黒鉄に霞む空、駆けるは狼 作:しらす丼
「さて、二人はどのような戦いぶりを見せてくれるだろうな。この一週間、君が訓練を付けていたのだったか?意気込んでみせたのだ、
「……ない」
「ん?」
「なにもしていない。剣道の稽古をしていたぐらいだ。悪いか!?久々に会った幼馴染が腕を落としていたことに怒ってもいいだろう!?」
「──成程、つまり彼は入学式の頃から変わっていないということか。理論としてISの扱い方は教えてあるが、それだけで代表候補生に並び立てると?私から言わせれば、甘く見積もりすぎている」
さて、迎えた放課後。アリーナに集合したのは一年一組の生徒だけではなかった。むしろパイロット志望の全生徒が観戦に来ているのではないかと錯覚しそうなほど、会場は熱気に包まれている。司会を務める生徒まで現れているあたり、誰かが情報を流したと見て間違いない。
緊張した面持ちの箒に話を振ってやれば、到底信じられないような返事が飛来してレオンは言葉を失いそうになった。結論としては、ほぼ変化無し。ある程度の動体視力や体幹は取り戻したと見ていいが、それだけだ。一夏にとって入試に実機を扱った程度の経験はほとんど無いものと変わらない。専用機をぶっつけ本番で使うという話だけは聞いている。
「いくら彼が特別だからといって、こんな扱いは承服しかねるな……きちんとしたプログラムを組むべきだろう」
「あ、あのー、すみません」
「何かな。もうすぐ試合が始まる頃合いだが」
「どうして女装を……?しかも似合ってますし」
「ふむ、それは──おや、試合が始まるぞ。その質問にはまたの機会に答えさせて頂こうか、黛薫子くん」
結局、レオンの女装は放課後まで続いている。本人は気にしていないが、そのスタイルは衆目を集めて止まない。チョーカーで声を変えているものの、事情を知る者や噂を聞いた者からすれば疑問でしかないだろう。何故ずっと女装しているのかと。
この場で答えはしなかったものの、正解は──某天災の仕業だ。朝起きると制服は女性のものしか無かったし、化粧やら何から何まで既に終わったあとだった。嵌められたというのが正しいか。部隊の面々が笑顔になっているところを想像して、レオンに青筋が浮かぶ。今度会ったら容赦しない。
「お姉様、見ていてくださいまし!」
「私は君の姉ではないぞセシリア・オルコット。そんな愕然とした表情を見せても無駄だ。中身は30の成人男性なんだ現実を見ろ。相手は目の前に居るんだからな」
「調子狂うなぁ、女装が似合う成人男性に見守られるってのは。しかも相手は代表候補生だし、俺の機体は今さっき受け取ったばかりだし」
「織斑一夏の専用機がアレか……ふむ」
「負けるな一夏ァ!私と流した汗は!過ごした時間は無駄ではなかったと証明してみせろ!」
箒に視線が集中した。当の本人は指導してやった(つもりの)一夏が勝負に勝てるかどうかでいっぱいいっぱいなのだろう。自分に向けられた無数の視線など全くもって気にしないまま、拳を握って振り回していた。自分が口にした言葉をもう少し省みてほしいものだ。
たまに隣に座るレオンに当たりそうになって、笑顔の彼が手で弾いている。油断している時に直撃したら骨でも折れそうな攻撃を次々逸らして、彼は試合開始を待っていた。一夏とセシリアの力を見定めるべくこの場に座っているのだ、早く始めてほしいものである。
『それでは両者とも向かい合って!』
「む、何か言い合っているようだ」
「まぁ、負けた方が言うことを聞くみたいな戯言だよ。気にする必要は無いさ。それよりも気になるのは、この試合の結果だろう?どちらが真にクラス代表に相応しいのか、それを見極めるための試合なのだから」
「そこまで真面目に考えてるのれおっちだけだと思うなぁ」
『試合、開始!』
■
「っ、と!」
「さぁ踊りなさい!私とブルー・ティアーズが奏でるワルツで!お姉様に無様は見せられませんことよ!」
「こっちだって!千冬姉に情けないとこ見せられないからな!全力で行くぜ
「セ……な、なんですか急に名前呼びだなんて!」
「関係ないだろ今それはぁ!?」
なんとも締まらない開幕となった戦いだが、狙撃銃とビットを扱うセシリアに対して一夏は近接ブレード1本で挑もうとしている。あまりにも無謀であり、勝ち負けの見え透いた戦いだろう。それを盛り上げるのが実況の力であり、アリーナの盛り上がりは実況席の生徒に懸かっていると言っても過言ではない。
「頑張れ一夏!」
「篠ノ之箒、そろそろ腕を振り回さないでくれ。ゆっくり観戦出来ないし、周りの生徒に危険が及ぶ。織斑先生がこっちを睨んでいる」
「はい!」
「扱いやすいのかわかりやすいのか。……ともあれ、やはり戦いはセシリア・オルコットが優勢だな。狙撃用ライフルとドロ……ビットを扱う以上織斑一夏が近づけない。ましてや総搭乗時間が大きく離れているのだから、長期戦になるほどに彼の勝ちは難しくなるだろう」
「ならば懐に入るまでだ!叩き切れ一夏!」
「そう簡単にいくものか……被弾している。一次移行すら終えていない機体でイギリスの第三世代に挑むなど、千冬は何を考えている?」
ぶっつけ本番にしては上出来な動き出し。ほとんど操ったこともない、慣れない専用機を扱う一夏の動きは硬い。逆に言えば、それだけということでもある。変にふらつくことも、勢い余って壁に激突することもない。嘗ての自分がどう見られていたのか、レオンには少し理解出来たようにも思えた。初めてであれほど動けるのなら、少しは拮抗もできようか。
盛り上がっていく観客の視線の先で、一夏はセシリアの放つレーザーを危なげなく回避していく。相手は代表候補生であり狙いは正確で鋭い筈であるが──それ以上に本人のセンスが大きいのだろう。大きく距離を取って直撃弾を許さない。ブレード攻撃圏内に入れない、ということを除けば完璧だ。その心の乱れを見抜いたか、セシリアの攻撃が激化し一夏のSEが瞬く間に削れていく。
「焦るな、一夏……!」
「くそ、近づけ、ねぇ!」
「どうしましたの?威勢が良いのは口だけですか?逃げてばかりでは……何も得られませんことよ、織斑一夏!」
「分かってるよ、そんなこと!」
「誘いに乗るか……魅せてくれる」
ノブレス・オブリージュ、代表候補生としての矜恃からか。それとも勝てるという慢心からか。セシリアは意図的に火線に穴を開け、一夏は迷わずそこに飛び込んだ。罠と知りながらも突き進み、力任せに切り捨てるのは容易に見えるが至難の業。未だ雛ですらない一夏が、それを成せるのか。
「うおおおお!」
「かかりましたわね、落ちなさい!」
「いや、まだだ」
残り僅かなSEをゼロにするため、セシリアはビットを使った。それもレーザーで牽制してから、隠し球のミサイルで。突撃してきた一夏はレーザーに気を取られ、潜んでいたそれに対応できない。目を見開き爆炎に包まれた彼を前に、彼女は髪を梳いて背を向ける。
勝った。彼女は満足気だった。気に食わない男を下した、それだけではない。世界初の男性操縦者との公開戦闘にて勝利した──自分の価値を示すのに、これ以上のシチュエーションは有り得まい。本国に戻れば更なる飛躍を遂げることが出来るだろう。
「ああ、そうだなレオン。終わっちゃいない。俺も、この『白式』も!まだ戦える!」
「は──どうして!?」
「一次移行、ようやく終えたようだな。ここからが本番と言ったところだろうか──ん?」
「一次移行もしていない機体で、あそこまで……?貴方は、一体何者ですの?まるでイレギュラー……ならば、貴方を倒して私は!」
「もう読めるさ!そのビットを使ってる間、お前は動けないんだろ?それならやりようはある!」
「させません!お行きなさい、ブルー・ティアーズ!」
一夏め、やるな。レオンは笑った。セシリアの弱みを見抜いたらしい彼は、一次移行を終えて白く染った専用機『白式』を駆って空を舞う。迎撃の姿勢を見せるセシリアはビットを放つが、すれ違い様に切り捨て御免。白式の握る対IS近接戦闘ブレード『雪片弐型』が瞬いて、2つのビットを鉄くずへと変貌させた。
レーザーの攻撃は甘んじて受ける。これまでの逃げ腰と違い、多少の被弾を良しとするその姿勢はレオンの入れ知恵だ。絶対防御とSEがある以上、近接戦闘に持ち込むのなら被弾を気にせず突き進め──右手にハンドガン、左手に竹刀を持つレオンは惨敗した箒と一夏を前に笑っていた。
「人間としてではなく、鳥のように──それこそがISに向き合う者の心持ち。しっかり覚えているようだな、
「良いぞ一夏!そのまま切り捨ててしまえ!」
「あ、有り得ませんわ……この私が!セシリア・オルコットが!負けることなど、決して──!」
「千冬姉の名前背負って、負けられねぇんだ!」
さらにひとつ、ふたつ。淡い光を纏う刀がビットを切り捨て、偶然ながらレーザーも割り切った。セシリアの右手に握られたライフルは至って正常であり、やや錯乱しているとはいえ彼女の狙いも正確。極限の集中状態に至った一夏の超反応がレーザーを──光を上回っただけだ。
突然の一次移行と、互角へ至った一夏の戦いを見たアリーナ内の興奮は最高潮へと達している。白式とブルー・ティアーズ、互いのSEはほぼ同じ。ビット4基を失ったセシリアがやや不利か。
「ここから……何だ、この気配は!」
■
『それ』は、空からやって来た。
「──皆、今すぐここから退避するんだ」
『それ』は、盾とレーザーブレードを携えている。
「何故だ……?」
『それ』は、シールドを易々と切り裂いた。
「二人とも、今すぐ逃げろッ!」
『それ』は、千冬も知らない超兵器。
「何故ここに居る、
『コード23 排除執行』
外部スピーカーから聞こえる平坦な声が到着を示すコードを読み上げて、頭部を一夏とセシリアに向けた。赤いラインセンサーが光り動きを止めた隙を見て、レオンを筆頭として教師陣が生徒の避難誘導を始める。乱入者によって引き裂かれたアリーナのシールドは途切れ途切れに防壁を生成するのが精一杯なようで、マトモな機能は期待できそうにない。
闖入者によってパニックに陥ったアリーナは、出口を求めて逃げ惑う生徒によって埋め尽くされた。シールドによって安全性が保証されているからこそのアリーナであり、レーザーブレードを間近で振り回されては死も同義。まだ高校生に過ぎない彼女たちが恐慌状態となるのも当然だ。
「──すまない」
「レオン?どうした……って待て!そっちは!」
「篠ノ之箒、君は避難しているんだ」
一言、謝罪が聞こえて振り返る。箒の隣に居たハズのレオンが、生徒の波に逆らうように中心部へと駆けていた。数日前に見たような身体能力を駆使して、生徒が呆然と見上げるように空を走っていく。なお本人はいつの間にか着替えていたので、スカートの中を見られるようなことは無かった。数人の生徒は悔しがっていたが。
転入初日のような服装に身を包んでから、レオンは不審者の前へと飛び出した。未だ状況を理解出来ていないような一夏たちを背に、その身一つでマッシブな謎の人型機動兵器に対峙する。千冬や一夏をはじめとする学園所属の人間が遠くから叫んでいた。逃げろ、と。
「すまない皆」
ふるり、と大きく弧を描く右腕の先。グローブに覆われた手に握られていたのはカラビナのような形のハンドガン。グリップから伸びてバレルまで繋がっているのはハンドガードか?箒と一夏は目を見開いて、整備課の生徒は電子カタログを開く。大多数の生徒にとっては初見だろうが、二人にとっては違う。
あれはバースト式のハンドガンだ。試作品だと笑いながら、竹刀と合わせてレオンが使っていたのを覚えている。何せ模擬戦で一方的にボコボコにされたから。極至近距離において驚異的な命中率を叩き出すそれを、彼は謎の兵器へと向けた。
「私の不始末は自分で片付けるとも」
『──了解 対象ノ脅威度測定ヲ開始』
「ここで消えてもらうぞ、イレギュラー!」
駆け出した彼の左目、眼帯の下に隠されているはずの瞳が輝いた。漏れ出た碧色が強まっていくと同時に敵機体も行動開始。
「待て、レオン!」
「生身でなど、危険ですわ!」
一夏とセシリアを置き去りにして、両者が激突する。
お待たせしました。
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次回は衛星砲に撃ち落とされてからの予定です。
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