WWWを草と笑えない恐ろしい世界   作:じぱんぐ

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更新が大変遅れてしまい、申し訳ございません

仕事が忙しかったのに加えて今回の話を何度も手直ししていたらこんな日にちががががが
次回更新は遅れないよう、励む所存


38.電脳の獣

 獣化(ビーストアウト)

 それは『6』に登場した強化システムで、その名の通り獣の姿と化したロックマンに様々な恩恵を与えるものだ。

 事の経緯はインターネット黎明期に自然発生した電脳獣グレイガと、ソイツに対抗する為に生み出されたものの暴走してしまった電脳獣ファルザーが復活し、その片割れをロックマンが己の中に封印することによって発現。

 

 そう獣化というのは、電脳獣の力によるものなのだ。

 物騒なワンコロや鳥なんてシアンの体内で飼っていた覚えなど無いし、万が一彼女がどこぞから拾ってきたとしてもロックマンと違ってエクサメモリの無い者ではその受け皿にすらなれない。

 実質、ロックマンにしかできない芸当といっても良かった。

 ……フォルテBX? 容量の問題で見た目の変化ゼロ、ビーストブレスしかしてこない奴を獣化と呼んでいいのかわからん。

 漫画版のスーパーフォルテを意識した最高にカッコイイ姿で活躍した雲泥の差よ。まぁ、『バトルチップスタジアム』で逆輸入された辺り、GBAの制約が残念でならない。

 

 ではアニメ版の『BEAST』ではどうなのかというと、パラレルワールドに転移したら世界中が獣化因子と呼ばれる電脳獣由来の力のせいで獣化のバーゲンセール状態である。

 何ならナビに限らずウイルスまで獣化している始末。原作と打って変わって獣化のハードルが低過ぎるわ。

 といっても今世でビヨンダード――異世界の存在は確認されてはいない。出所が不明なシアンがその転移者、という可能性も限りなく薄いと言っていい。

 転生者容疑含め、彼女に出会って初期の段階で散々探ったからな。俺の見解だと現地人と同じ価値観していると思われる。まぁ今は俺の影響で現代日本人寄りになっているけれども。

 

 漫画版? 強化されたソウルユニゾン能力で電脳獣を引き寄せたからシアンには不可能。以上。

 

 ゲーム、アニメ、漫画と様々なメディアで描かれた可能性を否定してきたが、実際にシアンが獣化している以上、原因は必ず存在する訳で。

 ……十中八九、電脳獣グレイガが生まれた経緯と同じだろう。

 そう設定では電脳獣グレイガは大量のバグが融合した結果、産み落とされた代物だ。

 ゴスペルサーバーが究極のバグ融合体を生み出す余波がこの電脳空間にいる者すべてに及ぼすとして。つい最近バグシュウセイによって取り除いたといっても人間みたく免疫が生まれる筈も無く、ロールたちだけに限らずシアンの体内でも急速にバグ化が進んでいた筈だ。

 彼女の場合は他と違って、元のシアンドッグ()がバグ塗れということもあって、ある種の慣れがあったのだろう。我慢を重ねた結果、重度のバグ化によって獣化に至った。そう推察される。

 

 ……とはいえ、だ。ここで獣化は無いだろ!

 『2』のラスボスが生まれた土壌的に可能性としては考えられなくもないけれど、どんな確率やねん!

 過去の電脳獣騒動があってからバグの欠片を積極的に回収している姿勢が見られるが、どうしたって全てのエリアを回れる筈が無い。過疎って放置されたエリアやプライベートエリアなんて腐る程あるしよ。

 でもそれから電脳獣が生まれていない為、バグが必ずしも獣化に繋がる訳でも無い筈だ。あくまで電脳獣はひとつの到達点。そいつを引き当てたに過ぎない、と思う。

 

『あ~れ~』

 

 ……長々と理屈をこねまわしてきたが、結論としてあれだけカッコイイ獣化をシアンのコスプレで汚したくなかった、というのが本音だ。

 今後ロックマンが獣化した時、暴走するリスクを孕んだ強大な力を取り込むといった王道ド真ん中の興奮する展開が、「これ、シアンがやったヤツじゃん」みたいにスケールダウンしてほしくねぇんだよ!!

 元の攻撃性能が終わっているせいで、パネルに全体重を乗せたクローが【クラックアウト】くらいの規模に収まってるじゃねぇか! 

 どのメディアでもしっかり守ってきた、あの特別感が台無しだよ!

 もうちょい緊迫感のあるリアクションなら心配にもなるが、なんなんだコイツ。

 

「熱斗、ロックマンをプラグアウトさせろ」

「ワタル?」

「目的の部屋にはもう入れる筈だ。俺たちのことは気にせず先に行け」

「できる訳ないだろ! 明らかにシアンは普通じゃない!」

『そうだよ! 放っておくなんてできるもんか!』

 

 ダメ元でロックマンを引かせるよう言ってはみたが、案の定主人公コンビはお人好し全開で留まることを選ぶ。

 といっても具体的な解決方法などわからないまま、ロックマンを右往左往させるだけ。こうなったら彼らは梃子でも動かない為、説得など無駄でしかない。

 

「はぁ……足引っ張る真似だけはしたくなかったんだけどな」

「いいって別に。友達だろ?」

 

 盛大な溜息を吐く俺に熱斗がいい笑顔で親指を立てる。こういう善性がわかっているからこそ、更に罪悪感が上乗せされるんだよ。

 元からラスボス相手を任せるつもりだったのに、どこまでおんぶに抱っこのつもりだ。本当に自分が嫌になる。

 

「シアンがこうなったのはバグが原因だ。だから、こいつを使う」

「このチップは……?」

「バグ融合体に対するカウンターだよ」

 

 熱斗に2枚のチップを手渡し、使い方を説明する。

 といっても方法は至ってお手軽で、バスター状になった【バグシュウセイ】を当てるだけでいい。本来であればラスボス相手の援護射撃に用いるつもりだったのだが、とんだ誤算だ。

 

「それぞれ効果が違うから両方当てるのがベスト。ただし、そのふたつしか用意してねぇから慎重に使ってくれ」

「了解! ロックマン!」

『くっ……動きが速くて狙いが定まらない……!』

 

 お得意のロックバスターでシアンの行動を制限しようとするも、暴走する彼女はどこ吹く風だ。ロックマンに注意を向けることもなく、四肢を躍動させて電脳世界を縦横無尽に跳ね回る。

 こんな形で【エリアスチール】連打による空間把握能力と瞬間的な判断能力が発揮されるとは複雑な心境だ。

 

「こうなったら広範囲攻撃だ! バトルチップ【スプレッドガン】スロットイン!」

『やあッ!! ……足に当たったけど止まる気配が無い!』

「もっと火力のあるチップでいくか?」

『ダメだよ! 負荷を与え過ぎたらシアンちゃんがどうなるかわからない!』

 

 苦戦を強いられる彼らの横で俺は背負ったリュックを床に下ろし、チップをごっそり掴む。

 

「熱斗、ロックマン。シールドスタイルに切り替えてくれ」

「ここでシールドスタイル!? 何考えてんだよワタル!」

『長期戦による消耗狙い? でもそれじゃあシアンちゃんは!』

「違う――短期決戦だ」

 

 左手に掴んだPETの画面は次々に移り変わるものだからまぁ酷い。画面酔い待ったなしどころか、ブレる映像から情報を読み取るのも難しいだろう。

 ()()()()()()()()()。『6』や『BEAST』同様、通信自体は生きている。

 ならば、チップシステムも問題ないと考えていい。

 

「ワタル何を……」

「見りゃわかるだろ――チップを連続スロットインしてんだよ」

 

 熱斗の困惑する声に返答しつつ、一心不乱にバトルチップをスロットに突っ込んでいく。処理が終わるのも待たず指を滑らせ、残弾(チップ)が無くなる前に左手でリロード。

 

『そうか! ワタルくんは処理落ちを狙っているんだ!』

「処理落ち?」

『大量のチップデータを送信することでシアンちゃんの処理能力を奪うつもりなんだ! それこそ戦う余裕がなくなるくらいに!』

 

 合点のいったらしいロックマンが声を弾ませるが、感服するような事じゃない。

 サブカル大国の日本育ちなら大抵思い浮かぶだろう手法だしな。何せ元ネタは『ぼくらのウォーゲーム』、知らないのは令和キッズなもんだろうぜ。

 普段こそ状況に合わせてチップをスロットインしているが、今回は脳死の連打ゲーだ。

 俺の指が痙攣するのが先か、それともシアンの処理能力がパンクするのが先かの、勝負だ。

 

『……!? さっきとは威力が!?』

「おいおい……ワタルが送ってるチップは【メットガード】とか【キャノン】だぜ!?」

「いいから防御に集中!」

 

 彼らは困惑しているが、これも想定内。理屈はわからないが、どうもゲームの獣化と同じく、無属性チップをグレイガ及びファルザークローみたく変換できるらしい。

 かといって属性チップをわざわざ選んでいる余裕も無い。とにかく厄介な補助系チップを避けてシンプルな攻撃チップを多めに選択。

 くっそグローブ越しだからロスが出るな! 指から落ちても気にすんな。次だ次。最終決戦前の余力なんぞ考えるな。ロックマンの消耗が優先事項だ。

 

『うっぷ……お腹いっぱい……』

『今!』

「バトルチップ【バグシュウセイ】スロットイン!」

 

 通算3桁いってしばらく、シアンの動きが露骨に鈍ったところを狙い澄ましたロックマンが【バグシュウセイ】をぶち当てる。

 彼女の姿が揺らいだのも気にせず、贅沢にも2枚目の【バグシュウセイ】を熱斗が続けざまに転送。

 無防備を晒した彼女に再度被弾し――白銀の長髪に連れるようにして倒れた。

 

「プラグアウト」

「どうだシアンの様子は?」

「んー……ひとまずは収まったっぽい」

 

 手元に戻ってきたシアンの様子を窺うが、ケモ耳や尻尾などは引っ込んだみたいだ。続けてステータス云々を確認すると……酷い有様だ。

 武器に転用したものだけあって、元のデータに修正する事を考慮に入れていなかった為、シアンのボディデータはぐちゃぐちゃだ。少なくとも足は使い物にならないだろう。

 かろうじて無事と言えるのはチップシステムくらいのもの。フォルテの生命線であるゲットアビリティプログラム疑惑があるだけ頑丈だな、こいつ。

 

『あー疲れたぁ……』

「もう起き上がれるのかよ」

『まー基本データが無事なら動かせて当たり前じゃない? あらら? 足が動かなーい!』

 

 シアンのお気楽振りに騙されそうになるが、獣化っていうのはロックマンですら完全に扱いきれなかった代物だ。平気な筈があるまい。

 ただ……人格データに影響が無かったのには疑問が残る。従来の獣化と違って規模が小さい分だけ影響が少なかったのか。

 それともハッキングパパに解析してもらった際、人格データが滅茶苦茶なのに憑りついているらしいシアン自体は別枠扱いで影響が無いだけなのか。

 

「シアンもここまで、だな」

『何言ってんのさネっちゃん? 後方支援くらいしてみせるZE☆』

『ダメだよシアンちゃん! 君の身体じゃ――』

『ここまで来てさ。ワタちゃんを嘘つきにしたくないんだよね』

 

 制止するロックマンの声を遮るようにして、シアンが軽い調子で言う。表情もいつもの締まりの無い笑顔だが、流石の俺でもわかる。

 俺と『渡』の為に、彼女は無理をしている。

 

『でも!』

「いいんだよロックマン。バカには何言っても無駄だ」

『ひっど!』

「揃いも揃ってバカなんだよ俺たちは。だから頼む。行かせてくれ」

 

 俺が頭を下げたところで困らせるだけだが、それでも頼まずにはいられない。

 無茶だというのは重々承知だ。メイルたちを引き返させておいて俺たちだけ居残ろうとする図々しさ。しかし、何かをしなくては、という使命感が俺を突き動かす。

 

「ロックマン、行かせてやろうぜ?」

『熱斗くん?』

「さっきの【バグシュウセイ】だっけ? 考えなしって訳でも無いんだろ?」

「ぶっちゃけ品切れではあるけれど……まぁアドバイスとアシストくらいなら?」

「頼りねー! でも乗った!」

『熱斗くん!』

「炎山に聞いたんだけどさ。ワタルって()()()()らしいんだとよ」

『持ってる?』

「運とか出所のわからねー知識とか色々あるらしいんだけどさ、一番は――教えてくんなかった」

『えぇ……』

「でもアイツ笑ってたんだ。あの捻くれ炎山が心の底から信じてたんだ。だからオレも信じたい。ワタルが何かしてくれるって」

 

 期待の込められた力強い瞳を向けられ、思わず後ずさる。オフィシャルのエースさん、買い被りにも程があるだろ。

 俺も、シアンだって何か特別ができるって訳じゃあない。

 多少オペレートが上手いくらいで、原作知識で先回りするだけの小狡い野郎なだけだってのに、全くどいつもこいつも……。

 

「精々やらせていだきますよ、こん畜生め」

『実際やるのは私じゃん』

「……せやね」

 

 大概締まらんなぁ、俺たちはよォ!

 

 

 

 

 

 

 メインサーバールームでキーボードを打鍵し続けること数時間。

 ついに最終調整も終え、本番環境へと移行。ハイパワープログラムによってハードの上限を大幅に上回ったサーバーの数々が唸りを上げる。

 バチバチと静電気が弾ける音の中、メインサーバーの電脳の最奥にてバグの欠片が徐々に形を成していく。

 それは荒々しいマントを身に纏った黒のネットナビ。

 己の両腕から相手の力を奪い取り、無限に成長を続ける化け物の名はフォルテ。電脳の破壊神、そのコピーに他ならない。

 

「ついに! ついに完成したぞ……!」

 

 色濃く残った疲労が吹き飛ぶほどの達成感に帯広シュンの声が自然と震える。

 一度さえ成功させてしまえば、後はコンピュータが勝手に増産を開始してくれる。電脳世界において阻む者無しと謳われるこのナビさえあれば、世界は彼の思うが儘だ。

 

「そこまでだ『ゴスペル』!」

 

 そんなシュンの気持ちを台無しにする闖入者が現れ、一瞬ムッとしてしまう。しかし、今の彼はゴスペルの首領。

 身体全身をサイバースーツで覆った彼は人間離れした見た目の、無機質な存在だった。

 長丈の黒衣に、能面の顔、長く伸びた髪は留まることなく色を変化させ続ける。

 

「来たか光熱斗……そして隠岐渡!」

 

 青いバンダナを巻いた少年は世界を救った小さな英雄だ。その後ろに控える地味な少年は帯広シュンにとって、たった一度の接触で天敵だと理解させられた相手である。

 

「フン。一足遅かったな。既にフォルテプロジェクトは完成した!」

「なんだと!?」

「これより無数のフォルテを世界中に放つことで、軍事も金もオレの物! 世界を支配する!」

「そんなことさせるもんか! いくぜロックマン!」

『うんっ!』

「プラグイン!! ロックマン.EXE! トランスミッション!」

 

  気合十分の熱斗がPETを接続する横で、隠岐は一言も喋らない。しかし、防護服の奥底からもその視線を感じることができた。

 ここまで来た以上、帯広シュンの野望を止めに来たのは必然。負ける訳にはいかなかった。

 

「フォルテよ! 我が野望を阻む敵を排除するのだ!」

『わかった』

「完全無敵のナビがどーしたってんだ! オレたちは絶対に負けない! バトルオペレーションセット!」

『イン!』

 

 完成したばかりではあるが、動作不全を起こすこともなくフォルテは宙を浮かび青いナビを睨め付ける。そして開幕早々にエクスプロージョンを放つ。

 

「なんの! スタイルチェンジ! ウッドシールド!」

 

 しかし、鉄壁を誇る黄色の盾が難なくそれを防いでみせる。お返しとばかりにチャージショットであるコガラシが放たれるも、こちらもフォルテは滑るような動きで回避。

 

「お次はコイツだ! スタイルチェンジ! アクアカスタム!」

 

 スモールシールドを左腕に装備した緑色の姿から今度は全身水色の、背負ったバックパックが巨大化した姿に変貌。

 

「バトルチップ【スプレッドガン】トリプルスロットイン!」

『プログラムアドバンス! 【ハイパーバースト】!』

 

 光の弾丸の合間を縫い、フォルテが次の攻撃に映る間隙にロックマンが素早く射撃体勢に入る。拡散弾を打ち出す武器3つが一瞬にしてひとつに合わさり、間を置かず発射。

 直撃コースを突き進む弾丸はしかしフォルテを掠めるだけに終わる――ことも無く、周囲に誘爆する。それは複数回行われ、フォルテを飲み込んだ。

 

「どうだやったか!?」

『まだだよ熱斗くん! ぐっ!?』

 

 爆風の中、猛然と突貫するフォルテ。光る右腕を振り上げ、ロックマンにアースブレイカーを叩きつける。

 寸前、両腕を前に防御の体勢を取ったが、あまり意味をなさない。軽く彼の両腕を弾き飛ばし、地面へめり込ませる。

 

「パワーにはパワーだ! スタイルチェンジ! ヒートガッツ!」

『こンのぉおおお!!』

 

 肥大化した右腕でフォルテを振り払い、火炎をまき散らすがマントで散らされる。見た目上は、だが。

 

(もうこんなにHPが!? 何で!? どうして!?)

 

 声にこそ出さないが、シュンは動揺で胸が詰まる。最強である筈のフォルテと拮抗するロックマンは何なのだ。

 そんな彼の気持ちを反映するように、フォルテが後退する。感情の抜け落ちた偽物からメッキの剥がれる音を幻聴したその瞬間――

 

「【アルティメットブラスター】」

『ふぁいやー!』

 

 まさに絶妙なタイミングで、今の今まで存在をひた隠しにしていた隠岐渡のナビからの一撃。

 腹に響くような重低音と共に発射されたそれはフォルテに身構える余裕すら与えず、胴体に直撃。見た目の割に強固さを誇る彼の身体を一瞬にしてぶち抜いてみせる。

 

『最後に全部持ってかれた……』

『ごっちゃんです!』

(やられた……!!)

 

 態度こそふざけているが、完全に意識外からの一撃だった。

 ロックマンの存在も大きいが、それでも並のナビではフォルテに一当てもできないだろう。それだけの性能をしているのを帯広シュンは知っていた。

 

「俺たちの勝ち、だな」

「ひっ」

 

 満を持して、といった風にプラグを引き抜いた隠岐渡が口を開く。敵対していた筈の少年が、存外穏やかな声をしてくるのが――怖かった。

 光熱斗やロックマンのように純粋な敵意ならわかる。世界を嫌っている帯広シュンには理解できる感情だ。

 だから隠岐渡――否、ケイ・ユウキがわからない。

 帯広シュンに賛同する『ゴスペル』は味方だ。完全なる、とは言えないが目的意識を共にした運命共同体か、金で雇った契約関係。

 敵対した連中もわかりやすい。利害関係の一致しない相手は排除するだけだし、相手とて同じこと。

 しかし、敵でも味方でも無い人間はわからない。 

 腹の奥で何を考えているのかわからない。笑顔の裏で何か企んでいるのではないか、という疑念が尽きない。血の繋がった親戚ですらそうなのだから、赤の他人を信じられる筈が無い。

 

「まだ! 負けてない!」

「シアンの使ったアルティメットブラスター。科学省で量産化に成功している」

「お前の負けだ! 『ゴスペル』!」

 

 虚勢を張るシュンに対し、ケイが淡々と事実を述べる。

 多くを語らない姿勢が、尚もシュンにハッタリを見抜かせない。それ故に、彼の抵抗する気持ちを粛々と折ろうとしてくる。

 

「だから……あー、うん。ここで交代ね了解」

 

 言葉を重ねようとしたケイに待ったをかけたのは、恐らく彼の中にいるもうひとりの人格。瞬きの間に、一番会いたくない人物に切り替わる。

 

「約束通り、きみを止めにきたよ帯広くん」

「……お前は何にもしてないじゃん」

「情けないことにね。でももうひとりのぼくが、ひとりじゃどうにもならない事をみんなの力を借りて、ここまで来た」

「……何もしてない? 何言ってんだアイツ?」

『隠岐くんの様子、何か変じゃない?』

 

 違和感を抱く光兄弟を差し置いてシュンの目は宿敵にしか向かない。

 だからこそ己の変化に気付けなかった。電磁波異常が彼の想定を超えて、変装に用いたサイバースーツの効力が失われつつあることに。

 

「だから、ここからはぼくの役目だ。ぼくがきみを止める」

「お前に、何ができる?」

『アイツの姿が……』

「あぁ。オレと同じ、小学生……?」

 

 背の丈は光熱斗と同じ、銀髪に赤い瞳とニホン人に見られない容姿が晒される。

 無機質であった『ゴスペル』首領のものと違い、帯広シュンの表情は複雑だ。途方もない誰彼構わずまき散らされる怒りと、未知への恐怖が入り混じる。

 

「もうひとりのぼくが言う通り、きみは負けた」

「違う!」

「違わない。きみは負けたんだ。だからもうやめよう」

 

 一歩、また一歩と隠岐渡が距離を縮める。シュンが後ずさろうにも既に背は壁に触れている。

 

「仮にきみが勝ったところで、何も得られない。きみが願ってやまないものはもう、戻ってこないんだ」

「違う!」

「……どーいうことだワタル?」

「数年も前にシュンくんの両親は死んで、彼はひとりになった。でも誰も助けてはくれなかった」

『そんな……』

 

 帯広シュンの事情を耳にした光兄弟は絶句する。何故、それを隠岐渡が知っているのか口にする余裕も無い。シュンとしても同様だった。

 『ゴスペル』に限らず、あまりにも帯広シュンについて知り過ぎている。

 単なる妄想、推論の類では無い。その声には確信だけがある。

 

「きみの中には恨みだけが残ってる。それだけがきみを生かしてくれた。違う?」

「……」

  

 シュンには反感があった。だが、口にしても隠岐渡を打ち崩すことはできない。

 だってシュンは負けたから。

 前哨戦とも言える『文明破壊作戦』によって基盤を破壊し、その追い打ちとしてフォルテプロジェクトがあった。

 しかし、前者は驚くほどあっけなく短時間の末に決着。それに焦りを駆られて、フォルテプロジェクトを前倒しに進めたものの、こちらも今まさに叩き潰された。

 頼りにならない配下も、ナビももういない。残されているのは無力な帯広シュンだけだ。

 

「仮にぼくらに勝ったとしてもきみは満たされないだろうね。だって世界を壊すことがきみの望みじゃないから」

「そんな訳……」

「何をしたって、もう両親は返ってこない。無力だった自分の過去だって消したりはできない」

 

 隠岐渡から告げられた言葉は、確かな実感が伴っていた。それはきっと、彼自身が身を以て知ったからこそ言えたのだろう。

 

「だったら……どうすりゃいいんだよ……」

 

 世界は帯広シュンに優しくない。

 何も悪いことをしていないのに両親を奪い、シュンを孤独に追いやった。傷付いた彼が悲しみに暮れているだけでは彼自身も救われなかった。

 恨みが、憎しみだけが彼を奮い立たせた。金が、強さが、彼の現状を打破した。

 それなのに、それを全て否定されては――泣き言くらいしか言えなかった。

 

「それは勿論、みんなに謝ること。でしょ?」

「だな! 悪いことをしたのなら罪を償わねーと!」

 

 無力感に胸が詰まり、視界の狭くなったシュンにそっと手が差し伸べられる。

 それを伝って視線を上げれば、穏やかに笑う隠岐渡と。話の半分も理解してなかったけれど最後の最後の正解だけは間違えない、自信の溢れる顔をした光熱斗の姿があった。

 

「あっ……」

 

 今の今まで恨みに目が曇り、自分自身の感情ばかりに目を向けていた帯広シュンが、この時になって大層久々に人の顔を見た瞬間だ。

 世界はシュンを嫌っているとばかりに思っていた。

 けれど、目の前の彼らは違う。

 隠岐には理解の色があった。熱斗には同情が多分に含まれていたけれど、寄り添う気持ちがあった。

 

「それが終わったらさ……オレがお前の友達第一号になってやるよ!」

「きみはもうひとりなんかじゃない。ひとりで立てないのなら、ぼくらが支えになってあげられる」

 

 綺麗事だ。そんな単純なことでシュンの深い絶望が晴れる筈なんて無い――筈なのに。

 

「あ、あぁ……」

 

 シュンの目からぽろぽろと零れる涙が止まらない。ぐしゃぐしゃになった顔を隠したところで、それはもう明白だった。

 世界は嫌いのままだ。ぶっ壊してやりたい気持ちもそのままだ。それが八つ当たりだと理解した今でもその想いは変わらない。

 けれど、帯広シュンの本当の願いは……本当に欲しかったものは、誰かからの温もりだとわかってしまったから。

 

「うわあああああっ!!!!」

 

 人目も憚らず、シュンの心は暴発した。堰を切ったように、もう止められない。

 泣いたところで辛い現実は変えられない。彼らと友になったところで、両親との日々はもう返ってこない。

 けれど、それでも掴んだその手の暖かさはきっと、頑なだったシュンの心を確かに変えたのだった。

 

 

 

 

 

 

 大団円へと導いた『渡』の説得に涙ぐむ。まぁ、身体のコントロールがあちらに握られている以上、実際には泣けないのだけれども。

 境遇が似ている共通点があるとはいえ、あの精神引き籠りが帯広を改心させたのは感慨深いものがある。おっさん、こういうのに弱いんだよ。

 

「落ち着いた?」

「うん……カッコ悪いな、ボク」

「だなー。でもこれからカッコよくなればいいじゃん」

『熱斗くんったらー! もう!』

 

 彼らの間に緩い空気が流れ、しかめっ面の帯広から険が取れる。

 袖で乱暴に涙を拭った彼は息を整えた後、すべての後始末をするべく制御コンピュータの前に立つのだが、

 

「!? こちらの制御を受け付けない!?」

「なんだって!?」

 

 帯広が物凄い速度で打鍵するのだが、彼の入力される停止命令を無視して稼働し続けるハイパワープログラム。

 唸るファンの音や空気の弾ける音の中、ディスプレイに映り出される偽物のフォルテ。だが、先程までと違ってしっかりとした形を保つことなく排出されたそれが、次々に産み落とされていく。

 不細工な偽物は調整させることもなく、自身で立つことすら危ういものまであった。

 

(代われ『渡』!)

 

 熱斗と共に呆然とする『渡』に何度も訴えかけるのだが……駄目だ。突然のことで『渡』の心が追い付いていない。

 

「う、ぐ……」

「なんだ、これ……は……」

 

 人間の手を離れて暴走するコンピュータが過剰にエネルギーを要求する。その余波によって、メインサーバールーム内に強烈な電磁波が発せられ、いよいよ彼らの防護服を貫通する。

 あまりの痛みに『渡』の意識が沈み、俺へと身体の制御権が戻ってくるが、もう遅い。脳の指示に反して肉体は硬直したままだ。電磁波の壁という比喩表現も強ち間違いではないかもしれない。

 

『うわぁああああっ!!!!』

 

 悲劇は現実世界に留まらない。

 何とか眼球を動かしてディスプレイの端を見れば、ロックマンの四肢が黒色に染まり、データの崩壊を始める。急速に悪化するバグに身体を蝕まれている。

 そんなロックマンに追い打ちとばかりに、出来損ないのフォルテが融合を始め、あちこちに浮遊するバグの欠片を吸収していく。

 ボコボコと蠢く黒色の物体はやがて四本の足で自立し、歪な鬣を形成する。

 狼のような細いフォルムの顔付き。赤く、怪しく光る瞳からは理性を感じさせない。まさしく電脳の獣――電脳獣グレイガと姿形を瓜二つだった。

 

『グォオオオッ!!!!』

 

 嘶きひとつで、電脳世界と中途半端に融合したマンション全体が震える。根源的な恐怖を与えるそれに、歯の根が合わない。

 

 原作みたいなこうなる事態を防ぐつもりだったのに。

 『渡』に任せるべきじゃなかった? ンな訳あるか。あそこまで穏便に事を運べたのは、真に帯広の心へ寄り添えた『渡』だからこそ成し得たことだ。

 帯広の目を盗んで電源コードを引っこ抜いていれば、もう二度と帯広は心を開いてくれなかったかもしれない。

 

 それに、電源供給を止めたところでメインサーバー以外にもバグがまき散らされていたんだ。ゴスペルが生まれる土壌は既に整っていたといっていい。

 俺は、選択を誤ったのだ。

 

 まともな対抗手段ゼロ、肝心の戦力たるロックマンもバグで機能不全に陥り、オペレーターの熱斗も動けない。

 原作よりも尚悪い展開に俺は――

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