WWWを草と笑えない恐ろしい世界   作:じぱんぐ

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46.いぬかいサーカス

 寝不足の身に容赦なく降り注ぐ太陽光と妙な寝苦しさを覚えて意識が覚醒する。

 身体を起こそうとして――動けない。しょぼしょぼする目で己を確認してみれば、首から下が敷布団で包まれ、浴衣の帯で縛られていた。簀巻きにサレテーラ。十中八九、昨晩の腹いせだろう。

 

「へるぷみー!」

 

 首だけ動かして周囲を見やるも大部屋には人っ子ひとりいやしねぇ。うわっ、私の人望低過ぎ……。

 巻き込んだ熱斗たちはともかく、昨日は温泉道楽に付き合ったんだし、お前だけでも助けてくれても良かっただろ氷川ァ!

 

「うぎぎぎぎ……抜けたァ!」

 

 身を捩って生まれたスペースを広げて何とか脱出。帯の結び目が甘かったのが勝因。朝からいい運動させやがって。まだまだ続く残暑でこの仕打ち、すっかり汗だくだ。

 シャワーでも浴びたいところだけど、時間的に厳しいだろうし、渋々タオルで顔と上半身の汗を拭い、私服に袖を通して人心地ついたところで気付く。階下がやけに騒がしい。

 

「シアン」

『んん? おはよーワタちゃん』

「起きて早々悪いが、セットアップ頼む」

 

 予備の布団がしまわれた押し入れに隠しておいたトランクから中身を取り出し、PETと接続。悪用されないよう、起動の際にはいちいち認証を通さねばならないのは面倒な部分がある。

 

『キュピーン!』

 

 原作のSEを口で再現したシアンへリアクションを返さず、早速そいつ――足首までを覆う長さのマントを身に纏う。

 その銀色の光沢からして無論布製ではなく、細かい部品で連なったそれは名人さん製の装置。催眠騒動でみゆきさんが空を飛ぶのに用いられたオフィシャルレッド強化計画の流用パーツである。

 本来であればサロマさんに手渡される予定だったのだけど本人が断った為、俺の希望が通って手元までやってきたという経緯だ。

 そいつとサイバースーツをリンクさせれば、透過処理を施せばマントを気にせず持ち運びできるといった寸法。ついでに装着したプロテクターも隠せて便利だったりする。

 2つ目のトランクの中身はトランシーバーに似た機械を付属のホルスターにセットして準備完了だ。おっと……モノクル式の望遠鏡と肝心のグローブも忘れずに入れておこう。

 

「うおっ!?」

「なんなんだよ一体!? 隠岐邪魔だ!」

 

 廊下に出ようとした矢先、血相を変えた複数の男子生徒が俺を押しのけて大部屋に流れ込んでくる。

 

「……何があったんだ?」

「呑気な事言ってんじゃねー!」

「死にてーのか!」

「飯食ってる最中にカバが! カバが!」

 

 部屋の隅に固まって身を寄せ合う野郎共に事情を聴いてみるも恐慌に陥っているからか、断片的にしか聞き取れない。他の皆は朝食中、その際にカバが乱入をかましてきたという訳か。

 創作物のイメージからカバはのんびり屋だと思われがちだが、案外凶暴な一面もあるんだよな。何気に雑食だし、前世では野生のカバはアフリカに住む原住民が襲われて殺される、なんて話もあったっけか。

 

「ひっ!?」

「今度はなんだよ!?」

 

 そんな彼らに追い打ちをかけるように、窓ガラスを割りながらニホンザルの団体さんがお目見えだ。随分と気が立っているのか揃いも揃って目が血走ってやがる。

 

「うわあああああ!!!!」

 

 情けない悲鳴を上げる彼らの背中を追って廊下を飛び出すも、他の部屋や1階から逃げ出してきた観光客と鉢合わせとなり、

 

「邪魔だ! どけよ!」

「それどころじゃねーよ! サルが中に!」

 

 口論を繰り広げる彼らを他所に、俺は他の部屋に駆け込んで窓の外を確認。近くに木は無いし、目視の範囲内ではあるけれど動物の姿は見られない。

 

「こっちだ!」

 

 緊急事態に判断能力が喪失しているからか、同級生はおろか一回りは上だろう観光客も堂々とした俺の声に従って部屋の中に飛び込んでくる。

 

「何してんだよ!?」

「そら勿論逃げる準備だ、よッ!!」

 

 旅館の従業員に心の中で謝罪しながら、全開にした窓から肩に担いだ敷布団を投げ入れる。

 

「ボサっとしてないで手伝えよ!」

「まさか……こっから飛び降りろってか!?」

「こんな部屋ばっかじゃ立て籠もろうにも無理があんだろ!」

 

 寝起きの子供にばかり重労働させやがってからに、彼らが眺めている間にも布団を重ねるように次々に投下。これなら落下時の衝撃を和らげ、足が折れるまではいかないだろう。

 

「で、でも!」

「この高さなら死にゃしねぇ! 車ん中でも何でもいい! ここより安全な場所が他にあるだろうが!」

 

 躊躇する同輩の内、一番小柄な奴の背中を窓際まで押しやり、無理やりケツを押し上げて足から地面に落とす。

 我ながら酷い絵面ではあるけれど、落とされた奴は俺に文句を投げかけることなく一目散にこの場から離れていく。

 

「後がつっかえてんだ! はよ行けや!」

「でも君は――」

「情けねぇ大人に気ぃ遣われる程、落ちぶれちゃいねぇんだよ!」

 

 この期に及んで良心の呵責にでも苛まれたのか、観光客のひとりが別の形で躊躇を見せるも俺はそのケツに蹴りをお見舞いしてとっとと外へ逃がしてやる。

 最後のひとりを見送ったのとほぼ同時に、先程の毛むくじゃら御一行がおこしやす。

 

「ぶぶ漬けでもどうどす!」

 

 俺が彼らのように気が動転していなかったのは無論原作知識で知っていたからだ。当然、その対策のひとつやふたつは織り込み済みよ。事前に阻止するのは失敗したけどなァ!

 例の如く、サイバースーツを起動。俺を覆い隠す光は天井に届く程の巨大なゴリラを描く。

 大きく腕を広げ、PETから大音量で鳴き声を流す。途端、逃げ腰になったサルたちは尻尾を巻いて逃げ出していった。

 

『フッ、雑魚が』

「三下ムーブはやめなはれ」

 

 サイバースーツを解除しながら戯言をほざくシアンにツッコミを一丁。実際に雑魚なのは人間様たる俺の方だしな。多勢に無勢でなくとも体格的に勝る1匹相手にすら負けるとさえ思っている。

 ただ肉体スペックが他の生物に劣る分、その知能によって地球の頂点に立ったのが霊長類が最強たる所以だ。

 本能に根差した恐怖――つまるところ自分よりデカくて大きな音を立てる相手には逃げる習性を利用したという訳。

 原作の描写的に動物たちを完全にコントロールしている訳ではなく、健康を管理するICチップを悪用して機嫌を損ねさせて暴れさせている感じっぽいしな。

 

『で、おサルたち他のお客さんたちのところに行くかもしれないけど、どどどどどーすんの? どーすんの??』

「レッツゴー」

『オーキードーキー』

 

 問題点を再確認した後、俺は2階をぐるりと見回ってから1階へ向かう。いや流石に俺ひとりで無力化は無理だって。投網とかも考えたけれど、再利用が難しいともなれば重量がやべぇ事になるし。

 機械式のマントだけでも結構な重さなのに追加してられっか!

 

「隠岐!」

「剛力先生」

「上に生徒らが行くん見ておらんか!?」

「彼らなら大人たちと外に逃げていきましたよ」

「ほーか……お前は?」

「逃げ遅れている人がいないか部屋見て回ってました」

「アホンダラ! 危ないっちゅうに何しとんじゃオンドリャ!」

 

 脳天に拳骨を落とされ、思わず悶絶する。『渡』の貴重な脳細胞が死んだぞテメー!

 

「でもその気概だけは買ったる。ようやったわ」

「だったら殴らんでも……」

「ありがたーい忠告じゃ! さっさと隠岐は逃げぇ! わしゃあお前ん見落としてる部分探してくるとまりこ先生に伝えといてくれ!」

「2階も危ないっすよ?」

「だからじゃ! 先生が生徒の為に身体張らんでどうする!」

 

 大口かっぴらいて豪快に笑うと剛力先生は2階への階段を2段飛ばしで駆けあがっていく。中年にしてこの身体能力、俺が心配するだけ無駄だったか。

 彼がいなくなった後、改めて1階の廊下を見やれば酷い有様だった。

 綺麗に磨かれていた木目の床も泥があちこちに付着し、障子や襖は穴だらけ。高そうなツボの破片やら提灯の飾りがついた照明の破片が散乱している。

 

「うおおおおお!!!! ここから先へはいかせん!!!!」

「お客様ー!! 小さなお子様やお年寄りを優先に避難お願いしますー!!」

 

 そんな中、唸りを上げるカンガルー相手にモップを振り回して威嚇する男性従業員たち。身体を張って客を守るとは教育が行き届き過ぎだろ。

 

「ワタル!」

 

 避難する人たちの波を逆走して青いバンダナがトレードマークの光熱斗を先頭に桜井メイルと綾小路やいとが俺の元までやってくる。

 俺の姿を見て彼らは安心するようにほっと息を漏らすのだが、視線を激しく彷徨わせて、

 

「マリィちゃんは一緒じゃなかった?」

「人生で一度も会ってないんですけど?」

 

 どういうこっちゃとメイルに問いかけてみれば、トイレで離席した都輪マリィがまだ戻ってきていないらしい。

 で、俺のナンパに捕まっているんじゃないか、と疑惑がかけられた模様。どういう理屈でそうなんねん。

 

「アンタ、男子たちをけしかしてナンパしようとしてたくせに?」

「あの時は旅行テンションでして……」

「そんな事はどうでもいいのよ! じゃあトイレにまだいるって訳!?」

 

 自分から聞いておいてキレるやいとはさておいてマリィは未だ避難できていないようだ。彼女の身体にはペースメーカーを埋め込んでいる関係上、先に避難しているとも考えづらい。

 

「トイレは確かの奥の方……ってヤバッ!?」

 

 大人たちは対処に追われている為か、俺たちは呼び止められることもなくトイレの方へ向かったものの、ドデカい障害が立ち塞がる。正確には這っている、というべきか。

 

「ニシキヘビ!? なんでこんなとこにいるのよーッ!?」

 

 頭から半分はトイレ内部に入り込んでいるようだが、それでも長い胴体は廊下にはみ出しているのがありありとわかる。

 もし、マリィが中に取り残されているとすれば相当まずいのでは……。

 

「熱斗ッ!?」

 

 メイルの悲鳴が上がるより早く、熱斗がニシキヘビに駆け寄るとあろうことか尻尾を掴んで引き摺ろうとする。

 

「重ぇ……!!」

『熱斗くん!!』

「熱斗!!」

「光くん!!」

 

 熱斗の思惑通りに事は運ばず。しかしながらニシキヘビの注意を引いたからか、その頭部が顔を出す。

 三者が悲鳴を上げるも、熱斗は軽やかにバックステップで噛みつきを回避。が、ここは狭い廊下。全長7メートルは超えるだろう胴体がそのスペースを更に狭めていく。

 

「あああああ!!」

『動物愛護団体の皆さんごめんなさーい!!』

 

 無謀な主人公が致命的な状況に陥る前に、俺は近くに設置された消火器に遮二無二飛びつき、素早く安全栓を引き抜きホースを構え黒いハンドルを握り込む。

 果たして前世での少ない経験が生きたのか、そのエイムはニシキヘビの顔面にヒットし、怯ませることに成功する。

 粉末消火剤の勢いに怯んでいる隙に離脱すると思いきや、熱斗は女子トイレに突入。その数秒足らずでマリィを背負った状態で脱出した彼は俺に目配せした後、そのまま離れていく。躊躇う素振りを見せつつも、その背を追ってヒロインズ達も撤退。

 まともな意思疎通取る前に俺が殿を務める感じになってやがる。

 

「しゃあねぇなぁ! シアン!」

 

 放射を続けつつも立ち位置を徐々に変え、エアコンのコンパネの前へ。消火器の本体を床に置き、数瞬だけハンドルから手放すとコンパネにプラグイン。再び発射ァ!

 

『この紋所が目に入らぬか~』

『ンアッー! (≧Д≦)』

 

 ネットセイバー権限でプログラム君に無茶振りをかました結果、エアコンから物凄い勢いで冷風が流れる。『4』でイワン・コオリスキーがやった暴挙の再現だオラ! 

 大幅に設定温度を無視したそれはみるみる内に室温を下げ、その寒さで思わず身体が震える。

 尤も変温動物である相手はそれどころではないようで、恐らく空腹状態なのかみるみる動きが鈍っていき、そのうち頭を床に下ろして動かなくなる。

 

『どうみても動物虐待です。本当にありがとうございました』

「誰に感謝してんだよ、それ……」

 

 用済みとなった消火器から手を離し、PETの温度計機能で5度を下回ったところでプラグアウト。薄着じゃこれ以上耐えられないし、そのままここで張り付いている訳にもいかない。

 つーかニシキヘビが目覚めるまでに避難も完了してるだろう。してなかったとしてもそこまで面倒見切れるか。

 ニシキヘビ自体、それが原因で弱り、亡くなった場合はマジでどうしよう。今更ながら罪悪感がやべぇ。

 

「ワタル……! って、もう終わってる!?」

「その手に持った釣り竿でどうする気だったん?」

 

 単身戻って来た熱斗に苦笑いを見せると、旅館の外へ向かう。避難誘導も大体済んだのか、うらかわ旅館の従業員たちも玄関口にいたのでニシキヘビの存在を伝えて一緒に外へ出る。

 

「みんなは……バスの中で避難するみたいだな」

『まりこ先生が点呼してるみたいだし、行こっか熱斗くん、ワタルくん』

「悪いけど、俺はまだ行けねぇわ」

 

 光兄弟はひと段落着いたとばかりに安堵の息を漏らしていたが、まだ事件は終わっちゃいない。先生方を心配させてしまうが、それでも安全な場所に引き籠っていてはわざわざ機械類を取り寄せた意味が無い。

 何より俺はこういう事態に陥る可能性を唯一知っていた。ネットセイバーなんて立派な肩書まで受け取った以上、解決に動くのは必須。俺が、やらなくちゃいけないんだ。

 

「こちら隠岐です。よかよか村にて異常事態が発生しました」

 

 人混みを利用してまりこ先生の視線を搔い潜り、建物の裏で貴船総監との直通回線に繋ぐ。

 

「貴船だ。異常事態というのはどういう事だね?」

「動物たちが町中に放たれた模様。被害規模は不明。これから調査及び解決に動きます」

「……わかった。私の方から近隣の警察や消防に応援を要請しよう。くれぐれも無茶はしないように」

「助かります」

 

 もう誰かしらが通報しているだろうが、警察のトップから連絡が入った方がさぞ動き出しも早かろう。通話を切れば、半眼になった熱斗が俺に詰め寄ってくる。

 

「ワタル、どういうことだよ?」

「聞いての通りだ。これは人為的に引き起こされている」

「人為的?」

『人の手で起こされているってことだよ熱斗くん』

「ならネットセイバーとして止めなくちゃだな!」

 

 先程危ない目に遭ったばかりだというのに、やる気を漲らせる熱斗。ロシア人ばりに恐怖遺伝子が仕事してないんか?

 

「ぶっちゃけかなり危ないぜ?」

「わかってるって! それにデカオのヤツもまだ戻ってきてないみたいだし、オレが助けてやらねーと!」

 

 熱斗の言葉から察するに、デカオはチサオの事が心配になって勝手に外へ飛び出したのだろう。通りでいつもの4人が揃っていなかった訳だ。

 

「俺はまぁ、空が飛べるからどうとでも逃げられるけど、熱斗はそうじゃないだろ?」

「空を飛べるってマジか!?」

 

 完全に初見の反応からしてハッキングパパから箝口令でも出されてたな? 悪いことをしてしまった。

 

「なー! どうやって空飛ぶんだよ! ワタルってば!」

「実際に見せてやるから……本当にいいんだな?」

「おう!」

 

 どの媒体でも熱斗は実に行動的だ。どれだけ苦痛を味わおうとも、無茶を繰り返す。主人公だから、と言われればそれまでだけど、俺としても止める手立ては無いからなぁ……。

 ゴテゴテとしたグローブとモノクル式の望遠鏡を装着してっと。

 

「FLY」

 

 声紋認証を通してマント――仮称:反重力発生装置を作動。それに伴い、サイバースーツも展開され、見てくれだけの真っ白な戦隊スーツが俺の全身を纏う。

 と、同時に隠されていたマントもベールを脱ぐ。剥き出しの機械ではなく、風にたなびく深紅のマントとして。古典的あるいはアメコミ的に、ヒーローの象徴として象られる。

 

「おーっ……!」

 

 目を輝かせているであろう熱斗の声が徐々に遠くなる。それもその筈、俺の身体は地面を離れ、宙に浮かんでいるからだ。

 その原理としては俺としても詳しくは知らない。ただかなり嚙み砕いた説明から、『蒼の彼方のフォーリズム』に登場するアンチグラビトンシューズの仕組みに似通ったものだと思われた。

 全身を反重力粒子の膜で覆い、その重力に反発する効果によって身体は浮上。しかし、そのままでは移動することは叶わないのか、と言われればそうでもない。これもまた重力を用いるらしい。

 要するに膜を厚くしたり薄くしたりすることで重力の働き方を調節し、移動する寸法という訳だ。

 

「んぎぎぎぎ……!」

 

 ただ新技術ということもあってか、操作は極めて難しい。その方法としては複合式、姿勢によって大まかな進行方向を決め、脳波とグローブでその調整を行うといったもの。

 例えとして適切じゃないだろうが、全身使って動かすセグウェイに、脳みそと掌の動きで自由度を上げた代物、というべきか。

 

(ようやくぼくの出番だね!)

 

 落ちることが怖くないのか『渡』が胸の内で語り掛けてくる。墜落防止機能があるとはいえ怖くねぇのか、こいつ。

 

(きみなら何とかしてくれるでしょ?)

 

 相変わらず期待が重たいこって。おじさん、結構な頻度で失望させてるだろうに。

 

(じゃあいくよ。双極集中(デュアル・コンセントレーション)!)

 

 『渡』命名の小恥ずかしい名詞を唱えた瞬間、俺の意識が()()()()()()。同時に『渡』が身体の主導権を握るものの、俺にもまだ残っていた。

 それはいつもの意識の入れ替わりではなく、混在。フルシンクロのように心を重ね合わせるのではなく、ひとつの身体にふたつの意識を同列にした訳だ。

 

「じゃあ出発!」

『おしんこー!』

 

 『渡』の呑気な声で前進を開始。眼下の景色が自転車くらいのスピードで流れていく。

 が、俺は呑気に構えていられそうにもなく、俯瞰した視点で身体の微調整に努める。

 いうなればスポーツ漫画で出てくるイーグルアイに近いだろうか? 前世で体感したこと無いから知らんけども。

 勿論、実際に『渡』の全身が見下ろす形で見えている訳ではない。『渡』の体感を切り離されたフラットな視点から見るというべきか。

 その気付きを得たのは『渡』へ本格的に主導権を渡せるようになった時のこと。体育の授業中に俺は気付いたのだ。身体は同じなのに、どういう訳か俺と『渡』の運動神経には開きがあった事に。

 俺が根っからのインドア派に対し、『渡』は親が亡くなる前までアウトドアにも興味があったようで身体を動かす事に苦手意識が無いらしい。

 その為か、俺の時より『渡』の方がずっと動ける。ただ感覚だけで動いているからなのか、立て続けに失敗すると苦手意識を持ってしまい、てんで俺より下手糞になる場合もあった。

 対して俺は借り物の身体、といった意識もあってか、客観視することができていた。

 多少得意不得意があれど、基本に忠実な動作を繰り返すことで一定の成果を出すことに専念していたともいうべきか。

 

 そんな意識差や、『ゴスペル』最終決戦時に起きた疑似フルシンクロの検証を重ねた結果生まれたのが双極集中。わかりやすく換言すれば、完全並列処理をしているという訳だ。

 

(来るぞ『渡』!)

「わわっ!?」

 

 そして身体の操作の他に、双極集中にはメリットが存在する。

 俺の視覚情報を共有することで、『渡』が意識外にあったコンドルの突撃を慌てて回避する――といった具合に周辺視野の広い人間みたいな真似事も可能だ。

 両手のグローブを強く握りしめ、『渡』の身体が急浮上。能動的な墜落防止機能のひとつである。

 

(落ち着け。姿勢制御に専念するんだ。大の字を意識しろ)

「でもコンドルはどうしよう!?」

 

 テンパって姿勢を崩せば反重力の膜も乱れてしまい、動きもしっちゃかめっちゃかになり、余計にパニックを起こしかねないと判断。

 一時的に身体の主導権を握ると両手両足を広げる。すると乱れた動きもピタリと止まる。心の底から『あおかな』プレイしておいて良かった瞬間である。

 

「んでもって!」

 

 再度、接近を図るコンドルにスタンガンを向けて派手に火花を散らす。よし、音にビビったのかコンドルの身体は傾き、進路がズレる。その隙にコンドルから距離を置いて、相手の縄張りから離れることに成功。

 

「ゴメン……助かった」

(いいってことよ。それよりさっさと探すぞ)

 

 俺たちが空に上がった理由は熱斗に見せつける為でもアニマルパニックから逃れる為でもない。早急に事件を収束させるべく、上空から犯人を探し出す為だ。

 その相手が建物内部にいては見つからないかもしれないが、主目的以外にもやるべきことはある。

 

「見っけた!」

 

 『渡』が見つけたのは犯人ではなく、ボロ小屋の上にポツンと置かれた機械。アンテナのついたそれは動物を操るコンソールが放つ電波を広げる中継器だ。

 

「コンセントは……無い! プラグイン端子も無い!」

 

 となれば後は壊すか、分解してバッテリーを取り外すかだがここはひとつマントの他に持ち込んだ秘密兵器を試してみるとしよう。

 トランシーバーに似たコイツは小型の電波妨害機――ジャミング装置のようなものだ。使い方は至ってシンプル。真ん中のスイッチを押し込めば半径5m以内に対象となる電波より強い電波を送り、無効化する訳なのだが。

 

『ありゃ……動物さんたち、まだ荒っぽいねー』

 

 原因を取り除いたからといって機械のようにすぐさま収まる事も無く、機嫌が回復する様子もなく荒ぶるダチョウたち。やっぱ駄目かぁ。サルやニシキヘビ辺りに実践投入しなくて正解だったぜ。

 

「じゃあ壊すしかないね」

 

 そう言って『渡』は瓦礫を持って浮上し、アンテナ部分目掛けてそれを投下。位置エネルギーから運動エネルギーに変換された瓦礫が中継器と衝突し、互いに砕ける。

 うーん、この。近くに人がいたらできない処理方法だ。

 

「ねぇ! あれって……」

 

 中継器を破壊して5分もしない内に『渡』が動きを止め、少し遅れて俺も気付く。

 どこぞに隠れていると思っていたら、堂々とその姿を晒す大男の姿があった。望遠鏡越しからわかる野性味のある風貌、間違いない犯人の犬飼猛雄(いぬかいたけお)だ。

 どこぞの建物にライオンをけしかけて楽しんでいる姿が見て取れた。

 

「どうしよう……」

 

 そんな状況を目にしても、俺たちには迷いが生まれていた。

 中継器の一件から犬飼を止めたところで万事解決といかない事が判明したのは勿論のこと、上空から見渡すからこそわかる、村の被害状況を改めて認識したからだ。

 自動車で脱出を試みるもゾウの大群で上手くいかない人たち。すし詰め状態となったメトロ駅を前に途方に暮れる人たち。飲食店で縄張りを主張するゴリラ。我が物顔で闊歩する虎を前に逃げ惑う人たちなどなど。

 あちらこちらで助けを求める人の声で溢れかえっていた。

 それにも拘わらず、警察や消防の避難は一部しか進んでいない。その地域に配置された人数が根本的に足りていないのもそうだが、交通が混乱しているのも痛かった。

 

(……優先順位をつけよう)

 

 俺は、俺たちはすべてを救済する神様でもなければスーパーヒーローでもない。だから気が重くとも取捨選択を取らねばならない。それも迅速に選ばねば、救える命も減っていく。

 

(こっからだと犬飼からは遠いし、()()()が来た。ゾウは今のところ暴れていない。メトロ駅は群衆雪崩か何かで圧死する危険性があるけど、俺じゃあどうにもならない。ゴリラへ無暗に近付く人はいない。とすれば、俺が対処すべきは虎だ)

 

 とはいえ真正面から挑むなど愚の骨頂。『Stream』で熱斗がやったように、ネットバトラーらしい戦い方で挑むのみだ。

 素早く首を振って『渡』と共に視覚情報を処理。消火栓に何故かあるプラグイン端子に差し込んで、ネットセイバー権限発動。

 強烈な水飛沫を虎にお見舞いしようとするも躱される。水を止め、上空に飛んで仕切り直し――の合間に、動物のいないルートと避難を終えていない人が多く集まる場所にマーキングした地図を送信。

 続けて熱斗にも同様のルートと犬飼のいる場所を送り、後を託す。無茶振りかもしれないが、なるはやで頼むぜ主人公!

 今の五陽田警部じゃ、きっと重い相手だろうしな。

 

 

 

 

 

 どういう星の巡り合わせか、五陽田警部は事件の渦中に招かれていた。

 夜通し自動車を運転することでサイとキリンの檻を解放する前に阻止することに成功したのだが、成果としては微々たるもので。

 彼が大声で応援要請を飛ばしている間にも無辜の人々はどこぞから現れた動物たちから逃げ惑う。荒い運転とクラクションを鳴らして威嚇して回ろうにも限度がある。

 そんな折、五陽田は目撃してしまったのだ。子供たちが逃げ込んだ建物の窓ガラスではなく、敢えてシャッターに前足を振るうライオンと、その背後で高笑いする大男の姿を。

 

「さっきまでの威勢はどうしたポリ公!」

 

 サンダルにジーパン、オレンジのTシャツに上に毛皮のベストを着込んだ大男――犬飼猛雄は厭らしく笑う。

 やたらとボリュームのある揉み上げに、乱雑に跳ねた後ろ髪に対して前髪と頭頂部は至って大人しい髪型に、ギザギザとした眉の下には人でも殺したような鋭い目。その左目には獣の引っ掻き傷が目立ち、大きな鼻や口は野卑な印象を更に強めた。

 そんな彼と相対する五陽田は歯噛みしつつもドギーへのオペレートを続ける。

 

「バトルチップ【アカツナミ】スロットイン!」

『ちったァ考えたじゃねェか! でもなァ!』

 

 非情に素早い動きに翻弄されているドギーの援護として範囲の広い津波攻撃を展開するも、シャープな見た目の獣型ナビ――ビーストマンは易々とその上を飛び越えてみせる。

 

『ぴょんぴょんと手前はバッタですかワン?』

『遠吠えだけは得意らしいなァ犬ッコロ!』

 

――初めは身体を張ってでもライオンを止めるつもりであった。

 しかし、犬飼はそんな五陽田の行動が気に入らなかったのか、こう提案してきた。ネットバトルで勝負してやる、と。バトルしている間だけはライオンをけしかけるのを止めてやる、と。

 狙いもわからない内にわざわざ犯人の誘いに乗る必要は無い、と頭の冷静な部分では判断していたのに。

 欠けたシャッターから息子の顔が覗いた瞬間、一も二も無く承諾していたのは警察官としてあるまじき姿だったかもしれない。

 

『リボルバスター!』

 

 リロードする際に隙を晒すものの高威力を誇る6連装のバスターを、ビーストマンが着地する瞬間を狙って射撃するも躱される。弾丸が届く前に相手がパネルを蹴る方が速かった。

 

『ゴヨウチェーン!』

 

 続けて引き寄せ効果を持つ鎖を伸ばすが、迎撃のビーストクローであっけなく破壊。

 残る固有装備の『エレキジュッテ』は相手の得意とする近接戦闘に持ち込むこととなり、【インビジブル】、【ユカシタ】効果を強制的に解除させる『スヌープアウト』は完全に腐っていた。

 

「どうした? もう終わりかポリ公?」

「まだだ!」

 

 五陽田の目からでもビーストマンはドギーより性能が上だと見て取れた。オペレーターとしての腕は言うまでもない。

 それでも五陽田は意地を張る。相棒のドギーも諦めていないのだから、先に折れる訳にもいかない。それに、

 

(ホワイト殿がわざわざ時間を割いてくれたのだ。せめて一矢報いねば顔向けできん!)

 

 ネットバトルする際、いつも脳裏に浮かぶのは、お手本のひとつとして見せられた隠岐渡のドギーのオペレート。

 【ダッシュアタック】を主体とし、『リボルバスター』を生かした高速射撃戦を行うスタイル。

 防御を固めつつも『ゴヨウチェーン』を用いた迎撃主体のスタイル。

 『エレキジュッテ』を中心にリーチの違う武器を織り交ぜて戦う近接主体スタイル

 

 それらをなぞるように五陽田とドギーはネットバトルをするのだが、やればやる度に及ばない現実を突きつけられる。

 

『警部』

「わかっている」

 

 足りないばかりの自分らでは、隠岐渡のように理想的な状況に持ち込む技術が無い。

 それでも不格好でも、彼の教えを無駄にはしたくなかったのだ。

 

「バトルチップ【イアイフォーム】スロットイン!」

「バカかテメェは?」

 

 彼らが序盤に打った同じ手を見て犬飼は鼻で笑う。

 【イアイフォーム】は接近してきた相手を迎撃するソード系チップ。近接主体のビーストマン相手には有効だろうが、使い所が実に拙い。

 攻撃体勢に入っているならばいざ知らず、仕掛けるタイミングが早ければ距離を取っておしまいだ。何せ【イアイフォーム】の発動中は身動きを取れず、無防備を晒す。

 序盤は慌てて解除したところを再度接近したが……今回は待ちの姿勢でいるらしい。

 

『オレたちが遠距離攻撃しないと思ってんのかよ?』

「バトルチップ【マグナム3】スロットイン!」

『――かかったワンね?』

 

 犬飼がスロットインしたのと、ドギーが居合の姿勢を解除したのはほぼ同時のことであった。

 五陽田とドギーの狙いは接近戦に持ち込むことではない。犬飼とビーストマンが慣れていないであろう、遠距離戦闘に持ち込むことであった。

 指定した箇所に砲撃が降り注ぐよりも早く、ドギーのリボルバスターが展開。チップの処理中ともあって回避に移るのが遅くなっているビーストマンへ、6連射の弾丸を叩き込んだ。

 

『やったワン!』

「あぁ!」

『――やってねェよ』

 

 初めてのクリーンヒットに喜ぶのも束の間、ドギーの頭上から牙を剥いた獣が降ってくる。

 無防備を晒したドギーの首筋へ長い牙を突き立てると、これまでのダメージも祟って無情にも犬面のネットナビはデータを崩壊されてしまったのだった。

 

 

 

 

 

 

「ぬか喜びの気分はどうだァ?」

 

 自身の相棒を失ったショックからか、目の前の警察官から表情が失われる。太い首を回し、観客となったガキ共もすっかり気落ちしてしまっている。

 先程まで応援を続け、犬型ナビが反撃をかましたところで最高潮となったのが嘘のようだ。

 

「くははははっ!!」

 

 そんな彼らの態度が、犬飼猛雄はおかしくて堪らない。

 

「無駄に希望を持つからそうなるッ! 不相応の夢なんか見るからバカを見んだよッ!」

 

 かつての犬飼もそうだった。

 小さい頃、親に連れられたサーカスに憧れ、大人になってからもその夢を抱え続けた彼はサラリーマン時代の貯金を叩き、全国を回って仲間を募り、自分のサーカス団を立ち上げた。

 全てが順調、とまではいかなかったが、それでも黒字経営に乗せた彼らはそれ一本で食っていけるようになったのだ――ほんの数か月前までは。

 それが崩れ去ったのは、双方の不注意によるものだった。

 比較的大きい公演も無事終わり、犬飼含め団員たちも気が緩んでいたのが仇になった。

 事が発覚したのは全てが終わった後。どこぞから忍び込んだ幼児が、危機意識の欠如からライオンの檻に入り込み、身体から流血して泣き叫んでいたのだ。

 ろくに子供の手綱も握れない親が通報したことで、犬飼のサーカス団は活動中止。「家族なんだ」「普段は温厚な奴なんだ」と訴える犬飼を無視して、稼ぎ頭だったライオンは殺処分され。苦楽を共にしてきた仲間たちもこの事故を機に離れていってしまった。

 そうなれば犬飼に残された家族――動物たちも手放すしかなく。彼は失意のどん底に沈んだ。

 それから生きる目的を見失った犬飼は自殺する度胸もなく、あてもなく町をフラついて――公園で目撃してしまう。

 彼からすべてを奪った子供が、のうのうと遊びまわっているのを。

 

 その時、犬飼は大いに笑った。枯れた筈の涙も流れ、狂ったように笑い声を上げた。

 そして、今まで見てきた世界は偽りだと今の今になってようやく気付いたのだ。

 世の中は愛を謳うが、それは平等じゃない。小さい頃から愛情持って育て上げた優しいライオンが人の勝手な都合で殺され、無邪気だと判別がつかない事を盾にして悪意なき暴挙をしでかしたガキが大手を振る世界。

 

 人、というだけで罪が許されるのが許容できなかった。

 動物という所有物の管理不十分、という理由で罰した人間が許せなかった。

 

「愛でどうにかなるなら止めてみせろよ!!」

 

 それを馬鹿な人間共にわからせる為に、犬飼は動物たちを解放してやったのだ。

 その結果はどうだ? 自分の命可愛さに誰もが逃げ惑い、動物たちに心を傾けた連中はどれほどいた?

 人間同士でさえ醜く安全圏を争い、愛の欠片もありはしない。

 一皮剥けばこんなものだ。社会的に間違っているとレッテルを貼られた犬飼猛雄と同じ、獣ばかりだ。

 

「さて……そろそろフィナーレだ」

「やめろ……」

 

 一頻り笑った犬飼はライオンへ破壊活動の続行を指示する。

 

「やめろ!」

 

 鬼の形相を浮かべた中年警察が犬飼の胸倉を掴み、足払いをかけてくるも、

 

「弱ェな」

 

 彼我の膂力、体重は犬飼が勝り、肩で小突いてやるだけで中年警察は簡単に吹き飛んだ。追撃に腹にスタンピングをお見舞いし、気絶させてやる。

 

「邪魔もなくなったし――」

「やい! そこまでだ!」

 

 いよいよ、というところでまたしても邪魔が入る。

 舌打ちしつつ、その声に向き直れば一回り以上下のガキが堂の入った姿で指を突きつけていた。

 

「暴れる動物たちを止めろ!」

「ンなこと、どうしてしなきゃならねェ?」

「村の人たちが困ってんだろ!」

「俺ァ困ってねェ」

「お前の都合なんか聞いてねーよ!」

「そらこっちの台詞だ」

 

 少年と向き合っているだけで、犬飼はむかっ腹が立つ。

 身の程も知らない態度が気に入らない。物を知らないのに自分が間違っていないと本気で信じ込んでいる顔が気に入らない。何より、この状況においても愛も希望も失っていないのが、許せなかった。

 

「テメェ、ネットバトラーか?」

「だったら何だよ?」

「テメェの自信、粉々にしてやんよ」

 

 少年――光熱斗を手招きし、先程まで戦っていた自販機の前に立たせる。

 

「上等だ! プラグイン! ロックマン.EXE! トランスミッション!!」

 

 そうして電脳に送り込まれてきたのは青色の少年ナビ。ワイリーの警戒対象として挙げられていたロックマンがこんなにも弱弱しい見た目とは思わず、犬飼は失笑する。

 

『ビーストマン、やれ』

『早い!?』

「バトルチップ【オーラ】スロットイン!」

 

 開幕速攻を命じられたビーストマンが一直線に突撃するのだが、相手のオペレーターからの防御が間に合ってしまう。

 先程の警官と比べるべくもなく、優れた反射速度が見て取れた。

 

「接近戦は不利だな! バトルチップ【エリアスチール】、【デスマッチ2】ダブルスロットイン!」

「【パネルリターン】スロットイン!」

 

 一旦ビーストマンから距離を置いて、有利な地形に変える戦術も()()では珍しくもない。すぐさま地形をリセットして無為にしてやる。

 

「バトルチップ【エアシューズ】スロットイン!」

『ここまで飛んじゃえば――』

『ガルゥ! 甘いッ!』

 

 上空に逃げたことで安心したロックマンにビーストマンが飛び掛かるも躱される。ワイリーが警戒対象に入れるだけあってネットナビの方も優秀らしい。

 

「こうなったら! バトルチップ【ストーンキューブ】クインタプルスロットイン!」

『闇雲にやっても当たらんぞ!』

 

 今度は次々に石塊を落下させ、ビーストマンの行動範囲を絞るのが狙いなのだろう。熱斗の意図を読み切った犬飼は1枚のサポートチップを掴む。

 それは入手難度が低いながらも緊急回避手段として誰もが重宝する【エリアスチール】だ。

 

『これでも食らえ!』

 

 あえての大振りで相手の攻撃を誘い、犬飼はその瞬間を目を見開いて待つ。

 

「バトルチップ【エリアスチール】――」

(【ストーンキューブ】を目くらましに使うか)

 

 それは犬飼とビーストマンとしても同じこと。追従するようにして【エリアスチール】を使い、潜伏する。

 

「スタイルチェンジ! エレキブラザー!」

 

 そして、【エリアスチール】を切ったタイミングで、犬飼は己の選択が誤った事に遅れて気付く。

 

「バトルチップ【サンダーボルト】スロットイン!」

 

 それは障害物または置物系チップ()()に降り注ぐ稲妻だ。落ちた瞬間、その周囲にも電撃が及び【ストーンキューブ】付近にいたビーストマンもその餌食にあった。

 

『ナビチップ:【メタルマン】!』

 

 ビーストマンが仰け反っている間にも相手の手は止まらない。エレキブラザーの固有能力によって再現されたナビデータが顕現。

 四肢に歯車、両肩に巨大な回転ノコギリが刺さったナビ、メタルマンは右腕を構えると、背中のバーニアを吹かす。

 

『メタルフィスト!』

 

 突進の勢いそのままに、障害物の【ストーンキューブ】などお構いなしに直進し――細身のビーストマンへその拳が突き刺さる。

 

『オレ、が、こんな、とこ、ろで……グルァアアア!!!!』

 

 致死ダメージを受けたことで自身のデータを保てなくなったビーストマンは断末魔を上げて消えていく。

 その決着は奇しくも、彼らが嫌う愛の一種――友情によるものだったのは彼らの知らぬところであった。

 

 

 

 

 

「まだ終わっちゃいねェ!」

 

 犬飼はビーストマンがやられた衝撃から抜け出すべく、己を奮い立たせるようにして叫ぶ。

 動物園にあったコンソールはまだ犬飼の手の内にあり、邪魔者だろう少年もこの手で消してやれば――

 

「いいやそこまでだ」

 

 その幕引きは突然のことだった。

 犬飼の正面から連続して銃撃音が鳴り、その直後にライオンが地に崩れ落ちる。体表から流れる赤い液体はまさしく彼のトラウマを引き起こし、

 

「テメェ!!!!」

「取り押さえろ」

 

 頭に血の上った犬飼は複数の警察官の手によって地べたに転がされる。流石の怪力も人数差ではひっくり返すこともできず、彼のむなしい抵抗は拘束されるまでの時間を引き延ばすだけであった。

 

「午前10時21分、器物損害並びに殺人未遂の容疑で現行犯逮捕します」 

 

 そんな様子を、意識を取り戻した五陽田は唇を強く噛み締めて眺めていた。無力な自分を悔いるように。

 しかし、そんな結末を手繰り寄せたのも、彼の奮闘あってこそなのだと知らぬままに。




今更ながら原作だと隣のクラスは博物館行ってるし、サルも動物園にいないんすね……




話の流れ的に描写できなかった情報として、渡くんたちがやった双極集中()は脳を酷使するデメリットがある為、『渡』くんの意識を温存してた感じです
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