WWWを草と笑えない恐ろしい世界   作:じぱんぐ

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10.お財布係の炎山くん

 昼休みの一件もあってますます炎山人気に火が付いた一方、一部男子からの敵意も大分熱いことになっているらしい。

 移動教室を終え、教室に戻ってきてみれば虫の死骸が炎山の机にデコレーションされていた。

 当の本人は気にしていない様子だったが、対処せねばますますエスカレートするとの旨を彼に伝えたものの、まるで耳を貸さず。

 

「帰るぞ」

「護衛するなら心の方も配慮してくれねぇかなァ!」

 

 炎山と親しくしているというだけで俺にまで被害が及ぶのは困るんですけど。

 言っても退かないのは百も承知。置き勉は最小限に、帰り支度を整えると教室を出る。こんなに重いの、学期の切り替わりで十分だよ……。

 

「で、伊集院の目から見て、熱斗はどんなもんよ?」

「何故そんなことを聞いてくる?」

「気にしてんのバレバレよバレバレ」

 

 昼休みの熱くなった一面を引き合いに出し、話を振ってみる。だんまりを決め込むと思いきや、

 

「民間のナビにしては良い性能ではあった。が、肝心のオペレーターがお粗末過ぎる」

「ロックマンは褒めるのな」

「ブルースとあれだけやりあえるナビはそう多くはない。だからそのロックマンとやらが哀れでならないな」

「まぁ、そう思ってられるのもそう長くはないと思うぜ?」

「何?」

 

 せっかく立ったライバルフラグを折らせる訳にもいかないので、それとなく補強しておく。モブ程度の言葉が耳に残るかは知らんけど。

 

「ただいまー」

「あぁ、おかえり渡――少し話があるから居間に来てくれるかい?」

 

 玄関で出迎えてくれた祖父はいつもの柔和な笑みをしているものの、その声音は固い。入院中も何度か切り出そうとしていたが、ようやっと踏ん切りがついたらしい。

 

「荷物置いてからでいい? あぁ、炎山。外じゃなくて中で待ってていいよ」

「渡のお友達かのぅ?」

「いえオレはオフィシャルから派遣された伊集院炎山といいます」

「そうかい。悪いがこれから込み入った話になるから――」

「俺の部屋で待ってもらうから平気だよ。外暑かったし、飲み物くらい出してあげようよ」

「あぁ、そうじゃの。渡の言う通りじゃ。狭いところで悪いけど上がってもらえんか?」

「……わかりました。そのご厚意に甘えます」

 

 珍しく敬語を使う炎山を小突いてみると、

 

「敬意を払うべき相手は見ればわかる」

 

 とのこと。

 何を見てそう判断したのかは知らないが、祖父が好意的に受け入れられて少しだけ唇が吊り上がる。飲み物だけじゃなくお高い水羊羹でもやろう。

 炎山と荷物を自室に残して廊下へ出る。

 6畳間の、畳が敷かれ、中央に重厚な木製の机と座布団が置かれただけのこじんまりとした居間。既に座っていた祖父の正面に腰を落ち着けて、話を待つ。

 しばし台所から響いてくる冷蔵庫の駆動音がやけに耳につく中、祖父が皺の目立つ唇を開いた。

 

「渡や……儂は引っ越しをしようと思っておる」

「爺ちゃん」

「ここより狭くはなるが……渡に不自由はさせん。約束する」

「――」

「場所は才葉シティ……もしかしたら昔のお友達に会えるかもしれんのぅ」

「――」

「急で、悪かったと思っておる……今いるお友達ともお別れになるのじゃから……」

 

 口を挟む余裕がなかった。

 息継ぐ暇もなく早口、という訳ではない。ただただ重苦しい空気を肺から吐き出さんばかりに祖父が話すので、胸が詰まった。

 随分と悩んだのだろう。窪んだ眼窩の下に黒いクマができており、こけた頬はいつもより弛みがあり、祖父をより老けてみせた。

 

「俺は、引っ越さないよ」

「渡!」

 

 上体を机に乗り出した祖父の悲痛な声。それをぐっと堪えて俺は自分の意見を貫く。

 

「引っ越そうって言ったのは俺がWWWに襲われたから?」

「あぁ! お前が誘拐された日、儂は血の気が引いた。儂はまた失わねばならないのか、と普段信じとらん神さえ恨んだ。今回も入院した。怪我も比較的軽かった。でも次は? 無事だという保証はどこにもない!」

「だから逃げ出すの?」

「……正直、渡を二度と危ない外へ行かせたくない、そんな醜い気持ちがある。じゃがそれでは渡が立派な大人にはなれん。だから安全な場所へ――」

「またWWWに見つかったら……次も逃げるの?」

「……何もかも失うよりマシじゃ」

「でもお金には限りがあるよ。ずっとは逃げられない」

 

 できるだけ穏やかな声で、祖父の意見を潰す。

 

 わかっている。わかっているんだ。悪いのは全部俺。

 何年も前から知っていた脅威を甘く見積もって、勝手に間借りしている孫の身体を傷付け、その祖父にいらない心労をかけさせた。

 軽く危険だとわからせて祖父を引っ越させることも視野に入れていた過去の俺をぶん殴ってやりたい。

 

 だが未来は見えても、過去は変えられない。

 

「だから相手の出方がわかる今、決着をつける」

「その為にお前が危険な目に遭うんじゃぞ!」

「そのくらい我慢するよ。俺だって男だ」

 

 正直、下げられるのなら何度だって頭を下げたい。それで気持ちが和らぐのなら何度だって。

 でも悪いのは『隠岐渡』じゃなく『俺』だ。『隠岐渡』が頭を下げる道理はない。

 

「それにオフィシャルだって俺たちの為に動いてる。勝手な真似をする訳にはいかないよ」

「じゃが! じゃが……」

「心配させてごめん。これからも心配させると思う」

 

 だから責任を持って、俺がWWWを潰す。

 まぁ、俺以外の誰でもいいけれど。『隠岐渡』とその祖父に降りかかる危機を取り除く、その尻拭いくらい俺がしなければならない。

 

「でも爺ちゃんにこれからも笑っててほしいからさ。それが逃げた先にあるとは思えなくて」

「……どうしても、か?」

「どうしても、だよ。だからお願いします。俺をここにいさせてください」

 

 どれだけ時間が経過したかわからない。レトロな柱時計の刻む音と、唸る白家電のモーター音を耳にしながら固唾を飲んで祖父を向かい合う。

 そして、

 

「わかった。渡の意思を飲もう」

「爺ちゃん……」

「ただし事が解決するまでは一人で外出するのは厳禁! 行先は必ず儂に告げる! ブザーは常に携帯! オフィシャルへの通報は短縮キーに設定すること!」

「わかったよ。わかったってば……」

 

 何度も念押ししてくる祖父に苦笑いしながらも、適当に流したりせず俺は頭に刻み込む。

 馬鹿な俺はいつかきっとこの気持ちを薄れさせてしまうのかもしれないけれど、今は強く、強く念入りに。決意を固めるのだった。

 

 

 

 

 

 

「待たせて悪いな」

「いや……必要なことだったんだろう?」

「まぁな。で、今から出るけど準備はいいか?」

「まさか……遊びに行く訳ではあるまいな?」

「そこまで不謹慎じゃねぇよ。必要なことだよ」

 

 祖父に行先を伝え、メトロに乗って炎山とやってきたのはデンサンシティの中央街。

 長閑な雰囲気が漂う秋原町とは真逆の、高層ビルが立ち並ぶ繁華街だ。

 日夜多くの人が往来するこの街は秋原町からほど近く、遊びに出掛けた同級生と顔合わせするのも珍しくはない。遊ぶのには困らず、珍しい店も多いから見ているだけでも飽きない。

 尤も、今回訪れるのは行楽が多いエリアではなく、ビジネスマンが通うエリアに近い、ある雑居ビルの中にある興信所だ。

 

「こんにちはー」

「おい、ここは……」

「子供が遊びに来るような場所じゃないですよっと」

 

 俺たちを出迎えたのは40代中頃の男性。顔も体型も普通、これといった特徴がまるで見られず、意識しなければ忘れてしまいそうな、そんな男性だった。

 

「ゲンさんの紹介でここにきました」

「何してくれてんだ、あの人は、っと」

 

 子供とはいえ一応客扱いしてくれるらしく、革張りのソファが置かれた応接室に通される。

 そこで出されたコーヒーに砂糖とミルクをぶち込み、台無ししたものをちびちび飲みながら、本題へ。

 

「この人を探してほしいんです」

 

 そうして彼に差し出したのはとある人相書き。

 写真ではなく、手ずから描いた女性の顔ではあるが、結構上手く描けたと思う。

 

「母親では……ないようだねっと。懸想するには歳食ってない? 熟女好きっと?」

「実はこの人、WWWの関係者なんすよね」

「なんだと……!!」

 

 今までPETで連絡をやり取りしていた炎山が急に立ち上がる。逆に誰を探していると思ったんだ、こいつ?

 

「何故今まで黙っていた!?」

「聞かれたことにはちゃんと答えてたって。例の誘拐犯2人とは関係ない人物だよ」

「では何故貴様がそれを知っている?」

 

 まぁ、そういう帰結になるわな。

 でもそれに納得のいく答えを俺は持ち合わせていないから待ちぼうけ食らっている興信所の人の話を進めさせてもらう。

 

「とんでもない爆弾持ち込まれた気分、っと」

「恨むなら安請け合いしたゲンさんを恨んでください」

「おい貴様! 答えろ!」

「今でなくとも聞けるだろ? ステイなステイ」

 

 炎山を無理やり落ち着かせてから依頼の話に戻す。

 

「名前はアン・エレキテル。どこぞのお貴族様で実家が相当太いって情報だけじゃ流石に厳しいですかね」

「それはもうっと。せめて特定の行動パターンか人となりが知りたいっと」

「参考にはならないかもしれませんが、電気ウナギみたく放電体質持ってるかもしれません」

「それは随分変わり種っと。お話にならないところ、と言いたいけれど仕事の片手間に探すくらいはしてあげても良いっと」

「本当ですか!」

「ただしこれでおまんま食べてるっと。調査費用の前金くらいは用意してるっと?」

「それは――隣にいる伊集院が支払います」

 

 ゲンさんにツケてもらおうとも考えたが、ちょうど良くお金を持った人がいるではありませんか。しかも奇遇にも俺と同じ情報を欲しがっている。いやー共同出資って形もありだなー。

 

「待て! 聞いてないぞ!」

「あれー? 高度情報化社会の世の中、タダで情報が得られると思ってますぅ?」

「貴様が勝手に……!」

「同席しろとは言ってませんけど?」

「屁理屈ばかりこねやがって……! オレをコケにするのも大概にしろ!」

「いいんだぜ別に。拒否するってんなら聞く権利も放棄するってことだしな」

「そんなものオフィシャルを動員すれば――」

「裏取りがされてない情報じゃ動かせる人員なんて高が知れてるだろ?」

「ぐっ……」

 

 烈火の如く怒り散らしていた炎山も俺の反論で押し黙る。

 いやぁ、まだまだ小学生らしさが残っているようで俺としてもやりやすいわ。

 そもそも俺の情報に信憑性が無いことを疑ったりしないものかね? 炎山にガセネタを掴ませるべく、興信所とグルになっている、なんて仕込みも大人なら平気でしそうだし。

 まぁ、何の得も無いからしないけれども。

 

 さて俺がここに来た目的はWWW幹部のエレキ伯爵、その改心が上手くいかなかった時の保険として動いたのがひとつ。

 そして、もうひとつは炎山に俺の価値を認めさせることだ。

 リスクを恐れて言われた通りに()の役目をしているだけでは後手に回るだけ。何ならワイリー視点で考えれば俺の存在など路傍の石。

 計画に何ら支障を来さないから排除に動かない可能性もある。

 偶然という形で先回りするにも限度があるしな。

 ならば炎山には俺の手で踊ってもらうのがベスト。

 出所のわからない情報でも、幾度とそれが正しいものだと判明すれば流石に無視はできなくなる。疑いつつも動かざるを得ない心情になればこっちのもんよ。

 せいぜい俺の為に働いてもらうぜ炎山……!

 

「チッ……このオレを弄ぶ行い、高くつくぞ」

「出世払いでお願いしまーす」

 

 苦虫を嚙み潰したような表情で炎山は懐から黒いカードを取り出し、支払いに応じる。

 小学生に持たせるグレードのクレカじゃない気もするが、そもそも炎山の場合、自分名義の可能性もあるんだよな。アニメだと小学生ながらIPC(伊集院PETカンパニー)の副社長とネットセイバーの二足の草鞋だし。

 教室内でも度々PET弄っていたけど、まさかだよなぁ。

 

 

 

 

 

 せっかく中央街まで足を運んだので信号機の調子でも見ておくことに。

 

「おい……いちいち立ち止まるな」

「以前物流塞いできたし、こういうところでWWWが大胆な手を使ってくる可能性もあるかもな、っと」

 

 それとなく匂わせておくのも大事な布石である。

 あんまり置き過ぎて元WWW団員説持ち出されても困るが物的証拠もないし、しょっ引かれる可能性は皆無やろ。

 

 一通りチェックが終わり、日も随分と傾いてきた。

 そろそろ帰路に就くべきか、とも思ったがちょうど近くに骨董品屋を見かけたので立ち寄ることに。

 

「爺ちゃんに土産を見繕おうと思うんだけど」

「……オレは外で待つ。手短に済ませろ」

 

 完全に呆れた表情で告げられたので、俺ひとりで入店。

 小さい店構えで雑多に物が置かれた薄暗い骨董品屋は何とも言えない雰囲気がある。この店に訪れたのは約2年前ぐらいだろうか?

 原作知識でネームドキャラがいた場所とあって何度も通ってみたものの、会えずじまい。

 そら店主じゃなくて現役学生だし、会えない方が自然か、と断念したのだけど。こうして何となく立ち寄った際に偶然出くわすのは、運命の悪戯か。

 

 カウンターで気だるげに頬杖をついた女性――黒井みゆきがこちらを見やる。

 黒と紫に分かれたベレー帽が傾き、長く伸ばした薄緑色の揉み上げを三つ編みが揺れる。

 半眼となった紫紺の瞳からは感情が読み取れず、小さく纏まった顔のパーツは無表情も相まって人形を思わせる。

 ベレー帽と同色のワンピースからでもわかる胸、にまで目をやったところで視線を上に。

 

「いらっしゃい……」

「あっ、どうも」

 

 しかし会ったところで特に話したい内容が無いという。会うこと自体が目的になってたしな。

 強いて言えばアニメ同様ビーフ司令の仲間である『みゆみゆ』と同じ活動をしてもらいたいが、勧誘する台詞がまるで思いつかない。

 

「貴方……不思議な魂の色をしているのね……」

「えっと……」

「2つの異なる魂……」

「まさか……!」

 

 それは忘れかけていた設定。

 みゆきには魂が見えることを――俺の転生を見抜かれる。

 それは俺の罪。『隠岐渡』の人生を乗っ取った寄生虫が己の所業を見て見ぬ振りをして、のうのうと生きていることを暴かれる。 

 俺ではどうにもならない事実を二度目の人生で何度突きつけられれば良いのか。

 

「片方が消えかけているのに……もう片方が生かそうとしている」

「え……」

「貴方は2人で1人……なのね」

 

 視界が、滲む。

 突然のことで感情が追い付かない。こんなことで救われていいのか。

 『俺』は本当に生きていて、いいのか。『隠岐渡』の為に、こんな、俺が……。

 

「あら……何か悪いことでも言っちゃったかしら……?」

「いや、そうじゃないんす……ただ……あぁ、言葉にならねぇ」

 

 鼻水まで垂れてきて、情けない顔を見せて恥ずかしい。袖で顔を強引に拭うけれど、どうにもすぐには止まらない。

 

「貴方のナビも……とっても不思議」

『あー……私?』

「死んでいるのに生きている。似たもの同士ね……」

『死んでたんだ、やっぱ』

 

 オペレーターにはわからない意味深な会話をされているが、マジで頭が追い付かない。

 シアンドッグ(仮)が死んでたって何? 生まれる前に死ぬってなんだよ。死産? ネットナビは販売中止になったゲームじゃねぇんだぞ。

 

「ようやっと落ち着いた……。で、何の話です?」

「その子を大切にしてね……?」

「善処します」

 

 疑問を抱えたままだが、聞き出せそうにも俺には難しいし、スピリチュアルな話に知見が薄いから潔く諦めよう。どうせ喫緊の問題でもないだろうし。

 冷やかしで帰るのもアレなので、お手頃価格の湯飲みを購入。

 個人的にはいい感じのデザインだと思うのだが、どうも贋作らしい。何故そんなものが置いてあるのかと問えば、いくつかの商品と共に質流れされてきた物だとか。

 物は使ってなんぼ。今日からお前の家の一部だ。

 

「お待たせ」

「遅い」

「悪い。けど、必要なことだったんだ」

「……時間が惜しい。帰るぞ」

 

 炎山にとってはエレキテル夫人の情報以外は何も得られない1日だったのかもしれない。

 けれど俺にとっては重くて、それでも前に向かわせてくれる何かを得た重要な1日だった。




誰も気にしてない「器が空っぽ」発言の回収

自己満足で一応伏線らしいものを挙げると、

①取っても取っても終わらないバグ地獄
 主人公は軽く考えていたけれどエグゼ世界では放置していると……

②バグは自然と獣の形を取る
 シアンドッグは……?

③シアンの不細工発言
 バグると当然見た目が……


 ぶっちゃけると常時メリットとデメリットを相殺し続ける奇跡のバランスで成り立っているので見た目は普通でも内部の人格データは死にました。
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