ごめんなあっ
「あっちにもこっちにもオブスキュラが大量だね」
一行がエレベータで内部へ侵入すると、目の前に広がっていたのは大量のオブスキュラだった。
Fairyによると、柚葉が持っていたオブスキュラの出所で間違いないという。ガバガバパスワードを入力して屋外へと出ても同じだ。無数のオブスキュラが存在している。
そんなバカみたいな量のオブスキュラに見守られながら、一行は先へと進む。
エレベーター、オブスキュラ、エーテリアス、発電機、オブスキュラ、プラットフォームに飛び出た加熱定着装置、エーテリアス、オブスキュラ、切れた配線、エーテリアス、そして廊下の先の裂け目……様々な障害が行く手を阻んでいたが、彼らはその全てを突破した。
そして、一行がたどり着いたのは、また新たな扉だった。
「ま……また扉か」
「しかもビクともしないんスけど……いいんスかこれ」
真斗とガルシアという怪力コンビの奮闘にもかかわらず、扉は開かなかった。
そもそも歪んでおり、開けることができないのだ。隙間はあるが、人間が入るのには適さない。精々かまちーが入れる程度だろうが、タヌキ一匹入り込んだところで、どうやって重い扉を開けろというのか。
「ちょっとお待ちになるのだわ。もしかしたら、別の方法で中へ入れるかもしれないのだわ」
「別の方法?」
「上をご覧になって」
一行が上を見る。
そこには、太いダクトがつながっている。
「あのダクトは向こうにつながっているのだわ。しかも私達がちょうど入れる大きさなのだわ」
「――!!」
扉が無理ならダクトを通ればいい。
その言葉を聞いた瞬間、柚葉の目が見開かれた。
「柚葉、どうかした?」
「え? いや~なんでもないよ。前に家にネズミが出たからさあ、家のダクトの掃除でもしようかなって」
「へ~、ネズミ」
ネズミと聞いてリンはジェーンを思い出していた。
彼女は今何をしているのだろうか。ラーメンでも食べているのだろうか。
「ネズミ……? ダクトの掃除なら手伝おうか?」
「ありがと~……って、今はネズミの話はどうでもいいの。とにかく、ダクトに入る手段を見つけよ」
一行はダクトへ入る方法を探した。
そして見つけたのは、階段を上った先にあったダクトの入り口だった。
整備のためにあったのだろうそれは、今や不法侵入のためのトンネルだ。
大柄な真斗とガルシアは窮屈そうにしていたが、女子組からすれば広々としているようだ。
高校生にしてはガタイの良すぎる真斗と、赤ちゃんにしてはガタイの良すぎるガルシアがイレギュラーなだけで、本来なら平均的な体格の新エリー都男性なら通れるくらいの広さなのだが。
しかし、狭そうにしながらも二人は文句は口にしなかった。通れるなら問題ないからだ。
「へ~、ダクトって意外と広いんだ。皆、大丈夫? ついてこれてる?」
「押忍!」
皆で四つん這いになりながら狭い通路を進む様は、まるでムカデ人間のようだ。
リンは古い映画を思い出しながらも、こんな冒険をワクワクしながら楽しんでいた。
「あら? 地面に何か見え……」
しばらく進んだところで、ダクトのグレーチングの下に、何かが見える。
それは倒れ伏した人間のようなもの。
「も、もしかして死んじゃってるなんてことは……」
一行は、その可能性を考慮しつつも前へ進むものの、あまり頭の隅に置きたいものではなかった。
確かにホロウに入ることは、無残に死ぬ可能性があるということ。しかし、リンやガルシアは別として、まだ学生であるアリス、柚葉、真斗にとって死は身近なものではない。
だが、それでも鍛えられた防衛軍兵士のようにとまでは行かなかったが、かなりの冷静さを保っていた。
「この辺、ミアズマ濃度が高い気がする」
「あ、光が見えるのだわ!」
奥へ進むごとに、ミアズマの気配が強くなる。
そして、横の格子から光が漏れ出しているのも見えた。
「えっ。あ、ありゃあ……讃頌会のシンボル・マークじゃねーかよえーっ」
「ううん、どういうことなのだわ。ここはポーセルメックスの工場ではないのだわ……?」
∞にも似たマーク。
それはエーテリアスにすら煙たがられていると言われるほどの悪名高きカルト宗教、讃頌会のシンボルに他ならない。
だが、なぜそんなものがポーセルメックスの工場に存在するのだろうか。大企業と宗教組織。何となく想像はつくが、直接その目で確かめなければならない。
「あ、こっちに出口があるよ!」
出口の下には何もなく、直接飛び降りるという雑なものだったが、リンでさえもが危なげなく着地に成功した。
「ここは礼拝堂かな」
通路を出てすぐの大広間。
そこは、大勢の邪教徒が邪悪な祈りを捧げていたことが容易に想像できる、まさにミアズマ・サンクチュアリ。
神聖とはまるで無縁の破滅に満ちた礼拝所であるはずのそこには、多くの物品が散らかっていた。
「散らかってんなぁ。ゴミ処理場か?」
「信者の中に汚部屋の人がいたんでしょ」
「シンメトリーの欠片もない散らかりようでゾッとするのだわ」
「酷い言いようだね。まあ事実と違っててもしょうがないけど」
散々な言いようだが讃頌会なのでマイペンライである。
一行は、手分けしてガラクタ……ではなさそうなものを調べることにした。
Now Loading......
「う……嘘でしょ……こんなことが……こんなことが許されていいの!?」
雑に置かれていた資料を調べると、そこに記載されていたのはポーセルメックスと讃頌会の癒着の証拠。
そして、ポーセルメックスによる非道な人体実験の記録の数々。とにかく表に出せばポーセルメックスが潰れる記録がそこの放置されていた。
「柚葉、そっちは見つかった?」
「う あ あ あ あ 急にビックリさせないでよもう!」
「驚きすぎでしょ……なんか見つけたりしてない?」
「え、あー……ここはちょっと色々ありすぎて整理しないとだね~。他の人のとこに行ったら?」
「そうだね」
柚葉はリンにいきなり声をかけられてめちゃくちゃビックリしていた。
彼女の資料の整理はまだ終わっていないので、先に他の人の所へ行くことにした。
「リン、この資料をご覧になって。『被験体ES‐07、血液型AB、身長125cm。実験によりES‐07の血清に含まれる高親和性免疫グロブリンは輝磁成分の重合反応を効率的に促進できると判明』……」
「それって、ま、まさか」
「ポーセルメックスは子供を実験体にしていたのだわ! しかも一人や二人ではなくて十数人にも及ぶのだわ!」
そう、アリスの資料によると、ポーセルメックスは子供を被験体にしていたのだ。
しかも、被験体番号は資料が進むにつれどんどん減っていく。子供達がどうなったかについては、あえて口にするまでもない。
「最後まで生き残った子もいたみたいだけど結局……」
「何がプロジェクト・ニューリーフなのだわ! 新芽が欲しいなら農業でもやってるといいのだわ!」
怒り心頭なアリス。
その怒りは人として至極正しい義憤だ。
彼女の横では、ガルシアが資料を分析して大きなリュックの中に詰め込んでいる。
「リンちゃん、アキラ君。さっきの話聞こえてたんスけど……やっぱポーセルメックスはクソっスね。忌憚のない意見てやつっス。こっちのはノートパソコンっス。讃頌会みたいな前時代的カルト集団でも文明の利器って使えるんスね」
「中身は?」
「実験だの技術だの、専門的な用語だらけでさっぱりっスね。でも讃頌会の歴史っぽいのが書かれてるっス。ヤヌス区の讃頌会残党と、メヴォラクとかいうのに関するので大体埋まってるっス」
資料を見ていると、記録上では意外にも讃頌会、というかメヴォラク司教が実験に対し難色を示していそうなのが気がかりだった。
どういう思惑か、司教はポーセルメックスの人体実験の継続を止めたのだ。
「解悩水であれだけ死人を出しかけたのに?」
「やっぱそうっスよね、何か違和感あるっス。ただ、思い出したんスけど、こないだ捕まった連中の中にはロアの野郎に不満を持ってた奴もいるってのを聞いたことがあるっス」
「ロア先生に?」
「ああ。なんでもロアの野郎は“始まりの主”って奴の言うことを聞かねぇでパンピーに手を出した……それに対するコメントが『はっきり言ってロアはめちゃくちゃクソ。始まりの主がやめろっつってんのに一般人を供物にしようなんて話になんねーよ』とかなんとか。お前らも人のこと言えた口じゃねーだろって感じなんスけど……」
「でもロア先生も監獄で苦しんでると思うよ。マネモブに幻魔を植え付けられたんだから」
マネモブはあの時、ロアに対して幻魔拳を繰り出すつもりだった。
しかし、あまりの怒りでそのまま殴り抜いてしまい、結果的に幻魔突きとなった。
だが効能はほぼ変わらないのでロアは今も幻魔に苦しんでいる。まあ、生きているだけ儲けものだろう。
「ガルシアがUSBメモリを貸してくれたから、ジブンはもうちょいここのデータを抜き出しとくっス」
「オッケー」
USBはガルシアの私物だ。
扉の先に何らかのデータ媒体がある可能性を考慮し、ガルシアが個人的に用意した。
ツイッギーからもらった小遣いで買ったものが、こうして役に立っている。
「ガルシア、そっちは何かある?」
「……」
アリスの資料を粗方リュックに詰め込んだガルシアは、別の場所を漁っていた。
ファイルは一つを残して取っ払い、紙媒体を折りたたむことで軽量化を図っている。それでも膨大な数の資料を一つのリュックに詰め込むのは無理があるようで、リュックはパンパンに膨らんでいた。
「アハハ、バックパッカーみたいだね」
「……」
リンはそう言いながら、資料の一つを手に取った。
ガルシアが放置していたことから、大した事の無い中身。内容も本当に大したことがなく、讃頌会のメンバーが見つけた漫画についての読書感想文のようなものだった。
「まさかポーセルメックスと讃頌会が裏で手を組んでいたなんて」
「思ったより事態は深刻だね……」
資料をめくる。
絵柄は素晴らしいが話の途中で突然人が消えた。
ヤクザ、レイプ、ホモレイパー、裏のフィクサー、野蛮人が多すぎ。
時系列、どこへ!
「讃頌会も漫画読む――えっ」
「ん?」
ポタッ
資料何かが落ちる。
ベトベトとした、粘着質のエーテル物質。それは――
「ミアズマ!?」
「「「なにっ」」」
リンが叫んだ瞬間、天井から刃が迫る。
「アリス!」
「えっ」
柚葉が、反応の遅れたアリスを連れてその場から離脱。
ミアズマの粒子を漂わせながらやってきた、“それ”を見る。
『UUUU……』
シルエットとしては人型に近い。本来の腕とは別に、背中から生えた一対の腕や角を除けば、これほど人に近いのはマネモブくらいだろうか。
だが、トゲトゲしいシルエットと理性を失ったような唸り声、そして巨大な双剣が、この怪物が人間ではないことを物語っている。
『A A A A』
ミアズマの奔流が、回転する双剣が資料を破壊し尽くす。
もはや激突は避けられないだろう。
「来るよ!」
未知の怪物が襲いかかる……
Now Loading......
『A A A A』
怪物がめちゃくちゃに剣を振り回し、一行に襲いかかる。
「腕が鳴るぜ……!」
それを防いだのが真斗である。
自身の身長ほどもあろうかという大剣を軽々と振り回す彼は、その大剣によって攻撃を防いだのだ。
「特製ボム発射ぁ!」
ビバババ、と柚葉の日傘から爆弾が放たれる。
改造された日傘の、改造された爆弾。エーテリアスにも有効だった危険な代物だ。
「弱点は一体……」
アリスの剣技が怪物の身体を切り刻む。
すると、あまりにも物理的衝撃を受けすぎた怪物が強撃によって怯む。
「おおっ! 効いてる! 効いてるよ!」
『警告、未知の対象が急速に接近中。行先は適と――』
「えっFairy!? 未知の対象って!? Fairy!? 聞こえてる!?」
攻撃が効いていることに喜色を浮かべるリンだったが、Fairyとの通信が切れたことによって焦燥に叩き込まれた。
「リン! どうしたの!?」
「なんか、ホロウその外との通信が切れちゃったの! けどそれよりも、そっちのことに集中して!」
リンは強がった。
正直なところ少し焦っているが、それを表に出すわけにはいかない。
その横では、ガルシアがアサルトライフル……防衛軍の標準的な武装である銃を放ち、怪物に全弾命中させていた。
反乱軍崩れの門弟達から、ガルシアは射撃の技術も学んでいたのだ。
だが、全方位から攻撃を叩き込まれているのにもかかわらず怪物は元気だ。
いや、元気なのではない。受けた傷が回復しているのだ。
「回復してる! 回復してるよ!」
「周囲のミアズマを吸収してるとかアリ!?」
「あっ一発で回復したのだわっ」
回復を受けながらめちゃくちゃに暴れる怪物。はっきり言って一行はジリ貧と言わざるを得ない。
そこで、突然リンは妙案を思いついた。
「私に良い考えがある!」
「何でもいい! 聞かせてくれ!」
「廊下の先に裂け目があったでしょ? あれはちょうどこの建物の外、すぐそこにあるの。裂け目を通って離脱、その前に近くの爆弾を起爆して怪物から逃げるの!」
「良い作戦! 決行だーっ!」
「応!」
「了解なのだわ!」
その瞬間、作戦は決行された。
『A A A A』
「しゃあっ」
まずは真斗が怪物の剣の一本を防ぐ。
だが、怪物も学習したのか、もう一つの剣を振りかぶった。
「はあっ!」
それはアリスの剣によって防がれた。
細腕、レイピアという二重に細い剣技だが、技術とシリオンの力は侮れるものではないようだ。
「ふんっ」
身動きが取れない隙を狙い、柚葉がそのがら空きの腹に日傘を叩きつける。
「はっ!」
『O A A A A』
日傘から放たれた弾薬と衝撃によって、怪物は壁まで吹き飛ばされた。
壁を破壊してながら埋もれたので、しばらくは動けないだろう。ほんの、少しの間は。
「皆、今の内に逃げよう!」
「ああ!」
一行が建物の外へ逃げる。
しかし、怪物の復活は早かった。ものの数十秒で復活し、一行を追跡する。
「うおおおおりゃああああ!!!」
「はっ!」
アリスと真斗が、行く手を阻む扉を切断し、活路を切り開いた。
「あった! 裂け目!」
すぐ近くには裂け目。しかし、怪物に追われた状況では非常に遠くに思える。
『U G A A A A』
怪物が雄叫びを上げながら迫る。
鋭利な刃先を一行に向け、アクロバティックな動きで追う。
「やばっ、速っ!」
射程距離内、剣の届く必殺の間合い。チャンスを逃さず刃を一行に突き入れる怪物。
アリスや真斗が迎撃しようとするが、それよりも速く、怪物に迫る者がいた。
「ん?」
リンは見た。
ホロウを照らす太陽を背に、何者かが跳躍している。
高い建物……先ほどの礼拝堂から跳んだのだろうそれは、慣性によって加速しながら怪物へ――
ゴ キ ャ ア
『U A A A A』
「なにっ」
「な……なんだあっ」
女性にも似た怪物の頭部を容赦なく蹴り飛ばしたその人物。
筋骨隆々の肉体黒にも灰色にも見える体色、緑色に発行する鉱石めいた器官。
そして何よりも、マネキンをそのまま流用したとしか思えない頭部。
この男の名は――
「新手!?」
「え、エーテリアス!?」
『ヴへへへへ』『どうもお久しぶりです』『ゴアです』
「あ、あんたはマネモブ!?」
「マネモブ! いいところに!」
高濃度猿侵蝕体マネキン・モブが暗く冷たい空間より帰還した。
未知の強敵相手に、これほど心強い者がいただろうか。いいや、エージェント全員が心強いことになっている。
「その怪物をどうにかできない!?」
『悪魔王子は無理です』
マネモブはまだミアズマキイチのダメージが回復していないようだ。
それもそのはず、しばらくは回復に努めるつもりが、無理を押してミアズマを刈り続けたせいであまり回復していないのだ。
以前の重症を超えた重症ではなくなったのだが、まだベストコンディションとは言い難い。
『灘神影流活殺術はたとえミサイルが相手でも闘ってみせる』『見せたろうやないか! 超絶技巧の技を…』
「足止めしてくれるの!? ありがとう!」
しかし、足止めくらいは余裕だ。
マネモブは怪物の攻撃を上手く回避し、攻撃をしかけることでヘイトを稼いでいる。
『いけーっ淫売の息子!!』
「い、淫売の息子!?」
「先に行けって意味! ありがとうマネモブ!」
『お前ならわかってくれると思ったよ』『じゃあな』
マネモブは怪物に組み付いて離さない。
押されながらも、一行が撤退するまで時間を稼いでいる。
そして、裂け目に入った一行が最後に目撃したマネモブの雄姿は――
ガ ギ ィ ン
『あっ』『一発で折れたッ』
ド ド オ ン
怪物の刃が爆薬に当たったせいで誘爆し、一緒に吹き飛ばされた姿だった。
そして一行はフェロクスに捕まった。
一行の年齢
リン>アリス=柚葉=真斗>かまちー>ガルシア
と考えられる
リン :飲酒や運転できることから二十歳前半(大学生)くらい?
アリス :高校生くらい
柚葉 :高校生
真斗 :高校生(学生、バイトなどをしている描写があるため)
かまちー:不明だがタヌキだし数歳くらい?
ガルシア:一桁前半