__午後10時54分 波止場にて
あれから1時間後、篠川家の執事が通報したとみられる警官たちが駆けつけ二人は無事に保護された、既に拘束されていた男たちの事を問われた菅原昴は特務機関レイスの事を話さずにあらかじめノートにまとめて暗記していたような言い訳をつらつらと並べて事情聴取をすり抜けた。もちろん篠川文撫も受けたが篠川家が狙われた事を隠したいのか、何者かの操作により聴取は残されなかった。
事情聴取が終わると黒塗りの高級車で迎えに来ていた篠川家の執事が二人を乗せて走り出す、その車内後部座席では彼女の取り調べが行われようとしていた。
「さて、色々と教えていただけますのでしょう? 昴さん?」
いかにも興味津々という様子で彼女は彼に問う、そうなることは分かっていた、なので彼は
「執事さん、オフレコで」
運転する執事にそう言う。
「かしこまりました」
執事は短く返した。それを見た彼は足を組み、腕を頭の後ろに回してリラックスした体勢になる。対照的に彼女は背筋を伸ばし足を揃え手を太ももに揃えておいた。
彼は質問の前に条件を設けた、態度が軽いのでそれが彼女を軽んじているように見えてしまう。
「今回の質問では、三つまで答えますよ。それ以上は次回の機会と言うことでお願いします、何が聞きたいです?」
三つ、その制限に頭を悩ませる。聞きたいことは山程あるのに三つだけ、目を伏せ眉間にシワが寄る彼女を見て彼は静かに笑い見届けていた。
彼女は考えた末に一つ目の質問を繰り出した。
「では、貴方の所属である特務機関レイスは、何をする機関なのでしょう?」
彼女の中でまず疑問になったのは彼の所属、銃で武装した男を簡単に制圧する人物が属するのだから気になった。
彼は考える素振りもなくすんなりと答える、しかしその語り口調は自嘲を込めた吐き捨てるような言い回し、彼自身が組織に思い入れがないと言っているようなものだった。
「国家の始末屋ですよ、司法の手に負えない悪を裁く組織、それが特務機関レイス、一般人である文撫さんは知ることが無いはずの汚い所ですよ」
彼女はふと、父の言葉を思い出した。言葉の端々に彼女の父と似たような雰囲気が感じ取れるようだ。
「『美しさだけでは人は生きられない』、あっいや、なんでもなくてよ」
「うん……? まぁそうですよ、キレイに生きていくには汚れる事は恐れてはいけないと思います」
彼も彼女が急に言い出した事に若干戸惑いつつも、言葉自体には共感していた。
「それで? 二つ目は?」
「貴方のことを聞かせて欲しい、それと三つ目も聞くわ、わたくしは何に狙われてますの?」
彼に詰め寄りながら問う、彼女の好奇心がそうさせる。彼は変わらず軽い態度で答えた。
「先に三つ目の質問に答えを出すとしましょう、あなたは国家転覆を狙う組織に追われている、それも一つや二つの話じゃないんですよ? この国で暗躍したい組織全般から狙われてます、今までり直接的な手段が増えたのでボクが派遣された訳ですね、あ、紙もらっていい?」
彼女から紙をもらうとそこへスラスラと組織の名前と戦力比を書いていく
「現状は三つの組織から狙われている、バラル、UDA、そして神話源祖団、篠川大臣を潰そうとし、また篠川が潰そうとしている組織。バラルはヨーロッパ系組織で現地でチンピラを雇うことが多い、シンボルマークもある。次はUDA、ユニバーサル、デストロイ、アライ、頭文字をとってUDA、ボクはユダと呼んでいる。多国籍のテロリスト集団で各国政府ともつながりがある、テロ請け負い人と言うべき組織、戦争の中で生まれたビジネスの一つなんだろう。最後に神話源祖団、新興宗教の組織だけどその大元はアメリカで生まれた過激派宗教団体クトフル、そのクトフルはアメリカ政府に太いパイプがあり、政敵の排除を請け負っているみたいだよ。
これだけの組織に狙われるんだから、篠川大臣は秘密の多いお方だね、もしかして何も伝えられてない? もしそうなら安全意識が足りないね」
彼女は今まで1番の動揺を見せた、漏れ出る声と同時に一瞬固まり思考が停止して、思考が戻ると執事を睨む。
「静也、貴方この事はお父様から聞いていませんでしたの?」
これほどの事に巻き込まれるなら父からの伝言の一つあってもおかしくない、そう思ったのだろうが執事である静也から返ってきた言葉は期待外れの言葉だった。
「いえ、何一つ。ですがお嬢様の安全と自由を守る為そう言った話から切り離していたのは事実です」
「……そうでしたの、知らないのはわたくしだけだったのですね」
露骨に肩を落として落胆する彼女の背を叩いて彼は励ましの声を掛ける
「篠川大臣は娘思いのいい人だと聞いていますよ、だからそうしょげることはないと思うんだよね、ボクからしたら羨ましい話だよ」
「ごめんなさい……気を使わせましたわ」
気を取り直した彼女は質問の続きを促した、まだ二つ目の質問が残っている。彼は初めて彼女から目を逸らす、隠したいことがあるのだろう。
「答えてくださるのでしょう?」
「……本当に聞きたい? つまらないけど」
「それでも、です」
彼は苦笑する、こんな自分の話を聞きたい人間がいるのかと。普段なら同僚に頼まれたって話さないが、この時は不思議にそういう気分になれた。そもそも質疑応答する必要は無かったのに、彼女には話すべきと思っていた。
話をする彼は虚無とも言える目をしていた、自分の価値を自分で定められていない、人間としての軸を他人に置いている人間の目だ。真っ当な人間ならあるはずの情動が彼には存在していない、彼女はそう受け取らずに他の解釈をすることが出来なかった。
「ボクは生まれてから今日に至るまで人の殺し方だけ学んできた、たまたまそれを活かせる環境があったから活かしているだけに過ぎない、それもこれも全て母さんの指示だよ、親孝行でしょボク?」
彼女は声が出なかった、掛ける言葉を持ち合わせていなかった。
「これでいい? あんまり自分の話はしたくないね」
「……いいわ、それ以上はわたくしがどうにかなってしまいそうよ」
先程とがらりと変わってにこやかに彼は言葉を紡ぐ
「優しいね、嘘だとは思わなかったの?」
彼女は端的に返した。
「いいえ」
「……そうですか」
彼も黙るしかなかった。汚れてばかりの彼は純な彼女には弱い、そのままどちらからも言葉が出ずに時間が流れ、次に静寂を破ったのは運転していた執事の静也だ。
「……菅原様、ご指定された住所に到着いたしました。こちらでお間違い無いですか?」
そこは古めかしいアパートの前、秋目川高校から近いが建築年数がかなり古く誰も借りようとしない事でこの辺りで有名な建物だった。錆びた階段が廃墟を思わせる。
「ここで良いです、ありがとうございます」
別れ際、彼は背を向けたまま彼女に言葉を返した。
「……では、また明日会いましょう昴君」
「えぇ。また明日」
車から降りてアパートへと向かう、車はすぐに発進し姿は見えなくなった。アパートの前の少し広い空きスペースでしばらくじっと立っていたが、ふと独り言を言う。
「な~んだかなぁ、調子狂っちゃうな。いつかポロッと余計なことを言いそうになる、裏を知らない無垢な子は、守ってやらないとな」
言いつつ彼は背後にナイフを投げる、そこは何も無い暗闇だったが、そのナイフは弾かれ彼に飛んでくる。半身をずらしてそのナイフを避けると彼は暗闇に向かって語りかける。
「なんで逃げないのさ、ボートに追跡装置付けてたのにアジトの位置が変わらなくなっちゃったよ」
暗闇から現れたのは誘拐犯を迎えに来たボートに乗っていた黒尽くめの人物だ、黒のフルフェイスヘルメットに黒のライダースーツ、その手にはメリケンサックが握られていた。
黒尽くめの人物はヘルメット越しに話す、ボイスチェンジャーで声の特徴を消していた。
「お前はどうやら生かしてはおけないようだ、ここで始末する」
「あらそう、どちらが上かまだお分かりでない?」
彼はナイフを拾い上げ構えた、黒尽くめの人物も拳を握りファイティングポーズを取る。
風で木の葉が舞い上がり二人の間に飛んでいく、その葉が落ちたその瞬間、それをゴングに二人は同時に駆け出した。