WWWを草と笑えない恐ろしい世界   作:じぱんぐ

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45.とびだせ どうぶつの檻

「引き続き一定の距離を保ち、警戒態勢を続けろ」

「はぁ……わかりました」

 

 定時連絡を終えた五陽田は眉根を寄せ、肩を落としつつも隠岐渡の身辺警護を続ける。

 そのやる気の無い返答に、自分の部下であるならいつものように叱責のひとつでも飛ばすところではあるが、応援に駆り出された県警相手にしようとは思わなかった。

 何故ならば護衛対象である渡について何も知らされていなかったからだ。しかし、それも無理は無い。現に教師と友人らしき男子生徒に腕を絡まれて連行されていく様子は至って普通の小学生でしかない。

 身元も科学省所属の隠岐英の孫ではあるものの、英自身は目立った功績を残してはいなかった。過去に色々なプロジェクトに関与こそしているし、主任に着くほどに優秀でもある。が、あくまでその程度。

 その肉親に護衛をつけて生活せねばならない程、やんごとなき血筋でも突出した能力を持った人物ではない。

 また渡自身、公になっている情報があまりに少ない点もあるだろう。成り行きで護衛の立場として白羽の矢が立った五陽田とてその全容は知らされていない。

 それでもテトラコードを所持していた一件によりWWWにマークされた以上、その対策に動かねばならなかったが。

 

「流石に融通も効かせられないか……」

 

 本来であれば秋原地区内、デンサンシティ範囲内であれば管轄のネット警察の持ち回りで事足りた。ところがそれが県外になれば話は変わってくる。

 ネット犯罪が過激化している昨今、ネット警察やオフィシャルにはそこまでの余裕が無い。緊急時ならまだしも、学校行事程度で渡に帯同させる人材をこれ以上割く訳にもいかなかった。

 それでも渡の要望に応え、よかよか村近辺に応援を要請した結果、送られてきたのは50代の警察官が数名。それも長らく現場仕事に出向いていなさそうな、腹の突き出た体型の者ばかりときた。

 地方も地方で苦労が偲ばれるが、現場で働く身としては堪ったものではない。

 

「と言いたいところではあるが……」

 

 それも目の前に広がる平和な光景では已む無しか。

 観光シーズンともあってか、よかよか村は様々な観光客で賑わっている。家族連れ、にしては子供の姿が多く散見される辺り、秋原小学校以外からも団体客が訪れているのかもしれない。

 

(レイジ……)

 

 ふと五陽田の脳裏に息子の姿が浮かぶ。別離してから数年、年頃としては小学校も高学年になっているぐらいだろうか。

 子供の成長は早いもので、五陽田の知る息子とはすっかり様変わりしているかもしれない――

 

「っ!?」

 

 叫ばずにいられたのは偶然息を吐き出したタイミング故だった。咽せながらも五陽田の目は通りがかった少年から離れられない。

 最後に撮った家族写真と変わらない、幼さが残る顔。息子のレイジだ。

 堅物の自分とは違い、上手く周囲に馴染んでいる様子を見て何とも感慨深い気持ちに陥る。

 

「……イカンイカン」

 

 数秒程、意識が遠くなっていた五陽田は首を振って職務に戻る。仮に護衛任務の最中でなくとも、声をかけられたかわからない。彼はそういう男だった。

 

 

 

 

 

 あれから強制的に温泉巡りへ付き合わされること数時間。結局、氷川くんの監視の目が厳しく、脱走することも叶わず、集合時間を迎えることとなった。

 その間、特段騒ぎがあった等の連絡は入らなかった事は不幸中の幸いではあったが。

 

「はぇ~デッカー!!」

 

 恥じらいも無く大声を上げる熱斗に倣い、『渡』も大きく構えた旅館を見上げる。

 何百あるいは何千枚と規則正しく並ぶ瓦屋根に、年季の入った木造の壁、デカく掲げた『うらかわ』の看板。広く開放的な玄関を潜れば、期待を裏切らない純和風の内装が目に飛び込んでくる。

 

「ようこそ、おこしやす」

 

 そんな秋原小学校一同を出迎えたのは女手一人で切り盛りする和服姿の品の良い中年女性、浦川キミエさんだ。あのまもる君の実母だけあって、どことなく雰囲気が似ている気がする。

 女将自ら案内を受け、女子は1階の、男子は2階の中程いった辺りの大部屋に通される。

 

「オレここ!」

「雑に布団引いてんじゃねーよ! スペース考えろダボ!」

 

 気の早い連中が陣取り合戦を始めているのを横目に『渡』が押し入れの中に荷物を置く。

 おい……前世の修学旅行であったエピソード真似すんじゃねぇよ。アレは人数分の布団と机、荷物のスペースだけで足の踏み場が無くなる、っつう事態の解決手段として生み出された悲しきエピソードだぞ。

 ドラえもんの真似、と言えば聞こえが良いけれど、完全にイジメだったからな。お調子者ポジの奴が一発ネタでやるならまだしも、普段目立たない奴が奇人アピールとかイタいからやめとけってマジで。

 

(寝相対策とか?)

 

 自分で考えといて疑問形かよ。とにかくやめなさい。

 

(はーい……)

 

 『渡』が黒歴史を歩まぬよう矯正しつつも、基本的には彼の自由にさせておく。どうせ今は人の目が多いしな。

 荷物の整理を終えたらすぐに宴会場と使われるだろう大部屋に集められ、早めの夕食。場所柄か、山菜や川魚が多い献立に周囲からのブーイングが少なからず上がる。

 気持ちもわからなくもないけれど、一応の面目としてよかよか村には学習しに来ているからな。それに普段口にしない食材との出会いというのも大事だ。

 意外と自分の口に合う食材が見つかるかもしれないし、調理師の腕によっては苦手な食材の克服に繋がる機会にもなる。だから食え。

 

(うへ~……)

 

 食事の後は、時間帯で貸し切りにしている事もあって風呂の時間だ。小学生の生活に合わせたスケジュールだけあってやけに早い。昼間にふやけるくらい湯に浸かったのだけれども意外と『渡』は入浴に乗り気だった。

 1階の渡り廊下を抜けた先に男女に分かれた暖簾があり、銭湯で見かける簡素な木製ロッカーに脱いだ衣服を入れて。ボディタオルを手に引き戸を潜れば、開放的な露天風呂が目に入る。

 うん。昼間に似たようなもの散々見たから情緒のクソもねぇな。

 備品の石鹸の上に木製の椅子を乗せてボウリングの真似事をするガキンチョ共の脇をすり抜け、『渡』は壁をじっと見つめる。

 おう。昼間でまだ懲りてなかったのかよ。

 

(まりこ先生との混浴期待してたのに……!)

 

 そのリベンジに覗きとはスケベ根性も大したものだ。このご時世に危ない思考しやがって。古くから続く名物旅館でそんなヘマがあるかよ。

 旅館が古い見た目だからって内装までボロいっつうナイーヴな考え方は捨てろ。

 

(おじいちゃんが言っていた……風呂に来たなら覗くべきだって)

 

 最低の受け売りやめろ! 指を立てるポーズまで寄せやがってこのおバカさんは……!

 主要キャラの熱斗とデカオは全うに風呂を楽しんでいるというのに。まだ後ろでチン〇ンの大きさ比べしている奴らの方がマシだろ。健全かどうかはさておいて。

 女子たちのサービスカット? 原作にも無かったもんはここにもねぇよ!

 

(でもこのお風呂って……)

 

 ライオンを象った像から出る濁り湯を睨み付けるようにしながら、『渡』は湯に浸かることを躊躇する。

 まぁ……その、ね、うん。原作だと脱走したカバが男湯でアレまき散らす事件があるからね。気持ちはわからなくもない。

 

 シャワーだけ浴び、少々気落ちしながらも大部屋に戻ると早速枕投げ大会の開幕。温泉卓球といい、一風呂浴びた後に汗をかくのはどうなんだろうか。

 ここまで原作通りの流れではあるけれど、ゲームと違って浴衣姿の女子たちの姿はない。風紀的には当然のことではある、が。

 

「女子部屋に行く勇者はいないか?」

 

 各々体力を消耗し、小休止に入るタイミングで『渡』と入れ替わり、周囲にそう投げかける。途端、ざわりとする空気。思春期入りたて連中の視線が俺に集まる。

 

「な、なんだよ急に」

「つーか誰だよオマエ?」

 

 動揺する素振りを見せながら、隣のクラスらしき男子がそう問いかけてくる。空気も読まず、陰キャが急に出張ったことに対する拒否反応は思いの外少ない。前世より優しい子が多いな、この学校。

 

「突然どーしたワタル?」

「ワタルってもしや……あの隠岐渡か?」

 

 不思議そうな顔をするデカオに、驚く隣のクラス一同。はてさて、俺の名前に驚く要素などあっただろうか?

 

「トイレで用を足す時に音楽流す頭のおかしい奴で」

「下級生相手に大量のチップ押し付けて泣かして」

「魚屋とチップ屋を裏で操り」

「不登校の伊集院炎山とデキてるって噂の?」

 

 一斉に飛び出してくる噂話に伴い、彼らの目が奇異を見るようなものに変わる。同じクラスの連中も納得した風に頷くのは何故だ。

 確かにトイレで音楽流すのは俺としてもヤベェの一言ではあるけれど、一度PETを席に置いておいたらシアンが女子たちに私生活をリークしやがるから仕方ない措置だし。

 大量のチップ押し付けたのだって、30枚の【メットガード】を【バスターガード】に改造するサブイベをこなした後、他のチップでも改造カードみたく代用可能かどうか聞いてみたところ、鮫トレ吹っ掛けられたからお望み通り【アースクエイク3】や【サンダーボール3】を3桁用意してやっただけだ。

 んで、平気でチップを持ち逃げかまそうとしやがったから、親御さんに連絡取り付けた後、本気で反省するまで

有言実行の為に動いてもらっただけの事。

 マサさんと日暮さんの件だって学校近辺で言い争うものだから、まりこ先生に温泉部の予定を聞き出した後、彼らをそこにアテンドしただけ。

 最後の炎山とデキてる話は学内では大体俺としか喋ろうとしなかったのが悪い。あの卵殻ヘッドめ、やいととかやいととかやいとに話せとあれほど言い含めておいたのによォ!

 

『変な子扱いされてる事にようやく気が付いたんだ?』

「……つってもそれだけで変な奴扱いされるか?」

『ワタちゃん、交友関係偏ってるし、あんま自分のこと話さないからね。それだけで印象固められてる感じ?』

 

 シアンにまで追い打ちを食らい、少なくないショックを受ける。もしや『渡』が周囲に溶け込めていないのも俺が原因だったのか。

 

(そういうキャラとして受け入れられてるから大丈夫じゃない?)

 

 あまつさえ『渡』に励まされ――俺は吹っ切れた。これから真面目に過ごそうとも噂を払拭できないのであれば、より強力な噂で上書きしてやろうじゃないか。

 

「俺の事はどうだっていい。女子部屋に行こうっていう気概のある奴はいるのか、いないのか?」

「女子部屋っつってもなー……」

 

 この場にいる凡そ半数ぐらいが乗り気ではない。まだまだお子様で異性への興味が薄い生徒を除いたとしても、同じクラスの連中が多くの割合を占めている。

 というのも、

 

「? なんだよみんな? オレの顔に何か付いてる?」

 

 鈍感男の光熱斗に視線が集中した後、どこからともなく溜息で溢れる。

 学内でもトップクラスの美少女が、誰とでも分け隔てなく接するんだもんな。そら桜井メイルに惚れるのも自然ではある。

 ただ誰の目からもわかる通り、彼女は幼馴染の熱斗にぞっこんな為、端から諦めている連中も多い訳だ。

 

「スーパー美少女を自称する綾小路がいるけど?」

「えっ?」

「そっすか」

 

 試しにもうひとりのヒロインであるやいとについて話を振るも反応は芳しくない。サモンナイト辺りでデコスキーに歪められた男子はおらんのか。

 

「都輪マリィはどうだ?」

 

 続けてある美少女の名を出した途端、空気が一変する。視線がキョドったり、無駄に咳払いをしたり、俺へ敵意に似た感情を向けてきたりと様々だが、彼女を意識しているのは確かだろう。

 都輪マリィは外伝作品の『バトルチップGP』に登場するオリジナルキャラクターのひとりで、ふわふわとした金髪に緑色の瞳をした人見知りの留学生だ。

 父親の仕事の都合でやいとの家にホームステイする事となり、やいとを通じて熱斗たちと友達となったり、持ちナビのリングが色々とやらかした結果、炎山とも奇妙な縁ができたりするのだが。

 

 そもそも俺のいる世界だとバトルチップGP自体、まだ開催してねぇんだよなぁ……。

 時系列的にも『3』から『4』の間に開催される大会だし、随分と彼女の父親が先取りしているのは本来の正史より『WWW』や『ゴスペル』の悪影響が少ないからだろうか?

 にしても『バトルチップGP』、本当に開催するんやろか? とにかく『3』までのキャラが多く出演する関係上、捕まった筈の『WWW』や『ゴスペル』団員まで参加するのだ。大会側にオフィシャルが多く控えているのに何しとんねん。

 しかも終盤近くになると会場が『WWW』の基地だったり、バグったままのコトブキマンションだったりするしよェ……。

 

「つーかそんなに行きたきゃオマエひとりで行けよ」

「いいのか? 俺ひとりに行かせて」

 

 顔も良く知らない男子生徒から突き放すような事を言われるも挑発で返してやる。

 

「この旅行テンションなら仲良くなるのも難しくはねぇ。女子だって恋バナは好きだろうしな」

「……イケるのか?」

「最悪熱斗さえいりゃあ桜井に手引きしてもらえるだろ」

「見回りの先公はどうすんだ?」

「陽動を使う。トイレなんかを理由に先生を引き離している隙を突く」

「陽動? オマエに協力するヤツなんか――」

「勿論タダとは言わねぇ」

 

 おもむろにPETの画面を野郎共へ見せつける。浴衣姿で足湯に入るまりこ先生の画像だ(撮影許可を本人了承済み)。

 

「協力してくれた人には、これをやる」

 

 美人教師ということもあって、一部の男子生徒から結構な人気を誇っているしな。

 湯気によって頬がやや上気し、流し目でセクシーな印象を受けるそれは、生足フェチには垂涎物だろう。食いつく奴は必ずいる。

 

「オイ、ワタル! 黙って聞いてりゃ悪巧みか? 漢として見過ごせねーぞ!」

 

 浮足立つ連中を見てほくそ笑む俺の前に静観していたデカオが現れる。アニメ版と違い、女子にあまり興味が無い彼相手では分が悪い。が、それなら別の方向性で訴えかけるまでよ。

 

「いいかデカオ。俺がやっているのは別に悪いことじゃあない。女子たちとお喋りしたいだけだ」

「なら教室でもいいじゃねーか」

「違う。違うんだよデカオ。旅行テンションだからこそ聞ける話があるってことなんだ。それにこの画像だって単なる思い出の共有。何も悪いことじゃないだろう?」

「そ、そうか……?」

「ソウダヨ」

 

 納得する素振りを見せた瞬間をゴリ押ししてデカオを封殺。原作アニメ共々雰囲気に流されやすいタイプで助かったぜ。

 デカオの他にも反対派はいるものの、表立って批判する程の勢いもない。

 色恋に浮かれる男子生徒や報酬目当ての者、面白そうだからと便乗した熱斗たちと共に立ち上がる。

 

「第一陽動班GO! 見張りを一定の距離まで離したらPETに連絡を入れろ!」

「了解!」

 

 数人の男子生徒を見送った数十秒後、彼らからの連絡が入る。

 

「よっしゃ行くぞお前ら!」

 

 襖を開いて俺たちは早足で進む。隠れるところの無い廊下を突き進み、階段を下りる。

 

「隊長! まりこ先生を確認!」

「予定通り第二陽動班を投入! オペレーションOMIYAGEで誘導せよ!」

 

 小っ恥ずかしいテンションを維持したまま陽動を先行させ、障害を取り除く。そうなればいよいよ女子部屋も目前だ。

 

「ご苦労! 後は健闘を祈る!」

「ワタル?」

 

 今まで先導していた俺だったが、目的であろう女子部屋の前も駆け足で通り過ぎる。

 あぁ、そうだ。俺の本来の目的は脱走。動物園で引き起こされる事件を防ぐべく、彼らをスケープゴートとしたのだ。

 無論、彼らに語った目論見も上手くいく保証など無い。むしろ、失敗する可能性の方が高いかもしれない。

 下心丸見えの態度に、その狙いは一部だけときた。他の女子からすれば面白くないだろう。

 『男子ってサイテー』などと糾弾し、一丸となる姿が目に浮かぶ。そこにマリィが加われば友達作りのキッカケくらいにはなるかもな。

 

「悪いなみんな……」

「悪いやっちゃでホンマ」

 

 踵を履き潰したスニーカーに足を通し、外へと出ようとするも――大きな人影が立ち塞がる。小学2年生の時の元担任であり、現学年主任でもある剛力敦(48)その人だ。

 

「さっ、言い訳は先生の部屋でゆっくりと聞こか?」

「はい……」

 

 そして騒ぎを起こした男子生徒一同は反省文を書かされた後、晒し上げるようにして廊下にずらっと立たされることに。言える立場に無いから説得力に欠けるかもしれないが、令和ならアウトやぞ、こんなん。

 

「上手くいかなかったじゃねーか!」

「本当に申し訳ない」

「でも楽しかったじゃん?」

「楽しかねーよ熱斗ォ! 桜井と仲良いからって余裕ぶっこきやがって!」

「うるせーぞおめぇら!!」

 

 流石に小学生ということもあって、夜の10時前には解放された俺たちは大人しく寝床に入るのだった。

 

 

 

 

 

 

 PETのバイブレーションを感じ、眠気眼の状態でむくりと起きる。辺り一帯は暗闇に包まれており、夜更かしを敢行していた生徒たちも寝入っているようだった。

 それもその筈、現在時刻は午前3時。早朝というには早過ぎる時間帯である。

 静かに布団から抜け出すと寝間着から着替え、最低限の荷物を持って外に出る。派手に騒ぎを起こした分、教師陣も油断しているようだった。

 

「ホワイト殿」

「突然呼び出してすいませんね、本当に」

 

 旅館から少し離れた路肩にて、缶コーヒーを手に持った五陽田警部に挨拶し、彼の用意した自動車に乗り込む。行先は勿論、よかよか動物園だ。

 

「こうでもしないと抜け出せなかったものでして」

「お気になさらず。しかし、よろしいので?」

「無茶、であるのはわかっています。ただ確かめたいことがありまして」

「しかし、正式な段取りを踏まないというのは危ういかと」

 

 渋り顔を作る五陽田警部からの忠告に、首を横に振る。事件が起こる前では正式に申し立てたところで通らないのは目に見えている。裁判所からの令状にしたって、動物園側にしたって許可が下りるまい。

 早々に店が閉まる田舎の観光地、ということもあってか横切る車は皆無だった。間隔の広い街灯と、ヘッドライトのハイビームだけでは幾分と頼りない。

 眠気が再度襲ってきた頃、五陽田警部の運転する車が緩やかに停止。瞼をこすりながら外に出れば、以前来たことのあるゲートが見えた。

 当然、開園時間では無い為、扉は閉じられている。が、付近のプラグイン端子にPETを接続し、ネットセイバー権限を用いることで入場が可能だ。尚、私用だとバレた途端、一発で剥奪される模様。

 

「やけに静かですね……」

 

 明かりもつけず、歩を進めるのだが随分と音がしない。普段展示されているだろう動物たちが奥に引っ込んでいる、にしては鳴き声のひとつもしやしない。

 まさか人に飼われることで夜行性から変わった訳でもあるまい。

 そんな違和感を抱きつつも夜目を効かせて事務室に到着する。が、ここの扉、エグゼ世界では逆に頼もしい物理キーではないか。

 流石にピッキングするのもなぁ、とふと視線をズラした事で気付く。窓越しに見える事務室内が、随分と寂しいことになっていることに。

 

「無い……」

「無い、とは一体?」

「俺の記憶が確かなら動物たちの体調などを管理するコンソールがあった筈なのですが」

 

 結構デカい機械な為、重量も相応だろう。それをわざわざ動かした……?

 

「ホワイト殿!?」

 

 ひとつの可能性に思い当たった途端、俺は衝動的に駆けだしていた。

 五陽田警部の困惑も置き去りに、通常立ち入りが禁じられているエリアに足を踏み入れ――動物を輸送する為の大型トラックのスペースがぽっかり空いていることが発覚。

 

「ヤバいヤバいヤバい……!」

「いきなり慌ててどうしたのですか?」

「五陽田警部、もしかすると動物たちが外に運ばれた可能性があります」

「まさか……」

 

 念の為、駆け足で動物たちの宿舎にも近付くのだが……案の定、そういった気配は感じられない。寝入っているにしては、どこもかしこも静か過ぎる。

 

「ホワイト殿の懸念通り……」

「えぇ。WWWの可能性があります」

 

 西古の時といい、揃って大胆な手を取りやがる。どちらもテトラコードの有無を確かめた結果なのだとしたら、次の行動も見えてくるものがある。

 縮尺の狭い原作と違って動物園近辺に建物が少ない為、よかよか村中心辺りまで運んだか。もしくは俺の生活拠点であるデンサンシティまで運搬したか。

 緊張のあまり、逸る右手で貴船総監直通の電話にかける。幸い、3コールで相手は出た。

 

「もしもし! こちら隠岐です!」

「あら隠岐くん? どうしたのこんな時間に?」

「真辺警視、手短に用件だけ言います。デンサンに搬入される大型トラックに注意してくれませんか?」

「突然何を――」

「WWWが俺を狙って動いたかもしれません」

 

 緊張で固くなった声でそう言うと、電話口から息を呑む音が聞こえた。

 

「それは確かなのね?」

「……正直、勘による所が大きいです。せめて頭の片隅にでも置いていてはくれませんか?」

「隠岐くんの予感ってだけじゃ組織は動かせない。わかるわね?」

「はい……後は任せます」

 

 伝えることは伝えたので潔く電話を切る。確たる証拠を用意できなかった以上、警察組織として事前に動くことは難しい。でも、この程度の報告でも初動が速くなることを祈るばかりだ。

 西古の時と違って初見殺しの要素は無いだろうし、消防や軍に応援要請飛ばしゃあいいだろうしな。

 むしろ、こちらで起きた方が深刻だ。単純に人員が少ないし、事件が頻発するデンサンシティと比べれば平和なよかよか村では対応が遅れに遅れるだろう。

 かといって俺や五陽田警部のような部外者が何を言ったところで聞き入れてくれるかどうか。

 

「とにかく行きましょう」

「どこへです?」

 

 居ても立っても居られなくなった俺が駆けだそうとしたところ、五陽田警部に肩を掴まれ制止させられる。言外に落ち着けということだろう。

 強く目を瞑り、早いテンポで拍動する心臓を落ち着かせてから、歩行を再開させる。

 

「勿論、犯人を捜しに」

「闇雲に、ですか?」

 

 五陽田警部からの問いかけに返答はしなかった。できなかった。

 原作知識が及ばない現状、俺は凡庸な人間に成り下がった。よかよか村の地理もろくに知らず、犯人が潜伏するであろう場所に当てがある訳でもない。

 この光源の限られた真っ暗闇で、素人の俺がどこまで役に立てる?

 

「旅館までお送りします」

 

 そんな俺の内心を見透かしてか、五陽田警部は提案ではなく断言する形で言い切ると、俺を助手席に促した。

 

「それでも人手はあった方が」

「ホワイト殿。貴方はまだ子供だ。夜通し捜索などさせれば身体を壊してしまわれるでしょう」

 

 五陽田警部の諭すような言い方に俺は口を結ぶ。

 そうだ、これは大事な『渡』の身体だ。彼の厚意で貸してもらっているだけに過ぎない。不慮の事態ならともかく、自ら追い込んでは世話がない。今更ながら英さんに顔向けできねぇよ。

 

「不安やもしれませんが、ここはひとつ私に任せてはくれませんか?」

「……」

「夜通し動いたせいで、いざ昼間に動けないというのも困るでしょう?」

「そう、ではありますね」

「なに。まだこちらで事件が起こると決まった訳でもありますまい。貴方の杞憂に終わるやもしれませんしな」

 

 前方を見たままハンドルを回す五陽田警部が俺を元気付けるように笑うものの、俺は不安を隠せずにいた。

 

「それに私は思うのですよ。ホワイト殿はもっと自分を優先していい」

「俺は、ネットセイバーなのに?」

「警察でもそこまで根を詰めずにいますとも。特に今の若いのは非番をなんだと思っているのやら」

 

 冗談交じりにそう言われるも苦笑いしか出ない。端から見れば俺は警官よりもワーカホリックに見えていたというのか。

 

「着きました」

 

 そうこうしている内にうらかわ旅館の前に到着。小学生の俺は途中下車させられ、後は五陽田警部がサービス残業を頑張るらしい。俺の護衛で私生活まで割食ってるし、そっちの方こそ頑張り過ぎてやしないだろうか。

 

「ではお休みなさい」

「とその前に名人さんからの荷物、こちらで受け取っても良いですか?」

 

 バスに持ち込むには少々アレな代物を詰めたトランクを2つ受け取った後、五陽田警部を見送った。

 せめて旅館の周りだけでも見回ろうかと思ったが、再度襲ってきた眠気のせいで瞼が重い。大人しく仮眠でも取ることにしよう。

 

 

 

 

 

 と思っていたけれど、身体はガッツリ睡眠を求めていたからか、俺が起床したのは朝食前のこと。

 既に事件の幕は切って落とされていたと、気付くのにはそう遠くない時間であった。

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