「いやぁ、まさかお菓子屋スミスのお菓子をこっそり持って帰ってくれるなんて。感謝しますよガルシア」
「……」
ピンク色をした三段アイスを器用に食べているのは、保護されて早々に道場のマスコットと化した光の司祭。
そして、その横を無表情で歩くのは髪を短く剃った、精悍な顔立ちの青年ガルシア。
彼らは澄輝坪を練り歩いていた。
「ガルシアは食べなかったんですか?」
「……」
最近のガルシアは、いついかなる状況下でもどんな食料でも生存できるように自主的に訓練をしていた。なので、美味しすぎる菓子に手を付けず、マネモブに持たされた大量のタッパーに自分の分の菓子や料理を詰め込んで持って帰ったのだ。
しかしその料理や菓子達はマネモブの元へ届く前に門下生や魚や蟹に食われ残りカスも残っていなかったらしい。
マネモブは『こ…こんなことが許されていいのか』と嘆いていたが。
「もったいないですねぇ、あんな美味しいもの始まりの主だって食べますよ」
司教だった頃よりも、かなりデフォルメされた仮面をかぶったまま器用にアイスを食べる光の司祭。
だがしかし、そこに予想もしなかった者が走ってきた。
「ん? なんでしょう」
「……」
前方から、小さな何かが走ってくる。
光の司祭は仮面のせいでよく見えなかったが、ガルシアの目はそれを正確に捉えていた。
それは、服を着たタヌキだった。それが後ろを気にしつつ猛ダッシュで走ってきて……光の司祭にぶつかった。
「う あ あ あ あ」
三段アイスをぶちまけ、盛大にぶっ倒れた光の司祭に対し、タヌキは凄く申し訳なさそうな顔をしつつも逃げて行った。
すると、さらに後ろから見覚えのある者達が走ってきた。
「あ、ガルシア! それに司祭ちゃんも! ちょうどよかった、あのタヌキを捕まえて!」
タヌキを追いかけているのは、リンとウサギのシリオンの少女……アリス・タイムフィールドだった。
何の因縁があるのか、ガルシアには分からなかったが、とにかく追いかけた方がよさそうだとガルシアは判断した。
「が、ガルシア! あのタヌキを追い、私の仇を取るのです!」
「……」
「うわっ、速っ!?」
ガルシアは光の司祭を担ぎ上げ、タヌキを追いかけた。
驚異的な身体能力を持つガルシアは瞬く間にタヌキへと追いすがり、ほとんどゼロ距離と言っていいほどに距離を詰めた。
だが、一歩。たった一歩間に合わず、タヌキは建物の中に入ってしまった。不法侵入は犯罪であると理解しているガルシアはその場で急停止。光の司祭は慣性によってブッ飛ばされた。
「んだぁ? 騒がしいな……って、アンタは」
「……」
その建物の玄関前で、バイクを整備していた人物が立ち上がる。
大柄な犬のシリオンだ。背丈だけで言えばガルシアよりも高く、筋骨隆々の鍛え上げられた傷だらけの肉体を持っている。
ガルシアは彼と面識があった。かつて雲嶽山との交流試合にて、リンやアキラと親しげに話していた。ガルシアも何度か言葉を交わしたこともある。(と言っても、ガルシアは無言で傾聴していただけだったが)
「ガルシアさんと、光の司祭……さん? っスか」
「やっと追いついた!」
「逃げられたのだわ……」
二人も追いついてきた。
そこで、シリオンの青年、狛野真斗は何があったのかを察した。
「おい、柚葉。客だ」
「今いく~」
真斗がかなりぶっきらぼうに、建物の中へと呼びかける。
恐らく、かなり気の知れた仲なのだろう。ほどなくして少女の声が響いてきた。
「何をお求めでしょうか?」
奥からやってきたのは、赤い髪の少女。
恐らくこの建物は店だったのだろう。慣れた対応だ。
しかし、その少女はアリスを見た途端、目つきを変えた。
「ありゃりゃ、やっぱりバレちゃった」
イタズラが成功したような、勝ち誇った表情だった。
Now Loading......
「そこのあなた。あなたが、そのタヌキの飼い主でよくて?」
まず口を開いたのはアリスだった。その目には確かな怒りが滲んでいる。
しかし、赤い髪の少女……柚葉にとってはどこ吹く風。
「釜ノ助だよ。だからかまちーって呼んであげて」
「へ……?」
アリスは困惑した。
それは、彼女からはまず肯定の言葉が出ると思っていたからだ。
「だーかーらー、ちゃんと名前があるの。“そのタヌキ”じゃなくて。それと私は飼い主じゃないよ。私達は仲間で、かまちーには誰の首輪もついていないから」
「そ、それは、私としたことが……失礼したのだわ」
(おっかしいなぁ。何故かアリスが押されてるよ。何故……?)
逆に謝罪するアリスと、それに困惑するリン。
どうやら柚葉は口が上手いようで、ペラ回しが止まることは無かった。
「それで、本日は“奇々解々”にどんな御用ですか~? 私は浮波柚葉。ここは澄輝坪に名だたる輝磁の工芸品ショップで品ぞろえもピカイチ! おまけになんと二品目からは1%割引!」
「そ、そうなの? じゃあせっかくだし……」
まんまと口車に乗せられそうになるアリス。
しかし、ガルシアがそれを手で制した。
「ええと? あなたは……」
「……」
ガルシアは無言で、アイスまみれで地面に倒れる光の司祭を指さした。
数秒の沈黙の後、光の司祭が起き上がる。
「あなたを傷害罪と器物損壊罪で訴えます! 理由はもちろんお分かりですね? あなたが私達をかまちーで襲撃し、三段アイスを破壊したからです! 覚悟の準備をしておいて下さい。ちかいうちに訴えます。裁判も起こします。裁判所にも問答無用できてもらいます。慰謝料の準備もしておいて下さい! あなたは犯罪者です! 刑務所にぶちこまれる楽しみにしておいて下さい! いいですね!」
しかし、光の司祭はまだ市民権を持っていないので、この訴えは退けられる可能性が高かった。
そんな怒り心頭な光の司祭の言葉を聞いた柚葉は困惑した。
「えぇ……」
「ちょ、ちょっと落ち着いてくださいよ光の司祭さん」
真斗が何とか光の司祭をなだめる。
その間に、アリスと柚葉の話が進んでいた。
「彼女の言葉はもっともなのだわ。どうしてこんなイタズラをしたのかしら」
「イタズラ……? 挨拶と言って欲しいなぁ」
「挨拶? 悪いけど、おっしゃる意味が分からないのだわ」
「んー……意味が分からないってことはないんじゃない? だって先にイタズラしてきたのはそっちだもんね」
「ううん、どういうことなのだわ」
疑問符を浮かべるアリスに、柚葉が理由を語りだした。
「ポーセルメックスは徹底的に調査して衛非地区の皆を納得させる……そう言ったよね? でも結局、専門家で構成されているはずの調査チームに何も知らない女の子が紛れ込んでる……でしょ?」
「――!!」
――ポーセルメックスの調査には、体裁以上のものを感じられないこと。かろうじて信頼できそうな専門家の中に、アリスのような何も知らないただの少女が交ざっていること。
そう、柚葉はポーセルメックスの対応に怒りを感じており、この行動に及んだのだ。
「ボケーッ、柚葉。本人の目の前だろうが。言い方ってものがあるだろうが」
「はぁ? それおかしいでしょ真斗。前々から思ってたんだけどそのコワモテをもーちょい生かそうとは思わないワケ?」
「……」
「おい、それガルシアさんの前でも言えんのかあーん?」
「誰なのよこのガルシアさんって」
「コワ……モテ……」
「ほらガルシアさんが傷ついてるじゃねーか、謝れよ柚葉」
「コワモテ扱いしたのは真斗でしょうが、あーっ」
ガルシアは生粋の戦闘マシーンだ。
だからこそコワモテでなんぼ……とは思っているが、面と向かって言われるのは複雑なものがあった。
そんなやり取りの中に、リンはあえて割って入った。
「ごめーん、ちょっといいかな?」
適当観の門下生であるリンの言葉を、澄輝坪に住んでいる二人は無視できない。
だがそれ以上に、他者の言葉を無視するほど彼らの性格は悪くない。むしろ善人といっても良いだろう。
「確かにポーセルメックスの調査チームには体裁以上のものは感じないよね」
「また形だけ……あいつらクソっスね。忌憚のない意見ってやつっス」
「そうだよ。でもあれだけ権威のある専門家達が、誰一人ポーセルメックスに逆らえない現状があるの。それでタイムフィールド家のお嬢さんだけを狙うのはちょーっと納得できないかなぁ」
リンも、友人となった者をコケにされて黙っていられる性格ではない。
両者の目が合う。しばらくして、口を開いたのは柚葉だった。
「……ふーん、柚葉が弱い者いじめしてるって言いたいんだ」
柚葉は観念したようだった。
「思い出した、あなたのこと知ってるよ。適当観で見習いやってるリン先生でしょ? けっこうズバッと言うんだね……まあ確かに、柚葉も大人げなかったかも。ごめんね、もうしないよ」
素直に頭を下げる柚葉。
しかし、被害者はもう一人いる!
「謝罪として嫌でもここにいる全員分の十段アイスを要求しますよククク」
「ちょ、ちょっと黙ってろ光の司祭さん」
「もがもが」
茶々を入れる光の司祭を止める真斗。
速攻で口をふさいだので、話の邪魔にならなかったようだ。
「そう言ってくれて感謝なのだわ」
「あんまり感謝してなさそうだけど……ねえ、昨日のあれ、そんなに根に持つほどだった?」
柚葉にしてみればほんのイタズラ程度。
不服そうなアリスを見て、彼女は少し不安になってきた。
「それは誤解なのだわ。未熟な私がこうして調査監督チームにいるのは事実。公にできないじじょうがあるとはいえ、タイムフィールド家を継ぐ女として……あなたの謝罪で、自身の過ちを認めるようなことがあってならないのだわ。でも、ただ一つ。あなたが私を“何も知らない”と言ったところだけは撤回していただいても?」
アリスは怒ってなどいない。
だが、タイムフィールド家の者として、学者としてのプライドがある。
「タイムフィールド家は厳格な家風のもと、祖父も父もエーテル産業に従事してきたフルコンタクト学者の家系なのだわ! 私も幼い頃から、家庭教育でホロウやエーテルの知識を体系的に学んできたのだわ!」
「そうか! 君は頭が良くて勉強以外にも取り柄があって実家も太いエーテルの専門家なんだね、すご……じゃあこのヘンテコな輝磁の欠片、わかる?」
「こ、これは……」
柚葉が取り出したのは、輝磁の破片。
彼らは、この輝磁がきっかけで大事件へと巻き込まれることとなる。
「放してください狛野さん! 離さないとミアズマが“漏れ”ますよ!」
「え、キショイっスね忌憚のない意見てやつっス。でもこの前ナダ・シン・シンカゲリュウの人から対ミアズマ・クリームをもらったから喧嘩上等っスよ」