俺がコントロールルームに辿り着いた時にはエレキ伯爵は炎山に追い詰められた状況にあったらしい。
更には科学省に仕掛けられたウイルスも熱斗が解決。後がないエレキ伯爵は光祐一朗を人質にして、2人が手出しできないよう仕向けた。
なので、俺が物語開始前に回収したファイアプログラムと引き換えに人質を解放するよう訴えかけた。
で、その返答が俺の身柄までセットとはどういうこっちゃ。
「隠岐! 奴らにファイアプログラムを渡す意味がわかっているのか!?」
「えーと……オレの家にあったプログラムを何故かワタルが持ってて、しかもおじいちゃんが作ったプログラム……?」
「ギャラリーは黙ってるんだナ! 話はあのボーイにしか受け付けないゼ?」
焦りを剥き出しに叫ぶ炎山に、新情報の多さで目を回す熱斗、未だ大口で笑うエレキ伯爵、そしてこちらを訝しむ様子の人質、光祐一朗。
そんな彼らの反応を他所に、俺は頭の中を整理するのに努める。
今までファイアプログラムを隠し持っていたことから、WWWの連中に恨まれる、ってならわかる。が、エレキ伯爵の表情には、俺に対する悪感情が見られない。
勘違いでなければ、俺の存在まで歓迎しているようにさえ思える。
無理くり理屈付けるのであれば、WWWの目的を理解し、損得勘定が働く賢い子供が欲しい、ってところだろうか。
洗脳教育で子供をWWWの先兵に変える計画もあった、って情報だけじゃ判断は難しいが、貧弱な俺の頭にはそれしか思い浮かばない。
仮にそうだとしたら買い被りにも程があるのだが……もう少し話を引き出してみるか。
「聞き間違いでなけりゃ、俺の身柄まで要求されてるように聞こえたんだけど?」
「あァ、そうダ」
「憂さ晴らしに拷問なんて時代遅れっすよ?」
「安心しナ。大人しくついてくれバ、悪いようにはしねーゼ?」
その言葉に淀みはなく、色綾まどいと違って子供だと侮る色もない。
「ファイアプログラムの有無ならここで確認すりゃあいい。今、俺が持ってる」
「それは都合がイイ。手間が省けたゼ」
「爺ちゃんが心配するんで、勘弁してほしいんだけど」
「勘違いするなヨ、ボーイ。イニシアチブを握ってるのはオレだゼ? おっと炎山、それ以上近付くんじゃねーゾ」
エレキ伯爵ににじり寄る炎山を牽制する余裕もあるときた。
交渉にかけた時間を考えるに、本当に俺の身柄まで目的のひとつとしてカウントされた、と捉えるべきか。
……これだけ抜け目ないと、例のブツが入った外付けSSDを投げて、エレキ伯爵の意識を分散させるのも厳しいか。
彼の手元にある人質は命綱だ。そう簡単に手放す訳もない、か。
「……わかった。そっちに行くよ」
「隠岐!」
「応援到着までの時間稼ぎか? そこまで追い詰めたら今度こそ光博士が危ねぇ」
「目端が利くガキは嫌いじゃあなイ。交渉成立だナ!」
歯噛みする炎山を横目に、俺は両手を挙げてゆっくりとエレキ伯爵に近付く。
これから行われるのは人質の交換みたいなものだ。大人である光祐一朗よりも、子供である俺の方が持ち運ぶのに苦労しない。
この場で処分されにくいのは、俺の方だ。
時間を稼ぐのであれば、こちらの方がいい。
「伊集院。すぐに約束破る馬鹿な孫でごめん、って爺ちゃんに伝えといてくれ」
「……それで本当にいいのか隠岐!」
「想定が甘かった俺たちの落ち度だ。甘んじて受け入れるよ」
全てがシナリオ通りに進む訳じゃないとわかっていたのに、軽んじた俺の報いだ。
……まぁ、一番悪いのは警告したのに人質になりやがったハッキングパパだけどな! 重要人物なら護衛付けるなり相応の警戒をしろっつうんだ。
「目的のブツは手に入ったシ、お暇させてもらうゼ」
「……させると思っているのか?」
「口ばかり強気で笑えるゼ、オフィシャルのエース! エレキマン!」
エレキ伯爵が俺の身体を肩に担ぐと同時、周辺のコンピューターから強力な電磁波が発せられる。
指向性が持たされているのか、その電撃は炎山と熱斗へ向かい、直撃。彼らが痺れて動けない隙を突き、エレキ伯爵はその脇を駆け抜ける。
注意が逸れた今なら、と不安定な体勢ながら全力で暴れようとしたところ――耳元で空気が弾ける。またもや浴びせられた電撃によって抵抗する力を失った俺は薄れた意識の中、エレキ伯爵によって運ばれていくのだった。
曖昧な意識を回復した頃には既に科学省を離れ、薄暗い車内にいた。
レールのこすれる音や、小刻みに揺れる床から電車の類かと思いきや、その車内は相当狭い。今は贅沢に座席を独り占めしていたが、大人2人分くらいのスペースしかないみたいだ。
まぁ、それとは別に運転席が設けられており、エレキ伯爵が呑気に鼻歌を歌って運転している様子。
音を立てないよう、そっと身を起こして周囲を確認。足元には、いつも使用しているリュックにポーチ、PETの入ったホルダーまで全部ある。
ファイアプログラムの入ったSSD以外、全て捨てられたものだと思っていたので少し安心した。つっても、もしそうなっていたら奥さんの名前出して回収させたけどな。
『ワタちゃん!』
「シッ、静かに……って遅いか」
「お目覚めカ、ボーイ?」
声を上げたシアンを注意するも、普通に気付かれた。だが、エレキ伯爵は無防備に背中を晒したままだった。
炎山が用意した護身用のスタンガンに手を添えるが、どうにも彼の余裕が気になった。
「抵抗はオススメしないゼ? 地下道は入り組んでやがるからナ」
「地下、ねぇ」
原作で出てきたWWW基地直通の秘密のメトロが、このような形で用いられているとはな。
しかも本物に繋がる道だけでなく、ダミーまで用意されている周到振り。炎山がハメられた偽アジトもありそうか? いや、そこまで迂闊じゃないか。
PETを取り出し、画面を確認してみれば電波は届いていない。外部への連絡や発信機での追跡も難しい、と。
「そろそろ到着するゼ?」
不快なブレーキ音に両耳を塞ぎ、それが止んだところで車外へ。
コンクリか何かで固められた外壁に沿って進めば鉄製の梯子があり、そいつを上った先にWWW本拠地が遂にお目見えだ。
構造的には、崖の下を掘り起こして作られたもの、といっていいのだろうか。周囲は木々で覆われており、衛星写真でも発見されづらいかもしれない。
毒々しい色の工場排水が垂れ流しとなった部分だけ地面が剥き出しになってはいるが、それでも全て死滅しない辺り、自然の逞しさを感じる。
「こっちダ」
頑丈な造りの鉄扉を潜り、あちこちから機械音が鳴りやまない通路を抜け、上の階へ。
「ワイリー様。エレキ伯爵、ただいま戻りました」
そうして通されたのは原作でも見覚えのある空間だ。
まず正面にはバカデカいモニター。ごちゃごちゃと文字や画像が表示されているので、俺にはその内容が読み取れない。
その右へ視線をやると、でかでかとしたワイリーの肖像画がある。ゲームだと隠し扉になっているが、今回も同じかどうか確かめてみたい。
で、左側には無駄にスペースを使った、4つの機械。その内、2つには光の球体が浮かんでいる。それぞれ、緑と青。出所不明のウッドプログラムと、水道局にあったアクアプログラムだろう。
「そちらの子供は何かね、エレキ伯爵」
机を挟んだ先、モノクルをした偏屈そうな爺こそが黒幕であるDr.ワイリーがこちらを見やり、その側近であるインド人っぽい見た目のマハ・ジャラマがそう問いかけてくる。
顔に施された化粧だけでなく、ノースリーブの民族衣装にサンダルと、見ているこっちが肌寒いわ。
「カレはあのファイアプログラムを今の今まで隠し通してきた少年だゼ」
「何故彼まで連れてくる必要があったのです?」
「カレには先見の明があル! まどいが捕まえた片割れがこいつダ! しかもオフィシャルのエースと通じてやがっタ!」
「なるほど。関係者の息子、というだけでは?」
「面白いのガ、あのエースにもファイアプログラムの存在を隠してやがったことダ!」
「確かにそれは妙ですね……」
高揚を隠し切れないエレキ伯爵に対し、淡々と会話を続けるマハ・ジャラマ。
未だ俺をどうしたいのか話が見えない中、ワイリーがどうでも良さそうに溜息を漏らすと、
「して他に報告は?」
「は、はっ。ワイリー様。このエレキ、科学省にてエレキプログラムを入手シ、帰って参りましタ!」
「それで? 科学省への被害はどうじゃ?」
「ウッ……それはオフィシャルのエースと、そいつに匹敵する強さを持った民間人のガキにしてやられましテ」
「ならば誇らしげに言うでないわ」
「申し訳ありませン……」
エレキ伯爵が肩を落とす一方、一文字に結んだワイリーの唇が、皺だらけの頬が徐々に吊り上がっていく。
「しかし……ようやっと揃いおったわ! これで忌まわしき社会へ終止符を打つことができる!」
「おめでとうございますワイリー様」
「儂はこれより究極のプログラムの融合作業に入る。マハ・ジャラマよ、お前はロケットの調整に入れ」
「かしこまりました」
「オ、オレは! ワイリー様!」
「エレキはその小僧を適当に処分でも――」
ワイリーがそう言いかけて、止まる。見開いた目には驚きの色が浮かび、つかつかとこちらに近付いてくる。そして無遠慮に顔を寄せると、
「お前……隠岐の孫か」
「爺ちゃんを、知っている……?」
「クハハハハ! あの甘っちょろい元弟子が孫を使い、儂を探りに来おったか!」
「弟子って、まさか……」
「知らんのか? あいつは破門にしてやった元WWWの一員じゃよ」
衝撃のカミングアウトに、ワイリーの高笑いが耳を素通りする。
おいおいおい……祖父の正体がまさかの元WWW? 原作ゲームではWWWパスコードをくれるだけの、肩書に見合った描写のされない、モブの爺さんがまさかの祖父だというのか。
しかし、祖父の家には特別それといった機械がある訳でもなかったし、祖父自身機械に強いということもなかった筈だ。
家電だって今更覚えるのも面倒だと言って古いものを使い続けていたし、PETも連絡以外は触りたがらなかった。
バレないよう、敢えて触れないようにしていた……?
わかるか、ンなこと!
「気が変わった。隠岐の孫はここに留めておく」
「よろしいので?」
「これも何かの巡り合わせ。彼奴にも儂らに加担してもらおうか」
今度は俺が祖父の人質になるのかよ……!
不甲斐ない自分に歯噛みしていると、不意にどくん、と大きく心臓が跳ねる。
あぁ、そうか――お前も頭に来たか、『渡』。
胸から全身に熱を伝い、押さえつけられた感情が破裂する。
「ワイリー……!」
「悪の天才科学者Dr.ワイリー、じゃ。吠えるな、隠岐の孫よ」
「追放
「……何が言いたい?」
「お前が追放
「先に裏切ったのは彼奴じゃ。儂の思想を理解せず、幾度と儂の復讐を否定しおった」
「そらお前のやり方が間違ってるからだよ、ワイリー!」
「小僧……お前まで儂を否定するか!」
枯れ木のような手に胸倉を掴まれるが、気にせず声を張り上げる。
「わからねぇようだから言ってやる! どうしてお前は『ロボット』で見返してやらなかった!?」
自分より何回りも下の、年端もいかない少年の言葉にワイリーの思考は空白に染まった。
しかし、それも数瞬のことで全てが怒りに塗り潰された。
「お前に……お前なぞに一体何がわかる!?」
「わかんねぇよ! ロボット工学を自ら捨てて、嫌ってる筈のネットワーク技術で復讐する負け犬以下の奴なんかの考えなんてよ!」
「まだ言うか! 儂がどんな思いでここまで来たと思っとる……!」
――Dr.ワイリーとて、初めは世界を巻き込むつもりはなかった。
散々人が社会に貢献したというのに、予算という一方的な都合でワイリーを見限った科学省を恨みはした。
むしろこちらが見限ったのだ、と言わんばかりにニホンから離れ、アメロッパ軍にいる友人の許へ身を寄せた。
そこで資金を稼ぎ、いずれは……と思いながらも居心地の良さに離れがたくなっていた。
予算こそ限られ、軍事用という狭い幅ではあったが、ロボット作りに打ち込める環境と。軍人と科学者という立場であっても互いに理解し合える関係が、彼の荒んだ心を癒したのだ。
いっそ復讐など忘れてアメロッパに骨を埋めるのも悪くない、とまで考えた程だ――
「なぁ、ワイリー。私にナビを作ってはくれないか?」
「バレルよ、なんじゃ突然?」
南部で起きた紛争も終結して数日。
飲食も忘れて作業に没頭したワイリーの許へ、ふらりとバレルが現れた。
若くして佐官となり、多忙を極める彼がわざわざ足を運んできてくれたことに喜びはある。が、不躾に頼まれた相談と、帰りを待つ彼の家族を思うと口調が鋭くなるのも致し方ないことではある。
「昨今、無人戦車が投入されるのも珍しくもないだろう?」
「現に儂への依頼もそればかりで飽き飽きしとるわ」
「それに対して同じ戦力を投入するでなく工作兵が基地局をハッキングし、そのコントロール権を奪う動きが見られた戦場があった」
「……」
情報に限らず、戦争においても様々な面で不可欠となっているネットワーク技術。
無論、ワイリーの製作する無人戦車もまたその技術なくして満足には動かせない。
「儂より専門の者に用意してもらった方が良いのではないか?」
「信頼の置ける君だからこそお願いしたいんだ」
「むう……」
余計な言葉を飾らず、まっすぐなバレルの願いに対し、結局は折れて作る羽目になったワイリー。
しかし一度取り掛かったのなら、それに注力するのが科学者たる者の使命だ。
自分の持ちうる技術の全てを注ぎ込み――戦力、知力、解析に至る全てが高水準のナビ、カーネルを完成させた。
「頼むぞカーネル。儂の代わりにバレルの助けになってくれ」
『その命、謹んで承りました』
私情を挟んだせいか軍人が持つナビにしては甘い面があったが、ワイリーと同じくワーカホリックの面を持つバレルにはちょうどいいナビと言えた。
そして軍事に関わっているとは思えない程、穏やかな日々を過ごしたが――しかし崩壊の日が足音を立ててやってくる。
「開発途中の無人戦車を明け渡せ、ですと?」
「返事はいらん。すぐ用意せよ」
ずかずかと人の領域に足を踏み入れてきたのはアメロッパ軍の高官。
これ見よがしに胸元へ輝く勲章と、不摂生の現れだろう全身の贅肉を揺らしてテーブルに書面を叩きつけた。
何度も首を横に振るワイリーに痺れを切らして直接赴いたのだろうが、答えは変わらない。
「以前も申し上げた通り、内部のプログラムが未完成なのですよ。このままでは――」
「口答えは許さん。召し上げた戦車は私の優秀な部下がすぐに動かしてみせるとも」
渋るワイリーを他所に次々と運ばれていく無人戦車。軍に所属した者ならば、上からの命令は絶対のものとなる。
口惜しい気持ちを押し殺し、それを見送るとワイリーはどこに搬送されたか調べてみれば、どうも北西部の膠着状態を打破すべく例の高官が独断専行したらしい。
投入された新型20台は著しい戦果を見せた。が、それも長くは続かず、ワイリーの懸念通り、動作不良を起こした6台の内、2台が大破。残る4台は鹵獲されたという。
その後、泥沼に陥った北西部戦線は休戦になったものの――どこそこに横流しされたワイリー製の無人戦車が市街地を襲ったと報道された。
その被害の中にはバレルの妻の名もあって。
「ワイリー……何故、何故あの戦車を作ったのだ……!」
「……」
慟哭するバレルの言葉をワイリーは静かに受け止めるしかできなかった。
バレルとてワイリーが遠因でしかないのを理解しながら、遣り場のない怒りをワイリーにぶつけるしかできず、ワイリーもまた言い訳のひとつも持たなかった。
その件があってバレルと疎遠になってからひと月――彼が亡くなったことを知る。
死因は銃撃による失血死。場所は指揮所内。犯人は青年将校。犯行動機は例の高官が今回の一件で亡くなった戦友たちを侮辱する発言を耳にした為。
バレルはその巻き添えになって、命を落とした。
「何故……どうして……」
軍人である以上、いつ命を落としてもおかしくはなかった。
だが、何ら落ち度のないバレルが味方に殺されるなどおかしいではないか。理不尽にも、元凶である高官は命を繋いでいるというのに。
処罰が与えられるのは、青年将校のみ。
後に義憤に駆られたワイリーが、無人戦車の横流しを行った犯人が高官だと突き止めるも、事実は握り潰され、闇へと葬られた。
「うぉおおおん」
その日、ワイリーは理性無き獣のように泣き喚き――復讐の鬼と化した。
引き取り手の現れないバレルの息子、バレルJr.には僅かに残る温情で育て上げたものの、彼が成年を迎えた後はもう止まらなかった。
まずはニホンで決着をつけ、その後は軍事衛星を乗っ取り終末戦争を引き起こす。
理不尽に溢れる世界を、デリートする為に。
彼の家族を殺した無人戦車――ロボットで行う訳にはいかないのだ。
ワイリーの過去、断片的にしか語られなかったので、色々肉付け
カーネルの登場時期がガバかもしれないけど、10年前ならギリセーフ
それ以前でも正式に公表されたのが『ロックマン』だった、ならセーフやろ理論
バレル大佐の名前もギブソンJr.みたく、父から名前とナビを受け継いで、父の無念を晴らすべく軍の是正を図る為に入隊、とかええなぁ、という妄想