いよいよN1グランプリという祭典が本番の日を迎え、会場となるここデンサンドームでは開場前にも拘わらず既に行列が作られていた。
自由席など無いというのに、ドーム内で限定販売されているグッズ目当てだろうか?
そんな秘めた熱気が密集するエリアで行列整理に勤しむスタッフたちを尻目に、俺は関係者用のゲートからデンサンドームに足を踏み入れる。
設営を終えたドーム内だけど、ギリギリまで最終調整が行われているのだろう。スタッフがあちこち往来しては怒声のような指示が飛び交う。
そんな彼らの脇をすり抜けてまず顔を出したのはオフィシャル及びネット警察の指揮所として設けたこじんまりとした部屋だ。
「おはようございます」
「ホワイト殿、ご壮健で何より」
その代表として選ばれたのは例の昼行燈――ゼロに襲われた一件で俺に全権をぶん投げたも減給程度で済んだ初老の男性と、その隣で肩身狭そうにしていた五陽田警部だった。
相変わらず頭に付けたパトランプはどこで使用するのか気になるばかりなのはさておいて。
大人ばかりが詰めた部屋で彼から出迎えを受けると、電子キーと共にインカムを受け取って早速後者を身に着ける。
入念な盗聴対策として当日まで配られないのは少し不便に思わないでもないけれど、仕方のない措置だとも思う。
「位置情報を発している故、決して無くさぬようお願いします」
「下手な動きをすれば内通者扱いですかね?」
「ホワイト殿は決してそのような輩ではないと信じてはおりますがね」
逆探知などされてはこちらの動きが筒抜けになる可能性もあるけれど、流石に俺が言及せずともその辺りは詰めているだろう。
世間話をしている余裕もなく、俺は周囲からの視線に促されるまま退室する。
『ワタちゃんの働くVIPルームってやっぱり豪華なのかな?』
「じゃなきゃ王族とかに失礼だろうしなぁ」
一旦、元来た道を戻り、VIP用に設けられた専用ゲートから再度入場する。
『おぉ~』
まず俺たちの目に飛び込んできたのは通常のゲートとは全く別物の、落ち着いた色合いのエントランスだ。
暖色の照明が丹念に磨かれた大理石っぽい床を照らし、ブラウンの壁から視線を彷徨わせていると受付の女性と目が合った。
お上りさんみたいな反応している場合じゃなかったわ。
「オフィシャルホワイト様、ですね? 確認が取れましたのでどうぞ先へお進みくださいませ」
本名じゃなくて問題ないのかオフィシャルゥ! なんてツッコミは喉奥に呑み下し、提示したPETを返してもらうと受付嬢へぺこりと一礼してから足を進める。
『変に小心者なところ変わらないよね~ワタちゃん』
「いいんだよ、慣れる必要もねぇし」
『冬休みにプライドちゃんのクリームランドツアーが待ってるのに?』
まぁ……ハイグレードな所じゃなくて普通の観光地を回るよう説得すればいけるやろ、多分。
ただでさえ一国の姫君に案内されるという胃痛案件なのに、これ以上ダメージを受けてたまるか。
「……おはよう」
「うぉっ!? みゆきさん、脅かさないでくださいよ」
角からぬっと突然現れた人影に思わずビクリと肩が跳ねる。
例の如く仏頂面をした彼女が僅かにしてやったりといった色を覗かせる彼女はネットセイバーの黒井みゆきさんだ。
いつもの三つ編みを解き、ジャケットにタイトスカートの姿は普段よりも大人っぽく見えて少々目に毒である。
「……今はもうひとつの魂は眠っているのね?」
「えぇ。状態はどのような感じで?」
「……良好、だと思うわ」
原作設定からして魂が見えるみゆきさんはこちらの現状を把握しているらしかった。
とはいえ元より口数の少ない彼女は言及してくることも少なく、時折『渡』の魂が弱っていないか確認する程度。
「……ごめんなさい。私からは大したこともしてあげられなくて」
「いえいえ。めっちゃ助かってますから!」
『渡』の活動時間が伸びているとはいえ、今回のように長時間反応を示さないこともあるからマジで不安になるしな。
未だ俺に身体の主導権が離れていかないからか、『渡』は決まった時間に目覚めることもないし。
まだまだ手探りな部分が多い為、こうして第三者からお墨付きをもらうだけでも大助かりである。
「……そう。それで――WWWは本当に来るのかしら?」
「その辺は俺にも何とも言えないっすわ」
お偉方を人質にされては厄介極まりない為、みゆきさんにも護衛の仕事に就いてもらったのと。WWWが撤退する際、機動力の高いスカルマンへ追跡役を担ってもらったのだ。
アメロッパ海軍の一件で直接ワイリーの根城に赴くのが難しいのならば、インターネット側から攻めるしかないからな。
「占ってみたりはしなかったんで?」
「……しなかったわ」
声音こそ平常通り平坦であったが、みゆきさんは僅かに目を伏せていた。
「……年下相手に情けないのだけれども……怖いの」
そこまで言われて、俺は得心がいく。未だゼロに刻まれた敗北の恐怖が拭えていないのだろう。
『だいじょーぶ!』
そんな暗い雰囲気を吹き飛ばすように、シアンが明るい声を上げる。それに続いて俺も頷いてみせた。
『もしあのネットナビが来ても!』
「今度こそ俺たちがどうにかしてしてみせますから」
その為に俺たちはシークレットエリアで修行し――スタイルチェンジまで習得してきたのだから。
初めこそインカムから雑踏交じりに『異常なし』と報告が上がるのを尻目に、襲撃が起こるまでは護衛とは名ばかりの突っ立っているだけの楽な仕事とばかりに思っていた。
身体スペックからして普通の小学生だし、俺とは別に複数人の護衛役が付くことになっていたからだ。
「不躾な視線が鬱陶しいわ。出てってもらえるかしら?」
しかし、宝石と豪奢なドレスで着飾った貴婦人の横暴な一言で状況は一変。
彼女の傍に控えていた従者らしき屈強な男性たちが強引に護衛のオフィシャルたちを部屋から追いやってしまったのだ。
「ミリオネア様。流石にそれは……」
「無粋な輩がいては純粋にネットバトルを楽しめないでしょう? プリセンス・プライド」
想定以上に集まったお偉方の人数配分で同席することになったプライド殿下がやんわりと諫めようとするも、どこ吹く風だ。
クリームランドという小国ながらも歴とした王族であり、その辣腕で急速に国を建て直した事実は国外にも周知されており、世界の美女として名を連ねるプリンセス・プライドの発言力は存外に高い。
しかしながら相対する中年*1の女性――ミス・ミリオネアはそれに劣らぬ格があった。
大国アメロッパでも有数の資産家で経済市場に少なからぬ影響力を持ち、自国の大企業への横の繋がりのみならず、一部の権力者などにも太いパイプを持った彼女は相当に顔が広い。
それ故にホスト側のニホンは彼女の気分を害する訳にもいかず、唯々諾々になる他なく、プライド殿下も強気には出られないのだ。
代わりに青筋立ててる姉なる者もいるけど……見なかったことにしておこう。
ぶっちゃけ俺もまた蚊帳の外であれば悩まずに済んでいられたものを、
「そちらの白い方には残ってもらうわ」
まさかの名指しでこの場に残留決定という。もてなす筈のスタッフすら追い出される状況下で残りとうなかったわ。
「その恰好、オフィシャルレッドのものかしら?」
「――」
「ミリオネア様の言葉を無視する気か? ニホン人?」
いっそ壁の花にでもなろうとしたら質問を投げかけられる。2メートル近いガチムチ男からのプレッシャーもヤバいし、涙がちょちょぎれそう。
俺としては普通の成人男性に扮する予定だったのによ。
警視監のゴリ押しでオフィシャルホワイトとして参加する羽目になったのがこんなところで響いてくるとは思わなんだ。
プライド殿下が立ち上がろうとするのを目線で制して、俺はミリオネアさんに向き直る。
「えぇ、仰る通りでございます」
「色が違うけれど……彼のお仲間だったりするのかしら?」
「滅相もございません。私の仮装は余興でございます」
当初はオフィシャル戦隊(仮)でのスタートだったからブルーやイエロー、グリーンにピンクまであったのは確かだ。
だが、マサさんが演じるオフィシャルレッドが跳ねまくったせいで、他のメンバーへのハードルも爆上がりになってしまい、結果黒歴史と化した。
バリバリにアクションこなせる人材などそうはいないし、カリスマ性の有無でマサさん以外の存在がまぁ霞む霞む。
自然とソロ活動に移行するのも無理もない話である。
ただその際に作られた全身スーツは倉庫内に眠っていて……今回ファンサービスと称してオフィシャルの何名かに貸与されることになったらしい。
んで俺もその余興に巻き込まれたって訳だ。
「ですので過剰な期待はご遠慮願いたく」
「そうなの。残念ね」
オフィシャルホワイトのオフィシャル内部評と世評で落差があって助かったぜ。後者は「知らん誰それ」評だしな。
露骨にガッカリとした表情を浮かべたミリオネアさんへ深々と一礼した後、そそくさと退散しようとしたところで今度はプライド殿下に捕まる。
「ホワイト様はここに。ね?」
ね、じゃないです。とは公の場で上流階級相手に言い出す訳にもいかず、グロディアさんが率いるレディスーツ身に包むSPたちの傍で気を付けの姿勢で待機モーションに入る。
「構わないわ。他の男と違って躾けられているから許しましょう」
ミリオネアさんからもお許しが出てしまい、俺ひとり完全アウェイ状態で取り残されてしまう。
えぇ……。礼儀作法があやふやな俺だけ許されるって何さ。同僚たちがプライド殿下の美貌で色めき立ったのが、そんなに不満だったん?
まぁ、訓練されているミリオネアさんの私兵もとい従者の皆さんは良く訓練されているのか、対面時に全く表情変えなかったし、何なら全員主人に心酔しているっぽいけどさぁ。
男ならしゃーないとは思う。俺だって会話する機会による慣れやら不敬罪などを意識してても偶にプライド殿下に見惚れることがあるし。
ミリオネアさんもミリオネアさんでスタイル抜群の美人だしなぁ。『渡』が目覚めていたら普通に俺でもアウト判定食らっていただろう。
「……退屈だわぁ」
そうこうしている内に開会式が始まり、選手たちが入場していく。
実況兼司会がケロさんじゃないのは残念だったのはともかく、大会規模が広がったお蔭か見知った顔もちらほら散見されて面白いのだが、ミリオネアさんはバトルだけが御所望らしかった。
へぇ……『4』で見るメンツも結構いるのな。
『4』のサブイベみたく事件起こす犯罪者予備軍もいるけれど、同じグループ内にいるオフィシャルの出場者や会場警備の人たちに注意を促しておくことにしよう。
後はネットバトラーQ、原作再現してんのか観客の声援的に全くウケていないところも悲しいところさん。しかもキャラ被りしている連中まで現れる始末。
しかし……Mr.BにMr.Sか。何か頭に引っかかるものがあるけれど、選手登録の段階で市民ネットバトラー制度などを用いて軽い身辺調査が行われているし、持ち物検査やボディチェックもされている筈。
「ホワイト様」
出場選手の紹介も終えても黙考を続ける俺だったが、鈴を転がすような声で現実に舞い戻る。
「解説、お願いしますわ」
「……失礼ながら今も解説が流れておられますが」
淑女のように微笑するプライド殿下に、恭しく一礼してそれを拒否。
解説役の人、素人にもわかりやすく噛み砕いて説明してくれているし、各々の選手の意図なども随所に挟んでいて好印象なのだけれども。
「……貴方が良いのです。わたくしの戦術指南役様?」
戦術指南役などといった大層な役割を果たせるような知識は持ち合わせていないし、俺の思考パターンを押し付けてばかりでは偏るから勘弁してほしいところではあるのだが。
グロディアさんからの『断るなんて言わないよな? アァ?』みたいな無言の圧力に負けて首肯してしまう。
「それで何をお聞きしたいのでしょうか?」
「ノデアール氏のフォートマンについてなのですが――」
ふむ。遠距離近距離のレンジが違うとはいえ、鈍足耐久型とナイトマンと似通った点もあるナビの立ち回りについてか。
背面が薄い装甲、という露骨な弱点を抱えているとはいえ、正面からの制圧力は凄まじいものがあり、オペレーターの立ち回り次第でどこまでカバーできるのか、といえば。
「大前提として探索にかなり不向きな性能をしているので立ち回りだけではどうにもなりませんね」
「ホワイト様でも?」
「私が対処するのであればまずナビカスで足のカスタムを弄りますかね」
とはいえ、あそこまでの重装甲だと焼け石に水だとは思うが。
そもそもの話として大型重量級のネットナビにはHPや耐久性にプラス補正が掛かる分、機動力にはがっつりマイナス補正がかかるんだよな。
それでも俺は勝つ為ならば耐久性を削って最低限の機動力を確保するのだけど、拘りの強そうなノデアールさんがそれを選ぶかどうか。
「後は爆撃による遅延行為なども視野に入れる必要もあるかと」
正攻法では間違いなく勝利条件は満たせないので、エリアの通路を強引に破壊して進めなくする妨害行為に走ると思う。これでヘイト買ってこちらに向かってくれれば御の字だ。
とはいえ、何人かは足止めできずに取り逃がすだろうし、とことん種目に合ってないんだよな、フォートマン。
「最悪、談合などで先に足の速い連中を潰しておいた方が良いでしょうね」
「そこまでなさいますの?」
「そもそもフォートマンは単体の運用では向いてないかと」
製作者のコンセプトからして防衛戦目的で開発したとしか思えない性能しているんだよな、フォートマンって。
防壁を背にして戦うのであれば弱点など気にする必要もないし、仲間からのカバーも期待できるだろうし。
オペレーターが防御に専念するのもアリだと思うけど、サバイバルバトル中は予備フォルダ固定だから防御系チップが貧弱なのもよろしくない。
汎用性高い【エリアスチール】と【インビジブル】がそれぞれ2枚ずつしか投入されていない時点でキツいの何の。
「一応、バランス調整なのか重量級にも有利に働くギミックはあるようですね」
ありゃあ【トップウ】と【スーパーキタカゼ】のせいで軽量級ナビは迂回しないと進めないコースもあるらしい。
そのお蔭でフォートマンもビクトリーデータ争いに参加はできたものの、
「――あぁ……負けてしまいましたわ」
「相手との戦闘経験の差が出ましたね」
やっぱ攻撃の出が早い上、自然と練度も高くなる内蔵武器に頼りがちだよなぁ、エグゼ世界の住民って。
補助系の【インビジブル】なんかは普通に爆アドなんだけども、俺たちみたくすぐに切らないところは今でも不思議でならない。
今回の場合は枚数制限があるし、パラメータ的に大抵のナビはチップの即時展開ができない上、ナビのキャパやら処理能力によってはラグっつうか処理落ちする可能性もあるし、ナビ自体が選択を迷うこともあるけども。
耐久型は基本ガードで軽減、それ以外は回避を試みるか、HPで受けること多いの何の。
カスタムゲージの速度的に要所要所、ピンポイントで使うっていう固定観念にでも囚われているのだろうか。
「わたくしのナイトマンでも厳しい、でしょうね」
「最後の乱戦にまで持ち込めれば勝機はあると思いますがね」
あくまで今回のAブロックのような流れになれば、の話だが。
互いが互いに牽制し合う中、【エリアスチール】などでビクトリーデータ付近までたどり着くことができれば後は得意の待ち戦法が使えるしな。
勝利条件がビクトリーデータ獲得である以上、他のナビはナイトマンに接近する必要が生まれ、それをロイヤルレッキングボール*2で迎撃すりゃあいい訳だし。
かといって相手が遠距離からチマチマ削りに来るとしてもストーンボディ*3で9割以上ダメージ軽減が可能。
その間に反撃態勢を整えて、遠距離攻撃系のチップを選ぶ時間くらいは作れるだろう。
要するに有利対面さえ作れれば、といった机上の空論。運が悪けりゃ戦闘に参加する前に決着がついているかもなぁ……。
「Bブロックは――」
休憩時間を挟むことなく開始したBブロックだったが、早速プライド殿下が息を呑む。
なるほど……確かにブルースのスピードが全体的に上がってやがる。立体映像越しで見やすいようになっていることを考慮に入れても――それでもゼロには負けるだろうか。
「シアン」
『フミコミ使って
とはいえ体感レベルが違い過ぎるのか、出場選手のナビが碌な抵抗もできないまま
プラグアウトの表記を確かめることもなく、ブルースが次なる獲物を求めてエリアを駆け巡る。
「なら奴と一戦交える前にブルースと模擬戦闘しとくべきか?」
『かもかも』
「ワタ……?」
「失敬。ホワイト、でございます」
少なくともクリームランドでは遭遇することの無いブルースのスピードに度肝を抜かれたらしいプライド殿下が唖然としてこちらをまじまじ見やる。
「ホワイト様……あれを見て驚かないんですの?」
「いえ。驚いていますとも」
その分、HPや耐久性を削っているんだろうけど、えげつない性能してやがんなぁ、と素直に思う。
まぁ、周囲にいるミリオネアさん含めた海外の方々みたく派手なリアクションを取っていないだけだ。
「ホワイト様は……オフィシャルのエースに勝てると思いまして?」
「さて。勝負は時の運とも言いますし、何とも言えませんね」
ぶっちゃけ、炎山とブルースとガチで対戦したこと無いからマジで勝敗がわからん。
原作通り、ソード系中心で来るならばカウンター効果のある【シラハドリ】や【イアイフォーム】が刺さるだろうけど、俺たちをバリバリに警戒してくる彼らが素直に来るかどうか。
「グロディアさんもそうでしょう?」
「訂正。お姉ちゃんだ」
場所とか関係なく躊躇なくブッ込んでくる姉なる者に開いた口が塞がらない。
「……お姉ちゃん」
「同意。速さで言うならばシアンの【エリアスチール】殺法も劣らないでしょう」
あぁ、ワートリのグラスホッパー殺法ならぬ、連続【エリアスチール】による三次元攻撃な。
見てくれの脅威度は高いけど未だ攻撃の密度が足りず、実用性に欠けているから比較対象に挙げるのは困るぜ。
「確信。我々はこの男と共に備えてきた。違いますか、プライド様」
合間合間ではあるけれど、彼女らと共にクリームランドの強化に励んだのは確かだ。
国防の面もそうだけど、何より『5』がチームオブカーネルの世界線を歩むならばプライド殿下とナイトマンを強化しておいて損は無いからな。
「
そのひとつが炸裂装甲。近接攻撃を仕掛けてきた相手に破裂した鎧の破片が接触ダメージを与えるカウンター技だ。端的に言えばポケモンのゴツゴツメットと同様の効果である。
これならば相手の速さに関係なく自慢の耐久勝負に持ち込むことができるしな。また遠距離相手でも【スイコミ】の他に、まだ完成してはいないとはいえ対抗策を講じている。
「それと同じく私も想定して動いている。それだけの話ですよ」
「素晴らしいわ!」
動揺するプライド殿下を落ち着けるようにして言ったところで第三者が俺の手を掴んで感激の声を上げる。
「アタクシの勘に狂いなどなかった! アナタ、お強いのね?」
「とんでもございません。私は木っ端のオフィシャル職員でございます故」
「謙遜なんてなさらなくていいわ! その佇まい、その知見は誇るべきよ!」
「単なる虚勢と諸先輩方の受け売り故、ご容赦を」
同室とはいえ大した声量で喋っていないのに聞こえてやがったのかよ。
それにしてもパーソナルスペースなどお構いなしにミリオネアさんが手を離さないままグイグイときやがる。
「過度な謙遜はアタクシに失礼でしてよ? でもいいわ。許してあげる――」
「その手を離してはいただけませんか? ミリオネア様」
そんな強引な流れをぴしゃりと断ったのはプライド殿下だ。
見事なまでの営業スマイルを張り付けて淡々とした調子で尚も言う。
「直接申し上げねば伝わらないようなので。迷惑なさっているとはお気付きになられませんか?」
「何? 今はアタクシのこの方がお話しているの? 迷惑なのは――」
「わたくし、と会話しているのです」
その時、空気の弾け、火花が散ったのを幻視した。
俺を挟んでふたりの女性が対峙し、片や綺麗な笑顔を崩さぬまま、片や蛇のように睨み付ける。
「青臭い小娘よりもアタクシと共にした方が有意義でしてよ? ねぇ?」
「自惚れも大概にしてくださいませ。殿方からでなく自ら手を握るなど実にはしたないとお思いになりませんか?」
「自惚れ? 大概にするのはそちらでなくって? 若さばかりが先行している小娘が、アタクシに物を言えて?」
「その小娘にもわかる道理から外れているのは
止まらぬ冷や汗を拭う余裕もなく一触即発の空気の真っ只中、俺は静かに呼吸を続ける。
「――目障りだわ、プリンセス・プライド」
「――珍しく同感ですわ、ミリオネア様」
ついに戻れぬところまで溝を深めた彼女たちが対立する。
本来、諫めるべき立場のグロディアさんやミリオネアさんの従者たちも完全に肉体言語で渡り合おうとしてやがるし、マジで収拾がつかない。
つーか、今更気付いたけれどムキムキマッチョメン共の半数ぐらい、俺にまで殺気向けてません? 思わず心臓がキュッと締め付けられたんですけど!
「あの……おふたり共、穏便に」
「すぐ終わらせてあげるわ。待っていらして、ね?」
「ホワイト様にふさわしいのは誰か、是非とも御覧になってくださいませ」
とてもじゃないか当事者同士に割って入れやしねぇよ。
今後のクリームランドを考えればミリオネアさんに喧嘩を売るなど得策ではないというのに。実質的な経済制裁が降りかかるなど洒落にならないというのに。
プライド殿下はその瞳に今までに見たこと無い程に強い意思を秘めてPETを構える。
「プラグイン!! スネークマン! トランスミッション!」
「プラグイン!! ナイトマン! トランスミッション!」
流石に淑女のふたりはキャットファイトに移行することなく、ネットバトルによる決闘で勝敗を決するらしかった。
VIPルームに備え付けられたモニターに映し出されるのは紫の全身鎧に身を包んだ巨体――ナイトマンと、下半身が壺の中に納まったコブラ型のネットナビ――スネークマンが対峙する。
『ゆくぞ!!』
開戦の合図など無く、闘争心を露わにしたナイトマンが軽い地響きのような音と共に鈍重そうな足取りで突撃を開始。
対するスネークマンは前方に穴パネルを出現させた後、壺の中に全身を押し込めて防御の体勢に入る。
『軟弱者めが!!』
オペレーターたる姫君の怒りを代行するかのように吠えたナイトマン。
確かに彼の右腕に装備した大きなトゲ付き鉄球はブレイク性能が備わっており、安易な防御など正面からブチ破ってみせるのだが。
『させないよ! キエッ!』
某宇宙の帝王ボイスと共に、穴パネルから複数の小型の蛇が飛び出すや否やナイトマンの元へ襲い掛かる。
『ぬぅ……!』
『ほれほれ……! 近付けないだろう?』
カモンスネークによる波状攻撃に堪らずナイトマンがストーンボディ状態へ変貌し、防御を固めるもこれでは前進するのも一苦労だ。
しかも【スイコミ】による引き寄せ効果も、スネークマン前方にある穴パネルのせいで彼の元まで引き寄せられないときた。
「もう以前のわたくしとは違うわ! バトルチップ【カンケツセン】! スロットイン!」
しかし、プライド殿下は迷わず打開策を打つ。
ストーンボディを解除したナイトマンがその穴パネルに投げ入れた【カンケツセン】はその名の如く強烈な水柱を吹き出し、その周囲にまで影響を及ぶといったもの。
ガードを固めたスネークマンにダメージを与えるものではなかったが、
『ボクのカワイイ
原作には無い副次的効果――穴に潜む小蛇たちまで打ち上げることでカモンスネークを一時的に機能停止させたのだ。
その隙に射程範囲に捉えたナイトマンがキングダムクラッシャー――右腕から高速で射出される鉄球がスネークマンに突き刺さり、大ダメージを与える。
『やるじゃないか! キエッ!』
すぐさま的になると悟ったらしいスネークマンが壺に搭載された複数のスラスターを吹かせて複雑な軌道を描きながらスネークバスターを乱射。
それを難なく受け止めるナイトマンに痺れを切らしたスネークマンがスネークバイト――胴を伸ばした嚙みつき攻撃に移ろうとしたところで、
「スネークマン、おやめなさい」
ミリオネアさんの一言で即座に取りやめる。
直接攻撃は控えるとスネークバスターで牽制しつつ、新しく穴パネルを生成していく。
『これはどうかな?』
『また身を隠すか!』
カモンスネークの布石だけでなく、今度は穴パネルの中へ己の身を踊らせたスネークマン。
「逃がしませんわ! バトルチップ【マグナム3】スロットイン!」
プライド殿下が打った手は、カーソルを指定してその範囲を砲撃するチップだ。
原作みたく暗転効果こそ無いものの、対地中効果――原作由来であれば【ユカシタ】などの貫通効果が該当するのだが、今世では穴パネルの下へ消えた相手にも効果を発揮する。
しかし……その砲撃はスネークマンを炙りだすことは叶わなかった。
「どういうことなの……?」
『プライド様! 彼奴は地中を移動しているのでしょう!』
あくまで【マグナム】系が効果を発揮するのはカーソル内に指定された範囲だけ。
しかし、スネークマンが穴から穴へ移動できるのならば。あちこちに空いた穴パネルの数や距離感からして【カンケツセン】や【マグナム】では収まりきらない。
しかも更に厄介なのがスネークマンの作り上げた穴パネルが半永続的に存在し続ける特殊パネルといったもの。
こいつの場合、【パネルリターン】や【クサムラステージ】などで上書きできないのが実に厄介なのだ。
漫画的描写でモグラが移動している、みたいなエフェクトも出ない以上、探り当てるのも難しい。
俺だったら『渡』が好きな陰キャ戦法である毒攻めしちゃうかもしれない。
「――ここでお披露目、というのは些か不満がありますが……ナイトマン!」
『御意! 我が新しき奥義! ブロークン・ディザスター!』
果たしてナイトマンが見せる完全初見の技はというと、自分のHPの3分の1を消費して放つ全体攻撃技だった。
多大なエネルギーが集められた右手の鉄球を足元に突き刺すや否や、空間全体に迸る荒々しい波動。
パネル全体のみならず空間まで揺るがすその一撃は、フォルテのアースブレイカーさえも凌駕するのでは、と思わずにはいられない。
現にスネークマンは地中から姿を晒すことなく、強制プラグアウトさせられたのだから――
女同士の争いに決着はついた。
しかし、ネットバトルの勝敗が如く白黒はっきり付かないのが大人同士の、それこそ権力者同士の争いというもので。
この場での発言権などはいざ知らず、後に報復されては堪ったものではない筈だ。
「やりましたわ! ワタ!」
おもっくそガッツポーズ取って喜ぶプライド殿下は一時の感情に流されっ放しな様子だけど、どう落とし前を付けるつもりなのか。
まさかホビーアニメの法則で『敗者は勝者の言うことに従う』的なマインドを持ち出すつもりなのだろうか。
我知らず嫌な跳ね方をする心臓を胸ごと抑えるようにしていたところで――VIPルームの扉から新しくエントリーする人物が。
高身長かつ肩幅のがっしりとした男性で独特に逆立った髪型は同社の『逆転裁判』のナルホドくんみたいで、しかしてその下に続く面持ちは非常に厳しい。
高級なスーツに身を包んだ彼の名前は伊集院秀石――伊集院炎山の父親であり、
完全に緊迫した状況下、自然と秀石さんに視線が集まり――
「息子の試合はまだやっているのかね?」
完全に空気を読まず、己の都合を優先する発言をして堂々と席に着くのだった。
もうとっくに終わっとるわ、ボケ!!!!