犯人が確保され、本格的に警察や消防組織が機能し始めれば、事件は急速に収束に向かっていった。
人海戦術で動物を捕獲して回る傍ら、人命救助や避難誘導を行う彼らの姿を上空から目で捉えながらも取り残された人たちがいないかを確認して。オフィシャルホワイトによる数時間のフライトもお役御免となった。
バスに戻った後は案の定、この緊急時に勝手に出歩いた事をしこたま叱られ、デカオ含め旅館から飛び出た生徒たちも臨時の避難先で確認が取れたことで秋原小学校一同は無事だと判明。チサオもデカオの手で保護されていたらしい。
しかしながら、よかよか村を脱出しようと人々が殺到したことで交通網が混乱、うらかわ旅館からの厚意もあって大事を取って一日長く滞在することになった。
勿論、事件直後に観光なんてできる筈もなく、旅館内部も動物に荒らされた事もあってか、無事だった部屋に規定人数以上ぶち込まれてのすし詰め状態だ。
とはいえ流石は逞しいデンサン育ち、自分たちの置かれた状況に不満を露わにしつつも、存外元気にしているようだった。
間近に迫った動物の迫力を絶叫系のアトラクションのように語る男子。吊り橋効果で盛り上がる女子たち。中には不安を口にする子もいたけれど、お喋りに付き合う内に和らいでいるようだった。
そんな中、俺たちはといえば体育座りの状態でぐったりとしていた。水泳以上の全身運動で身体が想像以上に疲労していたのと、双極集中による負担で頭の中が熱を持ち、何だかぼうっとしてしまっていた。
『渡』も似たようなもので、その時の記憶は曖昧だという。俺としても同様だった。
当事者目線からは散々なアニマルパニックであったが、その報道は実にあっさりとしたもので。
建物等の崩壊は無く、気が立っていた動物たちも能動的に人へ襲い掛かるというよりかは、悲鳴やら音で刺激されたことが原因だったからか、直接的な死傷者は存外少なかったらしい。
どちらかと言えば間接的――メトロ付近または内部に人が押し寄せた結果、群衆雪崩が起きかけて骨折した人が多数見受けられ、中には圧死した人も出てきてしまった。
……原作では奇跡的に怪我人はゼロだったというのに、俺の介入のせいで変わってしまったのか。
優しい『渡』はもっと自分の時間を削っていれば、などと心を痛めていたが冗談じゃない。今でさえ俺の我儘に付き合っているせいで、他の生徒みたく呑気に学生生活も送れやしないのだ。
そも、秋原小学校一同の旅程と事件が重ならない可能性だってあったし、事前に罠を仕込む形では動物園に迷惑がかかる。張り込むにしたって何日、何十日かかることやら。
『ワタちゃん』
「……なんだよ?」
『ワタちゃんってば、ほんっとうに自罰的だよね』
未だ疲労が抜けきれず、重い足取りで独身寮の階段を上っている最中、ふとシアンが嘆息ひとつしてから声をかけてくる。
『今回もさ、私ら頑張ったじゃん。飛んでるだけでしんどいのに、避難が終わるまで動物さんたちの注意引き続けてたっしょ? それで助かった人、いっーぱいいるよ!』
「……事件さえ起こされなきゃ、怪我人が、死人は出なかったんだ」
『あのねぇ……聞いてなかった? 私ら、充分頑張ったの! ずっと前から犯人の目撃情報探して! 何度袖にされても何とかみんなに動いてもらおうとしてたじゃん!』
「そうだな」
『そもそも! 悪いのは犯人! ワタちゃんが責任感じる必要ないよ!』
「もっと良い未来を知っててもか?」
『ネッちゃんに丸投げするのが嫌だから頑張ってきたんじゃん! ネッちゃんだって失敗することだってあるし、知ってる未来通りに上手くいく保証だって無いでしょ!』
「かもな」
『確かに命は取返しがつかないよ? ごめんなさいしたって、遺族からしたらふざけんなってなる』
「なら――」
『だからってワタちゃんが全部責任しょいこむ必要は無いよ。未来知ってるって言ってもすっごい大雑把だし、全部がその通りになるって訳でもないし。手段を選ばないなら命を助けるだけなら他にも方法あったでしょ?』
シアンの言う通り、命を救う案だけなら幾つも思い浮かんだ。でも、それは、
『よかよか村からみんな追い出すとか乱暴で人の人生台無しにするようなものは選ばなかったでしょ?』
「当たり前だろうが」
『これは極論かもしんないけどさ。人には限界はあるよ。ワタちゃんより賢くて凄い人だってきっとそう。全部救えるなんて驕りだと思う』
「……だから割り切れって?」
『すぐには無理だと思うけどさ。でも、良く知らない人たちの為にずっと暗い顔してんの、私は嫌だよ』
ようやっと階段を上り切り、少しずつ生活感の出て来た自室に戻ってくる。
肩にかかった荷物を置いてベッドに寝転がりたい欲求を抑えながら洗面台へ向かう。
「ひっでぇ顔」
洗顔フォームを泡立て汗や汚れを落とし、何度も何度もぬるくなった水で洗い流すも鏡に映る顔は随分と青ざめていた。
「でも、笑わなきゃ」
胸の内がどうであろうと、口角を意識して上げる。
俺がいつまでも気にしたってどうにもならない。不謹慎だって思うのはきっと俺だけだ。
だからこの失敗は忘れないよう頭に刻みながらも、俺は前に進む。
不出来でも不格好でも俺は『渡』のヒーローだから。たとえ誰もが思い描くヒーロー像には荷が重くとも、『渡』が失望するまでは踏ん張ってやる。
「いつもありがとなシアン」
『ん。それでよろしい!』
相棒にお礼を言った後、俺は未だ眠る『渡』に誓うよう、握り拳を左胸を当てて笑うのだった。
時は流れて2週間。
一時は客足が遠のくかと思われたよかよか村だが、被害の様相を見に来た不謹慎な輩や根強いリピーターに支えられて原作通りとはいかないまでも観光地としてやっていける状態であるらしかった。
動物園としても被害者側ということもあって再オープンに踏み切れたとのこと。コンプラ意識の低さはエグゼ世界だと基準の範囲内なのだと思うと改めて恐ろしい世界だ。
世間、といっても極狭い『渡』の住む秋原町では事件の尾を引くこともなく、N1グランプリの二次予選について盛り上がっていた。
ここまでは宣伝も兼ねてか参加ハードルが低く、秋原小学校内でも見知った顔以外にもちらほらと通過者がいるようで、
「イエー! オレの勝ち! なんで負けたか明日まで考えといてください」
「むぅ……」
未だフルネームを知らないあっくんも現に調子に乗りまくった状態である。
ヒグレヤに設置されたネットバトルマシンの戦績も随分と勝ち越しているようで、修行の一環として五陽田警部とドギーにも対戦させてみたものの、なかなか勝ちを拾えずにいた。
先日の一件以降、五陽田警部の気合が空回りしているっぽいんだよなぁ。
よかよか村で久しく会えていなかった息子さんと再会し、連絡を取り合えるようになったのは喜ばしい事だが、それが原因で勝ちに執着し過ぎているというか。
とはいえ自分なりの戦術も固まりつつあるし、あれこれ口出しするのも難しいところではある。
「よーし! 次はオレ様たちの番だ! いくぞガッツマン!」
『生意気な後輩に目にも見せてやるでガス!』
「がんばるっちゅ! クマごろしのにいちゃん!」
回転率なんかを考えれば、それぞれ別の人と入れ替わるべきなのだろうけれど、周囲にいる人たちから不満の声も上がらず、次なるチャレンジャーデカオを迎え入れる。
ちなみにチサオが口にした異名の『熊殺し』の逸話としては、弟を守るべくデカオが熊にメンチ切ったところ、相手が退散していったことが起因しているらしい。
実際殺していない点はさておいて、弟を無事に守り抜いた事に関してはデカオは充分過ぎるくらい良い兄貴していると思う。
応援という形でマリィも熱斗たちと共にいるようで何より。こちらが目を向けると結構な頻度で目が合うものの、それらしい感情は見受けられないから勘違いはしないようにな、『渡』。
直接身体を張って助けたのは熱斗だし、あっても感謝の気持ちくらいだろう。
「――いや~お待たせして申し訳ないでマス。こちらがご注文の品でよろしかったでマスか?」
カウンター越しから日暮さんへ話しかけられたところで一旦観戦を取りやめる。
相も変わらずモサモサとした無造作ヘアに、どうやって視認しているかわからない糸目の彼を見た瞬間、思わず真顔になる。直接的な感情こそ見せないけれど、『渡』はまだまだ精神的に引き摺るものがあるらしい。
差し出されたバトルチップを受け取り、顔を寄せて確認する。
N1グランプリのレギュレーションに伴い、バトルチップにもスタンダード、メガ、ギガの3種類のクラスが設けられ、それぞれ灰色、水色、赤のカラーリングが施されることとなった。
で、指で摘まんだそれも水色に着色されていることからメガクラスチップだと一目でわかるようになっている。
肝心のラベルには、額に青い宝石が埋め込まれたのっぺりとした顔立ちに福耳の石像には赤い前掛けがされていることからお地蔵様だとわかる。
チップ名もそのまま【オジゾウサン】。そうエグゼプレイヤーなら言わずと知れた、みんな大好き【オジゾウサン】である。
系統は置物系、効果は【オジゾウサン】を目の前に設置し、それに攻撃を当てたものへバチアタリとして200ダメージの落雷を落とすといったもの。
ウイルス戦なら連帯責任として全体にバチアタリが及ぶ為、高バスティングレベルを狙ったり、厄介な相手には重宝したものだ。
特に『2』ではセーブの仕様を悪用すれば何枚も手に入ったことから【フルカスタム】に並んで複数枚フォルダに入れていたのも珍しくなかったなぁ。
「そうっすね。俺の希望した品で間違いないです」
「アッシも取り寄せるのになかなか苦労したでマスからね~。満足していただいたようで安心でマス」
時系列的にはもっと早く入手できるチップが今になってようやく手に入った理由? 勿論、この世界じゃ固定ミステリーデータなんて物がないからだよ!
原作では通常色の緑の他に、固定で中身が決まった水色、オープンロックと呼ばれるサブチップが無ければ入手できない紫色のミステリーデータがあったものの、俺の世界ではそんな仕様無いというね。
仮にあったところで早い者勝ち、みたいな風潮がある為、四六時中電脳空間にいるニートの持ちナビか、自立型ネットナビに大半持っていかれていることだろう。
当然、この【オジゾウサン】はコトブキマンションの中には無かったし、ウラインターネットにも落ちてなかったし、ましてやオラン島のショップでも売ってやしなかった。
日暮さんが目の色変えて「レアチップが~」と言っている理由がマジで体感できたわ。泣く泣く今世ではバトルチップをコンプするのは断念したくらいだ。
話はズレたが、せっかくの伝手を利用しない手もなく、日暮さんに調達してきてもらったのだ。
「一応、10500ゼニーも用意しましたけど……」
「い~や! バトルチップのトレードでお願いするでマス!」
鼻息荒く断固として言い張る日暮さんから若干距離を取り、ポーチからスタンダードチップを取り出して手渡す。
「……【ラットン1】のコードC?」
「10万ゼニーの代物っすよね?」
「な~んてボッタクリするでマスか!? ふざけてないでさっさと出すでマス!!」
おう言われてんぞ原作の日暮さん。
こっちの世界でも金持ち相手に阿漕な商売しないよう遠回しに釘を刺したつもりなのだけど、果たして聞く耳を持ってくれたことやら。
【ラットン1】に代わって今度は素直に目的のチップを彼の掌に載せる。
「おぉ~これが! 未使用の【NOビーム1】! す、素晴らしいでマス!」
【NOビーム】はナビの背後に何かがあれば使用可能とクセのあるチップだ。
そんな限定条件もあって、『1』の時点で攻撃力は200。しかも貫通効果に、短時間ながらも麻痺効果まで付くといった強チップである。
基本的には【ストーンキューブ】などの置物系を背にして使うのだが、中には敵の発射した武器でも使用可能なものがあったりと意外と仕様の幅が広かったりする。
そんなチップの入手手段としてはN.Oというウイルスをデリートした時の残留データをチップ化すればいい。
ぶっちゃけシークレットエリアというクリア後にしか行けないところにしか出現しないであろうN.O-3に比べりゃまだマシだ。
低確率過ぎる上に普通に強いからバスティングレベル上げるのキツかった記憶しかねぇ……。
「【バッドメディスン】、【カンケツセン】、【スチールリベンジ】を手に入れた暁には……」
「【ブラザーフッド1】、【ブラザーフッド2】のトレードといきましょうや」
握手を交わして互いにニッと笑い合う。
俺としてはウイルスを根気良く狩り続けるだけで原作知識の及ばないチップが手に入る、日暮さんはチップ収集に奔走するだけでレアチップが手に入る。まさしくWin-Winの関係だ。
「ところで話は変わるんすけど、あの機械って……」
「あぁ。先日設置したばかりのナンバートレーダーでマス」
カウンターの程近くに置かれたナンバーマンを模した機械を指差せば、日暮さんがホクホクした顔で説明してくれる。
「8ケタの数字を入力することで景品がゲットできる新しい試みでマスが……そのロットナンバーを一体どうやって入手できるのか気になるでマスよね?」
「そうっすね」
「それが! なんと! デンサン限定であのウエハースのオマケになったんでマス!」
知 っ て た。
しかしながら良くもまぁ実現したものだ。
『3』では菓子メーカーとして有名なロッ〇とタイアップしており、作中でもメトロの看板に描かれていたり、熱斗がウエハースを食べた感想を述べる小ネタがあったりと、割と凄い事になっていた。
で、それを原作再現された結果、開店してから1年にも満たない個人店が天下の大企業と提携とか、つくづく日暮さんが恐ろしい。
『4』のシナリオでもNAMとかいう大企業がスポンサーとして付いている事実が判明したりと、マジでどんな人脈しとんねん。
ついでにこの数か月後には経営不振になってタワシ屋に業態転換するって何だよ。
「期間限定でありマスし、お早めに購入お願いするでマスよ~」
「宣伝乙」
小学生相手にダイレクトマーケティングかました大人へ賛辞を送り、俺はナンバートレーダーの前に立つ。
作中ではウエハースのオマケ以外にも様々な場所でロットナンバーが書かれているのだが、建物なんかに落書きしてんの日暮さんの仕業かぁ?
「さて……」
このナンバートレーダー、RTA勢の御用達ともあって番号を知っているだけで序盤時点では手に入らないチップや後に登場するナビカスのプログラムが出てくるとあって、景品が非常に魅力的だった覚えがある。
時系列にまだナビカスは販売されていないにしろ、この段階で強力なチップが入手可能というのはかなりデカい。
特に『3』ではFコードでお馴染みの【バリアブルソード】だったり、シンプルに強くてカッコイイ【フミコミクロス】、ウイルスバスティングで有用な【コピーダメージ】、HPが減った分だけ攻撃力となる【ムラマサブレード】、未だに入手が叶わない【パラディンソード】、各4種属性に対応した専用チップなどなど。
日暮さん個人が用意したオリパのチップトレーダーはともかく、天下のロ〇テ様が関わっているともなれば期待も膨らむというもの。
「あれれー? おかしいぞー?」
『どったの?』
朧げな記憶を頼りに数字を入力するのだが、マジで当たらねぇ。大抵は数字が前後していたり、他のナンバーと混同していたりするのだが、何度試しても通らない。
もしかしなくとも……前世と番号が違う? バタフライエフェクトがこんな形で発揮されるとか、予想だにしねぇよ!
「よーし日暮さん交渉だ。貴方の知るロットナンバーと、これから話題になる【コオリホウガン】と交換しようじゃないか」
「守秘義務! 守秘義務でマスよ隠岐くん!」
その後、チップを上乗せしても口を割らない日暮さん相手に粘るものの、待ち望んだ連絡が入ったので断念するのだった。
オフィシャルの情報班から送られてきたデータを頼りに俺と五陽田警部率いるネット警察刑事課含む十数名がやってきたのは、寂れた様子の町工場だ。
人の気配は見られないものの、中では機械が稼働しているのか、それらしい音が聞こえてくる。
「よもやこんなところで例の食洗器を作っているとは……思いもよらなかったですな」
五陽田警部が言う例の食洗器というのは、巷で話題のバブルウォッシャーだ。
お財布に優しい価格でありながら高級のそれに引けを取らない性能とのことで、主婦層からの口コミが火付け役となり、瞬く間にヒット商品となったのだとか。
で、例の如くミーハーなゲンさんがつい先日購入していたので、そいつを強引に取り上げて科学省に押収した証拠品として
アポを取っていた英さんに、無人機による分解をしてもらったところ――超エキサイティン☆な爆発を引き起こした為、危険物だと認定。
各家庭に爆発物が広まっていることを危惧した科学省が消費者庁などに回収するよう通告する前に、WWWの関与が疑われるとあることないことぶちまけて、それを阻止。
どうにかこうにかバブルウォッシャーの分解させて中身を分析させたところ、食洗には向かないであろう物質が検出。更には遠隔で爆破が可能とも判明し、大々的に回収命令を出すのは免れた。
んでもって、情報班が流通先から生産元を特定。そこへ突入する準備が整ったという訳だ。
「これより突入を開始する。オフィシャルホワイト殿」
「はっ」
「貴殿には監視カメラの無効化を頼みたい」
「了解であります」
現場指揮を一任された五陽田警部へ慣れない敬礼をした後、俺は身を屈めて全身をマントで覆う。そうすることで透過処理により、監視カメラにも気付かれないという寸法だ。
法整備が追い付いていないのと、予算の問題で警察組織には配備されてないんだよな、これ。ぶっちゃけ取り締まる側の警察よか泥棒の方が需要ありそう。
プラグインポイントまで接近すれば、後は簡単。内部のプログラム君へ【バッドスパイス】をバラまき、混乱している隙を突いて彼らを工場内部へ侵入させる。
「電源確保ー!」
「緊急停止確認!」
「各員、プラグインした後、防犯プログラムを作動!」
「了解であります!」
流石はプロの仕事振りともいうべきか。真っ先に起爆できないよう工場内の電源を落とし、素早く各コンパネへ人員を配置。
プラグイン後はすぐさま相手が逃げられないよう、プラグアウト防止用のプログラムを展開したのだ。
一定の安全を確保されたところで、ようやく俺にもプラグイン許可が下りる。これが無理くり俺を突入部隊の一員にねじ込んだ条件だから文句のつけようもないけれども。
『なんでプクか!? なんでプクか!?』
突如として訪れた闖入者たちに、混乱を露わにする今回の元凶。
水色を基調としたぷっくりとした体型で、足先にはスイムフィン、背面にはボンベ、目元はバイザーに近いゴーグルと、どことなくダイバーに近いデザインをしている彼の名はバブルマン。
つぶらな瞳にたらこ唇、赤いほっぺと可愛らしい見た目にそぐわない、コミカルな動きこそしているが、原作だと食洗器で人間を殺しにかかる結構ヤバい自立型ネットナビである。
「【インビジブル】、【NOビーム1】」
バブルマンが爆弾のスイッチを握っている現状、不意打ちも已む無しだ。狡猾な一面もある為、下手なことをされる前に先手必勝である。
こちらの迎撃として放たれた複数のシャボン玉――バブルパレードを半透明になったシアンが掻い潜り、両腕をクロスさせる。
『キラリンチョ☆』
『ぷくっ!?』
【NOビーム】の条件を満たしたことでシアンの全身から光線が放たれ、バブルパレードの盾も貫通し、クリーンヒット。
しかしてバブルマンの対応も早い。即座に【バブルラップ】を全身に纏い、【ユカシタ】で安全の確保を図る。臆病なところがある彼の二重の防御策だ。原作の岩に隠れるムーブより厄介なことをしてくるが、今の手持ちならば対処も可能。
「【オジゾウサン】」
『疑惑の判定』
シアンが前方に【オジゾウサン】を設置した直後に泡が被弾――通例とも言えるバチアタラセにより、【オジゾウサン】が目を見開くとバブルマンに向けて落雷が降り注ぐ。
『ぷぐぅうううう!?』
バチアタリは【インビジブル】系統の貫通効果があるのは元より、ウラの検証スレでバチアタリが電気属性なのは確認済みよ。
弱点属性に加えて【バブルラップ】も込みの4倍ダメージに、穴から飛び出たバブルマンがうつ伏せに倒れる。
「残りHPは?」
『多分オッケー』
「【エレキプリズン】」
シアンからのGOサインを得て、無防備を晒す敵に対してオリジナルチップを投入。
俺が独自に開発を進め、8割方を名人さんに手直しされてできたチップの効果は、ネットナビを檻に閉じ込め、HPが1割以下の場合は無力化する非常に強い効果を持っている。
やっていること完全に悪の組織ムーブではあるが、仕方あるまい。こうでもしないと俺たちの目的は果たせないからな。
シアンがプラグアウトするのと同時に檻inバブルマンをPETに転送。ついでに科学省謹製のプレスプログラムで圧縮しておく。
「作戦終了! 直ちにこの電脳の解析に移る! 爆発物処理班、解体の方を進めろ!」
スムーズな流れで現場検証に移る五陽田警部たちを尻目に、俺は若手の刑事に連れられて現場を後にする。
いかつい護送車に載せられ、揺られることしばらく。送られた先はネットナビ専用の刑務所――ではなく科学省。既に話は通されているからか、受付を素通りしてエレベーターで地下に向かう。
一般開放された1階ロビーと異なり、飾り気のないLEDが照らす殺風景な廊下を抜け、外部からの通信を遮断する研究室へ足を踏み入れる。
「やあ。待っていたよ」
「どうも光博士」
忙しい研究の合間を縫ってわざわざ俺と対面したのは勿論、バブルマンを解析する為だ。
「進捗の方は如何です?」
「私の口からは言えないなぁ」
光博士が操作するコンソールにバブルマンを転送。彼は【エレキプリズン】を固定し、手際良く檻の内部へ強制停止コマンドを入力し、バブルマン.EXEは稼働を停止。
実質無抵抗となったネットナビの身体を弄り回し、行動ログからWWWの本拠地を割り出したり、WWWの次なる目標を探ったりする為である。
俺の聞いた進捗というのも西古や犬飼から回収したPETから情報を引き抜けたのかどうかを問うたのだが、そのポーカーフェイスからは何も読み取れない。
言外に直接の上司である貴船総監から聞け、とお達しだ。
「流石はDr.ワイリー。周到に、バブルマンという個体にも強固なプロテクトが仕込まれているみたいだ」
「時間がかかりそうですかね?」
「プロテクト自体は然程でもないさ。しかし……暗号化されているのが実に厄介だ」
ひとまず、暗号化されたログデータをコピーして、後はこちらではなく自分の研究室で解析を進めるらしい。用済みとなったバブルマンを再びPETの中に戻して、俺は辞去することに。
「ではお疲れ様でした」
「君の注文通りバブルマンへマーキングは施しておいたけど……野放しにするつもりじゃないだろうね?」
去り際、固い語調で光博士が釘を刺してくる。色々と独断専行が過ぎた俺に今回もやらかさないか心配しているらしい。
「【エレキプリズン】の保険、みたいなモンですよ。
バブルマンにWWWの本拠地まで案内してもらうつもりはない。むしろその逆だ。
せいぜい、WWWの方から迎えに来てもらうつもりである。
バブルマンの兄貴分であるドリルマン――プロト強奪の為に開発された自立型ネットナビを誘い出し、テトラコードを