隠岐渡がバブルマンを餌にWWWを待ち受けるよりも、時は遡る。
ネットワーク技術の粋が集まる科学省に元WWWの彼らはいた。
「ほ~んと、人遣いが荒いんだから!」
打鍵する指を止めることなく、色綾まどいがぼやく。
普段ならばオフィシャル本部に缶詰めなのだが、元WWWの腕を買われて科学省に派遣されていた。
未だ監視の目があるとはいえオフィシャルの外に出された、ということはある程度の信用は得られたと言っていい。
何となく認められた気もして悪くない、とまどいは思うものの、それはそれとして仕事は面倒だった。
「えーっと……ここは……」
「そこはだな――」
元来興味の無いことに集中が続かないまどいはディスプレイから目を離し、同じ立場の同僚を見る。
パーマのきいた鮮やかな赤毛を一纏めにした火野ケンイチ――ヒノケンが若い女性職員に教えているらしかった。
ひとつの画面をふたりで覗いている関係上、どうしても身を寄せ合うことになるのだが、それを考慮しても彼らの距離はかなり近い。
「なるほど! ありがとうございます!」
「あぁ」
肩と肩が触れ合うも気にする素振りもなく破顔する女性職員。いいや、むしろ化粧気の薄い顔がチークでも塗ったかのように上気していて。
血の気の多いヒノケンには珍しい穏やかな表情で対応している辺り、彼もまんざらではないようだ。
「ヒーノケン!」
「ンだよニヤニヤして?」
「あの子と! いい感じじゃない?」
「そんなんじゃねーよ。頼るのが下手なヤツにお節介焼いてるだけだ」
「柄にもなく? へー?」
うんざりとした顔をしたヒノケンの脇腹を人差し指で突いて身を捩らせる。その際、女性職員がどことなく不安に瞳を揺らすのを横目で確認したまどいは、にんまりと笑みを深める。
「うっせぇ。とっとと仕事片付けんぞオバサン!」
「はーっ? オバサンなんてどこにもいないしー? 目ぇ腐ってんじゃないの北京原人?」
「全く子供じゃあるまいし……実に嘆かわしい」
「カレー食べながら仕事してるヤツには言われたくねーんじゃねーノ?」
自粛という言葉を知らない元犯罪者たちへ、流石に目が余った上役が叱責を飛ばそうとした時、
「うわっ!?」
けたたましい警報音があちこちから鳴り響き、緊急事態を告げる。
「科学省中枢エリアに未確認ナビが侵入! その数……1!?」
「とんでもないスピードでファイアウォールが破壊されていきます! このままでは……!!」
「ええい! 迎撃部隊は何をやってる!?」
「既に全滅しております……!」
技術者たちが混乱に陥る最中、場違いとも思える小さな人影が小走りで姿を現す。
「ネットセイバー参上! オレたちが来たからには好き勝手させるかよ! いくぜロックマン!」
『うん!』
「プラグイン!! ロックマン.EXE! トランスミッション!」
身分を証明するライセンスを提示するや否やコンソールへプラグインする青いバンダナが特徴的な少年、光熱斗。そんな彼を尻目にまどいは上役からの指示を待つのだが、
「ダメね。こっちに構ってる余裕ないみたい。どうしよっか?」
「自己判断で動くナ、なんて命令食らっちまってるしヨ。光熱斗も来てるシ、ミーたちは見学でオッケー?」
「きかんぼうが勝手な動きをする前に……ヒノケン?」
喧嘩上等の同僚が先走る前に、とマハ・ジャラマがヒノケンの肩に手を置くのだが、その反応は薄い。
既にプラグインされたPETに視線を落としたまま、ヒノケンは呆然とした様子だった。
「ワイリー様のナビだ……」
「はぁ……?」
「何……?」
「Oh!?」
思わずヒノケンのPETに顔を寄せるまどいたち。そこに映るのはヒノケンの新しいネットナビのフレイムマンと対峙するボンバーマンの姿があった。
『新顔だがこの形式間違いねえ。おめぇ、ヒノケンのナビだろ?』
「……あぁ。で、わざわざ何の用だよ?」
未だ科学省職員たちが対処に追われている辺り、ボンバーマンとの接触は秘密裡に行われているようだった。
先行して侵入したナビを陽動にするとしても、その進行速度は異常の一言に尽きる。まどいたちの知見では、重厚なセキュリティを易々と突破する侵入者の正体がまるきり想像できない。
まるで陽動ではなく、正面突破する侵入者こそが本命と思えてしまう。
『ヒノケン。おめぇ、もう一度ワイリー様の麾下に入らねぇか?』
「……今更かよ」
思わず疑問を口にしたヒノケンだが、まどいとしても信じられなかった。
立場故に手に入る情報は限られているが、それでもオフィシャルで働く身だ。末端であるまどいたちの耳にも犯罪組織の名は届く。
無論、WWWが活動を再開したことも知っていた――まどいたちを解放することもなく、活動していることを。
要はワイリーに見捨てられたのだ。今後の活動に、いらないと思われていた筈なのだ。
「待ってください……ヒノケン
ワイリーの一番の信奉者を自称するマハ・ジャラマが、わなわなと唇を震わせてそう言った。
『あぁ。おめぇには言ってねぇ』
「何故です!? 私はワイリー様の右腕! ヒノケンだけを誘う理由などある筈がないでしょう!」
『あー……オレは詳しく聞いてねぇんだが……何となく理由はわかるぜ。ヒノケンだけが強さを磨いてきた。違うか?』
ボンバーマンからの問いかけに、まどいたちからの反論は無い。
監視下に置かれた環境を言い訳にもできない。ヒノケンはヒートマンに続いてフレイムマンを開発したのだから。
に対して文句を言うマハ・ジャラマはどうか。
今後を考えて潜伏に努めてはいる。けれど、現在のWWWに直接寄与しているかと言われれば否だ。
持ちナビのマジックマンへも現状で満足し、大した戦力にならないと思われた。まどいやエレキ伯爵も同様。
もう動き出しているのだとすれば、ワイリーが欲するのは頭脳ではなく、その手足。戦力となりうるヒノケンである。
『で、どーすんだヒノケン? オレたちと来るのか、来ないのか?』
「……少しだけ待ってくれ」
『おめぇの言える立場か……なんてワイリー様なら言うだろうが、いいぜ。
ボンバーマンはそう言ってプラグアウトする。侵入した目的を果たしたとばかりに。
「何故だ!? 何故、私にお声をかけてくれなかったのですかワイリー様!?」
ボンバーマンの姿が消えてから遅れて取り乱すのは意地なのだろう。マハ・ジャラマは己の髪を搔きむしり、苛立ちを込めた視線をヒノケンにぶつける。
しかし、当の本人はPETを見つめたまま動かない。
「ねぇ、ヒノケン? もしかしてアンタ、あの申し入れ受けようってんじゃないでしょうね?」
「そうです! 貴方ひとりで、などというのは許しませんよ! 私も加えていただけるよう具申なさい!」
「そうじゃないってのマハ・ジャラマ!」
醜態を晒すナマステー人をひと睨みしてから、まどいはヒノケンの胸倉を掴んで無理やりにでもこちらに向かせる。
「わかってんでしょうね? ワイリー様に付くってことは……!」
「……あぁ。わかってるよ」
「だったら答えはノーでしょ!」
「何を言うのです、まどい! 断る理由などないでしょうに!」
「あるに決まってんでしょ! それをヒノケン、アンタがわからない訳がない!」
ワイリーに心酔するマハ・ジャラマに目もくれず、悩む素振りを見せるヒノケンを揺らして再度問う。
「ワイリー様は……科学省も、オフィシャルも、今のアタシたちの生活、全部壊すつもりだって!」
かつての自分は納得していた。
それはまどいにとって、彼女の世界の範疇になかったからだ。
自分というものを表現しても、周囲はまるで受け入れてはくれない。自分を理解してほしいのに、理解してはくれないのに、他人ばかり理解を求めてくる。
そんな世界というものが嫌いで、彼女は狭い世界で気ままに過ごしてきた。
そこにワイリーが現れて、彼女の求める刺激をくれた。その為なら世界なんてどうなってもいいと本気で思っていた。
けれど、伊集院炎山と隠岐渡に野望を阻まれ、奉仕活動を義務付けられるようになってからは。
やりたくもない仕事をやらされ、趣味の時間も碌に取れないし、良い男との出会いもまるでない。窮屈な日々の繰り返しで飽き飽きしそうで。
でも、WWW以外に、色綾まどいにとっての居場所ができたのだ。
他人と関わる機会が増え、敵だった筈の女性職員が敵じゃなくなった。同じ人間なんだと、思い知る事になった。
趣味は全然違うけれど、「いいじゃん」って思えるようになった。相手も「悪くない」って返すようになった。
無理解に思えた事柄が、変わっていく。
彼女のありのままを受け止めてくれることはなかったけれど、自分の心のデコボコが相手のと組み合った気がした。
人が人なんだって、心の底から理解できた気がしたのだ。
「アンタはそれでいいの!? ヒノケン!!」
今のまどいにとって、彼らの世界は自分の世界の一部だ。それを壊されるなんて、嫌に決まっている。
「……良かねーよ」
「ヒノケン!」
「でもよォ……ずっと、ずっと満たされねーんだ」
まどいと同じく、ヒノケンにとっても今の暮らしは悪くないと思っていたらしい。
けれど、彼らの意見は食い違う。
今のまどいがワイリーよりも今の生活を優先したように、ヒノケンもまた自分の一番の感情を優先させるつもりだった。
「知っちまったんだよオレは! ひりつくようなネットバトルが! 己と、己を取り巻く世界を懸けた戦いの味ってヤツが忘れられねーんだよ!」
それはまどいには到底理解が及ばない感情だろう。
彼女にとってのネットバトルはただの手段で、それ自体が目的になったことなんて一度もありはしないのだから。
「知らなきゃきっと満足してられたさ! 熱斗とロックマン、あいつらとバトルできるだけで本望だろうよ! でも、フリーズマンとの死闘で気付いちまった! もう普通のバトルじゃ満足できねぇってことによォ!」
今の今まで押し殺してきた感情が溢れ出るばかりに、ヒノケンは叫ぶ。
その瞳に狂気を滲ませて、まどいを見る。薬物中毒にでもなったかのように、苦し気に笑って。
「オフィシャルの強い奴らが必死こいてオレたちへ挑んでくるところを想像しちまうとさ……燃えるんだよ! 生きた心地ってのを取り戻せる気がするんだ!」
「アンタ……ほんっとうにバッカじゃないの!?」
「あぁ、バカなんだろうな。でもそれがオレだ」
まどいとの対話によって決意したらしいヒノケンが遠くを見やる。もう話は終わりだと打ち切ったのを、彼女は納得がいかず噛みつこうとしたところで、
「でもヨ、ヒノケン。今のユーは楽しくなさそうだゼ?」
「何言ってやがるエレキ伯爵? オレはこんなに笑ってんのによ?」
「言葉にしなくたって辛いってのはミーでもわかるゼ」
ずっと黙っていたエレキ伯爵が口を開いた。いつも浮かべる軽薄な笑みはどこへやら、真顔で言葉を続ける。
「お前のフレイムマン。更なる強さを求めて作ったんだろうけどヨ。それだけじゃなくテ、ヒートマンじゃ戦いにくいって思ったんじゃねーのカ?」
「あ?」
「ロックマンたちと仲良くなったヒートマンがユーの未練じゃねーのかヨ?」
果たしてエレキ伯爵の言葉は図星であった。
元WWWの彼らにこそフレイムマンの存在を明かしていたが、宿命のライバルと定めた光熱斗にその存在を一切明かさなかったのは、気持ちの切り替えをするつもりだったのではないか。
そんなエレキ伯爵の問いかけに、ヒノケンは沈黙で以て肯定した。
「お前が楽しくやれねーってなら、オレは反対だゼ?」
「だったらどうするよ?」
「ヒノケンの大好きなバトルで止めてやるゼ!」
「止められるもんなら……止めてくれ」
「加勢しますよヒノケン!」
「あぁ、もう……!」
突然の襲撃に揺れる科学省で、元罪人たちが己の職務を放り投げて対立する。
比較的理性を保ったまどいもまた、ヒノケンの暴挙を止める為、PETを構えた。
「「「「プラグイン!!」」」」
「フレイムマン!」
「マジックマン!」
「エレキマン!」
「カラードマン!」
「「「「トランスミッション!」」」」
『ボボ!!』
『うわっちぃ!?』
言語プログラムの容量すら削った戦闘特化のフレイムマンは脅威に尽きた。
華奢な体躯に簡素なデザインから想像もつかないほど、その全身から噴き出る炎の余波でカラードマンのHPがじわじわ削られていく程だ。
『アクアタワー!』
基本攻撃となるファイアブレスは広範囲ながらも不利属性だろう【アクアタワー】を打ち負かす。圧倒的な火力差を前に、カラードマンとエレキマンは防戦一方となっていた。
「バトルチップ【ブーメラン】! スロットインッ!」
『ぜやあああ!!』
それでいて攻撃特化ではなく、フレイムマンの背後に控えるローソクの置物によって様々な恩恵を施してくるのが実に厄介であり、エレキマンはその対処に追われるのだが、
『Magic Fire!』
せっかくローソクの火を【ブーメラン】によって無力化するも、マジックマンの援護によってすぐさまローソクの火が灯ってしまう。
「あぁん、もう! ウザったい……!」
「短気は損気と言いますよ、まどい?」
「うっさい! 戦力外通告の助っ人外国人!」
自慢のツインテールを揺らして首を横に振り、まどいは歯を食い縛る。
カラードマンの性能ではフレイムマンに太刀打ちできないと嫌というほど身を以て味わった。けれど、だからといってハイ降参、といく訳にはいかない。
ここでヒノケンを止めなくては後悔することになるだろうから。まどいも、ヒノケンも、だ。
「バトルチップ【デスマッチ2】スロットイン!」
「おいおい、自分から逃げ場無くしてどうするつもりだ?」
「逃げ場を失ったのはアンタも同じ!」
カラードマン、フレイムマン、エレキマン、マジックマンの周囲が穴パネルと変わり、誰もが移動不可となる。そのついでにマジックマンの召喚陣も潰せたので援護も難しくなった事だろう。
「やっちまえフレイムマン!」
「貴方もですマジックマン!」
地形変化系チップを使ったことですぐさま攻撃に移れないと判断したのだろう。カラードマンへ集中砲火の態勢を見せる彼らに対し、
「カラードマン!」
『はいなっ!』
まどいの掛け声に合わせてカラードマンがボールの反動を用いて直上に跳ぶ。その直後、ファイアブレスがカラードマンの足元を通過し、
『Magic Fire!』
時間差をつけてマジックマンの追撃が入る。果たしてマハ・ジャラマの狙いは、
『残念でした~! べろべろべ~!』
2段ジャンプの要領で玉を蹴り、更に上昇。青白い炎もまたカラードマンに届かない。
「使わせてもらうわよ! バトルチップ【カンケツセン】スロットイン!」
そのチップは、かつてのまどいでは手に入れることもしなかっただろう。
気まぐれに乗った恋愛相談で、彼氏をゲットした女性職員が幸せマウントと共にくれたチップなのだから。
「フレイムマン!」
穴パネルへ吸い込まれた【カンケツセン】はその名を現すように、着弾点周囲に水柱を噴き出した。
弱点属性による大ダメージに加えて、補助効果をもたらすローソクまでも消火する。
「バトルチップ【ライトニング】! スロットインッ!」
その追撃に、ローソク目掛けて雷が降り注ぐ。
きっと欲望に目が眩んだ彼らにはわからない。マジックマンが援護に徹したところで、コンビと言い難い彼らと違い、カラードマンとエレキマンにはしっかりとした協力関係があった事に。
【カンケツセン】によって水が発生する数フレームだけ、穴パネルはアクアパネルと同等の効果を発揮することを。
HPが危険域に達した彼らはプラグアウトを余儀なくされ――
「まだだ! まだ終わっちゃいねー!」
『ボッ……!!』
PETに戻ったマジックマンと違い、フレイムマンがヒノケンの気炎を吐くのに合わせて戦闘継続の姿勢を見せるが、
「この大バカ!!!!」
ルール無用のオペレーターへの直接攻撃。まどいがヒノケンの頬へ強烈なビンタをかます。
「勝負はついたの! アンタは負けたの!」
「負けてねーッ!」
「みっともない真似、晒すんじゃないわよ! こんなところで意地張って何になるワケ?」
物分かりの悪いヒゲ面へ再度平手打ちをしたまどいは、容赦なく人差し指と中指で鼻フックを決めると、強引にヒノケンの頭を動かす。
「見なさいよ!」
「……!」
その痛みに顔を引きつらせたヒノケンが目の前にある光景を見て目を見開く。
今までノイズでしかなかった科学省の――世話していた若い女性職員が涙目になって手を動かす姿が目に入ったからだ。
「後輩ちゃん泣いてるでしょ?」
「……あぁ」
「アンタ、これと同じことするって本気で理解した?」
ネットバトルに取り付かれた大馬鹿は、ここに至ってようやく実感する。仄かに芽生えた暖かい感情を踏み躙ってまで優先させなければならない衝動なのか、を。
「……あぁ」
色綾まどいがいなければ、エレキ伯爵がいなければ、ヒノケンは見て見ぬ振りどころが気付きもしなかったのかもしれない。
そんな当たり前の事実を、他人事として処理していたかもしれない。
「オレは……」
かつての尖っていたヒノケンならば覚悟を決められた。自分の都合だけを優先して、戦いに身を投じていたことだろう。
ただ、今のヒノケンはどうだろう?
敗北したのを認めず、胸の内に渦巻く炎を御し切れず、己を見失う弱い彼に選べるだろうか?
「ワイリー様だって絶対なんかじゃない。間違えることだってきっとあるわよ」
まどいは今までの人生が間違っていたとは思わない。けれど、すべての選択が正しかったとは今は言えない。
「少なくともアタシは正しいって思えない。アンタはどうなのヒノケン?」
「わからん……けど、迷ってるようじゃ、ワイリー様の手助けにはならねーだろうな」
その顔から危うい気配を消してヒノケンはまどいの手を払って、新しくできた後輩の応援に向かう。
決断というにはあまりに曖昧ではあったが、まどいは何も言わずにその背を押してやる。
「大馬鹿なのは貴方方でしょうに! せっかく巡ってきたチャンスに何故飛びつかないのです?」
「盲目的に従ってきた結果がどうなったか忘れたのマハ・ジャラマ?」
「……」
ドリームウイルス完成の為に身を粉にして働いてきた結果、オフィシャルに捕らえられてから数か月、一向に助けてくれる気配などなかった。
蜘蛛の糸を垂らしたのだってヒノケンだけ。どれだけワイリーを思ったところで現実は変わらない。
「やり方は決してひとつなんかじゃないわ」
「そう、でしょうか?」
「ワイリー様に認められたコがいたでしょ? 対立する方向でね」
隠岐渡という生意気なボーヤを思い浮かべて、まどいは何とも言えない表情を浮かべる。
今の境遇はそんなボーヤが原因の一端であり、どうしたって不満をぶつけてしまいたくなるのだ。
倣うのも癪だし、協力するのも「うげー」となるが、今の色綾まどいが選ぶ道とすれば、きっと隠岐渡の近くに違いない。
光熱斗とロックマンが犯人と対峙したのは、ほんの一瞬のことだった。
身構えた脇をすり抜けていった赤いナビの背中を追うのだが、なかなか追いつくこともできず。終いには、予想だにしない障害が彼らの前に立ち塞がった。
『熱斗くん……!』
「この感じ……覚えがあるぜ!」
科学省エリア全体が揺れ、空間に歪が生まれる。
そこから現れるは全身を覆い隠すローブ姿の、頭部がコウモリに似た黒いナビ――フォルテ。
「……強者の波動を持つ者よ」
睥睨するだけでも伝わってくるプレッシャーにロックマンは半歩後ずさり、画面越しの熱斗も息を呑む。
初めて遭遇した時は敵として認識もされず、アリを踏み潰すように一方的な敗北を喫した。
「でも、あの時とはもう違う!」
『ボクたちならやれる!』
『どうかオレの渇きを満たしてくれることを願う』
マントを翻し、両腕を晒すフォルテ。あからさまに攻撃へ移行する仕草にロックマンは、
『ロックバスター!』
先手は譲らないとばかりに自身に内蔵されたバスターを発射するも、フォルテの身体に届くことなく弾かれる。
「【ドリームオーラ】か……! ならバトルチップ【スーパーキタカゼ】――」
『来るよ!』
熱斗が紫色のオーラへの対処に移る前に、フォルテの両腕から弾丸の流星雨が降り注ぐ。小手調べとするにはあまりに厳しいシューティングバスターだ。
「スタイルチェンジ!」
『ウッドシールド!!』
チップでの援護は間に合わないと即座に判断した熱斗は防御特化のスタイルチェンジを敢行。
ロックマンを纏うファーストバリアが消え去る前に態勢を整えさせ、シールドを展開。
戦闘を重ね、レベルアップを果たしたことでジャストガード時にHPの回復効果が発動するようになったスタイルチェンジはより盤石なものになったと思われたのだが。
『ぐうッ!?』
「ロックマン……!」
圧倒的な物量を前にロックマンがシールドごと圧し潰されそうになる。切れ目を狙って都度シールドを展開するのだが、防ぎきることは叶わずHPの2割がもっていかれる。
「バトルチップ【カワリミ】スロットイン!」
間髪入れずにアースブレイカーを直接叩き込もうとするフォルテに対し、熱斗が滑り込みで【カワリミ】を転送。間一髪で難を逃れたロックマンが反撃の手裏剣を放つも、やはり【ドリームオーラ】に阻まれてしまう。
「なら! バトルチップ【ユカシタ】、【スーパーキタカゼ】ダブルスロットイン!」
ロックマンをパネル下へと避難させ、バリア及びオーラ系を無効化する広範囲の突風を吹かせるものの、
『はぁあああッ!!』
『なっ……!?』
それに少し遅れてフォルテが右腕を大きく振るうと、それに合わせて同質の風が起こされる。正面衝突したそれらは一瞬の拮抗の末、掻き消える。
「【スーパーキタカゼ】で【スーパーキタカゼ】を打ち消した!? ンなことできるのかよ!?」
『驚いてる場合じゃないよ熱斗くん!』
不規則な動きで接近するフォルテがアースブレイカーを叩き込む。ロックマンへダメージこそ通らないものの、周囲のパネルが破壊され、身動きが取れなくなってしまう。
『このままじゃ狙い撃ちされちゃうよ!』
「わかってる! バトルチップ【エアシューズ】! スロットイン!」
いつ対【ユカシタ】の攻撃が来るかもわからず、自ら安全地帯から脱してフォルテと対峙する。
迫り来るダークアームブレードの初撃をシールドで防ぎ、背面に回ったフォルテの追撃を【エアシューズ】のホバーを利用して回避。
「バトルチップ【シラハドリ】、【エアシュート】ダブルスロットイン!」
三度目の斬撃にカウンターを合わせ、何とか【ドリームオーラ】を破ることに成功し、喜ぶのも束の間、
「【ドリームオーラ】が復活するのかよ!?」
『……これは参ったね』
対フォルテを想定しなかった熱斗はもう手持ちに【スーパーキタカゼ】と【エアシュート】が残っていない為、【ドリームオーラ】を破る程の高威力が必要となった。
単体のチップでは必然的に高レアリティのものか、限定的な条件を持ったクセのあるチップばかり。後は必殺とも言えるプログラムアドバンスもあるが、
(カスタムスタイルじゃねーとフォルテ相手じゃ隙がデカ過ぎる。かといってシールドスタイルじゃなくなったら防御にチップを回すとなりゃ、攻撃するのに一歩出遅れちまう)
かつての偽物相手のように、連続してのスタイルチェンジの切り替えは後隙が生じてしまう。【ドリームオーラ】による行動の最低保証があるフォルテ相手では相打ちも狙えない。
残る手立てとすれば、
「ロックマン、バグスタイルだ!」
『……ダメだ! やっぱりできない!』
4属性のスタイルチェンジと違って狙って出せる代物ではないからか、ぶっつけ本番の今も上手くいかなかった。
『……抵抗は終わりか?』
『まだだ! 熱斗くんガッツスタイルでいこう!』
スーパーアーマーにより怯むことなく攻め続けられるガッツスタイルならば前述の事を気にする必要はなくなる。
ただし、ダメージをモロに受ける肉を切らせて骨を断つ脳筋戦法ではフォルテとのダメージレースに勝つのが前提条件だ。
「……やるしかねーか」
ここでフォルテを野放しにしては科学省がどうなるのか、わかったものではない。今も勤務している父、光祐一朗の為にも引く選択肢など熱斗には思い付きもしなかった。
「バトルチップ【バリア】、【クイックゲージ】ダブルスロットイン!」
『スタイルチェンジ! ヒートガッツ!』
【バリア】によって一度だけフォルテへの攻撃を肩代わりしている間にロックマンが再度スタイルチェンジを果たす。
換装したヒートガッツバスターを牽制に用い、
「バトルチップ【エリアスチール】スロットイン!」
ワープを交えて攪乱を続ける。馬鹿正直に突っ込んでは遠距離から蜂の巣にされるだけ。
勝負所に持ち込む前にHPを減らしてしまったら元も子もない。
『……ヘルズローリング!』
『来た……!』
シューティングバスターの追い込み漁からの、両腕に丸ノコ状の黒いエネルギーを生み出す。
その大技故の僅かなチャージ時間にロックマンは果敢に彼我の距離を詰める。迫る黒輪はカーブを描いてロックマンへと迫るのを、
『いっけぇッ!!』
チャージショットを後方に向けて発射。その反動で身体が宙に押し出されるのに少し遅れて回転する黒輪がロックマンの背後を通過する。
「バトルチップ【ゼウスハンマー】スロットイン!」
前傾姿勢で空中を流れるロックマンは両手にハンマーが出現するのと同時にそれを振り下ろす。
腹に響くような重低音と共にエリア全体へその衝撃が伝達し、対峙するフォルテもまた例外ではなかった。
彼の身体に纏った紫色のオーラが力負けするのを確認する暇もなく、ロックマンは反作用に逆らわずに宙返り。そして掌を向けたフォルテの眼前へと躍り出て、
「バトルチップ【フレイムソード】、【アクアソード】、【エレキソード】、【バンブーソード】スロットイン!!」
『プログラムアドバンス!! エレメントソード!!』
エアバーストによる光弾をその身に受けながらも、4属性の斬撃をフォルテの土手っ腹へ叩き込むことに成功した。
『げほげほっ……どうだ!?』
至近距離で受けたことで致命的とまではいかないものの、よろめくロックマンが見たのは未だに健在な様子のフォルテの姿だった。
『戦いはこうでなくては面白くない……!』
『くぅッ!?』
僅かに口角を釣り上げたフォルテが己のダメージを気にする素振りもなく、ダークアームブレードを展開して急接近するのを、ロックマンは咄嗟にヒートガッツソードで受け止めるも力負けして吹き飛ばされる。
「ロックマンッ!!」
【リカバリー120】で回復させながらも熱斗は動揺を隠さず相棒の名を叫ぶ。
彼の目からもP.Aの直撃は確認できた。倒すまではいかなくともロックマンのようにダメージによる影響が出てもおかしくない筈なのに、画面に映る戦闘狂には微塵も感じられない。
そうこうしている内に【ドリームオーラ】も復活して身を削る挑戦を強いられる。同じ手口はもう通用しないであろう状態で、だ。
「――随分と情けない顔をしているな、光」
その声がした途端、フォルテが追撃の手を止める。標的が赤い影に搔っ攫われたからだ。
「炎山!!」
『ブルース……助かったよ!』
いつの間にやってきたのか、熱斗の隣にはいけ好かない顔をした伊集院炎山が。ロックマンの傍らには持ちナビであるブルースがそこにいた。
「スタイルチェンジの力を得てから、それに頼り切りになるからそうなるんだ」
「……来て早々に説教かよ?」
「【バブルラップ】を使えば少しは持たせられるとは考えつかなかったか?」
「持ってる前提で話進めんなよっ!」
憎まれ口の炎山に語調こそ不満を示す熱斗だが、その表情に浮かぶのは別の感情で。それを指摘することもなく、炎山は電脳世界へ意識を向ける。
「ブルース」
『はっ、炎山様』
「見ているがいい光。スタイルチェンジは貴様の専売特許でないことを!」
『スタイルチェンジ! ムラマサスタイル!』
フォルテから大きく距離を取った後、ブルースの姿が変貌する。
赤く尖った頭部が三度笠に覆われ、肩から腰にかけてマントに似た紺色の合羽が伸び、左手のソードが刀状のものへと換装される。
「バトルチップ【フミコミクロス】スロットイン!」
『命を啜れムラマサ!』
エクスプロージョンへの回避も兼ねた瞬間移動攻撃。だが、通常であれば十字傷を負わせるこのチップ単体だけでは【ドリームオーラ】を破れない筈だった。
しかし、ブルースの切っ先は確かにそのオーラを突き破って見せる。
「……ブルースのHPが減ってる?」
「ムラマサスタイルの能力だ。自身のHPを消費した分だけソード系の攻撃力に上乗せさせられる」
「そういうことか! でもその分、敵からの攻撃がキツくねーか?」
炎山はPETを睨んだまま熱斗の疑問に答えない。口にすれば隣のバカがうるさくなるのが明白だったからだ。
熱斗が指摘したようなリスクの他にもムラマサスタイル時にはHPの回復もできなくなる短期決戦向け。フォルテからの攻撃など一発でも貰えば致命的なのは炎山も重々承知だった。
それでもスタイルチェンジを発現したのは【ドリームオーラ】をこの手で突破したかったプライドも含まれていた。
――未だに脳裏に残る光景がある。多人数で挑んでも倒すことが叶わなかったドリームウイルスを単体で倒すロックマンを。力業ではない形で【ドリームオーラ】を破ってみせたシアンを。
ブルース共々、羨み妬む感情をずっと持ち続けているくらいに、彼らは密かに力を望んでいたのだ。
『2対1ならいける!』
「炎山の援護ってのは気に食わないけど、しゃーない! 協力するぜ!」
「せいぜい足を引っ張らないよう頑張るんだな」
『いくぞロックマン!』
公式最強のコンビが、電脳の破壊神に挑む――
『……チッ、老いぼれめ』
勝負に水を差されたフォルテがロックマンとブルースを一瞥するも、撤退を選んだのか再び電脳世界へ歪みを作り、その中へと消えていく。
身構えていたロックマンは完全に出遅れ、何とかブルースが追撃のソニックブームを放つも、結局その姿に追いつかぬまま空を切った。
『逃げ、た……?』
「だーっ! これからって時に逃げんじゃねーっ!!」
張り詰めた緊張感から解放されて腰が抜けたロックマンとは対照的に熱斗が地団太を踏む。
その隣で冷静さを保った炎山は速やかにブルースへ電脳世界の被害状況の確認作業に移らせる。
「……我々の負け、か」
炎山が科学省に辿り着いた頃には、既に先行した侵入者は保存していたテトラコードと共に姿を消していて。
ならば、せめて敵戦力を削るべく熱斗とロックマンがいる戦場に駆け付けたものの、結果は振るわないときた。
「この借りは高く付くぞDr.ワイリー」
完全なる負け惜しみなのだとしても、処理し切れない感情を零すようにして炎山は静かに呟くのだった。
〇ヒノケン
【バグでできたワンちゃん編】でほんのり匂わせておいた敵対フラグ回避。
ぶっちゃけ『3』で改心した振りして熱斗を騙くらかして、ハッキングパパ含む科学省職員を蒸し焼きにして殺しかけた外道ムーブからの、
『4』では自分で立ち上げた犯罪組織に、親しいたこ焼き屋のお姉さんに巻き込まれたから、で改心するのは子供心に納得いかなったところがある。
世界旅行する熱斗を現地でバイトしながら健気に追いかけたり、デカオに対して面倒見のいい兄ちゃんになってるアニメとの落差よ。
拙作では自分の感情に振り回されてたイメージ。
まどいやエレキ伯爵との決別だったり、新しくできた後輩への迷いが無かったら苦戦することなくネットバトルに勝っていた模様。
〇色綾まどい
原作初期案というか没案の芸術家っぽいラフ画から、気難しさとか自分の価値観を大事にして孤立した過去を勝手に生やした。
アニメでは全編通して性格はそこまで変わらなかったけど行動が結構丸くなってる辺り、ちゃんとした環境に身を置いたら改心したんじゃないかと思う。
オフィシャルとか原作屈指の良識人揃いだし。
自己主張激しかったり、女子小学生相手にも対抗心剥き出しになるくらい感情的だけど、愛嬌もあるから女性ともやっていけるやろ……多分。
〇マハ・ジャラマ
ナマステー本国にデカい規模の店があるにも拘わらず、帰国したり、人材呼び寄せたりせずニホン現地で知り合った元WWWだけでカレーショップやる辺り、かなりの悠長勢。
この時空でも表立って反抗の姿勢見せないで情報収集に徹してたと思う。
そのムーブがワイリーポインツが基準に満たされずに仲間に誘われなかったんやろね。
軍資金集めの名目で始めたMaha一番に愛着持ってる辺り、多分仲間大好きだと思う。
〇エレキ伯爵
WWWの中で一番ノリで生きてる奴。
原作だと暗い過去無いし、奥さんに責務押し付けて他国の犯罪組織に身を寄せた結果、エレキテル家没落とかマジでロックだと思う。
アン・エレキテル夫人の尻に敷かれ続けている限りはもう悪党になれないんじゃねぇの?
〇フォルテ
原作でもワイリーに言われるがまま帰っていくの、本当にかわいい。