いよいよN1グランプリ本戦開催まで残り数日を切った頃。開催会場であるデンサンドームではその準備が急ピッチで進められていた。
通常、国際的な大会ともなれば何年も前から計画的に事を運ぶのだが、主催の
DNN単独でニホン一()を決めるなんちゃって大会ならまだしも、世界大会を謳いながらその収容数は無理があるだろ。ガッツマンだってもうちょいマシな選択できるわ。
で、急遽首都圏に近いドームを、という訳でデンサンドームに白羽の矢が立ったという。デンサンドーム側も金になるとはいえ、良くスケジュールを確保したものだ。
(はぇ~おっきぃ~)
内心『渡』が漏らしたのは自身の渾名ではなく、デンサンドームを見上げての感想である。約5万人の収容人数を誇る、丸みを帯びた巨大なそれは子供心を擽るものがあるのだろう。
ただ前世持ちのオッサンからすれば元ネタ東京ドームっぽいよな、としか思わない。つまらん大人になり下がったものだ。
(東京?)
そんな心の独白が『渡』に届いてしまったのを誤魔化し、俺はドーム内部へ足を踏み入れる。
今世はニホンだから東京ドーム何個分、っていう定型文も使えないんだよな。正直、前世でもそのフレーズを自ら使う回数など片手で足りるのだけれども。
ドーム内には色々な業者が出入りしており、機材の搬入なども行われているからか、通路の端に沿って進む。
世界的な大会ともあって、このドームで実働する会社には監査が入っているだろうけれど、その下請けの実際に動く人員にどこまでネズミが入り込んでいるかわかったもんじゃない。
という訳で時間を見つけて何らかの仕込みが見つからないか実際に足を運んでみたのは良いものの、いざこうして人が頻繁に行き来していては難しいものがあった。
『あっ、デンサン焼きだって!』
(食べたい!)
「そもそも店開いてねぇって」
ドーム内にある店舗に目を惹かれるお子様たちにツッコミを入れつつ、壁に背を預けてぼうっと辺りを見渡す。
内部に潜むリスクについてもアレだが、外部からの――電脳世界側からのサイバー攻撃もまた厄介だ。
何せ世界中に中継するというのだから、どこから攻め込まれるかわかったもんじゃない。アクセス制限をかけようにも難しいだろうしな。
まぁ、かけたところでWWWクラスの敵相手では効果も薄いかもしれないけど。
サーバー負荷分散を考慮せず、ある程度ネットワークの経路を絞ることができれば楽になるだろうけど、その辺は上の交渉次第だ。
「はぁ……」
尤も、原作では起きなかったから無駄足に終わる可能性も否めない。とはいえ、対策も無しに初動が遅れれば遅れる程に、その被害が大きくなってしまう。
だからこそ打てる手は打っておくべき、なのだとわかっていても不安は残る。
「首尾はどうです――砂山ディレクター?」
「嬉しい悲鳴とはこのことだね! キミとこうして電話している時間が惜しいくらいにはネ!」
何度目かのコール音の後、仕事に忙殺されているだろうにハイテンションで軽薄そうな男性の声が返ってくる。
彼こそがN1グランプリを企画し、その進行役も買って出た目立ちたがり屋であり。その裏ではWWWとして暗躍し、事件を起こす黒幕だ。
『3』のWWW構成員の中で唯一原作知識で所在のわかる砂山ノボルには当然前々から目を付けており、接触を図っていた。
といっても速見ダイスケさんやプリンセスプライドのように改心させるのは難しかった。
『他局にネタをパクられたり、ネタ切れで視聴率が伸び悩む』といった問題点を解決するには俺は力不足で、前世のヒット番組と似たような内容は既に放映されていたしな。
かといって愚直に砂山を逮捕するというのも躊躇いを覚えた。
砂山やそのナビのデザートマンに張り込み調査していればWWWに繋がる情報が出て来たかもしれないが、その確証が原作知識にはないし、そのタイムパフォーマンスもすごぶる悪い。
また夏休み中アメロッパ城で起きた事件を考慮すれば、その元凶を捕まえたところで事件が防げるとは限らないと身を以て体感したからな。
N1の規模感からして十中八九、砂山を逮捕してもその後釜が据えられるに違いない。
「あれからワイリーから連絡ありました?」
「ナイナイ! キミと違って部下に配慮してくれるのサ!」
それ故、俺は砂山を二重スパイに仕立てることにしたのだ。
そこに至るまでもまぁ苦労した苦労した。彼は自分の仕事に熱心過ぎるあまり、良識やコンプラを無視するし、俺の脅しにも全く屈しなかった。
それについては彼の持ちナビであるデザートマンの強さに自信があったのも一因だろう。
実際、前世でも強かったしなデザートマン。見た目は砂場で作った山みたいな顔面に、ドラクエのマドハンドみたいな両手を持つ姿をしており、その両手がとにかくウザったい。
キャノン系などの前方に打ち出すチップは大抵その両手に防がれ、それらを掻い潜ってデザートマン本体にヒットさせても、その顔面を崩してこちらに連続ヒットを許さない。
んで、移動したデザートマンは小さな棟みたいな置物系の奥に隠れ、ますます攻撃を当てづらくなるというね。初見時はマジでイライラさせられたものだ。
まぁ、その対策を知った今世だとそこまで苦戦しなかったけども。
デザートマン自体が無属性でありながら水属性の攻撃を食らうと砂が固まってしばらく動けなくなる弱点がとにかくデカい。
相手自ら障害物を飛ばしてくるから【バブルショット】や【バブルブイ】による誘爆を狙って水属性をヒットさせたところに本命のチップコンボをぶつけるだけのお仕事だったぜ。
耐久力の高さや砂の身体を持つ特異性にパラメータを振ったせいか、その移動速度はネットナビの中でも下から数えた方が早いしな。
「ただボクがネットバトラーQとして動く分、他の団員も派遣されるだろうけどね」
「断る、のは不自然っすよねぇ……」
「そんなんキュー出せないよ、キミィ」
それでも砂山が主導で動くのであれば、他のWWW連中を誘導しやすかろう。それとなく追及しても、その人員の顔が割れることもなかったので通話を切ることに。
(ねぇ、ほんとにだいじょうぶなの?)
『渡』に再三問われるものの、俺としても同感だから何も言えねぇ……。
デザートマンを軽くボコして、「炎山とブルースは俺たちより強い」と計画が頓挫することを示唆したり、WWWだとバレた際にテレビ業界にいられない可能性を滾々と語ったけれど、砂山が聞き入れてくれたかどうか。
土壇場で裏切られる可能性も考慮して彼に渡す情報絞ってるしなぁ……。
『ワタちゃんが脳焼きしたからへーきじゃない?』
そんな『渡』や俺とは対照的にシアンは呑気な声を上げ、とある音声データを再生する。
『――正体不明の選手が実は……なんて展開はインパクトあっていいと思うぜ? でもそれで大会が中止になっちゃ本末転倒だろ』
『わかってないね~キミィ! 最後の最後にどんでん返しが待っているから面白いのサ!』
『ンな訳あるかよ。敵のせいで大会が中止なんて展開、漫画やアニメで腐るほど擦られてんだ。つまんねぇよ』
『言ってくれる! だったらさぞかし面白い展開を描けるんだろう、キミは?』
『そもそも捻る必要なんてねぇんだよ。選手同士が全力を尽くしてぶつかるだけでいい。その熱やドラマをわかりやすく、多くの人に伝えるのがお前らの仕事だろ? それを台無しにしちまうのは間違ってる』
『……』
『それにさ。今回限りで終わらせちまうなんてもったいないだろうが。このN1グランプリを見て、未来のスターが生まれる可能性を消しちまうことにもなるんだぜ?
今回のその時だけ驚かせるよりもさ、これからもずっと視聴者を楽しませた方がTVマン冥利に尽きるってモンだろ、砂山ノボル?』
シアンの奴、小っ恥ずかしい場面切り取りやがってからに。
砂山の軌道修正を図るべく挑発したのだが、俺なんぞの言葉がどこまで響いたことやら。
「ちょっち覗くくらい、ええやろが。ケチ臭いわぁ、ほんま」
「関係者以外は立ち入り禁止となっております。お引き取りください」
一通り見て回った後、デンサンドームの入口に戻ってきたところで中学生くらいの少年と警備員が揉めているのを目撃。
フライトキャップに丸い形のサングラス、襟と袖にファーの付いた緑の上着にカーキ色のチノパン。外ハネの目立つ髪型に、生意気そうな目元、声量に比例するかのように大きな口の少年は。
「荒駒虎吉?」
「せや! ってこ~んなガキが入れてワイが入れんねん!」
関西弁もといアキンド弁で捲し立てる彼はN1グランプリの出場者であり、その下見にでも来たのだろう。
警備員に肩を掴まれても気にする素振りを見せず、俺に向けてがなってくる。
「なんやお前? スポンサーんとこの息子か何かか?」
「そんなところっすね」
「はぁ~ボンボンには優しいんか、おんどれ。ワイなんて遠路遥々アキンドシティからやってきたのに、ほんま冷たいわぁデンサンシティの人ら」
「駄々こねても警備員の方に迷惑なだけですし、離れましょう?」
「せや! こいつのオトモダチ、ってことで入れたりせぇへん?」
「お引き取りを」
「はぁ~ほんま温情ってモンを知らんのかいな。嫌んなるわぁ」
警備員にぺいっと追い出された虎吉が嫌味をこぼして、わざとらしく大股で立ち去るのを後ろからついてくついてく。
「で、人様を何ストーキングしとんねん?」
「クールダウンしたら話しかけようと思いまして」
「そんなん気遣いちゃう。きもいから直した方がええよ?」
「うっす」
指摘されたのを素直に謝って改めてトラキチに向き直る。
荒駒虎吉――『3』でしか登場しないゲストキャラながら、WWWとの最終決戦時に熱斗の仲間として戦ってくれるネットバトラーだ。
その強さも全く設定負けしておらず、原作シナリオでは2回戦うこととなるのだが、1回目の対戦では何と負けてもイベントが進むという仕様になっていた。
初見時の小学生の俺は普通に負けたし、何なら2回目の時も普通に負けてゲームオーバーになったわ。
「で、ワイに何の用や? いや、言わんともわかるでぇ」
できれば戦力として加入してもらいたいところではある。
しかし、N1グランプリが直前に迫っているので聞いている余裕があるかもわからないし、俺の身なりを明かしてもネットセイバーだということを信じてもらえるかどうか。
また虎吉はアキンドシティに家族を残している為、長期間逗留するのも難しいだろう。
原作だと短いながら熱斗の家に居候する展開もあるけれど、今世でもそこまでの関係値を築けるかどうかわからんしな。
「ずばり――」
「荒駒さんの持ってる【ポーン】と【ルーク】、いただけませんかね?」
「――ワイのサインが欲しい、ってちゃうんかいな!」
だから今回は虎吉の持つバトルチップを是非とも頂戴したいと考えた訳だ。
原作であればウラインターネットやシークレットエリアのミステリーデータで拾えたりするのだが、今世じゃそんな甘い話は転がっていないもので。
【ポーン】とかは一応ウラのショップで売られているらしいのだが、流通量が少ないからか、いつも売り切れというね。データに売り切れってあんのかよ!
「てっきり名前を知ってるからファンやと思うたのに! ワイの期待を返せや!」
「アイムソーリー、ゴメンナスァイ」
「煽ってんのか!?」
いいリアクションしてくれるからつい。
「でも【ポーン】や【ルーク】使うんは知ってるんやな?」
「せやね」
「そのヘッタクソなアキンド弁からして地元ちゃうな?」
「せやね。で、返答は如何程で?」
「初対面でブッ込んでくるなぁ、お前。ええよ。でも条件がある」
ニッと歯列を剥き出しにして笑う虎吉はこちらに指を突きつけてくる。
「ワイとネットバトルで勝負や! お前が勝ったら【ポーン】も【ルーク】もお前ん物や! オマケに【ナイト】も付けたるわ!」
「負けた場合はどうなんで?」
「N1会場に入れてもらうで! そんくらいしてもらわんとなぁ?」
『……やるの?』
シアンからの問いかけに俺は静かに頷く。
あの警戒態勢では虎吉からの要望に応えられないかもしれない為、安請け合いは自分の首を絞めることになる。
つっても、それは負けた場合だ。勝ちゃあいいんだ、勝ちゃあ。万が一負けても頭下げて代案出し続けるまでよ。
後は……シークレットエリアじゃ決まった相手ばかりと戦っていたからな。腕試しというのも悪くはあるまい。
荒駒虎吉にとって初対面の少年とのネットバトルは、余興のつもりであった。
N1グランプリの為だけにデンサンシティを訪れた彼には遊ぶ金もなく、そんな余剰金があるなら親兄弟への土産をグレードアップしているところだ。
(相手のナビ、弱そうな
虎吉のネットナビ、キングマンと相対するのは白銀の髪が特徴的な少女型ナビ。目立った武装もなく、その耐久力も期待できまい。
「じゃあ、始めんで!」
虎吉の掛け声と共に、キングマンの前からチェスの駒を象る置物系が出現する。
最前列に並ぶのは前方にソードを繰り出す【ポーン】。三次元的な動きで敵を翻弄し、その足元からショックウェーブを飛ばす【ナイト】。
そして王の盾となるブレイク性能以外で破壊されることない【ルーク】。
チェスモチーフではあるものの、ビショップとクイーンはなく、その駒の配置も違う。ネットバトル用に調整されたものだ。
「先手は譲ったる」
「【サテライト3】×5」
開幕はユラ系と呼ばれる機雷みたいな見た目のウイルスを召喚される。左右に揺れたそれは躱すのが困難とされるものの、
「なるほどなぁ」
「【サテライト3】×5」
置物系がある場合、その周囲を周回する特性を持つ。
それ故、【ストーンキューブ】などで無力化されやすい【サテライト】系をわざわざ置物系を多数配置するキングマンに向けて放ってくる。
つまりは、初手を無為にする挑発――ではない。
(視界にノイズが増えおった)
それも無作為に放った訳でもなく、隙間を縫って進む【サテライト3】は幾つかの【ルーク】にも纏わりつかせて、盾としての役割を阻害する。
「甘いわボケ!」
【ポーン】へ【サテライト3】を迎撃を命じると同時に、少女型ナビに【ナイト】を差し向ける。【サテライト3】の装飾のオマケ付きで、だ。
「【インビジブル】、【NOビーム2】、【エリアスチール】、【フルカスタム】――」
「やるやないか!」
彼女の頭上から襲い掛かる【ナイト】を透明化する効果で以てすり抜けると、それを背後したことで条件を満たしたマヒ効果を持つビームがキングマンへ飛んでくる。
それを【ルーク】で防ぐ頃には虎吉とキングマンは敵の姿を見失っていた。
(瞬間移動!? ゴチャついた視界……奇襲狙いか!!)
チェスをモチーフとする故に、キングマンの背面は無防備となりがちだ。だから【エリアスチール】を使う相手はこぞってそれを狙ってきていた。
「読めとるでぇ! 全周防御!」
新しく召喚した【ルーク】をキングマン周囲に展開。
背面だけを固めるのは愚の骨頂。用意周到な相手であれば、ナビの姿を囮にして別方向から攻撃を仕掛けてくる。虎吉であれば、そうする。
「……来ない?」
しかし、そんな虎吉の読みは外れる。いくら待てども少女型ナビからの攻撃音はしなかった。
「――プログラムアドバンス」
『【ポイズンファラオ】』
まさしくそれは奇襲であった。
周到な敵だからこそ実直にキングマンを攻めるのではなく、じわじわと命を削り取りにきたのだ。
「毒の発生源は……」
【ポイズンファラオ】を召喚した直後であれば、その近くに敵はいる。いる、のだが、
「黄色い煙……ちゃう、胞子か!?」
気が付いた時には毒霧を覆い隠さんばかりに多数の【バッドスパイス】がバラまかれており、【ポイズンファラオ】の姿が確認できなかった。
『虎吉、どうする?』
「ンなもん――」
毒の影響でキングマンのHPがみるみる減っていくものの、虎吉は焦りを見せない。慌てふためけば相手の思う壺だ。
【バッドスパイス】の胞子も短い時間経過によって薄れる。複数のチップで継ぎ足したところで十数秒とかかるまい。
「――バトルチップ【トリプルボム】、スロットインやッ!!」
あるいは待ちの姿勢が正解だったかもしれない。この毒霧や胞子も目くらましで、とっくに敵は別の場所に移っているかもしれなかった。
それでも虎吉の選んだのは爆風を生み出すボム系チップ。
(キングマンに周囲を警戒させて。ワイは速攻で煙散らして【ポイズンファラオ】を特定したる!)
果たして彼の目論見は上手くいった。1発目で見事紫色のファラオ像を探し当て、3発目で妙な空気の揺らぎを見つける。
「そこや!」
キングマンから一部駒のコントロールを奪い取り、敵影をしっかり把握するのも惜しんで【ナイト】を指す。
相手に先手を取られ続けている現状、どこかで相手のペースを崩す必要があった。それが今だ。
「【ニードルマシン】やと!?」
だのに、【ナイト】が討ったのは四本足で前進し、ニードルを飛ばす機械。狙いが曖昧でその破壊すら及ばず、二重の意味で空振ったのを自覚したのに遅れて、
「【ランダムメテオ】かいな!?」
敵の付近、と設定されながらも不動の相手にはほぼ直撃する隕石がキングマンに降り注ぐ。
『ぐっ!?』
「キングマン!? また出所のわからん攻撃やと!?」
【バッドスパイス】が晴れても尚、敵の姿は確認できない。隠れる場所など――まさか自身の駒に潜んでいるとでも?
(インビジブルなら駒の
「サクセンヘンコウ!」
キングマンが発動したのは一瞬にして駒の配置を入れ替えるというもの。
本来であれば敵の周囲を駒で囲み、キングマンが直接チェックメイトを下す用途で以て使用されていた。
「よう散々コケにしてくれさって……いない?」
【インビジブル】はその仕様上、完全に透明になることはない。かといってここまで来て虎吉が見逃す筈もない。
あるいはサクセンヘンコウに合わせて【エリアスチール】を使用し、駒から駒へ移ることができれば――
「そんなんありえへん!」
相手の手の内を完全に透かした上でタイミングすらも合わせる神業を、できる筈がない。小数点何ケタの可能性だと思っている。
『ちぇっくめいとー!』
『は……?』
――決着は突然のことだった。
ネットバトルには似つかわしくない緩い声と共に【エリアスチール】で現れた彼女がキングマンの懐に飛び込み、【ガイアブレード】による一閃。
余程高い攻撃力を吸わせたのだろうその一撃はキングマンのHPを危険域まで削り取り、プラグアウトとなってしまう。
「何が起きた……?」
感情が混乱に支配されるのを他所に、優秀な虎吉の頭脳は答えを導き出していた。
「そうか……【ユカシタモグラ】か!」
【インビジブル】から【ユカシタモグラ】に切り替えた彼女は【ニードルマシン】の影に隠れて移動していたのだ。
仮に虎吉がそれの破壊に成功していたところで【ポイズンファラオ】か別の置物系に潜伏していたに違いない。
「参った……」
キングマンの強さと虎吉の戦術さえあれば、勝てない相手などいないと本気で信じ込んでいた。
オフィシャルのエースと呼ばれる伊集院炎山とブルースだとしても、そのスピードを抑え込む手立ては思いついていた。
しかし、今日。名も知らない相手に完敗を喫した。自分が最も得意とする戦術面で、だ。
ともすれば自信喪失に繋がりかねない出来事に遭遇した虎吉であったが、気付けば自然と笑い声が零れてしまう。
「いやぁ参ったわぁ! 完全敗北! もう悔しいっちゅうより天晴に思うわ!」
地元のアキンドシティでは常勝無敗。N1グランプリにおいても優勝を疑わなかった虎吉の鼻っ面が見事にへし折られたというのに、気分は不思議と悪くはなかった。
『上には上がいる』、そんな当たり前の事実を突きつけられたことが嬉しかったのだ。
「よっしゃあ! 感想戦といこうやないか!」
『それよりチップはよ』
「感傷に浸るっちゅう言葉を知らんのかい嬢ちゃん!」
ぶつくさと文句を言いながらも【ポーン】と【ルーク】、そして【ナイト】を取り出して対戦相手の少年に手渡したところで、気が変わった。
「やめやめ。感想戦はやめにしとこ」
「別にいいっすけど」
『男に二言は?』
「うっさいわ! ここで教えを乞うより、大舞台でワイの答え叩きつけた方がカッコええって気付いたさかい」
せっかくN1グランプリという晴れ舞台があるのだ。
研究期間としてはかなり短い時間ではあるが、『男子、三日会わざれば刮目して見よ』との言葉の通り、この経験は虎吉を大いに飛躍させることだろう。
「N1グランプリで首洗って待っとれ!」
「いや出ないっすけど?」
「ンなアホな!?」
しかして、この少年。虎吉の予想をまたも裏切り、リベンジは叶わないと言う。
秋空の下、虎吉の絶叫が悲しく響くのを、目の前の彼は困惑した表情で「えぇ……」と呟くのだった。
虎吉とのサプライズを経て小一時間。
彼と別れる際に無理やり連絡先を交換させられた後、棋譜の画像データが添付されたメールが引っ切り無しに送られてきやがる。
将棋とか町内会の爺さんとの付き合いで多少指す程度で棋譜とか一般ピーポーに読める訳ねぇだろ。
今さっき『将棋のルールくらいしかわからん。無理』と返信したところ、『棋譜読んどきゃわかる。とにかく読め』と返ってくる始末。まず棋譜の読み方がわからんっつってんだろ!
それを読解している暇があるなら、その分『渡』の自由時間に充てとるわい!
「いよいよ、だね……」
緊張した面持ちで『渡』が寒くもないのに両掌を擦り合わせる。
デンサンドームから移動して現在地は秋原町に程近い公園と呼び難きナニカだ。遊具も無ければ砂場もなく、かといってマイナスイオンが出てそうな自然もない。
設置してあるのは古臭いベンチのみ。敷地面積も狭い為、わざわざ遊びに来る子供もいないし、大人も憩いに来る訳もなく。周囲もまた古い空き家ばかりだという。
そんな人気の無い空白地帯で俺たちはとある人を待っていた。
「ワタ―!」
「うっ……」
自動車の後部座席から現れた少女のあまりの可愛さに『渡』が胸を打たれて前かがみになる。
絹のような淡い金髪に空色の瞳、お忍び故に狩人姿に扮装しても尚、その高貴さを隠し切れていない彼女こそ待ち人であるプリンセスプライドだ。
ドイツのディアンドルでもないのに豊かな胸元が強調されていてアカン。『渡』、ガン見はやめろ! 前かがみが別の意味で解釈されちまうよ!
「不服」
その背後に控えるのはクルーネックのカットソーにジャケット、パンツルックのグロディアさんだ。
バングアップにしたボブカットといい、普段よりもボーイッシュなイメージが先行している気がする。
「ワタ……?」
感動の再会と言わんばかりに両腕を広げてハグの体勢に入っていたプライド殿下であったか、不思議そうな顔をして数歩先の所で立ち止まる。
「不敬。レディをジロジロと見るのはやめろ」
「ひゃ、ひゃい」
グロディアさんに指摘された途端、『渡』の背筋が伸びて直立不動に。
城戸舟子さん相手みたく粉をかけるよかマシとはいえ、ここまでガチガチだと流石に不憫だ。
どうにか『渡』の緊張を取り除けないものかと、ユーモアセンスネタのひとつでも披露しようとしたところで、
「貴方、誰?」
先程と打って変わって警戒色を露わにするプライド殿下を直視して『渡』の表情が固まる。
僅かに敵意を滲ませていたグロディアさんも不審者を見るような目に変わり……って小学生男子になんて目向けてんだコイツ。
『はーい! おしまーい!』
『あぁ麗しき――』
『おしまいでーす!』
緊迫した空気を入れ替えるべくシアンが明るい声音で割り込んでくる。ついでにカットインしてきたランスマンもチェンジが入る。ランスマン君、毎回違う挨拶考えてきてくれているし、素直に聞くくらい許してあげても良いと思うの。
『プライドちゃんのお察しの通り、ここにいるのはワタちゃんじゃないんだ』
「兄弟なんていらしたの?」
『はずれー。正解はAIBOでしたー』
「もうひとりの僕?」
遊☆戯☆王ネタ通じちゃったよ……。俺の知らないところでサブカル汚染されているけど、クリームランドの人たち怒らないやろか?
「ども」
「ワタ!」
「制止。はしたないですプライド様」
二重人格のネタバレとして『渡』から俺の意識に切り替わった途端、花が綻ぶような笑顔を見せるプライド殿下に、抱擁への牽制とばかりに彼女の前に陣取るグロディアさん。
「あの、そんなに違って見えます?」
「えぇ。目線、表情、立ち振る舞い全てが違いますとも」
「笑止。先程までの貴様が俗物であるなら、今の貴様は道化だろう」
殿下はともかくグロディアさんの評価が酷ぇ。
「元気そうで何よりですわワタ」
「えぇ。お久しぶりですプライド殿下」
電話やメールでこそやり取りは続いているけれど、こうして面と向かって会うのは夏休み以来のことだ。
『渡』の身長も伸びているし、もっと目線が近くなるかと思いきやプライド殿下も成長しているらしい。英さんの背丈はあまり大きくないし、遺伝的に抜かせる日が来るのやら。
「ではこうして落ち合ったことですし、場所を移しましょうか!」
「お忍びでいらしたのでは……?」
「ですから変装しているでしょう?」
スーツにグラサン姿の時より美貌が隠れてないんだよなぁ。無印アニメの男装であるホイップ姿でもアウツである。
「愚問。プライド様からのお誘いを断るなど万死に値する」
「仮に了承してましたら?」
「愚問。身の程知らずは万死に値する」
実質1択のクソゲーやめろ。そんなに死んでたら100万回死んだワタになっちまう。
(ごめん、もうひとりのぼく。もうだいじょうぶ)
どうも生プライド殿下によるショックから回復したらしい『渡』がバトンタッチを願い出る。
本当に大丈夫か? 入れ替わる前なのに既に俺の心拍数が上がってきてるんだけど?
(負けっぱなしは趣味じゃないんだ)
自分の言葉じゃなくて漫画のキャラの台詞借りてる時点でアレだと思うが、『渡』の意思を尊重しよう。
どうにもプライド殿下にあれこれする気はなく、グロディアさんに言い返したいみたいだし。
シームレスに意識が沈みこみ、『渡』の様子を窺う。
「……」
「疑惑。また切り替わったのか?」
「グロディアおねーちゃん♡」
果たして『渡』の繰り出したのは『あまえる』こうげきだった。
母性に飢えた『渡』のドストレートの感情を前にシスコン拗らせた女はと言えば、
「冷笑」
まさかの真顔である。もはや笑ってすらいねぇ。
『渡』も『渡』で何を活路に見出したのかわからないが、マジで無謀過ぎる。
「笑止。純真なプライド殿下の傍にいたのだ。貴様の薄っぺらいお姉ちゃん発言など響かん!」
胸張って言える台詞か。
『渡』もこの人に姉属性を見出すんじゃありません。
(いいじゃん……! ポンコツおねーさん!)
萌え談義をプライド殿下放ってやることでもねぇやろがい。
(負けたくないんだ……! ぼくが負けたら、きみまで負けたことになる!)
セルフパロディはやめろ。つーか本当に選手交代の流れかよ。やだ! やだ! ねぇ! 小生やだ!
『ワタちゃん、ソプラノちゃんとの特訓を思い出して!』
「特訓?」
シアンまで悪ノリするからノータッチだったプライド殿下まで興味持ってんじゃねぇか。
今まで俺がシアンに頼み事してきたお返しとして、ソプラノの姉御からアイドルレッスン受けたけどさぁ! もうこんなん誰得羞恥プレイだよ!
「笑止。来るがいいワタ」
……いいさ。そんなに見たけりゃ地獄を見せてやんよ!
俺は脳内にひろしの回想をセット! 自然と潤んだ眼で上目遣いを発動! 手先から腕の角度、腰の位置、足の立幅を調整。
オラ、あざとさ120%のぶりっこポーズの……食らえ!
「グロディアおねぇちゃんっ☆」
――ヴォエ。
自分でやってアレだが吐き気がするわ。
こういうのって普通、グロディアさん辺りがやって『うわキツ』展開からのプライド殿下のカワイイ照れ顔が拝めるパターンやろがい。
「受容。貴様の本気、確かにお姉ちゃんが受け取った」
で、この人は何をおっしゃってますの?
感涙しているし、元からだけど更に理解が遠のいたよ。憧れこそ理解から最も遠い感情じゃないんですか、藍染隊長。ドン引き=憧れとでも思っているのかね?
「ワタ……」
プライド殿下はプライド殿下でPETを俺に向けて録画でもしてんのか?
ニホン男児の黒歴史がクリームランド王族の手元に残るとか国辱以外の何物でもないだろ。ワイリーさん、もののついでにデリートしてくれないかな……。
……つーか、N1グランプリの警告を直接しに来ただけなのに、どうしてこうなった!
「グロディアお姉ちゃん?」
「ぐふっ……」
蛇足としてグロディアさんはプライド殿下のお戯れによって昇天した模様。
小首を傾げる仕草もカワイイ……『渡』も召されたぁ!
〇シークレットエリア:3日目
「……殺せ」
「えっ、嫌だけど?」
ダークマンがこれまで築き上げてきた戦闘スタイルがボロボロと音を立てて崩れ落ちていく気がした。
フレイムタワーも、アイスウェーブも、キラーズビームも全て発動する前に属性罠系チップである【カキゲンキン】、【ダイコウズイ】、【ヒライシン】によって潰され。
ダークウェポンもまたソードでかき消され、唯一ブラックウィングだけがシアンに通じる手段であったのだが、それも回避訓練に使われる始末。
いよいよ殺し屋としてのプライドすら踏み躙るシアンという小娘相手に、ダークマンは殺意が滲むばかりだ。
セレナードの暗殺に失敗して、どれだけの時間が流れただろうか。
セレナードもまたシアンのようにふざける素振りを見せることはあれど、一定の線引きはなされており、ウラの王としての側面は強者の風格が漂う。
何より誰をも近付けさせぬ能力を十全に使いこなすセレナードには僅かに畏怖の念を覚えていた。
しかし、シアンはどうだ。
今まで様々なネットナビをデリートをしてきた経験からか、戦闘した相手について一方的な理解があった。
戦い方で、そのナビの個性が見えるのだ。ガンガン命知らずに前へ出る者。ある程度安全マージンを築かなければ攻撃のできない臆病者。奇抜な手で相手を翻弄する卑怯者などなど。
確かに彼女の戦い方だけ見れば、それらしい姿が映る。しかし、それはオペレーターを映す鏡であって、彼女自身が見えてこない。
だからこそダークマンはシアンのことが不気味だった。
「貴様は何故戦う?」
小休止にふと口に出たダークマンの言葉に対し、シアンは何気なしにこう言った。
「戦わなきゃいけないから?」
「流されるまま、ここまで来たというのか?」
「多分そう」
ともすれば戦闘自体に価値を見出さず、暗殺稼業のナビのように手段としてしか見てない素振りがあった。
それにダークマンは親近感を覚えない。彼にとって暗殺にはある種の矜持があるのだから。
「貴様はそれで良いのか?」
その言葉は決してシアンに寄り添ったものではない。
ただただシアンという異物をこの場から追い出したくてつい口に出てしまった。
「良くは、ないんだろうね」
しかし、その何気ない一言は今まで思考停止していた彼女を動かすキッカケになったことを、ダークマンは知らない。
〇クリームランド組とのワチャワチャについて
渡の身体に居候してるオッサン→WWWについて警告飛ばすついでに万が一の時は助力を願おう。
シアン→おっきーの紹介。みんなでお喋りしたいなぁ。
『渡』→おっぱい揺れてる。自己紹介しよう。グロディアさんシスコンなんか。一発ネタで仲良くなれるといいな(小並感)
プライド→ワタに会えて嬉しい! えっ、二重人格?(困惑) それはそれとしてクリームランドじゃできない学生の悪ノリ楽しい! 〇RECしてるのは思い出に残すべき、とシアンに唆されたから
ナイトマン→姫様が満足そうで何より。喋らないのは元から
グロディア→エロガキが……。ワタなんて嫌いなのに(性癖の開く扉)
多分、これから目撃するであろうメゾピアノちゃん辺りで更に開拓されてそう
ランスマン→今回はロミジュリを引用してシアンへの愛を語ってる
次回からようやっとN1グランプリ編に突入です