先手は菅原、駆け出した勢いを殺さない程度に飛び上がり胴体を狙い足を突き刺すように蹴る、すかさず黒尽くめの人物は彼の左側に避け、素早く踏み込み無防備な脇腹に拳を突き出す。
「フッ!」
左腕を間に割り込ませ防御する、メリケンサックは彼の腕にめり込み骨を軋ませるが痛みを堪え反撃する、右手のナイフでコンパクトに袈裟斬りを繰り出すが軽く避けられる、しかし、素早い切り返しで黒尽くめの人物の右腕に小さく切り傷を作った。僅かに怯んだ隙に彼は更に切り込んでいく。
「ふっ、はっ、せいっ!」
「まだ甘いな」
メリケンサックでナイフの腹を正確に横から叩き付けなんと弾き返し火花が散る、そらした隙に彼の脇腹を拳がめり込む。しっかり踏み込み腰の入ったボディブローは骨を軋ませ彼を後退させてしまう
「ぐっ……ヒビ入ったかもな」
「カルシウムはちゃんと取れと言われなかったか? 母親に」
「生憎そんな母親じゃなかったんでなっ!」
痛みを堪えて彼はナイフで細かく攻撃を仕掛けていく、しかし痛みと動きが少し鈍っている為か躱されいなされ反対の脇腹に一撃もらってしまう、それでも細かく振りかぶりフェイントを仕掛け、フェイントを重ねてナイフに意識を向けさせた。
「お返しだオラッ!」
ナイフを振り警戒がそちらに高まった瞬間、彼は鋭くローキックで膝を打ち付けバランスを崩していく、これには黒尽くめの人物も舌打ちしたが
「チッ」
「もいっちょっ!」
重心が崩れ姿勢が前のめりになったところをすかさず彼の飛び膝蹴りが頭部を狙って繰り出され、これは既の所で腕を割り込ませ防ぐがその腕が腫れ染みるように痛む。
「体格の割にこいつ……パワーがっ!」
「ぜぇぇい!」
「くっ……ぅ!」
軸がぶれた黒尽くめの人物に更に怒涛の攻勢に出るが致命的な一撃はお互いに避け、じわじわと体力を削り合う持久戦に陥った。タフさは同じくらい、リーチと攻撃力は黒尽くめの人物が勝り、小柄な彼がスピードに勝っている。
「小柄な割にパワーがあるなっ」
「へっ!」
膠着し消耗するだけの戦いになった場合、先に致命傷を与えたほうが勝つ、つまり素早く勝負を決めねばならない。ここは彼が先に仕掛け巧みにナイフを操りヘビを思わせるほどしつこく絡みつくような連携攻撃を仕掛けていく、少しづつ切り傷が増えていく黒尽くめの人物に彼は勝機を確信した
「シッ!」
連携攻撃の最後の締めのローキック、それを黒尽くめの人物はしなやかに体を使い彼の膝を踏みつけるように蹴りを繰り出し踏み込みを阻止し、その反動で後ろに反り返りそのまま倒れ地面に両手を着き体を支え回転して距離を取りつつ立ち上がった。
「バク転するとか舐めプかよっ」
これには彼も驚かされた、しかし実際相手はやってみせた。
黒尽くめの人物がヘルメットの奥で笑っている、まるで彼に出来るか? 出来ないだろう? と挑発しているようだ。しかしこれは悪手、彼は容易く挑発に乗った。乗った上で冷静になっていた。
「腕一本は覚悟しろカス」
彼は黒尽くめの人物に駆け出す、間合いを一気に詰め、腕を大きく振りナイフを投げる。風切音が聞こえるほど素早く投げられたナイフだったが黒尽くめの人物は予備動作の時点で見抜き、飛んでくるナイフを身を斜めに少し屈めて回避する。だが一瞬視線を彼から切ってしまったのは悪手だった。
彼は投げると同時にスライディングし黒尽くめの人物の足を両足で挟みなぎ倒す。
「そらよっ!」
「うっ!?」
仰向けに倒され咄嗟に受け身を取るがその間に彼がマウントを取る、黒尽くめの人物の喉仏には彼の手首に備えられたスタンガンが突き付けられていた。
「暴れんな、殺すぞ」
彼はいつでもスタンガンを撃てることを示したことで黒尽くめの人物は大人しくなり力を抜いた、彼はそれを確認するとヘルメットに手をかけ、顔を見ようとするが
「っ……ふふ」
「何がおかしい?」
「いや、何も、だが噂通りの腕だな、そして、噂通りのマヌケだよ」
「噂だと?」
黒尽くめの人物の言葉が彼の興味を引いた、苦し紛れの言い訳かと思えばそれまでだが、そう感じさせない、いいしれない気配が漂ってくる。
「そうだ、特務機関レイス、その中でも最も優秀な兵士、お前だろう? レイスフィンガー……死の前触れと恐れられる者、我々にとってお前はアンタッチャブルな存在だよ、手を出せば必ず死ぬ、恐ろしい存在だ、生きる死神め」
「今は気ままなフリーランスの死神さ、いや、国家のカスを掃除する清掃員のほうが適切かな? ……どっちでもいいや、冥土の土産になんか吐けよ、意味なく死ぬ癖でもあるならこのまま殺す」
彼は喉仏に当てたスタンガンをより強く押し付けた、相手からは途切れ途切れの呼吸から苦しさが伝わってくる。今彼に取っては情報を吐き出させたいタイミング、所属と目的を吐けばあとは殺すだけだ
「まぁ、待て……ひゅー……ふふ、話す……話すさ」
「お前の所属組織と組織の目的が良いな」
黒尽くめの人物は苦しそうに言葉を紡ぐのを彼は待った。今この行為が時間稼ぎだとしても自分の優位が崩れていないことに変わりない、彼はそう思ってのことだった。
「……組織の目的、それは……お前、それと、あの女……それとな……組織の名は……既にな……知っている」
そのセリフの次の瞬間、銃弾が彼の頬を掠めてく、反射的に飛び退き物陰を目指すが、どこからか投げ込まれた閃光弾は彼を逃さず、凄まじい閃光と爆音に晒された。
(くそっ、フラッシュバンか……どこからっ)
視覚と聴覚に異常な負荷が掛かり平衡感覚がおかしくなるが五感を封じられた場合の訓練を受けた彼は素早く手探りで塀の裏へ退避した。まるで目が見えているような動きだった。
黒尽くめの人物はヘルメットで防いでいたため問題なく起き上がり、埃を払うように肩や腹部を手で叩いた。先程まで殺し合いをしていたようには思えないほど穏やかな声色で言葉を残していく。今の彼には一言も聞き取れないだろうがそれでもよく、これはこの人物の自己満足に見受けられた。
「……中々器用だな、余程の訓練を受けてきたのだろう、感謝するんだな……聞こえてはいないだろう……、敬意を評し今回は見逃す、もう仲間が迎えに来たから時間切れだ、また会おうレイスフィンガー。次会う時は私の命令が果たされる時、だな」
この場から走り去っていく……前に足元に転がるナイフを拾って懐へしまった。その後をまた別の黒尽くめの人間たちが証拠隠滅し素早く追いかけていく。
彼は何も聞こえず見えず、ただじっと時を待った。
「ふぅ……治った、しかし、逃げられたか……」
ほんのさっきまで攻防を繰り広げていた場所から何も残さず立ち去った。これは黒尽くめの人物たちがチンピラなどではなく隠密、潜入の訓練を受けた部隊であることを示していた。
「ちっ……オレのナイフまで持っていきやがったな」
軽くひと笑いし、その場へ座り込んだ。
「見逃された……か、腹が立つぜ……」
アレだけの隙を晒していてなお自分が無事である、これは相手に慈悲をかけられたに過ぎない。今まで無慈悲な執行者だった彼のプライドに傷がついた、同時にこの任務の裏に潜む影も同時に見えてきてしまった。
「あぁ、くそっ、意味深なこと残していきやがって……!」
イラつきが収まらない彼は先程まで身を隠していた塀を素手で雑に殴り、コンクリートでできているはずの塀に亀裂が入りぐらついた。
「……やべ、弁償代いくらだ、ま、いいかこんなボロアパートだし……」
何も見なかった、自分にそう言い聞かせて自室へ戻る彼だった。