黒鉄に霞む空、駆けるは狼   作:しらす丼

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第一話 新入生は苦労人?

 

 

私に意味を与えてくれたのは

 

貴方だった

 

 

 


 

 

 

 IS学園に入学した()()()男性のうち、より有名であろう方の生徒は教室で身を縮めていた。周囲から向けられる視線は好奇に満ちているが、一部には己を見定めるようなものも混じっている。他人から自分に向けられる視線のうち、好意だけにはとことん鈍感な彼は居心地の悪さに辟易しているらしい。視線を泳がせながら、授業が始まるのを今か今かと待ち侘びているようだ。ほんのわずかな期待を込めて幼馴染へと視線を向けるが、目を逸らされる。現実は非情也。

 

(千冬姉め、どこがもう一人いるから安心しろ、だ……!どこにもいないじゃないか!それどころか座る椅子もないし、違うクラスだったりするんじゃ……)

「全員揃っているな。よろしい、手間をかけさせるのはウチの愚弟だけで十分だ」

「「「「「きゃあああああああああ!」」」」」

「……と、思っていたんだがそうでもないらしいな?」

「あはは、皆さーん、静かにしてくださいねー」

「千冬様!罵ってください!」

「黙れ、先生と呼べ」

「千冬先生!こっち向いてください!」

「黙れ。あと織斑先生だ」

「千冬姉──」

「ふん!」

「理不尽っ!」

 

 壁にかかった時計の針が時間を指し示した瞬間、チャイムと同時に入室したのは2名の教師。眼鏡姿の柔和な女性に、もう一人。切長の瞳から鋭い眼光を飛ばし、たった一人の男子を除いたほぼ全員の女子生徒から黄色い悲鳴を向けられる女性が居る。名を、織斑千冬。世界最強のIS操縦者『ブリュンヒルデ』の称号を持つ女傑だ。

 そんな彼女への声を抑えようと、豊満な胸部装甲を揺らして自己アピールするのは山田麻耶。効果は見られないが、唯一の男子が千冬による出席簿チョップで撃沈したことを皮切りにクラスが静まり返ったので渡りに船。ここぞとばかりに自己紹介を始め、生徒にもパスしていく。腐っても教師、というべきかその進行に淀み無く、この一年一組で珍獣のような扱いを受け始めていた『彼』にもしっかりとバトンを渡し切った。

 

「え、と……織斑一夏で」

「そうだ山田先生。もう一人の方だが」

「まだ織斑くんが自己紹介してる途中ですよ!?」

「そんな天然女たらし突発性難聴持ち鈍感系朴念仁は放っておけ」

「天然」

「女たらし」

「突発性難聴持ち」

「鈍感系」

「朴念仁!?」

 

 一応、血のつながりもしっかりと存在している文字通りの家族である。こんな扱いを受けていても家族なのである。多分。唐突な罵倒に二度目の撃沈、これでも主人公の織斑一夏。いよいよもって机に頭を突っ伏して動かなくなった。完全に撃破したようだ。さすがブリュンヒルデ、実弟であっても容赦がない。

 そんな一夏を近くの女子がペンやら枝やらスパナやらでツンツンとつつくが応答なし。そんな事態に千冬は特に目くじらを立てるつもりもないらしい。むしろ一夏に向けてチョークを投げるまでの勢いを見せつけた。ゴッ、と結構いい音がしてドン引く生徒だったが、彼女たちが受けた衝撃はその程度に収まらない。

 

「たった今二人目が到着したようだ。入れ」

「え、二人目って言った?」

「二人目って、男子?」

「先生!男性の適合者は一夏くんだけじゃないんですか?他に見つかったって報道もありませんし……はっ!もしかして先生ですか!?」

 

「このクラスに二人目の男性というだけだ。残念なことに私にはそんなもの(IS適性)はないが、政府からの命令でね。もう成人した男が今更、という思いはあるが……何はともあれ、これから三年間。共に同じ屋根の下で過ごすことになるレオン・ケリーだ。レオンと、そう呼んでくれるとありがたい。よろしく頼む、皆」

 

 それは、おそらく混乱であり、感嘆であり、何よりも喜びであった。一夏が犬系だというのなら、彼は髪型から察するに狼だろうか。一夏に集まっていた生徒たちは一斉に正面を向きフリーズする。聞こえた声は爽やかで、脳裏を駆け巡るは謎の光。視界にフィルターでもかかったかと錯覚せんばかりの輝きがそこにあった。

 おそらくは成人しているだろう。口調とは裏腹に、やや困惑したような笑顔を浮かべている男性が立っている。よろよろと顔を上げた一夏に片手を挙げて、レオンと名乗った男が千冬に並んでいるのだ。身長はおそらく180cmもあるだろうか。細く長い手足はまるでモデルのようで、見える手先は白くほっそりして異常なほど美しい。足に吸い付くような黒いパンツと、ISスーツのような素材でできたインナーの上にはライダースジャケットを羽織っている。彼が、生徒?一組の生徒は揃って顔を見合わせた。

 

「えっと。年齢は?」

「特技はありますか?」

「ご趣味は!」

「出身はどこでしょうか!」

「その左目は?」

「年齢は……確か今年で30になるはずだ、オッサンというのはやめてくれよ?特技も趣味も、コーヒーを淹れることだね。残念ながら人に振る舞えるような腕前ではないとは思うが。一応ドイツ空軍でパイロットをしていたから、出身はドイツになるかな。左目は生まれつきなんだよ。すまないね、右目一つで勘弁してくれ」

「ふ、二人目って……あんたもIS乗れるんじゃないのかよ?俺はてっきりそうだとばかり思ってたんだけどな!?もしかして俺一人ですか?あ、そうですか。はい。わかりました、わかりましたからその出席簿をしまってくれよ千冬ねぁ痛っっっってぇ!!!!」

 

 一夏の言葉に、彼は長い襟足を揺らして笑う。いわく自分は、特殊技能訓練生という枠でやってきたのだと。ドイツ空軍では千冬と並んで教官をしていたらしいが、その関係だろうか。詳しく聞いても笑顔ではぐらかされるし、何より隣の世界最強の顔がどんどん険しくなっていく。生徒の頭が何本目かのチョークを粉砕したところで、HRの終わりを告げるチャイムが鳴った。

 

「1時間目は引き続きガイダンスを行う。レオンはこのまま教室で待機だ」

「分かったよ千冬」

「織斑先生だ」

「そうだったな、織斑先生。ほら、山田先生が待っている。早く行ってあげてくれ。まるで担任としての威厳を無くしてしまったかのような顔だ」

 

 振り下ろされる出席簿──一夏には二度直撃している──を軽くかわしてレオンが笑った。あの勢い、さしもの国家代表でも回避することは難しいだろう。それを彼は軽々とやってのけて、あまつさえ山田先生に視線を飛ばす余裕さえ見せる。ただの男性ではないと思っていたが、まさかここまでとは。イギリスの代表候補生たるセシリア・オルコットは戦慄した。自分であってもあれを回避するビジョンは見えないというのに。優れた動体視力を持っていることの証明でもある。だが、それだけだ。

 

「さて、これでようやく落ち着いて話ができるな、織斑一夏。あの千冬の弟だという話だが……なるほど、こうして見るとよく似ている」

「そうか?そんなに似てないと思うけど……じゃなくて!千冬姉の知り合いなのか、アンタ!」

「軍人時代にね。私が基礎訓練を、彼女がISの訓練を見ていた。私は男だしISも使えないが、これでも鍛えている身だからな。それなりに厳しめの訓練を課していたよ。君たちにもそのような指導をしてくれとの話があったから──それなりに覚悟しておくように」

 

 二人を見送って、長身が一夏の座席に寄ってくる。痩身ながらもその足取りに僅かな揺れは無く、しっかりと床を踏み締めるような──文字通り地に足の着いた風格を漂わせていた。机の前に立たれると、やはり大きい。ツッコミと共に立ち上がった一夏が見上げるような形になる。

 うんうん、と納得したように頷いてからレオンは笑みを消す。それだけでぴたりと全員の動きが止まった。一夏も、クラスの生徒も、そして廊下から見ていた野次馬達も。彼の放つ気迫は千冬にも劣らない強さであり、有無を言わせぬ圧力があった。やれと、そう言われているような気がしたのだ。

 だが、いくらIS適性があるからとて花の女子高生だ。厳しいという監督官に絡まれては面倒と言わんばかりに顔を見合せ、あっという間に散開していく廊下の生徒たち。蜘蛛の子を散らすようにそそくさと姿を消す生徒から興味を無くしたように視線を戻して、彼はへらりと顔を緩ませる。

 

「……勿論、嘘だけどね」

「違うの!?」

「今のレオンさんには……」

「やると言ったらやる凄みがあったわ」

「ぴぇぇ……」

「布仏さんが小動物みたいな声を上げて小さくなっている!?これがあのドイツ軍人のパワーなのね……!」

「ああ。確かにそのような相談は受けたけれど、あくまで私は生徒でもあるからな。やれと言われればやるが、千冬──織斑先生が居るだろう?ブリュンヒルデの指導だけで十分だと思うよ、私は。……ところでその、やや劇画チックにこちらを見られるとだな、昔の部下を思い出すというか。とりあえずもっと気楽に、ね?」

「紛らわしいな!……ですよレオンさん」

「レオンでいい。敬語も無しだ。年齢は違えど、この場では共に学ぶ立場だからね。変に敬われる方がくすぐったい。それと、オルコット家のお嬢様。君は自分の立場を弁えた発言を心がけるべきだ。無闇矢鱈に喧嘩を売るような言動、振る舞いは自国の評価をも下げかねないぞ」

 

 ぎくり、と金の縦ロールが揺れる。突然現れたISを扱う男性と、きな臭い2人目の男。その正体を見極めるべく近付いていたイギリス代表候補生は気まずそうに顔を逸らしている。セシリア・オルコット、その背景は既に頭に入れている。だからこそレオンは彼女に背を向けて言い放った。

 

 その立場を思い出せと。

 

「言われるまでもありませんわ、レオン・ケリー。ぽっと出の男性操縦者に、どこな馬の骨ともしれないドイツ軍人。その程度の存在にイギリス代表候補生の私が気を張るなど、時間と気力の無駄というものでしたわね」

「なんて?」

 

 ──が、効果は無かったようだ。とりあえず自分は良いとして、一夏だ。まだ年若い男に喧嘩を売ってしまえばどうなるか。想像するのはとても簡単だ。だからこそレオンは、セシリアの視線から一夏を隠すように動いた。

 

「一夏」

「聞こえませんでしたか?貴方は相応しくないということを言いましたのよ、織斑一夏。偶然ISを使えたとして、貴方がこの場所に居るのは場違いそのもの。さっさと荷物を纏めて帰るべきでしてよ」

「いや、初対面にそんな説教されてもなぁ。というか、俺たち同じ1年生だろ?何の違いがあるっていうんだよ」

「一夏、落ち着け。セシリアも」

「だいたい!貴方もですわレオン・ケリー!そもそもIS適性すら無いというのにこの学園で指導を行おうなど、身勝手の極みです!この学園の先生方は見る目が無いのかしら?織斑先生だけで十分ですのに!」

「セシリア?聞こえているのか?セシリア?」

 

 あー、とレオンは天を仰いだ。軍なら拳でなんとかなったのに。早くも立ち位置が決まりそうだ。ヒートアップしていく二人に声をかけつつ周りの生徒には着席を促していく。もうすぐ一時間目が始まるのだ。相変わらず千冬が教室に来る訳だし、ここで変な空気になっていると確実に厄介事が舞い込んでくる。確信めいた予感と共に、レオンは次第と笑みを固くしていく。いやいや、言い過ぎだろうとツッコミたいけれどもう手遅れ。いつの間にか至近距離で睨み合う一夏とセシリアがそこにいる。

 

「な、お前、歳上になんて口きいてんだ!適性があるとかないとかで偉さが決まる訳でもないだろ!イギリス代表だか何だか知らないけど、ガイドブックに海外チェーン店が掲載されてる国の奴に言われたかないぞ!」

「なぁんですって!?」

「あー、聞こえてるかな二人とも。チャイム鳴ってるけど、座らなくていいのか?おーい、織斑先生のチョークが飛んでくるぞー痛いぞー……はぁ。私にはもうどうにもできないな、これは」

「全員座れ。これから一時間目を始める──」

「もう我慢なりません!決闘なさい織斑一夏!」

「望むところだ!」

「──前に、織斑とオルコットは教訓を得る必要があるようだな。二人とも前に出てこい。そしてレオン、なぜ止めなかった」

 

 ぎろりと向けられるのは、レーザーブレードの如き斬れ味を誇る千冬の眼光。その先には、両手を上げて天井を見上げるレオンが居た。いやいや、と他の生徒が首を振った。めちゃくちゃ頑張ってましたよ織斑先生。レオンなりに初対面の年下2人に挟まれながらも仲裁しようと頑張ってましたよ。その念が伝わったのか、千冬はそれ以上の追求をやめた。

 が、その顔は怒りを通り越して……無。レオンは肩を竦めて諦め、千冬の前へ若者2人を引きずっていく。まだ言い合っている。フィッシュアンドチップスは関係ないだろうが。流石に小声でツッコミを入れたら、山田先生が笑ってくれた。ありがとう、この空間の癒しは貴女だけだ。

 

「織斑一夏、セシリア・オルコット」

「「はぁ!?」」

(((あー)))

 

 人間、色々諦めると笑顔が浮かんでくるらしい。山田先生の凍りついた笑顔とは違い、一組女子とレオンはもうなんか浮かんでくる笑顔のまま窓の外を眺めることにした。とりあえず耳だけ塞いでおこうかな。レオンにならって皆も耳に手を当てる。付き合いの長い人がこうしてるのだから、間違いなく何かが起こるだろう──なんて、変な確信があった。

 

「今は授業時間だ!馬鹿者ォ!」

「ちなみに、織斑先生のドイツ軍時代の渾名は『歩く地獄』だ。命名者は私だが、あながち間違ってないと思うんだ」

「「「そうですね」」」

 

 千冬の説教と共に一週間後に決闘することを決められた2人が撃沈しながら受けた一時間目。その後の休み時間、レオンの言葉に納得してしまった生徒も多い。窓ガラスにヒビが入っているのを見つけてしまってはそうもなる。遠い目をしたレオンがセシリアを起こし、やや遠慮がちに一夏を揺り起こすサムライガールがそこに居た。

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