闘と言っても過言ではない。それが人間兵器、ガルシアシリーズである。
ツイッギーによってこの世に生み出された彼は、生来の寡黙さもあるがゆっくりと、確実に人間として成長している。
「雲嶽山……トダーさん」
『ナダ・シン・シンカゲリュウノ連中ハ不甲斐ナイヤンケ。コノ流レデトダーガ勝利ヲモタラシテヤルヤンケシバクヤンケ』
「ふ、不甲斐ない……」
『言イ方ハ悪イカモシレナイヤンケ。デモ、トダーハ戦闘ニオイテハ妥協シナイヤンケデキナイヤンケ』
普段の調子でトダーが言う。
いついかなる状況でも、軽口を叩きながら仕事の同僚ですら叩きのめすことができる冷徹非情のキラー・マシーン。比類なき戦術機械として治安局に売り込まれたトダーの電子頭脳にとって、勝負とは結果のみが全てだ。
作戦遂行のためなら自分すら捨て駒として扱う鋼鉄戦士に、人の心は分からない……今はまだ。
「……」
『オ前機械ヤンケ? 表情ガ動カナイ人間ナンテ見タコトナイヤンケ。何デ人間ニ偽装シテルヤンケ?』
トダーの頓珍漢な言葉にも、ガルシアの心が揺り動かされることはない。
すでにガルシアは、人間の情緒を持ちながらも機械のような冷静さを併せ持つ完全なるファイターになろうとしている。
大柄な体格のガルシアと、さらに背の高いトダーが並ぶ様は圧巻である。
両者の眼はお互いを見ているのか、果たして別のものを映しだしているのか。
「それでは試合開――」
「ゴングを鳴らせっ戦闘開始だっ」
「なにっ」
カァン!
また儀玄が試合開始のゴングを鳴らすよりも早く、待ちきれなかったリーチが勝手に鳴らした。
儀玄は、これからはあえてリーチにゴングを任せつつ鳴らすタイミングだけ指示することにした。
『何デモイイヤンケ。生身ゴトキガ機械ニ勝テルハズガナイヤンケ』
「!」
ノーモーションで繰り出されるトダーの音速パンチ。
単なる速度で言えば、ライトや黒田のそれを凌駕する鋼鉄が、ガルシアへと迫る。
当たれば容易に人体を破壊する、文字通りの一撃必殺。
「……」
『コレヲ避ケルヤンケ? オ前強イヤンケ。デモトダー程デハナイヤンケ』
圧倒的な動体視力によって、ガルシアはトダーのパンチを避ける。
だがパンチは一発ではない。それが数発、十数発、数十発と、疲れという概念を知らぬ身体から放たれるのだ。
超重量と超合金製の脚で硬い土の地面を踏み荒らしながら、鋼の戦士が進軍する。
『イカニ超人ジミタ身体能力ヲ持ッテイヨウガ、コノトダーニハ勝テナイヤンケ。トダーハソウイウ連中ニ対抗スルタメニ作ラレタヤンケ』
「……」
ガルシアは攻めあぐねている。
相手はまるで鋼鉄の移動要塞。ガルシアは武術の試合と聞いたので、特に武器などの用意をしてこなかった。
ガルシアなりに正々堂々と肉弾戦をしようと意気込んできたのだ。
だがその結果はどうだ、生身で化け物じみた機械と闘っている。
人間を心底バカにしたような口調で、油断も隙も容赦もない攻撃を淡々と繰り返す機械と闘っているのだ。
こんなことは生まれて初めてだ。ガルシアはそう思った。
「ッ!」
『オオ?』
音速のパンチを見切り、ガルシアの強力な蹴りがトダーを後退させる。
突然変異のガルシアの心臓を移植した者は超人的な力を得ることで知られているが、このガルシアは心臓どころか全身ガルシアだ。
だからこそ、100キロをオーバーする鉄の塊であるトダーを蹴りによって動かすことができるのだ。
「凄いな、あんなロボットを一撃で蹴飛ばすなんて」
「リーチさん、ガルシアさんは一体何者なんですか?」
福福がリーチに疑問を投げかける。
凄まじい衝撃の蹴り。あれほどの蹴りを放てる者が雲嶽山に何人いるだろうか。
しかも、ガルシアはそれをほとんど身体能力のみでやってのけていた。つまるところ、今までのファイター達のような、深みのある技が見られなかった。
それに対し、リーチが口を開く。野蛮人のような態度は鳴りを潜めていた。
「骨が強い、皮膚が強い。筋肉も内蔵も、何もかもあらゆる部位が強靭にできている。ガルシア28号はガルシアクローンの中でも身体能力が抜きん出て発達している突然変異体」
ガルシアは、ツイッギーが生み出したガルシアクローンだ。
しかし、誕生した場所は違えど、使用された技術・設備に差異はない。
防衛軍時代から変わらない高いパフォーマンスを維持している。
彼は、ラボで暮らしていた姉妹達の憧れの的でもあった。
ラボ内で唯一の男性だったこともあり、姉妹達はガルシアを兄のように慕い、ツイッギーは彼を弟のように接していた。
幾度となく専用の設備で戦闘データを取ったからこそ、分かってしまう。
「だがそんなガルシア28号でさえ、トダーの前ではじゃれつく子供に等しい。ガルシアは……兄貴はトダーに勝てない」
「!?」
悲痛な表情で、リーチが断言すると同時に、トダーの脚が伸びた。
世界には飛ぶ打撃などというものもあるが、比喩でもなんでもなく、脚が伸びたのだ。
『生身ニコノ芸当ガデキルヤンケ? 不可能ヤンケ。トダーノ脚ハ伸縮自在ヤンケ』
トダーの脚が3倍ほど伸び、鋼鉄の16文キックがガルシアの身体を打ち据えた。
超人的な反射神経により何とかガードしたガルシア。距離と打ちどころが幸いしたのか、不随かと錯覚してしまうほどの右手の痺れで済んでいる。
「……」
「ガルシアが戦い方を変えた」
アウトレンジですら不利。
それを悟ったガルシアは、超接近戦……インファイトを仕掛けた。
だが、全身が金属で作られたトダーにパンチやキックは無意味を超えた無意味。逆にガルシア自身の手足を痛め、ますます不利になるばかりだろう。
そこでガルシアが取った選択は――
「掌底!?」
「そうか、掌底なら衝撃を効率よく与えつつ手を痛めるリスクが少ない! 内部を気で破壊するつもりか?」
硬い土でできた地面を
清丸や黒田の見様見真似である。精度は遠く及ばないが、ガルシアなら身体能力と戦闘センスで全てをカバーすることができる。
『コレガイワユル浸透系ノ打撃ヤンケ? 確カニ凄マジイ威力ヤンケ……ケド、トダーハ内部機構スラ頑丈ヤンケシバクヤンケ』
しかしトダーに効果はあまりないようだ。
これは電磁パルスや、大型エーテリアス、テューポーンに代表される大型兵器などを警戒したゴア博士が改良を加えた結果である。
内部機構は頑丈になり、多少は雑な整備でも問題なくパフォーマンスを維持することができる。
浸透系の打撃を受けても平然としているのは、トダーが高い耐久性を持つこと、ガルシアの“気”の扱いが未熟であること。
だが、ガルシアにとってはそれでよかった。
『アウッ』
「トダーの腕が逸れた!」
ガルシアは、掌底での攻撃でわずかに狂った腕の軌道をさらに打ち払うことで逸らし、完全なる隙を作りだした。
これが、ガルシアの狙いだった。
「……!」
「中高一本拳!?」
「何を狙って……いや、そんなことが可能なのか!?」
絶好のチャンスを逃さず、ガルシアが繰り出したのは中高一本拳。
まるで凶悪なドリルのように尖った中指の関節が、トダーを狙う。その場所は……
『ヤンケェッ』
「トダーのカメラアイが壊れたあっ」
ガルシアの拳は正確にカメラアイを打ち抜き、その破壊に成功した。
トダーのカメラアイはもちろん、金属の身体に見合う超強化ガラス製である。
だが、それでも金属よりは柔らかい。ガルシアの筋力で破壊できる程度だったのだ。
『ヤンケッ』
「!」
トダーの冷徹かつ合理的な電子頭脳は、まずガルシアを後退させることを選んだ。
手足をめちゃくちゃに振り回し、威力は考えずに当てること、攻撃範囲のに特化させる。その姿は、まるでスイーパーや怒れる男のようだった。
だが、狙い通り軌道が読めないことで、ガルシアは一旦距離を取った。
「ガルシアは万全の状態、トダーはカメラアイ全損。互角か?」
「互角ってなんだろうね……」
トダーの音声センサーは周囲の音を拾っていた。
しかし、肝心のガルシアはそれを理解しているのか、まるで動かず場所が分からない。
そこで……トダーは賭けに出ることにした。
ガ シ ャ ッ
「えっ」
「な……なんだあっ、トダーの胸からモニターが出てきたあっ」
トダーの胸が左右にスライドし、中心にタブレット端末ほどの大きさのモニターが現れた。
そこには正面からトダーを見据えるガルシアが映し出されている。
「見て! 画面にガルシアが映ってる!」
そう、トダーの真正面にいるガルシアが映っているのだ。
(ガルシアガ映ッテイルトイウコトハ、ガルシアハトダーノ真正面ニイルトイウコトヤンケ)
トダーは自らに備え付けられたモニターと、モニター用のカメラ、そして観客すらも利用し、目が見えない状態からガルシアの位置を割り出したのだ。
(メインカメラ以外ハメンテナンスニ出シテ持ッテコナカッタノハ失敗ダッタヤンケ。コノ一撃デ決メルシカナイヤンケ)
ガルシアの場所が分からない状態では、攻撃が当てられない。
もちろんそれによって諦めることはないが、ガルシアの戦闘力がトダーを敗北に追い込むには十分であるというデータを電子頭脳は弾きだしている。
(音声センサーヲ正面ニ特化サセルヤンケ。次ニ音ガシタ瞬間ニ勝負ガツクヤンケ)
睨み合い、そして静寂が会場を支配する。
しかし、それも長くは続かなかった。先に動いたのは、ガルシア……
『コレデ終ワリヤンケシバクヤンケ』
だが、ガルシアが動きを見せた瞬間に、トダーが腕を3倍もの長さに伸ばしたのだ。
しかもその速度は音速であり、不意打ちじみたノーモーションである。
ゴ ッ
「ぐ……」
『脚ハ伸縮自在ト言ッタガ、腕ガ伸ビナイトハ一言モ言ッテナイヤンケ』
重い音、確かな手ごたえ、ガルシアのうめき声。
トダーは勝利を確信――
『……馬鹿ナ、計算ヨリ衝撃ガ少ナイヤンケ!? コレハ――』
できなかった。
どこまでも合理的な電子頭脳が、攻撃が失敗したという結果を導き出した。
ガルシアが、何らかの方法でしのぎ切ったのだ。その方法とは……
「ガルシアは、トダーの腕が伸びる限界まで後退したんだ」
「そしてあえてパンチを受けることで、威力を減衰しつつヒットしたことを偽装する。しかもうめき声の演技まで……恐ろしい判断だ」
ガルシアは相手の状況を把握し、トダーを騙し切ったのだ。
一瞬とはいえ、騙されたトダーには隙が生じる。トダーは腕を引き戻そうとしたが、もう遅かった。
『ヤ ン ケ エ エ エ エ』
ガルシアはトダーの腕を掴み、まるでスレッジハンマーのように振り回す。
超高級ハンマーと化したトダーの頭が向かう先は、地面。ガルシアは容赦なくトダーを振り下ろした。
『ヤンケッ』
ズ ボ ッ
頭からすっぽりとハマるトダー。
姿勢は崩れることなく垂直に突き刺さっているので、絵面はシュールなことこの上ない。
(サ、刺サッタ程度ナライクラデモ抜ケ出セルヤンケ)
トダーは腕を戻し、地面を掴んで抜け出そうとする。
しかし――
(地面ガ柔ラカ過ギテ踏ン張リガキカナイヤンケ!)
柔らかい地面は、トダーの硬さと怪力に耐えられない。
トダーが力を入れれば入れるほど、腕の方が埋まっていくのだ。
(ガルシアハコノ状況ヲ狙ッテタヤンケ!)
ガルシアは、自分の怪力によってあえて地面を踏み荒らした。
そして、トダーが踏み荒らした地面さえも利用し、この状況へ繋げたのだ。
(……コノ状況デアガイテモ仕方ナイヤンケ。ナラ、トダーガ取ルベキ行動ハ……)
トダーが、地面に添えた手をゆっくりと放す。
ギャラリーが、ガルシアさえもが固唾を飲んで見守る中、トダーが取った行動は――
ダ ン ッ ダ ン ッ
トダーが、地面をたたいた。
紛れもなくタップアウトである。
「た、タップアウトだあっ」
「トダーがタップした! この勝負、ガルシアの勝利!」
「おっしゃあ! 流石ガルシア兄貴!」
「信じて居たぞ、叔父貴よ」
「後方甥っ子面した強面のオッサン……ま、私はポンペイの叔母に当たるからバランスは取れてないんだけどね」
「血縁関係めちゃくちゃだな、あーっ」
初の勝利に、灘の面々には明るい雰囲気が流れる。
特に、ガルシア関係が強いアンビーとポンペイは喜んでいた。
「……」
『ヤンケッ』
無言でトダーを掘り起こしたガルシアは、土にまみれたトダーを見る。
トダーもそれに応じて、拳を差し出す。
『負ケタヤンケ達人。オ前強イヤンケ。オ前ミタイナ奴ノコトヲ、グッドファイタート言ラシイヤンケ』
「……」
ガルシアは、差し出された拳を見ながら思案する。
自分は恥じることのない闘いをしたのだろうかと。
『何ヤッテルヤンケ。オ前ハチームニ貢献シタヤンケ。自信持ッテ帰レヤンケ』
「!」
無理やり拳同士をくっつけるトダーは、ガルシアの背中をバシッと叩いた。
ガルシアは背中をさすったが、アンビーやポンペイはそれを微笑ましく見ている。
『オ前誇リニ思ウベキヤンケ。コンナニ強イナラオ前ノ父親ト母親モ喜ンデイルハズヤンケ』
「ちょっと人の心無さすぎない?」
「血縁上の甥ならここにいるぞ……歳上の甥だが」
「義妹もいる」
「だから血縁関係めちゃくちゃすぎるだろうがよえーっ」
これにより、灘・真・神影流の勝利となった。
残るニ勝負、果たしてどうなるのだろうか。