ダクトの中に突入してからどのぐらい時間が経過しただろうか。
何かする度に身体のあちこちが擦れる空間ではPETを取り出して時刻を確認、なんて事もできずにひたすら匍匐前進を続ける。
何の指針も無い不安から、いつぞやの放火騒ぎで利用した熱源探知機能をシアンに使わせて高熱を発するであろうサーバーを探してもらっているのだが、未だ成果はゼロ。
しかしながら、そんな俺たちに光明が差し込んだのは予想外の方向だった。
『ワタちゃん、オート電話だよ』
「このジャミングだらけの場所でか?」
シャーロ軍から貸与されたゴツいトランシーバーならまだしも、俺のPETに掛かってくるなんて不自然過ぎる。
『なーんか邪魔されないよう細かく周波数イジってるみたい。知らない番号だけど出る?』
「……ぶっちゃけ出たくねぇなぁ。でも無視してもマズいかもしれんしなぁ」
原作からして通話状態にしたせいでウイルスに感染、といったイベントを原作では確認されていないし、意を決してシアンにその通話を承諾させる。
『隠岐、渡だな?』
『私もいるよー?』
「まず自分から名乗るってのが礼儀だぜ、名無しの権兵衛さんよ」
『そりゃあすまねぇ。ボンバーマン、と言やぁわかるか?』
相手の名を明示するよう催促してみれば、まさかのワイリー製自立型ネットナビとは思わなんだ。
つーか、わざわざ直近でPETごと変えたというのに、どっから電話番号漏れてんねん。
「……で、弾けるボンバーさんが何用で?」
『お前さんをワイリー様の元へと案内する』
「そらご親切にどうも」
ボンバーマンからの申し出が罠である可能性は無くは無い。
ワイリーがどうであれ、ボンバーマン視点からすれば俺は野望に邪魔な存在だ。ワイリーを慮ってボンバーマン個人が排除に動く、というのも考えられなくはないからな。
『でもでも! ワタちゃんの現在地とかわかるワケ?』
『お前さんたちが上陸してからしばらくアンテナで探知してたからな。造作もねぇ』
あぁ、うん。PETから送受信される電波拾って俺の電話番号まで割り出したのね。ジャミングされている中、ようやるわ。
「にしても案内するなら最初からエスコートしてほしかったわ」
『余計な客まで招いたらワイリー様に叱られちまうよ。まぁ、そもそも始めはそのつもりじゃなかったけどな』
『デレ期ってヤツ?』
『違ぇ。お前さんを放って、もうおっ始まりやがったのさ』
明言されなくともボンバーマンの言いたいことは十二分に察することができた。
ワイリーの最終目的であるプロトが完全復活したか、それとも熱斗たちが彼の元まで到着したせいで対応に追われているか、のどちらかだろう。
『なら私たちいらない子じゃん』
『そうはならねぇよ。ワイリー様は今も決着を求めている』
「決着ならついたんじゃねぇの?」
『私たちの勝ちでね!』
結果としてはワイリーの敵前逃亡。つい憎まれ口を叩いてしまったが、到底彼には納得のいくものではないだろう。
『ワイリー様はずっと……ずっと燻ってやがんだ。それを何とかしてやりてぇ』
『私たち放置してんのに?』
『どんなに妨害されようともお前さんなら辿り着くって想定してたんだよワイリー様は』
あの爺、勝手に天才判定してきただけあって俺を過剰評価し過ぎだろ。
光祐一朗が手掛けたディメンショナルコンバーターとシャーロ軍の協力無しにここまで来られなかった。俺はそんな彼らに便乗しただけのちっぽけな存在だというのに。
「能力の足りない俺たちを見限った、とは考えねぇのか?」
『それは断じてねぇよ。お前さんはワイリー様を上回った数少ない男だからな』
『そんなワタちゃんを「ドカーン」ってしない?』
『ワイリー様が望まない限りはしねぇよ』
何となくだが、ボンバーマンは真意を喋っているのだと思った。
口車に乗せるのであれば他にもっとマシな文言があるだろうし、第一ワイリーの名まで出しておいて騙る事は彼らの価値観に反することだと思った。
「ぶっちゃけなーんも手掛かり無いしな。お前の提案に乗るよ」
『恩に着る。まずはそのまま前進だ――』
しばらくボンバーマンの声に従い、手足を動かす。道中、回転するファンに阻まれる前に金網のネジを取り外して通路へと降りる。
そうして驚く程にトラブルに見舞われることもなく俺はすんなりと最深部と思しき場所へと辿り着いた。
「Freeze! Don't move!」
「……英語やんけ」
到着早々に味方サイドから銃口を突きつけられる恐怖体験が待っているとは思わなんだ。
大人しく要求に従いながら、ざっと全体を眺めてみれば原作に似た光景が広がっていた。
正面に鎮座するのはプロトを解凍する巨大な装置、その足元には椅子型の機械――恐らくパルストランスミッションシステムだろう。
ひとつ離れた上部にDr.ワイリーが。4つ並んだ下部の座席の内、3つ程が熱斗、炎山、ライカで埋められていた。
「……Mr.オキ、君か。脅かさないでくれたまえ」
「シャーロの軍人さんが武器ひとつ無い小学生に怯えるんで?」
「それは失礼した」
セルゲイ大佐の指示によって無事解放されるが……マジで怖かった! 先走って発砲されようものなら普通に死んでいただろう。
味方側からの誤射で死ぬとか洒落にならんわ!
「ところでMr.? 私の部下がいないようだが。状況報告をしたまえ」
「例の区画で前後の隔壁によって遮断。コンソールも機能が低下していまして脱出は困難。私だけはダクト内部に侵入できることもあって送り出された次第です」
「了解した」
手短にそう伝えるとセルゲイ大佐は僅かに顔を歪ませて咳払いの後、部下たちに持ち場に戻るように指示を出す。
全体的にピリピリした様子で部屋内部を捜索している辺り、どうも彼らなりにプロトを止める方法を探しているらしい。
「セルゲイ大佐。私からも聞きたいことがあります」
「何だね?」
「残る座席、まだ生きているんですよね?」
「あぁ。Mr.オキ、君も行くのか」
「はい」
セルゲイ大佐から確認も取れたので俺は残るパルストランスミッションシステムの座席に歩み寄る。
原作ではWWW幹部である西古レイ、犬飼猛雄、砂山ノボル、アネッタ、そして火野ケンイチ用に5つ用意されていたそれ。
恐らくはヒノケンが出戻りしなかったことで頭数が減り、逮捕された面々が脱獄されず、実質離反した砂山もまた戻らなかったことで丸々空いたのだろう。
PETを接続する台座に……おいおいバトルチップのデータを転送する為のスロットが30個しか無いじゃねぇか!
この段階でまさかのゲーム版みたくフォルダ制限を設けられんのかよ。互換性の無い旧式チップはそもそも形からして入らない。ここにきて戦略の幅が縮まるのは痛手である。
普段は複数のポーチを切り替えることで枚数制限をガン無視していたせいで、マジで何を選ぶべきかまぁ悩む悩む。
悩んでいる暇が無いのは百も承知だけど、相手が相手だけに安易な選択は許されない。
プロト対策には【ランダムメテオ】*1と【ポーン】を入れておきたいところだが、すばしっこいゼロには刺さらないのが悩みどころ。
うーんこの感じ、原作のフォルテからのプロトの二連戦を思い出すぜ。
「Mr.オキ。君たちに委ねる我々を許してくれ」
「まぁ俺も遠足に来た訳でも無いんで気にしないでくださいよ」
「今の我々には不十分な支援しかできないが……」
そうしてセルゲイ大佐たちから見せられる彼らのバトルチップの数々。どうにも俺が強力なチップが足りないと思って気を回してくれたらしい。
流石にフルエネルギーなどのサブチップは全部使い切っているか。というか残っているのであれば俺にチップを託さず、自分で乗り込んでいるだろう。
「おっ」
並べられた彼らのバトルチップの大半は所持しており、集団戦用に開発されたらしきシャーロ軍のオリジナルチップを初見で使う程のチャレンジ精神に溢れてもいなかったが。
ふと目を惹かれた赤色――ギガクラスチップを手に取って確認してみれば、原作では確認されない代物であった。
「コイツは……」
「【サテライト・オーバーレイ】のことかね?」
思わず聞いてみれば、どうもサーチマンの使うサテライトレイの超強化版らしかった。
単発威力で400だから強い部類には入るとは思うけれど、原作のギガクラスチップと比べちゃうと見劣りしちゃうのが悲しいところさん。
【フォルテアナザー】とか単発550ダメージだし、【プロトアームΩ】も500、配信チップである【フォルテGS】に至っては700だしなぁ……。
ブルースの十八番である【デルタレイエッジ】は最高打点660、【プロトアームΣ】は最大50×16ヒット、【セレナード】はランダム攻撃だから威力安定しない……と見せかけて【エリアスチール】で範囲を狭めればヒット数が上がるというね。
尤も大半のナビチップのV5よか威力は高いんだけれども。ただ今世ではナビチップが存在しない為、比較のしようが無いが。
「贅沢言って申し訳無いんですけど、他のギガクラスチップがあったりとかは……?」
「すまないが手持ちにはコレしか無い」
「そうですよねぇ……」
ゲームのシナリオでもクリア前に1枚くらいなら手に入るギガクラスチップだが、今世だとレアチップの中でもトップクラスに入手難度が高いからなぁ……。
まず大前提としてメガクラスとは違って市場には出回らない上、個人間で売買ってケースも大変珍しいのだとか(日暮さん談)。
まぁ、『4』の【メテオレッドサン】や【ブルームーンレイ】みたくANSAとかの研究機関が次世代型チップとして開発したり、国が主導して作り上げるパターンが多いらしいから仕方ない部分はあると思う。
某アルティメットブラスターとかもギガクラス認定受けているらしいしな。
欲を言えば【フォルダリターン】、せめて【リョウセイバイ】は欲しかったが仕方がない。
後者の【リョウセイバイ】は自他共に問答無用でHPを半分にする効果があり、高HP相手に割合ダメージが滅茶苦茶刺さるのはお約束だろう。
で、『BLACK』版限定のぶっ壊れ、【フォルダリターン】はもう言うまでも無い。
使えば【フルカスタム】効果に加えてフォルダが30枚に戻る。カードゲームで例えるならば、墓地にあるカードを全てデッキに戻す効果といったところか。
『墓地は第二の手札』と言われる某カードゲームとは異なり『ロックマンエグゼ』において戦闘中に一度使用したチップはまず使えない。
その為、長期戦になればチップ切れを起こすのもそう珍しくないのだ。
が、【フォルダリターン】1枚あれば全てが解決。その上、【フォルダリターン】自身も戻ってくる為、無限にチップが尽きることが無い。
詰まるところ、制限カード扱いされているメガクラスやギガクラスチップが何回でも使える事と同義であり、リアルの公式大会で使用制限が設けられるのも致し方無い処置である。
そんな代物が『3』のクリア前、バグのかけら交換所で手に入るんだぜ? コードも『*』と文句の付けようが無いからエグゼプレイヤーの殆どがフォルダに入れていたに違いない。
「お気持ちはありがたく受け取っておきます」
「力になれず歯がゆいところだ」
ぶっつけ本番で使用感のわからない【サテライトオーバーレイ】も見送り、手早くフォルダ構成を整えていく。
シアン自身に武装が無いからサポートチップの割合が低くなってしまったが、まぁこんなものだろう。
『んじゃ! いくよーっ!!』
「パルスイン」
座席に腰掛けて起動コードを口にした途端、意識が遠くなっていく。
五感から切り離された俺の意識はまるで『渡』と入れ替わるような錯覚を呼び起こす。
(……ここは)
ただそれと違ったのは『渡』の中とは違い、脳に直接情報が叩きつけられる感覚がしたことだろうか。
おどろおどろしい赤いアメーバが電脳世界にへばりつく光景。断続する光と戦闘音。生身では感じ得ないデータが身をなぞる。
今の俺には、光を捉える目など無いのに。音を拾う耳など無いのに。鼻も口の器官も、動かす手足も、鼓動や熱を感じることさえ無い。
人間として明らかに不自然だっていうのに。
――俺はどうして既視感を覚えているのか?
「これ、もしかして?」
『ワタちゃん……?』
聞きなれた声に意識を引き戻されると、目の前には不安そうな表情の『渡』とシアンの姿があった。
ネットナビであるシアンはともかく、『渡』に肉体が再現されているようで何よりだ。
(あー、俺俺。俺だよ俺)
『オレオレ詐欺で聞くような話より悲惨な状態だけど大丈夫なの?』
(こんなんでも伝わるのな)
「人魂ってヤツなのかな?」
『渡』の口振りからして、どうにも俺は魂剥き出しの状態らしかった。
前世の肉体を持ち越しているとは思えなかったし、万が一パワポケのスクール学園高校学院みたいな見た目で合流していたら違和感半端ないだろうしなぁ。
(それよりとっととシアンとフルシンクロすんぞ。俺と『渡』じゃプロトバグに無力だからな)
『りょ』
「う、うんっ」
緊急事態故に聞き分けのよろしいふたりが早速向かい合う。
そして『渡』がシアンの豊満な胸に向けてダイブ。この状況を利用して下心全開になれる『渡』にやや唖然とするも、対するシアンもまた凄かった。
『まはははは! バクバク食!』
カートゥーンみたく自身の口を地に着くまで開いたシアンが『渡』を丸呑みしたのである。
データで構成されたネットナビだからできる芸当だからってさぁ……。
やめたげてよぉ! 『渡』にファンタジー性癖植え付けて責任取れんのかワレェ!
『お次はワタちゃんの番だね』
(ひと思いにお願いするわ……)
前世でその類の同人誌読んでも開花しなかった俺にとっては恐怖体験でしか無いが、四の五の言ってられない状況だ。
シアンの掌に掬われた俺は思わず身構え――彼女の胸元から吸い込まれる。
「何この扱いの差!」
『セクハラはNG』
(俺はいいんかーい)
尤も魂状態では全く感触を感じ取れなかったからアレだけども。
流石に『渡』へ丸呑み対応は酷ぇと思うぜ。トラウマになったらどうすんねん。
「……ドキドキはしたけど」
『渡』や、掘り下げるのおしまいにしな。健全な青少年に戻ってこれなくなってしまう。
『で、おっきー、ワタちゃん。どんな感じ?』
「これが……ぼくのおっぱい……」
(やめーや)
ただ『渡』の言うこともわからなくもない。
骨格の違いやら視点の高さもあるが、歩く度に僅かに弾む豊かな脂肪の塊が違和感を覚えるのは確かだった。下向いても足元見えないの怖いって。
後、股間にぶら下がる相棒が今は存在しない違和感もやべぇ。
生身の女の子では無いとはいえ、TSを体感する羽目になるとは。刺さらない性的趣向で助かった気がするぜ。
(基本的に身体の動作はシアンに一任する。俺は全体の状況判断とチップの選択。『渡』は……)
「きみのサポート、だね?」
(おう。頼んだぜ)
『渡』の役割は双極集中と同様、俺が取りこぼした視覚情報の補足や細かいフォローになる。
(さぁ、遅れた分を取り戻すとしましょうや)
怪物と謳われたプロトとの戦闘は思いの外順調であった。
機械化した腕のデビルハンドや弾幕を張るリバースバルカンなどの攻撃の密度こそ高かったが、3対1という構図上、どうしてもプロトの攻撃が分散するのが幸いしていた。
特に、
『わーっ!?』
「オレたちばっか撃ってくんなーッ!?」
熱斗とロックマンを狙う割合が高い為、炎山とブルース、ライカとサーチマンが立ち回りやすいのもあった。
「――『
レッドアイズデリートのレーザーを掻い潜り、炎山とブルースは炎、水、電気、木の4連撃をプロトのコアに向けて放つ。
『――ッ!!』
その度に咆哮を上げるプロトの様子からしてダメージは通っている。通っている筈だ。
(おかしい……)
しかし、炎山の胸の内では違和感が膨れ上がっていた。狙撃の頻度が落ち、攻撃パターンを切り替えたライカとサーチマンも同様だろう。
都合数十発、P.Aを含めて彼らはプロトに攻撃を叩き込んだのだが。まだまだ余力を残している怪物の様子がどうしても不自然でならなかった。
「ライカ」
「有効部位はコアで合っている筈だ」
序盤に試行錯誤しただけあって、彼らの見解は一致している。自動的に再生する二重の膜に覆われたコア以外にダメージが通った様子は無かった。
その反応がブラフである可能性が炎山の頭に過ったものの、即座に否定する。
プロトの成り立ちからして複雑な思考を持たず、圧倒的な力で邪魔者を排除または吸収を狙ってきているのは、この戦闘を通じて理解したからだ。
(違和感と言えば、
隠岐渡の口から呼称が判明したゼロというネットナビの存在もまた不自然だった。
遠目からでもブルースを通じて伝わってくる強者の風格を纏うゼロがこの戦闘に介入していれば、こちらの被害は大きく、プロトの分析も碌に進んでいなかっただろう。
(アイツは何を見ている?)
炎山たちをつぶさに観察している訳では無い、と直感的にわかっていた。
時折、襲い掛かってくるプロトバグこそ排除しに動くが、それ以外は動かぬ様子のゼロの目的を見透かそうとして――
「伊集院!」
『炎山様!』
ライカとブルースの呼びかけはほぼ同時のことであった。
他所に気を取られた隙にブルースの眼前へ迫るデビルハンド。回避もリフレクトによる防御も間に合わず、ただただダメージを覚悟していたのだが――
「『ヘビーシェイク3』」
その横合いから巨大なヘビーアレイがデビルハンドを弾き飛ばし、炎山とブルース事なきを得る。
チップ構成からしてライカとサーチマンの援護ではないし、熱斗やロックマンにそんな余裕がある筈も無かった。
つまりは、
「隠岐!」
『やっほー! 元気してる?』
ポニーテールに纏められても揺れて目立つ白銀の髪、忍び装束を纏って多少防御面がマシになったであろうボディに、口布で顔半分が隠れても尚わかる腑抜けた笑顔。
「隠岐!」
『シアンちゃんだってばーっ!』
隠岐渡と融合したであろうシアンがこの場に現着したことを、この場の全員が認識する。
『状況は? だって』
「……オレたちの攻撃は通じているが、有効打に欠けている」
『おっけー。ワタちゃんの推測だと防護膜だけじゃなくてプロト自身のHPも自動回復しているっぽいってさ』
「自動回復だと?」
それならば確かに理屈は通る。しかしながら、そのリソースは一体どこから持ってきているのかが炎山には理解が及ばなかった。
仮にこのサーバーのエネルギーから供給を受けているとしても、炎山たちが与えたダメージを賄えなる程、甘い攻撃をしたつもりは無い。
どう考えても足りない筈だった。
『各地のプロトバグから受け取ってるのならダメージレースじゃ、まず勝てないって』
「プロトバグだと!?」
この道中、セルゲイ大佐たちが戦闘する中でも度々見かけたプロトバグは確かに一撃で倒さねば急速にHPを回復していたし、彼らのナビを吸収する素振りを見せていた。
その供給先がプロトだとしたら? そのプロトバグがワイリーの根城だけでなく、他の場所にまで蔓延していたとしたら――
「エネルギーの供給ラインを断つのが先決だったか!? だとすればこの赤い物質全部が?」
『多分ね……うわっ!?』
炎山がひとつの仮説に辿り着いたのと同時に彼らを割って入る影。
緑に発光した刀身が仰け反るシアンの眼前を過ぎ去り、それを振り下ろした張本人はパネルにまで届きそうな金髪に赤いボディのゼロ。
『お前を待っていた』
『ちょい待ち! もうちょっとで話終わるから!』
『待たん』
無感情のまま斬りかかるゼロの剣筋の冴えは炎山やブルースの目から見ても素晴らしく、それをあわあわ言いながらも全て躱してみせるシアンもまた尋常では無かった。
『ギガフリーズ! キーポイントがそれね! 後! ネっちゃんに合わせて! お前ならできるだろって!』
簡潔に伝えたいことは口にしたのか、シアンは炎山たちから遠く離れた場所に向かうようだった。
「光に合わせろ、だと……?」
相も変わらずふざけたことを抜かす主従に炎山とブルースは唇を歪め、静かに溜息を吐き出した。
彼らにとってそれは癪に障る指示であったが、同時に納得のいくことでもあった。
(プロトはギガフリーズを警戒している)
それは恐らく本体を凍結させるだけでなく、供給ラインすらも機能停止に追い込むからだろう。
(合わせろ、ということは……
伊集院炎山は知っている。隠岐渡が
そして、わかっているのだ。
隠岐渡とシアンがいなくとも、炎山たちならばプロトに勝てると信じてくれていることを。
「ライカ!」
「なんだ?」
「ヤツの浸食下にある部分を破壊しつつ、今以上にヤツの注意を分散させる!」
「絡繰りは見抜けた訳か。しかし、その役割の意図は?」
「ギガフリーズ、それがこの戦闘の要だ」
「……別案も浮かばん。了承しよう」
これまでにバトルチップを相応に消耗し、決定打に持ち込むまでのそれが残されていないのも理解していた彼らは派手な陽動に打って出る。
「熱斗!」
「なんだよ炎山!」
「ギガフリーズだ! プロト周辺の赤い部分ならどこでもいい!」
「でもそうしたら足場が無くなるぜ?」
「承知の上だ!」
ギガフリーズの影響は敵味方を選ばない。対象をアメーバ状に広がるプロトの末端を指定したならば、この空間全体に広がることだろう。
そして、その影響下にあるパネルを踏めば、ブルースやサーチマンもタダではすまない筈だ。
「やれ!」
「わかったよ! ロックマン!」
『ギガフリーズ!!』
ロックマンが青白く揺らぐエネルギーの塊を叩きつけた途端――赤は白に反転する。
ぶよぶよとした不定形が瞬時に固められ、どこからともなくパキパキと自壊し、割れていく。
『――――ッ!!!!!!』
それは今までにない怪物の悲痛な叫びであった。
痛みなど端から存在しないプロトであったが、自らを消滅しかねない脅威に防衛本能が働いたのだ。
「来るぞ!」
「わかっている!」
どこぞに潜んでいたプロトバグが一斉に熱斗とロックマンの元へ群がるのを、ブルースがその一端を切り伏せ、サーチマンがサテライトレイで残りを消し炭にする。
「ブルース!」
『ムラマサスタイル!』
押し寄せるアメーバの波を払いのけた先、彼らに迫るは大型のロケット――プロトアームΩ。
ブレイク性能を伴ったそれは防御不可能。広範囲に爆発をまき散らし、壊滅的なダメージを引き起こすそれに、炎山とブルースが真っ向から挑む。
必死となったプロトの注意を惹く為には、そうする他なかった。
『はぁああああ!!!!』
「バトルチップ【ソード】【ワイドソード】【ロングソード】トリプルスロットイン!」
残るHPの大半を注ぎ込むことで威力に還元された長大の刃は更に大きさを増していく。
「『P.A! ドリームソード!!』」
光の刃が完成と同時に噴射音。死を運ぶロケットが猛然と炎山とブルースの元へと突き進む。
そして――衝突。
「『ダメージ・イーター!!』」
そのロケットはたとえ威力で上回ろうとも致命的な爆発を引き起こす筈だった。
しかしながら炎山とブルースの放った技はその爆発すらも食い破り、切り伏せてみせる。
詰まるところは、攻撃の相殺。彼らの攻撃力が上回るのであれば、例えどんな攻撃であろうとも喰らってみせるのが、この技であった。
「ライカ……」
「わかっている」
プロトの手は未だ止まらない。
電極を出現させ、電撃を放つプロトアームΣの体勢に入ったプロトに対し、今度はライカとサーチマンが立ち向かう。
「バトルチップ【サテライトオーバーレイ】スロットイン!」
発射など待つものか、と言わんばかりにギガクラスチップを転送したライカとサーチマンの前に人工衛星が召喚。
極太のレーザーが電極に向けて掃射されるも、電撃がそれを阻む。
『まだだ!』
「バトルチップ【サテライトレイ】スロットイン!!」
しかし、彼らの手もまた止まらない。
追加される人工衛星からの援護射撃がレーザーに合流し、
「――スロットイン!!」
まだ敵わぬのならば、と更に追加し、
「――スロットイン!!」
『ぐっ……!!』
「耐えろサーチマン!!」
ギガクラスチップと併用しての連続スロットインにサーチマンの処理能力に多大な負荷がかかり、ライカへもフィードバックが襲い掛かる。
しかし、彼らはそれでも手を止めない。
世界平和の為といった大義名分もある。シャーロ軍人として、ネットワーク第13部隊の誇りもある。
そして何よりもニホンの少年が意地を示したのであれば、ライカとサーチマンも退く訳にはいかなかったのだ。
「いけぇええええ!!!!」
『いけぇええええ!!!!』
いつものクールな態度などかなぐり捨て、ライカとサーチマンは吠える。
気合で何かが状況が好転する訳で無いことを頭で理解しながらも、それでも彼らは吠えずにはいられなかった。
果たしてライカとサーチマンの奮闘は、プロトの電極を折り曲げることに成功した。
続けての大技に流石のプロトもその動きを止めて、
「『ギガフリーズ』」
友人たちの奮闘を無駄にしないよう、ずっと歯を食い縛って堪えていた熱斗とロックマンがついにプロト本体へと手を伸ばした。
掌に収まるサイズの青白いそれは、しかしてプロトの足元からその全身へと及んでいく。
超速再生など関係ない。分離した先から凍結が及んだプロトの動きはだんだんと鈍くなっていき――色を失ったプロトは完全に機能を停止させた。
「ロックマン」
『熱斗くん』
「『チャージショット』」
そして、光兄弟の放った一撃でバラバラになったプロトは、沈黙したまま二度と蘇ることは無かった。