WWWを草と笑えない恐ろしい世界   作:じぱんぐ

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42.オラッ! 催眠!

 精神的に不貞寝をかました『渡』に代わってバトルチップのコンバートを進めつつ、日暮さんからあるチップを取り寄せもらい。

 それから家に帰って校外学習の感想を適当にでっち上げた直後のことだった。

 

『ワタちゃんオート電話』

「誰から?」

『エグチから』

「そこはさんを付けたまえ」

 

 PETの通話画面に現れる名人さんがシアンにツッコミを入れる。毎度律儀に「さんはいらない」と訂正するから彼女に茶化されるってことを説明しておくべきか。

 シアンを注意しないのかって? 俺だって名人さんって呼ぶし、ダブスタになっちゃうからね。仕方ないね。

 

「隠岐くんは無事みたいだな」

「無事、とは?」

「端的に言おう。デンサン中央街を中心に新生WWWからのテロがあった」

 

 名人さんからの通達は青天の霹靂だった。原作のシナリオには無い事件に決して少なくない混乱があった。

 GBAという容量的な都合で『3』ではそもそもデンサン中央街は登場しなかった筈だ。

 

「具体的な被害は!?」

「落ち着きたまえ。それでは先遣隊の二の舞になってしまう」

 

 素直に指摘を聞き入れ、深呼吸を繰り返し、何とか逸る気持ちを抑えつける。

 

「それで一体何があったんですか?」

「私自身、すべてを把握している訳ではないが現状わかっていることを話そう。まず君のいるデンサンシティの都市機能が一部麻痺した」

「電子機器の暴走? にしては表立って秋原のネットワークに異常は見られないようですけど……」

「ネットワーク自体に問題はない。あるのは現実世界の人間にだ」

 

 どういうことだ、と首を捻りつつも荷物を纏めて出かける準備を進める。

 

「突如として多数の人間がおかしくなった。応援要請を受けたマサ、みゆき、サロマ。そして熱斗くんも同様の被害に遭ったらしい」

 

 ネットセイバー正式稼働して早くも半壊かよ。特に熱斗がやられた、って相当ヤバいんじゃねぇのか?

 

「おかしくなったとは?」

「そのままの意味だよ。言語能力を失い、滅茶苦茶な行動を起こすようになったらしい」

「随分と具体性に欠けますね?」

「報告した通信班も幾分錯乱していたからな。こちらとしても正確な情報を持っているとは言い難い」

「それは何とも難儀なこって」

 

 戦力の大半を失っても尚、委細はわからず、名人さんとて動揺を隠すのに必死なのか、その面持ちは固い。

 だが、それでも心まで折れていないのは上役としての責任故か。それとも他に希望を見出しているからなのか。

 

「伊集院の奴は?」

「他の任務に駆り出されていてすぐには応援を望めない」

「残るは俺だけですか。保護者同伴をお願いしても?」

「足や護送としての人員は派遣できる。が、君の言う戦力には期待しないでくれたまえ」

「ネットバトル連勝記録の名人さんがいらっしゃるのでは?」

「……そうしたいのも山々だが私も色々と面倒な立場でね。本部を空ける訳にはいかないんだ」

 

 実働部隊には明かせない事情があると。無理に聞き出しても面倒を被るだけっぽいし、名人さんを現場に駆り出すのは諦めるとしよう。

 

「……すまない」

「自分で決めた事ですし。ネットセイバーとして職務を全うしますよ」

「君への任務内容は現地に赴き、情報収集を。可能であれば人員の回収もお願いしたい」

「事態の解決は望まないんで?」

「まずは態勢を整えるのが先だ。難しい任務となるが、よろしく頼む」

「まぁ成果には期待しないでください」

 

 溜息をひとつばかり零して通話を切る。

 序盤にしてはハードな任務を与えられたものだが、名人さんと話している内に思考が纏まった。

 

『ワタちゃんから聞いてた話と随分違うけど?』

「そうだな。俺としても凄ぇ困るわ。でも、わかったことはある」

 

 犯行声明でも出したのか、相手はWWWだという点。これだけでも犯人が大分絞り込みやすくなる。

 今回、一番困るパターンは在野に埋もれている一般犯罪者だしな。それだと事件の傾向や対策が絞れやしない。

 後、実力者であるマサさんやみゆきさん、サロマさん、そして熱斗までがやられているとなると、相手とまともにネットバトルでやりあったとは考えにくい。

 ネットナビではなく、現実世界の人間がおかしくなったという点も鑑みて、別方向からの初見殺しに合った、と考えた方が自然だろう。

 

「となれば、相手は恐らく――」

 

 

 

 

 

 それから十数分後。

 ネット警察から派遣された男性が運転するパトカーに乗車してデンサン中央街に着いてみれば、幹線道路が封鎖されていた。

 

「警部の五陽田(ごようだ)だ。応援としてネットセイバーの方をお連れした」

 

 検問を任されている警察官ふたりに対し、手慣れた動きで頭にパトランプを装着する五陽田警部。しかし、男性らはそんな彼に対して敬礼を返すも、怪訝な目を向けるのは俺の方だった。

 おいおかしいだろ。ここは流星のロックマンじゃねぇんだぞ。仮に先祖だったとしても今の世界に合理的な理由でもあんのか。

 

「ネットセイバー? こんな子供が?」

「エースオブエースである伊集院炎山とも世界の救世主である光熱斗でもないんでしょう? 何かの間違いでは?」

「こちらにおられるのはオフィシャルホワイト殿だ」

 

 五陽田警部の紹介に合わせて軽く頭を下げる。まぁ、今の今まで正体を伏せていたし、相手から驚かれるのも無理はない。

 

「嘘だろ!? この少年が中の人だっていうのか!?」

「ノーマルナビでオフィシャル4名を完封した噂の……?」

「江口名人の仮の姿とばかり思っていたがな……」

「この分だと合法ショタという噂も間違いではないようだな……」

 

 おう最後の。『渡』ボディはれっきとした11歳のものやぞ。つーか、警察が事件以外に合法とか違法の話してんじゃねぇ。

 

「念の為、認証コードを確認を……ってマジかよ!?」

「まぁ、この見た目じゃあ表舞台に立たせようと思わないわな……」

 

 盛大な勘違いを続ける彼らに訂正の言葉はかけない。そんなことに時間を割いている余裕がないのもそうだが、人間、信じたいものを信じる生き物だ。どうせ俺が何を言ったところで聞く耳持つまい。

 

「貴様ら、通って問題ないな?」

「勿論であります警部殿!」

「とその前に少し聞きたいことがあるんですけど、よろしいですか?」

「何なりと! オフィシャルホワイト殿!」

「貴方方は何かこの事件について知っていることはありませんか?」

「いえ! 封鎖後は待機命令を出されている為、特には存じません!」

「そうですか。ありがとうございました」

 

 駄目元で聞き込みを行ったものの、案の定収穫はゼロ。事態の把握よりもこれ以上犠牲者を増やさない為に道路の封鎖を優先させているという訳か。

 この分だとメトロなどの電車も稼働していないのかもな。

 

 念の為、折り畳み傘を片手に遮光グラスを身に着けて検問を通った先には――おおよそ長い間、文明を築いてきた人類にあるまじき光景があった。

 ナックルウォークで歩く四足歩行のおっさん。ドラッグ中毒者とはまた違う、規則性のある鳴き声を上げる若い女性。路肩で身体を丸くして眠るスーツ姿の男性。街路樹に張り付き、口で樹皮を剥がして樹液を啜る爺さん。ガードレールの上で風見鶏のようにクルクルと器用に回る婆さん。足裏に強力な接着剤か何か張り付けているのか、コウモリみたく上下逆さまに下がっている子供などなど。

 視界に収まる範囲でも十分過ぎるくらい、尊厳を投げ捨てた人々の姿が目に飛び込んでくる。

 

『ジャパリパークかな?』

「そっちのがマシな生態してんだろ」

 

 幸い、派手な自動車事故などが起きていないようで胸を撫でおろす。炎山経由でオートドライブシステムの欠陥を伝えた甲斐があったというものだ。

 ネットワークに異常が無い以上、飲食店の火災も消火設備が事前に防いでいるみたいだし、そこは一安心だ。

 ただ、

 

「ももーん」

『すごーい! 君は空を飛ぶのが得意なフレンズなんだね!』

 

 マントらしき物を広げて滑空する黒井みゆきさんの姿を見て思わず天を仰ぐ。

 今までもそうだったが、今回が一番ものすっごい既視感。マハ・ジャラマ先生のヨガ教室かよ。

 でもニホンじゃ、あのナマステー人の社会的影響力は大したことないし、今やオフィシャル食堂のおばちゃんと化している。

 ここ数日で脱走騒ぎがあったとも耳にしていないし、マハ・ジャラマの犯行ではない筈だ。

 

「あれはネットセイバーみゆき隊員か。捕まえますかな?」

「いえ。状況把握を優先しましょう」

 

 それから俺たちはなるべく車道の中心から外れないよう警戒しながら指揮所が構えられた場所へ早足で移動する。

 巨大なサーバーを乗せた特殊車両の脇に設置されたテントを潜れば、その中も悲惨な有様だった。

 

「イヤァアアア!!!! オフィシャルレッド様ァアアア!!!!」

 

 喉が枯れているだろうに悲痛な叫びをやめない女性オフィシャルの前には、地を這いつくばって身体をうねらせるヒーローがいた。

 手を身体に沿わせて足も歩行機能していない無様な姿はまるで芋虫のよう。中の人的にはウナギかアナゴの類だろうけれど。

 

「……」

「みーんみんみん」

「させるかァ!!」

 

 微動だにせず木の振りに徹するサロマさんに、そこへ抱き着こうと狙う変態男性オフィシャル共を、正気を保った野郎共が防ぐ為に動く。

 

「うっきー!!」

 

 そして男子小学生が土足で机の上で跳ね、手を叩いている姿が一番まともに見える空間ってなんだよ。何にせよ指揮所がまともに機能していない事はわかった。

 

「こちら隠岐です。指揮所に到着しました」

「名人だ。状況を報告してくれたまえ」

「街中の人々が動物に近い振る舞いしていて、オフィシャルや警察の人間も同様ですね。多分、催眠の類にでもあったのかと」

「私が耳にした報告は本当だったのか……」

 

 実際、この光景を目にしていないと信じられないよな。

 俺としても熱斗までやられている状況は信じたくなかった。主人公補正どこいった案件である。とはいえ、原作でも結構ピンチに陥るし、他の人から助けてもらう展開も無くは無い。

 今回は幸いにも命に別状はないし、後遺症も残らない筈だ。

 

「おい! しっかりしろ!」

 

 五陽田警部が同僚らしき男の肩を揺さぶり、頬を張るもゲロゲロと鳴くばかり。外部からの刺激で覚醒は促せないようだ。

 

「本官では気付けも難しいようですな。ホワイト殿、如何しましょう?」

「ひとまず害を為す人たちを拘束しましょう。で、話の通じる人から情報収集ですかね」

 

 名人さんからの通信を一度切り、野生解放した人たちを大人しくしていく。俺が大きな音と光で追い込み、五陽田警部がやや手荒に拘束していくコンビプレイだ。

 身軽に動き回る熱斗には苦戦させられたが、ポケットの中にあったハ〇チュウで注意を逸らして何とか確保。その際、彩斗兄さんが嘆いていたが今更だろう。

 

「それで何があったんだ?」

「はっ。民間人からの通報で我々が駆け付けた頃には既に事は為されておりました。その調査の為、班を再編成して動き出すタイミングで、突如としてデジタルサイネージ――街頭ビジョンよりWWWを名乗る男から催眠光線が照射されました」

「その結果がこれか……」

「はい。小官含め少数はその範囲外に逃れることができたものの、残った我々だけではどうすることもできず、指揮所に撤退。応援を要請した次第であります」

「彼らも魔の手にかかったようだが?」

「彼奴はデンサン中央街すべての電子機器に干渉したらしく……あらゆるディスプレイから催眠光線を照射できることが判明。結果、レッド殿率いるチームはあえなく全員魔の手にかかってしまわれました……!」

「その際、貴様らは遊んでいたとでもいうのかね?」

「い、いえ! 彼らの身柄を確保して指揮所にて保護! 本部へ報告を上げ命令があるまで待機した次第であります!」

 

 五陽田警部と若手の男性警官のやり取りを耳にしながら後頭部をかく。

 犯人の目星は凡そついた。催眠術師の西古レイだ。やっていることも原作と同じ、ただし規模があまりに違い過ぎる。

 ゲームだと夜中に秋原小学校へ潜入しているところ、宿題のフロッピーを忘れたデカオに付き添っていたいつもの4人と遭遇。その際、メイル、デカオ、やいとが催眠光線を浴びせられる流れだった筈だ。

 全年齢作品でなければ薄い本案件のそれが今回、大規模なテロ活動になっているのはどういうこっちゃねん。

 

「その時、熱斗は同行を?」

「いえ。光熱斗はその後の応援に駆け付けた形となります! 敵が街全体と繋がっているのなら、と近くの電化製品にプラグインし、相手のナビと接触するまでに至りました!」

「何故それを先に言わん!」

「ひえっ!? 色々あり過ぎて小官も失念していたであります!」

 

 激詰めされて身体を縮こまらせる彼に対して五陽田警部が拳骨を落とす。昭和気質が未だ残っている職場とか嫌だなぁ、と俺が顔を顰めている間にも、鼻声になりながら彼の報告は続く。

 

「しかし光熱斗のPETから催眠光線が放たれまして……」

「犯人はPETにも干渉可能ということか……光熱斗の持つ最新式であろうと関係無し、か」

 

 もはや打つ手無しと言わんばかりに意気消沈するネット警察たち。

 催眠により大きく人数が欠けたことで組織的行動は不可能となり、最高戦力であろうマサさんたちが戦闘不能に陥っている為、気持ちはわからなくもない。

 ただ、彼らにもやるべきことは残っている。

 

「犯人からの要求はありませんでしたか?」

「いえ……特には」

「街にいる人たちも野放しですし、人質にする意図もないという訳ですか。なら、少しでも避難を進めましょう」

「ホワイト殿! そもそもの人員も足りませんし、犯人を刺激するのでは……!」

「直接接触している時点で今更かと。それに今でこそ暴動は起きていませんが、万が一のことがあれば老人や小さい子供だけでも保護に動けませんかね?」

 

 俺からの提案に悩む大人たち。上長が催眠で駄目になっている今、一番階級の高い五陽田警部も迷う素振りを見せている。

 指揮所内を落ち着かせるだけでも結構な労力を払ったのだ。これよりも遥かに広い街中、催眠光線による恐怖に怯えながら少人数で動くには厳しい現実を容易く想像できるからだろうか。

 一旦、彼らから距離を取り、PETで名人さんに電話をかけ、内情を説明する。

 

「ふむ……状況は把握した。しかし、催眠対策も無しに救援を送っても無駄足になるのではないのか?」

「ですんで、デンサンシティへの送電を止めることは可能ですか?」

「随分と無茶な事を言う。万が一君の意見が承認されても実際に動き出すまでかなりの時間を要する。現実的じゃあない」

 

 駄目元で出した案は即座にボツ。催眠対策どころか、敵のナビまで物理的に電子機器へ閉じ込める確実な方法であったが、流石に通る訳もないか。

 だったら、

 

「ロックマン、催眠光線のデータは取ってあるか?」

『ゴメン……咄嗟のことだから取れてないや』

「了解。じゃ、ちょっくらサンプルでも取ってきますかね」

 

 次善となるであろう別案を実行することにする。

 

「ホワイト殿?」

「みんなが尻込みしてるじゃ仕方ねぇ。ちょっと行ってくらぁ」

 

 戸惑う彼らを置いて指揮所から出て、辺りを見渡す。

 ネット警察やオフィシャルが大々的に動かず、障害であろう光熱斗も催眠で排除したことで相手も一旦活動を停止した様子。

 でなければ俺や五陽田警部もデジタルサイネージや電光標識からの催眠光線にやられていたかもしれない。

 ディスプレイの付いた電子機器の位置を目測で把握し、安全地帯を割り出す。

 

「お供します」

「あっ、うっす」

 

 心配になって顔を出した五陽田警部が俺の盾になるべく動くのも、ここまで来たら拒めず。コソコソと壁を背に移動。んでもって開放的なカフェテラスに置きっ放しにされたPCにプラグイン。

 

「おっとコイツは」

『豆電球?』

 

 あからさまに場違いな豆電球型の設置プログラムを発見。安全地帯までプラグのコードを伸ばし、そいつを【ブレイクハンマー】で破壊すると、

 

「きたきた……!」

 

 犯人のナビは姿を見せないまま、俺の近辺にある複数の電子機器から催眠光線を放ってくる。それらの照射口を直接見るような馬鹿な真似はせず、照らされた先へ起動状態のサイバースーツを放り投げた。

 なんだかんだで大変世話になっているサイバースーツ。主に使用しているのは身体全体を光で覆い、変装する機能ではあるが、その前段階として変装元となる物をスキャンする機能が存在する。

 陰影も常時しっかり反映されている以上、光すらもデータとして取り込んでいる筈だ、と当たりを付けた俺はサンプル採取の為に利用したという訳である。

 一定時間浴びせた後はさすまたでサイバースーツを引き寄せて回収。急いで指揮所に戻って再度名人さんへ通信を繋ぐ。

 

「名人さん。催眠光線のサンプル回収したんで解析お願いしやす!」

「本当か!? 後はさんはいらない!!」

「このデータがあれば対抗手段くらい作ってくれるでしょう?」

「それが私の仕事だからな! 任せたまえ!」

 

 露骨に張り切る名人さんとの通話を切った後、採取したデータを送信。

 

「聞いての通り、催眠への対抗手段は科学省の名人さんからのバックアップが受けられる見込みが立ちました」

「本当でありますか!?」

「えぇ。これで解除する手段さえ発見できれば外からの応援も期待できるでしょう」

 

 俺からの報告に彼らが活気付く。とはいえ、これで犯人を刺激してしまった為、撤退は難しくなったことだろう。

 かといって街の人たちほっぽり出して、おめおめと逃げ帰るのも違うだろうし、解決の糸口になれば良いのだが。

 これで原作通りだと犯人のネットナビ倒さない限り解決しないらしいが、それは流石にハッタリだろうと信じたい。

 ともあれ、俺たちのできることは終わったか? 

 安易に避難云々を提言してみたものの、いざ実際外で催眠光線が飛んでくる光景を目にしてみて考えを改めた。

 原作を参考に折り畳み式の完全遮光の日傘を持ち込んだはいいものの、あの複数照射を全ては防げまい。完全遮光のカーテンを現地調達、というところまではリスクも犯せなかった。

 後、既に催眠状態の人たちを肉壁に進む外道行為も流石に踏み切れなかったわ。

 

 後は外部からの応援に合わせてどう動くか、打ち合わせをしようとした丁度その時、各々のPETへ無差別に通信が入る。

 

「暗号通信……犯人からのアプローチでしょうか?」

「繋げ。逆探知も忘れずにな」

 

 通信班のひとりが相手からの通信を開始。しかし、その応答は五陽田警部が代表して受けるようだった。

 

「見つけたぞ隠岐渡!」

 

 開口一番、中華風の装いに、長く伸ばしたもみあげと頭頂部以外を綺麗に剃り上げた男がそう吠えた。

 鋭く吊り上がった目元には赤いメイクが施されていて、どことなく中性的に思わせる雰囲気の彼は西古レイだ。

 

「お前の目的はなんだ?」

「お前じゃあない。隠岐渡を出せ」

 

 五陽田警部の言葉に応じるつもりは無いようだった。西古は両手を袖の中に隠し、目を閉じる。

 

「警部、隠岐渡というのは?」

「……オフィシャルホワイト殿の名だ。そうですね?」

「えぇ、はい」

「何か因縁がおありで?」

「まさか。初対面ですよ」

 

 因縁があるとすれば、WWW総帥の方だろう。とはいえ、俺の顔が西古にまで共有されているとは思わなかったが。

 

「ともかくこれは好機です。ホワイト殿、交渉役をお任せしても」

「良ければ後ろで助言を貰っても?」

 

 本職小学生だっていうのに、今世に入って随分交渉をするようになったものだ。笑えるぜ。

 

「お望みのご対面だ。嬉しいかよ?」

「あぁ。嬉しくて笑えてくるさ隠岐渡! ()()()出し抜いてくれたお前に会えたことになァ!!」

「またも?」

「お前なんだろう? テトラコードを隠し持っているのは!?」

 

 西古の確信した物言いに俺は頬の内側を噛んで感情が表に出るのを防ぐ。

 あぁ、そうだ。今回もWWWの奴らが求めるテトラコードを先んじて確保したのは俺だ。しかし、俺がやったという痕跡は残していない筈だ。なのに、どうして。

 

「ワイリー様がそう仰っておられたのだ。隠岐渡ならそうすると」

「それだけで、お前は信じるのかよ?」

「当たり前だ。世界が私を見捨てた中、ワイリー様だけは違った! ならば私がワイリー様のお言葉を疑う筈が無いだろう?」

 

 盲目的な西古の発言に思わずうげぇと声を漏らす。

 ワイリーのカリスマ性がなせる業なのか、それともそういった精神性の人間がWWWに集まるのか。

 

「まさか俺を呼び寄せる為だけに、こんなことを?」

「隠岐渡は人を見捨てられない。催眠を解くのはフラッシュマンにしかできない! さぁ、テトラコードを渡せ! 隠岐渡!」

 

 俺を釣り出す為だけに大規模な催眠騒動を起こした以上、野放しとなった人たちをそのままにしておく保証はない。

 

「ホワイト殿? テトラコードとは?」

「聞かない方が身の為ですよ? ……わかった。お前の要求に応じる」

「よろしい。ではお前ひとりでJO-MONのデンサン支店に来い」

 

 俺が頷いた途端、あっさりと通信が切れる。随分と素直な大人だ。

 

「引き続き、引き渡しの方も俺をご指名という訳でして。行って参りますわ」

「本当に大丈夫で? 彼奴が欲するものなど、碌なものではないでしょう?」

「まぁ、人の命には代えられないんで。それより奴の注意は俺が引きつけます。その間に避難の準備を進めてもらえませんか? それと――」

 

 やんわりと引き留める五陽田警部に苦笑いを返し、俺は指揮所を出る。

 それからジョーモン電気のあるサイネージに向けてゆっくり足を運ぶも、催眠光線は飛んでこない。それは勝ちを確信しているからか、あるいは遠隔では催眠の内容を細かくコントロールできないからか。何にせよ、まだまだ足掻くチャンスはあるってことだ。

 

「奥にあるスタッフルームに来るがいい」

 

 自動ドアを潜った途端、流れた簡潔な店内放送に従って俺は足を進める。店内にも相変わらず理性を失った人たちが徘徊していたものの、道中邪魔されることはなかった。

 

「来たか隠岐渡!」

「大声で言わなくても聞こえてるよ」

 

 念願のご対面だからか、西古レイは随分とご満悦な様子だ。無防備にこちらへと歩み寄り、堂々とした仕草で俺を見下す。

 

「テトラコードは?」

「外付けのSSDに入ってる。その前にひとつ聞いても良いか?」

「良いだろう。私は実に気分が良い」

 

 余裕綽綽の態度、実に助かる。俺はスタッフルームにあるディスプレイの位置をさりげなく把握しながら話を続ける。

 

「西古はテトラコードの使い道を聞かされてんのか?」

「あぁ。電脳の怪物、それの復活に必要なのだろう?」

「今ある社会が完全にぶっ壊れて、多くの人が死ぬぜ?」

「私を見捨てた社会に何の価値がある? その壊された先にワイリー様が作り上げる世界にそのような弱者は必要ないのだろう?」

 

 恨みで目が曇っているのか、それとも人が死ぬことを軽く見ているのか。西古の言葉は実に薄っぺらいものだった。

 

「さぁ、お喋りはもういいだろう? テトラコードを出すんだ」

「はいはい」

 

 リュックを下ろし、SSDを取り出すと西古に向けて滑らせる。それを彼が手に取り、PETへ接続するのを見て俺は走り出す。

 

「おぉ! これがテトラコード――」

「おらァ!!」

 

 初撃のスタンガンは奴の袖をかするだけに終わる。だが、本命は右手でノールックで行ったプラグインの方だ!

 

「お前一体何を……」

「これだけ近くに寄ればお前にも当たるだろ?」

「ガキ風情が! 大人を舐める――」

 

 興奮した西古が大きく拳を振るうが、まるっきり喧嘩慣れしていないのが見え見えだ。過剰に火花を散らしたスタンガンを突きつけて牽制し、相手の周りをウロチョロと動き回る。

 日暮さん程でないにしろ、ひょろい大人相手なんぞ怖くもない。

 

「お前! 人質がどうなってもいいのか!」

「既に俺のナビを送り込んだ。お前のフラッシュマンが露骨な隙を見せればどうなるかわかるよな?」

『西古! どうする?』

「形勢を五分にまで持ってきたつもりか? こっちはお前かお前のナビを抑えれば終わりだ。やれフラッシュマン!」

「シアン! わかってるな?」

『もち!』

 

 俺もシアンもやることは変わらない。時間稼ぎという名の鬼ごっこだ。

 一度プラグを引き抜き、着かず離れずの距離でステップを刻む。不格好に繰り出されるテレフォンパンチをしゃがみこむ姿勢で回避。続けてのローキックを床を蹴って後退。

 相手との距離が生まれるが、シアンに割いた注意のお蔭ですぐさま催眠光線が発射されることは無いようだった。

 

「フラッシュマン!」

「遅ぇ!」

 

 西古が指示を出すのと同時に折り畳み傘を広げてガード。その隙に相手との距離を詰める。

 

「ええい、ちょこまかと!」

 

 俺を近付かせたくないからか、キャスター付きの椅子を掴んで振り回そうとするも単純な筋力が足りていないからか、その動きは鈍い。

 その隙を突いて回り込み、胴体へスタンガンを突き出すも催眠光線が脇から飛んできて追撃を許さない。

 

 それから何分経過しただろうか。

 お互い息が上がり、西古よりも散発的に打たれる催眠光線の方が厄介に思えてきた時、

 

『オート電話ガ ハイリマシタ』

「待ってましたぁ!!」

 

 PETにシアンがいない為に緊急用のプログラムが起動。音声認識で繋げるように指示してみれば、名人さんからの声がする。

 

「隠岐くん! 催眠解除用のプログラムを指揮所に送信した! こちらも消防隊と連携し、救護活動を行う」

「了解!」

「それがどうした! 奴らが来る前に人質がどうなっても――」

「俺と遊んでいる間、大人たちが仕事してねぇとでも?」

「何だと? フラッシュマン!」

 

 西古の指示によって大きなディスプレイに監視カメラの映像が流れる。

 そこには各地にあるディスプレイを地に伏せるか、破壊して回るオフィシャルたちの姿があった。それに加え、復活したマサさん、サロマさん、熱斗が次々に催眠を解いて回っている。

 

「形勢逆転だな」

「まだだ! お前さえ倒せば……! フラッシュマン!」

 

 もはや負け惜しみをする西古は俺を追うのをやめて己の相棒がいる電脳世界に向き合う。ならば俺としてもその勝負に乗ってやろうじゃないか。近くの機器にプラグインしてシアンとの通信を回復させる。

 

『おっそいよワタちゃん!』

「悪い悪い。でもお前、被弾してねぇじゃねぇか」

『そういう問題じゃない!』

 

 ぷりぷりと怒るシアンに軽く謝罪を述べつつ、ステータスを確認。

 プラグを抜く直前にスロットインしておいた【ロングソード】と【スプレッドガン】数枚だけで良く頑張ったものだ。ただし、流石にバリアは使い切ったみたいだな。

 

「反撃開始といこうや。【バッドスパイス】、【トップウ】、【バンブーランス】」

 

 相手が攻撃モーションに入った隙をついて混乱付与する粉を前方にバラまき、ウィンドボックスを召喚してフラッシュマンを後方へ吹き飛ばし、その背後から迫る竹槍が彼の身体を貫く。

 

「フラッシュマン!!」

『ヒプノシス・フラッシュ!!』

 

 苦戦を強いられるとわかった途端、初見殺しの催眠光線が俺のPETから放たれる。だが、

 

「来たな馬鹿が! それはもう知っている!」

 

 PETを裏返し、西古に向けて催眠光線を発射。けれど、思った以上に射程距離が短く、不発に終わる。

 

「続けろフラッシュマン! 奴の援護さえ無ければ――」

「と思うじゃん?」

『A1 F4』

「【カースシールド】、【エリアスチール】、【トルネード】、【アタック+10】」

 

 シアンから飛んだ指示に従い、俺はPETとチップを持ち換え、スロットインする。 

  

「な、なんだそれは……」

「何ってそりゃあ普段と逆のことをしてるだけだよ」

 

 俺とシアンはずっと前から戦術を共有している。パターンを複数用意し、相手の動きに合わせて都度切り替えて戦っている。

 だから俺がわざわざ指示しなくともシアンも最適解で動くことができる。すなわち、今回はシアンが俺を指示してバトルチップを要求してきただけの事。

 これは後々俺がいなくなっても、シアンが『渡』に指導できるよう仕込んだのもある。

 

「まぁ【ブラインド】状態で戦うよかずっとマシだぜ」

「そんなバカな話があるか!!」

『ワタちゃん! アレ!』

 

 ヒプノシス・フラッシュとは違った光がPETの背面からも見えた。

 

『フラッシュライト。お前は動けん!』

「でかしたフラッシュマン! そのまま――」

『なんてね』

 

 俺からは見えないものの、原作と同様の効果であるならば、フラッシュライトは実に厄介な攻撃だ。

 ダメージこそ無いものの、全体攻撃かつ麻痺付与、ブレイク性能、【インビジブル】貫通と、盛りに盛られたぶっ壊れで、序盤のボスに渡しちゃいけない性能を誇っていた。

 だから『3』にてそれを再現したフラッシュマンのナビチップは猛威を振るったものだ。Fコードでお手軽にコンボ繋げるのは卑怯だろマジで。

 

 ただし、今のシアンならば。ステータスガードを搭載したシアンであるならば、麻痺した振りをするだけで相手を簡単に誘導できる、初見殺しと成り得た。

 

「【カスタムソード】」

 

 それは店売りのバトルチップで随分と面白い効果を持っている。

 原作ではドリームソード並みの攻撃範囲を誇り、カスタムゲージが満タンに近ければ近い程、威力が上がり、最大で256というスタンダードながらも破格な攻撃力を持っている。

 ただし、それ相応のリスクもあり、ゲージが満タンになってしまえばシリーズによって威力は0、のけ反りすら起こらないこともあるピーキーな性能をしていた。

 

 さて、俺のいる世界ではどうなのか。

 ゲーム版の共通規格と違い、カスタムゲージの仕様も変わっていたりする。でなければ、シアンはこんなに超高速でチップ回しできる筈もあるまい。

 で、肝心の内容はといえば、カスタムゲージがなんと5本もある。満タンとなったゲージはストックされ、持ち越すことも可能。

 つまりは、だ。逃げ回ることでフルとなったカスタムゲージを程良く減らし、4本分以上となった【カスタムソード】の威力は――1000を超える計算となる。

 

『――』

 

 断末魔すら上げさせない余裕のオーバーキル。

 最後っ屁の自爆技シャイニング・ブラウザ・クラッシャーなんぞ許す訳ねぇだろうが。せっかくもらったばかりのPET壊されちゃ堪らんわ。

 

「そんでお前もさよなライオン」

 

 呆然とする西古に追い打ちとしてスタンガンを押し当て、気絶させる。ついでにテトラコードの入ったSSDも無事回収。

 

 ランク制度を導入し、競争意識を煽るWWWの行動方針だからか、楽しい仲間がぽぽぽーんする事もなく。

 俺は床に全身を投げ出し、脱力するのだった。 




〇シャイニング・ブラウザ・クラッシャー

 原作のフラッシュマンがデリート際に放った技。効果は相手のPETのトランスミッション機能を破壊するとのこと。
 ぶっちゃけ、相手のPETに干渉できるのなら、今回の話みたく相手のPETから催眠光線放てるやろ、という妄想。
 
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