デッドエンド・ホロウ内部。
ニコ、アンビー、ビリー、猫又の4人はホロウを駆けていた。全ては人面獣心のクソ野郎、パールマンの野望を食い止めるために。
まずはエーテル爆薬を積んだ列車をジャックする、そのために彼らは走っていた。
いたのだが。
『強くなれ熹一…!! お前は灘神影流第15代当主となるんだ!!』
「何だあのエーテリアス?」
彼らの進行方向には、打ち捨てられたベンチに座り込み、人形に哺乳瓶を押し当てているエーテリアスがいた。
一見、子供のままごとのようで微笑ましい光景だが、やっているのは屈強な肉体を持ったエーテリアス……マネキン・モブである。
「あれ? あいつって……」
「前にも見た」
「別のホロウにいたはずじゃないの?」
以前に邪兎屋がマネモブと出会ったのは、デッドエンドホロウではない別のホロウである。
ということは、恐らくホロウの裂け目を経由してデッドエンドホロウに来たのかもしれない。彼らはそう考えた。
「おーい、アンタ、前に戦った奴だよな?」
『ヴヘヘヘへ、どうもお久しぶりです。ゴアです』
「ゴアではねえだろ……」
邪兎屋はホロウ調査協会から発表されたこのエーテリアスの名前が、マネキン・モブであることを知っていた。
そして、デッドエンド・ブッチャーレベルのヤバい奴であることも。
「あんたは知らないだろうけど、ホロウ調査協会から正式に発表されたあんたの名前はマネキン・モブよ……言いにくいから、マネモブって呼ぶわね」
『マネモブ…待ってるよ』
エーテリアスことマネモブの隣に座っている、ゾウともアザラシともつかないシリオンがそう言った。
そして、ベンチごとどこかへ去って行った。
「今の誰!?」
『知ラナイ。知ッテテモ言ワナイ』
「これは本当に知らなさそう」
実際、マネモブは誰か知らなかった。
それはさておき、このお喋りなエーテリアスと初対面なのは猫又だった。
「ねえちょっと、コイツエーテリアスじゃないの? 何でそんな親しげにしてるんだ? というか何で喋れるんだ?」
「前の依頼の時に荒稼ぎさせてもらったのよ! それに、理由なく襲ってこないし……多分」
「ほんとに?」
『宮沢熹一の殺し方を教えてくれよ』
「ほら、何か知らない人の殺し方聞いてきてるし! というかそのキイチって今ミルク飲ませてた子じゃないの!?」
人形はベンチに置いていたので、シリオンと共にどこかへ行ってしまった。
しかし、それはホロウで拾ったものなので、マネモブは特に気にしていない。
「こいつの言葉は話半分に聞いておけよ。どこまでマジか分かんねえからな」
『マジっす』
「マジで?」
『マジっす』
「マジで?」
『マジっす』
「ちょっと! 遊んでる暇はないでしょ! 早く電車に向かわなきゃ」
『ちょっと待ってください! 宮沢さん…』
「何よ?」
『教えてくれよ』
ビリーと遊んでいたマネモブが、ニコの話に興味を示した。
そこにどんな感情が秘められているのかは分からない。だが、ニコはあえて事情を説明した。
「要約すると……ヴィジョンって悪徳企業が、このホロウを住民ごと爆破しようとしてるの。それで、住民を逃すためにあいつらの列車を奪って、住民を乗せてホロウからおさらばするのよ!」
『馬鹿な、すれ違う電車に飛び移るなんて…バケモノが』
「いや、普通に乗せるのよ? とにかく、あたし達は今からヴィジョンの野望を食い止めに行くんだから邪魔しないでよね」
今でこそ友好的とはいえ、マネモブは一度戦った相手であり、高い技量を誇る強敵だ。
突如として邪魔されてはならないと思い、ニコ達はその場を離れようとするが。
『お前を探しに来た時、帰りの切符を買っといたんだ』
「はぁ?」
ドンッと胸を叩くマネモブは、古びた切符を差し出した。
これはホロウで拾ったものであり、日付もかなり前を示している。だが、電車に乗る……つまり、邪兎屋に同行する意思があるということをニコは理解した。
「手伝ってくれるってわけ?」
『そうですけど何か?』
「見返りもなしに? あんたに何のメリットがあるっての?」
『ムフフフ、営業は夜の8時まで。それ以降は格闘家に変身するの』
「ふうん、そういうことか。義を見てせざるは勇無きなり、つまりマネモブはニコの親分の行動に感動して手伝ってくれるってことだろ?」
『そうですけど何か?』
「なるほどね。じゃあ遠慮なくこき使っちゃうけど、文句はナシよ!」
『この大胸筋でなんぼでも受け止めたる。ワシめっちゃタフやし』
「決まりね!」
かくして、今ここに邪兎屋+猫又+パエトーン+マネモブという異様なパーティーが結成された。ある意味最強だ。
マネモブは初対面の猫又にも律儀に挨拶をした。
『はじめまして拳獣リカルドです。龍星くんをブッ倒しに来ました』
「あー、それはどうもです。猫又だよ。でもいきなり知らない人をブッ倒すとか言われてちょっと困惑してるんだ」
『悪かったな。俺の優しさが出てしまったか』
『なんにも優しくないじゃん! あ、覚えてないかもだけどパエトーンだよ! よろしくね!』
『ヴへへへへ、どうもお久しぶりです。ゴアです』
「ゴアではないでしょ」
そんな会話をしつつも、6人は列車へと走る。
マネモブはエーテリアスらしく疲れを知らない身体を持っており、高い身体能力を持つ邪兎屋や猫又、ボンプに追随している。
途中でエーテリアスに遭遇もしたが、彼らへ何の痛痒も与えられずに消滅した。
そして、ヴィジョンの爆破エリア監視拠点にある列車にて――
「お、おい何だこのエーテリアスは!?」
『ジャマだクソゴミ』
「ぐあああっ!?」
ホロウ調査員……の格好をしたパールマンの手下が、片手で投げ飛ばされる。
対浸食装備は軽量化されてはいるものの、中の人間ごと片腕で持ち上げられるほど軽くはない。それを可能としたのは、屈強に鍛え抜かれたエーテリアス、マネモブだからこそである。
「なっ」
『ゴミは掃いて捨てるものだ』
「ひゃん」
進行方向にいた者の顔面を殴る。
それだけで対浸食装備のヘルメットごと叩き潰された。死んでこそいないものの、そこそこ重症だ。
『灘神影流“霞突き”速すぎて敵は殴られたこともわからないまま失神する!! 鬼龍が最も得意とする打撃の技だ!!』
「強っ、強えーよ」
「見事ね」
「鬼龍って誰よ! また知らない登場人物増えたじゃない!」
内部にいた者達は、ほとんどマネモブによって倒された。
そのことにニコは内心、弾代などの出費が抑えられたことをうれしく思っている。
そして、パールマンも。
「グハァ!」
「ダルマのオッサン! 命をなんとも思わない大悪党め、大人しく降参しろ!」
猫又に捕縛されたパールマン。
そこに、敵を片付けたマネモブがやってくる。
『人面獣心のクソ野郎と言ったんですよ、本山先生』
「ヒィッ!? な、なんだコイツはぁっ!?」
『はじめまして拳獣リカルドです。龍星くんをブッ倒しに来ました』
「り、リカルド……? な、何を言っているんだ!? お前はエーテリアスで――」
『幻舟先生、あなたに一つだけ言いたいことがあるんです』
マネキンのような顔がパールマンを狙う。
その目は、生気などあるはずもないのにまるで蛆虫を見るかのように冷え切っていた。
いや、怒りすらも抱いているかもしれない。感情なきエーテリアスがそのようなものを持つのかは不明だが、その場にいる者は確かにそれを感じていた。
そして、見下ろすような形でマネモブが言葉を発する。
『あなたはクソだ』
「……さっきもうクソ野郎って言ってたじゃないか」
『うるさいッ』
そうしてひと悶着あって線路が爆破されると、ニコ達は敵の増援から隠れるために一旦、列車に身を隠した。
そこで語られるのは、猫又の悲しき過去……赤牙組のシルバーヘッド・ミゲルとの関係だった。
『やっぱし怖いスねヤクザ空手は』
「空手はどっから来たのよ」
『選りすぐりの悪人だけで構成されている超極悪集団…それがヤクザですわ』
「最初はそれほど悪くなかったのになぁ」
『人生の悲哀を感じますね』
「……そうだね。人生、ままならないものだよ」
猫又はパールマンを引っ掴み、列車の外へ出る。
彼女は覚悟していた。ヴィジョンと真っ向からやりあう覚悟を。
「覚悟はできてる――あたしがヴィジョンと交渉してくる」
『見事やな…』
マネキンのような顔が、笑った気がした。
その笑顔に見送られた猫又は、外へ出た。
「……ってオイ!? つい雰囲気に乗せられちまったけど行かせてどうすんだよ!?」
「アンビー! ビリー! 早くドアを開けて!」
アンビーとビリーがドアを壊そうとするが、びくともしない。
それもそのはず。クッソ臆病なパールマンがエーテリアスなどの襲撃に備えて頑丈にしたのだから。
「ダメだ! この車両、ドアも窓も信じらんねぇほど頑丈だ! あのパールマンの野郎が補強させたに違いねぇ!」
「ああもう、クソッ……」
『糞ッテナンダ?』
「うるさいッ」
こうして邪兎屋とマネモブはデッドエンド・ブッチャーを失神KOしに行く事になった。