__同年 4月某日 某県 秋目川高校
「ここが秋目川高校か、門構えからして優等生だな」
市立秋目川高校は首都圏から離れた場所にある高校、近年共学化したのだが元々上流階級御用達の女学校だったこともあり男子生徒は片手で数える程度しかいない。そんな中に入っていこうとする勇気は称えられるべきことなのかもしれない。
「丁寧に身分偽装した辺り本当にヤバい任務だな」
彼は任務を受けるにあたって身分を完全に偽り架空の人物、菅原 昴(すがわら すばる)としてここに立っている。
「火器の持ち込みは無理そうだな……」
学生にしては物騒な独り言だった。
「軽く流せばいいか、守るだけ守るだけ……」
3年守るだけ、上手く守ってさえいれば長期休暇が1年に3回訪れると自分を鼓舞して校門を通り抜け
「お待ちになって?」
られなかった。背後から女性の声、下手に振り向いて相手の機嫌を損ねれば、相手が自分の存在を知っていた場合ここで銃撃戦をしなければいけなくなる、そうなれば任務は失敗だ。
彼は限りなく慎重に、かついつでも始末出来るように手首に仕込んだ小型スタンガンに意識を向けつつ、背後の女性の次の言葉を待った。
「おほん、こちらを向いてくださいまし」
「分かった」
慎重に振り向く、ここで突きつけられるのがナイフか拳銃かと警戒を強める。首に何かしら突きつけられたら大人しく正面から叩き潰すしかなくなるのでやめて欲しいと願う。
「ネクタイが曲がってましてよ、これで良いですわ」
「……ん?」
首を狙われたが絞められたのはネクタイ、歪んでいたので直してくれたようだ。
「ネクタイの乱れは心の乱れ、ですわよ」
彼は曖昧な反応で返した。しかも彼女ではなくその向こう側を見ていたのである。彼女は不安げに声をかける。
「はぁ……そうですか」
「『はぁそうですか』って……大丈夫ですの? 熱はございませんこと?」
焦点が合ってない彼に熱でもあるのかと心配した彼女は額に手を当て熱を見た、当然彼は平熱だった。
ここまでしてやっとお互いに名前を知らないことに気が付き自己紹介をすることに。
「わたくしは篠川 文撫、よろしくお願いしますわね? 曲がりネクタイさん?」
事前に確認した通りの人物だ、こういう護衛任務の場合は周囲にいる人物はもちろん本人も徹底的に調べ上げ頭に叩き込むのが彼のやり方。例えば、彼女は常に模範的に生活している、規律、規範からぶれない生き方をしている、またリーダーシップも兼ね備えている。
「曲がりネクタイじゃない、菅原 昴だ。いいのか? そろそろチャイムが鳴るぞ」
「あっいけませんわ、お先に失礼!」
始業のチャイムが間近に迫っていることを彼が指摘すると彼女は教室へ走っていった。
「ふぅむ」
一度背後をチラリと見たあと彼も校舎へ入っていった。丁度始業のチャイムが鳴り響いた。
三棟ある校舎の南、1号棟一階に一年生の教室が存在している。日当たりの良いこの教室は新しい学校での不安を抱える新入生にはぴったりだろう。
その教室で行われている朝のホームルーム、静粛に担任教師からの話を聞くのがいつものパターンだが、今日は転校生が来るとあってざわめいている。
「4月そうそう転校生がやってきたぞ、皆、しっかり出迎えてやれよ」
男性教師の一声も今日ばかりは通りが悪い。
「さぁ、入ってこい」
教室のドアが開く、入ってきたのは菅原昴だ。彼は黒板の前に立って自己紹介をする。
「初めまして、ボクは菅原昴と言います。親の仕事の都合でこのような微妙な時期に転校することになりました、皆さんよろしく」
パサついた黒髪を耳が隠れるほどに伸ばし前髪で目が隠れている、身長は160cm程度に見える。一見して暗い人間に思われそうだが挨拶はハキハキとしていたので、ただそういうファッションだなとクラスの生徒は思う。
「菅原の席は篠川の横だ、彼女に色々聞くといい」
男性教師の指差す先には空席がありその右隣に篠川文撫が、左は窓際となっている。彼が座席につくなり隣の篠川はにこやかに声をかけた。
「さっきぶりですわね、分からないことはわたくし何でも教えて差し上げますわ」
「助かるよ篠川さん」
彼女は微笑みながら
「気軽に文撫で構いませんわ、隣同士なのですから」
と返した。彼はそれに従い彼女を文撫と呼ぶことにした。その代わり自身の事も昴と呼ぶ事を求めた。
「だったらボクの事、昴と呼んでください」
「ええ、今後ともよろしく昴さん」
二人はこの日、友達になった。
その後、通常通りの授業が行なわれ面白みもない平凡な風景が続いた。彼はつまらなそうに窓の外を眺めて時間を潰した。
放課後、二人はグラウンドと校舎を繋ぐ階段に腰掛け、勇ましい声を出しながら走る野球部を眺めつつ話をしていた。
「部活動についてはどうお考えですこと?」
「やる気はないね」
スパンと話題を切る。彼は任務で忙しい。
もう話が終わってしまった、彼女なりに気を利かせて話題を提供したつもりだったが彼には必要ないようだ。
「そうでしたの、でもその気になればどこかの部」
「危ないぞ」
と言葉を遮り彼女を自分の胸元までぐいっと引き寄せた。その次の瞬間、グラウンドの方向から硬式野球で使われる硬球が飛んで来る、野球部がノック練習していたのでそこから飛んできたのだと推測できた。
「あ、危なったですわ……ありがとうございます」
「ふぅん、“たまたま”だよ」
彼女はくすりと笑った。
「ダジャレがお好きですのね」
偶然であっても助けられたのは事実、彼女は感謝した。素っ気ない所もあるが人を助ける心の持ち主なんだと彼女は彼をそう捉えた。その彼はグラウンド、の少しはずれた所にある野球部の倉庫を見つめていた。
「あ、わたくしそろそろ帰りませんと……あっ」
今気がついた、彼女が今どのような姿勢なのかを。顔を赤らめ逃げるようにしてその場を立ち去っていった。
彼女が去った後独り言を呟く。
「意外に“うぶ”なんだな」
彼女の背中を見送り、彼はその場を離れて野球部の倉庫裏へ赴いた。そこは整備されているとは言え芝生と土がまばらに混ざる人目につかない所。誰がいても生徒が気が付くことはないだろう。
「さてと……ん、あったな」
そこにあったのは靴底の後、土の上に残されている。
「この形は野球部のスパイクや学校指定の靴ではあり得ない」
つまりそれは生徒のものではない事を示している。
「とすれば教師……でもないな、足跡からしてサイズは28cm以上、ここの教師はそれ以下ばかりだ」
出揃った情報は学校関係者以外の人物がここにいたことを示した、彼の任務は篠川文撫の護衛、不確定要素は排除しなくてはならない。
「朝からずっと居たのはコイツか、手を出さなきゃ何もしなかったのに……」
彼は彼女の帰宅ルートを事前に頭に入れている、例外がほとんどないことも把握済み、その中から最も人目が少なくかつ車両を用意しやすい場所を即座に弾き出しそこを目指して走り出した。
その一方、彼女は秋目川高校から最寄りの駅でバスを待っていた。
「今日は遅いですわね」
バスがいつもより遅れて来ることに不満を募らせつつも、きっちりとバス停で待つこと十分、いつもより遅れてきたバスは人が少なかった。中学生の頃から使っているバスだが、微妙に居心地が悪く、違和感を抱えたままバスが発車した。
《次は__》
家まで後三駅。
《次は__》
後二駅。
《次は__》
一駅。
「あら……?」
あと少しで自宅近くのバス停に到着する、そう思ったがそこを通り過ぎ大通りを脇に進み普段は通るはずもない狭い一車線の道に入り、バス停ではなく裏通りに停車した。
流石におかしいと思った彼女は運転手に問いただそうと近づくと乗降口から黒尽くめの集団たちが入ってきた。灰色の防弾チョッキ、黒の目出し帽、黒のズボン、そして胸元には赤色の下地に青い星のマークの施されたパッチワーク。武装集団たちの手には拳銃、スタンガン、アサルトライフルを所持しているものもいた。
「篠川大臣の娘はお前だな」
その中から一人体躯の大きい人物が唸るような低い声で確信めいた言葉遣いで彼女に語りかける。
「我々は反国家組織“バラル”国家統括省大臣、篠川の一人娘篠川文撫、我々と共に来てもらおう」
彼女の額には、銃口が向けられていた。