WWWを草と笑えない恐ろしい世界   作:じぱんぐ

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4.頭がチョロ火マン、暗躍!

『ねぇ~いい加減泣き止んだら?』

「うっせぇ! 原因が言うんじゃねぇ!」

 

 未だこぼれる涙を袖口で強引に拭い、改めてパソコンに向き直る。

 液晶には肩まで伸びる白銀の長髪を揺らし、アクアマリンのような瞳を細めてケタケタと笑う女性の姿があった。

 首から下はボディラインの出る紺の全身タイツ。豊かな胸元とメリハリのある腰元にはそれらを覆い隠す薄い装甲が見られたが、小学生には悪影響を及ぼす格好に変わりない。

 外面だけならコスプレ女子としても捉えることも可能だが、問題なのは彼女がいる場所。

 本来ならばシアンドッグ、に近い我がネットナビが初期化を終え、オペレーターとの初対面を試みる構成場面であった筈なのに――見知らぬ彼女がいる。

 取り乱した直後、何かの夢だとPCを弄り回したものの、前日までの成果は彼女に取って変わってしまっていた。

 バックアップすら残っていないのだからとんだ悪夢だ。

 

「お前は何者なんだよ」

 

 気付けば自然と、鼻声になりながらそう問いかけていた。無法を犯す輩が素直に白状する筈もないというのに、と思いきや彼女は簡単に口を割る。

 

『私? シアンっていうんだ! よろしくね、ワタちゃん!』

「名前なんざ聞いてねぇ! 何が目的でこんな事を!」

『いやぁそれがね~。いい加減ネットの海を放浪してんのも飽き飽きしちゃって。そんでたまたまワタちゃんのホームページが近くにあったからついついね。

 ナビも空っぽだったから、ちょうどいいからお邪魔しちゃえって』

「ふざっ――」

 

 ベラベラと語るのは愉快犯だからか。あまりに軽い物言いに激情で喉が詰まる。

 思い付き程度で、俺の3年近くが台無しにされたのか。

 よりにもよって何故このタイミングで、俺なんだ。転生で幼い少年を乗っ取った奴にふさわしいナビを遣わした、と運命の神様とやらが皮肉っているのか。

 

 起床に遅れてようやっと鳴り始めるアラームで我に返る。

 知らず知らず強張っていた全身から力を抜いて、深呼吸を繰り返す。未だ収まらない怒りをぶつけたところで、状況は好転しない。

 冷静に、対処しろ。

 激情に駆られた振りをしてPCに詰め寄ると、手探りでLANケーブルを引っこ抜く。これで彼女の逃げ場は無くなった為、二次被害は防げる。

 

『大胆だねぇ。おねーさん、強引なのも嫌いじゃないけど初めましてで軟禁はちょっとネ』

「そっちから勝手に侵入してきて軟禁もクソもねぇだろ」

 

 続けて電源ボタンを長押しして強制終了させるもPETの中に逃げ込まれる。

 まぁいい。現時点の技術では色々と重いネットナビだと有線でしか移動は不可能。

 PETの操作権限は彼女に握られていることを考えれば、後は然るべきところにPETごと突き出してやればいい。

 

『あっ、ちょっ! 真っ暗ぁ!』

 

 PETをタオルで包み込み、カメラ機能を物理的に使えなくしてやった後。そそくさと着替えを済ませ、居間に向かう。

 

「おはよう渡」

「おはよう爺ちゃん」

 

 ここ数年で上手になった作り笑いを張り付けて、祖父の正面に腰かける。

 これは俺のミスだ。焦りを気取られる訳にもいかない。祖父には平穏を過ごしてほしいのだから。

 

「――最近は物騒になったもんだのぅ」

「あぁ、今やってるニュース?」

 

 味噌汁を啜りながらテレビを見やる。

 どうも近頃デンサンシティ(表記揺れでタウンともあるが)――俺の住まう秋原町を含む街――にて発火事故が多発している旨が報道されていた。

 

「シゲさんとこが業者に見て貰ったらしくての。ウチもやるべきじゃろか?」

「付き合いがあるのはわかってるけどさ。その辺は俺が調べるから任せてって」

「こうしている内に燃えでもして渡が火傷でも負ったら! もう居ても立っても居られなくて堪らん」

「落ち着いて爺ちゃん。不安を煽るニュースの後、詐欺業者にシゲさんがやられたじゃん? 似たようなことが起こるだろうし、ちょっと待ってよ」

 

 おろおろとする祖父を何とか宥め、俺はさりげなく食事の手を早める。

 

 しっかし、いよいよWWW(ワールドスリー)のテロが本格的に始まったか。

 WWW――ロックマンエグゼにおける悪の組織の呼称であり、決して笑う意味合いを含んじゃいない。

 その目的はネット社会の破滅。アニメ版だと社会に恐怖と混乱を、とかも言っていた気がするが、大して重要でもないので流しておく。

 で、今回の発火事故もWWWの手先が起こした事件であり、手口としては点検業者に扮してオーブンなどの家電を発火させるといったもの。

 被害など二の次で別の目的があるのも承知の上だが、効率が悪過ぎる。

 1軒1軒手作業で回るとか、もう少しこう他の考えがなかったのかと言いたくもなろう。

 まぁ、実際テロ現場付近に住まう身としては対策が楽で助かるけれど。

 業者を呼ばない、それに尽きる。

 にしても後の事件でもWWWに騙される人が多いけれど、疑うことを知らない情弱ばかりなのか、デンサンの住人は。それとも社会的信用のある会社を複数麾下に置いているとでもいうのか。

 

「ごちそうさまでした。早いけど、歯ぁ磨いたらもう出るよ」

「上級生になってはりきっとるのぅ」

 

 微笑ましい視線を切って、食器を流しにつける。

 洗面台で歯を磨いた後、件のPETを左腰にあるホルダーに突っ込んで家を出る。

 

『ねぇ~ワタちゃんさぁ』

「バッテリーの無駄だ。黙ってろ」

『ひどっ! 女の子に向ける態度じゃなくない?』

「はっ」

 

 鼻で笑って強引に話を打ち切り、学校ではなく駅の方へ足を進める。

 目的地はオフィシャルセンターのあるマリンハーバー。基本、一般人の手に負えない困りごとはそこか、科学省というイメージが強く、前者がダメだった場合は後者にも寄る予定。

 目立った活躍のないオフィシャルでも流石にどうにかなるだろう。ならなかった場合はハッキングパパか主人公のライバルにどうにかしてもらえ。俺にはもうどうすることもできん。

 

『なーんかサイレンがうるさいけど、何かあったの?』

「とぼけんなよ。火事だよ火事」

 

 情報が回るのは前世と同じくテレビの報道よりもインターネットの方が早い。いくら何でも知らない筈がなかった。

 しかし、オフィシャルセンターで彼女についてどう説明するか悩ましい。

 馬鹿正直に答えても事件性が無いから軽く見られるだろうし、最悪悪戯だと判断されて預かってくれない恐れもある。

 いくら原作が子供向けのゲームとはいえ危機感の薄い大人が多いんだよな、この世界。

 科学省とか重要機関のくせして現実世界と電脳世界で不審者に何回侵入されてんのかわからないレベルだ。その度、事件が起こるのに対策がおざなり過ぎてもうね。

 

『ワタちゃん』

 

 軽く流してはいるが、俺の本名を知っているっぽいな。PETから情報を抜き取ったか。

 俺だけならともかく祖父まで手に及ぶのは流石にまずい。

 くそっ、なんでPETにナビexe強制終了コマンドも無けりゃ電源も強引に落とせないし、バッテリーを外そうにも特殊ドライバーが必要ときた。

 

『ワタちゃんってば!』

「んだよ、そろそろ駅だから黙ってろって」

『進行方向に熱源があるみたいなんだけど』

 

 ガス可視化といい日常生活に不要な機能ばかり付けやがって、と思っていたが、いざ事件が起こる真っ只中に住むともなれば使用する機会があるみたいだ。

 野次馬が集まってくるかもしれないし避けることを考えたところで、ふと頭に引っかかるものがあった。

 

「おいおい冗談だろ……?」

 

 視線を上に向ければ立ち上る煙が。

 方角からして、シゲさんの家。

 蘇る、祖父との会話。

 

 気付けば身体は駅までの道を逸れて、シゲさんの家に駆けていた。

 彼含め町内会の人たちは、簡単な頼み事と引き換えにお小遣いを貰った程度の縁しかない。

 

 その多くが祖父の友人で。息子娘が独り立ちしてから寂しいからって構ってくる人も。嫌な顔ひとつせず、何の得にもならないボランティアに参加する人も。意地悪だけど少し危険な遊びを教える悪い爺も。

 祖父に限らず、シゲさんに影響を受ける人が一体何人いた?

 

 正直、自分と祖父さえ助かればそれでいい、と思っていた。

 いくら事前に呼びかけてもいざ身に危険が及ぶまでは信じてくれる訳もない。

 だから諦めていた筈なのに、ここに至って見知った人間が死ぬのを恐れたのか? 小心者め。

 行ってどうする? 俺に何ができるっていうんだ。

 

「安全を確かめるだけ。誰か通報してるか、確認しないと」

 

 わざわざ口に出して、自分にそう言い聞かせる。

 そうしないと散らばった思考が纏まりそうになかったから。

 

 1分にも満たない距離に息を荒げて到着してみれば、黒煙を上げる2階建ての住宅が――シゲさんの家があった。

 騒ぎを聞きつけてやってきた近所の人に話を伺ってみれば、まだシゲさんの姿は見ていないらしい。

 

「通報したんだけどねぇ。この辺り細い道ばかりでしょ? 時間かかってるみたいなの」

「そう、ですか」

 

 濛々と立ち込める黒煙は1階の半分を埋め尽くし、玄関にも火の手が回っている。

 寝室が2階であればあるいは、とは思うけれど窓から顔を出す様子もない。煙を吸って気を失っているのか。命が繋がっているにせよ、時間はあまり残されていない。

 消防車は、まだ来ない。

 

「渡ちゃん!?」

 

 近所のおばさんを振り切って俺はひた走る。

 無論、燃え盛る家に突入するような馬鹿な真似はしない。向かうのはまだ出火地点から遠い、駐車スペース。

 

「シアン」

『やっと名前で呼んでくれたね』

 

 これから行うのは分の悪い賭けだ。

 正体不明、実力も定かではない相手に全てを委ねる必要がある。

 

「突然で悪いが、交渉だ」

 

 相手の気分次第で如何様にも突っ撥ねられ、俺にいくらでも吹っ掛けられる。

 対等な立場にない交渉など普通は成り立たない。が、愉快犯ならばあるいは、と細い望みに託し、

 

『本当に突然だね? で?』

 

 何とか繋がった。

 散々な態度を取り続けたのだから袖にされてもおかしくなかったが、まだ話を続けてくれるらしい。

 

「俺はこの先起こる未来を知っている。それを特等席で見たけりゃ協力しろ!」

 

 咄嗟に出たのは交換条件にしては妄言にも甚だしい内容。交渉未満の口約束。

 はっきり言って正気を疑われる発言に、彼女は――

 

『あのさぁ……何で普通に助けてって言えないのさ?』

「えぇ……」

『何で君が引くの? おかしくない?』

 

 だってそうだろう。ここで善意全開の台詞なんて予想だにしてないのだから。

 何なら上げて落とす展開に身構えていたくらいだ。

 

「いやね、犯罪者に助けを求めるってどうなのかなぁって」

『私のこと!? ちょびっと入居しただけじゃん?』

「テナント募集してないんですけどォ!?」

『とにかく! 時間、無いんでしょ?』

 

 納得はいかないが彼女の言うことも尤もなので駐車スペースのシャッター、そのコンパネにプラグインする。信じなければ始まるものも始まらない。

 

「どうだ?」

『OK 問題のオーブンとネットワークで繋がってるっぽい』

 

 彼女の応答に俺は静かに胸を撫でおろす。

 原作の設定だと殆ど電子機器はネットワークで繋がっているとのことだが、ゲームシステムでは容量的な問題なのか直接その機器にプラグインしないとたどり着けない場所も多々あったから不安が拭えなかったのだ。

 ゲーム的都合が消えたことで変わった点も過ごしてきた中でそこそこ見受けられたし、他社製だったり互換性の不具合で繋がらない、なんてのも稀にあったし。

 

『ウイルス発見! キャノーダム3、ボルケルギア4!』

 

 オーブンの電脳に着いて早々、接敵だ。 

 キャノンの見た目をした固定砲台に、貝殻みたいな胴体の下部に炎を吹き出し、天辺にはソフトクリームを逆さにぶちまけた形の角と目が付いたウイルス。無属性の雑魚と炎属性ともなれば当然、

 

「【アクアタワー】、スロットイン」

『えっ、うわ!』

 

 ポーチの中身を確かめることなくチップを引き抜き、スロットに投入。

 発声によってタイミングを呼びかけたつもりだが、想像以上にレスポンスが早かったのか振り回される形でシアンは床パネルに掌をついた。

 するとどこからともなく水柱が吹き上がり、直進。進路上にいたウイルスたちがあっけなく飲み込まれ、デリート。

 

「次。【エリアスチール】」

『ちょっ』

 

 反撃を考慮せず呆けた彼女を立て続けに振り回す。

 アニメ版準拠の人権サポートチップの効果はワープ。オペレーターの任意で好きな場所に飛ばせるのはぶっ壊れだと思うが、ゲーム版と違って終ぞナーフされなかった。そのままの君でいて。

 

「止め。【ツナミ】」

『まっ』

 

 ウイルスたちの側面を取った後、広範囲の津波攻撃をお見舞いしてウイルスバスティング完了。

 流石に弱点属性を突いただけあって、どいつも一撃で沈められて一安心だ。

 

『独りよがりぃ!』

「いや()()()()()があるだろ?」

 

 文句を垂れるシアンに向けて、半ば確信を持ってそう告げる。

 外面こそ全く違うが、中身のパラメータはシアンドッグ(仮)の想定に近い。少なくともこのチップの回転速度は特化させねばまず出せないだろう。

 

『指示厨みたいなシステム? ウザいからOFFったけど?』

「指示厨て」

 

 それに野良ナビならば自衛手段を持っている筈なのに使用する素振りを見せなかった。自立型ナビなら猶更かち合ってもおかしくない。

 道化を演じている可能性もあるけれど、俺はシアンド(ryを取り戻せる可能性を諦めていないぞ。

 

「他にウイルスはいるか?」

『今のところはいないっぽい』

「ならシステムの復旧頼む」

『もうやってる、ってか終わりっと!』

 

 思いの外スムーズに事が運び、下手人が現れることもなかったのでプラグアウトでシアンを呼び戻す。

 

 やれることはやった。

 二次被害に遭う前に撤退した後、おばさんにこっぴどく叱られるのを横目にシゲさんの家を眺める。

 原因こそ止めたものの、これだけ炎が燃え広がった以上、収まる筈もない、か。

 結局は無駄な足掻き、時間稼ぎすらならず、無力感に苛まれたところで――

 

「おーおー。派手に燃えてんなあ、オイ」

「シゲさん!?」

 

 背後から呑気な顔して当の本人が登場ときた。

 

「今までどこに……?」

「あァ? そらスナックで潰れて朝帰りってモンよ。そしたら自宅が燃えてるんだから笑えるよなあ」

「笑えない被害だと思うんですけど?」

「無くして困る貴重品は地下の金庫にしまってるからへーきへーき。寧ろ保険が降りるから万々歳だぜ」

「奥さんの私物とかは?」

「ンなモン、数十年前に逃げられてらあ! 処分に困るモンもあるから大助かりよ」

 

 カラカラと笑うシゲさんに苦笑いを返し、骨折り損になった俺は彼に別れを告げたのだった。

 

 

 

 

 

 さて、そんな放火事件の顛末といえば、その日の放課後に我らが主人公の熱斗&ロックマンが自宅にて下手人のナビと遭遇し、撃破することで解決の一途を辿ったそうな。

 被害としてはシゲさん含め3軒が半壊、熱斗宅含む2軒が小火で収まったとのこと。怪我人は2名、どちらも軽傷。

 俺? 祖父に無茶したことがバレるわ、新学期初日に途中エントリーさせられるわ、で散々だったよ畜生。

 




描写する暇がなかったので補足
渡の一般ナビくんは万一の為に自宅のオーブンで待機してたでマス
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