10月も半ばを超えて残暑の気配もすっかり残らなくなった頃。秋原小学校5年A組にはある種の熱気が籠っていた。
「改めて……N1グランプリ本戦出場おめでとう! メイルちゃん!」
「あ、ありがとーみんな! でも、通過したのはわたしだけじゃないし」
いよいよN1グランプリ本大会の開催の日付が間近に迫り、その出場選手が絞られたところ。
なんと、この教室内で4人(正確には5人)もの生徒が通過する結果が通達されたことでその熱が爆発。
顔の広い桜井メイルなど登校中に度々応援の声をかけられて、律儀に返答していたのだから登校時間が大きく遅れ、朝の時点でその顔には疲れが浮かんでいた。
「はいはい! みんな! 面会時間はおしまい!」
昼休みになってもその勢いは衰えず、彼女へ殺到したのを親友である綾小路やいとが手を叩き、強引に払わねば気の休まる時間も作れなかっただろう。
「ありがとー……やいとちゃん」
「いいのよ別に。メイルちゃんが優し過ぎるから代わりにアタシがビシっと言ってあげただけ!」
「熱斗も助けてよ……」
「なんで? 応援されるってすげー気分いいじゃん?」
「だよなー。それに応えるのもオレ様たちの義務、ってヤツだぜ!」
メイルは廊下から遠巻きに見つめる視線を切って、長年一緒に生活してきた幼馴染にやや厳しい目を送るが、その彼、光熱斗は呑気そうに大山デカオとガハハと笑い合う。
学校内の知名度だけならメイルに勝る彼らにも当然生徒たちが群がったものの、バイタリティ溢れる彼らは疲れを見せず、調子に乗って増長している気配すらあった。
「あはは……大変だね、みんな」
そんなメイルの気持ちを汲んでくれたのは校外学習以降、共にいることの増えた新しい友達の都輪マリィだ。
アメロッパからの交換留学生である彼女はニホン人には見られない金髪に鮮やかなグリーンアイを持っているだけあって自然と視線が集まるのだろう。
その気苦労をわかり合ってくれるだけでもメイルにとっては嬉しいことだった。
『チェー。応募期間が過ぎてなかったら、リングちゃんとマリィの美少女コンビが話題を攫ってたのになー』
「やめてよリング!」
『ノンノン! そこは悔しがるとこだよマリィ!』
引っ込み思案なマリィとは対照的に、彼女のナビは随分と目立ちたがりな性を持っている為、一番身近な存在に振り回されがちになっている。
仮にN1グランプリに参戦していたら気苦労が絶えなかったかもしれない。あるいは仲間内で挑戦すら叶わなかったマリィに励ましの意味を込めて言っているのか。
「そ、それよりも! 隠岐クンが出ないのって意外だよね~?」
「そうかしら?」
リングからの言葉を遮って無理やり会話の方向転換を図ったマリィに、やいとが首を傾げる。話題に挙がった隠岐渡はといえば、トイレに席を外して教室内に姿は無かった。
『そうですね、やいと様。シアンさんとは日常的な会話しかしませんし』
『ね~グライド? ガッツマンと違ってバトルにそこまで興味がない感じだよね?』
やいとのナビであるグライドとメイルのナビであるロールが、やいとの考えを補強する。
少なくとも彼女ら目線ではシアンはおしゃべり好きな友人であり、そのオペレーターの渡も熱斗やデカオと違い、がつがつバトルを求めるイメージはなかった。
「で、でも! ネットバトルが強いんじゃないの?」
「あぁ、強ぇぜワタルとシアンは」
「オレ的には強いってより上手いって感じがするけどな~」
マリィの意見に同意するデカオや熱斗だけでなく、それは秋原小学校内だと共通認識でもあった。
1学期にあったスクールジャックにおいて、彼らと肩を並べて事件解決に動いたことは周知の事実で、パニックに陥る生徒が大半の中、冷静に対処していた姿は彼らの頭の片隅に残っている。
ただそれ以上に奇人振りの方が注目されて、その印象が薄れているのも事実だが。
それ以上に渡自身がヒーローめいた印象を持たせないよう動いていたり、さりげなく熱斗の方へ活躍を盛ったりと印象操作している点もあった。
「ワタルとしては最初っから観戦希望らしいぜ?」
「その辺も変わってるのよね~隠岐くんって」
これといった参加資格も年齢制限もない話題沸騰のN1グランプリ。本戦まで残れる自信がなくとも、思い出作りや記念として参加する者は大勢いたのだ。
日程に都合が合わなかったり、特別な事情でもない限りは渡の考えは少数派と言っていいだろう。
「にしても、突然隠岐くんのこと言い出して……マリィ、隠岐くんのこと好きなんじゃないの?」
「えっ、そうなの?」
「ち、違うよ!」
からかい調子でそう投げかけるやいとに、マリィは顔を赤くしてわたわたと手を横に振り否定する。
そんな仕草もわざとらしく見えて、やいとのニヤニヤとした笑みが深まるのだが、実際のところは違っていた。
どちらかといえば、身体を張って助けてくれた熱斗に想いを寄せているのだが……到底勝ち目が無い勝負なので諦めているのをリング以外は誰も知らない。
「ただ……みんなと仲良いのに、あんまり一緒にいないことが気になって」
今まで友達のいなかったマリィからすれば、友達は時間さえ合えばずっと一緒にいる存在だと思っていた。
しかしながら渡はポツンとひとりでいる所も散見されていた。熱斗やデカオの誘いを特別拒むこともなければ、会話や態度に難がある訳でもない。だからこそ、マリィは渡が不思議に思えたのだ。
「ま~炎山と仲良いっぽいし、変わってるんじゃない?」
「炎山って?」
「そっか。マリィちゃん、炎山くんとは会ってないもんね」
「会わなくて正解よ! あ~んな嫌味なヤツ!」
「ふ~ん、そんなこと言うんだ、やいとちゃん?」
「な、なによ~っ!」
大した説明もされず、軽いじゃれあいをするやいととメイルのやり取りを横目に、熱斗が会話を引き継ぐ。
「フルネームは伊集院炎山っていうんだけどさ。オフィシャルのエースってのは聞いたことないか?」
「えっ!? あの最年少オフィシャルの!?」
「そうそう。やいとの言う通り、嫌な言い方するヤツだけどさ……すげー強いんだよアイツ。流石はオレたちのライバルだぜ」
「おいおいおめーのライバルはデカオ様だろ? ……ってことは炎山もオレのライバルなのか?」
トボけた事を言うデカオを他所にマリィはパチクリと瞬きをする。
今はずっと欠席していていないとはいえ、こんな身近に有名人がいるとは思わなかったのもあるが。気難しいと風の噂で聞く炎山と渡が仲が良いと聞いて、ますます渡に興味が湧いた。
だったらマリィが直接にも絡みに行けば良いのだが、まだ親しくない渡相手だと彼女の性格的に難しい。まずは事前に情報収集してから、という考えで彼女は口を開く。
「さっきから隠岐クンが変わってるって言うけど、そんなに変なのかな?」
「トイレミュージシャンを未だにしてる時点で変人確定じゃない」
「いや、最近じゃ音姫みたく周りに配慮した説も浮上したらしいぜ?」
「そうなんだ……」
「それを除いてもよ。最近のアイツ、なんか変わったよな~。給食のデザート譲ってくれなくなったしよォ」
「なんというか、演じ分けしてるみたいに性格とかが変わるようになったよね」
「それねメイルちゃん!」
そんな折、話題に挙げていた隠岐渡がトイレから戻ってくる。
付き合いの少ないマリィの目からしても、事件の時の彼と今の彼はまるで別人に見えてしまう。
事件の時は切迫した空気もあったのだろうが、その顔付きはどことなく大人びていて、地味な容貌ながらもその瞳に宿る強い光はかなり印象が残っていた。
しかし、自分の席についた今の渡は優し気な目元には覇気がなく、表情も非常に緩い。
緊急時における二面性、なのかと思いきや、どうにも以前の彼は事件の時の方が近しい雰囲気を持っているらしかった。
「2学期に入る前は結構落ち着いてたよね」
「そう? 炎山とは違った感じでズケズケ物言うイメージあったけど?」
「でもメイルちゃんの言うことわかるぜ。ぶっちゃけ、まりこ先生よりしっかりしてた時あったよなァ」
「バトルの時も視野広いし、結構冷静だよなワタルって」
前者のイメージがこうであるならば、
「今まで喋る言葉が固かったりしたから、今の方が喋りやすいかも、って子もいるよね?」
「そうね。でも女子を前にするとオドオドするのはやめてほしいわ」
「以前と比べりゃ頼りない、って感じることもあるが……今まで無理してたんならそれでもいいと思うぜ? 人に頼られることはあっても、あっちから頼まれること少なかったしなァ」
「バトルスタイルが防御寄りになったっぽいけど……すげー優しいってのは変わんねーし、ワタルはワタルなんだろうな」
後者はややマイナスイメージが付く印象があった。
しかしながら、前者に慣れていたからこその意見であり、その前者だって全くの好人物だったかと言えば、そうでもないという。
基本からかいの言葉を無視すれど、時たま痛烈な皮肉が飛んだり。しょうもない悪戯に付き合う悪童めいたところもあるし。
「ニブいところあるよね、隠岐くんって」
「そうなの?」
「周りの男子と違って昔から大人っぽいって評判だったんだよ?」
「えぇ~? そうなの~?」
「奇行で冷めちゃう子もいたけど……それでもいいって子もいたし」
「の割に告白はされてないわよね?」
「アプローチに気付いてくれなくて諦める子が大半なんだって。後は最近の性格の変わり様に考え直す子もいたりで」
「ま~そーよねー。でも、あっちもあっちでカワイイって子もいなかったっけ?」
「からかうと面白い反応するって言ってて、ちょっと酷いと思ったけどね。でも、性格がチェンジしてあしらわれることもあったりで上手くいってないみたい」
恋バナにふんふんと相槌を打つマリィであったが……渡に話しかけるキッカケにはならなかったのは言うまでもないだろう。
「ねェ! エンザン、エンザンはどこにいるノ!?」
「我々の質問に答えなさい、アネッタ」
「絶対ニ! 絶対に許さないかラ! エンザン!!」
簡素な机と無機質なパイプ椅子が向き合う形で配置されたオフィシャルの取り調べ室にて。明るいオレンジの髪を振り乱す褐色肌の少女が荒れる感情を剥き出しにして叫んでいた。
声質が完全にアニメと同じということもあって、妙な迫力があるのはさておいて。
アネッタが炎山に恨み節全開である理由は勿論、工場破壊を直接阻止したのが炎山だからだ。
ぶっちゃけ、ふわっとした原作知識をそれとなく伝えるだけでは防げないとばかり思っていたのだけれど、5件目辺りで目星を付けて本当に捕まえられるとは思わなんだ。
「いいのか? 取り調べに協力しないで?」
「フンッ……ここまでヒートアップしていては碌に会話もできんだろう」
そんな取り調べの様子をマジックミラー越しに眺める炎山だったが、進展が無いと知るや否や部屋から退出する彼の後を追う。
「しっかし、良く犯人見つけられたな?」
「そんなもの相手の手口を分析し、襲われる共通項を整理していけば自ずと導き出される結論に過ぎん。むしろ誰よりも早く犯行を予期する貴様の方がおかしいと思うがな」
シニカルな笑みをこちらに向けられたのを、苦笑いで返す。炎山が遠回しに俺を評価するのは殆ど原作知識由来だからなぁ。
いっそのこと、俺より賢い人間に原作知識すべてをぶちまけてやりたい欲求が浮かぶものの、今回も首を振って霧散させる。
偏った先入観を与えかねないし、過激な思想を持っているならば
帰属意識を優先させて人命よりも利益に動く可能性もあるし、俺より悲観的に捉えて犠牲を許容する可能性もある。
まぁ、炎山はそれらに当てはまらないだろうけれど、万が一にも他の人間に漏らしたリスクを考えるとどうしてもなぁ……。
何より知識を共有したところで、俺の理想まで共有してくれるとは限らない。
傲慢な考えだろうが――俺にとっては譲れないこともある。
「おや? 珍しい顔ぶれだ」
エレベーターで1階ロビーまで戻って来たところで若い男性に呼び止められる。高身長で逆立った髪型が特徴のイケメン、アニオリキャラの岬悟郎刑事だ。
何気に『AXESS』1話から出演している彼の印象は……爽やかで良い人なんだけど闇堕ちイメージのが強いんだよな。というか、この本部じゃなくて北東支部所属じゃなかったっけか?
言ってしまえば、ちょくちょく顔を出している俺たちよりも岬刑事の方がレアだろうに。あるいは今まですれ違いになっていたとでもいうのだろうか。
「ども」
「オレは行くぞ」
世間話に付き合う素振りも見せず、炎山は早歩きでさっさと行ってしまう。
ほんまコイツ……そんなんだからアニメみたくアネッタフラグが立たないんだ。もうちょい交友関係を広げようと思わないのか。
「伊集院に何か用あるなら呼び戻しますけど?」
「いや大した用事がある訳じゃないよ。君たちには個人的な興味があってね」
「君、たち?」
「貴船総監直属のネットセイバー。気にならない方が無理があるだろう?」
岬刑事の手招きでコーヒーマシンのところまで誘われる。その道中に色綾まどいさんが猛禽類のような目をしてこちらに近寄ってくるのだが、その横合いから女性職員のエルボーが突き刺さる。
そのまま無言でキャットファイトが開始。岬刑事の女性人気故に、女性陣の牽制が激しいのか?
つーか誰も止めねぇ上に、人の壁作って岬刑事の目に入らないようにする徹底振りよ。治安維持組織がこれでいいのか。
「一応、守秘義務あるんで話せる部分が限られますけど、それでよろしいんで?」
「答えられる範囲でいいさ……不躾で悪いが、ネットセイバーに転属する為にはどうすればいいと思う?」
近くのベンチに腰を下ろして早々に本題を切り出される。
おう、クロスフュージョン失敗の件が無くとも若干拗らせてんのか? それとも上昇志向が強いのか、正義感が強いのか。
どれが動機だとしても俺からは言えることはひとつ。
「俺の時は推薦受けただけなんで。転属願いも出してないからわからないっすね」
「そうか……炎山くん以外にも目覚ましい活躍ばかりだが功績としては浅いと言わざるを得ない。君は特に不透明な部分が多くてね」
「まぁ、そうっすよね」
俺としてもネットセイバーは想定してなかったしな。まぁ、熱斗やマサさん辺りのオフィシャルのランクを上げて特記戦力にしようとは考えていたけれども。
「やっぱり納得がいかない人が多いんで?」
「潜在的には多かっただろうけど、オフィシャルホワイトが表に出てからは一変したよ。デンサンシティでの催眠騒動も、よかよか村での騒動もWWW相手にほぼ単独で解決に導いたのだから」
「全然単独じゃないっすよ、ほんと」
思い出すと気分が落ち込むので、紙コップに汲んだコーヒーを口に含む。子供舌だとやっぱブラックは苦過ぎてキッツいわ。
「若手を集めた、ってだけじゃなく目立った功績も必要という訳か? しかし、君みたいな存在が埋もれていたのか気になるね」
「一時期、伊集院の右腕的なポジやってたのも一因っすかね?」
「炎山くんからの大抜擢か。正直、羨ましいよ」
岬刑事の持ちナビ、プリズマンの性能もアニメ通りであればかなり優秀な人だから俺から推薦したい気持ちはあるんだけども。
彼の言動的にどうも目に見えた功績が足りないっぽいし、申請が通るかわからん部分あるしな。
功績……功績か。
「もしよろしければ実績作りの手伝いをしましょうか?」
「そればかり求めるというのも不謹慎だと思うが……凶悪犯罪を前に指を咥えて待っているのも性に合わない。話を聞こう」
「了承するってことでよろしいですね?」
「あぁ」
岬刑事からの合意は得られたので、オフィシャルのインフォメーションにとある依頼について送信っと。
「じゃあ岬刑事。貴方にはこれからオフィシャルレッドの中の人をやってもらおうと思います」
「は……?」
オフィシャルの看板として企画されたオフィシャル戦隊(仮)。
明らかに失敗に終わるだろうと思われたそれはマサさんのカリスマ性によって見事に大ヒット。
広告塔としてあちこちに引っ張りだこになった結果、本業である魚屋はおろか、オフィシャルの実働面も少なくなっている。
現在だとDNNで放映中の『デンジレンジャー』という戦隊シリーズの人気を思いっきり奪った結果、主催権限でゲスト出演に飽き足らず、オフィシャルレッドの存在をシナリオに食い込ませようとしているとの噂だ。
その負担を軽減すべく、影武者を立てる計画は前々からあったのだけど、なかなか適任者が見つからなかったからな。
「いやいや……! いきなり何を……!」
「アクション経験がなくとも『デンジレンジャー』のスタンド・コーディネーターさんとかが、みっちり指導してくれるんで」
「そうじゃない!」
乗り気じゃなかろうとも既にメールは送ってしまったからな。
高身長、顔良し、性格良し、運動神経も抜群と、凡そオフィシャルレッドのイメージ図に当てはまる人材をみすみすオフィシャル上層部及びネット警察が逃す筈もあるまい。
仮にこの場から逃げようとも正式な辞令が下るのは時間の問題だ。それだけオフィシャルレッドの存在は大きいのである。
「最初は演者の真似事しかできないかもしれませんが、上手くこなしていけばオフィシャルレッドの代役として任される範囲は増えていくでしょう」
「刑事としての仕事は!?」
「これも立派なネットセイバーのお仕事。二足の草鞋になると思いますが……頑張ってください!」
俺の肩を掴んで撤回を求める岬刑事へ、親指を立ててイイ笑顔を送る。
マサさんには当初の目的から随分と外れるようなことになっちまったからなぁ。俺の手じゃどうにもならなかったけど、少しは手助けできて良かったぜ。
岬刑事の意思?
『合意と見てよろしいですね?』と確認を取った際に覚悟を決めたんだし、こんな簡単に意見を翻されても、ねぇ?
〇シークレットエリア:1日目
浦川まもる――ウラの管理人から久々に客人が来ると知らされたウラの王『S』もといセレナードは逸る気持ちを抑えきれず、自分が控える奥座ではなくシークレットエリアの手前まで足を運んでいた。
側近であるヤマトマンや、未だ自身の命を狙いながらも番人としての役目を果たすダークマンから苦言を呈されるものの、どこ吹く風で招かれた客人をじっと観察する。
『へぇ……』
暗い闇の中にあるウラインターネットの中でも異質な白い空間、神殿を彷彿とさせ、神聖さを覚えるシークレットエリアは、その見た目に反して生息するウイルスも、侵入者を排除するセキュリティのナンバーズも凶悪な性能を秘めている。
生半可な実力ではものの数歩でお陀仏となり、構成するデータは藻屑と消えるのが珍しくもないそこで。
訪問者である少女型ネットナビは美しい白銀の髪を流し、軽やかに舞っていた。
その身には全くの防具を纏わず、手を変え品を変えて凶悪なウイルス共を翻弄していく。
『不思議なナビ、ですね』
その光景だけでも実力は申し分ない。
しかしながら、身に秘めた性能は実に歪だ。
特殊な防御性能とバトルチップのシステム向上に振り切り、肝心な耐久性能――HPはウラのナビの平均以下。自前の攻撃性能などゼロに等しい。
そして何よりも――彼女の纏う風格がその強さとあまりに釣り合わない。
強者ともなれば自然と一定以上の波動を放つのが常だ。セレナードのように、それを抑える術もあるが戦闘中だとそれも厳しいと言える――まぁ、セレナード自身はできるのだが。
『歓迎というには手荒になりますが……』
そう呟いてセレナードは普段は抑え込んでいる波動を解放するや否や、その周囲は恐れるかのように地響きを起こす。
圧倒的強者の存在を知らしめる波動にウイルスは逃げ惑い、白銀の彼女だけが残った。
『ようこそ私の根城へ。お名前を窺ってもよろしいですか?』
『……喋りにくいからそれ引っ込めて?』
開口一番、ウラの王に対して無礼な発言が飛んでくるものの、セレナードは幼気な少女のようにクスリと笑う。
彼我の実力差を感じぬ阿呆でもない。彼女の身体の震えがそれを証明している。
しかし、セレナードを見る瞳には怯えこそ交じっているが、それ以上に裏打ちされた自信が伺えた。
その強さは到底彼女ひとりのものではない。自立型ではない通常のネットナビという以前に、彼女の性能ではひとりでは戦えない筈だ。
けれど、オペレーターのふたりとならば。ウラの王を前にしても負けはしない、という信頼関係が伝わってくるようであった。
『では……改めまして。私はセレナード。貴女のお名前を聞いてもよろしいですか?』
『私はシアン。お出迎えは嬉しいんだけど……早速セレナードちゃん自らテストってヤツ?』
『いいえ。貴女の用件を窺いに来た次第です』
『? まもるんから聞いてないの?』
『こうして直接挨拶するのも、話を窺うのも礼儀だと思いますので』
背後に浮かぶ羽衣の位置を調整しながらセレナードは微笑む。
シークレットエリアにやってくる者はすべて敵意を剥き出しにして、その大抵は門番であるダークマンの手によって消されてしまう。
だが、目の前にいるシアンからは敵意どころか、むしろ友好的な感情さえ感じるのだ。
他のネットナビとの接触が非常に限られたセレナードにとっては、またとない機会。
武人なヤマトマンとも無愛想なダークマンとも違うナビと会話したくなるのも必然と言えた。
『用件ってのは、私たち強くなりに来たんだ!』
『そう、ですか』
シアンの口からそれを聞いて、浮かれていたセレナードは一転して落胆する。
ウラでも奥まったシークレットエリアくんだりやってきたのだから、当然目的はそれに尽きる。わざわざセレナードの話し相手になりにきた、など夢物語にしたって酷い。
しかし、それ以上に強さを求めるということは、
『ギガフリーズをお求めに?』
全世界のインターネットを凍結する力を持つプログラム――ギガフリーズ。
ウラの王という称号だけでなく、本来の用途も知らずにその力に魅入られてシークレットエリアの地に足を踏み入れた者もセレナードは嫌というほど見て来た。
だが、
『ううん、違うけど』
シアンはあっさりと首を横に振り、自身の要望を告げる。
『ワタちゃんだけでなく、私自身も強くならなきゃいけないから。その為にギガフリーズは必要ないって』
仮にシアンが求めたところで、選ばれし者でなければギガフリーズは扱えないのだけれども。こうして口で否定してくれるだけでセレナードの気分が上向きとなった。
セレナードとてウラの住人。強さを尊び、それを自ら築き上げる意思は大変好ましい。
『いいでしょう。シアン、貴女のシークレットエリア滞在を許可します』
『ありがとー!』
『それと微力ながら、貴女の内に眠るスタイルチェンジ。こちらを目覚めさせる手伝いをいたしましょう』
『おぉ~』
パチパチと拍手するシアンは無自覚ではあるが、既に強敵との闘いを通じてスタイルチェンジの条件は満たしている。
後はそれに気付くキッカケのみ。セレナードがやるのは本当に、ほんの些細な後押しに過ぎない。
『あっ、そうだ! 休憩中にお喋りしよーね?』
『えっ?』
『私とじゃ嫌?』
『いえっ、そういう訳では! しかし何故そのような申し出を?』
『?? お喋りしたそうにしてたからだけど?』
当たり前のようにして言うシアンに、セレナードは破顔する。
そこにウラの王との友好関係を結ぶ打算などない。ただただ、喋りたいから喋る、単純な欲求に従って彼女が発言していることがわかって、セレナードはおかしくて仕方がなかった。
きっとセレナードに責務など背負わされていなければ、彼女の元へと旅立っていたかもしれない。
(……わかって、いますとも)
始めこそ科学省から命じられた責務であったが。
この電脳世界で生きていく内に、その責務はセレナードにとっても抱えるべき大事な仕事へとなっていたから。
(私が闇を堰き止めましょう)
ギガフリーズを守る任とは別の――闇の住人でありながらもその闇を塞ぎ込む楔として、セレナードはシークレットエリアに留まっているのだった。
〇メイルとロールの本戦出場
原作だと予選敗退している運命なんすけどね、えぇ
ロールの性能的にも、『4』のイーグルトーナメントに出場できるレベルならN1グランプリ本戦出場できない訳ないやろ、という独断で出場決定。
何なら原作より関わる時間が増えた熱斗とロックマンのお蔭、で解決や!
セレナードの設定もオリジナル要素を含みます。
金のプログラム君にできるなら、セレナードでもできるやろ!
後、シークレットエリア修行編は回想形式でちょいちょい挟む感じで進める予定。
漫画の修行回とか人気ないしなぁ……