具体的には祖父の功績らへんです
「君は……失礼、名前を聞いていなかった」
「あー……便宜上、ケイとでも呼んでください」
咄嗟に適当な名前が出てこなかったので、帯広シュンに名乗った偽名を流用する。
「ケイ君は環境維持システムについて、どれだけ把握しているかの?」
「ニホンじゃ地震が滅多に起こらなくなったくらい、ですかね」
「一般的な範疇じゃな。では、環境維持システムが世界的プロジェクトであることはご存じかな?」
「いえ」
あまり原作では深堀りされなかった環境維持システム。少なくともアメロッパやアジーナにも同様のシステムが存在していることは確認されている。
アメロッパだと強烈な日照り、アジーナは洪水を引き起こされた。
正直言って、ニホンの地震をコントロールできるだけでもヤバいのに、天候や地形すら思うが儘、動かせるのが本当に頭おかしいと思う。
だが、これだけ滅茶苦茶やれるのであれば、世界規模の金銭やら何やらが必要になるのもわかる気もする。
「あれは……本来であれば成立する筈の無かったプロジェクトじゃった」
「まぁ、各国が一丸となって挑むって相当ですもんね」
「それもあるが……計画が打ち立てられた段階の技術では不可能じゃった」
「はい?」
初っ端から不安を煽る言葉に顔が引きつる。実現する見込みも無いのに動き出すとか、とんだ泥船じゃねぇか。
「ニホンを除いて、じゃが」
「前置きェ」
「孫の顔でそんな顔をするでない」
「……続きをどうぞ」
「おっほん。例えば、かつてのニホンは地震大国と知られており、その立地が複数のプレートの上にある為じゃった。今は環境維持システムがそれに干渉することで、その震動をズラし打ち消しておる。
じゃが、そんな大自然のパワーを真っ向から受け止められる素材も、対抗するパワーを生じさせるのも用意するのが難しいとケイ君もわかるじゃろ?」
「正直、原理がまるでわからないですね」
「詳しく話すには前提となる知識が多過ぎるのでな。概要だけ話そう。環境維持システムの根本は全世界のネットワークの上で成り立っておる」
「ネットワーク、ですか」
「厳密には光正さんの開発したプログラムを稼働させる為に、ワイリーさんのネットワーク機器を全世界に配備する必要があった」
エグゼ世界の根幹を支える2人の名を耳にして思わず苦笑いが出る。こいつらふたりで世界でも回してやがんのか。ホビーアニメの博士かよ。いや、ホビーアニメみたいな世界観だったな、うん。
「各国の原始的ネットワークでは電脳世界を生み出せんからの」
原始的ネットワークというのは前世でいうダイヤルアップ接続をしていた頃のインターネットに近いだろうか。
画像ひとつ表示させるだけでもヤキモキさせられたらしいが、確かにそんな性能では電脳世界を生み出すなど不可能だろう。
「電脳世界って必須だったんですか? ネットナビが生み出された後ならともかく、その以前であれば通信の邪魔でしかないのでは?」
「当時の儂と同じ疑問を抱くとはのう。結論から言えば光正さんの生み出したフォースプログラムは電脳世界でなければ稼働せん」
「フォースプログラム、ですか?」
「当時の科学者を震撼させたものよ。何せそれまでのプログラムはコンピュータ制御に必要な命令文でしかなかったからの。光正理論によって生み出されたそれは――ハード側の想定を遥かに上回るパワーを発揮させるのでな」
心底愉快そうに、それでいて狂気のような感情が見え隠れする
もうね、科学じゃなくてオカルトなんよ、それ。俺もロックマンエグゼ全般の知識がなかったら、まずガセネタ疑うしな。
「ほぼ全ての科学者は光正理論に飛びつき、今まで培ってきたモノが児戯に思えるほどの衝撃を与えての。少なくない数が拒否反応を起こした」
「でも、そうはならなかったんですよね」
「その背景には当時の世論が関係しておる。孫が生まれるずっと前に『世界が終わる』などといった大予言があったんじゃよ」
「まさか……」
「何の根拠もありはしないというのに、世界の多くの人々は信じ込んでしもうた」
鏡で見ていないけれど、多分今の俺も英さんと同じ表情をしているのだろう。
ノストラダムスの大予言。1999年に人類が滅亡するという有名なアレと同じブームがエグゼ世界でも到来したというのか。
前世の日本でも騒動になったが、今世は知能指数に関係なく感情的になる人が多過ぎるからなぁ……。
直近の例で言えばIQ170の速水ダイスケ然り、クリームランドのプリンセス・プライド然り。モブにしたって民度が終わっているのだから、前世よりも酷い様相が目に浮かぶ。
「そんな世論に流されて、全世界のインターネットの土台は統一された後、そのパワーを用いて環境維持システムは成り立っておる。現行ではニホンは主に大陸プレートに、アメロッパは雲の動きやオゾン層の生成、アジーナは治水に用いられておる。儂としても専門知識が不足しておる故、それ以上の説明は難しいが、聞くかね?」
「いいえ、大丈夫です。それともうひとつ、お伺いしたいことがありまして」
「言うてみい」
「英さん、貴方はその環境維持システムの管理権限を持っておられますか?」
前世では語られなかった前提知識を頭に入れた後、本題を切り出す。そう、俺は次に起こる事件――文明破壊作戦の為に動いていた。
「生憎と持っておらんよ。確かにそのプロジェクトに携わっておったが、儂など木っ端の立場よ。あるとすれば光主任じゃが、顔繋ぎするかね?」
「一応、顔合わせは済ませてるんで大丈夫です。それに、無茶振りだってのは充分承知しているんで、無理しなくても良いですよ」
渋い表情の英さんの提案をやんわり断る。原作からしてハッキングパパは熱斗を連れていかなかったのだから、俺が立ち入れる場所ではないのだろう。まぁ、プロジェクト段階で色んな利権が絡んでいて面倒そうだし、しゃーないか。
「もう、いいのかのぅ?」
「えぇ。貴方もお忙しいでしょうし、この辺りで失礼します。大変助かりました」
俺の立場で未然に防ぐことは叶わなかったが、想定の範囲内ではある。実際の被害がどんなものか不明だが、少なくとも秋原町の描写的に倒壊の危険性は低い筈。グラフィックの容量関係は考えないことにする。
アジーナの洪水は……もうどうにもならんわな。できうる限りスピード解決を試みるが、それ以外は復興の為の募金くらいしかできんわ。
つーか、原作だとスクエア壊滅でネットワーク機能が不全の状態で洪水とか、帯広シュンはアジーナに特別恨みでもあるのだろうか?
「ケイ君」
「なんでしょう?」
退室する直前、どこか躊躇う調子の声が背中からかけられる。
「君が我々の為に、そう振舞ってきたのはわかっておる。わかってはおるが、騙された気持ちになったのも否めない」
「大事な肉親でしょう? そうなって然るべきです」
「君には渡として生きる道しか無かったというのに。儂には君の人生を生きて良いと言えぬ」
思わず振り向いてしまい、俺は後悔する。血が出る程に強く乾いた唇を噛み締め苦悩する英さんの姿に、胸が張り裂けそうだ。
まただ。また俺の安易な選択で、彼を苦しめてしまっている。
どうして俺はこの人を悲しませることしかできないのか。俺はただ、この人に笑っていてほしいだけなのに。
「この身体は『渡』のモノですしね。そこまで図々しくはできませんよ」
「すまぬ……」
振り絞った空元気も沈痛な面持ちの英さんには逆効果だった。酷くいたたまれない空気に、俺はこれ以上はもう限界だった。仕事用に切り替えた頭がグズグズとなり、笑顔を保てない。
「それでは今度こそ失礼します」
「あぁ……いってらっしゃい」
静かに染み入る英さんの言葉を背に今度こそ退室する。平常通りを意識するけれど、徐々に歩く速度が上がっていき、ついには通路を全力疾走していた。
苦しかった。頭ではわかっていた筈なのに、『渡』の祖父から他人を見るような目を向けられるのかどうしようもなく辛かった。
彼の方が比べるべくも無くしんどいのに。俺なんかが泣いていい筈が無い。
『ワタちゃん……』
人の目も気にせず走って走って走って――トイレの個室に駆け込んだ途端、壁を背にずるずると地べたに腰が落ちる。
『その……ゴメンね? 隠したくて隠してた訳じゃないんだよね?』
「……違うよ。俺の為でもあったんだ」
確かに始めの内は身内を失った英さんを悲しませたくなくて意図的に振舞っていた。けれど、彼の暖かさに触れていくにつれて、次第に俺は家族ごっこじゃなくて本物の家族になりたがっていた。
家庭を顧みない親父や体裁ばかり気にしてヒステリックになるお袋が前世の俺じゃなくて。『隠岐渡』になりたかったのは事実だ。
彼からの無償の愛は、俺へ向けたものじゃないってのに。幼い子供に成り代わって、平然と受け止めていたのだ。
それを今の今まで見て見ぬ振りをしてきたのだから、本当に反吐が出る人間性だ。
『知られたくなかった?』
「あぁ」
『そりゃそうだよね。大好きなお爺ちゃんに嫌われたくなかったんだもんね』
「……あぁ」
『いいんだよ、泣いても』
「泣けるかよ。俺なんかが泣いていい筈が無い」
『ほんっとうに面倒だねぇワタちゃんって。いちいち理由なんて探さなくていいんだよ。泣きたくなったら泣く。当たり前のことじゃん』
いつもの道化然とした雰囲気はどこへやら。シアンが慈愛を感じさせる柔らかい口調で語り掛けてくる。
『ずーっと一緒にいたからね。私にはよーくわかる。ワタちゃんとお爺ちゃんはちゃーんと家族してたよ』
「そんな訳、あるか」
『あるって。事件の前準備が忙しくたって大体一緒に食事してたし。学校での話をせがまれた時は面白おかしく喋ってて。お爺ちゃんの趣味の囲碁やる為にルールも覚えたし、毎日の肩もみは欠かしてなかった。それにさ、今も全然帰ってこないのにお爺ちゃんの部屋、綺麗にしてるじゃん』
「世話になってんだ。当たり前の事だろ」
『ふつーはここまでしないよ。お爺ちゃんにしたってそうだよ。ワタちゃんが赤の他人ならあんなに苦しむことないよ』
「英さんは優しいから」
『ほんっとうに頑固! と・に・か・く! 四の五の言わず我慢しない! 溜め込んでたって良い事無いから』
強引な論法に俺は何か言おうとして……結局声にはならなかった。これだけシアンが気を回しているのに、俺は未だに心を抑え込もうとしている。
『同居してる渡くんだってジメジメしてるワタちゃんを見たくないでしょ?』
それがきっかけになったのかはわからない。胸の奥底で暖かなモノが流れ込んできて――涙腺が決壊した。
「うっ……く……」
一度零れ落ちてしまえば自分の意思で止めることも叶わない。せめてもの抵抗として膝に顔を当てて声を殺すが、次から次へと涙と共に感情が身体の外へと逃げていく。
苦しい。辛い。悔しい。情けない。押し込められて綯い交ぜとなった感情が紐解けていく。
泣いて、泣いて。顔と膝がびちょびちょになるのも気にならないくらい泣いて。
ようやく涙が止まった頃には不思議なもので、胸の奥が軽くなった気がした。
「……すまん。ようやっと落ち着いた」
『泣けって言ったの私だし、ワタちゃんが気にすること無いよ』
「こうしてお前に泣かされるのも二度目か」
まだ半年近くしか経過していないというのに、シアンが傍にいるのも当たり前になったものだ。
あの時はシアンドッグを取り戻そうと内心必死だったのに、今じゃ騒がしい彼女がいない生活など考えられなくなっている。
彼女もいつの間にか――家族のカテゴリーに入れてしまっていたのかもしれない。
「……ありがとな」
『泣かされて感謝って……マゾ?』
「うっせぇ」
からかう語調に俺もまた乗っかる。
自己嫌悪も嫌なくらいした。時間を無駄にした、とまでは言わないけれど、いい加減ウジウジしているのも馬鹿らしい。
思考と感情をリセットさせてもらったのだから、ここからはいつもの調子でいこう。
「環境維持システムに直接アクセスするのは難しくなったからプランAは廃棄だな」
『そう? シュンシュンがいけたなら私たちにもできるんじゃない?』
「いんや。帯広っつうか『ゴスペル』が絡んでるのなら逆に厳しい」
英さんの話を聞いて疑念が深まったことがある。
それは『ゴスペル』の根がどこまで浸食しているか、だ。
原作ではガウスコンツェルンの会長や一国の姫君までその傘下に加わっていたが、あくまで熱斗が接触した範囲での話。
単に描かれなかっただけでビッグネームが他にもいる可能性はあると考えていた。
で、今回の主題である環境維持システムはアクセスするだけでも相応の立場が求められる。フリーズマンの暴挙からして管理側全体に及んではいないだろうが、少なくとも手引きした者がいると考えていい。
最低でも環境庁管理職クラス、果ては政治家まで絡んでいる恐れまであるのだ。
コトブキスクエアのカルトムーブがマジモンの母体を持っていた場合、ガチで洒落にならない。政教分離など当てにならんし、裏での手回しが全て無駄になる恐れがある。
原作の『ゴスペル』本部へのカチコミが最適解である可能性も否めないのだ。
まぁ、あくまで可能性の話ではあるものの、確実性が無い以上は挑もうとは思わない。
『じゃあプランB?』
「メインに据えるのはそれだな。『闇医者』や『鍵屋』との接触は済ませてるし」
プランBは原作通りの路線を辿る無難なものだ。
『ゴスペル』の文明破壊作戦の決行を許容せねばならないが、先回りしている部分もある為、早期解決する分、その被害は多少抑えられるとは思う。
ちなみに『闇医者』はウラの住人で、これからインターネット中に現れる氷型ウイルスを除去する為のワクチンを作り出せるナビで、『WWW』との関係を匂わせている重要人物だ。
接点は勿論、原作再現で。そこからの関係作りはまぁ大変で、レアウイルスを生け捕りしたり、彼の命やデータを狙う輩のデリートだったりと結構時間が吸われたものだ。
後者の『鍵屋』はアクセスポイントを作る職人で、ウラコトブキスクエアに乗り込む為に必須となるキーマンだ。
……ぶっちゃけた話、進行具合は顔見知り程度でしかなかったりする。
そらね? 個人的に仲良くなった程度でゲートキーくれる訳が無いんすわ。だから、こちらは救出した後に交渉する必要が出てくる。
『後はプランCだけど……』
「完全に人任せだからなぁ……プランですらねぇよ」
それは個人的願望でもあるアニメ路線――ヒノケンを主軸にしたネットワーク解放計画である。
概要としては至ってシンプル。力業で氷型ウイルスを全て破壊し、親玉を引き摺り出す。計画性もクソも無い他力本願。
「そっちも既に手は打った。後はまぁヒノケンと名人さん次第だな」
「もー! いつまでそうしてるつもり?」
いつの間にか就業時間も終え、今も昔も同僚である色綾まどいに肩を揺らされても火野ケンイチは呆然とした顔でデスクから動けずにいた。
彼の視線の先に映るPCには凍結状態のファイアマンの残骸。無残な形の相棒の亡骸だった。
「確かに気の毒だけどさ、ずっとそのままにしてらんないでしょ?」
「うっせぇ……ほっとけや」
まどいの心配する声も、ヒノケンの耳には素通りだ。目線は固定され、崩壊されたデータを眺めるのみ。
「ったくもう……。こんな時にマハ・ジャラマは食堂に引き籠ってるし、エレキ伯爵はまだ帰ってこないし!」
苛立ちを露わにしてツインテールを振り乱すまどいに目もくれず、ヒノケンは自然と懐古していた。
彼の相棒であるファイアマンは、彼にとって最初のネットナビだった分、思い入れも一際強い。半生を共にしたと言っても過言ではない。
(ペットは飼い主に似るといったが、ファイアマンもオレにそっくりだったな)
ネットナビらしくオペレーターに忠実な部分があるが、拘りやプライドが人一倍強く、度々ヒノケンと衝突したものだ。
特にネットバトルに関しては誰よりも負けず嫌いで、負けた相手に勝つまで何度も再戦を挑んだ日々を良く覚えている。
直近ではロックマンに執着しており、ファイアマン側から色々と打診を受けたものだ。
(嫉妬深いのも、似なくて良かったのにな)
ファイアマンを修復している最中にDr.ワイリーから貸し出されたナビをオペレートしたり、新しくナビを製作した時が発覚した際には猛反発を受けていた。
そのせいでヒートマンの投入機会を幾つ失ったか、わかったものではない。
「すまねぇな。オレが不甲斐ないばっかりに……」
もし、氷山を発見した時に警戒心を高めていれば。勝ち目が無いと判断した時点でプラグアウトを敢行していれば。チップでの援護がもっと適格であれば。ファイアマンにもっと力があれば。バックアップがしっかり機能していれば。
多くのIFが思い浮かんでは消えていく。もしも、などという可能性はもう存在しないからだ。
「――すまない。火野ケンイチはお前であっているか?」
「誰よアンタ?」
ヒノケンが現実に立ち返った時、見慣れない若い男が立っていた。
逆立った髪に眼鏡をかけた彼は、白衣に袖を通していることから研究者だとわかる。
「名人、とでも呼んでくれ。それよりも火野、話がある」
「後にしてくれ」
「そうも言ってられない。見ろ」
ヒノケンの視線を遮って見せられたのは名人のPET。その画面には、あの時ファイアマンが見つけたのと同様の事態が他のエリアでも起こっている様子が映り出されていた。
「コイツの影響でインターネット中が多くの混乱に見舞われている。そこで火野、お前に頼みたいことがある。コイツの駆除をしてくれないか?」
「そんな気分じゃない」
「頼みの綱は火属性に精通したお前しかいないんだ!」
「断る! オレは……相棒の最期を看取るのに忙しいんだ……」
傷心のヒノケンにとって、消えゆく定めのファイアマンにできることなど見守ることだけだった。部外者である名人とやらを追い出そうとしないだけ、穏当な対応と言えた。
「ヒノケンいい加減にしなよ」
そこに待ったをかけたのは、まどいだった。一緒に活動してきた仲間として、ヒノケンの気持ちがわかるだろうに。どうして奴の肩を持つのか。
感情の赴くまま、まどいを睨み付けるが、彼以上に厳しい視線を返される。
「アンタは喪に伏せてりゃいいさ。でもアンタの相棒はどうなの?」
「ファイアマンが?」
「らしくも無い姿のご主人様に、消える姿を見られるのがお望み? 違うでしょッ! リベンジしたいに決まってんじゃん!」
ヒノケンの胸板にまどいの拳が叩く。鍛えられた彼の肉体には何ら痛痒にならないのに、彼は僅かによろめいた。
「そうですよヒノケン。幾らバラバラになろうとも貴方のファイアマンは消えてなくならない。違いますか?」
「マハ・ジャラマ! よーやく来た!」
揺れる筈の無かったヒノケンの気持ちが揺らいだところに、かつての仲間が現れる。
Dr.ワイリーに見捨てられ、傷心具合はヒノケンのそれを超えていたナマステー人が、似合わない割烹着姿でヒノケンの傍に歩み寄る。
「貴方の相棒はスパイスのように、姿を変えようとも主張してくる。そうでしょう?」
「オレは……」
ヒノケンは目を閉じると、自分の心に耳をそばだてる。
(アイツはオレじゃない。でも、その想いを一番理解できるのは、オレだ)
もし、もしもヒノケンの人生が誰かに途絶されたとして。ファイアマンはどうするのか。大人しく収まるタマか?
否、決して否だ。どんな手を使ってでも仇を取ろうとするに決まっている。
「ファイアマン……腑抜けたツラ見せて悪かったな」
ファイアマンの残骸を解凍し、そのデータをPCに保管してあるヒートマンに転送する。
そのままではバグの温床になりかねない為、断腸の思いでそれらを選別する。生き残った僅かな戦闘データと、ファイアアームの使えそうな機構をピックアップ。そして、オーバードライブシステムをインストール。
「で? 名人、お前はオレに何がさせたい?」
「ようやく聞く気になったか。これからお前のナビにコイツをインストールしてもらう」
「それって……」
「もしやファイアプログラム!?」
名人が渡してきたのはまさかの代物だった。実物を知らないまどいとヒノケンにはピンとこなかったが、マハ・ジャラマの言葉に遅れて目を丸くする。
「それをどこで手に入れた!?」
「WWWの元アジトに残されたドリームビット。科学省がそいつを鹵獲し、研究を重ね、抽出したデータから【ドリームオーラ】を製作したのは知っているか?」
「まさか……」
「そこから更に逆算して作り上げたのが、このファイアプログラムだ。といっても、オリジナルに比べれば随分と出力が劣るがな」
Dr.ワイリーが欲してやまなかったデータが目の前に見せられたことで、元WWW幹部の3人は驚愕のあまり口をぽかんと開く。
「こんなモノ、オレに託していいのかよ?」
「そうでもしなければ、奴らに対抗できやしない」
「奴らって……もしかして『ゴスペル』の仕業ってこと?」
「色綾、その通りだ。火野が遭遇した氷型ウイルスはどうも大きなエネルギーを利用しているらしく、通常のナビでは全く歯が立たない。そのカウンターとして急遽ワクチンプログラムを製作しているが、時間が足りないんだ」
「ふむ。それでファイアプログラムのパワーで強引に滅却する訳ですか」
「御託はいい。要はオレのヒートマンにそのファイアプログラムをインストールしろって事だな?」
ストレージの中身をPCに移してファイアプログラムのインストールを開始。
「火野、慎重にやれ。科学省の技術者でも手に負えなかった代物だぞ」
「それはどいつも甘ちゃんばかりだったからだ」
画面に警告文がポップするがヒノケンは気にせず作業を進める。
「おい! よせ! このままではお前のナビが崩壊するぞ!」
「これでいいんだ。炎の扱い方はオレが良く知っている」
強引に抑えつけるのでもなく、その熱に委ねるのでもない。互いにバチバチにやりあって、その熱を高めていくやり方こそ、炎のプログラムだとヒノケンは信じていた。
論理の欠片も感じられないそれは、奇しくもオカルト要素の強いロックマンエグゼの世界には合致していて。
作業の負荷によって煙を上げるPCがいよいよクラッシュする寸前に、熱源体であるデータをPETへ転送。
「火野のヤツ……成功しやがった」
PETに映り出されるのはオイルライターをモチーフにした黄色いナビだ。その腕と目元からは荒々しい炎が噴き出し、血気盛んな姿が見て取れる。
「気分はどうだ? ヒートマン?」
『最悪の気分だぜヒノケン! お前もそうじゃねーのかよ?』
「そうだな相棒。ムカついて仕方がねー!」
かつての相棒と違って生意気な面が目立つヒートマンだが、それで良かった。まるっきり生き写しでは寧ろファイアマンに失礼とさえ言えるだろう。
『センパイの無念……確かに受け取ったぜ』
「あぁ。まずはリベンジだ! ヒートマン!」
『おうよ!』
「いくぜ! プラグイン! ヒートマン! トランスミッション!」
消えかけた灯火を受け取った2つの炎が今、電脳の海に放たれた。
電脳世界、ゴスペル本部にて。
『大変ですフリーズマン様!』
『……わかっている。ニホンのインターネット各地に配置した氷型ウイルスが次々に破壊されている』
『刺客を放ってはいるのですが、全て返り討ちにあってしまいました!』
『最高硬度のそれも破壊するとはな。面白い』
『フリーズマン様?』
『私自らが出る』
同刻、ウラインターネットにて。
『せめてコトブキスクエアのアクセスキーだけでもくださいって言ってるじゃん!』
『はいそうですか、って納得できるかバッキャロー!』
『まーまー落ち着けっておふたりさんよぉ。オレの顔に免じて、な?』
『うっさい! メガキャノンぶつけるよ! テッポウダマ!』
『なんだとゴラ! オレのハイキャノンに喧嘩売ってんのかゴラ!』
『とにかく! そう易々とゲートキーはやれんね』
『ここがどこだかわかってる? 強さが掟のウラだよ?』
『上等だァ! バトルオペレーションセット!』
『インッ!』
『職人の意地! 見せてやんぜ!』
「ちょっとヒノケン! ヒートマンのHPが!」
「知ってる」
慌てた様子でまどいがヒノケンの肩を掴むのも無理は無い。ヒートマンが移動するだけでもHPが減少していくのだから、明らかに普通ではなかった。
「そうだな。HPが減る以外に異常をきたしていないようだ」
対する名人は落ち着いた様子でヒノケンのPETから自動的に送られてくるデータを分析してそう呟く。
凶悪なファイアプログラムを完全にコントロールするのには至らず、その代償としてHPこそ減少している。
が、科学省の用意したナビと違って内部のデータは無事のままだった。どうも逃げ道を作り出すことで暴発を避けているらしい。
「しかし……凄まじいですね。高速移動する炎の余波だけでも溶けていきますね」
「これでオリジナルより何割か性能が落ちてるんでしょ? あのボーヤたち、良くドリームウイルス倒せたわよね」
度々フルエネルギーによる小休憩を挟んだものの、それでも驚異的なスピードで氷型ウイルスを除去していく。
僅か1時間余りでニホンネットワーク全体の8割を回ったところで、突然ヒートマンが制止する。
『来やがったな』
『ほう。勘が良いらしいな』
東北地方のとあるエリア――メラメラ祭りなる奇祭が開催される場所にて、ヒノケンとヒートマンは因縁の再会を果たした。
『私の氷を溶かすとはな。貴様、何者だ?』
『地獄からの使者! 貴様を倒す者だ!』
これ以上の会話など無用とばかりに、ヒートマンが突っ込む。ヒートスタンプと呼ばれる落下攻撃に対し、フリーズマンは最高峰の氷の盾を出現させるのだが、
『何だと!?』
衝突してから数秒ほどで、白熱を纏ったヒートマンがそれをぶちやぶってみせる。既のところで回避するフリーズマン。
『まだまだいくぜぇええええ!!!! ヒートウェーブ!』
『舐めるな!』
続けざまに熱波が放たれるが、それを多重展開したアイスタワーで相殺。
『何故だ……環境維持システムの力を得た私が何故力負けする!?』
『それが貴様とオレ
『ふざけるな! こんなことあってたまるか! 【アイスステージ】!!』
「何の! 【マグマステージ】スロットインッ!」
互いの得意とするフィールドの押し付け合いに、電脳世界が悲鳴を上げる。
『【アイスソード】!』
『【フレイムソード】!』
交じ合う剣戟は両者共に譲ることを知らず、衝突を繰り返す。
先程までと違って、フリーズマンが生み出した一振りのそれはヒートマンが渾身の一撃を幾ら浴びせようとも溶けることはなかった。
『貴様の絡繰り見抜いてやったぞ……武器に命を継ぎこんでいるな?』
『違う! オレたちは魂を燃やしているだけだ!』
相手もまた自らのHPを消費して武器の耐久力を高めてはいるが、ほぼ初投入に等しいヒートマンと、戦闘経験豊富なフリーズマンとのダメージレースが徐々に差が出始める。
「ヒートマン」
『なんだぁヒノケン? 今、いいところなんだよ!』
「一気に勝負を決めるぞ!」
ヒートマンの動きも相手に把握されつつあり、敗色が濃くなっている。元から長期戦は不利だとわかっていたのだ。だからヒノケンは自爆も覚悟の上で、切り札を切った。
「オーバードライブ、起動!」
名前こそファイアマンの頃と同じだが、中身は完全に別物と言えた。以前はチャージ時間を要し、自らの力を限界まで溜め込む機能であった。
しかし、今回のそれはリミッターの解除――ファイアプログラムをヒートマンの体内に暴れさせるような暴挙であった。
「火野!」
「うるせぇ声で言われなくたってわかってらぁ」
PETに浮かぶエラー表記を全て黙らせて、ヒノケンは因縁の相手を睨み付ける。
荒れ狂う炎がヒートマン自身を壊していくが、彼らは動かない。相対するフリーズマンも迂闊には近寄れず、牽制として放ったツララフォールも届くことなく蒸発していく。
(まだだ)
焦りが脂汗となって右目を痛め付けるが、ヒノケンは気にせず操作を続ける。
傷付くヒートマンを何とか保たせたまま、その炎を形にしていく。本来であれば自爆にしかならないそれを、不格好ながら己の武器として整えていく。
「今だ!」
『プロミネンス!』
その名の如く、球体を保った灼熱がフリーズマンに襲来する。これ以上無い脅威にフリーズマンに撤退の文字は浮かばない。何故なら、
『私はゴスペル最高司令官!』
環境維持システムの力を無理やり引き出し、己の全てを注ぎ込んだ最高防御で以て、太陽を迎え撃つ。
膨大な熱を放つそれと比べれば矮小の氷柱の山であったが、その硬さは誰にも負けない自負があった。
『ぐううううっ!?』
直接触れなくともその身を焦がす熱にフリーズマンは呻くものの、決して後退することはしない。
その拮抗はじわじわと傾き、己の盾が意味を失ったとしても彼は身体ひとつで立ち向かう。
世界に喧嘩を売ったプライドだけは、この白熱を前にしても見失う訳にはいかなかったのだから。
『私だけでは決して滅びぬ!』
己の消滅する瀬戸際であっても泣き言ひとつ漏らさず、1秒でも長く存在してみせる。それがヒートマンの命を削る、最期の抵抗だと信じていた。
そして、その最期はあっけなく訪れ――フリーズマンはデータのひとかけらも残すことも無く、彼の炎の中へと消えていくのだった。
「お疲れさんヒートマン……」
「ヒノケン! 大丈夫なの、そいつ?」
「あぁ……どうだろうな」
相手の最期を見届けてからプラグアウトした時点ではデリートの表記は見られなかったものの、内部のデータは酷いものになっていることだろう。
この短時間で相棒を2度も危機に晒す最低なオペレーターであったが、どちらのナビも納得の上だというのだから彼らは愚かで、どうしようもなく最高だった。
「勝ったぞ……ファイアマン」
彼の相棒が本当に欲しがっていた勝利の為に、戦い抜いたのだ。
誰が何と言おうとも、その結果だけでヒノケンとヒートマンは満足だったのだ。
終盤になる度にコメディ君が息をしてない現象どうにかしてぇなぁ……