会議室の外に出た頃には陽も傾き、窓から差し込む陽光は橙色に染まり、眼下に広がる景色もまた包まれるようになっていた。
現在の時刻を見て慌てて飛び出す熱斗を見送り、気取った様子の炎山にも別れを告げた俺は、
「それでは早速参りましょうか」
「えぇ」
五陽田警部に促され、覆面パトカーに乗り込む。テトラコード所持の一件により、またもや護衛付き生活が始まる為だ。
一旦、俺の家に寄って当面の着替えや生活必需品などをトランクに詰め込み、通学で使うリュックの他に、バトルチップや機材を詰め込んだリュックを持って再度彼の車へ。
そうして運ばれること十数分、着いたのは警察の独身寮だった。
「ここなら若い連中が幾らでもいるので警護には困らんかと」
「トラブル持ち込んだみたいで申し訳ない気分ですけどね……」
エントランスで年配の寮母さんから鍵を受け取り、階段で5階まで上る。身体を鍛える目的かどうか知らんが、エレベーターは寮母さんか配達員、視察などに来た幹部以外使用禁止とかふざけてんだろ。現代日本じゃねぇだろ、そんな規則。
時折、俺の姿を見て不審がる顔をする若者たちとすれ違いながら階段を上り切ると少し息が上がってしまった。見た目からして40近いだろう五陽田警部は全く息が乱れていないのは何か悔しい。
俺たちが与えられたのは角部屋ではあるが、内装は他の部屋と変わらないらしい。
8畳の広さに、簡素な二段ベッド、学習机が2つ、申し訳程度の小ささのクローゼットが備え付けられていた。
1階に食堂があるからか、キッチンらしきスペースは見られない。風呂も共同の大浴場を利用するらしい。幸いなことにトイレだけは各部屋にあるっぽい。洗濯もランドリールームで各自行うのだとか。
「五陽田警部の荷物はそれだけですか?」
「えぇ。人間、必要最低限のものがあれば事足りますとも」
後から荷物を運び込む事も無いらしく、五陽田警部の荷物は小さなボストンバッグに収まるくらいの少なさだった。
替えの制服に下着類、電動シェーバーにそれ用のジェル、歯ブラシ一式、ボディソープとシャンプーと、出張するサラリーマンとてもう少し何か持っていくだろう。
「あー……別に俺への遠慮はいりませんよ? 室内での喫煙だけは勘弁願いたいですが」
「煙草は肺に悪いのでやっとりませんし、酒も付き合い程度ですな。自分で言うのも何ですが、つまらん男ですよ私は」
そう言って五陽田警部は自嘲気味に笑う。
何となくストイックというか禁欲的な雰囲気ではなく、枯れた男の哀愁さみたいなものを感じ取って、俺は思わず話を続ける。
これから共同生活を送る間柄として、世間話のひとつでもできるくらいには打ち解けたかったからだ。
「それでも何かひとつくらい趣味は無いんで?」
「妻にせがまれてジャズバンドでドラムを少々嗜んでおりましたが、今はもうめっきり……」
「えっと……」
「あぁ。亡くなった訳ではありませんよ? 単純に私に愛想を尽かして出ていかれただけです」
短く刈り上げた自分の頭を軽く叩いて五陽田警部は笑う。あえて明るく振舞っているつもりなのだろうが、ほうれい線がくっきり浮かぶ頬は少し垂れ下がったままだ。
「五陽田警部」
「別段珍しい話でもありませんよ。特別取り柄の無い私が、唯一誇れることがこの仕事でした。妻や息子を養う為に、と使命感に浮かれ、職務に埋没していたのが実によろしくなかった。家庭を顧みず、寂しがる子供を何年もその腕で抱き上げていやしない。父親としての責務を果たせなかった男の末路としては当然の報いです。だからホワイト殿が気に病む必要はありませんよ?」
五陽田警部の淡々とした吐露に、俺は何の慰めの言葉も出せなかった。彼が不器用な男だというのは、その語り口だけでも十分伝わってきた。だから、彼の思うように同情はしている。
けれど……前世で大人だった筈なのに、社会人として多少なりとも辛酸を味わっているのに、俺は憤りを覚えていた。
勝手に前世の父と重ねて、僅かに嫌悪すらしている。そんな自分が嫌だった。
もう割り切っていたつもりだったのに、一度自覚してしまえば、蓋をしていた筈の子供染みた感傷が隙間から溢れて、脳裏に言葉となって浮かぶ。
――その態度は贖罪のつもりか?
直視したくない醜い感情がへばりつく。あぁ嫌だ。こんなこと、考えたくもないのに。終いには『渡』を現在進行形で寂しくさせている隠岐英さんにまで飛び火してしまいそうで本当に自分に反吐が出そうだ。
(代わって)
荷解きの手も止まり、思考が無駄な感情に振り回されている中、それらが強引に押しのけられる。珍しく語気の強い『渡』の意思に逆らうことなく、俺が沈むと同時に『渡』がこの世界に表出する。
「その後はお話したんですか?」
「え?」
「ですから、奥さんから別れを切り出された後、自分の気持ちを伝えました?」
「いいや。元はといえば自分の身勝手さが招いた事。私に何か言う権利なんか――」
「言わなきゃわからないんです。伝わらないんです」
自罰的に顔を伏せる五陽田警部に対して、『渡』はその面を両手で掴むと強引に視線を合わせる。
「実際に確かめてもいないのなら、それはただの思い込みです。勝手に自分で結論付ける方が卑怯です」
「しかし……」
「きっと貴方の事を恨んでいるかもしれない。もしかしたら貴方を忘れて生活しているかもしれない。けど、まだ貴方を家族だって思いたい気持ちだってあるかもしれないんです」
「……」
「ぼくは子供で、男です。だから奥さんのことは見当違いの事を言っているかもしれません。でも、同じ子供の気持ちならわかる。今更でも何でもいい。ぼくは父さんに会いたい」
それは拙い願望だ。希望的観測にも程がある。自分の気持ちすら綯い交ぜの子供らしい我儘をぶつけている。
けれど、確かに『渡』が口にした事で五陽田警部に伝わった事はわかった。表情筋まで不器用な彼の顔が、なんともみっともない事になっていたから。
「今更で、いいのか? 不出来な私が父親面をして?」
「正直会ってみるまでわかんないです。でも、駄目だったらぼくも謝ります。許してくれるまで何度も」
言うだけ言って満足したのか、『渡』が意識を手放して入れ替わりを強要してくる。抗う理由も無い俺はそれを受け入れると、気まずい中年と元アラサーが取り残される。
何か解決したような雰囲気出してるけど、普通に気まずいんだが。
「ホワイト殿。私はこれからどうすれば……」
「とりあえず奥様にアポを取られては?」
「……電話番号が変わっていて連絡が取れん」
「弁護士を通じて面会交流権を求められないんで?」
「調停には妻の唯々諾々で従いまして。正直、私の意見が通るかどうか……」
うーんこの及び腰。まぁ、大人になったら腰が重くなるのもわからなくもないのだが、流石に『渡』の頑張りを無碍にする訳にもいかない。
「何かきっかけがあれば動けます?」
「情けない話ではあるが……」
奥様と数少ない繋がりとしてジャズバンドがあるけれど、生憎俺では力になれそうにない。後は息子をきっかけに歩み寄れればいいのだが、大きくなった彼の好みが五陽田警部にわかる筈もないか。
確実性があるとは言えないが、俺もやれるだけの事はしよう。
「ひとまずN1グランプリに参加しましょうか」
「私が、ですか?」
「仕事柄、ある程度ネットバトルの経験はあるんでしょう? ならアピールに使わない手は無いでしょう」
現代日本に良く酷似したニホンには娯楽が溢れかえっている。漫画にアニメにゲーム、様々なサブカルチャーが鎬を削る中、ネットバトルは世界中で人気を集めており、N1グランプリも当然注目度が高いと思われる。
ホビーアニメ特有の熱量が現世においても反映されており、恐らくその息子さんも例外では無い筈だ。
「俺への護衛優先で他の仕事は入っていないんでしょう?」
「え、えぇ」
「なら問題無いですね。さくっと予選突破して本戦で顔を売ってやりましょう」
お父さんが実は凄い人だった、なんて展開、子供なら大好物だろうしな。聞いた感じ、仕事のせいで疎遠になっていただけで特別悪感情は無いと思われる。母親から悪口吹き込まれていたら知らんけど。
『渡』の言う事を信じるならば、今は後ろ向きな事を考えず、とにかく行動に移ろう。五陽田警部へPETを出してもらい、早速エントリーを済ませてもらうとしようとするのだが、
「五陽田警部」
「なんでありましょう?」
「このナビ、何世代前のヤツですか?」
「はぁ、ドギーのことでありますかな? 何分、先輩から譲り受けたものをそのままオペレートしている為、勝手がわからない所存」
ドーベルマンのようにシュっとした面持ちに、交通機動隊を思わせるヘルメットと制服、肩にパトランプを乗っけた独特のデザインをしたネットナビには相応のカスタムが施されていた。
ただ実直に言って、型落ち感が半端ない。先輩から譲り受けてから全くの手付かずだったのだろう。ドギーのバージョンアップが全くされてやしねぇ。
通常、プリインストールされた一般ナビ、あるいはノーマルナビはPETのOS更新に合わせて自動的にバージョンアップされる仕組みとなっている。
が、カスタムされたナビだとパーツ自体が違ってくるのだから当然適用はされない。だからオペレーター自ら随時更新していく必要がある訳だ。
PETの端末が物凄いスピードで移り変わるのと同様に、内部のソフトウェアも勿論信じられないくらいの速さでアップデートされていく為、昨今だと1年前のモデルで時代遅れと言われるレベルだったりする。
ぶっちゃけその分、経済的負担も大きくなりがちだ。ただプログラマーの腕次第でいくらでも軽減できる面でもあるのだが。
旧シアンの場合だと根幹の頭脳部分とチップシステムの更新だけは念入りにしておいた。ただ今回は名人カスタムだから俺の手に負えるか心配な模様。
ロックマン? アイツはハッキングパパが特別製のPET用意する度に何かしてるだろ。仮にしてなくとも光正博士も関わっているっぽいし、オーバーテクノロジーと言われても驚かねぇわ。
「……予定変更。早急にドギーを組みなおしましょうか」
「か、畏まりました!」
それとなく話を振ってみた感じ、プログラマーとしての基礎的な知識も欠けていた為、俺主導でドギーのバージョンアップを進めていく。
基本構造は耐久低めの中、近距離型。4つの専用装備を切り替えるシステムは骨子はそのままに最新の形を整えていく。
ネット警察が使うだけあってか、犯人ナビのログ追跡機能も搭載か。オミットする訳にもいかないので、こいつも最新式のものを要請。経費で落ちるって素晴らしい。
「できた……」
途中、飲食や風呂を挟みながらも日付が回ったところで完成した。
市販のデータに随分頼った為、その分、五陽田警部の財布にダメージがいっただろうけれど、これでもネット警察側が何割か負担してくれるらしいからズルいわ。
『それでは申し込みの方、行って参りますワン』
人格データは全くのノータッチであったが、なんだこいつ。凄ぇあざとい。バリトンボイスでその語尾は完全に狙ってんだろ。
真面目な顔してパトランプ光らせるの卑怯だ。深夜テンションで笑っちまうわ。
「何から何までお手数をお掛けして……」
「その分、五陽気田警部にも頑張ってもらいますんで」
一次予選は敷居が低くされているからか、難なく突破。ウイルス相手のバトルも性能でゴリ押ししている部分は否めないが、基礎的な部分は問題無し。
後は事件の合間にどこまで仕上げられるかが勝負だな。
独身寮に移ってから数日が経過したものの、WWWに大きな動きは見られなかった。
西古が捕まったことで警戒を高めたのか、それともテトラコードの所在が掴めていないのかはわからない。
何にせよ空いた時間でオフィシャルのデータベースにアクセスして新生WWW団員の情報が無いか調べたり、依頼や小さい事件に介入して五陽気田警部とドギーに実践経験を積ませたり、秋原小学校や町内会の知り合いから流行の情報を集めたり等。
俺のできる範囲で動いてはみるのだが、WWW団員の方は空振り。五陽田警部は歳のせいか飲み込みが遅いし、ドギーはドギーで時々やらかす為、前途多難。流行云々だけが唯一の収穫といっても良かった。
(ゲームやりたい!)
そんな訳で不満の溜まった『渡』のガス抜きも兼ねて秋原駅前のゲーセンに向かってぶらぶら歩いていたところ、
「ちゅまちぇーん!!」
往来の中、小さな人影が叫んでいることに気が付いた。
キューピーみたいなトンガリ頭に、『渡』よりも更に地味めな顔立ち。小柄で細身の体躯からは似ても似つかない大山デカオの弟、大山チサオである。
原作だと兄が現れるまでメトロの入口を塞ぐ、といった迷惑行為をするクソガキなのだが、今世では駅員の隣で泣きべそかきながら声を上げていた。
おそらく原作と違って駅員が叱るなり何なりしたのだろう。今世で遅刻しそうになるサラリーマンがいなくて俺は嬉しいよ。
「ちゅーまーちぇーん!!」
しかしながらデカオの親は一体何を考えているのやら。この高度情報化社会で連絡ツールのひとつも持たせず、小さな子供をひとりで行かせるとか正気かよ。
「むっ、迷子の子供ですかな?」
「友達の弟さんですね。すぐに迎えに行かせますわ」
『弟は預かった。駅前で待つ。返してほしくば給食のデザート1週間分と交換だ――送信っと』
アホみたいな文面を送ったシアンに、シオンタウンBGMを流して悶絶させる。オラッ、ついでにポケスペのトラウマも呼び起こしてやんよ!
『みぎゃああああ!!』
「チサオに対して洒落が通じない奴に何しやがんだ」
「ホワイト殿?」
「駅員さんが面倒見てくれていますし、我々は気にしなくても良いでしょう」
(ゲーセンがぼくらを待ってる)
と『渡』がご期待のところ悪いけれど、やるべきタスクができてしまったのでそちらを先に消化させてもらうとする。
人が行き交う駅前周辺を、目を皿にして見渡す。新学期始まってから目的の人物を探し続けているのだが、なかなか見つからない。
原作では結構チラ見せしていたし、秋原町近辺にはいると思うのだが。
「いたァ!!」
「ホワイト殿?」
果たしてその人物はこぢんまりとした喫茶店の中にいた。
「いらっしゃいま――」
「待ち合わせっす」
食い気味に店員へ返答した後、ずかずかと目的の人物に歩み寄る。
若葉色の背広に、金色の短髪。豊かに蓄えられた同色の口髭は整えられており、不快に思わせない。
眼鏡の奥に見える緑の瞳がこちらを捉えるよりも先に俺は声をかける。
「貴方はコサック元博士ですよね?」
「君は……?」
「俺は隠岐渡といいます。隠岐英の孫、と言えばわかりますか?」
「そんな君が私に一体何の用かね?」
初対面で一方的に同席したにも拘わらず、穏やかな顔で対応するコサックさんに驚きは見られない。
これで何十年という長い月日の間、ひとつの目的を果たす為だけに放浪していたのだから、少しのことで心を乱す俺とは大違いだ。
「不躾で悪いのですが、貴方にお願いがありまして」
「……科学省の人間では駄目なのかね? それこそ君の祖父はどうなんだ?」
「フォルテの産みの親である貴方にしか頼めないんです」
「フォルテですと!?」
店への配慮として注文していた五陽田警部が素っ頓狂な声を上げるのも無理は無い。何せ『ゴスペル』の最終目標こそがそのフォルテを作り出す事に他ならないのだから。
幸い熱斗とロックマンの活躍によってコピーフォルテの流出は免れ、ネット警察及びオフィシャルは脅威と対面することは無かった。
が、治安維持の為にウラへ一定の理解がある者や、かつてのプロトの反乱を知る者あるいは伝え聞く者は知っている。
伊達に『電脳の破壊神』とは呼ばれておらず、あの化け物に匹敵する被害を引き起こせるポテンシャルを持っている、と。
「フォルテの居場所を知っているのか!?」
そして長年追い求めてきた情報を前にして、コサックさんも平静を保てなかったらしい。手加減など知らないばかりに俺の両肩を掴み、顔を寄せてくる。
「正確な位置までは。WWWと繋がっているのはご存じで?」
「あぁ。Dr.ワイリーの所だろう? その程度なら私でも――」
「コサック元博士じゃ止められませんよ?」
大して情報を持っていないと見切りを付けるコサックさんを強引に押し留める。安い挑発と流される前に次の台詞を紡ごうとしたところで、彼と再び目が合った。
「君が何を知っている?」
「少なくともコサック元博士よりかは」
「この手で作り出した私より? 随分と面白い冗談だ」
「貴方が知るのはかつてのフォルテで、今のフォルテを知らないでしょう?」
「知った風な口を叩くものだ」
「えぇ。何せWWWの本拠地でフォルテと会いましたからね」
自信たっぷりな表情を作り、ハッタリをかます。実際この目で見てはいないが、あの場で何が起きたかは前世知識含めて知っている。
それに偽フォルテを通して、Dr.ワイリーが想定する戦闘データも把握しているしな。単なる虚仮威しでもない。
「だからある程度の想定はできています。けれど、直接接触ができていなさそうなコサック元博士はどうです?」
「無論、対抗策はある」
「良ければそれ、確かめてあげましょうか?」
静かに自信を覗かせるコサックさんへ、傲慢な笑みを浮かべて挑発する。
「君にフォルテの代わりが務まると思っているのかね?」
「そこまでは言いませんとも。ただ俺に負けるようじゃ話にならない」
それに対してコサックさんは期待を裏切らず、PETを取り出した。物分かりの悪いガキに灸を据える優しい人で大変助かる。
俺もまたホルダーからPETを引き抜き、相手のPETと接続。原作ではポピュラーであろうネットバトルの方式だが、今世だと好まれなかったりする。
というのも、他の電脳空間に比べて狭いし、大規模攻撃のせいでPET内のデータが破損する危険性も孕んでいるからだ。それも考慮の上で全く問題視していないのは、余程の自信があるからだろう。
シアンと相対するのは一般のオフィシャルが好んで使うタイプのナビだ。良く言えばオールマイティ、悪く言えば尖った性能が無い、ロックマンの完全下位互換――と判断するのは早計か。
コサックさんは世界初の自立型ナビの開発者。見た目だけ寄せて中身は別物、という可能性もある。というか、ウラにいるナビなんかは不意打ち上等の精神で偽装しているのも珍しくはないしな。
「大口叩いておきながら来ないのかね?」
「初手は譲るって事ですよ」
「よろしい。そこまで見たくば見せてやろう。バトルチップ【ダークネスオーラ】スロットイン」
『うっわ……』
特色の無いナビの全身に集う膨大な闇。途端、それがオーラという形に収まるものの、辺りの空間を蜃気楼のように歪ませる。それを直視したシアンもすぐには軽口を叩けなかったらしかった。
バトルチップの中でも最上位、ギガクラスチップのそれは攻撃力300以下をすべて無効にする恐るべき効果を持っているからだ。
裏ボスを倒した後に入手できる代物故か、チップ単体でもNPCで貫くことは叶わず、対戦でも環境チップの1枚として数えられていた。ホーリーパネル上なら600以下まで無効な為、P.Aですら破れなくなってしまう。
……つってもカタログスペックの話なら、だけども。
「【エアシュート1】」
『てってれれってってってー! くうきほーう!』
「攻撃力20のチップ? そんなもので――何ッ!?」
嗚呼悲しき哉。『3』で唯一の対抗手段は【スーパーキタカゼ】を使う他無かったのだが、今世だと風属性の概念を早期に持ち込んだ誰かさんのせいで、バリア系またはオーラ系は実質ナーフされている。
現に今まで無属性だった筈の【エアシュート】一発で、凡そ全てを阻む【ダークネスオーラ】もあっけなく吹き飛んでしまった。
「とまぁ、環境が一変してるんであんまり過信しない方が良いですよ?」
その光景を前にしても未だに信じられないのか唖然とするコサックさん。
とはいえ、仮に【スーパーキタカゼ】や風属性を抜きにしても、シナリオで使われた【ダークネスオーラ】君は欠陥品だからなぁ……。
『電脳世界が消滅しても私だけは生き残るだろう』と豪語したくせして、フォルテのアースブレイカー2発耐えられない上、ダメージも普通に貫通しているというね。ムービー銃の亜種か何かか?
みんな大好き【ドリームオーラ】君もアニメじゃ大幅ナーフ食らっているし。
初登場時、ナンバーマンのサイコロボム程度で保てなくなっちゃうって何だよ。下位互換だろう【バリア】君の方がよっぽど活躍してんだろうがよ。
「まだだ! 【ダークネスオーラ】スロットイン!」
禁断の二度打ち。エグゼで同名メガクラス以上のチップを使うのはルールで禁止スよね?
えっ、【フォルダリターン】? カスタム11枚バグ? アイツらはルール無用だから……。
「【パラディンソード】スロットイン!」
「しゃーないか。シアン、【シラハドリ】」
『やったろーじゃん!』
あくまでコサックさんが見たいのは対フォルテの実力。【エアシュート】の現仕様を見せられるだけじゃ納得もいかないか。相手の剣戟をいなし、俺たちは揃って笑う。
しかしながら幾らシアンが名人さんの手によって強化されたからといって、フォルテの再現ができる訳じゃない。シューティングバスターもアースブレイカーもそれっぽく真似できないしな。
「【クイックゲージ】、【カウントボム】トリプルスロットイン」
『プログラムアドバンス! 【ギガカウントボム】!』
それでも真正面から【ダークネスオーラ】を突破できない、とは言わない。【カスタムソード】なら一発だったけれど、アレは原作と違ってゲージ全消費のデメリットもあるから使い所がなぁ。
「耐えられ……いや、【ヘビーシェイク3】スロットイン!」
「【フルカスタム】、【エアシュート1】」
巨大な時限爆弾を前に不安が過った相手がブレイク属性で破壊を図るも、空気砲で押し出してその位置をズラす。
あぁ、そうだ。今までのシアンなら【クイックゲージ】を使うだけでも負荷をかけてしまっていた。けれど、強化された今、キャパに余裕がある今だからこそ、【フルカスタム】が併用できる。
【クイックゲージ】により処理能力のブーストをかけた上で、多大なリソースを注ぎ込まれたシアンは通常不可能となっているP.Aの連発が可能となった。
「【スプレッドガン】トリプルスロットイン」
『プログラムアドバンス! 【ハイパーバースト】!』
【ギガカウントボム】による大爆発によって闇のオーラが霧散したほぼ直後に、拡散弾をぶち込む。
それは点火された線香花火の如く激しく光を散らして、相手のHPをごっそりと持っていった。
『わからせ完了!』
「流石にデリートまではしたくないんですけど、まだやります?」
「いいや、充分だ」
コサックさんゆるゆると首を横に振ったのを見てプラグアウト。本来よりも力押しで戦ったけれど、一定の理解は示してくれたみたいだった。
「まさか、とは思ったが本当に【ダークネスオーラ】が二度も破られるとはね」
「まぁ、過信は禁物ということで」
などと口にしておきながら俺としても【ギガカウントボム】で壊せるかどうかは今の今まで半信半疑ではあったけれども。フォルテのアースブレイカーもムービー銃補正みたいのが乗っていた可能性も否定できないし。
「それで? 私に用とは? 今更科学省に戻ってこいと?」
「それも大変魅力的でしょうけれど、戻る気は無いのでしょう?」
「無い」
俺の問いかけにコサックさんは間髪入れずに断言する。
プロトの反乱での科学省の仕打ちは彼としても結構堪えただろうしな。何の罪も無いフォルテへ一方的に嫌疑をかけた挙句、デリートまで敢行したからなぁ。ワイリー程でないにしろ、いい感情は持っていないだろう。
「俺が協力してほしいのは2つ。といっても技術的に可能かどうかわからないので、全て聞いてから判断してもらえませんか?――」
そうして本題とも言える提案を俺は投げかけたのだった。
それから数日後、いよいよ秋原小学校5年生は宿泊学習にてよかよか村へ行くこととなった。
レッツ&ゴーする前に犬飼猛雄の動向を捕捉しておきたかったのだが、過去に犯罪を犯した経歴も無ければ、特に目立った行動を取る事も無い為、結局見つかる事も無くこの日を迎えてしまった。
「チサオのヤツ、無事に着けっかな~」
「温泉楽しみだわ~」
「熱斗、また寝坊してる……」
事前に対策しようにも犬飼は原作でもアニメでも突発的に動いている印象があるからなぁ。原作からして熱斗たちがよかよか村に着いた当日に動物園の新しい園長になり、翌日には事件を引き起こす突貫作業だし。
だからこそ動物たちが暴走、というわかりやすい形にならなければ検挙まで持っていくのが難しい。動物を移送するトラックの経路なんかの確認も行ったけれど、またもや空振りに終わるし。
西古への取り調べも進んでいないっぽいし、難儀なものだ。
(お泊りかぁ……)
結局のところ、普段より俺の警護人数を増やすよう申請し、現場で動ける人員の確保くらいしかできていないのが現状である。
俺個人としては『渡』に満足のいく青春を送ってもらいたいところだけど、その両立はかなり骨が折れそうだ。出発前のワクワク感を台無しにしたくないのに……WWWめ、マジで許せねぇよ。
寝坊した熱斗が集合時間ギリギリに到着したところで、校庭に停車したバスに乗り込む。それからワイワイとした雰囲気の中、バスに揺られること数時間。サービスエリアで昼休憩を挟んだが、半日近くかけてよかよか村に到着した。
一番栄えている筈の駅前すら数メートル進んだ途端、剥き出しの地面へと変わっている。辺りは背の低い商店が並び、高くそびえているのはビルでは無く今時珍しい鉄塔だ。
「は~い、みんな聞いて! 本来なら動物園見学の予定でした! が! 臨時休園ということで急遽自由時間と入れ替えとなりました~!」
「「「「えぇ~!!」」」」
生徒たちが不満を漏らしたところで予定が覆ることもなく、班行動で自由行動となった。
4人1組ということで熱斗たちからあぶれてしまったが、律儀に守る必要もないだろう。現に班員の女子たちも勝手に行動しているしな。
西古と違ってシナリオ通りならば、今の内に――
「隠岐く~ん?」
「何でしょう……?」
動物園へ行く路線バスの確認をしていたところでまりこ先生から声をかけられる。うぉ、すんごい良い笑顔。
「やあ」
そしてその背後から同種の笑みを浮かべる氷川くん。熱斗と絡まないだけでここまで久しぶりの再会になるとは思ってもみなかったぜ。
「よかよか村ってと~っても温泉で有名なの!」
「温泉部としては逃せないチャンスだよね!」
「そうっすか」
「ん~? どうして他人事みたいな顔してるのかな~?」
作ったような笑顔を張り付けたまま、まりこ先生に詰め寄られる。他人事だからに決まってんやろがい!
「ここまで来て参加しない、なんて事はないよね?」
「いやぁ……班行動で動かなきゃいけないですし」
「班員いないけど?」
「いっけね! 急いで合流しないと!」
「大丈夫! 先生が後で言っておくから!」
「教師が率先してルール破んなよ!」
夏休み含めて長期間放置していたにも拘わらず、未だ俺を諦めていやがらなかったのか……!
2人に両腕をがっしりホールドされた状態で温泉街まで強制連行されてしまう。
「ちょ、ま!」
「さっ、行きましょ!」
(おっぱい……)
『渡』ゥ! まりこ先生のおっぱい堪能している場合じゃねぇんだよ!
い、嫌だ! 温泉を飲むのはもう嫌だ! 貴重な時間が浪費されていくゥ!
こんな時に限って、オフィシャルのライセンス提示しても偽物だって決めつけられるし!
五陽田警部! 護衛の皆さん! 護衛対象が絶賛エマージェンシーですよ! だから助けてくださーい!
五陽田警部の持ちナビのドギーですが、マクナイト様の案を採用させていただきました。
微妙に設定を変えてしまって申し訳ない限りです。