上流階級によるお戯れと呼べないバチバチ真剣勝負の末、プライド殿下が勝利を収めたのも束の間。
空気も読めず遅れてやってきた炎山パパの到来にいよいよミリオネアさんの導火線も危ういか、と思いきや。
「ふ、ふふふふふ!」
険しい表情から一転して堪え切れず噴き出したミリオネアさんはプライド殿下に歩み寄ると、
「貴方とのネットバトル、楽しかったわ!」
柔らかい笑みを浮かべ、そっと肩を抱く。
態度のあまりの変貌振りにプライド殿下は目を白黒させるも、毒気が抜けてしまったのか彼女もそれに倣って和解の意を示した。
一時はどうなるかとヒヤヒヤしたものだが、俺の想像以上にミリオネアさんは大のネットバトル好きのようだった。
通常、負ければ大概の人間は不快になるものだけど、ミリオネアさんは満足のいくバトルができればそれで良いのだろう。
「実に良いお手並みでしたわ! アタクシ個人の所感だけれど本来アナタのバトルスタイルは勇猛果敢なインファイトでなくって?」
「えぇ、その通りです」
「バトルチップでの冷静な対処は師事した方の影響かしら?」
「それについてはお答えできかねますわ」
「あら残念――」
どうにもプライド殿下を気に入ったのか、ぐいぐいと来るミリオネアさんに対してプライド殿下は少々面を食らっている様子。
しかして一定の腹芸はこなせるらしく、その返答に淀みはない。
だから、さりげなくチラチラこちらに助け船を求められても俺にはどうすることもできまへん。勘弁してくだせぇ。
主人同士の邪魔をしないよう音も立てずに繰り広げられた肉体言語だけで腹一杯なんです。
男女の筋力差を服の下に仕込んだ暗器で対抗するクリームランドのSPたちはともかくとして、ものの数秒で相手を絞め落としたり、貫き手で相手の腹筋を貫くグロディアさんが怖ぇの何の。
「……不服。命拾いしたな」
もうね、屈強な男たちが完全に震えあがっていてもしゃーないわ。ひとりだけCAPCOMの格ゲーに出てもおかしくない挙動していたからな。
そんな修羅場の中でも我関せず試合を観戦していた伊集院秀石さんの異常さよ。豪胆過ぎるわ。
「ホワイト、と言ったかしら? アナタも一緒に観戦しましょう?」
(はっ……美女からのお誘い!)
ぽつねん、と状況に置いてけぼりを食らった俺に対して手招きしてくるミリオネアさんの声で『渡』が覚醒。
寝起きから元気っすね……俺はもう疲れたよパトラッシュ……。
(もうひとりのぼく、代わろうか?)
それには及ばねぇよ。『渡』をあの危険地帯に放り込む訳にはいくまい。
グロディアさん恐れて完全にヘイトがこちらへ向いているしな。付け焼刃な俺よりも礼儀作法がなっていない小学生には完全に無茶振りである。
それに今は機嫌が良くとも、いつ地雷踏み抜くかわかったものではない。
(地雷って……あんなにニコニコしてるのに怖い人なの?)
初手ホスト側を追い出した時点で穏健な訳ねぇわ。
原作の描写からして下手なおべっかは逆に機嫌を損ねるし、『渡』同様下心を覗かせた時点でアウト判定っぽいしな。
彼女の従者たちに反感買った状態で追い出されるのは非常によろしくない。
(じゃあ、どうすれば良い?)
決まっている。決して我を出さず、無難な接待に努めることだ。
つまらん、とか言われてもそれ以上不快にさせなきゃそれでいい。なーに、無理筋な商談に持ち込むよかヌルゲーよヌルゲー()。
そうして決意を固めてから数時間。
美少女と美女の間で解説を求められ、背後から突き刺さる怨念に心労がかさみながらも何とか業務をこなしていた。
VIPルームの面々や『渡』、シアンは試合観戦を楽しんでいて何よりだが、俺は純粋に楽しめねぇよ。
プライド殿下はいつにも増して距離感が近いし、ミリオネアさんは投げてくる質問がウラ並みの要求レベルだしよぉ……。
「――Fブロックが始まりますわね」
ようやく1日目も終わりが見えてきたところで、そんな精神的疲労も吹き飛ぶような光景が俺の目に飛び込んできた。
「……!? 失礼。席を外させていただきます」
「ホワイト様……?」
プライド殿下やミリオネアさんへの無礼など頭から抜け落ち、従者たちの手をすり抜けてVIPルームの外に出る。
『アレってもしかしなくても』
「ボンバーマンとストーンマンだ」
何故こんな所にいるのか、といった疑問はさておき、トイレの個室に入るとインカムで臨時の指揮所に通信を入れる。
「こちらオフィシャルホワイト。急遽耳に入れてほしい情報を掴んだ為、報告いたします」
「……Mr.SとMr.Bかね?」
直近だとみゆきさんやサロマさんも目撃しているし、そちらからも連絡を入れたのか。
「彼らのナビには見覚えがあります。WWWに所属する自立型ネットナビであると思われます」
「彼女らにも聞いたけど、偶然姿形が似通っている線はどうだい?」
「念の為、彼らの背後関係を洗ってください。それと彼らのボディチェックを担当した方にも取り調べをお願いします」
「内通者だと言いたいのかね?」
「確定ではありませんが……恐らくは」
砂山もといネットバトラーQみたくノーマルナビやそれに類するナビに変装しているかと思いきや、随分と大胆に動いてくるものだ。
現状ではN1グランプリ自体を滅茶苦茶にする素振りを見せてはいないが、今後もそうだとは限らない。
参加選手にいる熱斗や炎山、マサさんにも情報共有して厳戒態勢に入ってもらうことにして。
「――砂山ァ!!」
「敗者復活に忙しいボクに一体全体何の用なのサ?」
「……ボンバーマンとストーンマン、あれはお前の差し金か?」
通信を切った後、すぐさまディレクターでありWWW団員でもある砂山に通話を繋げる。
「いンや、ボクも知らないね~。ボクが負けた時の保険としてワイリー様が派遣したって思うとガックリきちゃうわ~」
「砂山ディレクター以外の別動隊の線は?」
「ボンバーマンとストーンマンってばワイリー様以外の指示では梃子でも動かないからね~。おっと~もうケツカッチンなんでネ! チャオ!」
碌な情報も寄越さず砂山から通話を切られてしまう。
あの野郎……想定以上にN1に熱を入れてやがる。WWW側の動きが全然掴めやしねぇ。
『どうするのワタちゃん?』
「現状はどうしようもねぇわな……」
現段階でボンバーマンとストーンマンを捕縛するのはかなり困難と言っていい。
何せオフィシャル側で握っているのは彼らの目撃情報だけ。それだけでしょっ引けるのであれば腐る程インターネット中にいるノーマルナビなんて幾らでも誤認逮捕できてしまうからな。
だからネットナビを逮捕する際には、個々に設定されたIDを認証する必要がある訳だけど……ワイリー程の技術者であれば誤魔化すなど造作も無いだろう。
ぶっちゃけ、以前侵入された際にも識別できるようなログを残さず消えやがったからな。
故にこそ効率厨である炎山やブルースなんかは現行犯で相手をデリートしにかかるのだ。その方が確実性が高いからである。
まぁ、出場選手の背後関係も幾ら洗ったところで碌な情報など出てこないだろうけれども。
前世でさえ銀行口座を売り払うバカが掃いて捨てる程いたしな。金に困った連中が名義貸ししたとかも十分あり得る。
だからボディーチェックなどでボンバーマンやストーンマンに関わった運営側に内通者が潜んでいる可能性を疑った方がまだ有意義かもしれない。
(うーん……Dr.ワイリーって何がしたいんだろ?)
そう『渡』の言う通り、ワイリーの思惑がわからないのが一番不気味だ。
砂山は原作知識から明白で、N1グランプリの視聴率をバチクソに上げることに他ならない。
『3』のシナリオでは砂山扮したネットバトラーQが正体を隠したまま決勝まで勝ち上がり、伊集院炎山を倒したところでその正体を明かすことにあった。
要するに正体不明のネットバトラーが実はディレクターでWWW団員だった、という衝撃展開で話題を掻っ攫うという私欲と共に。
伊集院炎山に勝つことでWWWの力を誇示し、彼らに逆らう芽を摘む目的があった。
コウモリ野郎である彼は今現在もその任務を遂行しようと動いてはいるけれど――原作みたく炎山の父親である秀石さんを人質に取らないことから番組を壊す意図は無いと見ていい。
少なくとも視聴率が取れていればバカみたいな動きはしないだろう。
次に砂山の口から明らかになった別動隊だが、まだその存在は明らかになっていない。
てっきり俺はボンバーマンとストーンマンこそ、その別動隊だと思っていたのだけど、彼の口振りからだと違うように受け取れた。
N1グランプリというイベント運営に出場者の二足の草鞋を履いている多忙な彼とは別に動くWWW団員がいてもおかしくはないだろう。
しかして、その目的もワイリー同様に不透明だ。
その共通認識として社会の混乱や破滅を招くのが目的だろうから、N1を壊す方向で動くとは思うのだけど。
その点に関しては砂山に協力体制を築ける為、情報共有くらいできるものだと思っていたんだがなぁ……。
最後にワイリーの目的。
奇しくもアニメでボンバーマンとストーンマンコンビでN1グランプリに出場はしていた。
が、『3』だと欠片ほどもそんな展開が起きようもなかったからな。原作は砂山単独でめっちゃ動いてたし。
じゃあアニメ版はどうなのかと言えば、対戦相手を裏で始末して不戦勝を続けるムーブを取り続けていたところから、WWWの強さを見せつけるのが目的ではない筈だ。
概ね強者と思われるナビの排除及び優勝賞品が目的だったのか。あるいは……究極プログラムを持つファラオマンを呼び出すキッカケを求めて出場したのか。
そう原作とアニメで出自が違うんだよな、ファラオマン。
原作だと超古代文明の技術を持つ自立型ネットナビで、アトランピア文明などに類するものだと思われる。
『1』と『2』で隠しボスとして登場はしたものの、全く経歴が明かされなかったから謎が多いんだよな。
今世でも俺とシアンが【ポイズンアヌビス】目的でデリートしちゃったから今でも真相が不明だ。仕方ないじゃん、話通じないし問答無用で襲い掛かってくるのなら正当防衛だろ。
んで肝心のアニメ版だと、あの光正製でニホンのネットワークを管理する為に生み出されたヤベー存在だったりする。
もうね、立ち位置がプロトに近いものがあるわ。封印されていた点も似ているしな。
その戦績も不意打ちとはいえ、あのロックマンをデリートする程の実力を持ち合わせており、また科学省を乗っ取り、世界中で天変地異を起こすといった所業も見られた。
だからワイリーがファラオマンを求めても不思議ではない。
……まぁ、今世だと実力はドリームウイルス君以下だったからなぁ。アニメみたく究極プログラムは入ってなさそうだ。
仮に究極プログラムがあったとしたら『転生したらフォルテだった件』とかいう原作ブレイクになっちゃうしなぁ。
ワイリーもワイリーでそのデータを元にゴスペル君生み出すし、原作と展開が違い過ぎるんよ。
個人的にはアニメ版も嫌いじゃないけど、漫画の『鷹峰』版の読者としてはアニメのフォルテ君はどうしても劣ってしまうというか、鷹峰先生のフォルテがカッコ良過ぎてね。
閑話休題。
とにかくワイリーの目的として考えるのは2つ。
まずN1グランプリ自体が目的であること。素直に捉えるならばWWWの強さを誇示することではあるけれど、どうにも引っかかる点がある。
そも、強さだけを見せつけるのであればゼロを出場させれば良かったのだ。
ボンバーマンやストーンマンも厄介な手合いではあるものの、ゼロは別格。例えWWWの障害となり得るロックマンやブルース相手だろうと排除できるだろう。
だから本気で勝ちに来ている訳ではない、と思われる。
そしてもうひとつはボンバーマンとストーンマンが陽動である可能性。
俺たちの目を彼らに引き付けて別動隊が動きやすいようにする。ワイリーが取った手としては迂遠な気もしなくはないが、どちらかと言えば個人的にはこちらの方がしっくりくる。
後は戦力分析として放った可能性も否めないけど、砂山のデザートマンだけで充分だと思うんだよな。
(いっそ不安なら中止か延期にしちゃうとか?)
『渡』の提案は残念だけど現実的じゃねぇわな。
安全を第一に取るならば有効な手だとは思うけれど、巨額の金が動いている以上、そう簡単にスケジュール変更などできる訳がない。
余程の事態――爆破云々で人命が危険に晒される事でも無い限りは梃子でも動くまいて。
『ワタちゃん、あれ!』
ひとまず考えが纏まったところでトイレから出るとオフィシャルの同僚が複数名倒れているのを目撃する。
駆け足でそちらに向かい、外傷が無いことを確認した後、軽く頬を叩く。が、その男性は意識を取り戻さない。
巡回中に気絶か眠らされでもしたのか? 素人目では判断がつかないので、ひとまず上へぶん投げることにするも――
「……? 繋がってんのに返答がない……?」
『やられた! ダミーだよ、これ!』
単純なジャミングではなく、通信が生きているように見せかけてやがったのか!
しかし、先程まで通話ができた以上、偽装工作を仕掛けられたのはそう遠くない時間だろう。
『マズいよ! プライドちゃんたちが危ない!』
(狙いは陽動だったんだ!)
随分と安易で荒っぽい手で来たものだが、人質ってのはかなり有効だからな。
原作こそ伊集院秀石だけが人質となり、炎山だけが言いなりになる展開になってはいたけれど。
今世じゃプライド殿下やミリオネアさん並びに世界的に重要な人物がここに集っている。それを抑えられたとなれば、国やオフィシャルは大事を取って要求に従う他ないだろう。
ただでさえ巡回警備などで人手が取られているのに、ボンバーマンやストーンマンへの警戒態勢で予備の人員まで動かしたとなれば、VIPルームにまで回す余裕はすぐには生まれない。
トイレの中とはいえ、廊下から派手な音がしてなかった為、敵はセレブかオフィシャルに扮装などして不意を突いたのか。
動員数を考えれば顔が覚えられなくとも仕方ないかもしれない。現に俺だって全員は把握してないのだから。
何にせよ小学生の脚力で応援を呼んでいる暇は無い。
間に合うかどうかわからないが、真っ先に敵のネタバラしをして恥も外聞もなくプライド殿下やミリオネアさんに応援を要請しよう。
どう考えても俺ひとりじゃ解決できやしないしな。
「開いてる……」
倒れている同僚に構う暇もなく元来た道を戻ってみれば……電子キーで自動施錠される筈のドアがドアストッパーらしきものが噛まされ、開きっ放しになっていた。
恐る恐る中を覗いてみれば――残虐ファイトの跡がありありと残されていた。
オフィシャルの制服に身を包んだWWW団員らしき連中の腕や足が完全に向いちゃいけない方向に向いてやがる。
「詰問。貴様らの目的はなんだ?」
「そんなもの答え――いぎゃぁあああ!!」
ヒェッ!
グロディアさん、素手なのに相手の生爪剥がしてやがる。バイオなんかでグロ耐性ついてはいるけれど、リアルでやられると心臓に悪いわ!
プライド殿下の情操教育に悪いのでは――と思ったけれど、彼女はヘッドホンに目隠しと微妙に犯罪チックな見た目で保護されていた。
別の場所でやれよ、と思わなくもないが、どこが安全かわからない現状だと仕方ないのか……?
「あら? 戻っていらしたのね?」
「……ミリオネア様は私を偽物だと疑いませんので」
「仮面程度でアタクシの眼は誤魔化せんことよ」
ひとまず両手を挙げて敵意が無いことを示すも、ミリオネアさん認証がOKが下されたことで従者の方々の拳が収められる。
「それで……何があったのか説明してくださるのかしら?」
「恐らくこちらの不手際で賊の侵入を許してしまいました。代表してお詫び申し上げます」
「御託はいいわ。これからどうするおつもり?」
「……不躾ながらお力添えをいただきたく存じます」
「情けない男。到底オフィシャルレッドのお仲間とは思えないわね」
深く頭を下げても尚感じ取れる失望の視線。直接的な暴力に対して無力なのは百も承知。
設備にプラグインしても撃退できるようなものは見当たらないし、どうしても戦力を乞う必要があった。
「もし、この事態が上に伝わればせっかくのN1グランプリも中止になるでしょう」
「アナタ方の不手際を棚に上げてアタクシを脅す気?」
「滅相もございません。ただただ事実を伝えているだけでございます」
内通者を炙り出す手段も打つには打ったが空振りで、同じ現場のオフィシャルに関しても任せきりにせず注意喚起するなり、俺が統率するなりしていれば結果は違っていたかもしれない。
それでも俺は何としてでも状況を打破せねば――
「……失礼いたします」
舌で唇を湿らせ、何とかミリオネアさんを動かす言葉を捻り出そうとしたところで折り目正しくみゆきさんと肉体自慢の同僚たちが入室してくる。
「……この度は大変失礼いたしました。御身が無事で何よりでございます」
「闖入者ではないようね。で、無能なオフィシャルの方が何の御用かしら?」
「事態の収拾に参りました。避難経路は既に確保してありますので、どうか誘導に従っていただけると助かります」
「遅いわ……でもこんな所にいるよりはマシだから付き合ってあげるわ」
もはや俺に興味を失ったミリオネアさんはつまらない表情を浮かべ、従者たちと共に退出していく。
秀石さんは何を考えているのかわからない無表情のまま後に続き、プライド殿下も惨状を隠すようにしてSPに連れられていった。
「ホワイト殿、捕縛の手伝いをお願いしても?」
「……了解であります」
無能に挽回するチャンスなど与えられることもなく、後始末を淡々と手伝うことに。
ふかふかのカーペットもすっかり荒らされているけれど、この辺はドーム関係者がどうにかしてくれるかね?
「ひとつ、窺ってもよろしいでしょうか?」
「何なりと」
「そちらは……みゆきさんはこの件にどういった対応をしておられましたか?」
「あぁ。彼女の慧眼を前にしては偽物など一発でお見通し! 外線が通じないと見るや否や内線のネットワークを通じて注意喚起を飛ばし、一時的に外部の人間を立ち入りを禁じました
彼女の指示に従わず、無理に踏み込む輩や焦る輩は自ずと敵だと炙り出される良い手でありましたな」
「なるほど……」
原作知識などのメタ認知に意識を持って行き過ぎた。
そうだよ、内部のネットワークが分断されては一発で異常を見抜かれるから、普通に使えたじゃねぇか。
こんな簡単な見落とし、どうして気付かなかった?
「ホワイト殿は災難でありましたな。よもや全員VIPルームから追い出されるなどお思いにならんでしょう」
「いえ……その責任は我々にもあります故」
「その責任感、のされた連中に爪の垢を煎じて飲ませたいところでありますな」
真相が伝わっていない彼は俺に同情的な視線を向けてくるが、違うんだ。
俺がもっと上手くやっていれば彼らだって無能の烙印を押されずに済んだ。
指揮系統の混乱などを気にせず、もっと強く提言していれば警戒が密になっていたかもしれないのに。
(……そんなことないよ)
……すまねぇ。
こんな暗い気持ち、『渡』にまで付き合わせる必要ないからな。切り替えて次に備えるとしよう。
翌日、ミリオネアさんを筆頭にスポンサー側から続行を要求する声が上がり、N1グランプリは2日目を迎える。
当然ながら俺含めた複数人のオフィシャルはプライド殿下やミリオネアさん管轄のVIPルームの警護から外された。
とはいえ、貴船総監の計らいで『ネットワーク側の警備の補強』と称して俺だけはVIPルーム周りの廊下などに配置されることになったのだが。
『ねぇ、試合見ちゃダメ?』
「録画したので我慢しようぜ」
2日続けて同じ手を打ってくる程、WWWはアホではないと考えた貴船総監は俺に実質的な休みを与えたようだけど、呑気に観戦している気分にもなれなかった。
現実側で役に立てないのであれば、ネットワーク側の警備を固めるのが今の俺の務めだ。
仮に骨折り損のくたびれ儲けだとしても、昨日よりマシな働きがしたかった。
退屈を誤魔化すようにシアンと雑談に交えながら、今日は何事もなく終わる――ことはなく。
大舞台で繰り広げられる熱戦の裏側で、俺たちは戦いに身を投じることになることを後々思い知ることになる。
N1グランプリ 2日目
〇大山デカオ&ガッツマン VS 光熱斗&ロックマン
大観衆の歓声が集まる大舞台を前に大山デカオはゴクリと唾を飲み込んだ。
相手は何度も何度もバトルしたライバル――だと思っているのはデカオだけだろうか?
小学5年に上がってからはまだ対等と言えた。少しばかり負け越していたとはいえ、熱斗とロックマン相手に負ける気は全くなかった。
ただ夏休みを終えてから、彼らとの差をデカオは何となく認識し始めた。
スタイルチェンジというわかりやすい力の有無も勿論ある。
けれど、それ以上に経験の差とも言うべきか。明らかに彼らの方が何歩も先に向かっているのがわかった気がした。
「今日こそ負けねーぞ熱斗ォ!!」
「へっ、負けられねーのはこっちの台詞だぜ!」
ピカピカのネットバトルマシンに向き合い、デカオは熱斗と共に笑い合う。
――こうして向き合えるのは、これから先に何度あるだろうか?
そんな疑問や緊張、悲しさをひた隠しにしてデカオはガッツマンを電脳世界に送り込む。
「それではいきます! バトルオペレーション! セット!」
『『イン!!』』
1日目から打って変わって実況となった緑川ケロの合図の直後、ガッツマンが猛然とロックマンへと突っ込む。
「バトルチップ【フルカスタム】、スロットイン!!」
「お前にしては珍しいチップ使うじゃんデカオ!」
「まだまだいくぜ! 【ガッツインパクト】トリプルスロットイン!」
『プログラムアドバンス! 【ゼータインパクト】でガス!』
隠岐渡から借り受けた【フルカスタム】を用い、初手から全開でいくデカオとガッツマン。
友人の彼から学び、その意味を身を以て体感したデカオとガッツマンは知っている。単純な殴り合いでは決してネットバトルでは勝てないことを。
そして、彼らは知っている。下手な小細工では熱斗とロックマンを倒せないことを。
『うぉぉおおりゃああでガス!!』
『来るよ熱斗くん!』
【インビジブル】状態になりながら5秒間【ガッツインパクト】を連続使用可能となったガッツマンは両腕を引き絞り、発射の体勢に入る。
これから始まるのは巨大な拳の雨。秒間20発のロケットガッツインパクトだ。
「スタイルチェンジ! ウッドシールド!」
「ガードごと吹き飛ばせ! ガッツマン!」
ロックマンの右腕に構えたバックラーから全身を覆うシールドが出現するも関係ないとばかりに乱打が降り注ぐ。
1発、2発と受け止めることに成功するものの、徐々に踏ん張りの効かなくなったロックマンの上体が浮いていき、
『ぐっ! うわぁああああ!!!!』
『まだでガス!!』
とうとう8発目にしてガードが崩れ、その身に巨大な拳が突き刺さる。
派手に吹き飛ぶロックマンへ追撃の【ガッツインパクト】がまたもクリーンヒットしたところで突如ロックマンの姿が掻き消える。
「危ねーっ!! 【エリアスチール】が間に合って助かったぜ」
「まだ終わってねーぞ! 熱斗ォ!!」
残り2秒。
距離が開けられてしまったものの、まだまだ射程距離の範囲内だ。
ガッツマンは一直線に突き出すのではなく、拡散弾のようにジャブを繰り出した。
「バトルチップ【ダッシュコンドル】スロットイン!!」
果たして熱斗とロックマンが選んだのは回避ではなく、正面突破。
無敵効果を付与した突進攻撃とガッツマンの拳がぶつかり合い、両者共に弾かれる。
――0秒。時間切れだ。
「……そう簡単にゴリ押せねーわな」
「へへっ、当たり前だろ」
ダメージレースこそデカオとガッツマンが優勢だが、このアドバンテージも熱斗とロックマンを前にしては心許ない。
一気に決め切れるとは露程も思っていなかったが、それでも少しばかり心に来るものがある。
「ロックマン、ヒートガッツスタイルだ」
「……何の真似だ?」
「決まってんだろ……真っ向勝負だぜ」
緑から全身真っ赤に染まったロックマンが肥大化した右手を構え、接近戦の体勢に入る。
つまらないブラフでないのは長い付き合いでわかっている。わかっているからこその疑問だった。
近接戦闘ならばリーチのあるガッツマンの方が有利だ。戦闘経験からしてロックマンより確実に積んでいると言っていい。
確実に勝つならば遠距離で攻めるのがセオリーであるし、今までもそうであった筈だ。
「……そうか」
しかし、少しばかり考えたところでデカオは思い当たることがあった。
伊集院炎山とブルース。
今年に入って熱斗とロックマンが明白にまでライバル視している彼らの影響なのだとわかった。
「はぁ……」
悔しさを隠し切れず、デカオはPETを持つ左手を強く握りしめる。
ずっとずっと光熱斗とロックマンのライバルは、大山デカオとガッツマンである筈だった。
けれど、いつまでも知らない振りをしている訳にはいかなかった。
ライバルであるならば、ライバルで居続けるならば、変化を恐れず受け入れていくしかない。
「オレを、ガッツマンをいつまでも接近戦ばかりだと思うなよ熱斗ォ!!」
『ガッツマシンガンでガス!』
デカオは差し出される手を振り払い、ガッツマンは右手を銃口に変換させる。
「後悔すんなよ! ロックマン!」
そこからは弾丸と拳の応酬だった。
奇しくも同じ能力を持った同士ながら、小柄なロックマンの方が上手だった。付け焼刃のマシンガンの連射速度は周回遅れで。
スーパーアーマーを付与されたロックマンは幾ら殴られても怯まない。
唯一上回っているタフさで食らいつき、殴って殴られ。撃って撃たれて――
「決着ッ!! 勝者は光熱斗&ロックマンー!!」
客観的に見れば順当な結果だったかもしれない。
それでもデカオは、ガッツマンは最後まで負けを意識しなかった。
全力を尽くした。ただそれだけだった。
「いい勝負だったぜデカオ」
「おう」
握手を求める熱斗の手をぐっと握り締める。
「ちょ、力強いってデカオ!!」
終わった、と思った。
N1グランプリでの決着だけでなく、これまでの決着まで着いた気がした。
――これでオレは悔いなくアメロッパに行ける。
デカオは日に日に迫る別れ*1を受け入れたのだった。
次回はN1 2日目の続き
その次話辺りに渡くんとシアンが頑張る話になる予定