WWWを草と笑えない恐ろしい世界   作:じぱんぐ

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〇ケイ・ユウキは鷹岬版の帯広シュンが名乗った偽名です。


33.アテンションプリーズ! 

 目に入るもの全てが憎かった。

 まだ見ぬ異国に目を輝かせたアメロッパ人の少女も、寝言で仕事に苦しむサラリーマンも、大事そうに割りばしを握る老齢の女性も、地上の風景にいちいち喚く子供も、魚がどうのと騒ぐ鯰髭のハゲも。

 全部が全部、帯広シュンの目障りだった。

 煩わし気に目を閉じようとも、その喧噪は耳について離れない。

 苛立ちを隠す為にガムを口の中に放り込み、わざとらしくクチャクチャと音を立てながら外を見る。

 

――あれから幾年が経過しただろうか?

 

 当時は史上初と言われた人為的なネット犯罪――とある飛行機墜落事故があったのは。

 その詳細の多くは語られない。犯人は飛行機と運命を共にし、帰らぬ人となったのだから。残されたのはその時に交わされた通信記録のみ。

 大破した機体は回収されることも無く、今もどこかの海の底に眠っているのだろう。そこに乗っていた帯広シュンの両親もまた同様に。

 

「くそっ……」

 

 恨みをぶつけるべき犯人も既におらず、感情の行き場を見失った彼に待ち受けていたのは親戚共からの金の無心だった。

 年に数回顔を合わせるだけの、親戚の集まりで。シュンに残された遺産が莫大な額だったということで、誰もが血相を変えて傷心の彼に詰め寄った。

 表向きには彼を心配する声ばかりだが、誰もシュンと目を合わせようとしない。ヒートアップした彼らは互いに粗探しをしては罵り合い、シュンに選択を委ねてくる。

 細い肩や腕を掴んでこう言うのだ。

「私の元で暮らさないか? きっと幸せにしてあげる」、と。

 

 血の繋がりのある家族なのに、誰も両親について悲しんでもくれない。葬式での涙は、自分以外のそれは嘘だったというのか。

 比較的穏やかな対応をした叔父夫婦の元に引き取られたシュンだったが案の定、彼らの目当ては両親の遺産だった。彼が気が付いた時には通帳の数字があからさまに目減りしていた。

 彼らの目を盗んで家を飛び出して友人宅に助けを求めたり、児童相談所に保護を求めるものの、その親戚の責任能力、養育には問題ないと判断された時、シュンは悟る。

 本当に苦しい時は誰も助けてくれないことを。そして、ネット環境のあるPCと金さえあれば大抵のことはどうにでもなることを。

 ネットワーク上に転がる様々な情報はシュンの血肉となり、希薄ですぐに切れてしまう電脳世界での人の繋がりもまた無知ですすり泣く子供を、大人顔負けの技術者へと変えた。

 それらで得た経験や話術で叔父夫婦を言い包め、ひとり暮らしの許可を得た。

 シュンが煩わしさから解放されるのと同時に、彼らも子供の世話から解放されたことに文句は無かったのだろう。

 その時、何となく寂しさを覚えたが、結局元の形に戻ったとしても、この心の隙間を埋められないことはわかっていた。

 

 そうこうしている内に誰とも疎遠となり、シュンはひとりとなった。

 しかし、金ひとつで目の色を変える大人など……大変な時に限って彼を疎む友人などいらない。

 

「はぁ……」

 

 暗くなった気持ちを溜息と共に吐き出すが、それでも胸の奥には何かが詰まったままだ。

 いつもならば部屋に籠っているのに、こうして外出するのも久々の事である。それも両親を奪ったとも言えなくもない、飛行機に乗って。

 しかし、そうせざるを得ない。何故ならば、この空の旅こそ帯広シュンにとっての墓参りなのだから。

 彼の実家付近に墓自体は建立されている。が、遺体が海に沈んだ以上、両親はそこにいない。空っぽだ。勿論、海流次第ではこの空路の下にもいないのかもしれない。

 それがわかっていても、帯広シュンはここに来た。どうにもならない感傷がそうさせたのだ。

 

「――やっと会えたな、帯広」

 

 何度目かもわからない溜息を吐いた時、シュンの元に現れた小さな影。頬杖をついたまま目線だけ声の方へやると、同年代の少年の姿があった。

 やや長めのスポーツ刈りでシャープな輪郭の彼に、シュンは見覚えがあった。

 

「……ケイ・ユウキ」

「おっ、名前覚えてくれてるたぁ、お宅訪問を繰り返した甲斐もあったもんだ」

 

 にへらと間抜けツラを晒すケイはここしばらくの間、シュンの住むマンションにやってくる変わり者だ。

 最初は授業のデータ云々と定型文を言っていたが、いつの間にか関係ない雑談をひとりでペチャクチャと喋っていた。

 シュンからの返答が無くともめげず、週に2,3回のペースで顔を出してはインターフォンを鳴らしてくる。

 鬱陶しいと彼の応対しなければインターフォンを連打し、郵便受けに微妙なレアリティのデュエルマスターズのカードや遊戯王カードを突っ込んでくる始末。

 仲良くしたいと口にしながら嫌がらせ紛いのことをしてくる奇人にシュンは辟易していた。

 しかし、それでも物理的に遠ざけようとしなかったのは……きっと小物に絡んでいる暇はない、とシュンが判断したからだ。

 

「何の用だ?」

「知り合い見かけて話しかけちゃ悪いか?」

「気分が悪い」

「エチケット袋やろうか?」

 

 目線や声に怒気を含ませても、相手は顔ひとつ歪ませず、エチケット袋を差し出してくる。それを手で払って、眼下に広がる景色に意識をやろうとして、

 

「まぁ、ちょいと内緒話があるんだ。ハイパワープログラムの使い道について、とかさ」

「……!?」

 

 ボソリと呟かれたケイの言葉に否が応でもシュンの身体が反応した。

 思わず彼の顔を凝視するが、口元は変わらぬ笑みが浮かんでいたものの、その瞳には知性の光が宿っている。

 

「お前……何者だ?」

「ここじゃ何だし、ちょいと移動しようぜ?」

 

 くいくいと指で招くケイの後を追って移動した先は人通りの少ない旅客機の連絡通路の片隅。そこでできる限り声を潜めてシュンは相手に問う。

 

「で? お前は何者だ?」

「善良な一般市民だよ。ついさっきも毒蜘蛛ハントに協力したばかりなくらいだぜ」

「ハッ! 嘘も大概にしろよ? どうやって嗅ぎ付けてきた?」

 

 鼻で笑うシュンに対し、これは嘘じゃないんだけどなぁ、と後頭部をかくケイは笑みを絶やさず、返答する。

 

「――ウラコトブキスクエア。これで十分だろ?」

「……」

 

 ケイのにこやかな面持ちとは裏腹に、紡がれた言葉は面食らうものがあった。

 その単語を知る者は……ネットマフィア団体『ゴスペル』構成員に他ならない。だが、ケイ・ユウキなどという名前はリストに存在しない。名乗ったそれが偽名だとしても、該当する候補にシュンは覚えがなかった。

 何よりも……帯広シュンと『ゴスペル』を結び付ける情報など仲間内にも徹底的に隠蔽していた筈だ。どこから嗅ぎ付けてきたのか、まるで見当がつかない。

 

「お前は……何者だよ?」

「あんだけ塩対応だったのに興味持ってくれて嬉しいなぁ。俺の趣味はゲーム全般、根っからのインドア派だよ」

「そういう事を聞いてるんじゃない! オレはバカ話をする為についてきたんじゃない!」

「バカ話? 実に結構じゃねぇか。お前のしようとしている、くっだらねぇ迷惑行為よか余程マシだろうよ」

「くだらない……?」

 

 それは軽い挑発でしかなかった。しかし、鼻で笑う態度が。全てを見透かしたような目に宿る憐憫の色が。何もかもが気に食わない。

 

「お前に何がわかる?」

「少なくともここに積まれたハイパワープログラムで悪さしようとしてるのはわかるよ」

「……言ってみろよ」

「んじゃ遠慮なく。エネルギーを増幅させる効果を持つハイパワープログラムは主に工場を転々としていたけど、今回初めて旅客機に貸与されることになった。通信環境やら増援を望めない空の上っつう状況は『ゴスペル』にとっては狙い目だろうな」

「……」

「んで、その狙った目的としては『究極のナビ』製作に必要だったから。金で用意できる設備じゃどうにもならなかったのか、それともオフィシャルの目から逃れる為か。ハイパワープログラムを用いれば家庭用電源でも大規模工場並の電力に増幅が可能だろうしな」

 

 つらつらと語るケイの不敵な笑みに、シュンは押し黙る他ない。全くの図星だったからだ。そして、だからこそ解せない点もあった。

 それは無論、シュンと面と向かって語った理由そのものだ。

 『ゴスペル』に仇なす者ならば、()()()()()()()わざわざシュンに宣告する意味が無い。物的証拠が無ければ、シュンを捕らえる事が不可能だからだ。

 何ならシュンに余計な警戒心を与えて、回避してくれと言っているようなものだ。

 逆に『ゴスペル』に与する者であっても、意味がわからない。まさか警告を受けたことでシュンが彼を幹部に昇格させる、などといった幸せな思考回路をしている筈があるまい。

 かといって名探偵気取りで悦に浸る様子も無く、その笑顔に憐憫を覗かせるのみ。

 

「で、どうよ? 俺の推論は?」

「……仮にそうだったとして、お前の目的はなんだよ?」

「帯広、お前に復讐をやめさせたかった。それだけだよ」

 

 穏やかな口調で発せられたケイの言葉に、シュンの思考が白く染まった。

 復讐――それはシュンに残された唯一の生きる道だ。それを、やめさせる……?

 

「ふざけるな!!」

「ふざけてなんかいねぇよ」

 

 一番心の柔らかい所に土足で踏み躙られたシュンは堪らず激昂した。何故ケイが、誰にも漏らしたことの無いシュンの事情を知っているのか、といった疑問もかなぐり捨てて。

 感情の赴くままケイの胸倉を掴み、憎たらしい顔を眼前に引き寄せる。

 

「お前に……お前にオレの何がわかる!?」

「全然わかんねぇよ」

「なら黙ってろよ! 二度とその顔を見せるんじゃない!!」

「世界に喧嘩売るような真似、止めんなら喜んでそうしてやるよ」

 

 シュンが握り締めた襟を強引に剥がすと、ケイは平静を保ったまま尚も続ける。

 

「そんなことして何になる?」

「父さんを……母さんを……()()を救わなかった世界を! ブッ壊して何が悪い!?」

「悪いだろ。そのご両親が亡くなったのは犯罪者のせいだし、お前が救われなかったのは周りの大人が不甲斐ないせい。世界まるっと連帯責任にするんじゃねぇよ」

「お前は! 何もかも失ったことが無いからそう言えるんだ!!」

 

 淡々と正論をぶつけられても帯広シュンの他責思考は止まらない。そうでもしなければ、()()()と同じ。両親が残してくれた遺産を食い散らされた無力な自分には戻りたくなかった。

 

「お前ほどビッグスケールじゃねぇけど、似たような経験はあるよ」

「……」

 

 荒くなったシュンの呼吸の合間を縫って、ケイの言葉が差し込まれる。アルカイックスマイルから苦い表情へと変わった彼が絞り出すようにして、昔を語る。

 

「あれは……中学――いや自分が賢いと自惚れてた頃かな? 俺の周りでイジメが流行ってたんだ。つっても始めは芸人のイジリの真似事みたいなモンで、イジメられてた奴はその期間中、発言力を失う程度のものだったんだけど」

「くだらないな」

 

 シュンに聞いてやる義理は無かったが、それでも彼に言い返してやりたい気持ちが胸に渦巻いている。まさに自分がされたように、ケイの過去を否定してやりたかったのだ。

 

「主犯格が飽き性だったのか、標的がコロコロ変わってさ。ある時、俺の友達もイジメの標的にされたんだよ。確か……透明人間みたいな扱いしろ、だっけか? クラス中がソイツを無視するようになったけど、俺は『同調圧力なんざくだらねぇ』なんて思って普通に話しかけてたんだわ。で、どうなったと思う?」

「……」

「今度は俺がイジメの対象になった訳。クラスの王様気取りだった主犯格は大層気に食わなかったんだろうなぁ。私物を隠されるなんて可愛い方で、トイレに行ったら全身ずぶ濡れ、ランドセルは窓から捨てられたり、体操服とかハサミでズタボロなんてのもあったっけ」

 

 他人事であるシュンは同情こそしなかったが、ざまぁみろと小馬鹿にする気にもなれない。相槌も打たず、ケイを睨んだまま口をむっすりとしていた。

 

「当然、担任に助けを求めたんだけどよ。そん時の担任が隠蔽体質でさ。遊びの延長線上として見て見ぬ振りしたんだよ。酷ぇよな? 親は親で、親父は子供に無関心で、お袋は世間体を気にしいな人で、クラスのママたちの機嫌を損ないたくなかったからか、俺に我慢しろって言ってくる始末」

「……」

「友達だった奴も一緒になってイジメてきてさ。最初の方は誰もいない所でゴメンなんて謝ってくれてたけど、口先ばっかで陰で助けてくれることなんて一度もなかった。だからさ、いい加減我慢の限界だった俺は、あいつらのやったこと全部やり返してやったんだよ」

「それで?」

 

 話の核心に迫ったところでシュンは思わず問うてしまう。あー、といった気の抜けた声を発した後、彼は続ける。

 

「最終的にリンチ受けて骨折やら何やらで入院。そいつを教育委員会に垂れ込んで終幕。つっても戦後処理も大変でさ、加害者の親たちが謝罪の合間にこう言ってくるんだよ。『もっと穏便に済ませられなかったのか』、『そちらにも原因がある』、『ウチの子の経歴に瑕がついた』なんてよ」

「……」

「主犯格の奴らがいなくなった教室もまぁ酷かった。完っ全に腫物扱いで、異常者でも見るような目で見られてたよ。同じ事をしてた連中にはそんな目を向けてなかったのにな。そん時、理不尽にも思えたんだけどよ、俺は気付いたんだ。やり方が間違ってたって事にな」

「……オレもそうだって、言いたいのか?」

「こんな小さな世界でもそうなんだ。お前の相手する世界はもっと容赦ねぇぞ?」

 

 長々とした昔話に付き合って、シュンはようやっとケイの意図を理解する。

 ネットマフィアとして一躍有名になった『ゴスペル』の首領である帯広シュンに、ただただ警告をしに来たのだと。

 それだけの為に、ここまで調べ上げてきたケイ・ユウキは正真正銘の馬鹿野郎だと、今更ながらに気が付いた。

 

「それは、単にお前がしくじっただけだ。お前に、力が無かっただけだ」

「帯広……」

()()はお前みたいには、ならない」

 

 確かにケイの過去に思うところはあった。少なくとも彼を力ずくで排除する気は失せたと言っていい。

 しかし、それだけだ。

 帯広シュンの復讐の炎は、消えない。決して揺らいではいけなかった。

 

「……結局、俺なんかじゃ救えないのか」

「お前に救われてたまるかよ。今の()()はそこまで弱くない」

 

 つい先程まではケイの正体が気になっていたものの、今のシュンにとっては些末に思える。

 『究極ナビ』プロジェクトとは別に、とある計画が進行中なのだ。今更止まる訳にはいかない。

 ただの学生だったケイ・ユウキとは違う。無力な自分とも違う。

 

――帯広シュンは世界的犯罪組織の『ゴスペル』首領だ。絶対的な力を持つ、圧倒的な存在なのだから。

 

 不意に旅客機がぐらりと揺れ、シュンは思わず壁に手をついた。それと同時に、近くにいたケイ・ユウキに腕を掴まれる。

 

「離せよ」

「待って……お願いだから」

「は……?」

 

 話は終わりだ、と切り捨てようとするシュンの鼓膜を揺らしたのは、先程と打って変わって弱気な声音だった。

 顔立ちはまるで変わらない。けれども下がった眉尻や、シュンの視線を受けて揺らぐ自信なさげな瞳、小さく開閉された唇の動きは別人といっていい。

 ケイ・ユウキの双子と言われれば迷わず信じる程だ。

 

「……今度は泣き落としのつもりか?」

「ち、違うよ。ぼくは、ケイ・ユウキじゃないんだ」

「何が違うって?」

「ぼくは……隠岐渡。さっきまで喋っていたのは、もうひとりのぼくなんだ」

 

 おどおどとしながらもそう主張するケイ・ユウキ改め隠岐渡の言葉に、シュンは得心がいく。

 

「二重人格か」

「お医者様もそういうけど、ぼくが生み出したとはとても信じられないんだ」

 

 少なくとも隠岐の感覚よりも、専門であろう医者の言葉の方が余程信じられた。ケイの語った過去の他に辛いエピソードがあれば、人格が分裂してもおかしくはない。

 

「で、何しに来た? まさかバトンタッチしたとでも?」

「ううん違うよ。ただ……きみに謝りたくて」

「謝る?」

「ごめんね。もうひとりのぼくは力ずくできみを止めようとしてたんだ」

 

 そう言って隠岐は左手に握られた黒色のスタンガンを掲げて見せる。

 シュンが、どうしてそんな代物が、といった疑問や、完全に油断していた不甲斐なさなどの感情に殴られている間にも隠岐は謝罪を続ける。

 

「こんな不意打ちじゃ、きみは救われないのにね」

「襲う気満々だった奴が救う? 何の冗談だよ?」

「世界と天秤にかけて、きみを止めようとしたんだよ。だから、ごめん」

「他人事のつもりかよ」

 

 隠岐の腕を振り払ったシュンは舌打ち交じりに侮蔑の意を込めた言葉を相手にぶつける。

 ケイのやった不意打ちもそうだが、隠岐の態度も気に食わない。謝ったからといって一体何になるというか。今更になって許しを請うつもりなのだろうか。

 

「そうだね。ずっと人任せだったぼくが何言っているんだろうってぼく自身も思うよ」

「だったら、黙ってろよ」

「でも言わなきゃって思ったんだ。きみは、ぼくと同じだから」

「同じ……?」

 

 シュンから敵意をぶつけられる度にびくりと肩を震わせるものの、隠岐は決して退かなかった。そして、聞き逃せない台詞を吐いてみせた。

 

「ぼくも3年前に両親を亡くしているんだ。それで何もかも嫌になって塞ぎ込んでいたんだ」

「勝手に決めつけるな! お前とオレが同じ筈が無い!」

「おんなじだよ。自暴自棄になってるぼくとおんなじ顔をしてる」

「違うって言ってんだろ!」

「違わないよ。だってきみは――現実に立ち向かっていないじゃない」

 

 弱弱しい語気とは裏腹に、その言葉はシュンの脳を強かに叩いた。あまりの衝撃に立ち眩みに似た症状を覚え、足元が覚束なくなる。

 

「それを直視させてくるもうひとりのぼくが苦手でしょ? ぼくもそうだった」

「違う」

「根拠もないのに、人は立ち上がれるって信じているんだ。そんな強さがあるって心から思ってる」

「違う」

「それが言葉の外からも伝わってきて……すっごく辛いでしょ?」

「違う」

 

 じわじわと胸を蝕む毒を、シュンは頭を振って否定する。

 今まで見て来なかった、瘡蓋で塞いだ筈の心の傷がジクジクと痛む。弱い自分が顔を出してしまいそうになる。

 

「ぼくは――ぼくたちは弱い人間なんだ」

 

 ついぞシュンの否定の言葉は尽きた。

 目の前にいる隠岐渡は心を映す鏡だ。目を塞ぎ、耳を塞いでも、心は誤魔化せない。

 帯広シュンはちっとも強くなっていない。

 世界を否定しなければ立ってもいられない、弱い人間なんだと自覚させられる。

 

「――でも、もうひとりのぼくは放っておいてくれやしないんだ」

「……」

「ほんとにしつこいんだよ? 真正面から本気でぶつかるだけじゃなくて、馬鹿馬鹿しくてしょうもないこと仕出かしたり、そっと寄り添ってくれたりもする」

「……」

「もうひとりのぼくは決して折れたりしない。ぼくみたいに、きみもいつかは折れちゃうだろうね」

 

 ふっと力なく笑って隠岐渡は、シュンの前からズレてみせる。今回は見逃してやる、と言外に示しているのだろう。

 

「どんなに言葉を尽くしたってきみの心は変えられないだろうね。だからきみの全力を、もうひとりのぼくが――ぼくのヒーローが叩き潰す。今までもそうしてきたようにね」

「……勝手にしろ」

 

 どうしようもなく情けない宣戦布告を、帯広シュンは確かに受け取った。

 今の自分を否定するケイ・ユウキが救ってくれるなど微塵も信じていないが、邪魔立てしてくるのは間違いないと確信していた。

 

「オフィシャル共々、()()が潰してやる」

 

 

 

 

 

 

 いきなり『渡』に身体の主導権を奪われて成り行きを見守っていたら、とんでもない期待を背負わされていたでござるの巻。

 もはやナニコレ珍百景である。

 シャドーマンの時のシアンといい、何で俺が直接『ゴスペル』を潰す方針になっているのだろうか?

 究極のバグ融合体と言われるあのワンコロに、熱斗とロックマン以外が勝てる訳ねぇだろうが。

 最終兵器のプリズムコンボの他に対策を練ってはいるけれど、ドリームウイルスみたく通用しねぇんだろ、どうせ。俺など所詮脇役に過ぎないのだから。

 

 さて『渡』がとんでもないキラーパスを放ってから再度俺に渡ボディの操縦席が戻ってきた訳だが。

 ひとまず帯広シュンにスタンガンを浴びせるのはナシの方向となった。

 世界平和を思えば帯広を気絶させて、どこぞに軟禁した方が良いけれど、下手すると俺が警察に捕まりかねないからな。

 毒蜘蛛捕獲に時間を食ったせいで、ハイパワープログラムの受け渡しは確認できていないし、仮に帯広のPETにそれが確認できたとしても、ガウス・マグネッツをスケープゴートにされて終わりだろう。

 法的に小学生の判断能力など不十分とされ、せいぜい事情を知らない子供が受け子の役割をした、と司法側が受け取りかねない。

 つい勢いで貨物室から持ち出したスタンガンも、毒蜘蛛を威嚇する上では大変役に立ったけれど、元に戻しに行かないと。持ち物検査で引っかかっちゃう。

 そもそもコンプライアンス意識がガバガバのCAが悪いんだよなぁ……。マサさん越しに散々忠告したにも拘わらず、適当に聞き流してやがったし。

 案の定、貨物室には俺でも簡単に侵入できちゃうし、毒蜘蛛が解放されてて凄ぇビビったわ。

 念の為に昆虫博士と仲良くなって連れ出していたのが幸いだった。あの人、フィールドワークで鍛えられているのか、凄い機敏な動きで毒蜘蛛と渡り合えていたからな。

 

 閑話休題。

 現在時刻は昼過ぎ。

 原作の流れとしては毒蜘蛛が脱走しているイベントが発生している時間帯なのだが、どうも前倒しでハイジャックが行われているらしかった。

 一応、原作では相も変わらず熱斗のワンオペで事件が解決するのだが、今回の時空だと機内のネットバトラーは無事だし、オフィシャルのマサさんやエレキ夫妻がいる。

 もはや過剰戦力だとは思わなくもないが、スタンガンを片付けてから一応覗きに行くことに。

 サイバースーツで当たり障りの無いニホンの成人男性に変装してから客室乗務員の制止を無視してコクピットに向かえば、

 

「ニョホホホホ! どうジャックぅ? アタシとの格の違い思い知ったかしらぁ?」

「うっせェ! クソ兄貴! バトルチップ【ヒライシン】スロットインッ!」

「キャアアア! やったわねェ! ジャックぅ!」

「ハッ! そっちこそいい加減負けを認めたらどうダ兄貴?」

「キィィィ!! お姉さまと呼びなさいと何度も言っているでショウ!?」

「いい歳してキモいんだヨ! クソ兄貴!」

「また言った! TPOを弁えなさいジャックぅ!」

「キングランドのマナーにそんなものはネェ!」

 

 エレキマンとマグネットマンのガチバトルとは対照的な兄弟の口論を他所に、熱斗とマサさんが他の部位のコントロールを取り戻している様子。

 確かにアニメ路線を密かに企んでいた身としては望ましい光景なのだけど、いざ実際目にすると何やってんだコイツら、って感想が頭の中に思い浮かぶ。

 

「よし終わり! そっちは! マサさん?」

「おうよ! オレっちも一丁あがりってんだ! 残るはメインシステムだけだぜ」

「もしかして私たち助かるのか!?」

「気を抜くな! 私たちは自分の仕事に専念するんだ」

 

 で、仕事のできる漢マサさんと我らが主人公である光熱斗が役割分担して事件解決に向かっている模様。それにはパイロットのお二方も大喜びだ。

 

「……って誰だこの人!?」

「あー、俺俺。トイレで踏ん張ってたらこんなになってたのな」

「遅ぇぞワタ坊! フィッシュを頼まねぇから腹ぁ下すんだ」

 

 マサさんから軽いお叱りを受けてから、いよいよハイジャック事件もクライマックスだ。メインシステムに舞い戻ったロックマンとシャークマンが、戦闘中の電気属性コンビに律儀に通達してくれる。

 それはそうと彩斗兄さんノーマルスタイルだけど縛りプレイでもしてんの?

 

『お前の仕掛けたウイルスは全部デリートした!』

『観念して降伏するんだなマグネットマン!』

『くっ……もう来たのか』

『邪魔をするな! これはエレキ伯爵とオレの戦いだ!』

 

 苦虫を潰したような表情のマグネットマンと、非常事態でも譲らない姿勢のエレキマン。

 仲間サイドである筈のロックマンとシャークマンに電撃で威嚇したことで、場は硬直状態に陥ったところで、

 

「潮時だマグネットマン」

 

 先程のオネエ口調が嘘のように渋みに満ちた声が場を支配した。

 

『しかしガウス様!』

「1対3の状況だ。もう愚弟に構っている余裕は無いだろう」

『……承知致しました』

 

 渋々ながらも飲み込んだマグネットマンは覚悟を決めた表情でマグネットバリアを展開。

 原作だと『5』のリベレートミッション時にしか見られない能力だが、あのナイトマンの防御能力に匹敵するという点はなかなかに厄介だ。

 

「バトルチップ【プリズム】スロットイン」

「そのチップ……まさカ兄貴!?」

 

 マグネットマンの足元に出現する多面体は、そいつに攻撃を当てることでその攻撃を乱反射させるサポートチップである。

 使い方としては間違っていると思うが、エレキ伯爵の驚愕具合とその考えを肯定するガウスの声に俺は傍観者気分を吹き飛ばされる。

 

「そして【フォレストボム】によってレクイエムは完成する」

「レクイエム? なんじゃそりゃ?」

「わかんねぇ。だが、(やっこ)さん、どうにも様子が変だ」

「知らねーのカ? アメロッパで発見された悪魔のようなコンボダ」

 

 事情を知らない熱斗とマサさんに、冷や汗を流すエレキ伯爵が説明を続ける。

 

「このチップの組み合わせデ、アメロッパのレンタルサーバーが一瞬で破壊されタ」

「マジで?」

「【プリズム】に回収命令が出てる時点で答えが出てるようなものサ。あのコンボが完成すれば飛行機は再起不能だろうナ」

 

 優勢ムードから一転、彼らの間に緊張感が高まっていく。それを邪魔しないように俺は匍匐前進で操縦席に近寄る。

 

「わかっているのカ兄貴!」

「あぁわかっているとも。自爆テロという幕引きは、このガウス・マグネッツにふさわしくはないが仕方あるまい」

「本当に、わかっていらっしゃるの?」

 

 粛々と話を進めるガウスに、今まで黙していたエレキ夫人が割って入る。

――あのー、ハブとかあります?

 

「残された家内やご息女のお気持ち、考えていらして?」

「妻など疾うの昔に他の男と離れていったさ。テスラは……あれで強い子だ。私などおらんでも立派に生きていくだろう」

「犯罪者の娘というレッテルはアナタの想像以上に重いですのよ?」

「そうはならんよミセス。何故なら今ある文明は破壊されるのだから」

 

 眉根を寄せて口元を扇で隠すエレキ夫人に、ガウスは嘆息する。

――俺ですか? こういった者です、はい。

 

「私の担った究極のナビプロジェクト。これさえ完成すれば最早誰にも止められはしない。ネットワーク社会は終わりだ」

「あら? まだ完成していらっしゃらないのね?」

「要たるハイパワープログラムは管制塔を通じてあのお方の元へ到着している。然すれば完成する日も遠くはないだろう」

「そう。義兄様はそれでよろしくて?」

「完成を目前に口惜しい気持ちはあるとも。しかし、その礎となれるのであれば喜んで命を捧げよう」

「……ハッ! 諦めるなんザらしくねーナ兄貴」

「諦めてばかりのお前にはわからんだろうなジャック。私は身ひとつで莫大な富も地位も名誉も手に入れた。幸せな家庭を築けたとは言えないが可愛い娘に恵まれた。それでもだ。それでも私は満たされなかった! どんなに成功を積み重ねようとも過去は消えない! 決して薄れること無く私を苛める!」

 

 激情を奥底に秘めた男の声は興奮に震えていた。悲しみとも怒りとも取れる声に、エレキ伯爵が毒づく。

――適当に差し替えて……プラグインっと。

 

「バカだナ兄貴ハ」

「お前のように愚鈍であれば楽だったろうなジャック。煌びやかに見える上の世界は見るに堪えない程に腐っていたよ。過去の因習が当たり前のように横行し、自分の地位にしがみ付くばかりの害虫共が世界を停滞させるどころか、他人の足ばかりを引っ張り合う。こんなものが世界を動かす一角だと知った時の私の絶望がどれほどだったか、見せてやりたいよ」

「いらねーヨ」

「だろうな。だから私は実行に移すことにしたのだ。文明をリセットするべきなのだと。偉大な先人の血を汚すウジ虫を一掃し、新たなる秩序の元、世界は生まれ変わるべきだ」

「兄貴の裁量で決められるとか溜まったモンじゃねーナ」

 

 兄の心情を聞く弟の表情は複雑そうだった。嫌ってはいるのだろうけれど、それだけじゃないのだろう。人間、そんなに単純にできていないしな。

 

「――諸君。そろそろお別れの時間だ」

「やめろガウス!」

「名も知らぬお子様よ。恨むのなら自分の運命を恨むんだな」

 

 マグネットマンが手に取った【フォレストボム】が自由落下を始める。プリズムコンボを阻止すべく動き出す面々だが、マグネットバリアが彼らの手を阻む。

 そして、破滅の種は乱反射する多面体によって恐るべき最終兵器――とは化さなかった。

 

「――【ポルターガイスト】」

『は?』

 

 置物系を念動力で浮かすチップ効果により、インターセプト。【フォレストボム】は音も無く、パネルの上に転がった。

 間の抜けた表情で【フォレストボム】を見やるマグネットマンだが、それに気を取られたのかマグネットバリアが解除される。

 

『今だー! 全員かかれー!』

 

 【ユカシタ】に潜伏したシアンの声でいち早く我に返ったロックマンと熱斗が【バブルショット】で【フォレストボム】を狙撃。木柱へと成長した攻撃がマグネットマンを襲う。

 

『ぐあっ!?』

 

 宙に浮かんだマグネットマンにシャークマンとマサさんによる【バンブーランス】による追撃。

 

『ぎっ』

 

 前方へと押し出されたマグネットマンが、釈然としない様子のエレキマンと相対し、

 

『……決着はまたの機会だな。ライトニングブレス!』

 

 プリズムコンボの脅威を再来させない為に、きっちりトドメを刺して戦闘終了。

 

 原作より早い解決だった為、胴体着陸することも無く無事旅客機は空港へ到着。ガウスもマサさんの手によってしょっ引かれ、ニホンで取り調べを受けた後、そのままニホンで裁決を下されるらしい。

 そのゴタゴタで帯広シュンの姿を見失ったが……仕方あるまい。

 ここまで来たら直接接点を持てないし、熱斗に何とかしてもらおう。

 ラストダンジョンは無理。スーパーマサラ人でも無いと入場するのも難しいだろ、あんなん!




〇ケイ・ユウキ

 渡くんがそう名乗った理由は特定バレと揺さぶりの為
 尚、原作路線の為、帯広シュンは無反応だった模様


〇ハイパワープログラム

 前作の究極のプログラムであるファイアプログラムetc…と同じく、重要そうでいて名前以外は特に設定されていない存在。


〇『隠岐渡』の覚醒

 実のところ、精神的に引き籠っていただけで中身のオッサンが見聞きした情報だったり、考えている事が歯抜けとはいえ転生してから一方的に覗き見していた。
 感情がリンクしだしたのは、まもる君との出会いから。
 オッサン視点だとエロ以外顔出していないように見えて、ちょいちょい脳焼かれてる様子。
 今回は帯広シュンに抱いた不満の一部がオッサンとシンクロした為、引き摺り出された。


〇毒蜘蛛

 正式名称メアカモッサドクグモ。推測だけど小型犬くらいのサイズはある模様。
 何故旅客機で運ばれていたのかも不明だし、昆虫博士と呼ばれる権威すら知らされてなかった辺り、密輸入された可能性すらある。
 その毒性の強さから、下手すればハイジャックが起きる前に乗客から死人が出てただろ。
 昆虫博士なんてピンポイントなキャラがいなかったら、ガウスよりヤベかった敵。
 こいつとガバガバCAのせいで渡くんの数時間が消費された模様。


〇兄弟喧嘩

 予告したくせしてダイジェストという怠慢。
 まぁ、帯広シュンの話がヘビーだったからガチバトルにすると全体が重過ぎるし、コメディ路線でもアニメの電撃デスマッチより面白くできなかったからってのもある。
 無印51話も良過ぎて困るぜ、マジで。


〇【ポルターガイスト】

 『2』の通信対戦でしか手に入らないシークレットチップ。
 今世での入手方法がわからず、渡くんがプリンセスプライドに頼って手に入れた代物。
 彼女にとっては『お揃い』のひとつだったりする。
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